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■オープニング本文 天儀中から物とひとが集まるだけあって、神楽の都の夜は遅くまで騒々しい。地方から商談に来る貿易商が好んで泊まるこの宿は、大通りからは離れていたが、歓楽街が近いこともあって、目の前の通りを行き交うひとの流れはまだまだ静まりそうになかった。 人混みに紛れ、歩行者の振りを装いながら、男は看板を確認した。依頼で示された宿で間違いない。ここにめざす人物が泊まっているということだ。 男は一旦宿の前を通り過ぎると、ばらばらに散って買い物客の振りをしている部下たちに目配せし、ひとりずつ集めていった。そうして、この界隈を大回りに歩いて宿へ戻ってきたときには、ならず者の集団と見分けがつかなかった。 「ちょっとごめんよ」 はじめてこの宿にやって来たかのように男は戸を開けると、玄関を一瞥した。 「いらっしゃいま――何ですかあんたたち!」 来客を出迎えようとした番頭だったが、明らかに客ではない着流し連中の姿を見るなり、彼は声を上げた。しかし反応はなく、返ってきたのは白刃が鞘をこする静かな金属音だった。それぞれが刀を抜いて、今にも斬りかからんばかりの威勢の良さで、これには商売上手でならした番頭も、かなわなかった。 お前にゃ用はねえ、大人しくひっこんでろ、とすごみ、脂汗をかきながらことを見守る番頭を尻目に男達はずかずかと奥へ進んでいった。途中で会う仲居や他の客には目もくれなかった。目指す部屋は、一番奥の部屋のはずである。 手下を引き連れ、男は廊下を歩きながら、依頼人の言った言葉を反芻していた。開拓者がいるから目標を間違えるな、銃を持っているかもしれない、ひるまず飛び込め、奴さえ斬ってしまえばあとはどうでもいい‥‥。 それにしても、依頼人もお侍さんのようだったが、場違いなことと言ったらありゃしない。人を斬ることに対してはもう何の感慨も抱かない彼だが、このような『まつりごと』にかかわる相手のコロシは初めてである。しかし、相手が誰であろうとひとはひと。斬るか斬られるか、はこれまでとなんの変わりもない。それに依頼の報酬は、この手の仕事にしてもかなり大きい額で、これが終われば、たんまりと貰える報酬でしばらくは遊んで暮らせるはずだ。 雑念を振り払い、彼は仕事のことに集中した。相手は丸腰か、帯刀していてもすぐには抜けまい。袈裟斬りか兜割りか、はたまた喉元を突くか。彼は頭の中で太刀筋を思い浮かべながら、目標の人相と重ね合わせ、頭の中で斬り捨てた。 ――キセガワのカゲなんとか、か。悪く思わないでくれよ。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 その独特の勘で、男たちのただならぬ雰囲気を嗅ぎ取ったのは喪越(ia1670)であった。最初は数人の男であったが、こっそり後をつけていくうちに頭数を増やし、ひとつの集団になったのを見て、彼はいっぺんに酔いが覚めてしまった。 男たちは目配せで申し合わせると、通りのある宿に入っていった。――これは、美女の匂いがする! 男たちの醸し出す殺気を捉えたまではよかったが、そこから先はなんの根拠もない、彼の希望的観測である。しかしなお、宿屋の置かれた状況が危機的なものであることには違いない。 「よぉ、今のシケたツラした奴ら、いったいどうしたんだい?」 「――何も知らない、心当たりもないんだ」 半ば呆然と仕掛けている番頭に尋ね、彼は状況を噛み砕いていた。店に直接の恨みはないとすると、こういう場合、やっこさんの目的は客だ。 「今日は誰か、特別なひとでも泊まっているのかい?」 「開拓者の一団が泊まってるんだ。ごたごたが起こらないようにしてくれ」 開拓者だけがわざわざ、神楽の街で宿をとるとは思えない。わかった、なんとかしてやるよと請け合い、喪越は男たちに気づかれないよう時間をおいて、宿の奥へ進んでいった。 人斬りの足取りは、ここまでは順調の一途であった。目標を斬るのにどれくらいかかるかは向こう次第だが、それでもことが大きくなる前にはここを後にすることができるはずだ。足音を抑えて、目標の部屋へと、そしてその向こう側に透けて見える、高額の報酬へと歩みを進めていった。 しかし、彼は開拓者たちがしっかり警戒をしていることにはまったく考えが回らなかった。旅行気分でゆっくり休んでいる、という依頼主の言葉があっただけでなく、そもそも目標がそのような狙われる立場にあるということを自覚していない、との目論見があったからだ。だから突然、眼前にそれを予測していた村雨 紫狼(ia9073)が飛び出してきたことに我が目を疑った。 「なんのつもりか知らないが、死にたくなかったらおとなしく引っ込んでろ」 人斬りは単刀直入に伝えた。彼の考えでは、やたら凄んで誰だてめぇはと誰何するのは二流以下である。誰が、なんのつもりかわかったところで、自分にとってなんの利点もないからだ。 「それはこっちの台詞。ここから先は通せないぜ」 やはり護衛のようだった。彼はこの場をどう切り抜けるか、刹那の間逡巡した。目の前の開拓者を切り捨てて、まだ後に引ける余地はあるか。彼はあると判断し、何も言わずに、早速仕事にかかった。 「うおっと! しかしこんなこともあろうかと!」 人斬りの放った斬撃を紫狼は刀を素早く抜いて受け流した。そして、宿の他の客に迷惑がかからないよう、できるだけ声を抑えて、吼えた。 出際の紫狼の演技で、人斬りたちはてっきり、彼が同じ部屋で目標の護衛をしていたと思い込んだが、実際は違っていた。みな彼の部屋のさらに先、隣の棟におり、祁瀬川景詮は一番奥の部屋、その手前に柊沢 霞澄(ia0067)とリィムナ・ピサレット(ib5201)が詰め、風雅 哲心(ia0135)、赤鈴 大左衛門(ia9854)、モハメド・アルハムディ(ib1210)、長谷部 円秀 (ib4529)の男性陣はそのさらに手前で待機していた。 紫狼の咆哮の声は、幸い全員に届いた。それまで開拓者たちの間にはピリピリした雰囲気があったが、それが一気にはじけるように、一同は動き出した。 他の客をあらかじめ別の部屋に避難させておいたのだが、宿屋という場所のためできれば穏便に済ませたかった。しかし、聞こえた怒号は襲撃の証左であり、こうなってはやむを得ない。モハメドは武器こそ持たなかったが、リュートを抱き廊下へ躍り出た。どんな相手だとしても、寝させてしまうのがいちばん安全なのである。 幸い、彼が向かったときには紫狼と人斬りたちとの鍔迫り合いが始まって間もなかった。到着いちばん、モハメドはリュートをかき鳴らすと、夜のしじまに音色を響かせた。それを聞いた何人かのごろつき風の男が、くずおれるように眠り込んだ。先制攻撃としては上出来である。 襲撃者たちは、あるひとりの男の指図に従って動いているようだった。続いて円秀が、刀を抜きつつ駆けつけると、紫狼に加勢した。 「さて‥‥ここからは私が相手です。かかってこい!」 円秀の名乗りを受け、男たちの士気が微妙に下がり始めた。うまくいくはずではなかったのか? それまでの予想とは違う展開に、戸惑いの色が如実に表れてきていた。 三人の開拓者を目の前にし、人斬りは焦り始めた。このままここで時間を潰しては、目標達成どころか逃げおおせることすら怪しくなってくるのだ。襲撃を放棄して逃げ帰ってしまおうかとも思ったが、しかし、彼には目の前にぶら下がった報酬の魅力に抗えなかった。その部屋の中に、それはあるのだ。 開拓者たちには手下を押しつけ、彼は意を決した。その先にいる目標――祁瀬川景詮を斬るために。もちろん、それが嘘だと気づくのには、もう少しの時間を要することになる。 当の景詮は、一番奥の部屋から動かなかった。正確には、動かせてもらえなかった。 最初の声が聞こえるとすぐ、霞澄とリィムナが部屋に来、安否を確認した。景詮は就寝しておらず、行灯の薄明かりの中、座椅子にもたれかかったまままんじりともしなかった。景詮の寝間着は観光で買ったばかりの帝国風のもので、それだけにやけに珍妙に映っていた。 「やっぱり狙ってるみたいだよ。こんな夜分に押しかけるなんて粋じゃないね」 リィムナは小太刀を景詮に渡した。 「いざというときは、か」 「違う違う! あたし達が遅れを取ったら、それで血路を開いて、ってこと」 自決用と勘違いした景詮に軽く突っ込みを入れながら、部屋の入り口からの死角へ隠すように移動させた。そして時を同じくしてやってきた霞澄が結界を張り、万全を期した。 「これはなんだ?」 「精霊さんが‥‥守ってくれます。今日のこれは、何かの思惑があっての襲撃だとは思いますが‥‥このような狼藉は‥‥許されるものではありません」 巫女の所行に慣れていない景詮の問いに、霞澄は入り口を見据えて答えた。その横顔を、景詮は見遣ると、軽く笑みを浮かべた。 「そうだな。お主らなら任せられる。期待しているぞ」 さらに、哲心と大左衛門が、部屋の前後を護るような形で位置についた。 「こんな時間に押し入ってくるたぁな、どんだけ空気読めないんだか」 哲心は吐き捨てるように言ったが、大左衛門はじっとなにか別なことを、考えているようだった。仲ン悪ぃ北面と東房ン境がご領地だら、こったらこたァ多いンだスか? あとで彼は、景詮に訊こうかと思った。この話、少しできすぎている。 できすぎた話に引っかかったのは、人斬りも同じであった。彼はもぬけの殻の部屋で、地団駄を踏んだ。くそ、俺としたことが。功を焦ったことが状況の悪化を招くとは、初歩的な過ちである。しかし、それを悔やんでいる時間はなく、彼は新たな選択を迫られていた。振り返って開拓者と当たるか、それとも、別の可能性を探るか。彼は後者を選んだ――すなわち、入り口とは反対の戸を破り、中庭へ飛び出した。 残された手下たちは士気が落ちたにもかかわらず奮戦したが、決着は時間の問題であった。単なる縄張り争いの喧嘩ならいざ知らず、開拓者たちは多数を相手にしていても、みずからに有利な状況を局地的に作り出し、敵をそれに引き込むのだ。各自が思い思いに動いていたとしても、自然と連携しながら動ける点においては、開拓者は群を抜いていた。 「次は誰だ、かかって来やがれ!」 紫狼は先ほどまでひとりでこっそりと部屋に潜んでいた恨みを、密かに襲撃者へぶつけていた。宿の夕食も、みんな一緒になって食べているところを、我慢してひとり寂しく食べていたのだ。もちろん、そこには景詮も含まれていた。他の女性陣ともいろいろ話したかったのに、というきわめて単純な気持ちを、刃に込めて振るっていた。 円秀はもう少し、計算高く光をまとう刀を操った。相手を完全に討ち果たすのではなく、戦えなくなるようにすることを重視して、彼は狙いを定めていた。斬りつけるときも四肢をめがけ、それで動けなくなった敵には、とどめを刺さずに放置した。そうすることで、素早く戦闘をおこなえるのだ。 それに、ひとりでも生け捕りにできれば、誰がどのような理由で視角を寄越したかが聞けるかもしれない。たとえ断片的な情報であっても、景詮の知っている情報と組み合わせれば、真相の片鱗を垣間見ることができるのではないか、それを期待してのことだった。 武器を使わないモハメドも、方針は円秀と同じであった。彼の場合、音楽という全員に影響を与えるものを使えるので、その方がより都合がよかった。しばらくは眠らせ、相手の集中力を削ぐことに重きを置いていたのだが、いっときだけ重いのを一発、お見舞いした。 「やむを得ません、ここは一気に――ビスミッラ!」 宿全体の戸が揺れ、五臓六腑を揺るがす轟音が響いたかと思うと、それは襲撃者たちの感覚や動きをあらかた奪い去った。時間的にはきわめて短いものであったが、一度得られた開拓者の優位はそれ以降、覆されることはなかった。 この戦況を目の当たりにし、手下たちの士気はほどなく崩壊した。逃げられるものはしっぽを巻いて退散し、そうでないものは切り捨てられるか、もしくはすでに戦力を失い、廊下にうずくまって呻いていた。 こうして、対処すべき襲撃者は人斬りを残すだけとなった。彼は中庭に出た後、庭に面する部屋の戸を片っ端から開け、ここにいるか、いやこいつでもないと、目当てである景詮を血眼になって捜していた。 彼の怒声は、部屋で待ち構えている5人の元へも届いていた。いずれこの部屋が暴かれ、奴は襲ってくるだろう。景詮もそれを聞きつけ、迎え撃つ構えを見せていたが、リィムナがそれを押しとどめ、自分たちに任せて、と念を入れた。 部屋の戸が明け放たれたとき、戸の前には哲心と大左衛門がしっかりと詰めてい、大左衛門が機先を制す形で誰何した。 「あんたァ、何モンだスか!?」 もちろん、大左衛門は答えが返って来ることなど、端から期待はしていない。怒鳴って相手が萎縮したところへ、相手の懐に飛び込むだけの時間的余裕を作り出すためのものだった。しかし、そうして放った居合抜きは、人斬りの身体をかすめることはなかった。 「お近づきになりたければ、窓の下で気の利いた歌でも歌ったら?」 「精霊さん‥‥力を貸して!」 大左衛門の刀が躱されたのを見、リィムナは冷気を人斬りに放った。凍り付いた空気が彼に確かにまとわりついた、が、彼はそれをものともしなかった。続く霞澄の放った精霊も、命中したとはいえ効果的な打撃を与えた様子は見受けられなかった。 「なかなかやるな。だが残念ながらこれで終わりだ。すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 高らかに勝利を宣言した哲心であったが、実のところ4人でかかっても、怒りに満ち、報酬に目のくらんだ人斬りは大変な強敵で、これを押さえ込むのには大変苦労した。もう少し時間がかかっていたら、結局景詮も小太刀で加勢しなければならなかっただろう。しかしそれは、こっそりと後をつけてきた喪越の符により動きを封じられた後の、哲心の渾身の踏み込みから放たれる一閃が阻止し、事態を最終的な決着に至らせた。 「よぉ、俺が首を突っ込んじゃいけない理由なんて、ないよね」 開拓者たちの宿は、ようやく静けさを取り戻した。捕らえられたのは人斬り本人を含め逃げ遅れた5人である。官憲に引き渡す前に、少しでも情報は得られないかと、開拓者たちはあれこれ苦労した。円秀が縛り上げたり、あるいはモハメドの歌で沈静させたりなど試みたが、結果としては、なにひとつ得るものがなくなってしまった。 「! ヤルアーニサ、祁瀬川さん! リマーザー、どうしてこんな‥‥」 5回連続で響く爆発音に、宿全体がざわついた気がした。それもこれも景詮が、土産に買った短銃で、襲撃者のこめかみをすべて撃ち抜いてしまったからだ。景詮は気づかないうちに玉と火薬を込め、躊躇せず引き金を引いていた。暴挙に出た景詮に対して、モハメドが声を荒げた。 「これでいいんだ。これで」 抑揚のない声で、景詮は言った。彼は景詮と目を合わせたが、その目にはなんの感情もなく、つとめて押し殺しているかのような印象を秘めていた。旅行を楽しんでいた景詮の面影はもう、このときには跡形もなく消え失せていた。 大左衛門はこの一部始終を見、自らの疑念を確信に変えた。当初は、彼らはとりあえず物取りかかどわかしのため、やんごとなき人に目をつけたのだろうかとも思っていたが、そうではなかった。北面で神楽の都行きが決まったそのときから、誰かに監視されていたか、もしくは誰かが情報を漏らしたのだ。そしてその情報を誰が利用し、誰が刺客を送りつけたのか、景詮は心当たりがあったにせよ、気づいたにせよ、もう知っているのだ! 一時の癇癪で、大切な情報をドブに捨ててしまうような領主では、どこであろうとも、みずからの領地を持ちこたえられるはずがない。知っていて、表沙汰にしたくないのだ。 では景詮が知っているその相手とは誰なのだろう? これは大左衛門にもわからなかった。一番怪しいのは最初に言い出した人間であるが、それ以外にも、この情報に関わったものはいくらでもいるのだ。ただし、ほんの短時間のうちに刺客を用意できるとなると、限られてくるはずである。おそらくは神楽の都に拠点がないと、手配できないはずだろうが‥‥。 大左衛門は、ほんとうは景詮に対してすべて問い詰めてしまいたいところであったが、それを言ったところで無視されるか、無礼者となじられるのが常である。正確には、ごまかすためにそう言うに違いない。まあいいだス、と彼はひとり肩をすくめた。すぐに答えを出そうとするには、自分自身にも情報が不足していそうだから。 それから朝まで、開拓者たちは不眠で警護にあたったが、同時に2度も刺客を送り込むような勢力は幸い存在しなかった。結局、景詮も開拓者に付き合う形で、その晩は一睡もしなかった。喪越や紫狼が、夜通し景詮のそばにいようと試みたが、下心を見透かした周囲の制止により、あえなく失敗に終わった。 翌朝、飛空艇の定期便へ搭乗する景詮を見送りに開拓者たちは支度をしたが、だれもが眠気と戦っていた。景詮も目の下に隈を作って眠そうではあったが、おくびにも出そうとはしていなかったため、開拓者もそれにならわなければばつが悪かった。 別れ際、景詮は開拓者たちに礼を伝えた。ありがとう、楽しかったよと。表情は喜びも怒りもせず、またむっつりとした壱師原領主の顔に戻っていたが、その声は柔らかだった。 |