血呑児
マスター名:ホロケウ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/17 07:58



■オープニング本文

 ●祝い事は盛大に
 その年、村では赤子の誕生を祝う祭りが開かれようとされていた。
 普段は大人しい村の老人達がここぞとばかりに張り切り、準備のために村中を慌しく移動している。
 「あれはどこに仕舞ったか」とか、「料理はこれでいいのか」とか、実に忙しそうである。
 しかし、村では少子化が進んでいる訳でも、高齢化が進んでいる訳でもなかった。
 現に、老人達に付き添う形で子供達も準備に取り組んでいた。
 「おばあちゃん、それは違うよ」とか、「おじいちゃんが倒れた!」とか、こちらも忙しそうにしている。
 では、なぜ祭りを開こうということになったのか。
 別段、生まれた赤子が奇跡のような力を持っていた訳でもない。
 どこにでも居る、普通の可愛い赤子である。
 だが、その理由を説明すると、まさに奇跡があったのではないかと考えてしまうかもしれない。
 生まれた赤子が原因なのではなく、生まれた赤子の数が原因なのだ。
 全員で、七人。
 これだけの人数が、ほぼ同じ時期に集中して生まれたのは、村が始まって以来の珍事だった。
 両親達が示し合った訳ではない。偶然に出産が早まったり、偶然に出産が延びたりした結果である。
 これを知った村一番の長寿の婆さんが、「これはお導きに違いない!」と断言したことも原因の一つだろう。
 かくして、村は新しい命の誕生を、祭りという形で迎えることになった。

 ●事件は唐突に
 そんな中、とある平屋では夫婦が困り顔を浮かべていた。
「もっと普通に祝ってくれるだけで良かったんだけどなぁ‥‥」
 夫の嬉しくなさそうな口調に賛成するように、妻は「はぁ」とため息を漏らした。
 村からすれば祭りに相応しいことでも、当人達も同じような気持ちとは限らない。
 少なくとも彼ら夫婦にとっては、運の悪い出来事となってしまったようだ。
 そんな沈んだ空気を敏感に感じ取ったのか、静かに眠っていたはずの赤子が突如として泣き出し始めた。
 まだ意味のある言葉を発せない赤子は、何事にも声を張り上げて自己主張を行う。
 そして、そこに遠慮という言葉はなく、無遠慮という言葉は意味を成さない。
「あああああああああああああああっ!」
 文字で表現するよりも数段喧しい音量で、赤子は何かを訴えていた。
 最初は機嫌が悪くなったのかと思い、夫婦で懸命にあやしていたが、どうやら求めるものは別らしい。
「おむつは、さっき変えたばかりだしねぇ」
「お腹が空いてるんじゃないのか?」
「それも、さっき与えたはずなんだけどねぇ」
 夫の提案に、妻は口では否定しながらも服を開けさせ、赤子を乳に近づけてみた。
 すると、それまで騒いでいたのが嘘のように静かになり、赤子は一生懸命な様子で乳を吸い始める。
「そら見ろ、やっぱりお腹が空いてたんじゃないか」
 夫は予想が偶然当たってしたり顔を浮かべていたが、妻の表情は訝しげなままだった。
「ん‥‥んんっ‥‥?」
「どうかしたのか?」
 妻の声を聞き、ようやく夫も異変に気づく。
 顔を上げない妻を心配して、夫が妻の顔を覗き込もうとした瞬間だった。
「いったーーーーーーーーいっっ!!」
 突然妻が痛みの悲鳴を上げ、抱えていた赤子を天井近くまで放り投げてしまったのである。
 夫は驚いてその場に腰を抜かし、赤子の体はゆっくりと重力に従い始めた。
 脆い赤子が硬い床に叩きつけられて、無事で済むはずがない。両親は慌てて腰を浮かした。
 我が子の命が危ないのだ。父と母はこれまでの人生で一番の力を発揮したに違いない。
 しかし一瞬遅く、両親の手は赤子を掴むに至らなかった。
 赤子の体は無常にも床に落下し、生まれたばかりの儚い命を散らす。
 その結末を確信して、両親の顔面は喪失感に歪み、生気を失って蒼白になった。
「「えっ」」
 一瞬後、唖然とする両親。
 それもそのはず。
 頭から落下したはずの赤子が突然宙で体を捻り、両手を両足を使って見事に着地したからである。
 突然に神童として目覚めたか、という両親の儚い期待は、赤子が足で直立した瞬間に砕かれた。
「キシャァァ!」
 目を開けられないはずの赤子が白目を開き、生えるはずのない牙を剥き出しにして両親を威嚇する。
 その表情は見慣れた我が子のものではなく、まるで鬼のような形相だった。
 刹那、恐るべき跳躍力を発揮して、赤子は家の窓から外へと飛び出して行ってしまった。
 騒がしかった家に、再び静けさが訪れる。
 しばらく呆然としていた両親は、ゆっくりとお互いの顔を見合わせた。
「あ」
 夫は、妻の乳から血が滴っているのを発見して声を漏らす。
 どうやら赤子に生えていた牙が食い込んだようである。
 夫の視線に気付いて、妻はようやく自分の傷を自覚した。
 それから再び顔を見合わせると、
「うわぁぁーーーーっ!?」
 ようやく状況を理解し始め、二人は恐怖に絶叫したのであった。

 ●解決は迅速に
 ギルドから派遣された雅楽生 与平太(iz0116)が村に到着した時、既に被害は二件目が発生していた。
 二件目も一件目と同じで、被害者は赤子を生んだばかりの母親。
 被害内容も同じで、胸部に牙を立てられ、傷を負わされたらしい。
 夫に凄まじい剣幕で睨まれながらも、与平太が傷について詳しく調べた所、胸部の傷はただの噛み傷ではなく、吸血痕であることが判明した。
 どうやら犯人は、赤子そっくりに化けるアヤカシらしい。
 目撃情報から推測するに、元々赤子くらいの大きさしかなく、逃げ足だけは速いようだ。
「乳呑児ならぬ、血呑児って、ところ‥‥かな」
 自分で言っておいて馬鹿馬鹿しくなり、与平太は照れ隠しに頭を掻いた。
 ちなみに、本当の赤子は何故か食われておらず、二件とも必ず家のどこかで寝かされていたらしい。
 奇妙な習性を持つアヤカシだが、場合によっては、母親になったばかりの女性が二人も死んでいるかもしれない事件だ。
 与平太は早急にギルドに依頼状を張り出すように伝達し、開拓者達が来るのを村で待つことにした。
 そして、不意に思ったことを口にした。
「女性の開拓者が来なかったら、どうしよう‥‥」


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
レイア・アローネ(ia8454
23歳・女・サ
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
春風 たんぽぽ(ib6888
16歳・女・魔
闇野 ハヤテ(ib6970
20歳・男・砲


■リプレイ本文

 ●ひぐらしがなく前に
 開拓者達は村に到着すると、西回りと東回りの二手に分かれて夫婦の住む家を一軒一軒訪れることにした。
 その内の西回りの三人組が、二件目に被害に遭った夫婦の家と訪れた所、
「僕達の運命の糸がどうやって結ばれたか知りたいだって? あんまり人に話したくないんだが‥‥まぁ、いい。
 話をしよう。あれは三十六万‥‥いや、一万四千年前だったか‥‥」
 来客を迎えた夫が、聞いてもいないのに夫婦の馴れ初め(らしきもの)を勝手に話し始めた。
 三笠 三四郎(ia0163)は当然のようにそれを無視して、その妻から話を窺う。
 妻は慣れているのか、最初から夫の存在を眼中に入れていなかった。
「それでは、被害に遭われてからはずっと?」
「ええ、やっぱり我が子を信じられないのは辛いですから‥‥」
 妻の胸には、静かに眠る赤子が抱かれている。
 アヤカシに化かされたせいで、妻は赤子を片時も離せないような状態になっていた。
「やれやれ。こいつは早くアヤカシを倒して、皆を安心させてやらないとな」
「ヘンタイなアヤカシを撲滅です! いや、ヘンタイに限らずとも撲滅ですけど!」
 淡々とした口調の闇野 ハヤテ(ib6970)とは反対に、春風 たんぽぽ(ib6888)の言葉には力が篭もっていた。
「ま、まぁ私は狙われないでしょうけど‥‥」
「相手は(変態な)アヤカシ。(たんぽぽさんを襲うなら)容赦などするだけ無駄」
 どこか弱気なたんぽぽの口調とは反対に、ハヤテの台詞には鋭い殺気が感じられた。
「能力的に、吸血鬼ですかね‥‥っと、私達はそろそろ失礼しますね」
 三四郎がこれ以上聞き出すことがないと判断して、仲間を連れて次の夫婦の家へ移動しようとした時だった。
「お嬢さん」
 それまで勝手に喋り続けていた夫が、何の前触れもなくたんぽぽに声を掛けた。
「そんな装備で、大丈夫か?」
 どうやら、たんぽぽがアヤカシを油断させるために武器を所持していないことを心配しているらしい。
 たんぽぽは夫を安心させるため、笑顔でこう答えた。
「大丈夫です。問題ありません」

 一方、東回りの三人組は、こんな話をしていた。
「夏に血を吸うのは蚊の類かと思ってましたが‥‥」
「赤子に化けるアヤカシとは、なんと卑劣な‥‥!」
「赤子とすり変わって、何故その赤子を害さなかったのかは不思議ではありますが、被害がなかったことを喜ぶべき、なのでしょう。
 せっかくの幸運なのですし、この幸運が尽きぬうちに解決したいところですが」
「確かに。浚われた赤子も心配だ。一刻も早くアヤカシを捕まえねばな」
 女三人寄れば姦しいとは、まさにこのこと。
 アナス・ディアズイ(ib5668)、レイア・アローネ(ia8454)、鹿角 結(ib3119)の三人は、アヤカシの潜む夫婦の家を目指している。
 何故いきなり敵の位置が把握できているかと言えば、結の持つ鏡弦のおかげだった。
 弦を弾いた際の、共振音の僅かな差異からアヤカシの位置を大雑把に確認できるこの技術は、今まさにその有用性を遺憾なく発揮していた。
「と、ところで、囮役‥‥って、その‥‥乳をやるんだよな‥‥?」
 それまでとは打って変わった口調で、レイアが気になっていた話題を持ち出す。
「アナス、結、やるのか?」
 アナスと結は無言で互いの顔を見つめた後、同時にレイアに視線を転じた。
「‥‥私は構いませんが」
「私も同じく」
 あまりに即答だったためか、レイアは驚愕を禁じ得なかった。
「そ、そうか‥‥勇気が‥‥い、いや、任せたぞ!」
 アナスはレイアの反応を見て何かを思い付くと、
「レイアさんはやらないのですか?」
 と、質問した。
 すると、レイアは誰の目にも明らなほど狼狽しながら、
「い、いや、私はその‥‥そう! 私は武器を預かるから!」
 と、分かりやすく誤魔化した。
 その必死な様子がおかしくて、結とアナスは噴き出すのを堪えられず、レイアはようやく事態に把握する。
「お、お前達、私をからかったな!」
「申し訳ございません。あまりに必死だったので、つい‥‥」
 丁寧に謝罪するアナスに、レイアが釈然としない表情を浮かべていた頃、
「どうやら、あちらの家にアヤカシが潜んでいるようです」
 何度目かの鏡弦を試した結が、進行方向よりやや右にある家を指差して報告した。
「どうやら地図によると、梅澤(ウメザワ)という夫婦が住んでいるらしい」
「偶然にも、ちょうど入り口から真南の家ですね。これならいずれ、西回り組とも合流できそうです」
 与平太から渡された地図を広げて、レイアが住人情報を確認し、それを脇から覗き込む形でアナスが位置情報を確認する。
「ならば、急ぎましょう。被害が出てからでは遅いので」
 結の言葉に二人は首肯し、アヤカシに気取られないように細心の注意を払いながら、急ぎ足で目的の家に向かった。
 時刻は既に夕刻。村は余す所なく赤く染まっていた。
 そろそろヒグラシの声が聞こえてきそうだと思うかもしれないが、彼らは秋頃に登場する虫なので、今回は出番はない。
 読者の予想を裏切った所で、場面は次に移る。

 ●おっぱいに貴賎なし!
「失礼致します」
 律儀に声を掛けてから、結は梅澤宅の扉を開いた。
「これはこれは、開拓者の方ですね。ようこそいらっしゃいました」
 横幅の広い梅澤夫は三人に歓迎の言葉を伝えると、「何も無い所ですが」という常套句を呟きながら座敷へと案内した。
 座敷では夫とは正反対の、細身で美しい梅澤妻が胸に赤子を抱きながら三人を迎えた。
「ようこそいらっしゃいませ。こんな格好で失礼しますね」
 どうやら授乳の時間らしく、梅澤妻の服は少し開いている様子だった。それを見て即座に、結が梅澤妻の前に滑り込む。
「可愛らしい子ですね‥‥少し抱かせて頂いても?」
「え、ええ‥‥どうぞ」
 結の勢いに圧倒され、梅澤妻は迷う暇すら与えられずに、赤子を彼女に差し出した。
(鏡弦で感じた感覚に間違いがなければ、今私が抱いている赤子がアヤカシのはず‥‥)
 結は事前に心覆を発動させて動揺を感じ取られないように努力していたが、いざ赤子を胸に抱くと、緊張を隠し切れなかった。
 赤子アヤカシはその際の僅かな筋肉の硬直を違和感として感じ取ったのか、いきなり暴れて結から逃れようとする。
「あらあら、お腹が空いたのかしら」
 何も知らない梅澤妻が赤子を受け取ろうとするので、結は慌てて距離を置いた。
「申し訳ございません。勘付かれたようです」
 何とか赤子を抑えながら、結は作戦が失敗したことを仲間に報告する。
 意味を理解したレイアは、預かっていた武器をアナスに放ると、表へ飛び出して思い切り笛を吹いた。
 事前に決めていた、アヤカシ遭遇時の集合用の合図である。
「キシャアァ!」
 赤子に化けたままだったアヤカシも、ようやく正体が暴かれたことを理解すると、擬態を解いた。そのまま、結の胸を口に銜える。
「きゃっ‥‥!」
 服を貫通して結の胸に突き刺さった牙は、意外にもあまり痛みは感じなかった。むしろ──。
「んっ‥‥こ、この感覚は‥‥少々まずいですね‥‥」
 凛々しい雰囲気を崩さなかった結の表情が乱れ、その頬に赤みが増し始める。
 その姿は敵に襲われているのに妙に艶かしくて、アナスは無意識の内に唾を飲み込んでいた。
 ──むしろ、何とも言い難い、奇妙な気持ち良さを覚えてしまうのである。
「ゆ、結、大丈夫‥‥か?」
 戻ってきたレイアは予想外の光景に、遠慮がちに声を掛けるしかできなかった。
「キシャ!」
「え」
 しかし、レイアの声に先に反応したのはアヤカシの方だった。
「このアヤカシ‥‥私のことも狙っている?! ま、待て! 私は乳は出ないぞ!?」
 レイアは慌てて迎撃体勢を整えようとするが、アヤカシの素早い動きが先手を打った。
 結の体を蹴って跳躍すると、そのままレイアの胸にしがみ付いて牙を突き立てる。
「こ、こら‥‥やめろ‥‥きゃ‥‥!!
 に、逃げるわけにはいかな‥‥ふあぁ‥‥つ、捕まえなければ‥‥!
 んんっ‥‥というか、何故胸を? 血を吸うなら、ど、どこでもいいだろう!?」
 レイアは胸を狙われてうろたえたせいか、意味も無いのにアヤカシに抗議していた。
 結の時と同じように、その表情は辛そうと言うよりも、快楽を我慢しているようにしか見えない。
「キシャアアアッ!」
 二人の血を吸ってテンションが上がったのか、アヤカシは次の目標としてアナスに視線を向けた。
 見れば、彼女はレイアの服よりも更に布地の薄い、女性用水着を着用している。
「キシャ、キシャア!」
 これに一層機嫌を良くしたようで、アヤカシは躊躇をすることなく、アナスの胸に飛び込んだ。
 アナスはアヤカシを歓迎するように笑顔を浮かべて、腕を広げている。‥‥って、『笑顔』で?
 危険を察知した時には、もう遅い。アナスは無防備に飛んできたアヤカシを両腕でしっかりと捕獲すると、
「淑女を穢す輩に捧げる夏の光はありません。とっとと瘴気にお戻りください」
 眩しいほどの笑顔で丁調に抹殺宣言で告げて、オーラドライブを発動させた。
 そして次の瞬間、アヤカシの股間辺りを狙って、思い切り膝を蹴り上げた。
「アッー!!」
 彼女のポイントアタックは見事成功。
 駆けつけた西回り組の男性二人が思わず渋い表情を浮かべるほど、アヤカシに果てしない激痛を与えた。
「キシャァ‥‥」
 股間を押さえながら床をごろごろと転がるアヤカシだったが、歪む視界の隅にたんぽぽの姿を捉えた。
 途端に、先ほどまでの痛がりようがまるで嘘のように、たんぽぽ目指して大きく跳んだ。
「キ、キシャア!」
「えぇ!? わ、私ぃ‥‥!?」
 驚くたんぽぽは体が硬直している上、迎撃するための武器を所持していない。
 『やったか!?』と内心でアヤカシが吸血成功を期待した時だった。
「雄雄おおおぉぉぉぉっ!」
 三四郎が大地を響かせるような雄叫びを突然上げたため、アヤカシは驚いて意識を彼に向けた。
 刹那、まるで刃物で斬られたような鋭い剣気を三四郎から浴びせられ、アヤカシの勢いが著しく衰える。
 その一瞬の猶予を見逃すことなく、ハヤテはたんぽぽの前に割り込むと、持っていた短筒の銃口をアヤカシに向けた。
「‥‥誰に断りいれて襲おうとしてんだ。あ?」
「‥‥ッ!」
 アヤカシが思わず絶句するほど、ハヤテの表情は憤怒と憎悪と嫌悪と激怒が満ち、溢れた分が彼の体から広がっているように感じられた。
 普段は淡々として冷めた印象を与えるハヤテには珍しい、彼の貴重な暴走シーンである。
「赤ん坊になりすましてるの、気持ちわるいんだよ」
 ハヤテは宣言通り、一切の容赦を考えもせず、たんぽぽを襲おうと開かれたアヤカシの口に短筒を捻り込んで、引き金は引いた。
「キシャーーーッ!」
 弾丸の勢いで飛ばされたアヤカシは、口内を暴れる痛みに再び転げ回る。
 そんなアヤカシを逃がすまいとするように、二つの影がゆらりと現れた。
「よくも、やってくれたなぁ‥‥?」
「このお礼は、きちんと返しませんとね‥‥?」
「キャッ!?」
 恐る恐るアヤカシが顔を上げてみると、そこには笑顔を浮かべる結とレイアの姿があった。
 この時、アヤカシは初めて知ることになる。
 『笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点なのだ』と。
 最も、この後すぐアヤカシは全員から総攻撃を喰らい、文字通り塵すら残らぬ結末を迎えることになった。

 ●HENTAIは去って
 アヤカシが消滅すると、どこで赤子が泣き出したので、開拓者達は慌てて家中を捜索した。
「確かに、この辺りから声はするのですが‥‥」
「あ、居ましたよ!」
 壷の中を探していた結がアナスの方に振り返ると、彼女は押入れの奥から赤子を抱えて現れた。
「おぎゃ、おぎゃー!」
「ああ、良かった‥‥」
 けたたましい音量で泣き叫ぶ赤子を、梅澤妻は涙を浮かべながら抱き締める。
 母の匂いを感じて安心したのか、徐々に赤子の声は小さくなっていった。
「しかし‥‥何故あのアヤカシ、赤子に手を出さなかったのだろうか‥‥」
「当のアヤカシは消えてしまいましたし、迷宮入りですね‥‥」
 レイアは当然の疑問を口にしたが、三四郎が返答した通り、残念ながらその解答を持つ者は既にこの世に居ない。
「そういえば、母乳って母体の血液が主成分だと聞いてますけど、随分トチ狂ったアヤカシでしたね」
「やっぱり、胸じゃなくて良かったんだな‥‥」
 三四郎が思い出したように呟いたが、レイアが言った通り、本当に胸である必要があったのかどうかの真相も、闇に消えてしまった。
「はぅ‥‥武器が無いのがこんなに不便だなんて‥‥っ!」
「えっと、‥‥甘味マップを持ってますからお茶でもいきますか?」
 落ち込むたんぽぽを慰めるように、ハヤテは懐から甘味マップを取り出した。
 デートに誘っているようにも見えるので、嫉妬した何者かに爆破されるかもしれない。
 ともあれ、こうして事件は見事に解決した。
 村人達は開拓者達に感謝を示し、彼らの活躍は素晴らしかったと口々に称えた。
 しかし、後に瓦版の記者が村に住む男に取材をした所、男はこう答えた。
「あいつらは最初から私の言うことを聞かなかったよ」
 男はその後、勝手に妻との馴れ初め(らしきもの)を一通り話して満足すると、最後にこう付け加えた。
「ま、いい奴らだったよ」