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■オープニング本文 次の方どうぞ、と、入り口から流れてくる初夏らしい天儀の風を感じつつ、開拓者ギルド職員は、次の依頼者の番号を読み上げた。 「こんにちは、今回の依頼は――」 職員の目の前に現れたのは、大柄な若い男だった。彼は依頼者を一見し、農家なのだろう、と判断した。作業着のままでギルドに出向いたらしく、草履や足には乾いた泥が目立っていた。 「なるほど、水車小屋にアヤカシが‥‥」 依頼の内容を聞き取ると、それは、このご時世にはよくある依頼で、アヤカシが農事の邪魔をしているのだという。それだけなら、彼は何を考えることもなく、てきぱきと開拓者を割り振り、受付票を『進行中』の箱にすぐにでも投げ入れるものにしてしまっただろう。その後に続いた依頼者の話が、しかし、それを妨げた。 「ほかになにか‥‥、え、早乙女?」 依頼者は、ただアヤカシの退治だけしてもらえればいい、というわけではないと陳情した。彼の村では、毎年の田植えに際し、田の神へ舞を奉納していたという。しかし、今回のアヤカシの出現によって、踊り手となる女性陣が避難してしまったというのだ。 田植えの日取りはすでに決まっており、退治してから踊り手を呼び戻すほどの余裕がないのだという。開拓者に、退治のあと田植えと、奉納の舞を踊ってほしいというのが、依頼の全容であった。 「なるほどねえ‥‥」 「うちの村にとって、田植踊は大事なんです。お願いします」 ギルドの職員として、懇願されたからには断るわけにもいかない。少しだけ逡巡し、まあ、わかりましたと答えて、彼は若者を安堵させた。そして、ただし、と付け加えた。 「早乙女は、早乙女じゃなくてもいいですよね」 「は?」 「‥‥正確に言うと、全員が女性であることの担保はできませんから、そのことだけ」 ギルドでは、依頼を受託する開拓者に対し、そこまで細かい指定はできないことになっているのだ。微妙に引きつった表情を見せる若者に、受付はほほえんだ。 「大丈夫です、しかと引き受けました。安心してください」 いまこの場において、二人の間を流れる風だけが、さわやかだった。 |
■参加者一覧
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
鞘(ia9215)
19歳・女・弓
サラ=荒井=サイバンク(ia9989)
16歳・女・吟
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
志宝(ib1898)
12歳・男・志
ノクターン(ib2770)
16歳・男・吟
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂 |
■リプレイ本文 開拓者といえば、筋骨隆々のたくましい男たちという先入観があったため、ぱつんぱつんの早乙女姿を勝手に思い浮かべ、依頼人はひとり青い顔をしていたのだが、実際に現れた開拓者を見、彼らならまあ御の字だろう、と人知れず胸をなでおろしていた。前後での大きな差に、早乙女の装束を特別にあつらえる必要もなく、今年も無事に神事をこなせそうだ、と、彼は大船に乗った気分にさえなった。 一方で、開拓者の中には、しかし、あまり乗り気でないものも混じっていた。 アヤカシ退治と聞いただけで早合点し、志宝(ib1898)はそのまま参加の署名をしてしまったことを今さらながら後悔していた。早乙女のくだりを知ったときにはすでに遅し、取り消しの申し出が受理できないところまで処理が進んでしまったのである。 とはいえ、女装の絡む依頼については、彼はもうこれで3度目を数えるである。運の尽きというか、それとも運命というべきか。後悔しながらも、だんだん慣れていく自分を客観的に見ていることに気づき、志宝はもう、このことをできるだけ気にしないようにした。 それを知ってか知らずか、集まった開拓者たちへ、依頼人は簡潔に説明をはじめた。まずアヤカシを退治してから着替え、田植えを行ったのち、田植踊を奉納するのである。田植え以降については、村にて準備がすでにできているとのことであった。もちろん、衣装も、である。 たまには、普段と違う服も悪くないな。依頼の説明を聞きながら、ノクターン(ib2770)はふと、早乙女が田植えをする情景を想像してみた。彼と露羽(ia5413)も例に漏れず、もちろん女装することになっているのであるが、このふたりは、前述の志宝とは対照的に、あえてこの依頼を選んでいた。 彼にとっては、普段着が女物であるため、今回の依頼も、何ら苦ではなかった。開拓者に依頼するときの決まりについて彼はよくわからなかったが、男であっても問題ないというのだから文句を言われる筋合いもない。どうせなら、はじめから女のつもりで振る舞ってみるのも、また途中で男であることを暴露し村人をからかってみるのも、それはそれで楽しそうだった。 さらに露羽の考えは徹底していた。彼にとって、女装はシノビの技術のうちのひとつなのである。ばれなかったからといって、とくに何の褒美もないのだが、今回も彼には絶対の自信があった。踊りもあるということだったので、足の運び方、身体の捌き方、など、女性として振る舞うにはどうしたらいいか、彼は常に念じていた。 そんな開拓者たちを包む空気は、5月の天候としては肌寒く、今にも雨が降りそうな案配であった。問題の水車は、村から離れた場所に位置しており、見回りもまばらで、人の気配がほとんどなかったことも、アヤカシに侵入を許す一因だったのだろう。犠牲者が出ていないことは、不幸中の幸いである。 道すがら、斑鳩(ia1002)は曇天の田園風景を眺めながら、改めて田植えについて按じていた。この時期の田圃はすべて水が引かれており、農地全体が水面と化しているのである。考えてみると、これほど不思議なことはなかった。天儀において、水深はごく浅いにせよ、これだけの面積が水びたしとなるのは、この時期の水田を置いて他にありえない。そして数ヶ月後には、ここには風になびく稲穂の波折りが現れるのである。有史以来繰り返されてきた営みに思いを馳せ、斑鳩はちょっとした感銘を覚えた。そして、この大地に連なる精霊の力を借りる巫女として、田植えという晴れの行事を、アヤカシなどに邪魔させるわけにはいかない、と強く心した。 開拓者の田植えを待っている村の水田を抜け、水路沿いのあぜ道を進んでいたとき、そんな思いとは裏腹に、とうとう雨が降り出した。この時期の雨にふさわしく大粒であったが、だからといって、開拓者のなす事には何も影響することはない。 開拓者たちを前にして立ち止まり、もう少しで水車小屋です、と依頼人が指さした。ここからは台地と林の影で見えないが、彼が案内できるのは、安全のためここまでだった。降りしきる五月雨の中、役目を果たした依頼人を村へ帰すと、開拓者たちはいよいよ、討伐に向けて動き出した。 漂う瘴気のただならぬ雰囲気から、目指すものがいることは疑う余地はなかったが、慎重に、小屋が見える位置まで開拓者は足を進めても、アヤカシが野外へ出ている様子は見受けられなかった。大方の予想通りであったが、斑鳩が結界を張り巡らせ、周囲を探った結果、小屋の中にアヤカシが篭もっていることにはほぼ間違いない。 こういうときに取る作戦はひとつ、アヤカシどもを外へおびき寄せることである。開拓者にとっては定石中の定石であり、ノクターンとサラ=荒井=サイバンク(ia9989)のふたりが要となった。 村での打ち合わせ通り、万が一のことがあっても水車や用水を傷つけないよう、開拓者たちは小川に沿って展開した。すぐ後方に下がれる位置でふたりが無音の曲を響かせると、急に沸いて出たかのように、小屋から複数の狼だか犬だかが飛び出した。アヤカシだ。 上手く誘き出せるといいんだけど、とノクターンはぼやいていたが、それは杞憂に終わったようだ。 「後は、お願いします」 サラのひと言で、開拓者たちは臨戦態勢になった。おびき出しの成果で、だいたいのアヤカシは開拓者へまっすぐ向かってきたが、効果が薄かったのか、あらぬ方向へ走り出しているものへは、鞘(ia9215)が冷静に対処した。彼女の放つ矢に貫かれたアヤカシは、進路を開拓者へ変えるか、あるいはそのきわめて正確な射撃で、ほぼ無力化されていた。 鞘の矢をかいくぐって音曲の主を屠ろうと迫るものには、露羽と、シルフィリア・オーク(ib0350)、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)が立ちはだかった。この3人は、それぞれ三者三様の働きで、文字通り盾の役を果たしていた。 「ここはあなた達の住処ではありませんよ。消えてください!」 アヤカシを一体一体、着実に片付けていくのが露羽のやり方である。天気のため傍目からはよくわからないが、彼の足下から妙に伸びた影がアヤカシを捕らえると、間髪入れず、彼は刀で切り伏せていった。 シルフィリアは、アヤカシの素早い動きを見越して間合いを置いた。そのかわり、隙間を長柄の薙刀で埋めて、相手の足を殺した。敵の注意を集め防御に徹するという騎士らしいやり方で、彼女はアヤカシを釘付けにしていた。 「は〜ん。犬っころ無勢が粋がっちゃって」 「シルフィ姉ぇのいうとおりじゃ。不届きなアヤカシ共め!」 技でも武器でもなく、ヘルゥは独自のやり方で戦いの主導権を握っていた。相対的な位置を工夫することで、常に優位を維持できるようにしているのである。足下の地形が天儀とアル=カマルで全く異なるものではあったが、彼女が鍛えた戦いの勘は、その動きが間違いでないことを直感的に悟っていた。 3人によってアヤカシの勢いは完全に削がれていたため、他の5人は何の支障もなく行動することができた。この一帯には、しばらくの間戦いを鼓舞する曲が繰り返され、また矢はあらゆる対象へ向けて飛び交っていた。戦いの趨勢は、この局面が開拓者によって終局するのも時間の問題であるということを示していた。 水車小屋の中では、しかし、外とは違う局面が待ち受けていた。 最初にアヤカシをおびき出す曲が奏でられた後、志宝は小屋の裏手へこっそりと移動し、そこで機を伺っていた。首尾よく気づかれずに、アヤカシが7人のもとへと向かって、小屋が静かになったとき、彼はようやく活動を開始した。 中に動くものの気配がないことを確認し、彼は素早く入り口へと移動した。入り口の戸は壊されて倒れたままになっており、一時的に封鎖するためには応急の修理が必要であった。どのようにするか思案を始めたとき、彼は、奥にまた別の気配があるのに気づいた。 その気配は水車そのものから感じられるようであった。暗がりの中で目を凝らすと、ちょうど水車に巣を張るように、瘴気の濃い部分が具現化しているのがわかった。外のアヤカシは、ここから出てきたのだろうか、と彼は予想した。 ともかく、動くアヤカシだけでなく、これも駆除しなければならない。彼は腹を決めると、水車を傷つけないよう慎重に狙いを定め、霊力を込めた刀で、ひと思いに斬りつけた。 手応えがあったのは3度目の攻撃であった。すうっと瘴気が晴れたのを感じると、急に、大きな音を立てて水車が回り出した。志宝が刀を納めたとき、外の雨音と水車の水を掻き出す音が、静寂を取り戻した小屋の中に響き渡っていた。 アヤカシを退治して、はい終わりの依頼であれば、開拓者にとって今回は朝飯前のものであった。しかし、田植えについての評価は、ほぼ未知数と考えていい。村に戻り、喜ぶ依頼人に話を聞くと、田植えは奉納用の田であるおよそ1反歩に行うとのことであった。 「さあ、やりましょう!」 率先して、斑鳩は段取りをこなしていた。植えるときの手さばきからまっすぐに植えることまで、ひととおりの説明を受けると、早速早乙女の衣装へ袖を通した。 天儀に来て間もないヘルゥにとっては、見るものすべてが初めてのものであった。アル=カマルでは貴重な水であるが、ここではほぼ際限なく使われているのだ。代掻きの終わった水田は、オアシスでもない、またなにか別のもののような感じがし、とても楽しみで待ち遠しかった。 「みなお似合いじゃな。とても綺麗なのじゃ」 彼女から見ると、天儀では見慣れた早乙女の格好も新鮮なものである。砂漠を進むときの格好に似ているが、笠が特徴的で、皆がそつなく着こなしているのを見、天儀では普通に男性も乙女の格好をするのだなと、あっさりと飲み込んでしまった。これはひとえに、開拓者に異性装をするものの割合が多いというのも一因ではあるのだけれど。 ともかく、開拓者たちは一列に並び、歌を謡いながら田植えを始めた。五月雨の中の田植えは、見た目には風流であったかもしれないが、当人には相当の重労働である。田植えの間曲げ続けている腰が痛むのを我慢しながら、これも村人の裏をかくため、とノクターンは必死に自分を鼓舞していた。腰の痛みに地を出してしまうようでは、何に対してなのかは彼にしかわからないが、ともかく失格である。それは変装を生業とする露羽も同様で、女性的な笑顔が痛みで途切れないようにするために、内面では必死に自己を律していた。 「食べ物屋出身としては、農家は大事ってわけで、彼らのおかげで生活が出来るんだから、そのお礼に、とはいっても、ねえ、これは‥‥」 生家が蕎麦屋である鞘も、田植えの重要性は理解し、笑顔は絶やさずせっせと仕事にあたっていた。しかし、予想以上の重労働に、改めて農家に対しての感謝、というか畏敬の念がわき上がっていた。そして、鞘が子供の頃、蕎麦打ちや蕎麦切りを手伝って疲労困憊になったことを思いだし、今実家はどうなっているのかな、と、ふと思いを寄せた。 田植えが終わると、短冊形の水田には、かろうじてまっすぐに整えられた緑の点線が、幾筋にも連なって引かれていた。この光景を、ヘルゥは故郷の両親に見せてやりたいと思ったが、辺り一面が稲穂の緑で覆われる、ということを斑鳩に聞いたところで彼女の想像力は限界を迎え、難しいことを考えるのをやめざるを得なかった。 あれだけ疲労しての達成感は大きなものであったが、しかし、休む間もなく、開拓者は踊りへと駆り出された。こういう行事だから、とはそろそろ割り切れなくなってくるほどの疲労が、各々には溜まっていた。 それでも、1年にたった1度の機会である。斑鳩が音頭を取る形で、歌と踊りが村のあちこちへと響き渡った。 今回、開拓者たちはアル=カマルに伝わる、月を崇める踊りというものを、ヘルゥの指導で行うことにしていた。練習の時間は短かったが、それでも、持って生まれた志体のなせる技か、村人にはじゅうぶん通用するものであった。 そのお返しに、ヘルゥには天儀の舞踊を教える約束であったため、志宝や鞘が一緒に練習をしていた。 「天儀の格式ある踊りは基本中腰だから、意外と下半身、キツイよ」 はじめ志宝がそう言っていたが、いざ踊ると、まったくその通りであった。なおかつ、田植えによって腰が酷使されていたこともあったため、今回のような長時間の踊りには、ちょっと負担が重すぎた。 また、シルフィリアは、情熱的かつ扇情的な、ジルベリアの踊りを独自に踊っていた。天儀の農村において、異国の文化に触れる機会などなきに等しかったので、村人にとってはいい刺激となったのは間違いない。彼女の踊りはとくに拍子が速いため、文字通り熱狂的な踊りとなっていた。自分に見とれる観客を見、少しでも退屈な彼らの生活に変化があれば、と彼女は笑みをこぼした。 さて、それぞれ極限の疲労の中でも踊りをこなしていた開拓者だったが、各戸でもてなされるにあたり、ある問題が発生した。 「‥‥こういうのは、やっぱり、飲まないといけないですよね」 「まあ、そういうこと。さ、さ」 この件については、斑鳩は最初からあきらめの境地であった。基本的に、農家のもてなしは酒だったのである。年少者のヘルゥと志宝は免除され緑茶をごちそうになったが、それ以外には基本的に、容赦なく酒が振る舞われた。女装していることをわざわざ触れ回っているノクターンに至っては、そのお返しとばかりに、手荒な『もてなし』が行われた。 「いえ、わ、私たちだけがもてなしを受けるだけというのは心苦しくて、ですから」 「いやいやいや。どーぞどーぞ。やってくれや」 有無を言わさず酒が注がれるを目の当たりにし、酒の飲めない、もしくは酒癖が荒い開拓者が参加していたら、これはどうなっていたのだろう、とサラは思った。 農家は体力が基本なのである。それはさておき、今年の田植えの神事も、無事に終わった。締めには斑鳩が、水田に戻って正式に伝わる神楽舞を奉納した。装束も道具もほぼ自前で、これは精霊と関わる巫女の、厳格な職業意識から来るものであった。 五月雨が、まだ雨足を弱めることなく降り続いていた。神楽の音色が、雨にも負けず水田に染み渡っていた。 |