敬老!
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/29 02:49



■オープニング本文

「ご長寿を祝う会、を開きたいのです」
「祝賀会、ですか」
「はい。みなさんの日頃の労をねぎらうために」
 神楽の都の開拓者ギルドへ、依頼を持ち込んできたその僧は言った。こういった話は受付の職員はあまり聞いたことがなかったが、なるほど世間では、ひとが生まれるときに祝い、また元服するときに祝うものである。一人前となったあとも人生は何十年と続くのであり、その先に、節目の際に長寿を祝いたいという気持ちがあっても別段おかしくない。故郷にいる、そろそろ白髪の増え始めた両親の顔を思い出し、彼は頷いた。こういう形の親孝行も、まあ悪いものではないかもしれなかった。
「それで開拓者の方々のお手を拝借しようと思いまして。なにせわが寺では人手ェ足りませんで」
「ええ、わかります。それで実際、会では何を――?」
 受付はさらさらと帳簿に書き留めつつ、話を詰めようとした。一人一人呼び出して、あんたはえらい、などと表彰でもするのだろうか。その僧の回答に、しかし、受付はちょっと面食らった。
「お楽しみに、歌や舞をご披露できればと」
「余興ですか?」
「はい、おもてなしするのが目的ですので」
 彼曰く、都に散在する寺社が共同して、農閑期であり季候も穏やかなこの時期に、檀家に限らずお年寄りを本堂にご招待し、日頃あまり日の目があたることのない稚児に舞などの演芸を楽しんでもらう、という目的だった。稚児たちにとって、法会の他に披露の機会をもっと設けたいということなら、僧たちの都合にも合致するのだろう。彼はさらに、既に半ば完成している祝賀会の式次第を受付に見せた。内容としては、東房から招聘した高僧の説法と、食事、そして余興の三本立てになっている。招待されるご長寿は、寺の決める番付順に数十人から約百人となっており、これには受付も、こんなに大勢呼ぶのか、と驚きを隠せなかった。
「これのどれにも、人手が欲しいのです」
 いくらでも人数を割くわけにはいかないが、やらなければならないことは確かに多い、と受付は思った。ご老人をまず連れてこなければならないし、また長居させるとなると茶菓の給仕も必要になってこよう。そして料理の手伝いに、もしくは余興の手伝い。僧は稚児を舞わせると言っているが、やり方によっては開拓者も、その一助たりうるかもしれない。
 わかりました、承りましょう。場合によっては職員も手伝えるかもしれないと言い、受付はかしこまった。そして、気になったことを僧に尋ねた。
「つかぬことをお聞きしますが――よく、お金が集まりましたね」
「ええ、おかげさまで。後援をして下さる方がいらしてですね」
 依頼が成立したこともあり、僧は上機嫌で答えた。どんな富豪なのだろう、と思った受付の期待に応えるかのように、彼は続けた。
「菜乃花屋さんです」
 その屋号を、受付は耳にしたことがあった。確か以前、茶店を開くとか何かで依頼を持ち込んだことがあったはずだ。あれから名前を聴かないからどうしたのかと思っていたが、と彼は思った。つつがなくやっているようで、まあ、いいんじゃないかな。


■参加者一覧
富士峰 那須鷹(ia0795
20歳・女・サ
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
和奏(ia8807
17歳・男・志
守紗 刄久郎(ia9521
25歳・男・サ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
ニット フェリス(ib4557
19歳・女・泰


■リプレイ本文

 会場である寺では前日から準備が進められており、早朝、伝えられた集合時間に集まった開拓者たちは、その規模に驚きの色を隠さなかった。聞くところによると、この寺の開祖の命日にちなんで行われる講に、主催者が会の予定を合わせたものらしい。もともとの講自体が縁日のようなものとなっていたことがあり、すでに参道は出店の準備で、商人がせわしく動いていた。
 出店の垂れ幕に書かれた大きな文字を横目に見ながら、景倉 恭冶(ia6030)はこんなもんでいいんかね、とぼんやり考えていた。そもそも老人を敬おうといっても、実際にもてなした経験ははなく、どうすればよいものやら実感がわかない。ただ、普通のお祭りと大きくは変わらないのならば、と彼は思った。俺にもなにかできることがあるかもしれない。
「なーに、今回はご老人たちが主役なんだから、深く考えることもないだろう」
 その表情を察し、守紗 刄久郎(ia9521)が彼に言った。ひとが楽しんでいる様子を見るのも、案外楽しいもんだ。恭冶はそうだなと頷き、視線を空へやった。神楽の都は秋晴れに恵まれ、爽やかな空気が、朝から街並みを満たしている。
 当日の会場は、実際に用いるのは本堂と厠で、料理は人数が多いため、外に調理場を設け対応することになっている。境内に到着した開拓者たちは、担当の僧から軽く説明を受けたのち、当日の流れを通しで確認し、寺の図面と合わせてどう動くかを考えた。そして急いで分担を決定すると、僧たちに後れを取っては、と早速準備に取りかかった。開拓者の大半が知古であったため、こういった意志決定は素早かった。
 入場に際してご老人が迷わないようにするためには、余計な場所へ行かないようにするのが肝要である。そのため、和奏(ia8807)と刄久郎で案内の看板や張り紙を書き、不破 颯(ib0495)が堂内の各所にそれを張って回った。足場が悪く危険な箇所などは張り縄で囲い、縛り付けた看板にでかでかと『注意』の朱書きを入れた。招待されるご老人と同じくらいの枚数を用意し、さすがに壁一面に矢印を並べるほどの量ではなかったが、ここまで張ったのだ、表示を見ればすぐに理解できるだろう。
 屋内に導く準備が整い、次は本堂の設営に移った。今回はご老人に配慮し、最初から最後まで同じ場所に座ってもらい、移動することなく会を楽しむような計画である。そのため、ご老人には1畳ほどの広さの、いわゆる枡席を用意することになっていた。ただし、枡形の囲いは一から作らなければならなかったので、それはニット フェリス(ib4557)と富士峰 那須鷹(ia0795)が引き受けた。
 ふたりはてきぱきと木材の加工を済ませると、囲いだけでなくそれぞれが必要とする道具――ニットは、椅子を改造したご老人を運ぶための背負い籠を、那須鷹は枡席に立てる高足の扇子台をあわせて組み上げた。この台には鶴、亀などめでたい言葉を書いた扇を置き、見た目にも風流な看板の代わりとして使うのだ。
 最後に、颯の思いつきで、舶来の花、ネリネを添えて枡席は完成した。花言葉は『幸せな思い出』であり、長寿を祝うとともに、文字通り今日のこの会が楽しいものになるように、との意味をこめたものである。
 一方で、ご老人を間違いのないよう迎え入れる準備も並行して進んでいた。来客との照合のため、あらかじめ那須鷹がまとめておいたご老人の名簿をもとに、央 由樹(ib2477)が名札と胸章となる花をあつらえ、安達 圭介(ia5082)の添える留め針と一揃えにし、まとめておく。また那須鷹があらかじめ色つきの組み紐を作っており、入場時に手首へ巻くよう指示があった。この紐は枡席の区画に対応して名付けられ、色分けされており、作った扇子台を見比べればすぐに席が分かるようになっていた。地味な作業ではあるが、見栄えと効果の両方が期待できるのだ。
 余興に参加することになる蒼井 御子(ib4444)は、既に3人の稚児、また他の出演者と共に入念な打ち合わせを始めていた。天儀の楽器しかないこの寺では、彼女の奏でるハープは貴重な音色を提供してくれるだろう。とくに、稚児たちとは歳が近いせいもあって、練習しながらもたまにふざけたりして緊張をほぐしていた。
「きみ、合歓とそんなに変わらないのに、上手だね」
「‥‥ほへ?」
 御子のハープの腕に、玉章が感嘆して言ったが、どうも変だ。待って。そんなに変わらない、とは歳のこと? 気付いた彼女は訂正した。
「えーと、ぢつはボク16なんだけど‥‥見えない?」
 歳が自分の方に近いのだと知ると、玉章はえっ、と一声上げ、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして謝った。これ以降彼は変に御子を意識してしまったようで、恥ずかしさのあまり、彼女が直視できないくらいになってしまった。

 日も昇り気温が上がってきたところで、ご老人がそろそろ集まり始めるか、という時間になったため、手の空いている開拓者は入場の手伝いに尽力した。この寺は参道から坂道も階段もあり、足腰にはかなりの負担となる。家族同伴でないご老人には、繊細に、あるいは大胆に、開拓者流の『お出迎え』が行われた。
「みゃ、行くです」
 ニットが先ほど用意した籠を使い、ひょいとご老人を担ぎ上げると、背中から歓声が上がった。
「おう、ねえちゃん、力持ちだね」
「えへへ。お役に立てて光栄ですぅ」
 行き先を示す旗もつけていたので、ちょっとした見世物か、もしくは小荷駄隊である。自身の怪力を恐れてか、上げ下ろしには腫れ物を触るような扱いになってしまうニットであったが、対して、由樹と刄久郎の大の男たちが老婆を背負う姿はなかなかさまになっている。ふたりはただ無言で運ぶのもばつが悪いので、示し合わせて、ご老人の出身地を訊いてみることにした。
「ばあちゃんは、どこで生まれよったん?」
「おれか? おりゃー石鏡のよ――」
 やはり、みな天儀中から集まって神楽の都に移り住んでいるようで、もともとここの生まれというご老人は、ふたりが背負った中には見受けられなかった。中には、自らの激動の半生を語ってくれたひともいて、そのたびに由樹は、その長い人生の重さと体重の軽さの落差に、内心驚きを感じていた。不思議なもんや。俺のおばばも、背負うたらこないな軽さだったんかね‥‥。
 和奏は受付で花を胸に留めたり席へ案内したりしていたが、とあるご老人につかまった。その老爺は杖をつきながらも一人で歩いているが、表情は明るくなく、むしろ不機嫌といった方がよい。何が気に入らないのか、傍目にもぶつくさ文句を言っているのがよくわかる。
 そんなことがあったんですか、と彼は案内が終わったあとも笑顔を絶やさず親身になって聞いていたが、その老爺が昔開拓者だったことをうそぶくと、ギルドが約50年前に発足したということを、つと思い出した。
「大先輩なんですね」
「あのころはナァ――」
 いるよな、ああいうじいちゃん。きっと彼も、最近は楽しいこととは無縁の生活だったのだろう。彼のこの生活はまだしばらくは続くはずで、老爺の顔に刻まれた険しい皺が、無情なほどの時間の長さを感じさせている。文句百出の老爺と聴き手を務める和奏を遠目から眺めながら、恭冶は祖父母や父のことを思い出していた。祖父母には目の中に入れても痛くないほどに可愛がられていた和奏とは異なって、思い出といってもきれいなものはなく、正直言って思い出したくないようなものがほとんどなのである。
 おっと、いけね。この会と自分の体験は全く関係ないはずだ。恭冶は首を振って、憂鬱な気分を吹き飛ばした。
 周到な準備のおかげで、迷子も発生せずに入場は済んだ。彼のような頑固なご老人も何人かはいたが、その都度僧がなんとかなだめたりおだてたりして、とくに大きな支障もなく、ほぼ予定通りに会は始められた。ご老人の席の外側には、付き添いの家族をはじめとするする見物人も多数集まっている。
 敬老会は、こういった会には珍しく控えめで、商売っ気を感じさせなかった菜乃花屋氏の挨拶に始まり、来賓の祝辞――なぜか、開拓者ギルド長も招待されたため、代理の職員が列席していた――が続き、記念品の贈呈と、高僧の法話までが、午前の日程である。
 この時間割からして、会が始まると、すぐに昼食の準備に取りかからなければならなかった。開拓者たちは調理場へ向かうと、各自手伝いを始めた。開拓者は、得意な分野で支援するか、あるいは苦手な分野には手を出さない方針で、それぞれ質を高めた。
 精進料理の調理は刄久郎と圭介と由樹が行い、配膳を恭冶と那須鷹が担当した。調理の人数が足りないから、と恭冶が手伝いを申し出たが、それはなぜか刄久郎により却下された。
「うん、味はまあ問題ないな‥‥」
「守紗、それはどうすればいいんや?」
「盛りつけの人に任せて。あんたはなにもしなくていい」
 また颯は独自の判断で、布巾を蒸してお手拭きを準備していた。こうして開拓者と僧たちが(一部、分をわきまえて)一丸となった結果、渾身の会食ができあがった。精進料理であるものの彩りは華やかで、秋の味覚もふんだんに取り入れた贅沢なものである。料理長の僧は、朝廷にも献上できる、と手前味噌の評価を下しご満悦であった。
 昼食の間は、壇上では神楽の都の一角である、この近辺の小さな子供たちが集まり、練習していたというお遊戯が披露された。寺子屋にもまだ行っていない、彼らからすれば孫を通り越しひ孫くらいの年齢の子供たちが、はやりの音楽に合わせて、手につけた花、あるいは飾りのある笠をくるくるまわすその踊りは、お遊戯だけあって質がどうこうといえるものではなかったが、一生懸命に練習したということは十分伝わっていた。
 配膳が終わってから、圭介、ニット、由樹、颯の4人が給仕を務めたが、ご老人の料理に対する評価はほぼ満点であった。件の、注文の多いお爺さんは肉がない、味が薄い、などぼやいていたがきれいに平らげ、それが彼の感想の代弁をした。ニットはその怪力で茶碗を割ったり、急須を割ったり、小皿を割ったりしたが、これも修行のうちだから、と颯が慰めた。
 予定もここまで消化できれば、開拓者たちにも会を楽しむ余裕があった。会場を見渡した圭介の目に、舌鼓を打つご老人の笑顔が映った。祖父母の思い出とは疎遠だったこともあり重ならなかったが、その様子は彼の印象に深く刻み込まれた。これからも、みんなのこの笑顔が続けられるのだろうか。それは開拓者や、朝廷の人間次第なのである。
 そして食事が終わり、いよいよ会の目玉、歌と踊りの披露である。御子と稚児たちが朝から打ち合わせてきた成果を、見せるときだ。体格が大きく、声量を見込まれた刄久郎が進行を依頼されていた。
「続きましては、晏項寺の稚児3人によります舞、伴奏は――」
 刄久郎の口上が終わり、楽団の伴奏が始まった。伴奏だけでなく、最後に一曲、歌を披露する段取りになっているので、御子が3人とともに壇上の前へ出ていた。
 玉章の変な緊張も、本番には何の影響も与えていないようで、稚児たちの舞はさすがのものであった。調子と寸分違わぬ動きで舞い、ときには女形もこなし、衣装もわずかな時間で着替えるその様子は、開拓者とは全く異なる分野での専門家である。日頃からどれくらいの稽古をしているのかどうかは定かではないが、開拓者も負けていられない。ふとそんなことを御子は考えていた。
 彼女の歌の番になると、伴奏がこれまでの天儀調とは代わり、ジルベリア調のゆるやかなものに変化した。彼女が高らかに歌い出したのは、今日のために用意した歌詞である。正直なところ、自分の祖父に聴かせるような曲ではないのだが、それは彼女の心の棚に上げてしまった。
 ――産んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。
 ――幸せも不幸せも、みんなあなたたちのおかげです。
 ――未熟ではありますが、これからもよろしくおねがいします。
 歌が終わると、会場は一瞬静まりかえったあと、拍手に包まれた。その拍手を全身に浴びながら、御子はあらためて心の中で祖父に謝り、そして、礼を言った。
 全ての次第が終了し、菜乃花屋主催の敬老会は事故もなく、成功裏に終わった。ご老人はまた、神楽の都の、何気ない日常へと溶け込んでゆく。その心の背景に、小さな花が咲いた、かも知れない。
 そういえば、さっきのご老人は――? 皆が帰路につく雑踏の中、例のじいちゃんを恭冶が捜すと、いた。彼はちょうど、別のご老人と話をしているようだった。恭冶はそれを和奏に教え、指で示す。
「なんやな、さっきは機嫌悪かったのになあ」
「ああ、あの、もうひとりの方も開拓者だったんじゃないでしょうか」
 和奏の予想を裏付けるかのように、口うるさかった老爺が、いままでの態度がまるで嘘のように大げさに喜び、ついには抱き合って涙を流し始めさえした。もしかすると、数十年ぶりの再開、だったのかもしれない。そのあとふたりのご老人は肩を並べ、酒でも飲む算段をしているのか、嬉しそうな表情のまま寺をあとにした。
「よかったじゃない。まさに『幸せな思い出』ってこのことだね。このまま恒例になってくれれば、俺らにもやってもらえるかもね」
 来てよかった、と思ってもらえれば大成功である。同じくふたりの様子に気づき、颯が言った。そうやね、と恭冶は答えたが、力はなかった。彼にとって自分の敬老会のことはどうでもよかったのだ。
 ――俺の母や姉には、どうやって礼を言えばいいんだろうか。会場を片付けながらも、彼の脳裏にはずっと、この疑問がよぎっていた。
 境内に積もった落ち葉が、夕暮れの秋風に流されて舞っていた。

「偕老同穴、って言葉、知っていますか」
「存ぜぬ。それはどういう意味なのじゃ?」
 今日の全てが片付いたあと、晩酌の席にて、圭介が言った。今日の酒肴は少し焦がした銀杏である。
「偕老とは共に暮らして老いること、同穴とは同じお墓に入ることです」
「なるほどのう、わしと旦那様が、の」
 言葉の意味を吟味し、那須鷹はしなだれかかった。
「はい。今日の皆さんのような、素敵な老い方ができるといいですね。では、乾杯」
 めおとのお猪口が、小さな音を立てた。
 銀杏の木の花言葉は、『長寿』。