【修羅】いつわり
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/04 00:54



■オープニング本文

●死霊の玉座
 人骨を敷き詰めた寝床に、小柄な少女が寝そべっていた。
 少女は気だるそうな表情を浮かべたまま、手元でハツカネズミを遊ばせている。
「封印されたと聞いていたが‥‥酒天め、いまいましい」
 ふいにつぶやく少女。
 その小さな手をきゅっと握り締める。ハツカネズミは血飛沫と共に肉塊へと変わる。
 修羅の王――祭りの喧騒に誘われるようにして封印を解かれた酒天童子。かつて朝廷と覇を争ったとも言われる王が復活したとの報に、少女は不快感を露わにした。
 それも、酒天は再度封じられるでもなく、開拓者ギルド預かりの身となったと言うではないか。朝廷との間に再び血の雨でも降ろうものなら面白いものを‥‥どうも、そういった様子ではない。
「ならば争わせるまでじゃ」
 手元の肉塊を混ぜ捏ねるようにして放り出すと、ハツカネズミは再び腕を駆けはじめた。
「ふふ‥‥」
 少女の口元に、凄惨な笑みが浮かんだ。

●あづち、また何かしでかす
 不動寺周辺にて村が壊滅――。
 なぜあんなことを、言ってしまったのか。町医者は、その一報を耳にしたとき、血の気が引いた。
 確かにあのとき彼は、不動寺の近辺でアヤカシの活動が活発になってきているということだから、ちょっと行って様子を見てきてくれないか、とあづちに頼んだ。それは単なる見回りのお願いで、アヤカシの勢力下に潜入するとかアヤカシを一体から駆逐するとか、そういう指示でないことはどう転んでも明白だった。それに前のような無茶はするなと釘を刺したのだ! それなのに!
 ただ、そうやって自分に言い訳を聞かせて現実が変わるようならば、そもそもみ仏の教えなど必要ないわけである。見回りに向かった村のうちのひとつが『修羅』の手の者の襲撃を受け、なおかつ彼女が予定の日を過ぎても一向に帰ってこないという事実は、未だ判然と、彼の目の前に横たわっている。
 知人の宗徒からの連絡で犠牲者がないことを知り、幸いにも取り乱さずに済んだが、何人かの村人が人質として捕らえられているという情報もあり、彼はますますいても立ってもいられなくなってしまった。彼の思うところでは、おそらく人質にされてしまったか、あるいは相変わらずの無謀さで人質を開放しようとしているに違いない。『修羅』の者からの要求に対しては本山から使者を差し向け、その折衝にあたらせるとのことだったが、相手がどう出るかは全くの未知数であった。
 仮にどのような要素が原因であったとしても、この顛末は自分の一言がきっかけだったのである。もしものことがあったら――そのときはどうやって詫びればよいのか。
「気をつけてな。余計なことに首突っ込んじゃいかんよ」
「では、行ってきますね。心配しないでください」
 彼は、あづちが出発のときに見せた表情を思い出した。ひとさまには笑って手を振っていたのだが、歩き始め前を向くと、途端に真剣な、思い詰めたような表情になるのだ。向き直る瞬間、垣間見た横顔が彼の脳裏に強烈に焼き付いてい、離れなかった。
 こういうとき頼れるのが、開拓者だけだというのが、また彼にとってはひどく情けなかった。彼は老いぼれた身体に鞭打ちながら、開拓者ギルドへの道のりを大急ぎに急いでいた。『修羅』だろうがアヤカシだろうが、彼にとっては関係ない。彼女の手伝いがまだ必要な東房の人々のためにも(もちろん、彼自身のためにも)、あづちは失ってはならない有為の人材なのである。


■参加者一覧
鷹来 雪(ia0736
21歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
鉄龍(ib3794
27歳・男・騎
袁 艶翠(ib5646
20歳・女・砲


■リプレイ本文

 ギルドで開拓者を待ちわびていた老医師は、彼の職業とは対照的に、ひどくそわそわしていた。彼は赤鈴 大左衛門(ia9854)に、あづちと面識があることを聞かされると、大きく息をついてかぶりを振った。
「あの性格にはほとほと困った。何を言っても止まらん」
 察するより前に、大左衛門には思い当たることばかりだったので、彼にはひどく同情した。自分の考えで動くのは構わないのだが、人を振り回すのはあまり褒められたものでない。
「口でどう言っても聞きゃしねェのはワシも知っとるからよっくわかるだス。ただまァ、それがあづちさぁだってわかっていても、心配なんだスよな」
 そう、そうなんだよ。同調する老医師をさらになだめるように、白野威 雪(ia0736)が声をかけた。
「あづち様にはあづち様なりの算段もおありでしょうあから、それを信じてあげてください」
 鳳珠(ib3369)もあづちのことは見知っており、身の危険を押してまで奔走する彼女を思い浮かべ、軽く瞑目した。しかしそれだけでは単なる世間話であるため、鳳珠は雪に話を進めるよう、そっと促した。
 開拓者が知りたかったのは、壊滅した村の状況とそのいきさつである。幸いにも犠牲者がなかったのはどういった理由からか、『修羅』は何を目的としているのか、本山の使者の回答はどうするつもりか、などの質問に、老医師は宗徒の友人から聞いたという前置きでつぶさに語り始めた。
 『修羅』のものたちは白昼堂々と村へ乗り込んできたのだという。手当たり次第に家を壊す様子は、人に危害を与えるつもりではなく、示威行為に近いものであった。大体の村人は隙を見て村を離れ、不動寺へ身を寄せたが、運悪く建物にこもりきりになっていたものが人質とされたらしい。その人質の中に、あづちが含まれているかどうかについては不明である。
 また、先方からの具体的な目的ははっきりせず、派遣される使者との会談で伝えられるのではないか、ということだった。予想するのも難しい常体だが、人質と交換条件に、石鏡へ圧力をかけるよう要求するのではないかとも噂されているようだった。
 会談の日取りは既に指定されているが、急げば今からでもじゅうぶん間に合うはずである。それを聞き、開拓者たちは一路不動寺へと歩みを進めることとした。
「彼女はいずれ頭角を現すと見込んでいるんだ。だから頼む。失いたくない」
 別れ際、老医師は開拓者へそう告げた。ふと、あづちはそんな彼の気持ちを理解しているのだろうか、と鳳珠は思った。
 開拓者を呼び立てたことはすでに伝わっていたらしく、不動寺を訪れた一行が、今回の使者や人質と連絡するのにはさほど難はなかった。ただし、『修羅』は天輪王じきじきの交渉を臨んでいたところを拒否するという経緯のため、使者を開拓者に任せることは容れられなかった。そのかわり、不破 颯(ib0495)の提案通り護衛として同道を許されることとなった。日時は明日正午で、ちょうど1日の猶予を与えられたことになる。
 東房の使者は、思っていたよりも開拓者に協力的で、彼ら自身今回のできごとをかなり訝しんでいることが窺えた。そもそもさきの安須大祭における騒動とは、ほとんど関係ないはずだからだ。ただそれを差し引いても、人質事件であることに変わりはないため、交渉の点についてはしっかりと対策を練ってあった。
 基本的にはどのような要求であっても受け入れることはできないが、今回は人的被害がほとんどないため、人質を介抱すればお咎めなし、という寛大な提案をする手筈であった。それも、遭都の国境までの護送付きという破格の待遇である。もし、この選択肢を選ばないのであれば、よほど重要な要求であることに違いなかった。その場合は、残念だが人質は捨てざるをえずnその点で容赦はない。
 その交渉の方針に、開拓者たちが独自に救出を試みる計画が加えられた。使者の護衛とは別に、数人が先んじて村へ忍び込み、交渉をしているうちに人質を開放するという作戦だ。村の詳細を知るために、夜分に秋桜(ia2482)が偵察を行うこととし、他にも逃げ延びた村人へさらに詳しく聞き取りを行い、侵入経路、人質が捕らえられている場所の候補などを煮詰めていった。
 その中で避難民のひとりが、人質に開拓者がいるということを話し出した。
「――どういうことですか?」
 鳳珠は思わず手帳に書き記す手を止め、訊き返した。開拓者が人質になったという情報は、ギルドを通しても入ってきていないからだ。
「女の人だったんですけど、開拓者だから自分が人質に、って言って、何人かと交換で‥‥」
 もしや、と颯は思い当たった。
「それ、あづちだろう」
 彼女の風貌を大左右衛門が伝えると、その村人はあづちに間違いないと断定した。隠れ開拓者ということはないから、これはあづちが嘘をついたのだろう。大左右衛門はにわかに気になった。目的のためなら、手段は選ばないのだろうか。他に嘘をついていることも、あるのだろうか。
 その夜、秋桜は村への偵察を試みた。周囲からじっくりと眺め、聞き取りをした位置関係の裏付けを入念にしてゆく。彼女の調査によると、灯りを見たところ、人質は一カ所に集められているようだった。これならば簡単である。
 ただ1点、彼女には気になる点があった。手下と思しき見回りが散見されたのだが、その一部が小鬼――すなわちアヤカシだったということだ。ギルドが集めた情報でも、『修羅』のものがアヤカシと手を組んだり、使役したり、という話はなかったはずなのだが。彼女は声にならない声で独りごちた。
「これも派閥が違うからなんでしょうか。ただわたくしは、修羅も人間も、アヤカシも関係ありませんからね」
 明日のために休みを取っている残りの面々も、彼女と同じく、色々なことを考えていた。
 修羅であることが関係ないことについては、鴇ノ宮 風葉(ia0799)も似たようなものだった。依頼の話を聞いたとき、彼女は仲間である雪に、修羅とは何かぶっきらぼうに尋ねたものだ。詳しく説明を受けても、好意も嫌悪も感じることがなかった。修羅だろうがなんだろうが、自らの行く手に立ちはだかるものは排除するだけだ。
 天儀の外の人間である袁 艶翠(ib5646)にとっては、安須大祭から続く修羅との確執などはさらに難しい話となっていた。しかし、それが準備を怠っていい理由とはならなかった。実際に行うことは、特段難しいことではない。それをどうやり遂げるか、で結果が大きく変わってしまうことを除けば。
 鉄龍(ib3794)は『修羅』を前にして、自分の腕が通用するかどうか緊張していた。1回だけ手合わせをしたことはあったが、いっときに何人もの『修羅』を相手にできるかどうかは、正直なところ自信がない。ただし、彼には自分が騎士であるという自負があった。たとえ命果てようとも守り通す気概が彼にはあった。それは剣の腕よりもずっと、確かなものだった。
 一方颯は、状況がどうにも腑に落ちず、考え込んでいた。村を襲って人質を取るというのは、何が目的でそうしたのか。ある要求のためではあろうが、彼の予想ではその要求が通る可能性は非常に低い。それでもその要求のためにわざわざドンパチをやらかしたいのだろうか?
 それでは自殺行為に等しい。ここで彼は観点を変えた。この状況を望むのは、いるとすれば誰か。天儀と『修羅』が対立して利を得る、あるいは損が減る立場とは――だめだ、まだ情報が少なすぎる。
 翌日、使者と護衛の颯と鉄龍を除く6人は、正午の会談に先立ち村へ向かった。村はかなりひどい荒れようで、ほとんどの建物が半壊か、それ以上の損害を被っていた。それぞれは事前情報と秋桜の偵察に従って場所を決め、人質が監禁されているであろう建物が視界に入る位置で、交渉の行方を待つこととなった。
 正午になり使者ふたりと『修羅』ふたりがが対峙した。『修羅』の風体は、人口に膾炙している『鬼』という言葉がまさにふさわしかった。腰に鉄の棍棒をぶら下げ、大きな赤ら肌で使者を見下ろすその姿は、威圧感の塊そのものである。この圧力に使者がひるまなかったのは修験の賜物か、予定通り話し合いを始めたが、同行した颯と鉄龍は、その無茶な要求に耳を疑った。
「安積寺を放棄しろ?」
 さしもの宗徒の使者も、これには目を丸くさせていた。東房第2の門前町を丸ごと放棄とは、常軌を逸しているとしか思えない。
「いかにも。できなければ人質を殺す」
「要求には応じかねる。ただし――」
「では殺す」
 これは駄目だ。交渉の余地はこれっぽっちもない。ちょっと待ってくれ、と颯は声を上げた。
「何だ?」
「人質さん、本当に元気なんだろうね?」
「もちろんだ。だが今から殺す」
 人質の情報を得ようと考えていたが、この調子では遠回しな質問はできそうにないと判断し、彼は方針を変更した。
「まあまあ、落ち着きなさいな。人質を確かめるのを忘れていたよ」
「何を今更。――まあいい。余計なまねをしたらこの場で殺すからな。連れてこい」
 命じられ、『修羅』の片割れはがれきの向こうへ消えた。人質を連れてくる間、鉄龍は相手の意図を確かめようとした。
「無駄に争いごとを持ち込んで、どうしようというんだ」
「馬鹿な質問だ。いざこざが起きればそれでいいのがわからんとは」
「――誰の差し金だ?」
 その質問に返答はなかった。鉄龍はさらに問い詰めようとしたが、そのとき片割れが人質を連れて帰ってきたため、うやむやになった。
 人質は開拓者でも何でもなく、ひとりのあづちだった。顔色が青白く、衰弱しているようだが、目立った外傷はない。彼女が交渉の場へ連れ出されるところは、周囲に伏せている6人にもはっきりと捉えられた。ここが人質の部屋であることに間違いなかった。あとは、救出と逃亡の機会を見定めることだけだった。
「これでいいだろう、今すぐ安積寺から人っ子ひとり残らず追い出せ」
「――少し待ってくれ。考える時間が欲しい」
 颯が提案した。『修羅』は上の立場の余裕からか拒否せず、それを特段とがめ立てもしなかった。
「フン、往生際が悪いな。しばらく時間をやる。時間が過ぎたらこいつを殺す」
 彼らには、もとより交渉する気はなかったらしい。やはり、最後の作戦をするしかない。開拓者と使者は感づかれないように、背中を向けひそひそ話をして、作戦の伝達を行った。
「時間だ、答えろ」
「答は――これだ!」
 作戦はこの最終通告をきっかけに開始された。まず鉄龍が腰から抜いた狼煙銃を、あづちを捕まえている『修羅』の顔面に向け発射する。ひるんだ隙に人質が脱出し、安全を確保するという流れである。そしてそのうち出した弾丸は、そのまま村の周囲へ伏せている開拓者への合図になるのだ。
 先手はまず成功した。ぐったりしていたと思われていたあづちは、弾丸の命中で『修羅』の抱える力が弱まった途端するりと、軽快に戒めから自由となった。監禁は部屋の鍵だけで、縄で縛ったりしていなかったことが大いに助かった。人質を開放してしまえばこっちのものであるが、怒り狂った『修羅』をあしらうのはここからである。鉄龍がふたりの『修羅』の前に立ちはだかり、剣を抜いた。
 同時刻、待機していた開拓者たちもまた、顔に命中して大きく跳ね上がった狼煙銃の証明弾を確認した。鳳珠と秋桜が人質たちを落ち着かせて連れ出そうとしている間、4人は異変を感じてやって来た追っ手の足止めに力を尽くした。
「世界を征服する大魔法使い、風堂小雪参上!」
 偽名で名乗りを上げた風葉が、吹雪を放つ。手下に対しては効果てきめんで、運び出す危険な時間帯は、完全に防御することができた。調子に乗った彼女は追撃の吹雪を放とうとしたが、雪がそれをたしなめた。
「はいはい、ありがとうございました風葉様。それでは参りましょう」
「――わ、わかったから、そんなに引っ張らないで白野威!」
 追っ手と直接、一戦交えたのは大左衛門だった。光を纏った槍を大きく振り回し、威嚇してその場から先に行かせないようにしていた。彼をやり過ごしていこうとするものは、後方で待ち構えている艶翠のいい的になった。彼女は気合いを入れるため髪を束ね、次から次へと狙いを定めては弾丸を撃っていった。ただ1体1体ずつ速射しなければならなかったため、彼女の口から思わず、愚痴がこぼれた。
「おばさんも、弓ならもうちょっと楽になるのかしらね‥‥」
 その弓を使う颯は、別の意味で苦労していた。鉄龍が『修羅』に屠られることのないよう、のべつ幕なしに矢を放って支援をしていたのだが、相手の押しの強さは、彼の守備の限界に確実に近付いていた。この戦いぶりでは、このまま逃げられるかどうかは怪しいものだ。せめてどちらか一方を片付けてしまえれば、と考えていたが、それが実現されるためには、もう少し鉄龍に痛みを味わってもらわねばならなかった。
「義に反する者を、わたくしは許す訳には参りません、助太刀いたします」
 追っ手をうまく煙に巻いた秋桜と大左衛門が鉄龍を敵の目から隠し、反撃を始めた。村人、あづち、そして使者を避難させ終わった鳳珠と雪は、猛攻に耐え抜いた鉄龍の傷をいたわった。
 この戦況での増援は、増えた人数以上の効果がある。人数の均衡が大きく崩れ、流れが開拓者側に傾くと、『修羅』の棍棒も振りが鈍った。そして最終的には、颯の狙い定めた一矢と艶翠の死角からの一発が、それぞれの『修羅』の生命を奪った。
 苦戦を強いられたものの、不動寺近郊での人質事件は幕を閉じた。人質への被害は抑えられ、犯人は馬鹿なことをしたと、草葉の陰で後悔するはずだ。村の建物は壊滅的な被害を被ったが、人さえ無事ならばなんとかなるのだ。
 村の残党は、あとあと東房の僧たちがうまくやってくれるだろう、そうやって不動寺へ帰ろうとしていた一行だったが、雪が異変に気がつき、慌てて皆を呼び戻した。
「見てください、『修羅』のかたが‥‥」
 先ほど正義の鉄槌を下した『修羅』ふたりの遺体が、瘴気となってかき消えるように消えてしまったのである。これはすなわち、この二人がアヤカシであったということに他ならない。誰が何のために、こんな手の込んだことをしたのだろう。
「結局、これって、あによ?」
 風葉は、狐につままれたような表情をしていた。
 アヤカシが自らを修羅と名乗った理由は、それぞれの背後にある大きな思惑の渦を覗いてみないことには、たやすく判断できそうになかった。