かぼちゃの軽重を問う
マスター名:ほっといしゅー
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/28 00:17



■オープニング本文

 秋の空のようにすがすがしく、と彼の心はそう都合よくはいかなかった。彼はいま非常に腐心していた。彼が神経をすり減らしていた理由は、次週に行われる品評会であった。
 彼はそこで、みずからが手塩にかけて育てた南瓜を出品する予定であった。その日を今か今かと、上出来だったいくつかの南瓜が、彼の倉庫で待ち焦がれているのである。
 しかしそれが、彼の悩みの種であった。品評会では金賞を獲得するためには、南瓜に傷ひとつつけてはならないのだ。保管するだけならば一見簡単かと思われるが、その南瓜は普通のものよりもはるかに大きく、重さは大人数人分に匹敵するものなのである。
 そこまで重くなってしまうと、自重で傷ついてしまうことすらありうるので、扱いは必然的に丁寧にならざるを得なかった。そのためこのように、彼はああでもないこうでもないと、保管にご執心だったのだが、そこにきて、よからぬ報せが、彼の耳まで届いたのである。
 同じ品評会に出品予定だった農家の倉庫がいくつも、なにものかに荒らされているのである。きまって犯人の狙いは、南瓜であった。噂によると、なにもないのに南瓜が破裂したり、燃え出したりと、なんとも得体の知れないものである。悪質な対戦相手か、とも彼は考えたが、さすがにそこまでして、という思いも彼にはあった。ただ、南瓜が守られないことにはどうしようもない。
 毎年行われる品評会で、彼は数多くの賞を受賞してきた。それはすなわち、次の年における収入の担保に近いものでもある。脈絡もなく唐突に沸いてきた不幸で、それが水の泡となってしまうのは、彼には到底納得のいくものではなかった。
 次の日、彼は考えに考えた末、開拓者ギルドの門を叩いた。そうまでしても、南瓜を守りたかった。


■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
利穏(ia9760
14歳・男・陰
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
狸寝入りの平五郎(ib6026
42歳・男・志


■リプレイ本文

 依頼人の倉庫に案内された開拓者たちは、その予想をはるかに超える南瓜に圧倒された。いざというときは持ち出して避難しようと考えていた利穏(ia9760)であったが、実物を見るかぎり、それは不可能であるように感じた。高さは3尺、直径は6尺近くにも及び、彼によれば、重さは大人10人分をゆうに超えるという。
「こんなすごいの、初めて見たよ!」
 南瓜仮面を自称するリィムナ・ピサレット(ib5201)は、優勝候補とされる南瓜に少々興奮気味であった。これを育てるのには、大層手間暇をかけたに違いない。それを壊そうとするなんて、彼女にはいかなる理由であれ承伏しかねるものである。
 丹精込めて作った作物を壊してしまうとは、どういう了見か。狸寝入りの平五郎(ib6026)も、同様の気持ちで南瓜を眺めていた。彼の義憤は、しかし、そこで留まらなかった。なぜ壊すのか、といえば、壊れることで得をする人間がいるからに他ならない。それは誰か。同じ品評会への出品者か、あるいは品評会自体を賭けの種にする博徒か。
 もし彼の仮定通りであれば、それは卑劣なことなのだが、リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は逆に、そうまでして勝ちたい執念は評価していた。もちろん、彼女はそれを、わざわざ皆の前で表明するということはしなかった。開拓者に頼んでまで南瓜を守りたい依頼人も相当の執念であるといえるし、そもそも今回の騒動が、だれの仕業かどうかは、箱を開けてみないとわからないのだ。
「不思議な話ですね」
 依頼者の話を聞き終え、劉 星晶(ib3478)は首をかしげた。妨害するなら単純に鉈や斧などで叩き割ってしまうのが一番早いのだ。なぜわざわざそのようなことをさせるのかは、張本人に会ったときに訊いてみるしかない。
 品評会まではあと2日2晩だが、南瓜を守るのに開拓者たちは二手にわかれ、手の空いた班は、昼間に、同様の被害に遭った農家に聞き込みをすることにした。3つに分けることも利穏から提案されていたが、2人ではいざというときに手薄になることもあり、現状の案が採用された。
 聞き込みの最中にあっても、菊池 志郎(ia5584)は、絶えずいろいろな可能性を模索していた。侵入口が確保されているか、荒らされた形跡はないか、残された南瓜はないか。手口からすると術を使えるものの可能性が高かったが、もしかして、と彼は思った。これは依頼人の狂言で、被害者のふりをしていないだろうか? しかし、聞き込みを続けるうち、その可能性は下がっていった。
 南瓜は、できのいいもの、悪いものも含めて、無差別に破壊されているようだった。家によっては、品評会に出す南瓜がことごとく無傷だったところもあるという。もちろん、品評会が開かれて以来、このようなことは起きてはいなかった。
「どうにも、意図が読めませんね」
「被害者の、誰にも心当たりもないみたいだし」
 彼の班にはリィムナと利穏が同行していたが、3人の得た情報を突き合わせても、まとまった答には至らなかった。品評会の妨害のためには思えなかったが、これで偽装されているというのならば、志体持ち並みに高度な技である。
 もう片方の班も、聞き込みでは同じような結論に至った。平五郎はさらに、倉庫をくまなく調べ、床下の穴や周囲に隠し通路などがこしらえてないか確認したが、得られるものはなかった。ただ、ジプシーたちの能力には霧の精霊をまとい、周囲の目から姿を隠すものがあるので、それが使われた可能性を意識した彼は、こっそり入り込める隙間があるかないかを人一倍気にしていた。
 あまり有益な情報が得られなかった開拓者たちだが、夜を迎えるにあたって、護衛のため倉庫に篭もりきることに決めた。依頼人に頼んで、倉庫の床に敷く布団を借り、それぞれ思い思いの場所で張り込みとしゃれこんだ。ひとりを立ち番とし、2人が南瓜の周囲で、さらには休憩をとる班も倉庫の中で休み、緊急事態においても万全の体制を取れるように備えた。
 成果が上がったのは、夜は更けているもののそれほど遅くない時間であった。天井がないため梁の上に潜み、感覚を研ぎ澄ませていた星晶に、かすかな足音が聞こえたのだ。兵五郎が入り口へ構えているので、来るとすれば裏の勝手口からであろう。
「ふむ‥‥」
 戸が小さく開く音がし、彼の予想を裏付けた。窓から差し込む灯りもなく、暗がりで詳細は見えないが、侵入者はアヤカシではないようだ。人の姿がかすかに動くのを、彼は確認し、影で縛り付ける機会をうかがった。
 予想通り、人影はせわしなく動きながらも、南瓜をひとつひとつ物色していた。そして、最大の南瓜に辿り着くと、人影は足を止めた。
 それを見計らって影を伸ばそうとした星晶よりも、リーゼロッテの術の方が早く、人影を捕らえた。周囲の空間もろともねじり上げてしまう強力な術だが、今回は軽くひねるだけで、人影に痛い目を味わわせるのには十分だった。
 術が決まると同時に、倉庫内に少女の鋭い悲鳴が響き、彼女は驚いて力を弱めた。どう聞いても、手練れの術士でも、あるいはリィムナの声ではなかったため、彼女が状況を理解するのに、多少の時間を要した。
 星晶が床に降りて間もなく、悲鳴を聞きつけた平五郎も中へ飛び込んできた。南瓜の周りに集まり灯りを点すと、そこには一同見覚えのある少女が、軽くひねられた腕を押さえて座り込んでいた。
「おいおい、なんでこんなところに」
 彼女が、昼間聞き込みをしていた農家の娘であることは、すぐわかった。平五郎の問いには、好奇心から依頼主の南瓜がどれくらいのものか気になって、という回答だった。
「俺たちがここでなにをしているか、わかるよね?」
 穏やかに星晶が質すと、彼女は彼の真意を読み取り、ハッとなって慌てて弁明を始めた。
「‥‥違います! あたしは見に来ただけです! 南瓜を壊そうだなんて、そんな」
「もう、知ってて来るだなんて、あなたお馬鹿さんね。でも信じてあげるわ」
 リーゼロッテは、彼女の姿を認めた瞬間、犯人ではないと直感で悟っていた。事実、彼女は志体持ちではなかったし、所持品を検めたが、破壊につながるものは見つからなかったのだ。また、なにものかが彼女を囮にしたわけでもなく、その後も倉庫は静寂を保ったままだった。
 倉庫や南瓜に別段問題ないことが確認されると、はたして、少女は兵五郎からこってりと説教を受け釈放された。かつて侠のものだった彼には、娑婆の住人であるはずの少女の後先考えない行動が目に余ったのだ。とはいえ、彼女の実家と依頼主にはこのことは伝えず、事実上お咎めなしの温情裁定である。
 この晩は、ほかに異状をきたすことなく明けた。床が硬く冷たいところで休むために、体のあちこちが痛みつつも、開拓者は翌日の聞き込みをこなした。2日目はさらに遠い場所に位置する農家へと足を伸ばしたが、初日と同じような情報が得られただけだった。ただ、犯行が短期間にこれほど広範囲に及んでいることは、複数犯でもなければ難しいのではないか、との予測を開拓者にもたらし、警戒の度合いを強めさせた。
 しかし、その不安とは裏腹に、結末はまったく別なところから現れたのである。
 2日目の晩も更け、夜明けの足音が聞こえてこようかというころ、立ち番を務めた志郎の視野に尋常ならざる灯りが飛び込んできた。それは、遠くから見ると通行人の行灯のように淡く光っていたのだが、闇の中で目を凝らしてみると、灯りの周りにはなにもおらず、明らかに宙に浮いているのがわかり、志郎の神経はいっぺんに張り詰めた。
「‥‥ふたりとも、ちょっとこちらへ」
 小声で、彼は倉庫の中にいるリィムナと利穏を呼び出した。3人は軽く意思疎通をしたのち、できるだけ倉庫から遠い位置で迎え撃つよう申し合わせると、接近戦を主とする利穏に休んでいる3人を呼び出すよう中に戻し、謎の炎を待ち構えた。
 その炎の正体がアヤカシであるということがはっきりとわかるまでには、少々の時間をおかなければならなかった。というのも、アヤカシの存在を察知できる結界を張れるリーゼロッテを起こすのに、利穏がかなり手間取ったからだ。星晶と平五郎はあっさり外へ向かったが、利穏のためらいについては、なぜそんなに時間がかかったのか問われても、答えるすべがない。
「アヤカシなら、最初からそう言えばいいのに、もう」
「‥‥すっ、すみません」
 はたして、結界を帯びたリーゼロッテが臨戦態勢で倉庫の外へ駆けだしてきたときには、すでに先手をとるリィムナの術が炸裂していた。相手が炎だということで、彼女は氷の矢を放ったが、それは一定の効果を上げたようだった。
 その術をもらってすぐ、灯りは激しく動き始めた。なにもない空間から火の粉を大量に吹き出して、最終的には大きさが倍程度ある、火球へと変貌した。志郎と星晶の研ぎ澄ませた耳に、別の音が入ってきたのは、それとほぼ同時であった。目の前の火球と同じく炎の揺らめく音であり、倉庫の周りにぽつぽつと増え始めていた。
「どうやら、囲まれているみたいですよ」
 いつの間にか、というより、なにもない場所から現れたかのように、炎は倉庫の周囲に分布していた。数は増えたものの、幸いにも、開拓者たちの人数で対応できないものではない。
「相手はこれだけじゃねえってか! どこから来やがるってんだ」
「南瓜が傷つけられる前に、なんとかしないといけませんね」
 星晶の忠告に志郎と平五郎が素早く対応し、ふたりは周囲の火球を目指して駆けだす。一方、倉庫の正面の火球へは、利穏が距離を詰め差しで対峙することとなった。
「依頼主さんの傑作は守らないと」
 緒戦の戦況は、開拓者たちが主導権を握っていたはずであった。それでもアヤカシを撃退できないのは、しかし、火球退治がいっこうに埒があかないからであった。潰しても潰しても、火球から飛び散った火の粉が、別の場所で集まり火球へと戻ってしまう。そのたびにまた、同じ手間をとられるのに、開拓者たちは少しずつ疲弊していった。
「これじゃ、きりがないよ!」
 ひと息入れたと時のための眠りの術も役に立たず、リィムナは焦りからつい弱音を漏らした。これで、この火球が陽動であったとしたら、万事休すである。
 きりがない、というリィムナの台詞を聞き、ここでリーゼロッテの直感が働いた。もしかして、火の玉のほかになにかがあるんじゃないかしら、そう思って結界を再び巡らせると、見事別の反応に辿り着いたのだ。
 それは、暗がりでわからないが、利穏の近くにある草むらの中からしていた。リーゼロッテは彼に指示したが、彼の位置からでは、火球の強い光に邪魔されて、陰がなお見にくい状態におかれていた。
「そこ!」
 しかし、彼の代わりに、志郎がその機会を逃さなかった。
「逃がしません!」
 夜の闇と混じるように、草むらへ志郎の影が伸び、なにかを確実に掴んだ。非常に小さいそれはしっかりと地面に固定され、逃げようともがいていたが、彼が次に放った石つぶてにやすやすと貫かれると、はたして、動くのをやめた。
 その瞬間、これまで手こずっていた火球が、跡形もなく消え失せた。後に残されたのは影に掴まれていたなにかであったが、検めると、それは小さな、きわめて一般的な大きさの南瓜であった。瘴気を含んでいることから、どうやらこの南瓜が一時的にアヤカシ化したらしい。そして、瘴気が消えると共に、その南瓜は命尽きるかのように、ばりっと音を立てて破裂した。
 それから、開拓者は朝日を迎えるまで待機したが、以降、倉庫に異変が起こることはなかった。ありえない話ではあるものの、迎える朝日が、南瓜の形をしていなかったことに、リィムナはちょっとだけ安堵した。
 品評会当日を、依頼人は上機嫌で迎えることができた。利穏が心配していた、例の最大の南瓜も無事、業者の手によって会場に搬入された。これで、開拓者の役割は終了である。
 とはいえ、品評会のほかには、直売所や出店など、ちょっとした祭りの体をなしているため、開拓者がこれを楽しんではいけないという法はない。面々は眠い目をこすりつつも、思い思いに仕事のあとの余暇を満喫しようとしていた。
 開拓者が守り抜いた南瓜は、文句なしに大きく、出品された南瓜の中でもひときわ異彩を放っていた。ここまで大きくする秘訣は、手間暇かけることもそうであるが、品種と土壌が重要ではないか、という話である。利穏は最大の南瓜がどうなっているのか、自重でつぶれたりしないか、気になる点を依頼人から聞き出していた。
 そのほかにも、大きさは劣るものの、形や色により優劣を競う部門もあり、色とりどりの南瓜が展示され、見物客の目を楽しませていた。中には、指先ほどの南瓜もあり、物珍しさからかなりの耳目を引いていた。
 開拓者たちは品評会の南瓜で目を楽しませていたが、実際のところ、それだけでは物足りなかった。花より団子、ということわざのごとく、出店で地元の農産物を使った料理をいろいろと探し求めていた。
 依頼にちなんで、志郎は南瓜の料理を楽しんでいたが、その中でもそうめん南瓜なる、細長くほぐれた和え物を珍しげに賞味していた。リィムナに至っては、次から次へと出店をはしごし、普通の子どもとあまり変わらない楽しみ方をしているようだった。
 平五郎は、出店を楽しみつつも、出店の若者と世間話を交わしていた。リーゼロッテは、演奏や舞踊の発表を横目で眺めつつ、仲間のはしゃぐ様子を観察していた。また、星晶はふらふらと出店を見て回り、途中で見つけた、骨董市に掴まっていた。
 そうやって、秋晴れの1日は瞬く間に過ぎていった。はたして、依頼人の南瓜は下馬評通りに1等賞を受賞し、おおいに溜飲を下げた。そして彼は来年へ向け、さらに大きな南瓜を作るよう、すぐに土作りへいそしむのである。
 収穫の季節が終われば、間もなく天儀には冬が訪れる。それを乗り越えるためには、人びとにはこのような憩いのひとときが必要なのである。それには開拓者であっても、大きな差異はなかった。
 冬の足音が、ひときわ大きく聞こえようとしていた。