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■オープニング本文 「家の雑用を頼みたいのじゃが」 「は?」 予想外の依頼内容に、受付役の女性は思わず間の抜けた声を上げてしまった。 慌てて居住まいを正し、「失礼しました」と謝罪するが、依頼主の老人は全く意に介した様子はない。 そこでふと、一年ほど前にも同じようなやり取りがあったことを、女性はぼんやりと思い出した。 「わしはばあさんと二人で山里の屋敷に住んどるんじゃが、老人だけじゃと、家中には手が届かんでのう。 高い所の掃除や、庭の雑草刈り、ちょっとした大工仕事なんかを、まとめて頼みたいんじゃよ」 「左様でございますか‥‥」 そういう仕事はお手伝いさんや自分の子供にでも頼めばいいのでは、と女性が考えていると、 「こんな小さな頼み事を開拓者の方にお願いするべきじゃないことは、重々承知しておる。 これは、老い先短いわしら夫婦のわがままなお願いなのじゃよ‥‥」 心を読んだようなタイミングの良さで、老人は申し訳なさそうに頭を垂れた。 「謝礼は弾む‥‥とは言っても、老人の少ない貯金の一部でしかないがのう」 そう言って老人が提示した謝礼の額は、相変わらずどこを見て少ないと謙遜しているのか、よく分からないほど充分なものだった。 そういえば、このお爺さんは大きな商店の元主人だったな──と、ようやく女性は思い出していた。 「それでは、依頼内容は細々とした雑用、ということで宜しいでしょうか?」 「ん。そうじゃのう。‥‥うむ。それで、頼もうか」 これまでとは打って変わって、歯切れの悪い老人の返答に、女性は自身の眉が動くのを自覚した。 このお爺さんは何か隠していることがある──そう確信した。 「失礼。依頼内容は、それでお願いします」 「畏まりました」 急いで言い直した老人の様子など一切気にしていない様子で、女性は淡々と承認の意を告げた。 それから老人は女性と二十分ほど他愛もない世間話を楽しんだ後、「孫の様子を見に行く約束をしていますので」と説明して、開拓者ギルドの施設を後にした。 女性は老人の姿が見えなくなったのを確認すると、膨大な情報を蓄積しているギルドの資料室に足を踏み入れた。 向かった先は、過去の依頼とその依頼主に関する情報をまとめた一角。 彼女はその中から、老人が過去に依頼した草刈り仕事についての情報を求めていた。 「‥‥あった!」 三十分かけてようやく目的の物を発見した時、女性は湧き上がった歓喜の声を抑えられなかった。 慌てて周囲を確認し、誰もいないことを確認すると、安堵の息を吐いて、ゆっくりと資料をめくる。 潮 一郎(ウシオ イチロウ)。それが老人の名前だった。 「うしお、うしお‥‥ああ、思い出した‥‥」 依頼主の調査報告書に目を通していた彼女は、潮 静南(ウシオ セイナ)の名前を見つけて呟いた。 ここで、訳が分からないよ状態の皆様のために説明しよう。 あんまり大した話ではないが、読み飛ばすのは賢明ではないだろう。というか、読んで下さいお願いします。 潮 静南は、一般人の潮 一郎と、一般人の潮 カズ子の間に生まれた、開拓者の娘である。 一般人同士の子が志体を持って生まれるのは珍しいケースではあるが、在り得ない話ではない。 まさに鳶が鷹を産んだ状態だった訳だが、鳶は鷹が鳶になることを、鷹は鷹として生きることを望んでいた。 十四歳になるまでは大人しく商人としての学識を勉強していた静南だったが、誕生日が過ぎた翌日には家を出て、開拓者ギルドの門を叩いた。 一郎は娘を危険な目に遭わせたくないと連れ戻そうとしたが、静南は頑なにそれを拒否。 結局折れたのは一郎の方だったが、その頃には静南は十七歳だったので、親子揃って頑固者だったようだ。 それから四年の月日が流れたある日、静南は依頼に出かけ、その先で行方不明となってしまった。 一郎とカズ子はこの事実に腰を抜かすほど驚愕したが、更に二人を驚かす事実が続いて浮上した。 なんと静南には結婚を前提に付き合っていた男がいて、その男との間には既に子供が生まれていたのだ。 静南と婚約していた開拓者の男は我が子を二人の孫だと簡単に紹介すると、一郎夫婦に子供を預け、さっさと静南を探すための旅に出てしまった。 静南を見つけて必ず引き取りに来ますと男は深々と頭を下げたが、ついに戻ってくることはなかった。 それから時は流れに流れて現在。当時は赤子だった孫も立派に成人して、一郎の営んでいた商店を引き継いでいる。 「──やっぱり、静南さんのことがまだ気になるのかしら?」 資料に一通り目を通した後、女性は懐かしむような表情で静南の容姿を脳裏に浮かべていた。 当時の彼女を知っているなんて、一体あんたは何歳なんだとツッコミたくなるかもしれないが、命が惜しければその謎は迷宮入りさせた方が良い。 彼女は今年も、来年も、再来年も、未来永劫、十七歳なのである。 「それとも、旦那さんの行方を気にしてるとか‥‥?」 続いて婚約者の男の容姿を思い浮かべようとした彼女だったが、あまり面識がなかったせいか、鮮明には思い出せなかった。 「どちらにしても、愛娘とその婚約者は行方不明。孫は自分の店を継いで多忙な日々。 老後は静かに過ごしたいって言っても、これは寂しいわよね‥‥」 改めて老人の状況を考えてみれば、寂しさを紛らわすために誰かと触れ合いたくなるのがよく理解できた。 元々反故にするつもりなどなかったが、女性はこの依頼が成立することを切に願うようになった。 |
■参加者一覧
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
レオ・バンディケッド(ib6751)
17歳・男・騎
春風 たんぽぽ(ib6888)
16歳・女・魔
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
闇野 ハヤテ(ib6970)
20歳・男・砲
シフォニア・L・ロール(ib7113)
22歳・男・泰 |
■リプレイ本文 「シフォニアさん、サボっちゃ駄目ですよ。こっちの畳もお願いします」 「はははっ。分かったよ」 春風 たんぽぽ(ib6888)に怒られ、反省の色なんて皆無の表情で謝罪を口にするシフォニア・L・ロール(ib7113)。 控えめなたんぽぽの叱咤では、彼に反省させるなど無理な話だった。 「それにしても、シフォニアさんってこういう時でもそういう服なんですね」 屈み込んで畳を持ち上げようとするシフォニアを見下ろしながら、たんぽぽは少し意外そうに訊いた。 彼は「シンプルが何でも一番」とよく言うのだが、その割に自分は装飾のゴチャゴチャとしたゴシック服を着る。 本日も例外ではなく、彼は好みのゴシック服を着て掃除作業に励んでいた。 「多少は汚れてしまっても気にしないからな」 「その心配もありますが、動きにくくありませんか?」 「体に馴染んだ服の方が動きやすいさ。それに──」 チラリと横目でたんぽぽを一瞥して、シフォニアは続けた。 「──いくら動きやすいからって、そういう服はご免かな」 意地悪な微笑を浮かべるシフォニアに、思わず顔が熱くなるのを感じるたんぽぽ。 本日の彼女の服装はいつもの制服のようなものではなく、動き易そうではあるが色気や可憐さなど皆無に等しい野暮ったい服装だった。しかも芋色。 「い、いいじゃないですか! 一番動きやすいんですよ! それに、吸水性抜群! そ、そもそも掃除に女らしさは必要ないですよ!」 必死の形相で抗議するたんぽぽに、再びシフォニアは「はははっ」と小さな笑い声を上げた。 それから彼女はぶつぶつと呟きながら不機嫌そうな表情をしていたので、彼は機嫌を取るために真面目に畳を干すことにした。 往復すること五回目。汗を拭いもせず畳を移動させる彼に、ようやく彼女が声をかけた。 「やっぱり私も手伝いましょうか?」 「こう見えても力は結構あるからな。大丈夫さ、これくらいの力仕事」 余裕の表情で答えられては、控えめな性格の彼女ではこれ以上口を挟むことはできない。 実際に彼は疲労感をあまり感じてはいなかったが、強い日差しのせいでやや室温が上がっており、否応無しに体が火照っていた。 「自分で言うのもなんだが‥‥俺に畳は似合ってないな」 七回目の往復を終えた時、ようやくシフォニアは自分のゴシック服と畳という物がミスマッチであることに気が付いた。 その時、屋根の上から一際大きな声が聞こえてきたので、何事かとシフォニアは外へ出て空を見上げた。 たんぽぽも驚いた様子で彼の隣に並び、同じく空を見上げる。 屋敷の屋根の上では、レオ・バンディケッド(ib6751)と闇野 ハヤテ(ib6970)が補修作業を行っていた。 「な、何でもねぇぜ!」 見上げる二人の存在に気付いて、レオはぎこちない笑顔を浮かべながら異常はないと言う。 彼と向き合うような位置に座っているハヤテは何も言わず、背中に回されたレオの右手をじっと見つめていた。 目は口ほどにものを言うと聞くが、ハヤテの場合は喋る以上の効果で原因を訴えていたので、二人は何も言わずに再び掃除作業に戻っていった。 「一流騎士は大工仕事もできねぇとな!」 と言って意気揚々と補修作業を始めたレオだったが、今まで雑用などほとんどやったことない彼は、当然ながら失敗を繰り返した。 鋸を握れば危うい格好で板を切ろうと奮闘し、 「何だこの鋸! 全然切れねぇじゃねぇか!!」 と、まるで自分の実力のせいではないというように声を上げ、最終的に微妙にずれた板が出来上がった。 今度は釘を打とうと金槌を持てば、いつ自分の指を潰してもおかしくないような危険な体勢で、 「中々刺さんねぇなこの!!」 と、躍起になって更に金槌を振る腕に力を込め、結局自分の指を打ってしまった。 その一部始終を傍で黙って見ていたハヤテは、のんびりとした動作で晴れやかな空を見上げると、 「いい天気だな‥‥紙飛行機がよく飛びそうだ」 と、のんびりとした口調で言った。 「こ、今度はハヤテが釘を打つ番だぜ」 ようやく痛みが退き始めたのか、レオは右手に金槌を持ってハヤテに差し出した。 ハヤテは無言でそれを受け取り、ゆっくりと振り上げる。 「まぁ、ハヤテにはしんどい作業かもしれないから、疲れたならすぐに俺と替わっていいぜ」 「‥‥‥‥」 ハヤテは上目遣いに彼を一瞥すると、トントントントンと調子の良い音を響かせて釘を叩き始めた。 多少は釘が動きはすれど、レオのように右往左往している訳ではない。 おまけにレオのように力任せに叩いている訳ではないので、彼が辛そうな表情をすることもなかった。 「細いから力が無いとでも思った? 自分では平均より多少は上だと思うんだけど」 「ぐぬぬ‥‥」 結局、釘打ちはハヤテが全部やってしまったので、レオは悔しそうな顔を浮かべ続ける他なかった。 「これで終わり。ふぅ‥‥」 一仕事終えたハヤテは満足そうに呟いて、頬を流れ落ちる汗を手拭いに染み込ませる。 それを見ていたレオは不意に何かを思いついたようで、突然表情を明るくさせた。 「そうだ! ハヤテ、一郎夫婦に棚でも作ってやらねぇか?」 「棚‥‥?」 レオが何のために棚を作ろうなんて言い出したのかすぐには分からなかったが、ハヤテは何となく察した。 このまま大工仕事をハヤテの手柄にしたくないとか、そういう負けず嫌いな発想なんだろう。 「‥‥そうだな。いいかもしれない」 「へへっ! 喜んでくれるような立派な棚を作ってやるぜ!」 鼻の下を人差し指で擦った後、レオは潮夫婦のリクエストを聞くため、勢い良く屋根から駆け下りた。 ハヤテはやれやれといった表情で立ち上がると、ゆっくりとした足取りで屋根を下り始めた。 レオが屋根から転げ落ちるように庭に着地すると、潮夫婦のもとには先客がいた。 たんぽぽやシフォニアと同じように屋敷の掃除を担当していた、黒木 桜(ib6086)と羽紫 稚空(ib6914)である。 一足先に掃除作業を終えた二人は、桜が持ってきた風鈴をプレゼントとして潮夫婦に渡している所だった。 「それでは、わたくし達は倉庫の整理に向かいますね」 「ああ、宜しく頼むよ」 レオがチラチラと潮夫婦の様子を窺っていることを知ると、桜は早々に雑談を切り上げて倉庫へ向かうことにした。 最近増設されたという倉庫は、都ならばそれなりの値段で貸し出されそうな部屋の大きさに匹敵していた。 老夫婦が整理作業を行っているためか、あまり高い位置に物が置かれておらず、基本的には床に並べられているような状態だった。 「折角これだけの高さがあるんだから、使わないと勿体ないよな」 天井に向かって手を伸ばしながら、稚空はどう整理したものかと頭の中でシミュレートを始める。 先に動き出したのは、幼い頃が家事全般をこなしてきた桜の方だった。 「滅多に使わないものは、やはり上にしまうのが宜しいですね」 「ああ、そうだ‥‥な‥‥」 彼女の意見に賛同しようとした稚空の言葉が、思わず詰まった。 何故ならば、桜は全く何も気にすることなく、置いてあった小さな脚立に上って荷物を持ち上げようとしていたからである。 たんぽぽのように運動服を着ていれば何も問題なかったであろうその体勢は、しかし彼女の場合は違った。 短い丈の赤いスカートは、あと僅かな動作でその下に隠すものを露わにせんと持ち上がり、しかも脚立の上で安定しないためか、右に左に小さく動いている。 持て余す男子の視線から見れば、それは誘惑以外の何物でもない魅惑的な動作だった。 まさかの幸運──いや、驚くべき光景に、稚空の動作は数秒ほど完全に停止した。その間、顔色だけがゆっくりと赤みを増していく。 完全に真っ赤に染まった数秒後には、彼は慌てて桜を脚立から下ろした。 「どうしたんですか? お顔が真っ赤ですけれど‥‥?」 「い、いや、何でもないよ。それより、力仕事は俺がやるからさ、何でも言って!」 訝しげな桜の視線から逃げるように、脚立を上り下りして荷物を片付けようとする稚空。 桜はやはり全く何も気付いていない様子で、高い位置に移動させるものと低い位置に配置する荷物の指示を始めるのだった。 予想以上に豪勢な昼食を終えた開拓者達は、その余韻を楽しむようにのんびりと居間で寛いでいた。 午前中で掃除は大半が終わっており、あとは干した畳と、掃除のために移動させた家具を元に戻すだけだった。 屋根の補修工事は既に完了し、今は老夫婦のためにレオとハヤテが一生懸命に棚を作っている途中だ。 倉庫の整理は予想よりも物が少なかったため、あと僅かで完了する予定だった。 残す大きな仕事は庭の雑草刈りだけだったが、依頼に参加した男達はそれでは面白くないようだった。 折角、開拓者がこれだけ集まっているのだから──と、誰かが切り出す。 仕事が早く終わりそうならば、軽く手合わせしないか──そう提案したのは、ハヤテだった。 男達は顔を見合わせ、互いに満更でもない表情を浮かべていることを知ると、一斉に賛成の意を告げた。 その流れを傍観していたたんぽぽと桜は、 「お、おかしいですよね‥‥? 途中までほのぼのしてたのにイキナリ手合わせなんて‥‥」 「どうしてこうなってしまったんでしょう‥‥」 と、尽きない疑問を口にする他なかった。 かくして、やる気になった男達の頑張りによって雑用仕事は草刈りを残して一気に完了。手合わせは夕刻から開始する運びとなった。 「お騒がせしてしまって、申し訳ありません‥‥」 いつもよりも申し訳なさ増し増しでたんぽぽは一郎に向かって頭を下げたが、謝られた一郎は全く気にしていない様子だった。 「いやいや、若い内は体を動かした方が楽しいからのう。 それに、わしらの屋敷が開拓者の方の役に立てるなんて、嬉しいもんじゃ。なぁ、ばあさん?」 「ええ、嬉しいものね」 話を振られたカズ子は短くそれだけ返したが、一郎はいつものことなので気にしていなかった。 「それより、こんな雑用ばかりの依頼なんて、やっぱり退屈だったんじゃないかのう?」 「そんなことないです! みなさんとお知り合いなので、なんだか小旅行みたいです!」 「ほう。旅行とな」 「前日なんてワクワクしちゃって、眠れなかったんですよ!」 そういって嬉々と語るたんぽぽだが、どこか目の焦点が合っていない。 桜の心配は二十分後、潮夫婦と最近の出来事や流行について話していた時に現実のものとなった。 「あら」 最初にカズ子が声を上げたので、次に桜が視線を向けてみると、いつの間にかたんぽぽは横なって小さな寝息を立てていた。 「前日に眠れなかったというのは、本当だったようですね」 桜が起こそうか思案していると、一郎が手で制した。 「折角休んでおるんじゃ。このまま寝かせてあげなされ」 「そうですね‥‥。それでは、お言葉に甘えます」 少し迷ったが、すぐに答えは出た。 眠るたんぽぽを見守る潮夫婦の目に、愛娘の姿を映しているような気がしたからだ。 「まさか、突撃してくるとは‥‥」 「へへ、どんなもんよ‥‥」 短筒を両手に握ったまま片膝を付くハヤテと、肩で息をしながら無理に笑顔を浮かべるレオ。 手合わせが始まった瞬間、レオはハヤテを目標と定めて攻撃を開始した。 ハヤテはダーツや黙苦無を投擲してレオの気を逸らそうとしたが、思っていた以上に彼は猪突猛進だった。 ならばと短筒で迎撃しようとしたハヤテは、弾丸を避けようともせず進む彼の勢いに呑まれてしまった。 結果、レオはハヤテの懐に潜り込み、強烈な一撃を浴びせることには成功したが、その代償はかなり大きなものとなってしまった。 そして、残りの二人がそれを見逃す訳もない。 稚空はシフォニアを相手にしていたが、彼は逃げるばかりで、決定的な一撃を与えることも、与えられることもなかった。 いい加減に焦れ始めていた稚空はフェイントを使ってシフォニアが後退するよう仕向けると、一気にレオとの距離を詰めた。 レオはこれをオーラを纏って待ち受け、稚空の攻撃に隙があることを見切ると、ハヤテに喰らわせたのと同じ強烈な一撃を再び振るった。 稚空の顔は驚愕に染まったが、すぐに不気味な笑みへと転じた。 「残念だったな」 その隙がある攻撃すらも、稚空の得意なフェイントだったのだ。 オーラを伴った強力な一撃は空振りとなり、逆に隙だらけとなったレオの背中へ、稚空のロングソードが叩き込まれる。 これで、二人目の戦闘不能者が決定した。 刹那、背後に迫る気配を感じて、稚空はすぐに武器を構え直した。 後退していたはずのシフォニアが、いつの間にか彼のすぐ傍まで肉薄していたのだ。 慌てて稚空は剣を薙ぎ、シフォニアに距離を取らせた。 そのままシフォニアを追い詰めるように、フェイントを混ぜながら攻撃を繰り返す稚空。 相変わらず回避してばかりのシフォニアに疑惑が生まれた時には、既に彼の呼吸は乱れていた。 シフォニアはフェイントを避け切れずに何度か浅い傷を負っていたが、これがチャンスだと踏むと、一気に攻勢に転じた。 リズムを整える暇もなく与えられる彼の格闘攻撃に、稚空は一気に劣勢に追い込まれる。 そして──。 「『残念だったな』」 拳を眼前に突きつけられてそう言われた時、稚空は己の敗北を認めるしかなかった。 最後の仕事、雑草刈りは二時間ほどで簡単に片付いてしまった。 隅から隅まで綺麗になった訳ではないが、依頼主に充分と言われては、それ以上やる訳にもいかない。 レオと稚空はどちらが多く雑草を刈れるかで競争をしていたようだが、結果は両者とも同じような量だった。 ただし、稚空の方が草の刈り方が綺麗だったため、勝敗は彼に軍配が上がったようだ。 勝負の前にレオは「負ければ何でも言うことを聞く」と宣言していたことを後悔しながら、稚空から告げられる内容に日々怯えているらしい。 草刈り途中、桜が池に落ちて素晴らしいサービスショットを披露したのだが、その詳細は参加者の──特に男性陣の──胸の中に秘めておくとしよう。 ちなみに、その時は慌てて稚空が彼女を救出したのだが、草刈りが終わった後で彼女がもう一度池に落ちた時には、彼も思わず笑ってしまった。 その後、夕食をご馳走になる前に、開拓者達は潮夫婦の用意してくれたお風呂で一日の汗を流し、その日の疲れを洗い流すのだった。 久し振りに温かな明かりに包まれた潮家を、暗闇の中から一人の男が眺めていた。 その男は暗闇に同化するように真っ黒な着物と羽織で全身を包み、目元を隠すように黒染めの陣笠を被っていた。 結局、男は十分も経過しない内に暗闇の中に消えてしまったのだが、その存在を開拓者の誰もが知る由もなかった。 |