|
■オープニング本文 ※このシナリオはパンプキンマジック・シナリオです。オープニングは架空のものであり、DTSの世界観に一切影響を与えません。 秋の空が澄み、高く冴えわたるほど、不眠に患っている祁瀬川景詮の眠気と機嫌は増悪していた。午後からの家臣たちの報告の最中、うっかりうとうとと船を漕いでいたところを元綱に諫められ、景詮の不快感はついに飽和状態に達した。 見かねた綾継が午睡を薦めたが、景詮はかたくなにそれを拒んだ。昼間から寝ているようではあるじとして様にならないだけでなく、なおさら夜に寝付けないからである。そのため、しっかり夜に寝付けるように、寝床では香を焚いたり、按摩などさせたり、景詮は以前から侍女に指示していたのだ。 症状の解消にあの手この手を努めていようとも、しかし、景詮の症状がいっこうに改善する様子がないことに、綾継は別の理由を疑った。意を決した彼は、就寝前、景詮の寝る座敷を訪れ、怒られるのを覚悟で話を聞こうとした。 はたして、綾継はこの賭けに勝った。寝間着姿の景詮は、布団でもまんじりともせず、綾継の問いかけに存外素直に反応した。 「情けない話だが、悪い夢を見てな」 「悪い夢?」 「あまり覚えておらなんだが‥‥とにかく、よくない夢だ」 天下三不如意ではないが、たしかに、夢の内容は本人にはどうしようもないことではある。あるじが夢でうなされることもあるという事実に驚き、綾継は、一計を案じた。 「悪さをなす憑きものを、ご祈祷でお祓いしてもらうというのは」 そういった類のものに慣れていない景詮は、そこまでしなければならないのか、といささか及び腰であった。そこを、最後はアヤカシの仕業かもしれないなどとあれこれ弄し、ついに、綾継は施術の約束を取り付けた。 「それで、祈祷を頼むあてはあるのか」 「ええ。開拓者に」 サラリと綾継が放った答えを聞き、景詮は、表には出さなかったが、嫌な予感がした。 いや、これから起こる不幸を確信した。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / 无(ib1198) / それ。(ib8044) / 熊田 千世子(ib8062) / 矢野 茉季(ib8069) |
■リプレイ本文 北面では、ここ数日のうちに急速に気温が下がり、暦の上ではすでに冬を迎えたことを端的に表現していた。問題の解決のため、祁瀬川景詮の居城に特別に招かれた開拓者たちは、政務の合間を縫い、本人と面会することとなった。 「あまり実のある会話にならぬかもしれませぬが、悪しからず」 久賀綾継によると、意識がはっきりしてはいるものの、思考能力は著しく落ち、不眠の影響は如実に表れているようだった。景詮はもうすぐ戻りますので、と彼は言い、開拓者たちを座敷へ通した。 閲兵を終えた景詮が現れたのは、それから四半刻ほどあとだった。景詮は目に見えるほどぼんやりとしてい、いつもは鋭い視線をしばしば宙に泳がせていた。寒さのせいか体調もすぐれず、発熱か火照りのためか、顔もほんのりと紅潮していた。 「うなされるのは、どんな夢なの」 口火を切ったのは、矢野 茉季(ib8069)である。彼女ははじめ、これをだれかの所為ではないかと予想していた。もしそうならば、悪夢の内容は毎回大きく変わることもないだろう。しかし、ぽつりぽつりと景詮がかたるところによると、悪夢の内容は、多岐にわたるようだった。 脈絡もなく、しかもたまに寝ぼけているのかわけのわからないことを述べる景詮に、開拓者は非常に苦労した。綾継いわく、職務中は意識がしっかりしているというので、その揺り戻しがおきているのかもしれなかった。 「どうしたんやろ‥‥日ごろのストレスかいな? これ食うてみ?」 熊田 千世子(ib8062)があげた飴ちゃんも無表情のまま、景詮は口の中で転がしているだけだった。これほど起き続けているのであれば、普通すぐ眠りに落ちるほどの強い眠気があるはずだが、それを受け入れないようにも見えた。そこで景詮にはすぐにでも横になることを千世子は提案したのだが、領主としての体面や面子を気にし、それだけは拒んでいた。 「運動などは、されておられますか?」 礼野 真夢紀(ia1144)の質問にはぼやぼやとしながらも、それなりに、と玉虫色の回答をした。体力を維持する運動は、日頃の稽古で怠っていないはずである。ただ、書類の扱いにかかずらう時期、つまり秋から冬にかけてには、それも思うようにいかないこともあるのがしばしばだった。 「よく寝る秘訣は、良く食べ、良く寝、良く遊ぶことなりが‥‥」 「1日くらい、なにか実際に試してみるのもいいんじゃないでしょうか」 平野 譲治(ia5226)や无(ib1198)が示す案はたしかに効果的かもしれなかったが、それは今の状態では無理に近い要求だろう。せめて一晩でも、寝てから行わないことには、景詮の身体がもちそうになかった。 「音楽で、なんとかならんもんかねえ」 三味線をいつも持ち歩いているそれ。(ib8044)の提案は、それとは逆に、十分実現できる段階のものであった。話し合いの結果、開拓者はまず手始めに、音楽など様々な手を使い、できるだけ眠りやすい状況を作って、一晩を過ごそうと計画した。それで眠れてしまえば問題は解決してしまうし、もちろん、外部からなんらかの干渉あるかどうかを調べる意味でも、それは重要だった。 その夜のため、開拓者は急遽東奔西走した。神楽の都まで飛び、安眠に必要なものを思いつくかぎり買いあさった。中には、効果のほどがやや疑わしいものもあったが、そこは祁瀬川家の財布からということで、躊躇せず購入を決定した。 はたして、景詮が全ての準備を整えたが、開拓者はそれを見、滑稽さに思わず吹き出しそうになるのを、必死で表に出さないよう耐えた。景詮の寝間着はジルベリア調の薄絹のワンピースで、枕や布団も同様の羽毛入りのふかふか、そして周囲には香やらなにやらの安眠のための道具が、景詮の寝室いっぱいに所狭しと置かれていた。普通では異様に思えるこの風景も、思考能力の低下している景詮には指摘することすらおぼつかなかった。 間もなく、就寝の時間が訪れた。隣の部屋ではそれ。が三味線を、ゆっくりした調子で眠気を誘うよう弾き続け、また真夢紀が景詮の枕元にて、瘴気が流れ込んでいないかを調べる手はずとなっていた。手の空いている4人の開拓者と家来衆は、屋敷の内外で、くせ者の動きがないか交互に調べるよう申し合わせた。 これだけ準備された寝室で、真夢紀は、思わず自分が寝そうになってしまうほどであった。依頼人が目の前で居眠りという粗相はすまじとの緊張感から、彼女はかろうじて眠気には耐えたが、景詮は相変わらず、まんじりとさえしなかった。 「‥‥やはり、眠れませんか」 景詮は彼女の問いに、はっきりと頷いた。 「夜の方が、目が冴えてな」 昼間の眠気がひどい分、夜にそのつけが回ってしまっているようだった。考ると眠気が腫れてしまうため、真夢紀はすぐに、別の質問に切り替えた。 「寝具は冷たくないですか?」 景詮の回答は、疲労が色濃く表れているものの、ことのほか穏やかだった。布団に火熨斗をあらかじめ当て、温度を上げていたことは有効ではあったが、それを安眠につなげることは残念ながらできなかった。 「問題ない。ありがとうよ」 「心配事でも、おありですか」 そこかしこで火が使われていたために、寝室の気温は暑くも寒くもなかったが、景詮は邪魔だからと言って布団を上半身だけはだけていた。暗がりの中で、景詮は独り言のように、なにかしゃべり出した。事実かどうかは定かではないが、うわごとではなく、はっきりと理解できる言葉である。ふたりは相づちもせず、訊き返すこともせず聞き役に徹した。 それ。が弾く三味線の音が、大きくなったような気がした。言葉を紡ぐ唇と、薄い寝間着に包まれただけの彼女の胸が、寝室の中で陰影をひときわ色濃く残し、小さく、一晩中動いていた。夜明けまで、この3人は眠らなかった。 あるじが寝ないこと以外、この屋敷に変わった点はなかった。景詮は昼間は仕事をするため、次の夜までは、開拓者たちだけの作戦に費やされる。 「こうなったら、一緒に寝て、一緒に夢見て、悪夢を撃退っ! なりよっ!」 会議の場で、最後の手段を、平野 譲治(ia5226)はぶちあげた。真夢紀やそれ。と比べると、十分な睡眠を取っているために思考も元気も絶好調である。 「んなことが、できるんかいな?」 千世子の懐疑にも、彼は自信を持って安心するよう伝えた。開拓者なら、他人の夢に入り込むことができたとしても、それほど不思議はない。 「本当は、獏に任せたいところなんですけどね」 「不眠の相手を、どうやって寝せるんですか」 无が懐の尾無狐を撫でながら、同意した。茉季のもっともな質問については、彼はある仮説を用意していた。 「今までずっと寝られないと言うことではなく、寝てもすぐに悪夢で起きてしまうという悪循環になっているのではないかと思います。一瞬だけでも、眠りに入ったその瞬間をつくんです」 酒の力を借りれば、それほど難しくないと彼は踏んでいた。夜は静かな分、その静けさがなおさら気になってしまうのだろう。それならば、宴会よろしく明るくしたまま、昼間と同じ状態で待てばよい。彼が大まかな流れを指示し、またもや開拓者たちは買い出しへと走った。 彼の作戦は、見事奏功した。酒も例に漏れず、ジルベリアのきつい蒸留酒、ヴォトカを用意し、少し口にしただけでも十分に酔いが回るようあつらえた。景詮は特別酒に弱いわけではなかったが、ここにきての飲酒は、相当の威力であったようだ。 景詮がうつむいて黙りこくったのを確かめ、全員の視線が譲治へと集まった。彼は皆を大仰な手振りで、自分と景詮の周囲を取り囲むように集めた。そしてひとりひとりに蝋燭を持たせたあと、最後に藁人形を取り出し、意味のわからない、謎めいた呪文を彼は唱え始めた。 「‥‥はっへるったっ、むんっふねったっ、みんにっしめっとっ‥‥」 後から考えると、彼の用いた術がどういう原理なのかはまったく見当もつかない突拍子のないものであった。しかし、そのときはそれでうまくいったのだ。開拓者たちが我に返ると、屋敷とは全く異なる、別の空間へ移動していた。 「これが夢の中‥‥? ここで私たちはなにをすればいいのでしょう」 景詮の姿も見えず、茉季の質問には返答がなかった。しかし、譲治には、ここが景詮の夢の中であり、原因となる悪夢を解消することが解決絵の糸口であると確信していた。 「その夢って、いくつかおましたやろ‥‥」 それ。がなかば呆然としつつ、景詮の話を思い出していた。夢の話であるから、本当はいくつかあるかは、景詮本人にすらわからない。ただ、悪夢の度合いの大きい、いくつかのものを解決すれば、それだけ寝られる可能性も高くなるに違いなかった。 夢の中の世界であって、実態はとてもとりとめのないものであった。特徴的だったのは、本筋とは関係ない話が、どんどん発展していくということである。そのため、悪夢がどこで始まっているかを確かめるために、開拓者たちはどんどん夢を遡っていかなければならなかった。 悪夢の内容は、まさしく多岐にわたっていた。そして、景詮の悪夢の世界に取り込まれないようにするために、開拓者はそれ相応の努力をしなければならない羽目に陥っていた。 その中でも最大の危機は、芹内王率いる北面勢と、景詮の壱師原衆が、原因は定かではないが武力衝突したときのことであった。夢の中とはいえこれほど凄惨ないくさになったのは、やはり本人に原因があるのだろう。開拓者たちは潰走する壱師原衆に味方し、戦が終わる前に軍を立て直した。そして、敗軍の将として景詮が馘首されるのを阻止すると、たちまちその悪夢は崩れ、次の夢へと場面は遷移していった。 事実としてのよりどころが全くない他人の夢を、ひとつひとつ変えながら渡り歩いていくのは、百戦錬磨の開拓者といえども精神的にくるものがあった。景詮が『普通の女の子』として暮らしている夢では、それがなぜ悪夢なのかわからないほど、平和な夢であった。 无はそれを、強烈な自己否定から来るものと推察したが、それが正しいかどうかは誰にも答えられない。結局のところ、夢に我慢できなくなった景詮が早くなんとかしろと開拓者たちに懇願し、その場から連れ去ることによって、その悪夢は無理矢理の解決をみた。 ささいなものも含め、開拓者たちがいったいいくつの悪夢の『話の腰を折った』かは数え切れない。そのたびに景詮は、取り乱したり、慌てふためいたり、困り果てたり、現実では見られない姿を晒していた。ひとの反応として、どちらかといえば夢の中の方が自然な感じもしたが、夢の終わりは、突如訪れた。 最初、譲治は先ほどの部屋に戻ってきたのかと錯覚したが、まだ夢の中であることにあることに気がついた。彼の前にうつむいて座っていたのが、景詮ではなかったからだ。そこには、別の少女が正座してい、景詮は彼女の後ろで――刀を振りかぶっていた。 「だめです!」 景詮が刀を振り下ろす前に、間一髪、茉季が間に合い、景詮に組み付いた。彼女は景詮の動きを完全に封じたわけではなかったが、歴戦の開拓者たちが反応するのには、それで十分だった。 「離せ! こやつを斬らねばならんのだ!」 夢はすぐに終わった。現実に戻る瞬間、座っていた少女は顔を上げた。 无と真夢紀には、彼女の顔に、大いに覚えがあった。 次の瞬間、開拓者たちが気がつくと、景詮は座りながら、うつらうつらと船を漕いでいた。夢にうなされている様子も見られず、寝床に移すと、そのまま深い眠りへと落ちていった。 「やっぱりストレス発散には、ぱーっと買い物するんが一番やな、なあ景詮ちゃん!」 明くる日は、千世子の提案により、景詮を休ませて神楽の都へ繰り出す算段となった。あいかわらず財布は景詮が握っているため、開拓者たちには遠慮が見られない。景詮も、例の奇抜なよそ行きで、買い物を楽しんでいるように見えた。 「どうしました? 无さんもなにか買いましょう」 茉季に声をかけられた无は、残念ながら乗り気にはなれなかった。彼は懐の尾無狐に、こっそりと声をかけた。 「きみは、あの子の顔、見ましたか?」 彼の記憶では、夢の中のあづちの表情は、安らかな微笑だった。 |