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■開拓者活動絵巻 |
■オープニング本文 久しぶりに診療所を訪れたあづちの予定を聞き、向阪膳六は彼女の想像以上に喜んだ。 「そうかい、おまえさんもその気になったかい。すばらしい。これで東房も安泰だよ」 素っ気なく、あづちは頷き返した。開拓者としてギルドに登録するのは、まだいくらかの手続きと考査が残っている。いまから膳六のように浮かれるのは、ちょっと早すぎた。 「それじゃあ、餞になにかもてなしてあげないとね」 その膳六の提案は、あづちは勢いよく否定した。彼女は、そうやってなにか見返りが欲しくてここに来たのではなく、これまでの世話へのお礼がてら、挨拶に立ち寄っただけなのだ。 「それで、これから薬草を採りに行くんですけど、なにか必要なものでもあれば」 「なに、これから自分が開拓者になろうってんのに、わざわざ開拓者にお願いするんだ?」 開拓者になることがまだ正式に決まっているわけではないことと、去年同じ場所に赴いたときにアヤカシと遭遇したことを、あづちは手短に説明した。膳六はその説明に納得し、そうね、まだひとりで相手できるほどではないよね、と、かつての彼女の無鉄砲振りを思い出し、笑みを浮かべた。 とはいえ、これで一安心できる、と膳六は内心胸をなでおろしていた。腕に覚えのない人間が、幾度もアヤカシと対峙して生き残れることなどなきに等しいので、あづちにはなんらかの才能が備わっているのだろうと、彼は以前から考えていた。その才能が認められ、これまでの手伝い人以上に人様の役に立つことができるのだ。それは彼女にとっても、願ってもないことに違いないだろうと、膳六はそう信じて疑わなかった。これから、今にも泣き出しそうなのを堪え忍ぶ彼女の表情が見られなくなることは、それはそれは残念であったにせよ。 それに、彼はおくびにも出さなかったが、手伝い人あづちについての悪い噂は、東房の僧たちからちらほらと流れてきていたのだ。住み込み強盗であるとか、アヤカシの使者であるとか、他国の間者であるとか(もちろんこれらは、根も葉もない噂にすぎない)。しかし、ギルドに開拓者として認められるのならば、そんな噂もじきにかき消えるだろう。ものごとはおしなべて良い方向へ向かっている。 「まあ、達者でね。前も言ったかもしれんが、あたしのところにいつでも来るといい」 膳六からの祝福を受け、あづちは一礼すると、診療所をあとにした。 ギルドの受付の職人は、採用志願者としてのあづちの顔を覚えていた。考査の日程はまだですよ、と彼は伝えたが、依頼をお願いします、というあづちの言を受け、早合点した自分に照れてしまった。 「失礼いたしました。それで、どのような‥‥」 あわてて受付が差し出した帳面に書き込むと、あづちは頷き、筆を受付に返した。筆を受け取った彼はいつもの流れを取り戻し、いつものように依頼の聞き取りを始めた。護衛を頼みたいんです。誰を護衛するのでしょう? わたしです。どちらまで? 北面までの往復なんですけど。 彼女は別に、真新しい帳面を小脇に抱えていた。今回が手伝い人としての彼女からの、最後の依頼となるだろう。 天儀は、もうすぐ秋分を迎える。 |
■参加者一覧
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
染井 吉野(ia8620)
25歳・女・志
和奏(ia8807)
17歳・男・志
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 以前とは違って、開拓者になろうと決意したあづちは、若干ではあるもののなにか憑きものがとれたように明るくなったように感じた。それは、開拓者になることによって他人の厄介になる必要がなくなるからか、人目をはばかる必要がなくなるからなのか、本人にしか知りえぬことなのではあろうけれど。 それが最後の依頼であろうことについては、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は特段の感慨を抱かなかった。いずれは同じ開拓者として仲間になるのだが、それとこの依頼とは関係ないのだ。とはいえ、これからの人材にもしものことあっても困るので、そこはしっかりと釘を刺しておいた。 「開拓者になってなにをするかは知らないけど、あなたはこれからなんだから、大人しく見てるのね」 彼女のおもねらない助言にも、あづちは否定的に捉えずわかりました、と素直に頷いた。医者にでもなるつもりなのだろうか、とも彼女は考えたが、それならば逆に開拓者にはならない方が近道でのはずだ。少なくとも、あづちは開拓者になりたくてなろうとしていることは確かであり、またそれ以外に予想はできなかった。 リーゼロッテと滝月 玲(ia1409)以外は、あづちとはなんらかの形で面識がある。玲は初めてあづちと顔を合わせ、なぜ彼女がわざわざ関所を避けなければならないのか、はなはだ疑問に思えた。これまでギルドに寄せられた彼女の依頼から、あまり東房の僧たちからよく見られていないことを知り、彼の心は痛んだ。 いわれのない非難からあづちを守りたいのは、彼にとってはやまやまなのだが、しかし、今さら僧たちともめ事を起こし、それがかえってギルドでの考査に響くのは、避けたかった。 あづちを見た印象は、同じ開拓者でも大きく異なっていた。染井 吉野(ia8620)は護衛するにあたってもっとも気がかりな要素である、あづちの戦闘能力については、まったくといっていいほど評価しなかった。ただ、あづちが開拓者になろうとすることができるだけの能力があると知り、肩から荷が下りた気分に彼女はなった。それでも、あづちがやたらとアヤカシに『恵まれている』ことに、惹きつける力があるんじゃないかと、いささか心配な点は、残ってはいた。 和奏(ia8807)と鳳珠(ib3369)のほうはといえば、あづち本人より依頼の遂行について集中しているようであった。ちょうど1年前、同様の依頼に参加していたのは赤鈴 大左衛門(ia9854)だけであるため、目的地や去年の経緯について、子細に彼から聞き出していた。 彼の話では、目的地にアヤカシが潜んでいたのみとのことなので、それについては警戒する必要はさほどなさそうである。当たり前のことだが、だからといって開拓者たちは油断する気はさらさらない。 一方で、リィムナ・ピサレット(ib5201)は依頼人との再会を喜んではいたが、あづちの持つ影に、うすうすであるが感づいていた。その態度の裏にある事情がどういったものであるかについては想像に難いが、それらを心中に秘めているであろうことは、彼女にまつわる話からすると間違いなさそうである。リィムナはあえて、そのことに関しては目をつぶった。解決は、きっと時間がしてくれるだろうから。 『手伝い人』あづちの最後の依頼ということで、大左衛門は今まで受けた依頼をふと思いだし、ちょっとした感慨を味わっていた。開拓者ンなると決めなすっただスか。すりゃ、おいでなンしだスよ――。あづちは、次に会うときは自分と同じ側の人間なのである。それを確たるものにするためにも、やはりこの依頼にはいつもどおり、万全を期して臨むことに変わりはない。 あづちが開拓者たちの前に出て、あらためて、依頼の詳しい説明を始めた。人目を避けるため関所のない山道を通り、北面領に入ること。目的の場所は北面の一角にある、彼岸花が大量に群生する湿地であること。大左衛門はあづちに、去年の依頼と全く同じ経路、全く同じ目的地であることを、口頭で確認した。 「そういや、あン辺りも壱師原なんだスな。彼岸花咲くンでそン名ァついたつぅて後から知っただスよ」 その発言に、あづちはああ、そうなんですか、と、実に軽く返答した。少なくとも2年連続で出向く場所であるのに、その場所の名称を知らないことなどあるだろうか? そのくせ、彼女は東房と北面との境だけは、しっかり意識しているのだ。その真意は、大左衛門にははっきりと読み取ることができなかった。 「いちしの花って、彼岸花のことなんだ」 彼岸花と壱師原の関係については、前述の大左衛門の言うとおりである。リィムナは以外な事実に驚き、声を上げた。彼岸花なら、天儀のどこにでも見られる花ではある。しかしそれが地域の名称にまで使われるほどの群生とは、いかほどの景色となるだろうか。それはそれで、今から楽しみではある。 大左衛門が2回目の依頼ということもあり、依頼の説明はそれほど時間を要さずに終わった。内心になにか秘めていることがうっすらとにじみ出ているあづちと、それに気づきつつある開拓者たちの一行は、ふたたび北面への国境へ歩き始めた。 ところで、あづちがどのような開拓者になるかということは、未来の同僚たちの気になるところではあった。本人が持ち寄った武器を見せてもらうと、脇差と短銃の二本立てであった。短銃については、大左衛門と鳳珠には熊を退治したときの依頼で見覚えがある。また脇差の扱いからすると、サムライではなく志士に近いもののようであり、東房にいるのに志士とは、確かに皮肉なものだと吉野、和奏、大左衛門の3人の志士は思うのであった。 道中は昨年と同様、障害はなにもなかった。しかし、和奏があらかじめ下調べした結果では、国境付近でアヤカシがよく目撃されているということであった。早期に対処されているため、直接の被害は出ていないものの、油断のできない旅路となりそうである。 しかし、野山の景色はそんなことにはお構いなく、まさに天儀の秋を体現していた。山肌など標高のある場所では早くも木々が色づいてい、もう半月もしないうちに、それは麓へと降りてくるに違いなかった。開拓者たちは、依頼について忘れない程度に秋の空気を満喫していた。これで栗拾いや茸狩りなどすれば最高ではあったが、もちろんそれは願望にすぎず、実現することはなかった。ただ野道を往くことに関しては、リィムナはお弁当を持ってくればよかったと、しきりに後悔していた。 アヤカシへの警戒は欠かさず、ことあるごとに鳳珠の結界などを用いて探知しようとしてはいたが、それはすなわち、あるものへの警戒を、逆に緩める結果につながっていた。 林の曲がりくねった道で、開拓者たちの眼前に現れたのは、5人の僧の一団である。気づかれずに見つけられれば隠れたり引き返したり、あづちのためになんらかの対処はできただろうが、アヤカシに集中していたこともあり、お互いに視認するのがほぼ同時になっていた。これは、そのまま進むしかない。 「こんなところで、なにしてるんだ」 おきまりの誰何を、僧は発した。僧たちを見たときのあづちの緊張は、開拓者の誰にも感じることができた。間近で観察していたのならば、彼女の顔から血の気がサッと引いていくのがわかっただろう。しかし幸運なことに、僧たちまでには距離があったのでこの様子をはっきり見たものは開拓者を含めても、誰もいなかった。 「ほら、堂々としてなさいよ。なに食わぬ顔で通り過ぎるのよ」 後ろにいたリーゼロッテが小声で、あづちに呟く。はっと我に返り、あづちはつとめてなにもなかったふうに装った。いざという時のために、開拓者たちは一芝居、うつことになっているのである。肝心の本人が動転してしまっては説得力がなくなってしまう。 「医者から薬草を頼まれてね、彼女は詳しいし協力してもらってるんだ」 あづちが世話になっていたという膳六の名前を借り、玲がそつなく答えた。頼まれた、という事実はなかったが、それくらいの便宜は、たぶん許してくれるだろう。 「ああ、開拓者さんと‥‥」 僧たちはしばらくひそひそ話を続けていたが、外見から、開拓者であることは簡単に判断がつくため、その言葉はすんなりと信じてもらうことができた。僧は5人とも薙刀と甲冑でしっかりと武装しており、巡察をしていると彼らは語った。話では和奏の得た情報と同様、アヤカシの動きが活発化しているとのことだったが、どういった種類のものがどれくらいかは、具体的にはっきりしていないらしい。 「大丈夫だとは思うけど、念のため気をつけて。もう少し先に行くと北面だから」 気をつけなければならないのがアヤカシについてなのか、それとも北面についてなのかは彼にしかわからなかったが、僧たちはまた、みずからの仕事へ戻っていった。 この山道においては、国境はちょうど丘陵の尾根になってい、道を登り切ってしまえば、目的地まではわずかになっている。しかし、距離が近づくに従って、瘴気の匂いは強くなっているようだった。 「ところで、昨年はアヤカシが出たとの事ですが、どの様なアヤカシが?」 嫌な予感がし、吉野が訊いた。それには、大左衛門が当時を思い出し思い出し答えた。 「なんていうだスかねェ‥‥得体の知れねェ、不定型な赤いやつだっただスよ。そうそう、地面に隠れていただスなあ」 目的地は、坂道を下っているうちに、すぐ視界に入ってきた。かなり広い範囲一面に赤い花が咲き乱れているため、誰の目にもつくようになっているのだ。しかし、瘴気の出所は明らかに湿地であることがわかり、開拓者たちはアヤカシに備えた。目的地でアヤカシと出会ってしまっては、一戦交えることは避けられない。 彼岸花のその光景には、箱入りの和奏は圧倒された。こんな場所があるのかとただ眺めるだけではあったが、念に1回の景色というのならば、それはそれで価値があるものである。 鳳珠がふたたび集中し、アヤカシのいる場所を嗅ぎとろうとした。彼女の結界が正常に機能していれば、不意打ちを食らうことはほぼなくなる。一面の彼岸花の中に足を踏み入れ、開拓者たちはさらに瘴気の濃い場所へと向かっていった。 アヤカシとおぼしき反応と、リーゼロッテが怪しい場所を発見したのはほぼ同時だった。その方向にはなにも見えず、ちょうど彼岸花が生えていない一角となっている。おそるおそる距離を詰めたが、アヤカシらしき影は見つからない。 「もしかして‥‥地面の中かしら?」 リーゼロッテの呟きに、おそらく、と鳳珠は返した。このまま待つわけにもいかないので、作戦として、まず、魔術の使えるリィムナとリーゼロッテが、先制攻撃をして引きずり出すことになった。 開拓者たちの思惑は当たった。ふたつの強烈な電撃に晒されたその空き地は、少し震えたあと、急に盛り上がりその本性を現したのである。昨年は花の形を模していたが、今回はそういったことはなく、地面から泥状のものがわき出してひとつの形を作り出していた。動くたびに飛沫と鼻を突く刺激臭が漂い、これは粘泥の一種だろう、と開拓者は直感で悟った。姿を現せば容赦はしない。地面の彼岸花をできるだけ踏み散らかさないよう配慮しながらも、アヤカシが大きく暴れる前に開拓者は、とどめを刺そうと動き出した。 吉野の背中で守られながら、あづちは開拓者の連携を見、自分もこうなれるのかいささか不安に思えた。大左衛門がアヤカシの気を引き、攻撃の矢面に立っている。その脇から、玲と和奏が、文字通り襲いかかっていった。 ほかにアヤカシとおぼしき存在が確認できないため、リィムナとリーゼロッテは、前衛の間を縫いながら続けざまに術を放っていた。ほぼ全員が効果的に攻撃を行えることとアヤカシの動きの質からして、開拓者側が格上であり、戦闘は速やかに終息するであろうとその場の誰もが思っていた。 それは、しかし、意外なところからもたらされた。 1発の銃声が湿原に響き、鉛玉を受けたアヤカシはその地へくずおれた。あづちの短銃にしては音も大きく、また聞こえてくる場所が違う。銃声のした方向に目をやると、ひとりの鎧武者が火縄銃を撃ち終わり、銃身の掃除をしているのが目に入った。 「これは――祁瀬川さんですか」 和奏がいちはやく顔を認め、呼びかけた。甲冑と兜の重装備であったが、大左衛門とリィムナにも、兜から除くその無表情は見覚えがあった。 「アヤカシ退治、大儀である。見事なものだな」 静けさを取り戻した湿原に、声が響いた。なぜ領主がこんな場所にという大左衛門の問いには、東房の僧とだいたい同じ答を、祁瀬川景詮は返した。 「近頃瘴気が濃くなっておる。困ったことよ。お主らはいかがしたのだ」 この問答は東房の場合と同じである。玲がまた、同じ回答をしたが、そのあとの景詮の様子は、東房の僧たちとは違っていた。景詮は依頼人であるあづちを一瞥すると、直接、彼女に向かって語りかけた。 「さようか。それが手伝いか。――おい、お前」 リーゼロッテには、たったそのひと言で、あづちが東房の僧の時とは比べものにならないほど、神経を張り詰めさせていることがはっきりとわかった。これではまるで、蛇に睨まれた蛙のように、生命の危険すら感じているのではないか、と思えるほどのものであった。 「ねえ、どうしたの。しっかりしなさいよ」 彼女が声をかけてもあづちは微動だにせず、景詮と顔を合わせ、互いにしばらく黙りこくっていた。沈黙を破ったのは景詮だった。 「他になにか?」 あづちはなにも言わないまま、持ってきた帳面――薬草の本だと、あづちは説明していた――を景詮に投げ渡した。景詮は開拓者の目を一瞬気にしたようだったが、帳面に満足し、以後口を開くことなく背を向け、悠々と去っていった。 その後のあづちは、人が変わったように硬い表情になっていた。景詮のことについて訊かれても頑なに答えず、また薬草集めもあきらかにおざなりで、集中力を欠いていた。 「‥‥大丈夫?」 様子を心配するリィムナに、あづちは表情を変えずきっぱりと答えた。 「大丈夫です。私は開拓者になるんです。ここに来るのは、今日が最後です」 開拓者たちにはその発言が、決意に満ちているようにも感じ取れた。 彼岸花の別名は相思花といった。これは、花と葉が同時に出ることのないその性質から、『花は葉を想い、葉は花を想う』との意味を込めて名付けられたものである。壱師原のこの花と葉は、そう簡単には、同じ道を歩もうとしないようだった。 |