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■オープニング本文 早起きのものでなければ、天儀の夏の朝を乗り切ることは難しい。神楽の都でもその例に漏れはない。蝉の鳴き声の下、ひとりの男が汗をかきかき、横になっていた。 すでにかなりの暑気となってしまっているため、寝過ごしてしまうと、大変不快な思いをしながら寝床でごろごろしているだけになってしまう。やる気も起きず半眠りで、彼はけさも相変わらず、うだっていた。 「ちょっと、あんた」 彼を起こそうとするかみさんの声が、彼の意識にこだました。 「なんだよ。もうちょっとだけ」 「大変なんだよ、裏の西瓜が」 西瓜? それがどうしたっていうんだ。彼はむにゃむにゃやりながら、夢うつつで西瓜を思い浮かべた。 しかし、西瓜と聞いて彼の脳裏をよぎったのは、これまでに会ってきた数々の女性たちである。組合のねえさんはよかったなあ。柔らかそうで。そうそう、丸庄屋の奉公さん、あれは大きかったっけ。めったにいないよな。あとあれだ、菜乃花屋の娘もいいものを――。 「馬鹿なこと言ってんじゃないよ! ほら、早く起きて見てきておくれよ」 寝言による甘美な妄想を、おかみさんの強烈な平手によって打ち砕かれ、彼の意識はいまここへと舞い戻った。晩酌のなごりが残る頭を持ち上げ、彼は裏手の菜園へと草履を引っかけた。 「なんだい、こりゃあ」 目の前の光景に、彼はいっぺんに目が覚めてしまった。もう少しで花が咲こうかというところだった西瓜の苗が、所狭しと繁茂し、やたら大きな黄色い花を咲かせているのだ。 ほかの野菜も植えていたはずだが、それらはすっかり片隅に追いやられるような形で、すでに丸々と太った実をつけている。そして庭の一番奥、隣家の境にある木壁には、異常なほど大きく実ったおなじみの縞模様、つまり西瓜の実が、葉や蔓の奥からその姿をのぞかせていた。 「あんた、あれ・・・・」 その実の異様な姿は、なかば隠されていても、彼とかみさんにははっきりと見て取れた。そしてしばらく、ふたりは圧倒された。その西瓜は、まるで人間のような――というか頭からつま先まで見事に、女性の姿に形作られていたからだ。 「すげえ西瓜じゃねえか」 「まあ、ねぇ・・・・」 その西瓜は、見事な西瓜の持ち主だった。これ、怖いよ。誰か呼ぼうよ。先にかみさんが我に返り、旦那をつついた。しかし彼は、名残惜しげにまだその場を離れずにいた。そういえば、開拓者ギルドも、よりどりみどりだよなあ。 「いや、もうちょっとだけ」 そんな彼がようやく、開拓者ギルドへ重い腰を上げたのは、西瓜の顔、ちょうど口の部分がぱっくりと裂け、中からのぞかせた鮮やかな赤い果肉とともに、にやりと笑いかけてきたからだった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
染井 吉野(ia8620)
25歳・女・志
ヴァン・ホーテン(ia9999)
24歳・男・吟
マテーリャ・オスキュラ(ib0070)
16歳・男・魔
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
加々美 綺音(ib6455)
18歳・女・巫
クラリッサ・ヴェルト(ib7001)
13歳・女・陰 |
■リプレイ本文 「おほっ、いいねえ。よろしく頼むよ」 開拓者たちを見、依頼者の旦那はなぜか喜ばしげに挨拶した。なにがいいのかは、彼の視線に晒されている開拓者なら一目瞭然であった。もちろん、彼が鼻の下を伸ばしつつ、おもに見ていたのは、女性陣の面々である。 「はいはい、さっそく依頼の話をお願いしますね」 これ以上放っておくと別な問題が起こりそうだったので、三笠 三四郎(ia0163)が催促するように旦那に伝えた。そうだったそうだった、と彼は反省するそぶりすら見せず、やはりおもに女性陣に向けて、依頼について話しだした。 「オゥ、西瓜、デスカ。やはり果物は普通が良いのデスヨ‥‥」 その内容に、ヴァン・ホーテン(ia9999)は落胆の色を示した。人間の活動の根源である食物が瘴気に汚染されてしまうことは、よくあることではあったが、それでも気持ちのいいものではなかった。依頼者は、しかし、それほどことを重大に見ていないようだった。 「それがね、アヤカシだってのがもったいないくらいでさ。いやすごいの」 旦那はつい、アヤカシを説明するのに両手を縦に動かし、波打たせることによってその『女体』を表現した。その様子たるや、たしかに様々なひとが訪れる神楽の都でも、そう見られるものではないようだったが、開拓者にとってそれはどうでもいい情報である。 「はあ‥‥? まあ、いいでしょう。それにしても、天儀には旬の作物がアヤカシ化するという不文律でもあるのでしょうか」 開拓者にとって、身近なものが瘴気を帯びるのは残念ながら日常茶飯事になってしまっているが、マテーリャ・オスキュラ(ib0070)ふと考察を巡らせた。ただ、実際のところ、天儀では旬以外のものは当然世に出る数も少ないわけで、数の多いものが狙われるのも、当然といえば当然の帰結であった。いずれにせよ、題材がどうであれ、それがアヤカシであるならば彼の興味の範疇であり、ぜひとも、まずはお目にかかりたかった。もちろん、西瓜の波打った体型がどうこうとは関係なく、である。 あまり長居すると、また旦那が眼福に浸ってしまいそうだったので、一同は開拓者ギルドから早々に離れた。旦那の家は一軒家ではあったが、長屋から進化したてのような、それも周囲に同じような箱がひしめきあう、住宅街の一角にあった。 立地がそうであるから裏の畑も当然狭く、8人が無秩序に動いてしまっては使える余裕もすぐになくなってしまう。退治に取りかかる前に、あらかじめ戦う上での動き方をある程度示し合わせておかなければならない。開拓者たちは旦那を避難させ、家の敷地に入る前に、急遽話し合いを設けることにした。 「さすがに‥‥食べることは、できるのでしょうか‥‥?」 「大きく育ったとしても、アヤカシでは食べることも適いませんね」 加々美 綺音(ib6455)に対し、夏らしくていいのですけれど、と染井 吉野(ia8620)は呟きつつ、畑から広いところに出る隙間がないか探していた。しかし、3方が隣家となるこの立地では、隙間はおろか広場さえ用意することができなかった。家の前の道も、それほど広いとはいえず、通行人の処理を考えると、大儀なわりに移る意義が薄く、選択肢から除かれた。 「うーん、残念です‥‥」 綺音がその視線に耐えつつ、旦那に聞き取りを敢行していたのだが、役に立ちそうな情報は、その苦労の割には得られないでいた。彼の話では、西瓜が笑い、尻尾を巻いて逃げるとき、風が吹いたように畑全体がざわついたという。 「スイカに擬態して人を襲うアヤカシなのかな。それとも、スイカに瘴気がたまって人を襲うように‥‥」 いや、十中八九後者かな。西瓜に対し、クラリッサ・ヴェルト(ib7001)はあっさりと結論づけた。前者であれば、こんな悠長なことをするわけがない。他の、もっと効果が高く、ひとを騙しやすいものに化け、逃げられないように仕留めるはずだ。この西瓜とアヤカシの組み合わせも、やはり『太陽が眩しかったから』といえるのだろう。ただ、だから西瓜に限らず、他の作物に瘴気が帯びていることも、十分考えられた。 その点については、藍 玉星(ib1488)やアナス・ディアズイ(ib5668)も十分警戒していた。本当は、玉星も瘴気の及ばない部分は食べたりしたかったのだが、たぶん望みは薄いだろうし、畑の野菜に拳を決めなければならないことに、なにより気が重かった。 「仕方ありません。気を落とさずに」 「むむ、そうアルネ‥‥」 そう、野菜が憎いわけではないのだ。アナスに慰められ、ようやく未練を振り切れた彼女は、力を込め、あらためて拳を握りしめた。 「サテ、準備はよろしいデスヨ」 じゃらん、と短く和音を弾き、ヴァンは待ちきれない様子で発声練習を始めた。それに驚いたように、クラリッサは突っ込んだ。 「えっ、ホーテンさん、あなた歌うの?」 「ハイ、アヤネサンの舞に合わせて‥‥オゥ、なんデスカその視線は」 彼の音痴ぐあいは、一度聴いたものはもとより、開拓者ギルド内でも、その噂は広まりつつあった。 「‥‥別に。まあ、仮にも吟遊詩人なんですし、そのあたりは大丈夫ですよね」 「ウープス、仮にも、とハ‥‥ともかく、支援はさせてクダサイネ」 開拓者たちは、畑全体を警戒しながら、西瓜を目指す方針を選択した。前衛と後衛に別れ、できるだけアヤカシに包囲されないよう、じりじりと距離を詰めてゆくのだ。はたして、先陣は守備の堅い、三四郎とアナスが担当した。 裏の畑を隔てる扉などはないため、開拓者は旦那の家の庭からそのまま、アヤカシ目指して殺到した。そこには、一面緑の、蔓畑ともいえるような異様な光景が広がっていた。そしてそのいちばん奥、隣家との塀に、一目でわかる例の西瓜が、鎮座していた。 「いやいや、どう見ても自然にできる形じゃないよねこれ。普通に考えればわかるよね」 クラリッサの冷静な指摘をよそに、三四郎は一気に前面へ躍り出た。西瓜が彼を捕捉する前に、この緑の世界で、動きやすそうな場所を見つけるとなるとかなり難しかったが、畝も三角形に立てられた支柱もない更地の部分を選び抜き、素早く陣取った。 「よし、来い!」 あらためて西瓜を見遣ると、たしかに旦那の言うとおり、すごい体型ではあったが、それで動じる開拓者ではない。畑の方に目をやると、今のところアヤカシと確認できるのはその西瓜だけだった。不意打ちだけを警戒し、三四郎は注意を西瓜に移した。 「ほ、本当に大きな西瓜ですわね‥‥」 アヤカシごときに動じる開拓者ではなかったが、綺音はつい、その姿に言及した。たしかに、依頼者がそれに心惹かれた理由も、わかった気がした。だからといって、旦那がへらへらしているのが許せる、というわけではけしてなかったが。 「葱は相手にしたことがありますが」 マテーリャの興味は、そんなことよりアヤカシに向かっていた。豊満な女性の体から生えた、同じく西瓜の頭。そこが裂け、口のように表情を作っている。その口へ向け、干飯やら梅干しやら、食べものを投げて反応を探った。どうやら口は見せかけのようで、特段反応がないことに少々がっかりしながらも、その結果を手帳にさっと書き付けた。 「さて、外見や生態は観察しましたが、どう来るでしょうねえ」 西瓜が動き出したのは、開拓者たちが状況を把握した直後のことである。最前列の三四郎にまず、それは牙をむいた、というか、種をむいた。 予想通りの、西瓜の種による射撃であったが、その勢いは開拓者の想像を上回るものだった。断続的に破裂するように無数の種が一度に射出され、遮るもののない三四郎の体をしたたかに打擲した。粒の小さな種でも、数がまとまると威力は増大するのだ。 「オォゥ! これは、守りを固めマショー!」 「はい。彼のものたちに、山のごとく不動の力を。名付けて、泰山舞‥‥」 申し合わせたヴァンと綺音が、歌と舞で前衛を下支えした。綺音には、ヴァンの歌は澄んで聞こえ、耳にとても心地よいため、皆の評判が音痴だというのがどうにも納得できない。それはさておき、ふたりの力で、三四郎はかろうじてその場に留まった。 西瓜の顔がそっぽを向いている間、吉野は気配を探るのに集中した。目の前の西瓜はわかっている。集中が研ぎ澄まされると、それまで見えてこなかったものが姿を、彼女の前に現した。 「分かる範囲だけの話ですが、ここの野菜は――」 ほとんどがアヤカシです、そう言おうとした瞬間、彼女の視界は空を向いていた。 西瓜だか胡瓜だかわからないが、太い蔦が彼女の両足を掴み、ひと思いに地面へ引き倒したのだ。軟らかな土の畑とはいえ、後頭部に強い衝撃を受け、彼女は一瞬だけ、状況を把握することができなくなった。 両肘を使い起き上がった時点で、すでに彼女の体は西瓜の方へと引き寄せ始められていた。両足を揃えて捕まえられてしまったため、足は使えず、ただなすがままに任せるより手はない。正面には西瓜が構えていたが、その腹がみるみるうちに割け、大きな口を開けたようになったところで、相手がアヤカシだということを彼女は思い出した。 とって返した玉星が、気功の波動により蔦を吹き飛ばし、事なきを得た。しかし、それをきっかけに、周囲の野菜がざわめきを始めたのが、開拓者にはっきりとわかった。 「さあ、来ますよ。なにか撃つときは言ってくださいね」 アナスが冷静さを保ちつつ、歩兵盾をがっしりと構え、周囲からの襲来に備えた。アヤカシは畑のあらゆる野菜に及んでいるらしく、茄子とおぼしき黒い物体が、空気を切り裂く音を残して高速で通り過ぎたり、放物線を描いて飛んできた赤茄子が地面で破裂し、鋭利で細かな種を四方に飛び散らせたりしていた。 「なるべく畑を荒らさないように‥‥ってのは、こうなると難しいね」 盾越しにクラリッサが符を放ち応戦する。アナスの影に隠れつつ、動き始めた野菜の苗を少しずつ同じ箇所にまとめ、虎の子の傀儡を繰り出す機会をうかがった。畑じゅうの野菜を相手にし、開拓者は今のところ持ちこたえているようだった。 「そう来ましたね。ではこれは受け止められますか」 魔法の力で聖なる矢を撃ちだし応戦していたが、相手の攻撃の勢いが収まってくるのが、マテーリャには感じられた。彼は三四郎へ支援の魔術を唱えたあと、精霊力を地面から解き放ち、蔦を生み出した。目には目を、蔦には蔦を、である。それぞれの蔦はがっしりと絡み合い、しばらくの間、動きを鈍らせることができた。開拓者には、それで十分だった。 「サー、アヤネサン! 今が攻め時デス!」 この瞬間を待ってましたとばかり、ヴァンは今まで我慢していたものを一気に放出した。その歌に合わせる綺音の舞は、その名も蒼天舞。彼の者たちに、蒼き天をかける翼を、と祈り舞われ、開拓者たちの背中をぐいと押した。そして、調子が上がってきたヴァンは、時たまがなり声を織り交ぜ、アヤカシを威嚇しだした。 はたして、舞と歌の力を得た開拓者は、反撃に転じた。 「その姿が憎いのと違うアル、憑り付いた瘴気が憎いのココロ‥‥!」 食べものを粗末に、どころか始末しなければならないのは、彼女の良心を大いに苛んだ。しかし、ここは鬼手仏心を徹底し、拳から力を緩めず、アヤカシと化した野菜を誅していった。 開拓者がアヤカシを圧倒し始め、機が熟したのを感じ、クラリッサはとっておきの傀儡に、ようやく命令を下した。 「夏といったら西瓜割りだからね。さあ、ごーだよ、きりんぐ★べあーっ」 斧をもった熊の人形が勢いよく、アヤカシ野菜を薙ぎ払ってゆく。反撃で命中した赤茄子が人形のあちこちに飛び散ってい、夏の夜にふさわしそうな景観を提供していた。 最終的な解決に至ったのは、アヤカシの猛攻を耐えに耐えた三四郎、吉野、アナスの3人による、最後の一押しである。アナスは避けた腹の真ん中を、三四郎は頭を十時に斬り、そして吉野は胸を横薙ぎにし、西瓜はとうとう原形を留めなくなった。 「場所も問題でしたね」 アヤカシがさんざん暴れ回ったあと残ったのは、あらかた刈り尽くされた畑と、そこら中に飛び散った野菜のくずだけであった。開拓者はその惨状に一様にため息をつくと、誰ともしれず、散らかった裏の畑を、片付け始めた。 後片付けが終わったのは、アヤカシを退治してから1刻はゆうに過ぎ、夕暮れを迎える間近であった。汚れがアヤカシのものであれば、たいした苦労もせず瘴気とともに消え去るのだが、そうでない部分がことのほか多く、手間がかかったのだ。 それを見かねてか、かみさんがねぎらいの言葉とあわせて、まかない料理と、あろうことか西瓜を切ってもってきたのだ。これはさっき買ってきたもので、畑で採れたものではないと、彼女は念を押していた。 仕方なく西瓜を食べ食べ、クラリッサは思っていたことをはっきりと吐露した。異変があったのなら、もうちょっと早く知らせて欲しいと。釘を刺された旦那ではあったが、あいかわらずへらへらしており、彼女の目からは、どうにも懲りていないようだった。 先ほどまで西瓜と戦っていたことを気にせず、西瓜にかぶりついていたのは綺音である。甘くてみずみずしい西瓜は、旬でもあり夏の暑さにふさわしい果物のひとつであろう。ただし彼女の場合、どうにも種がうまく捌けなく、間違って飲み込んだり口の中にため込んだりし、たまに目を白黒させていた。 マテーリャは好奇心の延長で、かみさんに夏野菜のおいしい料理法を尋ねていた。うーん、と彼女は考え込んだあと、味もよく簡単で、また夏だからといって体を冷やすことのない、揚げ茄子が一番だね、と返事をした。もうすぐ採れるはずだったんだけどね。 「今度できたときに、ごちそうしてあげるよ」 かみさんは笑みを浮かべて、開拓者たちに告げた。今は畑もぼろぼろになってしまったが、しばらくすれば、また青々と作物を育ててくれるだろう。それまでの間は、開拓者の活躍が、旦那とかみさんにとって栄養になってくれるはずだ。 もちろん、旦那の眼福とは別の意味で。 |