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■オープニング本文 ※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 私立ギルド学院(の設定はシナリオ・『【混夢】悪夢よ、覚めよ』と『【魔法】男装&女装カフェ』を参照)の生徒、OB、OGの家に、学院から一通の招待状が届いた。 内容は冬休みを利用して、雪降る山奥にある温泉旅館への招待だ。 日頃頑張っている生徒達の為に学院が貸し切った温泉旅館は卒業生が経営しているので、相棒の人ならざる姿のままでもOK。 露天風呂は立派なもので、雪も大量に積もっているので遊べる。また新年会の用意もしてあるので、宴会もできる。 ここで思いっきり楽しく遊んで、日頃の疲れを癒してほしいという学院側の心遣いだ。 なので開拓者の『あなた』は相棒を誘い、雪深い所にある温泉旅館に行くことにした。 普段は依頼のことで頭がいっぱいの『あなた』達は一時ただ人となり、相棒や仲間達と楽しく過ごす。 さて、『あなた』はどの相棒を誘い、どのように過ごす? |
■参加者一覧
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
アーニャ・ベルマン(ia5465)
22歳・女・弓
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ○私立ギルド学院から届いた招待状 「学院からのお手紙……ですか。珍しいですね」 相川・勝一(ia0675)は学院から届いた手紙が自分宛てであるのを見て、目を丸くする。 しかし中の手紙を読むと、ふむ……と考え込む。 そんな勝一に声をかけたのは、相棒で人妖の桔梗だ。人間の子供ほどの大きさで、黒髪の少女姿の桔梗は興味深そうに勝一の手元を覗き込む。 「勝一、学院からの手紙には何て書いてあるのじゃ?」 「えっと……簡単に言うと、開拓者と相棒の二人一組で、無料で慰安旅行に参加できるそうです」 そう言いつつ、勝一は手紙を桔梗に渡す。 手紙をざっと読んだ後、桔梗は眼をキラキラと輝かせはじめた。 「ほぉ。学院も随分と気の利いたことをしてくれる。勝一、せっかくの誘いじゃ。断れば、学院の好意を無駄にしてしまうぞ?」 遠回しな言い方だが、桔梗はどうやら行きたいらしいことが勝一に伝わる。 「……なるほど。桔梗は参加したいんですね」 「うむ。短く言えば、そうじゃ」 勝一が自分の気持ちに気付いたことに、嬉しそうに桔梗は胸を張って頷く。 「分かりました。では僕と桔梗で参加しましょう」 勝一は軽く息を吐くと、手紙に同封されていた返信用のはがきの『参加する』に丸をつけるのであった。 「雪深い山奥にある温泉旅館へご招待、ですか。なかなか魅力的なお誘いですよね」 アーニャ・ベルマン(ia5465)は相棒で神仙猫のミハイルに招待状を見せながら、反応をうかがう。 二十代後半ぐらいの青年の姿をしたミハイルは、今はいつもかけているサングラスを外し、碧い両目で招待状を見ている。髪の色は金で、しかも身長が高く、黒のスーツを好んで着る 為に、アーニャよりも目立つ存在であった。 しかしすました顔をしていても、長年の付き合いからミハイルの考えていることが何となく分かるアーニャはスゥと目を細める。 あまりこういったイベントに、ミハイルは自ら参加しようとは言い出さない。アーニャがミハイルを誘うから一緒に行くようなものだが、今回は学院からの誘いだ。受けても断ってもどちらでもいいとなれば、ミハイルは『不参加』を言い出すかと思いきや。 「……いいんじゃないか。アーニャ、参加するんなら俺を連れて行け」 予想外の返答に、アーニャは驚いて青い両目を丸くした。 「本当にいいんですか? いつものミハイルさんなら、『遊びに行く暇があるなら、開拓者として仕事をしろ』って言うと思ったんですけど」 「仕事ばかりでは、流石の俺でも疲れる。ここいらで息抜きをするのも、大事なことだろう」 だが言葉とは裏腹に、ミハイルの眼にはどこか意味ありげな色が浮かんでいる。 「そう、ですか。ミハイルさんがこういうイベントに参加したがるのは珍しいことですが、行っていいなら一緒に行きましょう」 「ああ。特に露天風呂が楽しみだな。温泉につかりながら、またたび酒を飲みたい」 「……それが目的でしたか。はいはい。では学院には、参加することを伝えておきますね」 「桃〜。学院から楽しそうなお誘いの招待状を貰ったわよ♪」 「招待状、ですか?」 御陰桜(ib0271)は届いた招待状を、相棒で闘鬼犬の桃に渡す。 黒髪を肩の辺りで切りそろえている、黒い両目の桃は高等部の女子生徒の年齢であるが、まだ顔や体つきは幼さを残している。首筋には桃の花の形をしたアザがあり、首を横に傾けるとあらわになった。 「……まあ学院からのお誘いなら怪しくないですし、参加してもいいのではないですか?」 「うふふ♪ そうよねぇ。相棒と一緒に温泉に入れるなんて最高のお誘い、断っちゃもったいないもの。桃、一緒に行って楽しんできましょうよ♪」 桜は後ろから桃に抱き着き、頬をスリスリしてくる。 そんな桜の姿を肩越しに見て、桃は断るという選択肢がないことに気付いてため息を吐く。 「桜様は三度の飯より温泉がお好きですものね」 「当ったり〜♪ さっすが、あたしの桃。よく分かっているじゃない♪」 ここまで浮かれている桜を見ては、水を差すようなことは言えない桃は覚悟を決める。 「はあ……、分かりましたよ。ご一緒させていただきます」 「ありがと♪ 背中の流し合いっこしましょうね♪」 「チェン太、チェン太っ! 学院から楽しそうなお誘いを受けたよ!」 手紙を片手に走って来たリィムナ・ピサレット(ib5201)は、相棒で轟龍のチェンタロウの広い背中に飛びついた。 「どわっ!」 飛びつかれたチェンタロウは一瞬体勢を崩したもののすぐに直し、ジト目で振り返ってリィムナを見る。 「……その手紙、見せてみろ」 「はーい」 肩越しに招待状を受け取り、チェンタロウはじっくりと読んでいく。 赤い髪に体格が良く、長身の青年のチェンタロウは片手で招待状を持ちながらも、もう片方の手はリィムナがずり落ちないようにお尻を支えている。 「ふむ……。開拓者と相棒そろっての、温泉旅館への招待か。確かにここ最近は忙しかったからな。疲れを癒す為にも、行ってもいいだろう」 「わーい♪ それじゃあチェン太、一緒に行って遊んでこようよ!」 リィムナに輝く笑顔で誘われたものの、チェンタロウはどこか諦めに似た表情で重いため息を吐く。 「……俺にとっては慰安にならない旅行になりそうだ」 「それ、どういう意味っ!?」 ○雪深い山奥にある温泉旅館に到着 「『雪深い山奥にある温泉旅館』という言葉で気づくべきであった……。移動するのが大変なことをっ!」 「桔梗、今頃気付いても遅いですよ。もう到着しちゃったんですから。ホラ、目の前のあの和風の建物が目的の旅館ですよ」 勝一と桔梗は早朝に家を出たのだが、目的地に到着したのは既に昼過ぎだった。 勝一は寒さに顔を赤く染めながらも、にこにこと微笑みながら温泉の湯気を見ている。 「僕、露天風呂が楽しみなんですよね。普通のお水を沸かしたお湯ではすぐに湯冷めしてしまいますけど、温泉だとなかなか湯冷めしないそうですよ」 「ほほぉ。では部屋に荷物を置いたら、すぐに入るのかのう?」 「ええ、すぐに入ってみたいです。体が冷えていますしね」 「そうかそうか。我も露天風呂が楽しみじゃ。くっくっく……」 純粋な笑顔の勝一と、どこか怪しげな笑みを浮かべる桔梗は旅館へ向かう。 「ミハイルさん、露天風呂にはいつ入ります?」 「そうだなぁ。今日は晴れているし、美しい月が見られそうだ。夜の雪山と月を見ながら、入りたいものだな」 旅館に到着したアーニャとミハイルは、部屋であたたかいお茶とおまんじゅうを味わいながら、今後の予定を立てていく。 「ミハイルさんはいつも温泉には神仙猫の姿で入っていましたけれど、今日もですか?」 「いや、人間の姿で入ろう。いくら学院がこの旅館を貸切にしたとはいえ、他にも客がいるしな」 「あ〜、そうですね。露天風呂に神仙猫が入っていたら、同じ開拓者や相棒でも驚きますもんね。まあ私はどんなミハイルさんでも、大丈夫ですが」 ミハイルを安心させるようにニッコリ微笑んだアーニャを見て、ミハイルは顔をヒクっと引きつらせる。 「……まさかと思うが、一緒に入る気か?」 「水着着用なら混浴オッケーですし、いつもミハイルさんと一緒に入っているんですから良いじゃないですか」 アーニャはいつものことだと笑い飛ばすが、ミハイルの眉間には深いシワが刻まれた。 アーニャは年頃の娘だというのに、その意識がいまいち薄い。そんなアーニャを妹のように思っているミハイルの心労は、雪のように積もっていく。 「……後で後悔するなよ」 そう呟くだけで、精一杯だった。 「ふう……。こういう山奥にある温泉って、風情があって良いわよねぇ。都会じゃあまずお目にかかれない素晴らしい自然の景色があるし、日常を忘れてゆっくりできそうだわ」 部屋に到着した桜は荷物を床に置くと、背伸びをする。そして荷物の中から入浴セットを取り出して、桃に声をかけた。 「さて、桃。早速、露天風呂に行きましょう♪」 「えっ? もうですか? まだ到着して間もないですよ。お茶ぐらい飲んでからにしませんか?」 あたたかいお茶をいれようとしていた桃は、いきなりの誘いにぎょっとして手を止める。 「だぁって待ちきれないもの。桃だって温泉、好きでしょう?」 「まあ好きですけど……。あの温泉特有の硫黄の匂いは、少々苦手ですね」 桃は相棒としての姿が闘鬼犬なので、嗅覚が鋭かった。その為、旅館へ向かっている途中に硫黄の匂いが濃くなっていくのを感じて、顔を僅かにしかめていたのだ。 「じゃあ温泉に入るの、止めとく?」 「いっいえ! 闘鬼犬の姿にならなければ、嗅覚はそれほど良いワケではありませんし。桜様が行かれるのならば、パートナーとしてご一緒させていただきます!」 言うなり桃は、自分の荷物から急いで入浴セットを探し始める。 あまりに必死になる桃を見て、桜は呆気に取られていた。 「……素直に行くって言えばいいのに。まあ素直じゃない桃も可愛いけどね♪」 「チェン太、もっと早くーっ!」 「くぅっ……! 俺に肩車をさせている上に荷物まで持たせているのに、何でお前はそんなに偉そうなんだっ!」 チェンタロウは旅館へ続く道を、リィムナを肩車しながら、そして自分の荷物とリィムナの荷物をそれぞれ手に持ちながら走っている。 道は雪かきがされているとはいえ、滑りやすく歩きにくいものだ。途中でリィムナが歩き疲れてしまったせいで、チェンタロウはこんな格好になった。 しかし口では文句を言いながらも、リィムナのワガママを全て聞き入れているチェンタロウは、足を滑らすことなく走り続ける。 「リィムナ、もうすぐ着くからな。しっかり俺に掴まっていろ」 「はーい。いやっほー!」 氷の飛沫を上げながら、チェンタロウは旅館を目指す。 ○雪遊び 「ミハイルさん、手加減は無しですよ! 全力でお願いします!」 旅館の建物から少し離れた庭では、アーニャとミハイルが一定の距離を保ちつつ向かい合っていた。 庭は半分雪かきされていたが、もう半分は一メートルほどの雪が積もったままだ。 それを部屋の窓から見たアーニャが、ミハイルを誘って雪合戦をすることになったのは、ついさっきのことだった。 ミハイルはアーニャの年齢を思い出したが、こういう所で童心に返るのはしょうがないと考え直し、雪合戦に付き合うことにする。 「ここでアーニャの遊びに付き合ってやれるのは、俺ぐらいなものだしな。しょうがねぇから遊んでやるよ」 「では、まいります!」 アーニャは積もった雪に手を突っ込むと雪玉を両手で作り、ミハイル目掛けて投げつけた。すると弓術師らしく、恐るべき命中率でミハイルの顔面に当てる。その後も雪玉はミハイルに当たり続けたものだから、全身雪まみれになったミハイルはブルブルと小刻みに震え出したかと思うと、突然アーニャを睨みつけて怒鳴った。 「アーニャ! お前、いい加減にしろ! 俺を雪だるまにするつもりかっ!」 「え〜? 『手加減は無しですよ』って、先に言ったじゃないですか。私は弓術師なんですから、当てることが得意なんですよ」 アーニャは不服そうに腕を組んで、頬を膨らます。 「くっ……!」 ミハイルは悔しそうに顔を歪めながら自分も雪玉を作って、アーニャへ向けて投げる。しかし力強く早さもある雪玉は、アーニャの斜め下に落ちた。 その後もミハイルはたくさんの雪玉を作って投げるも、どういうわけかアーニャを避けて他の所にぶつかってばかりいる。 「下手ですねぇ。こうやって、投げるんですよ」 アーニャはため息を吐くと、お手本を見せるがごとく雪玉を作ってミハイルに向けて投げた。 雪玉が額に命中したミハイルは、真っ赤な顔で目をつり上げる。 「痛いだろうがっ! 俺は元々神仙猫なんだから、投げるのはあまり得意じゃないんだ。少しは手加減しやがれっ!」 「はあ……。これでは勝負になりませんね。では雪でかまくらでも作りましょうか。私とミハイルさんの二人が入れるぐらいの大きさのかまくらを作って、旅館の人に七輪をかりて、中でお餅を焼いて食べましょう」 アーニャの提案を聞いて、ミハイルはピタッと動きを止めた。そして少しの間考えた後、頷いて見せる。 「……そうだな。餅は醤油で味付けして、海苔を巻いて食べよう」 「ですね。では早速、かまくらを作り始めますか」 「うわぁ! いっぱい雪が降り積もってる! チェン太、雪合戦して遊ぼう!」 「ったく……。部屋に荷物を置いてすぐに、外で遊びたがるとは慌ただしいヤツだ。そんなに急がなくても、雪は簡単に溶けないぞ」 リィムナの後ろをゆっくりと歩いて来たチェンタロウは、ヤレヤレと肩を竦める。 一メートルも降り積もった雪が珍しいリィムナは、旅館の駐車場が空いているのを見て、「遊びに行こう!」とチェンタロウの腕を引っ張りながら部屋から出たのだ。 しかしチェンタロウの視線が自分からそれていることに気付き、リィムナはこっそり雪玉を作る。 「隙ありっ!」 「ぶほっ!? 突然はじめるヤツがいるか!」 「ここにいるよん♪ あははっ、チェン太の顔、雪まみれだ!」 リィムナは積もった雪に手を入れながら、次々と雪玉を作ってはチェンタロウに投げていく。 八十一センチの身長差があるせいか、雪玉はチェンタロウの胸や腹にばかり当たる。 「内臓が冷えるだろうがっ!」 チェンタロウは雪に手を突っ込むと、大きな雪玉を作り、リィムナに向けて投げた。 「ふふん♪ 甘いよ!」 リィムナはすぐさまスキルの夜を使って周囲の時間を停止させて、横に逃げる。 すると雪玉は地面に落下し、崩れた。 「雪玉は投げるだけではあらず! くらえっ、雪玉ダンクシュート!」 片手ずつで作った雪玉を合わせて一つの雪玉を作り、リィムナはチェンタロウに駆け寄るとジャンプをして、顔面に雪玉を叩きつけた。 「ぶへっ!?」 固めて作った雪玉は崩れ落ちないまま、チェンタロウの顔に埋まる。少ししてチェンタロウは突如、轟龍に変身して顔をブルブルッと振った。 『固く作り過ぎだっ! 息ができないと苦しいんだぞ!』 「あははっ! ごめーん!」 チェンタロウから降り注ぐ雪を避けながら、リィムナは満面の笑みを浮かべる。 ○露天風呂 「はふぅ〜。やっぱり温泉の露天風呂は最高ですね。まだ昼間なので、他の皆さんは入らないようですし。僕一人の貸切みたいで、ちょっと気分が良いですね」 まだ太陽がのぼっている中、勝一は腰にタオルを巻きながら露天風呂に入っていた。 「でも昼の景色も良いものですね。大小様々な雪山が連なり、太陽の光を受けて光り輝いています。田舎ならではの絶景ですね」 外の空気は冷えているものの、熱い温泉に身を浸すと体の芯まであたたまる。勝一の顔も温泉によって赤く染まっており、心地良さそうに緩んでいた。 しかし脱衣所へ続く引き戸が開いた音を聞いて、表情を引き締める。 「お先に入っています……って、桔梗っ!? なっ何であなたが来るんですか!」 「今は混浴の時間じゃ。何の問題もなかろう?」 桔梗は平然と、体にタオルを巻いた姿で入って来た。 「そっそれはそうですけど……」 突然のことに勝一は、温泉の熱とは別の理由で顔が熱くなっていくことに気付く。なるべく桔梗を見ないように、視線を景色に戻した。 「ふい〜。ここの温泉は体にしみるのぉ。確かに勝一の言う通り、湯冷めがしにくいようじゃ」 風呂桶にくんだお湯を体にかけた後、桔梗は露天風呂に入り、勝一のすぐ近くまで移動する。 「そっそうですか。あっ、僕、そろそろ体を洗うので出ますね。桔梗は景色でも見ながら、ゆっくりお湯に浸かっててください」 勝一は無理に笑みを浮かべると、慌てて露天風呂から出た。そして洗い場に移動するも、何故か桔梗はついて来る。 「……桔梗、何ですか?」 「いや、せっかくの混浴温泉じゃ。勝一の体を洗ってやろうかと思ってのぉ」 くくくっと暗い笑いをしながら、桔梗は勝一の腰に巻いてあるタオルを取ろうとした。 「けっ結構です! 自分の体ぐらい、自分で洗えますから! ちょっ、んなーっ!」 ――十分後。 「まったく……。お主が十分も抵抗するものだから、すっかり体が冷えたではないか」 「僕のせいですか?」 二人は並んで、露天風呂に入っている。 タオルを死守しようとする勝一と、取ろうとする桔梗の攻防戦は、お互いのクシャミで中断した。 桔梗はこれ以上の攻防戦は互いの体の為にならないと考え直し、妥協案を提案する。 「しょうがない。今回は背中を洗うだけで、許してやるのじゃ。タオルは巻いたままで良いからの」 「……ありがとうございます」 どこか釈然としない勝一がそれでもお礼を言うと、桔梗は満足そうに頷いた。 「うむ!」 それでも桔梗が嬉しそうなのを見て、とりあえず良いかと勝一が思い直したすぐ後――。 「風呂から上がった後は、瓶入りの冷たい牛乳を飲むのじゃ! その後は浴衣姿で卓球をしようぞ! これぞ正しい温泉旅館の過ごし方なのじゃ!」 拳を握り締めて張り切る桔梗とは反対に、この後も振り回されることが決定した勝一の顔色は悪かった。 冬は陽が落ちるのが早く、また月がのぼるのが早い。時刻は夕方だが、空模様は夜になる。 そんな中、雪遊びを終えたアーニャとミハイルは共に露天風呂に入っていた。 水着を着たアーニャは、しかしいざ人間の姿のミハイルと一緒に温泉に浸かると、気まずそうに視線をそらしている。 「だから言っただろう。いくら共に温泉に入ったことがあったとはいえ、その時の俺は神仙猫の姿で、お前は水着姿。互いに気兼ねなく入れたのは、そのおかげだったんだぞ?」 「ううううるさいですよ、ミハイルさん! 言わなきゃ意識しないで済むんですから、黙っててください!」 バチャバチャとお湯を叩きながら、アーニャは全身を赤く染めた。 「だっ大体意識すること自体、おかしな話なんですよ。私には恋人がいますし、それに開拓者と相棒が一緒に温泉に入っても、何にもおかしいことなんてあるはずないじゃないですか!」 「……お前の態度はすでにおかしいけどな。はあ……。もうお前は上がれ。これ以上入っていると、のぼせるぞ?」 「うっ……! そうですね。じゃあお先に上がります」 アーニャは自分の体温がかなり上がっていることに気付いていた為、素直に露天風呂から出て行く。 「……よし。ようやく一人になれたな」 ミハイルは旅館の者に頼んで用意してもらったまたたび酒を、こっそり持ち出す。 動揺しているアーニャを側に置いたままでは、酒は美味しく飲めないと思い、今まで我慢していたのだ。 徳利からお猪口にまたたび酒をそそいで、一気にグイっと飲む。 「っぷはー! コレだよ、コレ! 人間の姿で、一度やってみたかったんだ」 温泉に入りながらまたたび酒を飲む――願いが叶ったミハイルの顔には、隠しきれない喜びが浮かんでいる。 そして女性専用の時間が近付く頃になり、露天風呂に入って来たのはピンク色のビキニ水着を着た桜と、生地が黄色で茶色の犬の肉球柄のビキニ水着を着た桃だ。二人は温泉に入ると、大きく息を吐いて力を抜いた。 「んーっ! 気持ちイイわねぇ。水着着用でもいいけど、やっぱり裸で入りたいわ。ちょっと開放感が物足りないもの」 残念そうな表情を浮かべる桜に対し、桃は真面目な顔付きで隣にいる桜を軽く睨む。 「桜様、今は混浴の時間帯なので我慢してください。そもそも昼過ぎに一度入って、もう二度目の入浴なんですから。充分に温泉を満喫しているではありませんか」 「アラ、まだ物足りないわよぉ。寝る前と、あと明日起きた時にも入りたいわねぇ。朝食前に入る温泉も良いわよぉ」 「……硫黄の匂いが体に染み付きそうです。私は遠慮してもいいですか?」 「えーっ!」 桜は文句ありげだが、すでに桃の鼻には温泉の匂いが染み付きつつある。温泉は入れば気持ち良いものの、流石に一日に何度も入れば嗅覚がおかしくなりそうだ。 鼻と口元を手で覆う桃を見て、流石にこれ以上誘うのは悪いと思ったのか、桜は残念そうに肩を下ろす。 「分かったわ。あたしは一人で入るから、桃は気が向いた時でいいから付き合ってね。その代わり、もうすぐ女性専用の時間になるんだし、水着を脱いでもいいでしょう?」 「まあ……良いでしょう」 「そしたらあたしの体、洗ってくれる?」 「んなっ!?」 桜の眼が楽しそうに細くなっているのを見て、桃は諦めの覚悟を決めた。 「……分かりましたよ。桜様のお体は洗わせてもらいますが、入浴は強制しないでくださいよ?」 「ええ。約束するわ」 こうして契約を交わした二人の耳に、旅館のスピーカーから『ただ今より、露天風呂は一時間女性専用になります。男性の方はご遠慮ください』という放送が聞こえてきた。 「グッドタイミングね♪ それじゃあ桃、頼むわ。あたしの体をちゃぁんと全部洗って、気持ち良くさせてね」 「了解しました」 ――一時間後。露天風呂は女性専用の時間が終了して、男性専用の時間が始まる。 「ふう……。男性専用の時間に入って正解だったな。おかげでゆっくり入れる。混浴だと、リィムナの面倒を見なければならないだろうし」 チェンタロウはせめて入浴している間はゆっくり過ごしたいと思い、雪遊びが終わる頃にちょうど女性専用の時間になったので、リィムナを先に入らせた。 そして男性専用の時間になったことを旅館のスピーカーから流れてきた放送を聞いて、リィムナと入れ違いに露天風呂に入ったのだ。 運が良かったのか、露天風呂に入っているのはチェンタロウだけである。 そんなチェンタロウを、怪しい眼で見つめている人物がいた。 「ふっ……。ゆっくりなんてさせないよ」 脱衣所の引き戸の向こうに、裸にタオルを巻いた姿のリィムナがいる。部屋に戻ったと見せかけて、戻って来たのだ。 リィムナはスキルのラ・オブリ・アビスを使い、チェンタロウよりもたくましい男性へと変身する。そして腰にタオルを巻き、引き戸を開けた。色仕掛けをする為にスキルの夜春を使いながら、物音に気付いて振り返ったチェンタロウに近付く。 「いよっ、にいちゃん。良い体しているな。アンタ、俺の好みだぜ」 チェンタロウは夜春にかかりそうになるも、ふと冷静に考えてみる。 今日、この温泉旅館は学院が貸し切っている為、顔見知り以外の人物が泊まっていることはない。また旅館の従業員が、こういうふうに客に声をかけることもまずないだろう。……だとすれば、コレは悪ふざけ。 チェンタロウの頭の中に、リィムナの意地の悪い笑顔がパッと浮かんだ。 「……お前、リィムナだな!」 そう言って近付いて来た男を抱き上げると、ポンっと音を立ててリィムナの姿に戻る。 「ありゃ、バレた★」 チェンタロウの手の中で、リィムナはテヘッと笑う。 しかしチェンタロウの視線は、雪よりも冷たい。 「旅館の決まりを守らないヤツはいくら子供とはいえ、お仕置きが必要だな。お前にとって、きついお仕置きをしてやろう」 「えっ? ちぇっチェン太、一体何を……って、いったーい!」 チェンタロウはリィムナを肩に担ぐと、堤太鼓のようにお尻をペシペシと連打する。 「うわーんっ! こっちの世界でも、このお仕置きなの!?」 ○新年会 夕食の時間になり、宴会場には続々と人が入っていく。浴衣姿になった開拓者と相棒はもちろんのこと、仲居達が料理や飲み物を運んで来るのだ。 次々と目の前に置かれる豪華な料理に、勝一と桔梗は目を輝かせる。 「美味しそうですね。仲居さん達から聞いたんですけど、ここのお料理は雪の中でも育つ野菜を中心に、川でとれる魚も新鮮で美味しいそうですよ」 「うむ! 見た目や香りからも、味が想像できるのぉ。では早速いただこうか」 「はい!」 二人ははしゃぎながら、箸を持つ。 そんな二人の隣にいるのは、アーニャとミハイル。アーニャは野菜入りの味噌汁を飲んで破顔し、ミハイルも焼き魚を食べて顔を綻ばせる。 「このお味噌汁、美味しいですね。具だくさんなのが嬉しいです」 「魚も美味い。ここでしか食べられない味だな」 箸の動きが早い二人だったが、不意にミハイルの手が止まった。 「アーニャ、寝る前に話をしたい。少しだけ、時間をくれるか?」 「ふえ? いいですよ。でもミハイルさん、酔い潰れないように気をつけてください」 アーニャの視線の先には、ミハイルが頼んだまたたび酒がある。 「分かっている。……真面目な話をするつもりだからな」 前半の言葉は強く言い、後半の言葉はアーニャに聞こえないほどの小さな呟きだった。 二組の開拓者と相棒達が食事に夢中になっている中、少し遅れて桜と桃も宴会場にやって来る。 「温泉旅館の楽しみと言えば、ご当地のお料理もなんだけど……わんこ向けのご飯もあるのかしら? 食べさせてはいけない食材もあるし、味も濃いものはダメだしねぇ。心配だわ」 「……桜様、私は普通の犬じゃないんですから、そんなに食べられる物は制限されていません。タマネギだって、チョコレートだって食べられるんですから」 「あら、そうだったわね」 コロコロと笑う桜を横目で見つつ、桃は重いため息を吐く。確かに苦手な食材はあるものの、それでも食べられないことはない。 そもそも前もって旅館には相棒が何の姿になるのか言ってあるので、合った食事が用意されているのだ。 その証拠に桜には人間用の料理と飲み物が目の前に置かれ、桃には少しメニューが違ったものが置かれる。 「桃のお料理も美味しそうねぇ。……お肉料理が多いのが、アレだけど」 「私の食事はコレでいいんです。とっても美味しそうですよ」 口調は冷静だが、今の桃の眼は桜があまり見たことがないぐらいに光り輝いていた。 「桃、美味しそうな料理を目の前にして、理性がなくなりそうだけどまだ『待て』よ」 「分かっていますよ。全ての料理がそろうまでは、大人しく待っています」 苦しそうに笑う桃を見て、桜は思わず失笑してしまう。 そして桜と桃の料理が全てそろった頃になり、最後にリィムナとチェン太が宴会場に入って来た。 「イタタ……。まだお尻が痛いよ。チェン太ったら、ヒドイんだから」 リィムナは叩かれた尻をさすりながら、涙目でチェンタロウを見上げる。 「自業自得という言葉が、今のお前にはピッタリだ。これにこりたら、男性用の風呂には入らないことだな。スキルで変身しても、ダメだぞ」 う〜っと唸るリィムナを無視して、チェンタロウは空いている座布団に座った。 その後、料理や飲み物が次々と並べられるが、いつもならはしゃぐはずのリィムナはチェンタロウの隣に座りながらそっぽを向いている。 「ほら、料理は全て並んだぞ。冷めるともったいないから、早く食べろ」 「……チェン太が食べさせてくれなきゃ、ヤダ。食べない」 子供らしいワガママに、チェンタロウは今日何度目になるか分からないため息を吐く。 「ったく。しょうがないな」 チェンタロウはリィムナを自分の膝の上にのせると、箸を持って食べさせ始める。 「ほら、口開けろ」 「……うん、美味しい♪ チェン太、もっと!」 「はいはい」 こうしてほのぼのした空気が流れる中、食事は続いていった。 ○就寝 夜も遅くなり、勝一と桔梗は布団に入るなり早々に寝てしまう。 桜は一人で露天風呂へ行き、桃は桜を待つ間に布団に入りながら本を読んでいる。 そしてミハイルは部屋の明かりをつけたまま布団に入り、隣の布団に入ったアーニャに視線を向けた。 「アーニャ、俺はお前の結婚を見届けた後、旅に出ることにした」 「はっ? なっ何でですか?」 思わず上半身を起こしたアーニャの肩を、ミハイルは優しく押し止める。 「完全な獣人化の法を見つけ、学ぶ為だ。今の神仙猫の法では限界がある。それに……いや、これはまだ言うべきではないな」 ミハイルの頭には一人の女性の姿が浮かんだが、結婚を控えたアーニャに言うべきではないと一度口を閉じた。 「とにかく、俺はちゃんと戻って来るつもりだ。永遠の別れではない。少し出掛けるだけだ。安心しろ、離れていても俺達はずっと相棒同士だ」 「ミハイル……さん。珍しく泊まりに行く気になったのは、それを伝える為でもあったんですね」 アーニャは力が抜けたように、布団の上に倒れる。 「……分かりました。ミハイルさんには相棒としての人生がありますもんね。寂しくないと言えば嘘になりますけど、帰ってくる日をずっと待っています」 涙を浮かばせながらも、それでも必死に笑顔を作るアーニャの手を、ミハイルは強く握り締めた。 「ああ、待っててくれ。お前が誇れるようなパートナーになって、必ず帰って来る」 そしてリィムナとチェンタロウの部屋では、すでに明かりが消えている。 「んにゃあ……。眠い〜。チェン太の体、あったかくて気持ち良い。大好き〜」 部屋には二組の布団がしかれているものの、リィムナはチェンタロウの布団に入り、体を密着させていた。 「今日は随分はしゃいだしな。もう眠るといい。……だがおねしょはするなよ?」 「しっしないよ!」 慌ててリィムナは否定するものの、チェンタロウの疑惑の視線は変わらない。 「念の為に今からトイレに行っておくか。俺が起きている間なら、付き合ってやるぞ」 「うっ……。……お願い」 チェンタロウはリィムナを抱っこしながらトイレへ連れて行き、終わるまで扉の向こうで待つ。 「やはり慰安にならない旅行になったな」 ――こうして開拓者と相棒達の夜は更けていった。 <終わり> |