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■オープニング本文 ●妖刀「鳳仙華」 ここに、一本の刀がある。 漆塗りの美しい黒鞘に、単純なようで細かな装飾の施された鍔。 握りの部分にも巧みな技術が集約され、使い手のことを考え込まれている。 まるで美術品のような精良さを持つこの刀の名は、『鳳仙華(ホウセンカ)』。 夏に咲く、椿咲きの赤い花と同じ名前を持つ。 この名が与えられた理由は二つ。 一つは、鞘に収められている刀身を一目見れば明らかとなる。 刀匠の手によって極限まで鍛錬された刃が、常に紅色の光を宿しているためである。 余談だが、刀の峰が黒く染まっていることもこの刀の特徴の一つと言えるだろう。 そしてもう一つの理由が、鳳仙花の花言葉にある。 鳳仙花の果実は弱く、触れると弾けてしまう。 その様子に由来して付いた花言葉が、『私に触れないで』。 そのままの意味で付けられたとしたら、何と愛おしい刀であっただろうか。 だが残念なことに、実際の意味は全く異なっている。 『私に触れないで』とは、文字通りの拒絶の意味でこの刀に与えられた。 見る者の目を奪い、持つ者を惑わせる禁断の果実のような魅力が、鳳仙華には秘められていたのだ。 改めて紹介しよう。 この刀の名は、妖刀「鳳仙華」である。 ●妖刀の魔力 妖刀「鳳仙華」に纏わる伝承は様々だが、その中で語られる話には全て似た部分が存在する。 まず、刀の所持者が必ず変死という最後を迎える点。 この結末を迎えた者に類似する条件は二つ。 善良な者が刀の魔力と必死に格闘した末、精神が衰弱して自殺。あるいは事故に巻き込まれる。 刀の魔力に心を奪われた者が殺戮を繰り返し、最終的に自身の命も刀に捧げてしまう。 以上が、変死という結末に辿り着くための条件である。 そしてもう一つの類似点が、『刀の囁き』である。 刀を手にした者は、鞘を抜いた瞬間からずっと刀に囁き続けられるという。 その内容や囁く声については個個に違いがあるが、囁くという事実においては全て一致している。 無論、実際に刀が囁くはずはないし、況しては生命を宿している訳がない。 だが後述の類似点から、容易に推察できる事実がある。 それは、妖刀「鳳仙華」の持つ筆舌に尽くし難い刃の美しさである。 本来刀とは、人が相手を倒すために生み出した武具の一つ。 何かを斬ってこそ、刀の価値というものは本領を発揮するのではないだろうか。 その思考から至るに、「鳳仙華」には万物を斬り捨てる奇跡のような力が秘められているのではないか。 根拠のない夢物語を収集する人間達は皆、その浪漫へと至り、胸を躍らせるのだ。 ●妖刀の歴史 いくつもの逸話を持つ妖刀「鳳仙華」だが、その歴史については謎が多い。 誰の手によっていつ頃誕生し、誰が最初に所持していたのかさえ判明していない。 明確な事実ではないが、最も有力な推理というものは存在する。 作り手についてだが、これは野口 蒼馬(ノグチ ソウマ)ではないかと推測されている。 蒼馬は大量生産の刀を嫌う頑固気質の刀匠で、両手で数えるほどの刀しかこの世に残していない。 しかしそのいずれも非常に高い評価を受け、富豪の間で信じられない値段で売買されていると聞く。 そんな蒼馬が一年半も掛けて作り上げた最後の刀が、依然行方不明らしい。 妖刀の行方を追う者達は、この最後の刀こそが妖刀「鳳仙華」なのではないかと考えている。 その推理を裏付けするように、刀匠蒼馬は悲惨な最期を迎えていた。 自宅の作業場にある溶鉱炉で、炉の中に頭を突っ込んで死亡していたらしい。 これは明らかな変死であり、妖刀「鳳仙華」を生み出した者として相応しい結末のように思える。 そこから更に思考を発展させると、自ずと最初に刀を所持した者も導き出された。 蒼馬の元で修行をしていたという、八六(ハチロク)という青年である。 彼は蒼馬の死後、出身の村へと戻るのだが、数日後に半数近くの村人を斬殺する事件を起こした。 これに関しては事件解決に協力した開拓者ギルドにも記録が残っているらしい。 八六は多くの村人を虐殺した末、開拓者の手によって命を落とした。 この際、八六は所持していた刀をどこかへ投げ捨てたらしいのだが、これも未だに発見されていない。 変死とは言い難い結末だが、それまでに至る行為は充分に説得力のあるものだと感じられる。 その後、刀が誰の手に渡り、どうなったのか等は一切不明。 もしかすると今も尚存在し、恐るべき惨劇を生み出しているのかもしれない。 ●公庄 実篤(クジョウ サネアツ) 調査により明らかになった事実や推測を書き留めると、公庄 実篤は大きく息を吐いた。 気が付けば半日近くも机に向かっていた事実を知り、実篤は驚きの声を漏らした。 実篤は、刀剣の収集を趣味に持つ開拓者の青年である。 短い黒髪と温和そうな表情が特徴的で、中肉中背の肉体に高い戦闘能力を秘めている。 刀剣の収集には驚くほどの金銭が必要だったため、その費用を稼いでいて彼は実力を手にした。 おかげで彼の部屋には一般的なものから数量限定品まで、あらゆる刀剣が飾られている。 さながら武器庫のようで殺伐としてるが、彼にとっては最高の安らぎの場だった。 半日も夢中で作業をしていたせいで空腹を覚えたため、彼は部屋を出て近所の食堂に向かおうとした。 しかし部屋を出る寸前に、彼の元に以前仲良くなった友人から手紙が届く。 空腹を我慢して中身に目を通すと、そこには妖刀と思わしき刀の有力情報が書かれていた。 即座に実篤は友人の住む山間にある町へと旅立ち、友人から詳しい話を聞いた。 実篤の友人──沖岩(オキイワ)は、珍品のみを取り扱う行商を営んでいた。 沖岩の話によれば、旅路で偶然手に入れた刀が、実篤の求める妖刀ではないかという話だった。 実篤は早速その刀を見せてもらい、そして体が震えるのを止められなかった。 正に聞き及んだ通りの外見の刀が、沖岩の手から渡されたのである。 実篤を緊張と歓喜で、自分がどういう表情を浮かべているのか分からなかった。 そして、言い知れぬ不安を感じながらも、ゆっくりと刀を抜いたのである。 ●繰り返される惨劇 『公庄 実篤が沖岩を殺害し、近隣の人間を問答無用で殺して回っている』。 開拓者ギルドにその報せが届いた時、驚かなかった者は少ないだろう。 特に実篤と馴染みのあった数人の職員は、事実を信じられないほどだった。 しかし、ギルドは熟考の末に決断を下した。 殺戮狂へと変貌した実篤の征伐を依頼として発足したのである。 |
■参加者一覧
百舌鳥(ia0429)
26歳・男・サ
九重 除夜(ia0756)
21歳・女・サ
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
神無月 渚(ia3020)
16歳・女・サ
御凪 祥(ia5285)
23歳・男・志
景倉 恭冶(ia6030)
20歳・男・サ
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●惨劇 町へ到着するなり、開拓者たちは眼前に広がる惨状に眉を寄せた。 本来ならば様々な目的を持つ人間が行き交っていたであろう大通りは、今は静寂に包まれ、血塗られた亡骸が転がっている。 胴を袈裟に斬られていたり、首を刎ねられていたり、両腕を断たれていたりと、その死に様は多種多様。 しかし皆、驚きと恐怖に表情を歪めたまま、誰一人として安心して死んだ様子はない。 風に運ばれた鉄臭い乾いた血の臭気を嗅ぎ、数人の開拓者が鼻を手で覆い隠した。 「正気か狂気か、どちらにしてもやりすぎだな」 一言発する毎に鉄を舐めさせられるような錯覚を感じながら、九重 除夜(ia0756)は犯人に対する憤りを口にした。 仮面と鎧で全身を包んでいるため、外見で性別を区別するのは困難。おまけに聞こえる声も男か女か判断し難い。 それを意識してか口調も堅いが、除夜は歴とした女性である。 除夜のように言葉にすることはなかったが、天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は右拳を怒りで震えさせていた。 左拳も同じように握り締めていたが、怪我をしているのか包帯を巻いており、明らかに右拳ほどの力が出せていない様子だった。 人を殺めるという行為を嫌悪する彼にとって、今回の事件の犯人に容赦する気持ちは僅かも存在しない。 だからと言って怒りで我を忘れるのではなく、彼はひどく冷静に犯人を断罪する方法を頭の中で組み上げていた。 不意にそんな自分の思考状態を第三者視点で観測し、人間らしくないな、と焔騎は苦笑を浮かべるのだった。 犯人に対して憤怒の念を抱いているのは二人だけではなく、他の開拓者たちも少なからず似た感情を胸に秘めていた。 ただ一人、神無月 渚(ia3020)だけが表情を翳らせている。 辻斬りという過去を持つ彼女は、その生い立ちのせいか、人の血や悲鳴に性的興奮を覚える傾向がある。 そんな彼女の視点から見る現場は、他の者たちのそれとは少なからず差異が存在していた。 (ただの同類か、それ以外か‥‥。前者であって欲しいんだけどねぇ‥‥) 内心で希望にも似た思いを呟きながら、渚は犯人捜索のために動き出した仲間に従うことにした。 ●遭遇 二人一組に分かれた開拓者たちは、互いに間隔を空け過ぎないように注意しながら犯人を捜すことにした。 発見時は即座に集合して犯人を包囲。そのまま一気に倒すというのが、彼らが事前に話し合って決めた作戦である。 そのため、彼らは横に並んだ街路を同時に進行し、時折お互いの安否を確認しながら捜索をしていた。 「資料によると公庄殿は人望の厚かった御仁だと聞き及んでおりましたが、一体何が‥‥」 探索を始めて間もなく、抜かりなく周辺を警戒しながら、秋桜(ia2482)はそんなことを呟いた。 彼女の言う通り、事件の犯人と想定されている公庄 実篤という男は、ギルドの資料を読む限りこのような猟奇事件を起こす犯人とは考え難い。 何かしらの原因があることは容易に想像できるのだが、それ以上の推理は困難を極めた。 彼女に同行する渚は先ほどの秋桜の発言を独り言と判断したのか、何も答えようとせず、黙々と辺りに視線を走らせている。 その様子を見て、秋桜はこれ以上憶測で物事を考えるのは止めようと決断した。 「考えても仕方ありませんか。温情を掛けて仕留められる御仁ではない筈」 余計な憶測のせいで腕を鈍らせる訳にはいかない。 秋桜のそういった決意が感じられる台詞だった。 同じ頃、除夜と霧崎 灯華(ia1054)の組は逃げ遅れた町民を発見していた。 逃げる途中で足を斬られたらしいが、傷の具合も出血も大したことはない。しかし、これ以上は動けないと町民は訴える。 詳しく話を聞くと、恐怖で腰を抜かしたらしく、這うくらいしかできないとのこと。 仕方なく除夜は町民を背負い、近くの家の中へ運ぶことにした。 家の中に隠れていれば、少なくとも街路の端で倒れているよりも安全だろうと彼女は考えていた。 除夜の意見に賛成し、彼女を補助するために灯華が先行して家の扉を開ける。 玄関には男が立っていた。 まるで頭から赤い塗料を浴びたように男は汚れており、全身から嘔吐感を覚えるほどの濃厚な血の臭いを発している。 右手には刀を握っており、まるでたった今人を殺したように、その先端からは血が滴り落ちていた。 突然の出現で虚を突かれた二人は、その男が何者なのか一瞬分からなかった。 しかし、男の姿を見た町民が狼狽して暴れ出したのを察知すると、目の前の男こそが探し求めていた公庄 実篤なのだと直感する。 除夜が武器を構えるために町民を下ろすと、腰を抜かしたという話はどこへやら、町民は一目散に駆け出した。 灯華は後退して実篤との距離を稼ぐと、懐から呼子笛を取り出して思い切り息を吸い込む。 次の瞬間、町中に響くくらいの笛の音が鳴ったが、実篤はまるで考え事をしているように呆然としたままだった。 ●集う仲間 呼子笛を鳴らしてから間を置かずに、除夜と灯華はかなり劣勢に立たされていた。 現場は家の前にある街路の中央付近に移動しており、そこまで除夜が退かされたことを物語っている。 全員が集合するまで時間を稼ごうと除夜は防御に徹していたのだが、実篤の攻撃力の前に彼女の防御は脆かった。 太刀で受け止めたはずなのに、まるで普通に斬りつけられたようなダメージが除夜の体に伝わるのである。 おまけに一撃の重みが異常で、全員が集まる一分以内の間に彼女は疲労感を覚えていた。 片や灯華は、除夜を援護しようと尽力していた。 度々隙を見つけては《呪縛符》を発動させて、実篤の動きを制限しようと試みる。 しかし、彼女の使役する赤い蛇の式がどれだけ実篤に絡み付こうとしても、彼はそれを掛け声一つで粉砕してしまうのである。 サムライでありながらこれほど高い抵抗力を持つ実篤に、灯華は驚きを隠せなかった。 仕方なく灯華は作戦を変更し、《治癒符》で除夜の生命力を回復させることに徹した。 修行を積んだおかげで彼女の治癒力は実篤の攻撃による除夜の損傷を上回っていたが、それも連続しなければ意味がない。 一方的な消耗戦を余儀なくされ、二人は仲間が到着するまでの間を一日のように永く感じていた。 「悪りぃ、待たせた!」 最初に応援に駆けつけた百舌鳥(ia0429)は、《不動》を使用すると除夜の前に立って実篤の攻撃を受け止めた。 予想以上の力強さに一瞬だけ圧し負けそうになるが、すぐに気合を入れ直して鍔迫り合いへと持ち込む。 金属の擦れ合う音を響かせながら、百舌鳥は対峙する実篤の瞳を覗き込んだ。 まるで生気というものが感じられない。いっそ白目だった方がすっきりするくらいに濁っていた。 「見たところ人間の意志ってのは感じられねぇな。辻斬りするならもちっとうまくやんなきゃな。後輩さんよぉ?」 余裕の口調で語りかける百舌鳥だが、その顔には既に一筋の汗が流れている。 鍔迫り合いは失敗だったかもしれない、と内心で悔いながらも、後には引き返せないことは明白だった。 「貴様が殺めた人々の無念を塵灰も残さず燃やし尽くさせてもらう‥‥覚悟しろッ!!」 そう口上を述べながら実篤の側面から攻撃を仕掛けたのは、百舌鳥と共に行動していた焔騎だった。 実篤は攻撃を回避するために百舌鳥の刀を弾くと、紙一重で焔騎の業物を回避し、同時に後方へ跳躍して間合いを空けた。 焔騎の目的が自分を助けるためだったと察すると、百舌鳥は焔騎に礼を告げた。 彼としてはそれも目的の一つだったのだが、実際に実篤に一太刀浴びせればとも考えていた。 次に遅れたことへの謝罪を口にしながら現れたのは、御凪 祥(ia5285)と景倉 恭冶(ia6030)の組だった。 祥は槍を、恭治は二本の刀を扱う開拓者である。 「どんな理由があるか知らんが、やられる覚悟はできてるんだろうなっ!」 恭治は刀を構え、圧力をかけるように怒声で実篤に語りかける。 しかし実篤に怯えた様子はなく、相変わらず無表情のまま、どこに目の焦点が合っているのかも分からない。 何十人もの人間を殺しておきながら、まるで何事も異常がないかのような実篤の平静さを、恭治は不気味に感じるのであった。 最後に秋桜と渚の組が到着し、全員揃った所で開拓者たちは実篤を完全に包囲した。 八対一という絶望的な状況に身を置いて、実篤は初めて表情というものを見せた。 それは、生命の危険に怯える不安の表情ではなく、殺す相手が増えたことに対する子供のような歓喜の笑顔。 つまり、実篤が全員を倒せることを当たり前のように考えていた証拠である。 ●妖魔の如き力 実篤は妖刀を地面に突き立てると、地を裂かんばかりの勢いで刀を振り上げた。 幸いにも大地が裂けることはなかったが、振り上げる際に放たれた衝撃波によって次々と地面が捲り上がり、まるで地中を龍が進んでいるような錯覚を与える。 鍛え上げられた実篤の実力と、妖刀の力が合わさることで生まれた凄絶な《地断撃》。 その標的に選ばれたのは、先ほどまで除夜の回復役を務めていた灯華だった。 迫り来る《地断撃》を前にして、灯華は蛇に睨まれた蛙のように動くことができない。 灯華が痛みを覚悟して受け止める体勢を整えると、彼女の前方に突如して除夜が入り込んで来た。 当然、《地断撃》の標的は除夜へと強制的に変更され、刹那、除夜の体が宙を舞った。 驚く灯華の隣を弾き飛ばされた除夜の体が通り過ぎ、家の壁に衝突して激しい音を響かせる。 慌てて灯華が除夜に《治癒符》を施そうとした時、灯華は仲間が自分を呼ぶ声を聞いた。 何事かと振り返ろうとしたが、それは途中で中断させられた。 いつの間にか背後まで接近していた実篤の妖刀が、彼女の腹を刺し貫いたのだ。 見事な間合いの詰め方と気配を感じさせない美しい実篤の《直閃》に、その場にいた開拓者の中には息を呑む者もいた。 一瞬の硬直の後、妖刀を抜かれた灯華の体は、まるで糸の切れた操り人形のようにその場に倒れて動かなくなった。 実篤は灯華の血が付着した妖刀を眺めると、まるで愛おしい者にそうするように優しく舌で舐め上げた。 その背後に奇襲を仕掛けたのは、秋桜と渚の二人。 秋桜は飛手を装備した拳を振り上げ、渚は両手の刀を構えている。 隙だらけの背中だったにも関わらず、実篤は最初の秋桜の攻撃を紙一重で回避し、振り向き様に蹴りを放った。 攻撃の終わった所へカウンター気味に打ち込まれた実篤の一撃だったが、秋桜は危うい所で避けることが出来た。 その代わり、後ほど纏っていた忍び装束が微かに破れられたのを知り、秋桜は憤怒するのであった。 秋桜に続いて攻撃を行った渚は、惜しみなく《弐連撃》を連続で浴びせた。 まずは片手の『泉水』で袈裟斬りし、次にもう片方の『河内善貞』で裏一文字に薙ぎ払う。 再び『泉水』で斬り上げをし、最後に『河内善貞』で上段から振り下ろす。 まるで無茶苦茶に振り回しているような彼女の攻撃は、まさに乱舞と言えた。 この連続攻撃に対して、実篤は四本の内三本を受け止めるという反射神経の良さを発揮した。 しかも残りの一本にしても寸での所で体を反らし、軽傷で止めている。 「これは‥‥もしかしてもしかするのかなぁ?」 行動力を使い果たした渚は、まだ余裕の窺える眼前の実篤を眺めながら、そう呟いた。 彼女の予想通り、実篤は仕返しのために動き出そうとする。 このままでは渚が危ないと悟ると、百舌鳥が走り出し、一気に実篤との距離を詰めた。 「‥‥受け止めろよ? 存外に痛ぇぞオイ」 警告しながら一瞬にして肉薄し、百舌鳥は《強打》を上乗せした二刀同時攻撃を実篤に叩き込んだ。 回避する暇がないと判断した実篤は、警告に従って妖刀で百舌鳥の二刀を受け止める。 渾身の力で叩き込まれた二刀の威力に実篤は思わず一歩後退し、そして、それっきりだった。 表情には一瞬だけ焦りが浮かんだように見えたが、すぐにいつもの無表情に戻ったため、その変化を観測した者は少ない。 「マジで受け止める奴がいるかよ‥‥」 全力の攻撃を受けて軽く怯んだ程度の実篤を見て、百舌鳥は苦笑いするしかなかった。 この戦闘能力の高さは、いくら同じ開拓者と言えども尋常ではない。 これまでの戦闘の流れを見てきた者なら、誰もがその事実を思い知っていた。 明らかに実篤の実力に加えて、何か別の力が働いているとしか思えない。 祥、恭治、焔騎の三人は相手が一筋縄ではいかないと確信すると、勝負を決めるために事前に話し合っていた作戦を開始した。 まず、恭治が腹の底から《咆哮》を上げ、実篤の注目を集める。 第一段階は成功し、実篤は目の前の百舌鳥から雄叫びを上げた恭治に意識を向けた。 その瞬間、焔騎が包帯で隠していた左腕を開放し、仕込んでいた物を実篤に向けて投擲。 実篤は自慢の反射神経で投擲物を落とそうと妖刀を振るが、それは彼が《フェイント》として投げた包帯だった。 直後、振り上げた妖刀の脇を通り過ぎて、焔騎の真の狙いであるダーツが飛来する。 投げられたダーツは狙い通り実篤の右目を直撃し、ここまでの戦闘で初めて実篤に苦痛の声を上げさせることに成功した。 だが、これで終わりではない。 雄叫びを上げた恭治の背後に隠れながら、祥が恭治の脇を通して《巻き打ち》を放ったのである。 予想外の場所からの攻撃と右目の喪失により、実篤は祥の一撃をまともに受けて転がった。 これまでで一番の成果だが、まだ実篤を仕留めるには届かない。 祥の《巻き打ち》を受けて転がったのも、実篤が本能的に間合いを取ろうとして自発的に転がった傾向がある。 同じ攻撃が通じるかどうか三人が不安を覚えていると、転がり終えて姿勢を整えた実篤が逃亡を試みようとした。 突然のことにその場にいた者たちは対応することができず、危うく逃げる実篤を見逃すところだった。 だが、寸前で赤い蛇が実篤に絡み付き、その動きを制したことで彼の逃亡は失敗に終わった。 意識を失ったと思われていた灯華が、地面に伏したまま朦朧とする意識の中で《呪縛符》を発動させたのである。 そして、彼女はもう一つ術式を発動させていた。 「来夜流、稲光――終が崩し、破城」 実篤の傍に立った除夜が、自身が持つ全てのスキルを同時使用し、更に残った気力を全て上乗せした必殺の一撃を放った。 その威力はまさに強力無比と言った所で、実篤に重傷を負わせるには過剰なくらいだった。 灯華は、自身の回復の前に除夜に対して《治癒符》の使用を終了していたのだ。 結果、実篤は度外視していた除夜によって深手を負うことになり、それがこの戦闘の決着となった。 だが、果たしてこれで良かったのだろうか‥‥? 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