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■オープニング本文 商いにおいて、普段はあまり協力しようとしない菜乃花屋の父娘ではあったが、毎年訪れるこの時期ばかりは、様子が違っていた。来週から始まる、神楽の都の『文化祭』の準備が、いよいよ大詰めを迎えていたからだ。 この年に一度の催事には、菜乃花屋も毎年出店してい、近辺で採れた農産物の直売や、天儀各地から取り寄せた食材による料理などをふるまっていた。今年もそれとやることは同じではあるものの、しかし、その忙しさは近年にないほどの段階に至っていた。それは、仕入れ先である各地の農家が軒並み、直接的にせよ間接的にせよ、なんらかのアヤカシの脅威にさらされてしまったことに起因していた。 その結果として、菜乃花屋は商品と材料の不足に頭を悩ませていたのである。それだけではなく、各地から神楽の都に集まってきている料理人たちをはじめとする手伝いの多くが、このあおりを受け地元へ帰ってしまっていた。 まだ当日までには時間が残されていたが、この時点で進退窮まった状態にあったことは、菜乃花屋の主人、政種は幸いにもはっきりと把握していた。しかし、わかっていたところでいずれ対処をしなければ、なにも知らなかったのと同じことである。そのため、彼はいま、体力も知力も総動員し、ことに当たっていた。 とはいえ、努力と根性で知恵がつくわけもなく、彼はまだ終わらない準備に汲々としつつ、浮き上がってくることのない案に待ちぼうけを食っていた。 「開拓者に、お願いしたら?」 彼の窮状を見かねてか、あるいは多忙に根を上げたか、娘の緋夏が助言した。はじめ彼は、ギルドに依頼することについていかがなものかと逡巡していたが、ふと、以前の娘の商売に付き合ってもらったことを思い出すと、憑きものがとれたように、晴れ晴れとした表情を取り戻した。 「そうだな」 はたして、政種が長い思考ののち、結論を出した。さっそく、緋夏がギルドを訪ね、掲示板にその依頼が張り出された。 その依頼が、開拓者あづちの、初めて受ける依頼となったのである。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 十野間 月与(ib0343) / 明王院 千覚(ib0351) / 无(ib1198) |
■リプレイ本文 依頼のため集まった開拓者を見渡し、依頼人である菜乃花屋政種は、自分たちの下した判断は正しかったのだと安堵した。彼はもう、この時点で今回の出店を成功させたような気分になってい、お世辞にも人数が多いとは言えない救援ではあるが、それにお構いなく話を始めた。 あづちは、政種の注文の多い説明に、内心慌てていた。いくら手練れの開拓者とはいえ、急に店を、しかも料理など任せてしまっても大丈夫なのだろうか。たしかに、自身を含めた開拓者は、志体を持つものの集まりであって、それなりの能力はあるはずである。しかし、その開拓者に、はたして商才が備わっているかどうか。 しかし、あづちの予想は、さいわい外れていた。 食べることについて得意なだけあって、礼野 真夢紀(ia1144)の料理の腕は、自他ともに許すほどのものである。もちろん、素材の目利きにおいても、その精度は追随していた。彼女が、料理をとりしきることを決定し、それぞれ役割を分担することとなった。 真夢紀を補佐は、実家が民宿を営んでいるという明王院 千覚(ib0351)と姉の十野間 月与(ib0343)がすることになった。ふたりとも家業の手伝いを通じて飲食店の運営には経験があるため、こういった場には適任なのだろう。ただ、月与は今回は、主に舞台裏にまわり、出店の設営に手腕を振るうことに決まった。 はたして、この3人の主導によって、開拓者の出店計画は始められた。まずは、実際にどの料理が出せるかを、はっきりさせなくてはならない。そのために行うことは、材料の仕入れである。祭りの当日までは日にちが少ないため、いま置いてあるものを、そのまま買い付けることしかできそうにない。同時に併設する直売所に並べる農産物もあわせて、真夢紀と千覚、そして和奏(ia8807)と无(ib1198)が、それぞれ品物を仕入れに、急ぎ足で神楽の都を飛び出していった。 その間、残る月与はあづちとともに、店内をどのようにするかの監督を行い、きたる当日に備える運びとなった。たしかに人数は少ない。しかしそれでも、依頼人の期待に応えるのが開拓者であり、それはかつての手伝い人にも当てはまるのだ。 忙しい数日間になりそうであった。 料理を担当とする真夢紀と千覚は、ある問題で悩まされていた。 「――まゆ、どうしましょうか」 千覚が心配し、つい真夢紀に声をかける。当初、彼女の頭の中では、主菜を丼もの3品、すなわち牛丼、海鮮丼と、野菜の天丼とする予定であった。そのうちの、魚介類と秋野菜は問題なく仕入れられる見通しが立っていたのだが、食肉のための牛は天儀では馴染みが薄く、まとまった数を用意するのには、ジルベリア産のものを頼りにするほかなかったのである。ただ、それには、ジルベリア産牛肉は、政種の想定する予算を大きく超えてしまっていた。 どうすべきか。牛肉を諦めるか、それとも策を講じるか。彼女は悩んだが、しかし、答えはすぐ出ていた。おいしいものに妥協してはいけないのだ。 「あたし決めましたわ」 相談の末、ふたりは大きく出た。ジルベリアから来、神楽の都に滞在しているという仲介業者に対して、じつは事後承諾ではあるのだが、菜乃花屋の名前を出し、あとでまた注文する、という交換条件で買い付けたのである。大きく値切る形となったが、その仲介業者は、これを機に天儀の販路が広がるならばと、ふたりの申し出を受け入れた。 これをのちに聞いた政種は驚いたが、できあがった牛丼を食べ、その味に納得し、その英断を評価した。この味は売れる、と。商売の機会は、急に訪れるものなのである。 神楽の都の近辺を探し回っていた和奏と无は、厳しい天儀の現実を、ごく一部ではあるが垣間見ることとなった。収穫数が少なくても、採れたてのものであればそれを売ってもらおうと思っていたのだが、見通しの甘さを痛感するできごとに遭遇した。ふたりに売るものさえない、それ以前に作ることすらできない農家を、いくつも発見したのである。それらの家庭は、農場がアヤカシのせいでぼろぼろにしまっているか、働けるもの自体が減ってしまったかして、なにも作付けができなかったのである。 かろうじてふたりは、大きさの規格が合わずに、選果から漏れてしまっていた地元産の果物をかき集め、詰め合わせで売るところまでに至った。これは真夢紀の助言でもあった。形は劣るものの、味はそれほど変わらない品が市価と比べて安く提供できるので、目玉の一つとして並べることができるだろう。これで、売り場はなんとかやっていけるはずである。 ふたりはそのほかに、飲食店で供するための酒、甘味なども揃え、ようやく仕入れを終えた。その足取りが心なしか重かったのは、疲労のせいだけではないようだった。 「アヤカシが原因なのは、消費者には関係ないお話ですよねえ‥‥」 「まあ、しょうがないだろう。私たちにできることをやろうじゃないか」 かろうじて目標の数量が仕入れられたが、現状は散々なものである。気を落とす和奏を、无と彼の尾無狐が慰めた。自分たちが買い付けることが、こういった苦境を強いられている農村の応援にもなっているんだ、と。 「あとは、千覚さんとまゆちゃんに任せるだけね」 店の設営は、仕入れの2組とはうって変わって順調であった。というのも、月与が経験を存分に活かし、まるで実家の店と同じような配置にしてしまったからだ。千覚の要望もあって、直売所と飲食店は隣り合わせとなっているが、それ以外は、ほぼ月与の記憶通りにこしらえてある。 だから、あづちは彼女の指示に従うだけで、頭を使うようなことはしなくても済んでしまっていた。 「開拓者になる前も、同じようなことしてたの?」 指定通り、黙々と机と椅子を並べているあづちへ、ふと月与は尋ねた。 「ええ、要は単なる手伝いなんですけどね。ただ、ぜんぶひとりでやってました」 開拓者になってみて、あづちはあらためて気づいたが、アヤカシとの戦闘を除けば、これまでにやってきたこととほとんど変わりはなかったのである。立場が縛られなくなったことは大きな差ではあったのだが。 それはよかった、と月与は意見を述べた。これまでと違う点は身分が保障されることだけではない。開拓者ギルドという組織を通じて、協力したりされたりすることができるのだ。それは彼女に、必ずやいい影響をもたらすだろう。 開拓者たちの努力が実り、会場はほぼ完成し、仕入れも滞りなく終了した。あとは最後の仕上げをし、当日を待つのみである。当日の準備は、開拓者総出で行うこととなった。料理の下ごしらえ、商品の陳列方法など、いまから詰めなければならないことはいくらでもあったので、開拓者たちは最後まで忙しさから解放されることはなかった。準備がすべて終わり、広告を貼り付けるのが終わったのは、もう当日の未明となっていた。 神楽の都、菜乃花屋の位置する商店街が開催する文化祭は天候にも恵まれたため、大変な人出であった。政種の店以外にも、舶来ものの展示販売、大安売りにたたき売り、果ては無料配布など、人びとの耳目を集める催しが各所でとり行われていた。その中で、開拓者たちの店はほぼ終日、盛況を保っていた。とくに真夢紀が思い切って仕入れた牛丼は評判が高く、昼を過ぎてすぐに完売になってしまったほどである。 そのため、店内は準備で散々疲労した開拓者に、さらに追い打ちをかけるような慌ただしさとなっていた。政種と緋夏に裏方はとりしきってもらっていたが、そのふたりでさえ嬉しい悲鳴を上げる始末だったので、開拓者にとっては、言わずもがなの有様である。 売り物以外でも、この店は人目を引いた。和奏の連れてきた『姫』、人妖である。それを看板娘にした効果は抜群で、店の看板に腰掛けたまま呼びかけただけでも、客はその物珍しさから、店にしっかりと寄っていってくれるのだった。 午後になって、月与はまかないで振る舞い汁を仕立てたので、客足が途絶えることはまったくなかった。直売所を任された无とあづちは、伸びゆく会計待ちの列にはらはらしどおしで、次から次へと客の対応に追われていた。それだけで済んだのは、ひとえに千覚の知恵のたまものである。客が用意しやすい金額を設定することで、釣りの返却ができるだけ簡易になるように調整してあるのである。これは経験のなせる技、というよりほかにない。 はたして、それぞれの持ち場を担当した開拓者が喧騒のまっただ中から釈放されたのは、日も暮れて夜になってからであった。朝からの長い1日、菜乃花屋にとっては1年でいちばん長い日のうちの1つが、ようやく終わろうとしていた。 みな、疲労困憊ではあったが、表情にはやりきったという充実感が色濃く出、不満の色は誰も見せることがなかった。今年は売り物の調達が困難を極めたが、その不利を見事に跳ね返したのである。政種は大いに喜び、開拓者たちをあつくねぎらった。 その中で、あづちはひときわ楽しそうに、満面の笑みを浮かべていた。共同作業がこんなに楽しいものだったとは思ってもみないことだったのだ。そして、これまでなにごともひとりで解決しようとしたころとは比べものにならないほど、気が楽であった。 明日からまた、商店街はいつもの佇まいを取り戻すだろう。今年、この祭りに足を運んだ神楽の都の住民は、また来年も来ようと思ったに違いない。こういった地域の活動は、小さくても続けることが大切なのである。政種も緋夏も、そのことは重々承知していた。だから、来年はもっと大きな店を出そう、そう心に念じていた。それは開拓者たちにとっても、同じ気持ちであっただろう。 政種は、今度は、開拓者ギルドそのものに出店を依頼しようとも、考えていた。 |