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■オープニング本文 商魂とは、こうもたくましいものなのか。開拓者ギルドの受付係は、依頼者の話を聞きながら、半ば感心し、半ば呆れきっていた。 今回依頼者が持ってきた依頼自体は、聞くところ、口入れを生業とする者にとってごくありふれたものであった。自分は実業家であり、新しく茶屋を開くので、開店時の店員を工面して欲しい。知識と経験が豊富な開拓者に任せることによって、お客様からありがたがられるご奉仕を――云々。依頼者の身なりも、商人然としたこぎれいな格好で、受付の口調が思わず丁寧になるほどであった。途中までは、これはやり手だなと思って受付もじっくりと聴き入っていのだが――依頼の詳細に入ったとたんに、展開はひっくり返った。 「ええ、だいたいは把握しました。それで‥‥わたくしどもは、どのように」 「開拓者のみなさんには、僧の格好をして、お客様の世話をしていただきます」 はい? いま何と? 受付は、我が耳を疑った。 「僧です。お坊さん」 依頼人は冗談でこういうことを言っているわけではなさそうだったが、おまえは何を言っているんだ、と、受付は危うく素で聞き返してしまいそうになった。とはいえ、たとえ受付係といえども、開拓者たちを相手にするギルド職員の端くれであったから、だいじな商談で粗相などは起こさず、引きつった愛想笑いを浮かべるにとどまった。 そういえば。受付はふと思い出した。最近、神楽の都でこのような変装にまつわるものが流行っていると、彼は聞いたことがあった。たとえば、穂邑さんのような石鏡の巫女装束であるとか、ジルベリアの貴族につきものの、執事や給仕の衣装であるとか。貸衣装屋もあるらしく、『なりきり』というのが人気の秘訣なのだろうかと、彼は考えた――彼には理解できなかったが。いつもの仕事の顔に戻って、受付は言葉を返した。 「そ、僧ですか。‥‥頭を丸めるとなると、受諾できる者が限られてきますが」 「いえ、坊さん尼さんだからといって、必ずしも丸坊主である必要はありません。もちろん、坊主頭のかたは歓迎いたしますが――この茶店は、あくまで雰囲気、ですから、お客様にそれっぽい体験をして楽しんでいただくことが目的なのです。逆に言うと、本当のお坊さんがまじめに話したとしても、それでお客様をがっかりさせてしまってはいけないんです」 接客というのはそういうものだ、と依頼人は意外にも熱く語った。その語気に、受付はちょっと押され気味であったが、案外正論のように感じ、彼のことをちょっと見直した。 「では、お客様の世話というと」 「それはもう、開拓者さんの創意工夫で、どのようにも。うちの店員の教育も兼ねてますので、お任せいたします」 ギルドにとっては任せられても困るのだが、見立てでは、よろず相談がいいとのことだった。これには受付も賛成した。天輪宗のお坊さんと聞いてまず思い浮かべるのは、ありがたいお説教だ。ただし、それに縛られることはないとも、依頼者は言った。これは商売だから、受付には納得できる話であった。客はこの茶店に、いろいろな悩みや不安を取り除いてもらえることを望んで来るのだろうが、それに何を付加できるかが――頓知の使いどころだ。 「はあ、承りました。‥‥ところで、本家本元の天輪宗には、何かお伺いを立てたんですか?」 外聞を気にした受付の質問に、その実業家は、にこやかに即答した。 「いいえ」 ちょっとは理解したと思ったら、これだよ。受付は天を仰ぎたくなるような気分だった。 どうか、罰が当たりませんように。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
倉城 紬(ia5229)
20歳・女・巫
茉莉 瑠華(ia5329)
18歳・女・シ
ラヴィ・ダリエ(ia9738)
15歳・女・巫
スミレ(ib2925)
14歳・男・吟
観那(ib3188)
15歳・女・泰 |
■リプレイ本文 しとしと降り続く梅雨に祝福され、『成錐寺』は開店の朝を迎えた。商売の常識では晴天のほうが客足は伸びるのだが、依頼人である店主は、そこまで客でごった返すことを望んではいなかった。そのため、神楽の歓楽街のど真ん中ではなく、広い場所をとれる郊外に店を構えた。店舗も厳選し、もともと古い邸宅だったのを何とかして譲り受け、改装したものを用意したのだった。 開拓者はそれぞれの感慨を抱き、そこへ向かっていた。今日の1日は、開拓者でなく、店員として仕事をするのだ。それも、僧に扮して。 一番肩の力が抜けていたのは平野 譲治(ia5226)だ。以前から目を引いていた和尚さんの格好をできるとあって、空模様に反して、彼の足取りは軽かった。茉莉 瑠華(ia5329)も同様で、人の集まるようなことは楽しみだったので、普段とは毛色の違う依頼にも、いろいろなお話が聞けるといいなあと、期待を隠しきれなかった。 ――アンタらはいいね、気楽で。それとは正反対に、ふたりを後ろから眺めながら、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は重たい足取りを前に進めていた。仕事とはいえ、生家で巫女のおつとめをしていたことを考えると、どうあっても乗り気にはなれなかった。 「風姉様、元気がありませんね」 倉城 紬(ia5229)が風葉の様子を察して声をかけた。風葉は妹分にちょっとよりかかると、ため息とともに思いを吐露した。 「どーも気に入らなくてね‥‥宗教を売り物にするとかさぁ、店主は正気だと思う?」 「私はそこまで気にしませんでしたけど、確かに言われてみれば‥‥。ただ、天輪宗になりすますわけでもないですし、店員さんのお仕事、と割り切るといいんじゃないでしょうか」 紬はこの手の仕事はしたことがないらしく、自分ほど嫌悪感は抱いてないようだった。ただ、風葉は頷きながらも複雑な気分のままだった。仕方ない、これは日頃の行いが悪かったのか、とでも思っておいたほうが、仕事には集中できるのかもしれない。本当は店主を問い質したいところだが。 同じ巫女を生業としているが、水津(ia2177)は別の理由から落ち着きがなかった。僧の格好をすること自体に抵抗はなかったが、体面が気になっていたのだ。ばれなければ問題ない、という考えの裏側で、ばれたらどうしよう、という懸念が顔をちらつかせ、彼女の目は泳ぎがちになっていた。――どうか、知り合いと鉢合わせしませんように。 普段からのしがらみに悩まされていた3人をよそに、観那(ib3188)はおのぼりさん気分を満喫していた。今回の依頼も、故郷への土産話にできるといいのですけど。神威人の彼女は神楽の都へ来てから間がなく、まだ見たことのなかった街並みに、細い首を回すので忙しかった。店にも、きっといろいろな、それこそ天儀中から、お客さんがやってくるに違いなかった。 一方、ラヴィ(ia9738)とスミレ(ib2925)は、歩きながらすでに仕事のことを考えていた。この依頼を受けたはよいが、ラヴィは自身の経験について、相談に乗ってあげられるほど多いという自負はなかった。とはいえ、揺るぎない信念があったからこそ、ジルベリアからこの天儀へやってくることができたわけで、それだけは、彼女にとってはっきりと言えることだった。 依頼の内容もさることながら、スミレは、経営者として店自体に興味を持っていた。もっとも、兄弟と共同経営をしている彼の店は酒場であって、今回の茶店とは趣を大きく異にするものである。それでも、同じ接客には違いなかったから、参考になる点があれば、すぐにでも取り入れさせてもらうつもりではいた。 一同は、茶店に到着した。切妻屋根の門をくぐると、そこにはよく手入れされた中庭が広々と広がってい、座敷、縁側、中庭と思い思いの場所で飲食ができるように椅子や傘が配置してあった。また、年季の入った大きくも質素な母屋からは、そこはかとない寺社の雰囲気を感じさせるものではあった。五色幕を似せて作られた色鮮やかな幟も、それに一役買っていた。 参集は、約束の時間より少し早かったが、店では開店の準備が佳境を迎えていた。8人を迎えたのは、無地の作務衣に前掛けを制服として着た店員と店主だった。お互いの挨拶もそこそこに、店主は大まかな客の流れのみを説明し、細かな部分は現場に任せる方針であることを伝えた。説明が終わるとすぐ、着替えが用意され、開拓者から店員へと、彼らは変化した。 天気の悪さの割には、朝から客足は鈍くなかった。直接客と顔を合わせる接待役は、それぞれ別の呼び名をつけることになっており、一同もそれに倣って考えてあった。適当な名前が思い浮かばなかった瑠華は、間に合わせではあるが、指示により瑠阿(るあ)と名乗ることになった。 「いらっしゃいマセ、瑠阿です♪ 何なりとお申し付けくださいませっ」 彼女の屈託のない笑顔を前にすると、悩みを抱えている客からも思わず笑みがこぼれた。特に何か、天啓のようなひらめきを与えるわけではないが、相談を正面から受け止める彼女の様子は、まさに聞き上手のそれと変わりはなかった。 彼女もまた、辛い境遇に置かれ苦しんでいる人間が自分だけではないことを身をもって知り、ほんの少し、肩の荷が軽くなった気がした。悩みに大小の差こそあれど、求めるものは最終的には一緒であり、その点においては志体の有無にかかわらずみな仲間なのだ。シノビの道を貫くためではあったが、開拓者になってよかったのかな、という結論に、彼女は至った。 風鈴(ふうりん)尼、つまり風葉の相談は、もっとシンプルだった。 「そうそう、自分のしたいことやって、責任取りゃいーじゃない。細かいコト気にしてんじゃないっての」 もともと理論や主張を語るのを戒めているために、傍から聞くと相談に乗っているのかどうか怪しい投げっぱなしぶりだが、その実悩み相談とは大体そういうものであることを、彼女は理解していた。ほとんど答えは出ているので、それを実行に移すのを後押しするだけ、と。実際、彼女はそれでいいんじゃない、と何度も答えることになった。そしてそれで、客は自信を持ったように、晴れ晴れとした表情になるのだった。 相談を受けるうち、なぜ一歩が踏み出せないんだろう、と彼女は不思議に思いはじめた。なぜ、と考えても答えは出ないので、一歩が踏み出せない理由があるとすれば何か、と視点を変えた。簡単に思いつくうちでは、自信が持てないか、何かを失うことが怖い、か。ただ、失うことが怖いのは真っ当な理由であって、そう思うなら――風葉自身、そういう考えになることはないけれど――しないほうがいい。となると主な理由は自身不足と言うことになるが、これも彼女にはあまり馴染みのないものであった。思いついたことなら、できるのに。 休憩のさなか、風葉はもう一人の尼僧、紬を横目に見やったが、彼女はやはり、仕事に集中しているようだった。錘宗(すいそう)という名は紬自らが考えたものの、まるで別人のようにも思え返事を忘れることもままあった。それでも、何度も呼ばれるうち、ようやく彼女にその実感がわいてきた。 紬の相談は、悩み事にせよ愚痴にせよ、相手に気の済むまで話をしてもらうものであった。そして、転換点として彼女が一言二言添えると、相談は解決に向けて、またひとつ次の段階へ進んでいくのであった。彼女の観察力とよく練られた発想が、効果的な助言に寄与していた。男性客の話を聞くのはかなり緊張したが、よく抑えて、相談の相手をつとめきった。 咸胤(かんいん)という立派な名で虚無僧になりきった水津だが、天蓋をかぶってもなお、正体がばれないかと不安に苛まれていた。浮き足立っていたからか、最初は天蓋を前後逆にかぶって接客に出ようとしたくらいだ。相談自体は平静を保っておこなえたものの、ギルド職員の知り合いが来たときには、半ばパニックに陥り、聞かれもしないのに本名を名乗ろうとしてしまって、事態を危うく自分から悪い方向へ持って行くところであった。 彼女の場合、相談に乗るというよりは励ます、といったほうが近かった。同じことを解決するにしても、その人なりの考えや感じ方があって、そこで自分の経験を語ることは、意見を押しつけるようなものである、と彼女は考えていたからだ。最後に彼女は、ちょっとしたはなむけとして、笛で曲を奏で客を送り出した。横笛だったため天蓋の中でかなり難儀したが、日々の疲れの破壊とそこからの再生、をテーマにした曲は好評で、店内の別の卓からも拍手が起きることもあった。 ラヴィは、白桃(しらもも)という名の和尚になり接客をつとめた。また、彼女の思いつきで、急遽ジルベリアのお茶請けを出すことも決まったことは、後にこの茶店にとっていい結果となった。相談では、相手に気持ちの整理をつけるために話させることが多かったが、こと男女の話となると、彼女は雄弁になった。 「大好きな方がいらっしゃるなら、迷うことはありませんわ」 自分の気持ちに正直に従う、というのが彼女の持論だった。故郷を捨てることに後ろめたさを感じなかったのかと訊かれれば、彼女は、はっきりとはいと答えられないかもしれなかった。それでも、後悔はしていないと、彼女は胸を張って言うにちがいない。迷える子羊にとっては、ジルベリアの牧羊犬のように強く、優しく、透き通った瞳で、彼女は道を示していた。 8人の中で、僧衣がもっともよく似合ったのがスミレであった(それは髪型だけに依るのではない)。ただ、大柄すぎたため和尚と言うよりは、僧兵とか僧正といったほうがしっくりしていた。彼にはもともと三郎という名があり、スミレ自体源氏名だったのだが、それをさらにもじって墨蓮(すみれん)とした。 彼はおもに中年男性の恋愛の悩みを受け持ったが、親近感を持ってもらえるよう、意識して――というより、ほとんど素の状態で話をした。こういった色恋話は仕事柄手慣れたものだ。ひとつ差があるとするなら、それは酒が入らないくらいで、逆にそれが相談の質を高めていた。酒の席では、最後カンバンに近くなると、くだを巻くのみでなあなあで終わってしまうので、決着を見ることのできるこの相談は、これはこれで彼にとっても新鮮な経験ではあった。 譲治は和尚の格好をし、道閑(どうかん)という立派な名前を観那につけてもらって浮かれ気分でいたのだが、実際に客と話して、その気持ちはいっぺんに吹き飛んでしまった。 その客の女性は、ちょうど譲治の親に同じくらいの年齢で、席に案内され、彼の姿を見るなりわっと涙を流し始めた。まだ何も言っておらず、あまりに唐突だったために、彼の口から思わず変な音が出た。 「はらりらまにゃ!?――どうしたのだ? なぜ泣くのだ?」 話によると、ちょうど自分くらいの息子をアヤカシのせいで亡くしたという。彼は家族がアヤカシに襲われた幻影を見たことはあるが、もちろん実際に失ったわけではないから、それと比べると、かける言葉がなかなか見つからなかった。 「そうなのか‥‥アレは絶対だめなのだ、だから元気出すのだ! だから、えーと‥‥むぅ」 言葉に窮して、彼は最後の手段に出た。奇術師よろしく、自らの式で、即興で見世物を開いたのだ。式を操る陰陽師にとっては基礎中の基礎ではあったが、熱心に色々やろうとしたおかげか、その母親は涙を流しながらも、弱々しい笑みを見せた。 結局のところ、相談も何もなく、その母親は彼の手を両手でぎゅっと握ったままで、ひとときを過ごした。言葉がなくてもいいときがあるんだなと、彼は思った。苦しい現実から背を背け、かりそめの安寧を求める。それは、好きで逃げているわけではなく、こうしないと生きていけないからなのだ。そんな人がいると思うと、譲治はますます、アヤカシを滅する決意がわくのだった。 開拓者の活躍により、雨にもかかわらず、当初の来客の目論見は達成し、またそれぞれの相談では大した問題もなく、日暮れの閉店を迎えた。ことがうまく運んだのも、事前に観那が小道具を作っていてくれたからだろう。おかげで、客一人一人にふさわしい相談相手を割り当てることができたからだ。やんちゃな子供に、耳をぐりぐりといじられたり、お手玉で当てっこされたのがちょっと強敵だっただけで、小坊主の劉導(りゅうどう)丸として、彼女は縁の下のおつとめを立派に果たした。もちろん、都の生活に興味津々な彼女は、店で出されるお菓子やお茶など、あとで自分も試してみましょうと、しっかり詳細を控えておいた。 店主は、満足した様子で和尚たちに礼を述べた。当初思い描いていたものとはかなり変わり、庶民的な目線の悩み相談所にはなったものの、神楽の都に住む人々の需要は、じゅうぶん掘り起こせそうだった。そして、しばらく成長を見守った後、店の運営自体は番頭に任せ、自分はまた新たな店を建てる算段に移るのだ。そのときにもまた、開拓者の手を借りてもいいかもしれない。なりきりかどうかはさておいて。 最後に、スミレから宣伝のためにと、自ら作った詩歌『来て、見て、成錐寺の歌』が披露された。臓腑に響く三味線の音色と、よく通る男声の歌謡が、店内に響きわたった。 素敵な、素敵な、お坊さん 後光が差して眩しすぎ〜 相談してみて、お坊さん あなたの心を癒してくれる〜 是非是非、来て、見て、成錐寺 お触りは厳禁なのよ〜 ここはお触りがあるような店ではない。スミレには、全員から突っ込みが浴びせられた。 |