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■オープニング本文 物資が東房との国境で足止めを食らっているという報告を受けたときの、彼のあるじが見せた一瞬の動揺を、久我綾継は見逃さなかった。 アヤカシと開拓者たちが激突した静ヶ原における合戦は、壱師原にも影響を与えていた。残党か別働隊のせいかははっきりしないが、アヤカシの一隊がこの地へも侵入し、綾継たち家臣一同は防衛にかかりきりだったのである。領主である祁瀬川景秋は静ヶ原へ出征していたのだが、ちょうどその隙を衝くような形で、壱師原勢は少なからざる犠牲を強いられる結果となった。主に被害を受けたのは、守備にかり出された若い足軽たちだった。 景秋が帰還したとき、今と同じ動揺を綾継は見た。ギルドがすべての人的資源を静ヶ原へ注力し、周辺まで支援の手が回らせられないという事態は、景秋の想定外であったのだ。 しかし、今回の景秋は、すぐにいつもの調子を取り戻した。東房から調達し、もうじき運ばれてくるはずの物資には、膏薬や麻酔などがつめこまれ、それらはアヤカシに傷つけられた兵を助ける重要なものであったからだ。遅れは許されない。 「報せによると、三輪崎の砦に賊がおり危険だ、と」 「賊だと? 何を馬鹿げたことを。賊の被害なぞ出ておらん」 綾継の説明に、景秋は珍しくいらだちを露わにした。でたらめの報告と思ったのだろうが、綾継はそれは違う、と説明を続けた。 「いえ、たしかに賊が、再び根城に使っているようで」 「また向こうへ出ておるのか? その話も聞かぬな。――まあよい。早急に排除せねばならん」 開拓者ギルドへ依頼するのか、との問いに、景秋は渋りながらも肯いた。 くだんの砦は、以前も盗賊団が占拠したことがあり、そのときは東房側から開拓者ギルドへ依頼が行われたのだが、景秋が警戒したこともあり事態が思うように進まなかった経緯がある。その恨みをここで果たしてきたか、と当初綾継は苦々しく思っていたが、ある点がふと、彼の頭の中で引っかかった。 壱師原に一泡吹かせたかったら、荷物を差し止めるだけで十分であり、わざわざ賊がしゃしゃり出てくる必要はないのである。偶然、この時期に賊が流れてきたならそれは不運なことであるが、その点も綾継には怪しく思えた。賊によってもたらされる当然の被害が、存在しないのである。景秋の言うとおりに東房で被害があれば、国境を越えて遅かれ早かれその情報はもたらされるのだが、その沙汰もなかった。まさか東房側が、偽の賊を仕立て上げ演技をしているとも思えない。 彼は自室へ戻ると、開拓者ギルドへ宛てて依頼をしたため始めた。かつて盗賊を退治したことのあった砦に、今一度賊が入り込んだこと。これを退治し、街道から危険を排除してほしいこと。しかるのち、東房との国境から、滞っている物資をいち早く運び入れてほしいこと。その際、東房側をむやみに刺激するような言動は、慎しんでいただきたいこと。 そして最後に、彼は個人的に、まったく狼藉を働かない盗賊について、詳細を調べてもらうようお願いし、手紙に封をした。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
空(ia1704)
33歳・男・砂
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
和奏(ia8807)
17歳・男・志
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 「なんで盗賊さんは、盗賊さんらしくないんやろ?」 「狼藉を働かない賊ッて‥‥ソレは賊なのか?」 壱師原の志士、久賀綾継にやにわに浴びせられた質問は、誰もがそう思うであろう、至極まっとうな疑問であった。彼は福幸 喜寿(ia0924)と空(ia1704)へ、まるで答を話すことによって自分の考えを組み立てているかのような物言いで、断片的に語りかけた。 「それはごもっともですが、落伍した足軽でもなく‥‥かといって逃散した農民でもない‥‥、ただ十分な武装もしていることを考えると‥‥」 それにしても、ぱっとしない回答である。お偉いさんの考えているさまざまなものごとは、空には理解できなかったし、また理解しようとも思わなかった。まず、彼には相手がその時点で、興味の範疇からだいたい外れるのだ。 「ほんとうに、被害はないのですね?」 盗賊退治の依頼であるから、被害の確認をする心積もりだった和奏(ia8807)は、説明を受けるたびに念を押した。今回の占拠について、綾継たち壱師原の面々は盗賊と判断したが、その判断が誤っている可能性も残っている。もちろん、たとえそうだとしても、開拓者の仕事に差し支えるということはないのだけれど。 「けンど、何とも妙な話だスなァ」 綾継の説明が途切れたところに、赤鈴 大左衛門(ia9854)が口を挟んだ。そもそも、その襲わない盗賊の第一報は、どこからもたらされたのか。その答は彼の思ったとおり、東房から北面へ荷を運んでいた商人からであったが、綾継の伝聞によると、そのとき被害にあったのは隊商のための食料などだったそうである。 「被害の報告もなかったのに突如湧いた山賊か。なんや、きな臭い話やな」 はっきりしない状況と綾継について、眉間にしわを寄せ、天津疾也(ia0019)が呟いた。もういっそのこと砦を破棄してしまえば、とも彼は提案したが、それは壱師原の志士には容れられなかった。この期に及んで、壱師原の北面志士はまだ東房と一戦を交えるときのことを考えているらしい。傍からこのやりとりを聞いて、馬鹿じゃねぇの、と空は言いたかったが、できるだけ目立たないようにし素性を隠すため、口に出すのを我慢した。 「救援物資の類はかさばるし、大量の薬でもない限り利益も少ない。好んで襲う理由はないと思うよ」 この玉虫色の状況に対して、盗賊は別の目的で動いているかもしれない、と推理をはじめたのは竜哉(ia8037)である。そもそも、砦を占拠した集団を維持するためには、ただ滞在するだけでもそれなりの物資を必要とするものだ。それらを略奪でなく別の方法で調達するには、おのずから選択肢が限られてくるはずである。それにもし、すでに、一団を砦に留めおけるだけの物資の備蓄があるとするならば、それはもはや盗賊ではないのだ。 「じゃあ――何か訳ありなんかねぇ?」 喜寿の問いかけに、竜哉は静かに首肯した。 この推理に開拓者たちは大方同意し、砦に篭もる盗賊団の真の意図を探ることを二次的な目的として、作戦が立てられることとなった。そして、この依頼の遂行にあたって、開拓者はある賭けに出た。 「うちは踊り子さね! 商人さんと一緒に旅をしとるんやな」 北面の新緑に勝るとも劣らない鮮やかな衣装を身につけ、喜寿は持ち前の明るさを発揮していた。頭のてっぺんからつま先まで旅芸人そのものであったが、持っている傘や扇、はては舞踏用の布飾りなどすべてが武器である。これらは、いつでも開拓者としての実力を発揮できるよう、あらかじめ整えられていた。 彼女だけでなく他の何人かが、それぞれ手伝いをしながら何らかの装いをして、それになりきっていた。この仮装で、盗賊にわざと襲わせ、砦からおびき出そうというのである。荷物は綾継に頼んで借りた大八車へ、軽すぎず、さも重要なものがあるかのようにごまかし、武器を隠して積み上げておいた。また、全員で荷物を囲っていては不自然なため、行商役の疾也と和奏、人足役の大左衛門、付き人の喜寿を除いては、後方から様子をうかがいつつ追従することに決めた。空と竜哉は襲われたときすぐ駆けつけて加勢できるよういつも通りに、鳳珠(ib3369)とエラト(ib5623)は市女笠と外套で、旅人の佇まいを見せていた。この旅人役のふたりはさらに後から到着し、開拓者たちの補助をすることになっている。 以前、開拓者に砦の盗賊を排除してもらったときと同じく、綾継は、北面を脅かす不都合者に対し慈悲を見せる必要などない、とあらかじめ申し述べていたものの、鳳珠がそれを頑として肯んじなかった。これはふたりの立場の違いであり、きっと、開拓者と為政者では、人命に対する考え方も大きく違うのだろう。ただ、そのことをお互いに理解していたため、それ以上の衝突には至らなかったし、互いの意見を押しつけることもしなかった。鳳珠も、意地になって、すでに綾継へ申し出ていた、手の回らない負傷兵への治療の手伝いを撤回するなどというような愚かなことは、まったくしなかった。 ふたことみこと考えを交わす綾継と鳳珠を見、エラトは浅くため息をついた。わかりきってはいることだが、同じ目的を達成するはずであるふたりの会話でさえ着地点が見えず、このような様々な場所での意見の食い違いが、積もり積もって『まつりごと』や『くに』での争いの種となるのだろう(もちろん、開拓者ギルドと壱師原勢が対立するかどうか、ということとは別の問題である)。 わかりきってはいた。わかりきっている、と前置きしたにもかかわらず、それでもそれが、しかし、エラトはもどかしかった。おそらく、今の天儀でいちばん意見がまとまっていることは、アヤカシに対してのことがらであろう。しかしそれでも、そのような単純な設問においてすら、天儀はアヤカシによって滅びるべき、というどうしようもない終末思想が生まれない保証など、どこにもないのだ。 そんな彼女の無力感をさておいて、いつわりの隊商は東房へ向けて出発した。盗賊に襲われたときはそれを撃退し、また襲われなければ、国境で滞っている荷物を受け取って持ち帰るのである。どちらへ転んでも、事態は何かしらの好転を見ることになる。 ふたりが扮した行商人は、見た目の年齢が若すぎるという難点はあったにせよ(とはいえ、天儀では気にするほどの問題でもない)、疾也が商家の出だということもあり、さすがに立ち居振る舞いは板についていた。またすでに、盗賊の(中途半端な)襲撃があった場所についての情報は確認しており、そこへ近づくにつれ開拓者は緊張感を高めていった。 ここは、東房へ向かう街道でも砦からもっとも近い部分であり、天気によっては大きな音ならば聞くことも不可能ではない距離まで開拓者は近づいていた。地図上では目の前にどっしりと構えている向こう側に、砦があるのである。この日は、折からの晴天が続いてい、丘の頂上をよく見ることができる。そこで木々の間から街道側をのぞき見ていれば、大八車を引き連れ東房に向かう商人の姿を、彼らは捉えることができるだろう。 盗賊の来襲に備え、大左衛門はおそるおそる荷車を牽いていたが、彼の予想通り、盗賊は手を出してこなかった。やはりそうだ。あまり大がかりに街道を封鎖してしまっては、それこそすぐに討伐の目標となってしまうのだから。東房側に被害がなく、北面への輸送だけを限定的に封じた理由は、おそらくそれに違いなかった。 「行きはよいよい、帰りは怖い、ですか」 遠ざかっていく丘を見遣り、和奏が感想を淡々と述べた。以前その砦を討伐したことのある鳳珠の話によると、砦自体は東房からの軍勢を受け止めるように、そちらを向いてできているとのことだった。それを撤去せず残しておくということは、未だ和平を実現させる意図がない証左である。 その壱師原の思惑に辟易しながらも、和奏は事態の不透明さに顔を曇らせていた。壱師原が北面の尖兵であろうとする姿勢は、賛否のいかんに関わらず理解できる事情である。しかし現在、東房との対立は先鋭化しておらず、この国境際の騒動が、双方の意志に反しているように思えてならなかった。まあ、この盗賊が何かを知っていることは間違いなさそうではあったため、まずはそれを解決してからである。 東房との国境へ辿り着くと、足止めを食っていた荷物と荷主の、手荒い歓迎を受けた。ここ数日、行くも引き返すもできない状態が続き、商売あがったりだという。早速開拓者はこの屯所を保持している東房の僧兵に礼を言い、おあずけの荷を引き受け、今度は本当に荷物を運ぶこととなったのである。 短時間の間に往復するという不自然さを減らすため、約1刻の時間をおいて屯所から出発したのだが、盗賊の反応はてきめんだった。砦のある丘に差し掛かるまでもなく、開拓者の大八車は襲撃を受けた。もちろん、予想の範疇であったため、奇襲にはほど遠いものであったが。 「わあっと! 手荒なまねはしたくないんやけんども、こりゃ仕方がないさねっ」 舞踏布を手に取った喜寿の、どことなく楽しそうなかけ声が、襲撃を知らせる合図となった。人足と商人ふたりは積み荷に隠した武器をすぐ掴み、応戦にはいる。その様子に気がついた後方の4人が、挟み撃ちと支援のため、足を速め大八車へ向かう。開拓者の計画通りの展開だった。 殺気を押し殺していた疾也が刀を取るまで、盗賊は商人が偽物だとは全く思っていなかったため、逆に盗賊に隙が生じていた。彼の驚きと、思わず口から出た舌打ちを疾也が見逃すはずもなく、商人に斬りかかろうとしていた盗賊は、1合と斬り合うこともなく、刀から放たれた雷によって地に伏した。 ほぼ同時に、和奏も、疾也に負けず劣らずの刀を振りかざしていた。捕縛を念頭に置いていたため、若干手こずることにはなったが、まだ、盗賊の腕前は開拓者にひと泡吹かすほどには至らなかった。何も考えずに、つい普段通り斬り捨ててしまうところを何とか思いとどまり、彼は盗賊を気絶で済ませることに成功した。 「ぬしらは、壱師原にどういう怨みがあるンだスかね?」 口での牽制を交え、大左衛門は槍を取った。しかし盗賊の返事はなく、無言で斬りかかってくるのみである。これが普通のならず者ならば、威勢のいいひとことくらい、もらってもいいはずだ。そうでないところを見ると、やはりこれがただものではないことがうかがえた。 「この身のこなし――訓練されているな」 竜哉は剣戟を交わす盗賊の体裁きを見、特段の地域性がない、すなわち氏族に近いものの犯行ではないことを読み取った。やはり盗賊は、外部からこの地へ寄越されてきた線が強い。人数は盗賊が圧倒的に多いものであったが、奇襲の出鼻をくじかれた形となり、流れは隊商、すなわち開拓者へと傾きつつあった。そこへ俊足を活かした竜哉が増援に加わったため、それが戦意喪失へだめ押しの一手となった。 まだ意識があり十分に動くことのできる盗賊たちは、思い思いに退却を図ろうとしていた。しかしそれは、空の文字通りの暗躍と、市女笠の下でエラトが奏でる喇叭――帝国の言葉ではトランペットという――の高らかな響きに、次々と組み伏せられてしまうか、あるいは眠りこけてしまうかのいずれかであった。彼女が吹いたことが想像しがたいその大音量には、開拓者たちもちょっと驚いたほどだ。 終わってみると、商人を襲った盗賊は12名を数え、そのうちの大部分がならず者とは思えない、きちんと整った身なりをしていた。生き残ったものは縛られたうえで鳳珠が治療したが、彼らの口から有益な情報は得られなかった。空が『少し手荒な』尋問を試みようとしたが、それは鳳珠が断固として認めなかった。 盗賊の口から直接語られないのであれば、あとは根城とする砦を調べるほかにない。盗賊の捕虜は東房僧兵の協力を得(もちろん北面側には内緒である)、その場を任せて調査に向かった。 情報の統制もとれていることから、この盗賊が、竜哉のいう『誰かの命を受けた工作兵』であることはほぼ間違いなかった。こういった集団は、根拠地に誰かは残していることがほとんどなので、まず空が忍んで偵察を行うことになっている。 「――まァだ、東房とイザコザやッてんのな。タリィの」 途中ひとりになって、ようやく空は自分の心の内を吐き出した。以前は彼も志士であり、またいまは報酬をもらう立場であるから大きい声では言えないのだが、ひとを人数でしか語れない集団には、どうやってもなじめそうにない。 砦の内部には、やはりひとの気配があった。忍び込んでみると、男がひとり、大慌てでなにやら作業をしているのが確認できた。 見ると、その男は書類を火にくべているようである。まずい、と空は思った。証拠が失われ、捕虜の自白もなければ、開拓者たちの立てた推理は机上の空論で終わってしまう。男の持っていた書類に、朱で印が捺されているのをたしかに発見し、空はためらわずに決断を下した。 腕や足を狙っただけでは、書類を処分する機会は完全には排除することができない。火にくべてしまえば、そこまで丁寧でなくても、火の上に落としさえすれば、ことは済んでしまうのだ。彼は音もなく男に背後から近づき、残された最後の手段である急所へと、短刀を突き立てた。 捕虜よりも書類を優先したことについて、開拓者の意見は賛否両論あったが、彼が持ち帰った書類は、間違いなく真相に近づく手引きとなるものであった。一同で手分けして検分するうち、大左衛門は、見慣れた文様を発見した。祁瀬川家の家紋である。もともと捕虜に見せて反応をうかがう目的で借り受けてきたものだったが、この一致は、怪我の功名ともいってもよい。 そしてついに、疾也は差出人と花押が記してある、1通の文書をみつけだした。文面は暗号なのかまったくわけのわからない言葉が並んでいるのが、さらに秘密文書らしさを醸し出している。 「これはまあ‥‥ますますきな臭くなってきたんやなァ」 木之下征景、これが差出人の名前である。開拓者は荷物と捕虜と共に壱師原へ帰還し、そのまま綾継に報告をした。しかし、大きな手がかりにも綾継は驚いた様子はさほど見せず、逆にさもありなん、と納得してさえいた。 「もしや、とは思っておりましたが」 「心当たりがあっただスか。そりゃ、いったい誰なんだス?」 大左衛門の問いに、綾継は重い口を開いた。 「木之下征景どのは、先代の弟君のご子息‥‥すなわち、わがあるじの従兄弟にござります。北面を出奔し、天儀のどこかに新たな居を構えていると聞き及んでおりまする」 分家であれば、家紋が同じなのは当たり前である。北面のいち地方である壱師原は、いま東房と対し、またアヤカシとも対しているが、そして新たに、親族とも対さねばならなくなったことになる。 |