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■オープニング本文 この季節になると、夏に向けての待ち遠しい気持ちを、晏項寺の3人の稚児は押さえることができなくなっていた。廊下を走る回数が増え、食欲も旺盛になり、そして夜更かしをしばしば働いた。 きょうも、梅雨空にもかかわらず、いちばん下の合歓がはしゃぎ回って、偉い僧都のひとのお目玉をくらったばかりである。それでも、またしばらくたつと懲りずに同じことを始めるのが関の山ではあったが。 りゆうはもちろん、各地で催されるお祭りであった。3人は祭りをただ楽しむだけでなく、日頃鍛えた芸の腕前を、衆目のもとお披露目するのである。踊り、囃子、そして山車と露天。それらを思い浮かべるたび、彼らの顔には笑みがあらわれ、いても立ってもいられなくなるのだった。 この数時間だけは、きつい修行や勤行から解放されるのだ。世俗とかけ離れた場所にいる3人ではあるが、それでも、まだ子供であることは紛れもない事実であった。 のり気になった3人は、さっそく舞いの練習を明日からしようと決め、準備に取りかかった。演目は、ささらとこきりこを用いた歌謡と舞いである。 ただし、これらを始めるには、晏項寺独特の準備をしなければならなかった。その年の祭りで使う道具は、楽器以外はすべて新調しなければ、それも自分たちで作らねばならないのである。それらは僧が祈祷したあとでなければ、使用を許されなかった。そして祭りがすべて終わると、役目の済んだ道具は丁寧に焚きあげられるのである。 けして怠ってはならないと、周囲からきつく言われていたために、3人は自分たちで材料を取りに行こうと画策した。場所はいつもと同じ、寺の所有する山である。いつもならば寺の若い衆が手伝ってくれるのだが、今年はまだ、その時期ではなかった。 はたして、稚児たちはその計画を立てた。なたを振るうのは玉章、小枝を取り払うのは待宵、木々を拾い集めるのが合歓である。 しかし、問題はその後であった。目的の山で修行をしていた僧が、最近戻ってきていたのである。何でも、瘴気が濃くなったとのことで、身の危険を感じた、というのである。 ちょっとまずいな、と玉章は考えていた。はしゃぐ合歓と待宵の気持ちもよくわかる。ただ、万が一のときを迎えた場合、3人だけでいくのは不安であった。 すんなりとことが進んでくれれば、それに越したことはない。しかし、道のりの遠さと濃い瘴気に、それを望むのは無茶なことだということに、玉章はうすうす気付いていた。 ごめんなさいで済むはずもない。もちろん、アヤカシではなくとも、山賊などに鉢合わせてしまえば、それだけで万事休すである。 ぶじに帰えるか、玉章の心配が頂点に達しようとしたときだった。 じゃあ、開拓者のおにいさんに頼めばいいじゃない、と、合歓がそれを察して、言った。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫 |
■リプレイ本文 「おにいさんおねえさん、よろしくね」 いつでも元気な待宵の屈託のない挨拶は、この蒸し暑い季節において開拓者たちにいっときの涼みを与えたかもしれなかったが、これからアヤカシと遭遇するおそれのある遠出を前にしては、いささかお気楽すぎるきらいがあった。玉章がたしなめるのもお構いなく、彼が開拓者に説明するあいだも、ずっと演目の『こきりこ節』の練習をする始末であった。 おか目でふたりを見遣りつつ、氷海 威(ia1004)は自分にも彼らのような年齢の頃があったことを思い出し、目を細めた。稚児たちのはしゃぐ様子はほほえましかったが、かつての忌々しい出来事に追憶が及ぶと、彼の表情から色が消えた。 仕方のないこと。無念に心が焦がされそうになりつつも、彼はこの苛みを甘受するほかなかった。これはみずからが背負う十字架のようなものだ。過去に苦しめられるのは、自分ひとりで十分だった。だから彼は、稚児たちがけして同じ目に遭わないよう、しっかりと見守らなければならない。 追想に馳せるのは、歳の近い羅喉丸(ia0347)も同じであり、稚児たちの動きに合わせ、いまはもう、記憶の影にかすれてしまった祭り囃子を頭の中で伴奏していた。彼にとって祭りは収穫祭のことであり、日頃の農作業から解放されるものではあったが、きっと夏祭りも、同じくらい楽しいのだろう。せっかくだから、と彼はこの依頼が、祭りと一緒に記憶に残るようになればいい、と考えていた。 目的の山は、開拓者はともかく、子供3人にとってはそれなりの行程になりそうだった。体力が持つかどうかは山での出来事次第であるが、できるだけ疲れをためないように、開拓者たちは進行を工夫していた。こまめに休憩を取り、一番落ち着きのない待宵が飽きださない配慮も忘れなかった。 その点では、日頃舞の修練を欠かさないファムニス・ピサレット(ib5896)は適任ともいえるものである。彼女は3人と、日頃の僧の暮らしについての話だとか、舞いと囃しについての話を交わしていた。相手は僧とはいえ子供であるから、日常のほんの他愛ない話でもころころと笑い、一行の緊張を和らげた。 また、竹から作られるこきりことささらの話は、メグレズ・ファウンテン(ia9696)の気を引いた。それぞれ音階のない単純な打楽器ではあったが、木の板を百八枚も使うというささらの奇妙な形状と、単純な竹の棒であるこきりこの対比は、彼女の興味をほどよく満たすものであった。 朝早く出発した開拓者たちが、目的の山が視野に入ったのはもう昼も近くなってからである。昼食は、あらかじめファムニスが寺の僧から教わり、戒律に反しないよう肉食を避けたものとした。稚児と一緒に、同じものを食べようという配慮からである。 「これ、開拓者の姉さんから教わったんです、とてもおいしかった、って」 ファムニスの双子の姉が開拓者になったとき、初めての依頼――といっても、研修のようなものであったが――で食べたちまきと同じものを、彼女はふるまった。稚児たちは、年齢とは逆の順に、ちまきを多く食べていた。 「――おまえの姉も開拓者なのか」 「は、はい。私が、その――こっそり後を追って、天儀へ」 「そうか‥‥」 血の繋がった家族がいるということは、なにものにも代えがたいことである。威は手袋のまま、ちまきを弱くかじった。開拓者なら、守るべきものを守ることができるだろう。しかし、それなのに、俺は――。 「氷海さん、迷いが見受けられますよ」 自責の念が外に表れてしまっていたのか、メグレズのひと言で、威は我に返った。彼女のいうとおり、今は依頼の最中なのだ。彼はちまきを頬張る3人の稚児を見、守るべき対象を再認識した。 昼食の小休止のあと、いよいよ一同は材料を採りに山へ分け入ることとなった。山に近づくにつれ、開拓者はうっすらではあるが、たしかに瘴気を感じ取った。 「アヤカシを無理に倒す必要はないから、いざというときは逃げるのも選択肢のうちだな」 3人を守るための開拓者が4人しかいないことが、羅喉丸の頭の中に引っかかっていた。守りきれない可能性もあるから、乱戦だけは避けなければならなかったからだ。 「そうだな。いつアヤカシが現れるとも限らない状況だ。俺たちも最大限の警戒を行うが、君たちもまた気をつけてくれ。できるだけ離れないようにな」 威の言いつけを、3人は素直に守った。彼が稚児たちの護衛を務めることになってい、その4人を中心にして、前にメグレズと羅喉丸、後ろにファムニスが位置につき、山中へ分け入っていく。 危険を避けるため下山した修行僧の判断は、正しかったといえた。しばらく進むと周囲は竹林ばかりとなったが、鳥の声は消え失せ、風もないため空気は淀んでいた。この山一帯が、不気味な静けさに支配されているような気さえ起こさせるものであった。 メグレズがファムニスに、結界を張るよう指示した。この結界の中に、瘴気が集まっている場所が現れれば、それがアヤカシである可能性が高い。緊張感と慣れない作業に戸惑いつつも、ファムニスは自分の与えられた仕事を遂行した。 みずからの結界から、強い反応が返ってきたのは、山の中腹へ差し掛かったときである。このあたりでは斜面は急になっており、道の多くが階段で構成されるようになっていた。その道から逸れた一部に、ファムニスは瘴気の塊を感じた。 「あっ、なにか‥‥強いものが‥‥」 初めての反応に戸惑いつつ、彼女は注意を促した。それを聞き、メグレズと羅喉丸はこのときがきたか、というように顔を見合わせ、互いに軽く頷きあった。打って出よう。 「氷海さん、この子たちをお願いします。――なにもなければいいと思っていたが、そうもいかないか」 「しかたない。そのための俺たちだからな」 羅喉丸に促され、威は3人をそばへ寄せた。玉章と合歓は緊張感を理解したようだが、待宵は開拓者の焦りを知ってか知らずか、のほほんと構えていた。 「こきりこの竹は――竹、竹、畑で眠って見る夢は、笹、笹、ささいなことで大喧嘩」 しまいにはわけのわからない即興歌まで歌い出す始末で、子供だからなにもわからないのか、それとも彼が大物の器なのかどうかは、今は誰も知るよしがなかった。 時折聞こえる変な歌に辟易しつつ、メグレズと羅喉丸は反応のあった方向へ足を向けた。他方からの襲撃に備えるため、ファムニスは4人と共にその場へ残った。 ふたりのゆく先には、また一群の竹が生えていた。ただし、ここの竹は周囲のものと大きく異なる点があり、それは節から分かれて生えた枝の先に、淡く小さな花を咲かせていることであった。よく見ると、ここの一群全体が一斉に開花の時期を迎えているようである。予想外の光景に、ふたりは一瞬、その花に気を取られた。 「危ない!」 間一髪、頭上から羅喉丸に襲いかかる黒い塊をメグレズが察知し、鋭く声を発した。羅喉丸は事なきを得たが、その塊は、不意打ちがかわされたことにもひるまず、振り返ってふたりを威嚇した。 「こいつは――鼠?」 羅喉丸はそうつぶやくのが精一杯であった。見た目はたしかに鼠である。しかし、飛びかかったそれは大きく、小さなイノシシくらいはありそうな、常軌を逸した大きさであった。これがアヤカシであろうことには、誰も反論するものはいないだろう。彼のつぶやきがきっかけとなったわけではないが、それから次々と、ふたりは鼠の攻撃を受けた。 「まだいるの!」 正確なところは定かではなかったが、鼠の数は20匹近くまで及んだ。メグレズは気勢を上げ鼠の注意を引くと、羅喉丸に、ふたりでは分が悪い、と伝えた。これは4人で対処しなければ捌けない量である。 メグレズは盾を、羅喉丸は素早さを用いて鼠の猛攻をしのいだ。交互に退いてくるふたりの背を見、威は呪符を持つ手に力が入った。 「大っきい鼠」 待宵がぼそりと言った。開拓者たちは知らなかったが、3人がアヤカシの姿を見るのは初めてである。常軌を逸しているとはいえ、普段の動物の姿をとっていることに、威は不幸中の幸いを感じた。人知を越えたアヤカシどもが子供に残す心の傷は大きいのである。大丈夫、とひとつ声をかけ、彼は3人をアヤカシから隠すように両腕を広げた。 「鼠、鼠、寝ずの番は大変でちゅー」 この期に及んで、待宵の歌は止むことを知らなかった。開拓者たちは囲まれはしたものの、開拓者側の人数が増えたため、もはや一方的に攻められることはなくなった。3人を守りながらの戦闘は、攻めあぐねる場合も多かったが、それでも少ない隙を、威の機を見るに敏な符使いが的確に衝いていたため、状況は膠着することはなかった。 メグレズは、当初から期待されてはいたが、鼠たちの多くを引きつけ、そのたびに刃を炎で濡らして切り伏せていた。逆に守りに徹することで、彼女に都合のよい立ち回りを相手に要求することができたのは、ちょっとした収穫だった。 「数は多いですけれど、鼠は鼠、ですね」 残心として、アヤカシを舐める炎を見守りつつ、メグレズは所感を述べた。この数の鼠の中を耐えきることは、不可能ではなさそうだ。 彼女とは逆に羅喉丸は、強烈な瞬発力をいいことに、確実に1体を仕留める作戦を採用した。これ、と思う対象へ一気に距離を詰め、そのまま力一杯の拳をぶち込むのだ。 「――まずは1匹! 次はどいつだ!」 これをいくらか繰り返すと、動いている鼠の数は目に見えて少なくなっていった。数さえ減らしてしまえば、このくらいの規模のアヤカシでは、開拓者に太刀打ちできないはずだ。 戦いに慣れないファムニスは、続く戦闘の緊迫に圧倒されながらも、開拓者としての役割を十分に認識していた。包囲が続くうち、鼠の不意打ちを食ったふたりの怪我は、小さなものなら跡形もなく、彼女の手によって消し去らされていた。そして術の他には矢をつがえ、ふたりが対応しきれず、彼女自身や呪符に集中する威、またその奥の稚児たちへ襲いかかろうとする鼠を、的確に撃ち抜いていった。 いよいよ鼠の数が減り、開拓者たちは包囲を解くことができた。こうなれば、戦闘の趨勢は開拓者に味方するばかりである。逃げることを知らない哀れな――哀れむことが許されれば、だが――アヤカシの命運が尽きるのも、時間の問題となった。 最後の鼠が威の符により切り刻まれ、地に伏せたのは、それほどの時間を要さなかった。長く戦っていたように思えたが、まだ日は高く、終わって振り返ってみれば短いものだ。 上がった息が整い落ち着いた頃、先ほどの竹林にアヤカシが残っていないかどうか、開拓者たちは全員で検分することにした。稚児たちは、アヤカシがどうこうよりも、咲き乱れる竹の花の方が重要なようだった。 玉章がふたりに対し蘊蓄を披露した。竹の花は60年から120年程度に1度だけ咲き、花の咲いた竹林は全体が枯れてゆくこと。花が咲いた後の実は鼠の餌となり、大規模な食害を引き起こすこと。もっとも、待宵はほとんど聞いていないようだったが。 山の瘴気が全てなくなったわけではなかったが、先ほどまでの不気味な雰囲気は霧が晴れるように消え、普通の野山とそれほど変わらないまでに落ち着いた。これ以上は、また寺の方から、アヤカシの掃討の依頼があるかもしれない。 周りにアヤカシが感じられないことを確認し、ようやく稚児たちは作業に取りかかることができた。ただ、なたで切れない竹はメグレズの刀に任せ、持ちきれない荷物はかわりに羅喉丸が背負い、と、こればかりは子供だから、としか言いようがない。それどころか、合歓は楽器のことなど忘れ、筍がないか探すのに夢中になる始末である。結局、最後まで彼は仕事をせず、しかも帰りは玉章がおんぶして戻ることになった。 はたして、終始待宵は我を通したが、材料(とおまけの筍)は開拓者の手伝いのおかげで十分な数を揃えることができた。寺に帰ったのは日が暮れてからであったが、道中はやはり順調で、メグレズは今日の様子を、ざっと僧に報告した。アヤカシと争ったところでは気がかりな様子を見せていたが、双方に怪我がなかったことを、彼は喜んだ。 筍は少々堅かったが、早速灰汁抜きされ、醤油で甘辛く煮付けられていた。規定の報酬とは別に、今回の依頼の労をねぎらいたいとの申し出があり、開拓者は晏項寺から夕食のおもてなしをうける運びとなったのである。 寺での夕食は、当然のことながら戒律に沿った質素なものではあったが、彩りとして玉章の(待宵と合歓はもちろん寝ている時間である)舞が加わった。彼は薄絹をふんだんにつかった衣装をまとい、稚児独特の奥ゆかしさによって、夏の過ごしにくい暑さを見た目で和らげてくれた。 ――こきりこの竹は 七寸五分じゃ 長いは 袖のかなかいじゃ ――まどのサンサもデデレコデン はれのサンサもデデレコデン 祭りもこんな感じになるのだろうか。開拓者はくつろぎつつ思った。遠くの街中では、祭り囃子の練習が夜遅くまで響いている。他方では、祭りの山車の整備を、大急ぎで行っている。この喧騒は、祭り本番まで続くのである。 つまり、夏が来たのだ。 |