鐘の音の止むとき
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/24 11:44



■オープニング本文

 東房の海岸近くにあるこの古刹が鬼の手に落ちるのも、もう間もなくであるように感じられた。
 地下洞窟の一番奥にある鉄扉の向こう、狭い岩窟には老僧が一人籠もってい、鬼にとっては最後の獲物だった。再び開くことのないよう固く閉ざされたはずの扉は大きく歪み、隙間から差し込む弱い光とともに、凶暴な唸り声を、棍棒の打撃音と一緒に部屋の中へと運んでいた。
 それでも、その僧は動じなかった。年老い、痩せ衰え、できることといえば誦経と、手の内にある小さな鐘を鳴らすことくらいで、念仏に没入し、ただ淡々と何事もないかのようにふるまう老僧の声は、鬼の動きとは対照的に、穏やかに部屋の中に満ちていた。
 その鬼はといえば、早くこの僧をどうにかしようと躍起になっていた。自分の放つこのおぞましい声、この瘴気を感じながらなぜ落ち着き払っているのか、とうてい納得できるものではなかった。喰ッテヤル、殺シテヤル。衝動に支配されつつも、鐘が鳴るたびいちいちいらつきながら、目の前の扉を打ち続けていた。
 5分ばかり殴り続けてようやく、鉄扉が番ごと外れ、内側に大きく倒れた。部屋には明かりもなく、ただ念仏だけがある世界だった。鬼はその悟りの空間へ躍り込むと、さらにその真ん中、鐘の音へ向けて一息に飛びかかった。
 ちりん、ちりん。鬼には理解の及ぶところではなかったが、その鐘の音は澄んで美しかった。

 住職は、開拓者ギルドへの道をひたすら急いでいた。
 老僧が洞窟の奥へ籠もってから、1週間近く経とうとしていた。彼は元々不動の寺に勤めていたが、現在の転輪大僧正の選出をきっかけに寺のおつとめを辞して、諸国を修行のため旅して回っていたのだ。彼の教えと念仏は、救いこそ与えはしなかったが、聴く人々の心の安寧を呼び起こしていた。アヤカシや諸々の不幸にうちひしがれた人々を、絶望の淵からほんの少しでも遠ざけたいという彼の思いは、小さくも実を結んでいた。そして、彼が修行の最後の地として選んだのが、この寺だった。
 老僧は多くは語らず、最期のおつとめを果たした。数々の苦行をこなしたのち、扉を閉めるときのことを、住職ははっきりと覚えている。これから進んで死を受け入れる者に対して、住職はかける言葉がなかった。それでも、老僧はほんの少しだけ微笑んで、暗闇の中へ消えていった。
 その微笑みの意味を、住職はいまだにつかめなかった。年老いたその僧がこの国から必要とされていない、などということは露も思わない。しかし、彼は彼なりに立場をわきまえたつもりなのだろう。自分はもういいよ、ということなのか、それとも――そうあってほしくはないけれど――もう嫌になった‥‥のかもしれない。
 いずれにせよ今日、鬼が来たことによって、何もかもが台無しになってしまった。洞窟はいずれ暴かれ、老僧は鬼の餌食となってしまう。せめて穏やかに、入定の時を迎えてあげたかった。鐘の音が止んで、扉ごと完全に埋めてしまったあとならば、部屋まで襲われることもなかったろう。タイミングが少し遅かったのだ。住職はそのことが残念でならなかった。
 古い人間が時代の表舞台から去る光景は、いつの世も哀れなものだ。この世界――天儀は、かの老僧や自分も含めた過去の時代の人間から、新しい時代の人間へと引き継がれつつあった。若い大僧正(ほかの国王はもっと若いのだ!)、天儀の外から来る者、そして自分がこれから助けを求める開拓者たちへ。これが歴史の、運命の必然であった。古い人間の目には好ましくとも好ましからざろうとも、受け入れるべきものであることは、住職は分かっていた。きっと老僧も分かっていたのだ。
 しかし――。住職にはけして認めたくない存在が、ただひとつあった。

 ――アヤカシどもに世界を引き継がせるわけにはいかない。


■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
葛葉・アキラ(ia0255
18歳・女・陰
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
アルフィール・レイオス(ib0136
23歳・女・騎
明王院 玄牙(ib0357
15歳・男・泰
レヴェリー・L(ib1958
15歳・女・吟


■リプレイ本文

 開拓者の一隊が、誰もいない東房の野道を歩いていた。
 古刹に向かうあいだ、葛葉・アキラ(ia0255)は終始焦っていた。無辜のひとがアヤカシに襲われるなどということは、考えたくもなかった。ましてや住職の話では、老僧が――最期の力を振り絞って、がんばっているっちゅうのに、や。相手はアヤカシだからどうしようもないことなのだが、ひとの気持ちを何だと思っているんやろか、と、葛葉の内心に憤りがこみ上げ、隠しきれないくらいに広がっていた。間に合え間に合え、美味しい獲物はこっちやで、などと、道中大声でアヤカシを呼びつけながら、駆けて行きたいくらいだった。
 どういう想いで、老僧は修行をしていたのか。アキラの焦りの原因はそこにあった。文字通りに、命をかけた大仕事をすると決めたとき、そして、大切なひととかものとかへの、未練を断って今生の全てに別れを告げたとき、彼は何を感じただろうか。それらを想うたび、アキラのあんまり大きくない胸は、哀しく狂おしい気分に包まれるのだった。
 千代田清顕(ia9802)も、同じ疑問を頭に巡らせていた。しばらく寝食をともにした住職にも、その気持ちは酌むことができなかったと言った。立場上、住職はそれ以上口を挟めなかっただろうが、それでも、清顕は老僧に直接話を聞いてみたいと思った。最期の最期まで修行、しかも即身仏になるというとんでもない苦行を選んだ彼に、人生について語ってほしかった。日頃、人生全てが修行、と清顕はよく口にはするのだが――では、彼の人生とは何だったのか? なぜそのような道を選んだのか? 老僧自身のためにも、その質問のためにも、無事でいてくれよと、清顕は願った。
「落ち着けぇよ、特にぃ葛葉ぁ。8人バラバぁラになっちゃあ、かなわねぇぞ。――ま、気持ちはぁわかるがぁね。罰当たりなやつぁ‥‥早ぁいとこ何とぉかしないとな」
 独特の口調で、犬神・彼方(ia0218)がアキラをなだめ、今にも走り出そうとするのを抑えていた。その緩急が幸いしてか、アキラは平静を保ってはいるが、ただ、落ち着かせはしているものの、彼方の考えはアキラと同じだった。アヤカシは、よりによって老僧の、二度とない修行の機会を奪うつもりなのだ。コレだから、空気のよめねぇアヤカシはよぉ。欠片も残さず滅するという選択肢のほかには、彼女の頭の中には存在しなかった。アヤカシが、何かをその手で奪えないように。これ以上、二度と。

 半刻ほど街から歩くと、丘で盛り上がった林を背にした寺が、住職の言うとおり時間で眼前に現れた。敷地自体はそれ程大きくなく、本堂と庫裡、あとは物置などの付属屋が数棟、建てられているのみであった。老僧の洞窟の入り口も、本堂の裏側、すぐ近くにあるとのことだった。
 明王院 玄牙(ib0357)の発言をきっかけに、隊は二手に分かれることになった。住職は逃げ出すのに手一杯で、老僧の安否やアヤカシについてほとんど情報を得られなかったからだ。建物の外に残り、一体だか複数だかは分からないがアヤカシをおびき出す者と、洞窟の老僧のもとへ向かう者で分かれ、アヤカシの隙を突こうとする作戦だった。玄牙は駆け出しのシノビではあるものの、意気込みでは他の手練に劣ってはいなかった。彼と清顕が、その素早さを活かして、老僧の元に向かうこととなった。住職の話から、老僧の優しくも強い意志を自分なりに読み取り、無音の風、玄き牙が如く、と極意をみずからに言い聞かせ、はじめての緊張を味わっていた。
 その二人と同行することを、ラヴィ(ia9738)は志願した。修行によって余力のない老僧を手当てするには、シノビだけでは心許ないことと、老僧が何をしようとしているのかを、天儀の者と同じく知っていたからだった。もちろん、彼の崇高な想いの裏側で、実際何を思ってそうなろうとしたかは、知る由もない。ただ、この世界に生きているもの全てが幸せになれればいい、みんなが笑顔で明日を迎えられればいい、という気持ちで行脚や修行をしていたであろうことは、ラヴィには容易に想像できた。もしアヤカシと人々が共存できる――きっと『アヤカシ』とは別の名前で呼ばれることになるだろうけれど――のならば、それはそれで構わないはずだ。そうならない以上、彼女がアヤカシに対して怒りを覚えてはならない理由は、なきに等しかった。
 門前で、開拓者たちは、一旦立ち止まった。古くところどころが朽ちているが、立派な屋根付きの四脚門の扉は、既に開け放たれており、その正面おおよそ10間ほどの距離に本堂が建てられていた。本堂の背面は切り立った岩肌が迫ってい、裏に洞窟があることをわかりやすく示していた。本堂から右に向かうと、塀の真ん中に小さな門があり、さらにその向こうに庫裡などが位置しているようだった。
 寺の大きな門を目前にして、ジルベリアで生まれ育ったアルフィール・レイオス(ib0136)はまた違った感慨を抱いていた。もともと、かの地には天儀のような寺院も僧の組織もなく、帝国にある国土臣民の全ては皇帝の所有とされているのだ。彼女には、住職の説明が、ちょっと理解しにくいもののように感じられた。とはいえ、今回の老僧のように、何をするでもなく祈るだけ‥‥となると、アルフィールは、彼には悪いが、何だか黒魔術じみたものを思い起こした(当然のことながら、老僧をそのように認識したわけではない)。それほど、実力主義の彼女にとって、祈りは馴染みの薄いものだったのだ。
 今回の作戦において、彼女は、アヤカシをできるだけ外へおびき出し、引き受けることを伝えた。老僧の救出には適任者がほかにいるから、俺にできることと言えば、騎士として剣を振るうことだけだ。――しかし、とも彼女は思った。自分の命を断つことで人々の安寧を願うのならば、その老僧の命はすでに人々のものであって、アヤカシのものであるはずがない。騎士はそれを護らねばならなかった。

 開拓者たちは寺に突入する直前に、それぞれの立場を確認し、改めて作戦を疎通させた。実際にアヤカシを呼び出すすべは、レヴェリー・L(ib1958)が持ち合わせていた。吟遊詩人が繰る音楽は、元来アヤカシに聴かせるためのものではないのだが、この際背に腹は代えられなかった。とくに古刹ということもあって、これ以上アヤカシどもに狼藉をさせてはならないのだ。
 アヤカシが外に出てしまえば、老僧も穏やかな最期を迎えられると踏んで、レヴェリーは自身のヴィオロンの調弦に余念がなかった。彼女の姉代わりの存在である倉城 紬(ia5229)も同じく、呼び出したあとのフォローにあたることになった。彼女たちにとっては、住職の話に出てくる宗教とか、それに伴う戒律とかいうような難しいことは、全く別世界のもののように感じられたかもしれなかったが、それでも、これまで老僧のしてきたことに鑑みて、アヤカシの仕業を看過するわけにはいかなかった。アヤカシは共通の敵なのだ。
「さぁ‥‥ここに‥‥戦いが‥‥あるよ‥‥おいで‥‥」
 はたして、レヴェリーの口上とともに、ヴィオロンが、音楽とはとうてい思えない音色を響かせた。アヤカシには仲間や獲物の位置を知らせる遠吠えに聞こえるため、これとアキラの吹いた呼子にまんまと引っかかったアヤカシが、遠目に見てもぱらぱらと姿を現し始めた。
「――ん、そろそろか。行くぞ」
 数が十分増えたのを確認し、アルフィールが、先陣をきって中庭へと駆け込んでいった。彼女がざっと見渡したところ、相手は子供くらいの大きさの鬼が、10匹弱。この広さにこの程度ならば、中庭でもさばききれる頭数なので、見通しは思ったよりも明るかった。彼女はまず鬼達の注目を集めるため、手近な鬼へ斬りかかり、後続への合図を出すタイミングを読み始めた。
 おって剣技を2、3振り繰り出したあと、アルフィールの合図の手が挙げられたのを見、開拓者たちは堰を切ったように中庭へ突入した。まずアキラと彼方が鬼退治へ敷居を越え、次いで清顕、玄牙とラヴィが老僧を助けに向かい、そののち支援のためレヴェリーと紬が門をくぐった。
「お坊さんの邪魔すんやない、払い除けたるワ!」
「おぅ、やぁってやれぇ。こぉてんぱん、になぁ」
 陰陽師が操る式は、今日はとても冴えているようだった。アルフィールが運悪く隙を見せ、鬼の一撃を覚悟したところへ彼方の式が飛びついてきたときなどは、彼女の顔から驚きと賞賛の笑みが思わずこぼれたほどだ。遅れて中庭へ飛び出してくるアヤカシに対しては、あらかじめ張ってあった紬の結界が、その動きを逐一捕捉していた。
「レヴェリー、本堂の縁の下、右から2間目です!」
「はい‥‥、暴れるのは‥‥ここ、まで」
 式により翻弄された鬼は、アルフィールの腕にしっかりと抱かれた棘模様に、出口を押さえられた鬼は、紬の指示どおりよく狙ったレヴェリーの放つ矢に、それぞれ貫かれていった。この調子では、寺の奪還も時間の問題のように思えた。

 おとり役の活躍のおかげか、洞窟はひっそりと静まりかえっていた。群れるアヤカシを尻目に洞窟へ向かった3人は、その静けさに近寄りがたい雰囲気を感じた。たいまつの明かりに照らされた内部は大人数人が並んで歩くのにも十分な高さと幅を持ち、整った地面は、それが人為的に掘られたものの証左になっていた。
 清顕は神経を聴覚につぎ込んで、奥の様子を探ろうとした。住職の話だと、岩屋までほぼ真っ直ぐな一本道であり、100間ほど歩く必要があるという。そして、外からの光が8割がた隠されたところで、彼は澄んだ鐘の音を聞いた。――それと同時に、アヤカシの気配を感じた。
 老僧の身を案じ、真っ先に岩屋にたどり着いた玄牙は、しかし、予想とは異なるものを目にした。岩屋の前ではかつて頑丈な鉄扉だったものが転がってい、アヤカシが中へ侵入し、老僧が既に襲われてしまったことを示していた。それはつまり、いま現在、高らかに響いている鐘の音の存在とは、明らかに矛盾している。彼は考えよりも行動が先立ち、事実を確かめるため岩屋の暗闇をのぞき込んだ。それは、シノビの行動としては浅薄だった。
「――おい、危険だ!」
 清顕が鋭く制止するのと、暗闇から素早く棍棒が玄牙に振り下ろされてきたのはほぼ同時だった。すんでのところで、玄牙は直撃を免れたが、鉄爪で受け流した時に使った左腕が、ひどく痛んだ。ラヴィがすかさず風の精霊に働きかけ、彼の腕をいたわった。
「玄牙様、大丈夫ですか?」
「ええ、何とか。‥‥それよりも、ここでは分が悪いようですね。退きませんか」
 すぐに立ち上がり、鈴の音が響く中、玄牙とアヤカシが対峙した。おびき出す合図よりも鐘の音にご執心だったのか、たいまつの明かりに照らし出されたアヤカシの姿は、清顕よりもさらに大きく、背丈が天井すれすれまでもある筋骨隆々とした鬼だった。シノビの力では、二人でかかったとしても、力で押し切られるかもしれない。鬼を一瞥し、一旦洞窟の外に出てしまおうと、清顕は決断した。外に出れば、いかようにも対処できるのだ。
「そうだね。引きつけてもらえるかい?」
「はい、任せてください! ラヴィさんをお願いします」
 ああ、と清顕は短く返事をすると、こともなげにラヴィを抱え上げ、今来た洞窟を引き返していった。
「玄牙様が心配ですわ」
「大丈夫さ。腕は悪くない。――ところで、君えらく軽いね。ちゃんと食べてるのかい」
 冷静なのか、暢気なのか、清顕の余計な一言にラヴィはちょっとあきれた。それはさておき、しんがりを玄牙がつとめ、3人が外へ出ようとしているのを、紬の結界が察知した。中庭のほうはといえば、掃討は済んでおり、アキラの鼠式が、残党が残っているかどうか確かめている最中であった。
「まだ何や、アヤカシがおるん?」
「‥‥残っていたようですね。大きいのが、洞窟から走って来ます」
「あいよぉ、出ぇてきたときがぁ、勝負だぁね。あんたの出番だぜぇ」
「ん」
「戦いが‥‥また‥‥」
 待ち構える準備が万端ならば、開拓者たちの連携も阿吽の呼吸に等しかった。ラヴィを抱えた清顕、玄牙がそれぞれ早駆けで躍り出たのをきっかけとして、レヴェリーの歌声が彼方の神経を研ぎ澄ませた。その直後に鬼が飛び出してきたが、その力強い歩みは日光の眩しさと、まとわりつく彼方の式に阻まれ、動きが鈍った。
「よく引きつけたな、玄牙。――食らえ!」
 そのお膳たてを受けたアルフィールが、鬼の胸に強烈なひと突きをお見舞いし、それでこの場は、決着がついた。

 アヤカシと樟気は全て消え失せ、あとに残ったものといえば、鐘の音の謎だけだった。ふたたび岩屋へ向かうと、先ほどと同じ鐘の音が開拓者たちを歓迎したが、戸惑いつつも明かりをかざし、次に見たものは、床へ横たわる老僧の姿だった。信じがたい光景を前にして、アキラは思わず息をのみ、清顕は老僧へ駆け寄り、そばへかがみこんだ。
「おい、坊さん!」
 声をかけてはみたものの、肩と頭を抱きかかえた清顕には、老僧がすでに事切れているのが一目で分かった。それも、傷の具合からすると、自分たちがここへたどり着くより前に、鬼に襲われていたに違いなかった。歴然とした事実を突きつけられて、一行は次の言葉を失った。ただひとつ奇妙なことには、老僧は鐘を握っておらず、また、鐘の音が石室全体に響いていたため、この場の誰もが、今までそれに気づかなかった。
「――ああ、あれや。ああなっとっても、まだ鳴ってるんや‥‥返さな」
 付近の床に、明かりの反射する光点を見付け、アキラは憔悴した面持ちで鐘を拾い上げた。飼い主を失った忠犬のように、健気にもまだ鳴り続けているその鐘を、老僧の細い左手でくるんでやって、はたして鐘は、正しい持ち主の手へ戻った。僧衣をかるく直すと、清顕はなきがらを再び寝かせた。
「さあ、あとは住職に任せようか」
 訊きたいことが色々あった。なぜ鐘が鳴り続けているのか理解できないが、仕方ない――。立ち上がり、手を合わせた彼に、その習慣を知らないアルフィールを除き、みなが倣った。各々がそれぞれの、伝えることができなかった想いを心の中で述べると、まるでそれを聞き届けたかのように、鐘の音が止んだ。そして、老僧が鐘を鳴らすことはもうなかった。
 その報告を聞くと、住職は安堵の笑みを浮かべ、開拓者たちにこう諭して感謝した。あなたがたが彼の入定を看取ったのです、と。

 開拓者たちは、確かに世界を引き継いだのである。