壱師原情報局始末帖
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/14 14:01



■オープニング本文

 開拓者ギルド職員は、目の前の依頼人の、奇妙な格好に気おされていた。その依頼人である女性が入り口から入ってきたときは、一見帝国風のよくある衣装のようには見えていたのだが、机を目の前にして相対すると、どうやら、当初感じていた違和感は彼の気のせいではないようだった。
 そもそも、依頼人は帝国の人間ですらなかった。近づくとよくわかるのだが、どう見ても仕立てが小さいのは明らかで、腰回りや胸元、また二の腕などはきつく張っており、見るからに窮屈そうである。こういう具合であるから、丈も全体的に短くなってい、ややもすると、と職員をはらはらさせた。
「‥‥こんにちは。仕事のご依頼でしょうか」
 できるだけ直視しない(そして、それを悟られない)よう、彼は気を取り直して尋ねた。しかし、彼女の話す依頼の内容は、その格好の奇妙さを吹き飛ばすほどのものだった。
 彼女は依頼について、自分がどのような目で見られているかまるで気にとめず――もしかしたら、ただ単に気づいていないだけかもしれないが――、わざわざ職員に個室を用意させるまでひと言も語ろうとはしなかった。いわく、自分の行動がどうやら誰かに監視されているらしい。犯人の目星はついているのだが、どのようにして、あるいはどこにいて、がまったく察知できないのだという。そのために、わざわざ彼女は身分を隠して、神楽の都の開拓者ギルドまではるばる訪れたそうなのである。
 職員は、まるで狐につままれたような面持ちで、その話の内容を復唱した。この話、本当なのだろうか? とはいえ、ここまで大仰にいたずらをして、誰が得するわけでもない。
「念のため、身分を確認できるようなものはお持ちですか」
「ない」
 彼は頭を抱えたが、お忍びだから、という依頼人の理屈は至極もっともであった。また、彼女は依頼をするだけの金員は持ち合わせていたので、これでは依頼を拒む理由もなかった。しかたがない。職員は受付票に要点をまとめながら、質問をした。
「それで、私どもにどのような――」
「秘密が漏れる経路を探って欲しいのだ」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
和奏(ia8807
17歳・男・志
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
无(ib1198
18歳・男・陰
狸毬(ib3210
16歳・女・シ


■リプレイ本文

 依頼を受けた開拓者たちはしばらくの間、面会室でおあずけを食らっていた。こういったことは滅多にないのであるが、そろそろ待ちくたびれてきた頃、面会室へ通された依頼人の顔を見たとき、羅喉丸(ia0347)にはその理由がはっきりとわかった。
 依頼人とはすでに一度、神楽の都での依頼で同道したのである。そのときは観光で、羅喉丸は各所の案内を務めていた。依頼主――祁瀬川景詮も彼の顔を認めると、先だってのことを思いだし、世話になったな、と軽く前置きがあって、本題へと移った。
 開拓者に対しては、本当は身分を隠したかったのだが、会ったことのある人間に隠し立てしてもはじまらないから、景詮はあらかたのことをはじめに話してしまった。もちろん、この依頼で知ったことは口外しないことを条件に、である。
 依頼の要となる、壱師原あるいは景詮本人の情報が敵対者に漏れているのではないか、という疑いについて、さらに景詮は説明した。その根拠として、いずれも開拓者の力を借り解決に至ったものだが、神楽の都で刺客の襲撃を受けたことと、領内で間者らしき一団を送り込まれたことを挙げた。
 後者については、和奏(ia8807)にも覚えがあった。当時は景詮からでなく、家臣の久賀綾継からの依頼だったはずだ。和奏はこれがかの地の領主、と少々以外には思ったものの、姿形からそれ以上の感慨を持つことはなかった。もちろん、身内、それも親族から叛意を抱かれていることについては、とても気の毒ではあったのだが。
「さて、いかがすべきかな」
 ひととおりの話が終わり、景詮は開拓者に発言を促した。最初に挙手したのは、琉宇(ib1119)だった。
「まず、万全を期して、いろいろな場所で話し合いをしようと思うんだけど」
「そう。なぜ?」
 景詮の短く鋭い質問に琉宇は、この依頼の内容についても漏れているかもしれない、という想定をするべきだ、と答えた。これには羅喉丸が、忍びの手のものがどれだけの技術を持っているかを補足した。屋内の比較的近くまで入り込めれば、危険を犯さずに部屋の会話を盗み聞きできるというのだ。本職である狸毬(ib3210)も、その可能性については否定しなかった。
 それに続く、ではどうすれば、との問いには、琉宇は上着から賽を取り出した。この目を暗号代わりに使うことで、会合の場所を決める、というのである。今回は、開拓者側から景詮へ次回の場所を伝えるだけでなく、景詮からも目の提示をすることを、彼は考えていた。
「これを繰り返すうちに、僕の出す目が場所を指していることは犯人も気付くはず。もしかしたら、景詮さんの出す目の意味にも気付くかもしれないし、最後までわからないかもしれない」
 これは、もともと依頼人が身分を明かさなかったときのために用いるものではあったのだが、今回もこの手を提案することにしたのだ。あえて何らかの情報を表に出すことで、監視されていた場合に目を引こう、というものだった。もちろん、景詮の出す目に意味を持たせれば、それだけ相手と接触する可能性も増すというものである。
 2つめの作戦は、无(ib1198)のものであった。
「札付け、札追いという方法があります」
 无の手法は、もともと骨董品の盗難対策に編み出され、流通経路を品物に記録することで、それが盗品であることや盗難に遭った場所を特定することができるというものであった。
 しかしこの手法は、骨董品と情報では扱いに大きな差がある、と景詮の指摘を受けた。そもそも、骨董品とは違い、情報はいくらでも複製や修正ができるため、盗品のようになくなったことがわからないのである。またそれぞれの経路で情報を付加するという手も、全員にそれを指示しては、かえって間者の警戒心を刺激してしまうことも考えられた。
「ふむ、そうですね‥‥では、それを逆手にとるのはどうでしょう」
 彼の第二の手は、途中で握りつぶさざるをえないような情報を流すことである。相手が行動を起こそうとしているのならば、情報が漏れることによって変化が生じる可能性も高いだけでなく、漏洩の有無を簡単に判断できるという利点があり、その影響も把握しやすくなるはずだ。それに、相手がどんな情報に興味があるかも判明する。景詮は无のその説明に、納得した。
 ふたりの受動的な作戦と異なり、和奏と羅喉丸は積極的に探し出そうとすることを提案した。つまり最初からあたりをつけてしまうというものだ。はじめに話した二つの事例(後者は漏洩でない可能性もあるが)から、どのような情報が漏れているのか、また、その情報はどの人間から流れているのか、範囲をある程度狭めてしまう、というものだ。しかし、景詮は、最終的に誰に情報が渡るかはわかっていても、途中の内通者までは考慮できていないようだった。和奏が説明もかねて、促した。
「こういった取引は、情報が欲しい人と漏洩する人の利害が一致していないと、成立しないのですよね。もちろん、誰にでも手に入れられる内容でありませんから、情報を知り得る立場にいる人は限定されるはずです。漏洩者さん側の動機としてはは、木之下さんへの忠義、共感、あるいは、お金‥‥と、いったところでしょうか」
 和奏の説明は、説明としては非の打ち所はなかったのだが、実際の心当たりとなると、仁生の政庁に参勤することが少ない景詮にとっては、はたして自信がなかった。出世や派閥といったたぐいのものには、とんと疎いのである。そんな具合であるから、景詮があまり外に友人を置かないため、したがって、『なにを考えているのか理解できない』という評判にそれがつながっているということも、彼女には知るよしがなかった。
 ほかの可能性は、羅喉丸の指摘する、会合の席などで情報を手に入れた者の可能性、もしくは、はじめ言及してあった忍びの者として、北面以外の部外者が雇われた場合であった。これらも、特定できるかどうか景詮は保証できなかったが、次回の会合までの課題として、開拓者からの指示が下ることになった。
 そして最後に、情報を流すことのこつについて、景詮は狸毬からの提案を受けた。
「漏れているだろう情報種類が把握できているのなら、それに近い内容のものによく使う情報を混ぜてあえて流し、ひとの行動を監視すれば絞りこめると思うよー」
 よく使う情報、とのことだが、これは彼女の説明によると、情報を得た人間がすぐ動けるような日常的なもの、調査をしていると悟られにくい簡易なもの、これらの条件を満たす者が望ましいという。
「流す情報は7割本当、3割誤報くらいでいいんじゃないかな。本当はそのあとも追っていきたいところなんだけどねー」
 流すための情報については、景詮は思い当たる節が十分にあった。それについても次回までにまとめてくると約束し、最初の作戦会議は予定の次第を終えた。
「じゃあ、今度はここで。次はさいころ、ずっと置いておいていいからね」
 琉宇と景詮が賽の目を見せ合っているとき、そうだ、と羅喉丸は景詮を呼び止めた。
 正体を隠すためとはいえ、奇をてらった格好はすべきではないという。いまの格好も、奇をてらった、というよりは奇行に近いものがある。怪訝な顔をしたままの景詮に、彼はひとこと申し添えた。
「ついでに言うと――それ、さすがに目のやり場に困るんだ」

 2日後、6人は指定の場所――神楽の都の料亭――で会合を持った。その間、景詮は観光など楽しむ暇もなく、開拓者ギルドの手配した宿で作業をしていた。もちろん、これも毎晩泊まる宿を取り換えるのである。服装も初日と違い、当たり障りのない意匠の天儀服を調達していた。
 はたして、努力の甲斐もむなしく、彼女は経路のあたりをつけることができなかった。実際は、文書類は家臣を通じて政庁へ直接送付するため、それ以降どう流れるかはほとんど把握していないのである。だいたいは目付から奉行衆へ回付されるのだが、最終的に報告として芹内王に言上されること以外は、いまからでは調べようがなかった。
「となると、流す情報にすべて頼るしかないですが」
 心配する和奏に対し、景詮はまあ見よ、と持参の書類を机に並べた。これは景詮が綾継に命じ、送付直前の書類を持って寄越させたもので(この指示があるまで、家臣はあるじが神楽の都にいることを知らなかった)、どれもこれも正真正銘の本物である。
「これは‥‥伺い書、でこれが‥‥報告書」
 取り扱われる文書の細かさに目を丸くしながらも、无はどう付け加え、改変しようかと思案していた。これらに自然に、重要な、しかも実際にあまり影響のない情報を紛れ込まさなければならないのである。難題ではあるが、それゆえ、開拓者として挑戦のしがいはあった。
 今回、羅喉丸と琉宇は周囲の警戒にあたっていた。念のため、前日に同じ店を訪れておき、それと比べて怪しい人影などないか見張っているのだ。根気のいる作業ではあるが、直接間者を補足できる機会は、けして逃したくなかった。
 そうやって開拓者が次の手を打とうと画策するさなか、狸毬はなぜか依頼者の真後ろに立っていた。忍びそのままの素早い動きで景詮の隙を突き、彼女は細い組み紐で、手早く彼女を採寸した。変な声こそ上げはしなかったものの、かんばしくないところを触ったか掴んだかしたようで、景詮は鋭く反応を返した。
「ああ、そうだ、流す情報に幅を持たせてみると、相手の動きにばらつきが出て面白いかもねー。上から29・7、21・1、28・4だねー」
「こら、面白くしてどうするつもりだ」
 間を取り持つ形で无がなだめたが、恥ずかしがりもせずさっさと自分の作業に移ってしまうあたり、たしかに景詮は、ある意味で変わりものなのかもしれなかった。
 その日の夕方までには、騒動はあったものの、開拓者たちがどのように情報を加工するかについて、合意に至った。この情報は、家臣の綾継の手によって、仁生の北面衆目付へと手渡されるのである。
 その中でも目玉の文書は、領内の開拓地が痩せてきているという報告書、(そもそも使用していない)支給された火縄銃の返還届け、そして間者の告発についての質問書であった。どれもこれも事実に裏付けされた嘘であり、信憑性については文句のつけようがなかった。そして、何事もなかったとしても、壱師原には特段悪い影響は出ないのである。
 景詮は開拓者の知恵の結晶に満足した様子で、礼を述べた。あとは、これらの文書によって誰が動くかを見極めることだった。
 以降の会合は、しばらく日を置いて開催されるようになった。その間、開拓者は思い思いに北面を調べ、変化があったかどうか報告するのが課題となっていた。もちろん、景詮と琉宇は頻繁に賽をつきあわせ続け、外部からの接触があったかどうかを日替わりで見張ることも、開拓者は欠かさなかった。
「見つけたよー。これも景詮さまの三位寸法のおかげ!」
 開拓者たちが変化の兆しをつかんだのは、酒場や宿の食堂などを経た、5回目の報告によってであった。ただ1便だけ、仁生から楼港の方角へ、深夜に早馬が発っていったのを、狸毬は見逃さなかった。この時間の早馬は、北面にて観察してはじめてから全く見受けられなかったのである。
 そして、様々な文書の回答が仁生から戻り、その裏付けをした。くだんの質問書についてだけ、仁生から回答がなく、それについて問い合わせたところ、そのような質問は収受していない、との返事を得た。すなわち、无が頭を捻って発案した、『盗まれやすい』情報の釣り針に対し、見事に魚が食らいついたのである。
 開拓者たちは一定の成功を収め、これらの経緯を報告にまとめた。景詮は随所で頷きつつ、それを深く読み込んだ。その内容は、彼女のお眼鏡に十分適うものであり、景詮は会合の最後で礼を延べ、長かった作戦の労をねぎらった。
「助かった。あとは我らでやってみよう」
「あはは、見つかってよかった。そうじゃなきゃ僕ら、ひどいいたずらしたようなものだしね」
 琉宇の軽口に、ふと、そうだ、と景詮は口調が改まった。
「――言い忘れていたが、いままでに知った内容についてはけして口外せぬこと。よいな」
 礼の後の台詞とは思えないその落差と冷たさに、无は底知れぬ不気味さを覚えた。変わりものかどうか、これだけで断定できるものではないのだろうが、ただ、開拓者とはちがう考えの持ち主であろうことには、どうやら、疑いを挟む余地はなさそうだった。