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■オープニング本文 ●頼船沼の大蝦蟇 突然だが、自己紹介をさせてもらう。 オレは頼船沼って人間共が名付けた沼に住む、図体のデカい蛙だ。 名前は、ない。好き勝手呼ばれてる名前なら沢山あるが、少なくともオレに名前はない。 いつからこの沼に居るのかは、正直あまり覚えてない。 どこからか移ってきた気もするし、生まれた時からここに居るような気もする。 どちらにしても、些細なことだった。 今のオレはここを気に入っている。そして今の所、ここを出て行くつもりはない。 ここを気に入っている理由の一つに、沼の東に住む人間共が挙げられる。 あいつらはいつの間にかそこに居て、木の住処をいくつも作っていた。 ある時、気まぐれでその住処を覗こうとしたら、人間共はオレを見て大層驚いた。 自分でも体は大きな方だと思っていたが、どうやら人間共にオレの大きさは想定外のものだったらしい。 最初の頃の人間共は極端で、オレを見ると逃げ出すか、震える足で喧嘩を売ってくるかのどちらかだった。 だが、気まぐれで沼に迷い込んでいた童子を助けてやったら、人間共はいきなり態度を一変させた。 あれだけ萎縮して震えていた奴らが、図々しくて馴れ馴れしい奴らばかりになってしまった。 それから、定期的によく分からない建前を告げてオレに食料をくれるようになり、現在に至る。 鬱陶しい時もあるが、気まぐれで何かしてやると勝手に喜んで食料を豪勢にしてくれるので、蔑ろにはしない。 素っ気無い態度を取ることが多いが、オレは人間共を密かに気に入っていた。 ●始まりはただの好奇心 日に日に陽光が強烈になり始めたある日、オレは見回りも兼ねて、沼の中を散歩していた。 人間共なら腰まで沈んでしまうような沼も、オレからすれば足が浸かる程度の深さしかない。 のんびりと異常がないか確認していた所、北の淵でそいつを見つけた。 昔のオレならそれが何か分からなかっただろうが、人間共と交流のある今のオレにはそれが何か分かった。 時折、人間共が使っている、煙を吸い込むための細長い筒だ。 吸い口が細くなっていて、反対側の筒の先は丸くなっており、薄く煙が立ち上っている。 だが、その筒はオレが知っている物とは明らかに違う部分があった。 簡単明瞭。大きさだ。 人間が片手で持てる物ではない。オレのような巨体用に作られた図太い筒だった。 何故こんな所にそんなものが──という疑問よりも、オレはそれを見て単純に興味を覚えた。 人間共がどうして美味そうにこの筒から煙を吸うのか、前々から知りたいと思っていたからだ。 オレは左右を見渡して周りに人間共がいないことを確認すると、右の前足で人間のように筒を持ってみた。 見よう見真似だったが、中々様になっているような気がして、気分が高まる。 若干の不安を勢いで押し流して、オレは思いっきり筒の吸い口から煙を吸い込んでみた。 途端に、筆舌し難い奇妙にして絶妙な味が口の中いっぱいに広がり、そして全身に快楽が駆け巡った。 そノまま飲み込んでしまいたかった煙を惜しミながら吐き出し、再び筒を口に付ケる。 体中ヲ快楽の波がもう一度通り過ぎ、オレは全身ヲ震わセた。 ソウして、気がつけばオレは二時間以上モ筒から煙を吸イ続ケテいた。 ダガ、尚も煙ヲ吸ウのガ止めラれなイ。 今まで知ルコトのなかった味覚ガ、快楽ガ、オレを魅了シテ狂わセていル。 もっと、もッと、もっト、モッと、モット味わっテいタい。 オレが更なる快楽ヲ求メてイると、不意に筒ガ喋ったヨウな気がシタ。 ──人間共を殺せば、もっと美味い煙を吸うことが出来るぞ、と。 すっカリ筒カラ出ル煙の虜とナッテイたオレは、そノ提案ニ一瞬の躊躇モなく賛成シテイた。 ●沼の主の暴走 大蝦蟇が暴れているとの報告を受けたギルドの調査役が現場に到着した時、既に村は半壊状態だった。 沼側の村の住居はほとんど面影も残さず破壊され、残りの住居だけがまだ綺麗な形を残している。 幸いにも村人の避難は早い段階で完了していたため、怪我人は十人程度。死亡者は一人もいなかった。 騒動の原因である『沼の主』と村人から呼ばれるものの姿は、村の中央に在った。 一通り暴れて満足したのか、崩れた家屋にもたれ、六米にも及ぶ大蝦蟇が巨煙管を銜えて寛いでいる。 その姿にはどこか憎めないものを感じたが、調査役は事態を再認識して、慌てて考えを修正した。 早急に大蝦蟇を倒す為、調査役は討伐要請をギルドに送ろうとしたが、村の子供達に制止されてしまった。 「大ちゃんはこんなことをする奴じゃない。きっと何か事情があるんだよ!」 大ちゃんというのは、どうやら村の子供達の間で呼ばれている大蝦蟇の名前らしい。 子供達は必死の形相で大蝦蟇の無実を唱え、巨煙管が怪しい、煙が怪しい、と訴えた。 一方で、恐怖に怯えた大人達は、調査役に早く討伐要請を送るように急かしていた。 「蛙野郎は私達人間のことを好く思っていなかった。ついに本性を現したんだ!」 大人達は過去の出来事を持ち出し、大蝦蟇が如何に凶悪な存在であったのかを語った。 調査役はどうすべきか悩んだが、場の空気が険悪になることを懸念して、決断を発表した。 「大蝦蟇を倒すか、それとも生かすかは、やって来る開拓者達に任せます。 先ほどの話を開拓者の方に話すのは結構ですが、彼らの判断を必ず尊重して下さい」 調査役の話に納得したのか、騒いでいた村人達が徐々に静かになっていった。 かくして、紫煙を燻らせている大蝦蟇の命運は、開拓者達の手に握られることとなる。 |
■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
氷(ia1083)
29歳・男・陰
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
トカキ=ウィンメルト(ib0323)
20歳・男・シ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●選ばれた者達の選択 今にも雨が降り始めそうな曇り空の下で、大蝦蟇は煙管の火が消えることなど微塵も心配していない様子で紫煙を吸い続けていた。 その呑気な態度を、遠方から観察する男が一人。 男は道具を一切用いず、己の遠視術のみを活用して、大蝦蟇の様子を探っていた。 「坊主共が言ってた通りだな」 アルバルク(ib6635)は収集した情報が正確だったことを確信すると、僅かに口元に笑みを浮かべた。 「目の色が充血したみてぇに真っ赤になってやがる」 傍に控えていた仲間の一人、鳳珠(ib3369)はそれを聞いて、小さく頷いた。 村人達から集めた情報によれば、本来の大蝦蟇の目は黄色いらしい。 本当に充血だったとしても、何かしら大蝦蟇の体に異変があった証拠だった。 「しかし、あのでっかい煙管、誰が作ったのかねぇ」 「都合良く、あんなバカでかい煙管を作る奴がいるものか!」 笹倉 靖(ib6125)から加護結界を施されていた巴 渓(ia1334)は、彼の惚けた口調に鋭いツッコミを入れた。 渓の言う通り、余程の狂人でなければ、大蝦蟇に合う大きさの巨煙管など作ろうとも思わないだろう。 氷(ia1083)はぼんやりとした瞳で大蝦蟇を眺めながら、村の子供達の話を思い出していた。 「大ちゃん、ねぇ? ま、アヤカシじゃないんなら無闇に退治すりゃ良いってもんでもないしな」 ふぁ、と欠伸しながら、今回の依頼の要の一つを懸念する氷。 即ち、大蝦蟇を殺すのか、生かすのか。 この決断について、霧崎 灯華(ia1054)がこのように村人達に告げていた。 「うーん、じゃあ煙管を排除して一発ぶん殴って正気に戻れば生かす、ダメなら倒すって事でどうかしら?」 合理的で村人達の望みに叶った提案。しかし逆に考えれば、彼女自身はどちらでも良いということ。 実際に、彼女は大蝦蟇が煙管を手放さなければ、腕ごと斬り落とすつもりでいた。 表面上は全員その意見に同意する形となっているが、内心では反対意見の者もおり、開拓者達は完全に纏まっている訳ではなかった。 その証拠に、氷の発言を受けて、場の雰囲気が少し険悪になるのを村雨 紫狼(ia9073)は感じた。 そこで彼が取った行動は、 「いやー今回、野郎ばっかだったんでどーしたもんかと思ったがっ! 灯華たんと鳳珠たんが入ってくれたからなーお兄さん大ハッスル〜☆」 突然大きな声を出して屈伸を始めた紫狼に、唖然とした表情で驚く仲間達。 しかし数秒後には全員で表情を崩し、彼の緊張感のなさを責め始めるのであった。 ●頼船村での激突 事前に瘴索結界を発動させていた鳳珠は、大蝦蟇に歩み寄る途中で巨煙管に瘴気の反応を感知した。 「やはりあの煙管がアヤカシの様です」 「それじゃ、煙管を狙う作戦に変更はなしだな」 鳳珠の言葉を受け、渓が確認すると、他の開拓者達は異論はないと首肯した。 一人離れた位置で待機するアルバルクには、靖が体全体を使って作戦継続と伝える。 余裕があるのか鈍感なのか、大蝦蟇はかなり接近するまで開拓者達に一瞥もくれなかった。 これを好機と見て、アルバルクは仲間達が配置についたことを視認すると、構えていたマスケットの引き金を引いた。 戦闘開始を告げることになる彼の弾丸は、見事に巨煙管に命中。金属音を響かせて、大蝦蟇を驚かせることに成功した。 続いて行動を開始したのは、渓と紫狼の最前列を務める二人。 「うらぁッ!」 まずは渓が瞬脚で一気に加速すると、勢いを殺さずに跳び上がり、青い閃光を輝かせながら煙管に踵落としを繰り出す。 大蝦蟇が咄嗟に煙管を退かせようとしたため、望み通りの威力は発揮できなかったが、確実に煙管に損傷を与えた。 次に、渓とは対角線上となるように移動していた紫狼が、自分に注意を向けるために咆哮を上げる。 期待通り、大蝦蟇の狙いは渓から紫狼に向いたが、 「って、地味にヤバくね‥‥?」 紫狼の予想通り、大蝦蟇の攻撃は予想を超えた速度だった。 視界の隅に紫狼を捉えるや否や、持っていた巨煙管を振り上げると、力任せに地面に叩き付けた。 その迫力や、間一髪で圧死を回避した紫狼の体に冷や汗を浮かばせ、その破壊力や、砕いた地面の欠片を彼に浴びせるほどだった。 飛散した小石や土の塊は砲術師の放つ銃弾の如し。氷は近くに作り出していた結界呪符が、たったの一撃で消滅したことに驚きを禁じ得なかった。 「おいおい、どんな馬鹿力だよ」 文句を言いながらも、紫狼が体勢を整える時間を稼ぐため、氷は黒死符を大蝦蟇に向けって放った。 刹那、三枚の符は黒い虎のような形に変じ、大蝦蟇の腕と腹に喰らい付いた。 大蝦蟇は痛みに声を漏らしたが、すぐに腕を振るって虎を薙ぎ払い、氷を睨み付ける。 蛇に睨まれた蛙ならぬ、蛙に睨まれた人間状態だが、その眼力に氷は圧倒されてしまった。 「余所見してんじゃねーぞぉ」 正に大蝦蟇が氷を襲撃しようとした寸前で、靖は煙管を標的に選んで白霊弾を撃ち出した。 放たれた三発の内、一発が外れたが、残りの二発は狙い通りに煙管に当たっていた。 だが、まだまだ煙管に目立った傷はついていない。 「サンキュー、鳳珠たん!」 「いえ、お気遣いなく」 鳳珠が閃癒を用いて紫狼の傷を治療と、紫狼は彼女に礼を言ってすぐに駆け出し、再び咆哮を上げた。 再び大蝦蟇は紫狼に注意を向けたが、アルバルクはその隙を見逃さず、格好の狙撃位置に滑り込むと同時に銃を撃った。 放たれた弾丸は氷が作った白い壁のスレスレを通り過ぎ、前回と同様に煙管に的中して金属音を響かせる。 この時の発砲光が見えたのか、大蝦蟇は遠く離れた位置から攻撃を仕掛けてきている者の存在を察知したようだった。 アルバルクが急いで瓦礫の陰に身を隠し、大蝦蟇の注意が逸れることを祈っていた時、ポツリと冷たい感触を頬に覚えた。 見上げてみれば、不運にも曇天がいよいよ雨天へと変化しようとしていた。 「シケられると困るんだよなぁ‥‥火薬が濡れちゃいけねえ」 雨が上がることを期待するアルバルクだったが、次第に雨は激しさを増し始めた。 ●雨露の中の決戦 呪縛符で動きを鈍らせながら、カマイタチのような式を突進させる灯華。 狙いは寸分違わず大蝦蟇の手に命中し、斬り裂かれた表皮から血が滴っていたが、まだ大蝦蟇は巨煙管を放そうとしない。 「いい加減放しなさい!‥‥それとも、そんなにこの煙管を吸いたいのかしら?」 荒く息を吐きながら、灯華は大蝦蟇の予想以上の強硬さに辟易し始めていた。 既に戦闘が開始されてから、十分が経過している。 雨は益々に勢いを増し、寒さが開拓者達から体力を奪うようになっていた。 一方で、大蝦蟇は雨の勢いなど全く無関係な様子で、まだまだ力強い眼力を崩していない。 だが、煙管にはダメージによる傷が目立ち始めており、渓の絶破昇竜脚によって、小さくはあるがひび割れも入っていた。 「ああしんど‥‥瞼が重いぜ‥‥」 氷は大蝦蟇によって破壊された結界呪符を再構成した後、白い壁に凭れるように座って、瘴気を回収し出した。 既に氷は何度か瘴気回収を試みているが、思ったよりも回復量は少ない。 「うお、危なー!?」 大蝦蟇が煙管を薙ごうとしたのを見て、紫狼は素早く回避を行った。 咆哮を持つ彼は仲間がピンチになる度に注意を自分に向け、その度に程度の差はあれど傷を負っていた。 鳳珠は彼の傷を癒すことを惜しまなかったが、紫狼は彼女の表情に疲れの色が見え始めていることが気掛かりだった。 『そろそろ決着をつけたい』と、開拓者達が望んでいた時だった。 大蝦蟇は煙管を口に銜えると、巨体を更に膨らませるように、紫煙を大きく吸い込んだ。 それが煙による攻撃の予兆であることを悟った靖と灯華は、被害を少しでも逃れようと風上へ向かうように仲間に呼び掛けた。 だが移動が完了する前に、大蝦蟇が自分の足元に向かって、吸い込んだ紫煙を全て吐き出してしまう。 途端に、周囲は濃い霧のような大量の紫煙に包み込まれ、視界が一気に零になる。 おまけに、紫煙は肌をピリピリと刺激するような痛みと、吐き気を催すような悪臭を伴っていた。 灯華は紫煙による攻撃を危惧して、濡らした手拭いで口元を覆っていたが、手拭いに悪臭が染む込むことは想定外だった。 一方、紫煙に毒気が含まれていると予想した靖は、自身に解毒を施したが、全く効果が見られなかった。 同じように、鳳珠も自身に解術の法を試してみた所、一瞬だけ気分が楽になったが、すぐに元の状態に戻ってしまった。 どうやら紫煙の中から抜け出さないことには、同じ症状が続いてしまうらしい。 紫煙の範囲外から攻撃を行っていたアルバルクは、仲間達が煙の中に取り残されたのを見て、思わず瓦礫から飛び出した。 灰色の紫煙は雨中でも関係なく漂い続けており、中の様子は全く窺えない。 仲間を救出するためにアルバルクが走り出そうとした瞬間、煙の中から何かが飛び出してきた。 否。アルバルクを目指して、大蝦蟇が跳んで来た。 咄嗟の機転で、アルバルクはダナブ・アサドを発揮すると、強烈なボディプレスを紙一重でかわした。 僅か一秒遅かっただけで、彼は瓦礫と大蝦蟇に挟まれて重傷を負っていただろう。 「ついてないぜ‥‥」 アルバルクは武器をマスケットから短銃二挺に持ち替えながら、目の前に立つ大蝦蟇を見上げた。 仲間達は紫煙に閉じ込められており、今の彼は孤立無援。 おまけに雨の影響で火薬が湿気ているため、抵抗もできない可能性がある絶体絶命。 まさか単独で立ち向かう状況に追い込まれるとは思わず、アルバルクは自身を不運だと嘆く他なかった。 「ゲゴ‥‥」 図太い鳴き声を漏らしながら、アルバルクに振り返る大蝦蟇。 目の錯覚か、その瞳の赤は戦闘前よりも薄まっているような気がした。 「来いよ蝦蟇野郎。巨煙管なんて捨ててかかって来い」 アルバルクの挑発に乗せられたのか、大蝦蟇は彼を叩き潰さんと煙管を天高く振り上げた。 だがそれが振り下ろされるよりも早く、アルバルクが両手の短銃を巨煙管に向けて引き金を引いた。 ここからは、奇跡の連続だと表現するのが相応しい展開だった。 まず、湿気ていたはずの彼の短銃が二挺とも着火し、放たれた弾丸が煙管に命中して、ひび割れを深くさせた。 そして、振り下ろされようとした煙管を避けようとした所、アルバルクは足元の瓦礫に躓いて、体勢を崩してしまった。 しかし、崩れた体勢の所を煙管が巻き起こした衝撃に掬われたおかげで、彼の体は宙を飛び、潰されずに済んだ。 更に、大蝦蟇が力任せに煙管を地面に叩きつけた結果、煙管がその威力に耐え切れずに、ひび割れ部分からポッキリと半分に折れてしまった。 半分に分かれた煙管は、内部から血のように赤い煙を立ち上らせると、最終的に自身も紫色の煙に変化して空気中に霧散した。 大蝦蟇は煙が消えるまで呆然と眺めた後、唐突に苦悶の表情を浮かべ、何度も咳き込み始めた。 まるで、体内に残る何かを吐き出そうとしているように見える。 ようやく紫煙が晴れて呼吸を整えられるようになった開拓者達は、離れた位置で苦しむ大蝦蟇を見つけたが、すぐには状況を把握できなかった。 そこへ、吹き飛ばされて軽く負傷したアルバルクが現れる。 「巫女の嬢ちゃん、出番だ」 彼にゼムゼム水を掲げながら呼び掛けられ、鳳珠はようやく自身が何をすべきか理解した。 二人はゲゴゲゴと鳴き声を漏らす大蝦蟇に近寄ると、まずアルバルクが持っていたゼムゼム水を彼の口の中に放り込んだ。 次に、鳳珠が解術の法を唱えて、大蝦蟇を藍色の光で包み込む。 仲間達が黙って様子を窺っていると、大蝦蟇の口が一層大きく開かれ、その奥から紫煙がもくもくと溢れ出した。 その状態が十秒ほど続くと、紫煙は口の中から出なくなり、大蝦蟇は全てを吐き出したのか、満足そうな様子だった。 ●事件は解決? 暴れていた時の記憶がないのか、大蝦蟇は半壊した村を驚いたように眺めた後、ゆっくりと沼に向かって移動し始めた。 その背中に向けて、鳳珠が声を掛ける。 「しばらく身を潜めて下さい。そして、時々子供達を救って下さい」 大蝦蟇は鳳珠に視線を向けたが、結局、何も言わずにそのまま沼の奥へと消えてしまった。 「しかし、随分と手強い大蝦蟇だったな。 案外、いままでも弱いアヤカシなら退治してくれてたりとかしてたんじゃないかね?」 「同感。蛙退治は初めてだけど、ここまで厄介だとは思わなかったわ」 氷の感想に、灯華は疲れきった表情で頷いた。 結局、彼女が血刀を振るうことはなかったが、その理由が接近できなかったからなのかどうかは、彼女以外知らない。 「村雨、よくやったじゃねえか」 渓は、自身の動きに合わせて移動し、囮役として素晴らしい働きを見せた紫狼の活躍を褒めようとした。 だが、当の本人はと言うと、 「俺を癒して鳳珠たーん! あ、灯華たんの膝枕でも超オーケー!」 彼女の事など全く無視して、普段の調子で鳳珠と灯華に言い寄っていた。 何となく気に食わなかったので渓が紫狼に向けて拳を振り上げると、彼は「ぼうりょくはんたーい!」と主張しながら、どこかへと走り出してしまった。 「折角だから、村の掃除少し手伝いたいかな」 「金にならねえ仕事はあんまり好かねえんだけどな」 村の惨状を見て、靖が村の掃除を提案しようとしたが、隣に居たアルバルグは露骨に嫌そうな顔をされてしまった。 村の被害状況は全体的に見れば半壊で止まっているが、それでも全ての瓦礫を撤去していれば相当な時間が必要になるに違いない。 そして、撤去した後の復旧作業にもまた、同じ位の時間が必要となるだろう。 それと同じように、一度拗れた関係をすぐに元に戻すことは難しい。 特に今回の場合、一方は人間で、もう一方はケモノ。言葉による関係の回復は望めない。 騒動は治めることができたが、事件の解決にはまだしばらく時間が必要だろう。 降りしきる雨の中、まるで示し合わせたように、開拓者達は一斉にくしゃみをした。 |