毒虫は挟んで捨てろ!?
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/11 04:24



■オープニング本文

 豪雨の翌朝は、まるで梅雨が明けてしまったかのような晴天であった。仁助は日光を手で遮りつつ、まぶしさに耐えかねるように大きく伸びをした。これでは、梅雨入りしたばかりにはとうてい思えない。今日は晴れているうちに、田の水の具合を見に行こうと、彼があさげの準備をしようとしたときだった。
「もふらがいるよ! もふー! もふー!」
 年端もゆかぬ息子が、庭に出て騒いでいることに彼は気がついた。雨戸を開け放って外を見遣ると、牛くらいの大きなもふらが、まるでずっとここに済んでいるかのような表情でどっかと腰を据えていたのだ。
 ずっと雨に濡れていたらしく、毛はぺったりと体になでつけられていた。何事か、と考える前に、不憫に思った彼はそのもふらを精一杯の布きれで拭いてやった。
 もふ、と満足そうにもふらは鳴くと、それはやおら立ち上がり、外へ向かって歩き始めた。家の入り口で彼に振り向き、こっちへ来い、ともふらは声を出さず彼に伝えた。
 何かがあり、そこへ案内するために、このもふらはわざわざ家人の起床を待っていたに違いない。その予想を裏付けるかのように、もふらは仁助が後から着いてきているかを確かめながら、村から離れた山へと分け入っていく。村の人間も滅多に歩かない道を進んでいることから、このもふらは野良のようだった。
 もふらの身になにかあったのだろうか? 村から外れてさらに丘へ登ったとき、仁助は目の前の光景に驚いた。
 丘を下ってゆくと、野生の桑の木が群生する林が見えるのだが、その林に、丈が人間よりも大きいのではないかという毛虫や芋虫が徘徊していたのである。仁助は毒々しくも色鮮やかにうごめくそれらの虫をはっきりと見、吐き気さえ覚えた。その虫どもは恐ろしい勢いで、林の木々を食べ尽くそうとしていた。葉に限らず幹さえも、である。
 こんな無茶苦茶なことをする虫は見たことがないから、たぶんアヤカシなのだろう、と仁助は思った。このもふらの住処が危機にさらされているのだろうが、しかしこれは、自分たちの問題でもあるに違いない。このまま木々を食べ尽くしてしまえば、遅かれ早かれ、仁助の村に牙をむくことは、素人目にも十中八九間違いはないからである。
 何でもありなアヤカシの醜態に、仁助は軽いめまいを感じた。そして、朝起きてから何も入れていない腹が、寂しそうに鳴った。しかし、仁助に何もできないとしても、このまま放置はできない。
「わかったよ。いま、なんとかできる人を呼んでくるから」
「も、ふー」
 早くしてね、ともふらが言ったように、仁助には聞こえた。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
エアベルン・アーサー(ia9990
32歳・男・騎
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
ニッツァ(ib6625
25歳・男・吟
トィミトイ(ib7096
18歳・男・砂


■リプレイ本文

 梅雨時の暑さは、天儀ではどこにいても同じようなもので、開拓者たちには当然慣れっこであるのだが、もちろん例外は存在する。
「なんて暑さだ‥‥」
 暑い国、アル=カマルから渡ってきたトィミトイ(ib7096)は、当初からこの湿気に悩まされていた。気温や日差しなら故郷と比べるべくもないのだが、高い湿度だけは故郷にはまったくないもので、それに伴い噴き出す汗が、不快感にこの上なく拍車をかけていた。
 天儀の出ではないのはトィミトイの他にエアベルン・アーサー(ia9990)がいたが、ジルベリアが天儀よりも寒い地方であるにもかかわらず、もうこちらの蒸し暑さには慣れているようで、特段参った様子などは見られなかった。彼は依頼の内容を吟味すると、表情を曇らせ呟いた。
「巨大な幼虫‥‥羽化される前に退治せんとな」
 空を飛ばれては対処が格段に難しくなるため、依頼人、ひいてはもふらが早期に気づいてくれたのは不幸中の幸いであった。幼虫が蛹になるまで待ってみては、という手段も頭をよぎったが、食害もたいへんな規模になっていることもあり、可及的速やかに排除することが求められていた。
「大きな虫、多いですね。育ちすぎる種類があるんでしょうか」
「イヤぁ――普通に育ちすぎた、っつうても、そンなに大きくはならんだスよ?」
 和奏(ia8807)の素朴な感想に、赤鈴 大左衛門(ia9854)はさすがに訂正せずにはいられなかった。これは彼が箱入りのごとく育てられてきたため虫自体(アヤカシとなった虫以外は、である)ほとんど見たことがなかったのが原因である。開拓者となってから見聞は広めてきたのだが、昆虫や害虫といったたぐいの知識は、まだじゅうぶんに満たされていなかった。
「ふうん、そういうものなんですか」
 付け焼き刃の学習で得た、虫除けのために燻す枝葉をさらさらと鳴らして、彼は言った。とはいえ、さすがに昆虫採集など、すすんで行おうとは思わなかったのだが。
 依頼人である仁助の言う、村はずれの丘まで辿り着くと、被害の状況は一目瞭然であった。文字通り、桑林が虫食い状態になっていたからだ。
「でっか!? アレなによ? いや、デカすぎやろ! キモイわー」
 遠くにいるにもかかわらず、見かけの大きさは、目の前にあるのとほとんど変わらない大きさなのである。その姿を確認するなり、ニッツァ(ib6625)が皆の気持ちを代弁した。ただトィミトイだけは、大きな芋虫には慣れているようで、ひとり反応が異なってはいたが。
「要は砂虫のようなものだろう。地中に潜んでいない分、こちらの方が余程組みやすい。なにを気味悪がっている」
「‥‥そういうもん?」
「虫だといっても、けして侮ってはいけませんよ」
 見た目の議論をしているところへ、いっそう表情を渋くし、三笠 三四郎(ia0163)は告げた。虫、とくに昆虫といえば、有史以前よりこの天儀の地に住んでいるのである。あれだけ大きいと、アヤカシの助けもあるだろうが、人知を越えた力を見せつけるであろうことも予想できた。
「思ったより、苦戦しそうね」
 戦うだいぶ前から、挑む相手の姿が確認できてしまうというのも、精神的にはあまりよろしくないものである。葛切 カズラ(ia0725)も同様の顔つきで、苦々しく台詞を口にした。幼虫であの大きさだと、成虫になったときはいったいどれくらいになるのか、彼女は考えを巡らせようとしたが、天儀が巨大な虫だらけになってしまいそうな気がして、考えることを早々に放棄した。
 ただ、これは表には出してはいなかったのだが、彼女が残念に思ったことは、相手がただ大きくなっただけの虫だということである。ひとより大きい芋虫というくらいだから、あれが彼女の式よろしく、ものを持ったり掴んだり、いろいろなことをする腕や脚でも生えていれば、まだ面白みがあったのだけれど。まあ、でも、と彼女は割り切って依頼に専念することにした。もしかしたら、途中でなにかあるかもしれないし。
 今見えている虫以外にも林に潜んでいないか、トィミトイは砂迅騎に伝わるやり方で、目を凝らして全体を眺めた。はたして、見えているうちで一番大きいものよりははるかに小さいが、それでも中型犬くらいはありそうな虫(わざわざよく見ようと思いたくなるほどのものではなかったが)は、かなりの数が見受けられた。これもまた、退治はしなければならないだろう。
「――これをお使いください」
 いよいよ丘を降って虫を目指す段になり、その準備として、鳳珠(ib3369)が煮沸され、ヴォトカで浸された布巾を、全員に配った。毒をもつ液体や粉などが体内に入らないよう、念には念を入れて準備されたものである。用心深く、全員が思い思いにこの布を装備することになった。トィミトイなどは、気化熱で暑さが和らぐためか、全身を覆う服装とは裏腹に涼しげであった。
 今回、開拓者たちは二手に分かれ、双方から群れを挟む形で駆除を行うことになった。大きさはあるものの、虫の動きは鈍重であることを見越しての選択だった。戦力を均等に2分させ、一方が三四郎、和奏、鳳珠とニッツァ、もう一方がカズラ、大左衛門、エアベルンとトィミトイである。
「これ以上、虫の好きなようにはやらせん!」
 虫が苦手というわけでもなかったから、意気軒昂と、エアベルンが先陣をきって斜面を駆けた。それをきっかけにし、開拓者の虫退治の火蓋は、切って落とされたのである。
 最初の目標は一番大きなものであったが、鳳珠は結界を張り、気づかないアヤカシがいるかどうか調べながら移動した結果、目に見えるもの以外にも、瘴気の塊がまばらに存在することを掴んだ。これらをしらみつぶしに探すとなると時間がかかりそうだが、『しらみつぶし』の字面が語る通り、虫退治とはそういうものなのである。
 エアベルン、そしてわずかに遅れて大左衛門が、最初の目標、鮮やかな毛虫へ到着し、直ちに駆除が始まった。毛虫は身をくねらせ身を守るにすぎなかったが、縮尺を加味すると、それだけでも脅威となり、その威力は木がなぎ倒されるほどだった。
 その巻き添えを食わないよう、ふたりが慎重に相手を引きつけ、カズラはその後方から式を使い、またトィミトイは、虫から気づかれにくい側面から隙を突く陣形をとった。実際に戦ってみてわかったことだが、虫はやはり虫で、陣形に対処できるほどの知能は備わっていないようだった。そのため、緒戦の手応えでは、一方的に退治できるかのように思え、楽観的な空気が開拓者に漂いだした。
「たしかにこりゃあ、下手に見た目だけめンこいアヤカシよりゃ、気兼ねはいらねぇだスが‥‥」
 しかし、その空気は急速に悪化し、大左衛門はつい口に出てしまった。彼の槍と炎は虫に対して有効であったが、アヤカシの傷が深くなるごとに、次第に動きは激しさを増し、開拓者も無傷の状態を維持することが困難になった。知能が低いことからくる原始的な生存本能の発現であろうか、アヤカシとして瘴気と身体を保持できなくなるその瞬間まで、まさにのたうち回るという表現がぴったりの動きをしていたのだ。それにより、開拓者は毒のある細かい毛に触れてかぶれるだけでなく、ほとんど毒針といってもいい太い毛が四肢に突き刺さる負傷もまれではなかった。
 大きさの差も激しく、カズラの操る名状不能の式の力をもってしても封じきれない動きは、さすがに前衛の手に余るものとなっていた。武器による胴体の攻撃では致命傷までなかなか至らないため、カズラが直接、動き回る頭を狙い斬り落とす作戦に切り替えた。
「――急ぎて律令の如く成し、万物ことごとく斬り刻め」
 頭さえ落としてしまえば、胴体はすぐ無力化してしまうため、それによっていくぶん労力は軽減されたものの、相変わらず前衛は前衛の仕事を行うため、受傷率に変化はさほど見られなかった。
 三四郎と和奏を前衛とするもうひとつの組は、芋虫を相手にし、さらに苦戦を強いられていた。鳳珠とニッツァを戦闘の支援に専念させたため、実質ふたりで激しい動きに晒されることになったのである。以前の経験から、こういった虫のたぐいは直線的にしか動かないだろうと和奏は予想していたのだが、動き方はやはり、彼の想像をはるかに超えるものであった。
 それに増して運が悪かったのは、相手が芋虫だったという点である。毛虫と同じく毒を用い、身をよじらせて抵抗するほかに、芋虫は糸を吐いて外敵から防御しようとした。結果として、この大きさでは、糸というよりは白い液体である。警戒していたためまともに浴びることはなかったが、武器ですら絡め取られ持っていかれてしまうその粘り気には、けして攻撃を当てないよう、神経をすり減らされることになった。
 もし、ニッツァの歌謡がなければ、いったん駆除を諦め、別の作戦をとったかもしれない。それだけ、相手としては厄介であった。はたして、1匹目の芋虫を三四郎たちが退治したのは、カズラたちが2匹目をなかば駆除し終わるころだった。和奏が刀に炎をまとわせ、邪魔な糸を焼き切ってからの、三四郎の踏み込んだひと突きが、ようやく芋虫の動きを止めた。
「うあぁ、臭っ!?」
「好きでこうしてるわけじゃないんですよ‥‥」
 彼の槍に滴る緑色の液体に、ニッツァは思わず顔をしかめた。本来ならすぐにでも、次の曲を弾いてもらい戦闘を継続したいところだったが、まき散らされた毒でかぶれた肌と怪我に対する処置が先決した。
「いま治療します、少しの間だけ我慢してください」
 結果として、鳳珠は戦闘の方へあまり意識を払うことができなかった。三四郎と和奏の手当だけでなく、カズラたちの組も処置を必要としたからである。目に見えない毒を警戒し、体液や肌が剥きだしになっている部位はまずヴォトカへ浸した布で拭き取るなど、準備と心構えは万端ではあったが、立て続けの処置は彼女の能力を超えることもままあった。のべつ幕なしで、彼女は手を休めなかった。
 他に苦戦したのは、大きな団子虫である。これは芋虫や毛虫と違い、大きさのせいで外殻が非常に堅くなっているために、攻撃する場所を選ばなければ傷ひとつ負わせられなかった。エアベルンの剣の腕で、ようやく殻の隙間を刺すことができたが、いったん丸くなってしまったときなど、どうしようもなく攻めあぐねる場面もしばしばだった。
「‥‥転がってこないでよね」
 式の触手で押さえつけながら、カズラは要請した。それは危惧に終わったのだが、こんなのに潰されるなんて、死んでも死にきれない。エアベルンが引きつけたのを確認し、彼女は式を虎ほどもある大きさの狐に切り替え、団子虫へと体当たりを命じた。狐が命中し、虫の瘴気が急激に膨らんだ次の瞬間、団子虫は微塵となってあたりへ飛び散った。
 あらかた、大きな虫を駆除できたころには、鳳珠はひとりあたり平均で3回ほど応急の処置を施していた。そのころからは、開拓者は目標の虫を少しずつ小さくしながら、瘴気が感じ取れるものを中心に組を作り直し、それぞれ駆除に手分けするようにした。
「く、なんと厄介な奴らよ」
 運悪く虫の体液を浴びてしまったエアベルンが、怒りの矛先を小さなものへと切り替えた。常識の範疇を超えた大きさでさえなければ、開拓者は、芋虫などは簡単に駆除することができるのである。盾で虫の動きを封じつつ、武器が汚れることもお構いなしに、かれは平然と、剣を虫に突き刺していった。
 アル=カマルの経験から、地中にも虫が潜んでいないかトィミトイは警戒したが、それは取り越し苦労だった。ここは砂地とは違い、地面には木の根が張り巡らされているため、潜る余地はほとんどなきに等しいのだ。
「やはり好きになれん――この国の気候は」
 ところで、彼は虫に対する嫌悪感よりも、この気候に対する不快感の方がはるかに上回っていた。汗をかくことでさえべたついて気持ちが悪いのだが、それが服にしみてひんやりとした感触になるのが輪をかけて嫌だった。
「小っさいのでもキモイなー、でももう少しやで!」
 こちらは蒸し暑いのもなんのその、木の陰から急に襲われたりしないよう細心の注意をしながら、ニッツァは演奏を続けていた。この戦闘で、気持ち悪いものは大きさがどうであろうと気持ち悪いものだと彼は実感した。大きさよりも、色と形のほうが重要なのであろう。
 カズラは鞭を器用に操り、幹や葉に擬態しているものがないか、徹底的に調べ回った。彼女の読みはえてして正確なものであったが、しかし、彼女が期待するような『面白い』虫は、残念ながら見つけることはできなかった。
 鳳珠の結界から完全に瘴気が消え去ったのは、もう夕暮れに近い時間だった。最終的には普通の虫と変わらないくらいの卵や幼虫なども駆除しなければならなかったため、想像以上に時間がかかったのである。念には念を入れ、最後は和奏が持参した杉の葉をばらまいて、林全体を燻すことにした。アヤカシは退治したが害虫はしっかり残った、とあっては、開拓者の名折れである。
 すべてが済み、虫が消えて依頼が完了したことを確認し、開拓者は村へ帰還した。その途中、行きでも立ち寄った丘の上で、開拓者たちは1頭のもふらと鉢合わせた。大左衛門には、ちょうど去年、仁助(と、あづち)の田植えの手伝いをしたときに見かけた野良のもふらだとわかって、ちょっと、懐かしかった。
 もふらと出会うことは、この天儀ではそれほど特別な出来事でもなかったが、ニッツァは初めて見たらしいもふらに興味津々であった。ただ、知り合いが彼に伝えたところよりもだいぶ大きかったのだが。
「しかしまあ、もふもふしとるから『もふら』なんか、もふって鳴きよるから『もふら』なんか‥‥」
「も・ふ」
 なあに、細かいことはいいんだよ、気にするな、とでも言いたげに、もふらはひとつ鳴いた。
 虫はいなくなった。もふらは平穏を好むのである。