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■オープニング本文 来年のことを話すと鬼が笑う、とはよく言ったものだが、年の瀬を迎えてアヤカシに襲われるなどとはこのとき、彼は予想だにしていなかった。 恵梁どのがお隠れになった今年は、この古刹、あるいは住職にとってもまた激動の一年であった。彼は、はじめてアヤカシというものを目の当たりにし、衝撃を受けたものだ。無辜の民を屠ることだけに執心するアヤカシを見、ジルベリアに古くから伝わっている、ひとが持つといわれる『原罪』の存在に怯えたこともあった。 住職がそれを克服したのは、開拓者の助けを得、アヤカシに占拠された境内を取り戻したあとであった。ほんとうの『いくさ』こそなかったが、恵梁どのは彼なりのやり方でアヤカシと戦い、それに克ったのだ。今度は自分が自分なりに戦う番だ、そう思うと、不思議と心が鎮まる。恵梁どのが見せた最後の笑みの意味を、住職はそう捉え直すようになっていた。 彼の精神的な支柱になっているのは、恵梁どの亡き今はその、無辜の人々である。彼らに必要とされているのだ、という自負が、彼を住職たらしめていた。すべてのアヤカシが姿を消すまでは、勤めを果たしたとはいえない。もちろん、アヤカシはすぐにはいなくならないだろう。来年も、そのまた来年も。 彼がそうやって生気を取り戻したのが気に入らなかったか、もしくは来年も、と思ったのかが原因だかどうかは定かではないが、そうやって新しい年を迎えようとしていたおり、古刹にふたたびアヤカシが現れたのだった。丘の上から本堂を見下ろす位置にある、梵鐘の中から奴らが十数体もわらわらと溢れ出るのを、ちょうど境内を掃き清めていた住職は、はっきりと目撃した。持っていた竹箒を放り投げると、半年前と同じように、また彼は走り出した。 もうここには自分しかいないから、アヤカシがまず狙っていたのは自分なのだろう。追いすがる小さな餓鬼のようなアヤカシをふりほどきながら、住職は思った。こうやって何度もおびき寄せることができれば、人々が襲われる機会もそれだけ減るのではないのだろうか。となると、なおさらここで自分がくたばるわけにはいかない。 恵梁どのが開拓者に時代を引き渡したのなら――おれの使命は、おまえたちを開拓者に引き渡すことだ。さあ、やれるものならやってみろ。 |
■参加者一覧
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
神鳥 隼人(ib3024)
34歳・男・砲
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
シーリー・コート(ib5626)
18歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ギルドの一室にて開拓者たちと面会するまでには、寺の住職の息はすっかり整い、また落ち着き払っていた。彼は皆に軽く会釈をすると、彼の寺社がいま現在置かれている状況を、蕩々と語り始めた。 これくらいの小鬼が――と、住職の腰あたりに手を浮かせアヤカシの体格を示すその様子からは、恐怖や不安の様子は全く感じられなかった。アヤカシに襲われるのが2度目ということだけでなく、当時よりも彼の心に余裕があったことが影響していた。くろがねの棍棒で恵梁殿を殺めた、あの大きな鬼はもういないのだ。 住職はその後も、石動 神音(ib2662)の求めに応じ、この寺の由緒と、彼の知りうる限りの出来事を開拓者たちに伝えた。これは神音の個人的な興味に因るところも大きかったが、梵鐘自体がアヤカシと化したのかどうかを判断する目的もあった。 この東房の海岸沿いの、何の変哲もないところに建っている古刹の由来は、住職ははっきりとは知らなかった。もともと十数年ほど前に廃寺院を復興したのがこの寺の始まりであったが、当時耳にした地元の言い伝えによると、かつて北面と東房が戦争をしたとき、各地に怨敵調伏のため設けられた寺社のうちのひとつだという。今ではその物騒な名残の欠片もないが、この寺に安置されている本尊が、神仏の軍事を司るものであることから、その当時の事情を垣間見ることができるだろう。 また、琉宇(ib1119)もこれは質問したのだけれど、裏の丘にある梵鐘は、今年の夏から秋にかけて他の同様な廃寺院から移動させたもので、鐘楼も新たに建てたものである。その廃寺院についての詳しい情報は皆無に等しいが、少なくとも何らかの凶事で廃されたものではないことは、移転の際総本山より保証を受けている。 つまるところ、アヤカシがわざわざこんな僻地の寺を2度にわたって襲ったのは、特段過去に原因があるというわけではなく、もし何かあるというのであれば、恵梁殿が何かしらの鍵を握っているに違いない、と住職は結論づけていた。 「鐘に怨みが溜まったわけではないということか‥‥」 怪訝な表情を浮かべ、ベルナデット東條(ib5223)はこぼした。この広い天儀の中で、同じ場所にアヤカシが現れるのにはそれなりの理由が――住職の自説の正誤にかかわらず――あろうことは、容易に想像できる。ただ、原因がどうであれ、それによって開拓者のすべきことが変わると言うはずもなく、アヤカシはただ、地上から絶やされるべきものであった。 そして住職へ寺の場所や建物の位置関係を確認し必要な準備を整えると、開拓者たちは、ほぼ仕事納めとなるであろうアヤカシ退治へ向けて、今年最後の出発を果たした。 道中では寺や鐘について、開拓者たちは様々な予想を語り合っていたのだが、開拓者になりたてのシーリー・コート(ib5626)にとっては、皆のように深く考えている余裕はなかった。ただ自己の撃つ銃弾が目標から外れませんように、と緊張の面持ちで内心祈るように繰り返していた。 「あっはは。きみ、もう少し落ち着いても大丈夫だろうに」 「そうでありますか? 失敗はできないのでありますが」 それを見かね神鳥 隼人(ib3024)が助け船を出した。確かにはじめは緊張するが、そうガチガチに固まってしまっては狙いが定まらないぞ、と。似たような形の銃を扱うこともあって、照準の付け方、型の使い方など、砲術とは畑違いの彼ではあったが、そのアドバイスはシーリーにとっても有用なものであった。 隼人の講義は寺へ到着するまで続いた。他の6人は寺が近づく間に手慣れた様子でアヤカシを出迎える用意をしだし、シーリーがそつのない動きをこなせるようになったときには、すでに皆境内に踏み混む直前の段階に達していた。 「‥‥なんじゃ、静かなようじゃな」 しかし、境内には何の陰もなかった。門の直前にて、先陣を切ろうとしていた朱鳳院 龍影(ib3148)は出端をくじかれ、不機嫌そうに後続へと伝えた。ただ、鳳珠(ib3369)の作り出した結界には既にアヤカシが検知されており、ただ単に姿を隠しているということは開拓者たちにはわかっている。 「姿は見えませんが、数多く感じます」 「そうだスなぁ‥‥やっぱり、これを使ってみるだスかね」 続いて門から中を覗き込んだ赤鈴 大左衛門(ia9854)が、用意していたぼろ布を静かに中へ放り込んだ。これには食肉用の鶏の新鮮な血が染みこませてあり、臭いに敏感な野獣やアヤカシの気を引くのである。隼人も自分の血をもふらのぬいぐるみに使おうと提案はしていたものの、怪我まですることはないだろう、と簡便な案が採用されたのである。 高度に知的なアヤカシはさておいて、小鬼程度のものであれば誘き出すのにはこれくらいで十分であるらしかった。しばらくして臭いが境内に拡散すると、それにつられてどこからともなく、様々な場所から続々とアヤカシが湧き出してきたのだ。屋内だけではなく床下や茂み、さらには石灯籠の中からも現れ、その数は数十を超えてい、すぐに数えきれるものではなかった。 「‥‥滅する」 視界にアヤカシを認めたベルナデットの表情がにわかに冷たくこわばり、彼女は静かに太刀を抜いた。彼女が境内へ飛び込むのに一瞬遅れて、開拓者たちはアヤカシへと挑んでゆくのだった。 「ほれ、かかって参るのじゃ」 龍影がアヤカシを挑発して叫ぶと、それに闘争心を刺激されたかのように数体が彼女のもとへと寄ってゆく。近寄るなり彼女の槍の穂先が、容赦なくアヤカシに襲いかかった。槍は1体を薙ぐだけでは飽きたらず、3、4体の小鬼が一息に槍に『食べられる』様子は、彼女の体格通り豪快の一言である。 前衛を担う開拓者はそれぞれ、自分が優位に立てる場所へとアヤカシを引き寄せて対峙していた。龍影のように、アヤカシに通用する怒声のない3人には、神音の笛と琉宇の歌がそれの代役を務めた。貪欲にアヤカシを屠る龍影と異なり、神音、大左衛門、ベルナデットの戦いぶりはアヤカシの動きに呼応するものであった。いずれもアヤカシに先手を取らせるのだが、神音は体捌きで躱してからの強烈な一撃、大左衛門とベルナデットはお手本通りの、後の先を取って一閃を決めるやり方である。どちらにせよ、アヤカシは失意のうちに地面へくずおれることになることに変わりはないのだが。 4人の奮戦にもかかわらず小鬼は数が多かったが、もちろん、白兵戦からあぶれたものをそのまま放っておく開拓者ではなかった。誰ともまみえていない小鬼は知らず知らずのうち、隼人とシーリーの定める照準にしっかりと収まっていた。 「そうだ、良くできてるじゃないか」 弾丸が命中し、アヤカシがもんどり打ってひっくり返るさまはまるで縁日の射的を思わせるもので、アヤカシではあるが可哀相になるくらい滑稽な笑いを誘った。的をしっかりと捉えられているのを見、隼人はシーリーをねぎらった。 「私はか弱き使用人であります。近付かれたらおしまいであります」 「――ハハハ、そう言っていられりゃ十分だね」 境内の広場で戦いを繰り広げている間も、鳳珠と琉宇は連携してアヤカシをあぶり出していった。戦いに慣れていないだろうと、目ざとく二人に向かっていった小鬼もその見通しの甘さを認めざるを得ず、鳳珠の呼び出す精霊の炎であえなく文字通りあぶり出しの憂き目にあっていた。 天儀の民の目には脅威に映る小鬼も、手練の志体持ちにかかっては他愛のないものである。時節柄、本当に108体いるのではないかと思われるくらいの小鬼を境内から排除したあと、一行は梵鐘へ足を向けた。 まだ真新しい木肌と屋根瓦を見せる鐘楼の中に、問題の鐘は静かにぶら下がっていた。一見異状はないように見えるが、その実アヤカシの気配が強力に伝わってきており、今回の小鬼騒動の元凶であることは間違いないだろう。ただ、問題がひとつだけ残されていた。 「これ、どうすればいいんだろうね」 青銅でできた、10尺はゆうに超えるものであり、重さも相当なものになるだろう。琉宇が楽器に対する興味を我慢できず触りだしたが、鐘は鐘であくまで鐘そのものであり、ぴくりとも動こうとしないのだ。周辺の村には先に伝えておいたとおり、試しに数回衝いてはみたものの、何かしらの変化を及ぼすことはできなかった。 「私に任せてもらえませんでしょうか」 精霊力を使ってアヤカシだけを退治するという案を出したのは鳳珠であった。先ほども使っていた炎は霊的なものであり、基本的に物体を燃やしたり焦がしたりする力はない。だから、梵鐘も同様にアヤカシや瘴気だけを焼くことができるのだと、彼女は説明をした。 特に反論もなく、その案は実行に移された。彼女が念を凝らし、扇子を梵鐘に翳すと、何の前触れもなく鐘が青白い炎に包まれた。その炎は勢いを増していき、鐘が見えなくなるくらい輝くようになったとき、ある異変が起きた。 「――危ないッ」 傍で侍していたベルナデットが鳳珠に飛びつき、そのまま抱きかかえ一緒に地面へ伏せる。ベルナデットが警戒していたため事なきを得たが、もしそうでなければ、柔軟に形を変えた梵鐘の底の大口に、鳳珠は食べられていただろう。 「鐘がアヤカシになっとっただスか!?」 「ふん、姿を誤魔化すとは猪口才じゃの」 毎日の日常の隙につけ込むとは。大左衛門は予想していなかった出来事に思わず唸ったが、すぐに刀を抜き直す。それより早く龍影と神音が再び、アヤカシと顔を突き合わせ、互いにやりとりを始めた。 「みんなの、積み重ねた時間を返して!」 アヤカシとはいえ、もとは青銅だから、開拓者は小高く作られた鐘楼の足場の悪さも相まって苦戦を強いられた。しかし鐘は既に浄化の炎を上げており、また鐘が吊り下げられたままの状態から抜け出せなかったこともあり、アヤカシが力尽きるのは時間の問題であった。鐘に取り憑いたアヤカシは最期に一矢も報いることができず、その青銅から滅することになったのである。鐘は無傷で人々の手に戻った。この鐘はまた、毎日の時を穏やかに告げることになるだろう。 ギルドに報告へ戻ったあと、住職はすぐに寺へ帰りそれを確かめると、安堵し開拓者に礼を述べた。 「ありがとうございました。またアヤカシが来るでしょうから、そのときはよろしくお願いします」 「ああ、またいつでもギルドに言ってくれ」 隼人は快諾し、住職に付け加えた。誰かのためにあろうとする者は、えてして己の扱いがぞんざいになりがちだから、誰かに必要とされていると思うなら、なおさら自身を大事にして欲しい、と。住職はその言葉をよく吟味すると、彼に向かってゆっくりと頷いた。そして住職は、開拓者たちに年越しの蕎麦をふるまい、大晦日の晩、除夜の鐘を108回衝くのに同席してもらうことにした。 年越しが近付く中、静かに響き渡る鐘の音を聴きながら、開拓者はそれぞれの1年を振り返っているようだった。 琉宇はおもにこの1年で奏でた楽器や曲のことを思い出していた。 あれの曲がよかった、この音色がよかった、とその場の雰囲気も吟味しつつ思い出したり、今年最後に聴く音楽である鐘の音にあわせてバイオリンを即興で弾いてみたりして、今度はどんな楽器が弾けるのかなあ、どんな曲がいいかなあ、などとぼんやりと考えていた。 神音の本年は、師匠のためにあったと言っても過言ではなかった。師匠と結婚する夢を叶えるため、彼と肩を並べる腕を得ようとがむしゃらに頑張ってきたが、まだまだ道半ばのようである。 ただ、開拓者として得た経験はこれまでにないものであり、また大切な知己を得たこの1年は、大変充実したものであったと言うことができるであろう。来年もまた、こんな年だといいな、というのが彼女の正直な気持ちである。 神音と同じような目標を持つ若者は他にもいる。大左衛門もまた、天儀一の兵法者になるという夢を抱き、田舎から神楽の街へ出てきたのだ。人の多さや都会の暮らしなど全てが新鮮に映っていた彼にとって、まだもの珍しく映るものが多いことは、この前途の厳しさを物語っている。 彼は鐘の音を聞きながら、故郷にいる家族や師匠に、来年もまた今年と変わらず、夢へと邁進する意気込みを内心で誓っていた。 ベルナデットも、同じく今年に入ってから開拓者ギルドの門を叩いたうちのひとりである。ただし彼女は、失われた記憶を取り戻すという、過去に対する目的を掲げこれまで研鑽してきたのだ。 これまでは記憶だけでなく、自らの変化に対しても神経質になりがちであったが、来年はそれを乗り越え、心技体の成長を得られるように、ということを自らの目標にしようと考えていた。それが、失われた記憶への道のりだと信じて。 シーリーのこの1年は、まさしく波瀾万丈であった。ヴァイツァウの乱で、かつて使用人として自らが仕えていた御家が取り潰しの憂き目に遭ってしまったのだ。もちろん暇を出され、あれこれと職を探し回っているうち、志体持ちという幸運のせいもあって開拓者ギルドへたどり着いたのである。 今回の依頼の内容ならば、自分でも開拓者としてうまくやっていくことができそうだ。彼女は来年に向け、この仕事を続けられればと願っていた。もう路頭には迷いたくなかった。 空賊になるという夢へ向けまず滑空艇を手に入れた龍影は、それ以外でも大きな変化のあった年だと感じていた。まず神楽の都へ移ってきてからだが、自慢の胸がさらに大きさを増したこと、そして、結婚し伴侶を得たこと。 これは激動とも言うべき内容ではあったが、彼女はそれほど今年を特別視しているわけではなかった。また次の年には、別の大きなことが起こるだろう。――それを特に比べることも、必要ないのじゃろうからな。 隼人にとって、今年はよい年だった。たとえそれが、叱られ反省の繰返しであったとしても。ただし彼にとって、1年を振り返ってみたときに、悪い年というものは基本的には存在しない。 また来年も、気持ちを新たにして誰かに必要とされる人でありたかった。心配してくれる友人の、それに応えてやりたい一心であった。肯定すること、それが彼の今を生きることに繋がっているのだ。 少数派なのであろうが、鳳珠は皆と違い、出来事を年で区切って考えることにはあまり拘ってはいなかった。確かに暦の節目ではあるのだが、では、年が変わると自分自身が全く変わってしまうのだろうか。そうではないはずだ。 この瞬間瞬間の積み重ねから始まって、刻、日、月、年と単位は変わったとしても、その積み重ねに変わりはないのだから。今までの半生で、私が私でないことなどなかった。もちろん今もそうであるし、この先も変わることはない。それでいいのだ。 相変わらず、除夜の鐘は静かに鳴り響いていた。それぞれの想いを乗せて。 |