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■オープニング本文 神楽の都にある開拓者ギルドの会議室では、女性受付職員の野衣・雛奈・京歌・鈴奈の四名が戸惑い気味な顔付きで、机の上に置いてある依頼書を見つめていた。 「……コレって開拓者への依頼になるのかな?」 「ん〜、とりあえず開拓者にやってほしいことなら、そうなるんじゃないの?」 「でもコレって依頼と言うより、報酬じゃないの?」 「依頼人に悪気が無いだけに、迷うところだよね〜」 四人はそれぞれ腕を組み、眉間に皺を寄せる。 梅の花が咲き始めた頃、開拓者ギルドに貴族の老女と商家を営んでいる中年男性の二人が訪れた。老女は貴族に嫁いだ女性で、中年男性は老女の弟で実家が営む商家を継いだ人、なので二人共家はかなりの裕福と言える。 二人は少し前、困ったことが起きて開拓者ギルドに依頼をしたところ、たちまち解決してくれたことに感謝していると言う。 開拓者ギルド側としては依頼をされれば受けて、無事に終えれば報酬を貰ってそれで終了――というのがいつものことだった。 しかし二人はお礼がし足りないと思ったらしく、何か別の形で感謝を伝えたいと考えたらしい。 そして思いついたのが、老女の家が所有している別荘に招待するということだった。 別荘がある場所は紅と白の梅の花が数多く植えられている山で、周囲の人々からは『梅の山』と言われるほどだ。そんなに高い山ではなく、丘とも呼べる程度。その山の中心に、立派な和風の屋敷が建ってある。老女の夫が妻の為に建てた立派な屋敷なのだが、二人共高齢の為に近年ではあまり行けていないらしい。 「まあそれでもお手伝いさんに掃除を頼んでいたから、中は綺麗なままらしいわね」 「使っていない別荘を、開拓者達に使ってほしいってことなんだよね?」 「しかもただ使うんじゃなくて、三月らしく雛祭りをしてほしいって……」 「ありがたいような面倒なような……微妙よね」 四人が首を傾げるには、理由がある。 依頼の内容は簡単に言えば、『開拓者達に雛祭りをして楽しんでほしい』とのこと。食べ物と飲み物はもちろん、雛人形の仮装をする為の衣装や道具も用意してくれるらしく、全て料金を負担してくれるのはありがたいのだが……。 「問題は『開拓者の相棒も一緒に』ってところよね」 野衣が思いっきり遠い目をしながら呟いた言葉で、三人の顔色がよりいっそう悪くなる。 「でっでも場所は大きな相棒がいても良いぐらい、広いんでしょう?」 「それに相棒用の衣装も用意してくれるなんて、良いお話じゃない」 「きっと相棒達も喜ぶわよ」 雛奈・京歌・鈴奈の言葉自体は明るいのだが、その表情は引きつっている。 依頼としては良いのだが、依頼人の二人に逆に申し訳ない気がしているのだ。 「……本当なら、お二人が来てくださると良いんだけどね」 「でも野衣さん、お二人は高齢で、しかも弟さんの方は仕事で他国に行くと言っているから、そこはしょうがないよ」 「そうねぇ。じゃああたし達の誰かが仕事の合間に見に行くってのはどう? 梅の山はここからそう遠くないし、見に行くのも仕事の一つになるんじゃない?」 「京歌ちゃんの言う通りだね。わたし達が実際に開拓者達が楽しんでいるところを見て、依頼者の二人に報告すれば、安心すると思うよ」 依頼人達は開拓者達に楽しい時間を過ごしてほしいと思っているものの、残念ながらその様子を見ることはできないらしい。 その一点が四人の表情を曇らせていたのだが、自分達が見に行くとなればまた話は別。 「それじゃあ男性達にも声をかけましょうか。美島さん達とかが良いと思うわ」 「だね。じゃあ芳野さんにも言っておくよ」 「わたしは京司兄さんと行くわ」 「利高さんにとっても、良い息抜きになると思うよ」 ――こうして開拓者と相棒、そして受付職員も参加する雛祭りがはじまった。 |
■参加者一覧 / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) |
■リプレイ本文 ○雛人形に変身 「ほう、これは見事な梅だな。梅の山と噂されるのがよく分かる。まだ肌寒くはあるが、それでもこの景色を見ていると春だと感じるな」 随身の姿になったリューリャ・ドラッケン(ia8037)は、別荘の周囲を囲むように咲き乱れる紅と白の梅の木を見て、感心のため息を吐いた。 今日は天気が良く、青い空に白い雲がはっきりと見え、また春の日差しも眩しすぎず輝いている。まだ少し寒い風に乗って、梅の良き香りが運ばれてきた。 リューリャは大きく深呼吸をして春の空気を胸いっぱいに吸い込むと、表情を和らげた。殺伐とした依頼が多い中で、心休まる依頼をしてくれた姉弟に心の中で感謝をする。 「リューリャさん、ここにいたんですか」 京司に声をかけられて振り返ったリューリャは、いつも開拓者ギルドで見かける男性受付職員達も雛人形の姿になっているのを見て、微笑む。 「あなた達の受付職員用の制服以外の姿を見るのは、新鮮だな」 京司・芳野・利高の三人は五人囃子の格好をしていて、美島はお内裏様の格好をしていた。 「まあ開拓者ギルド以外で会うのも、珍しいよな」 「依頼以外では、なかなか会うこともないしな」 芳野の言葉通り、リューリャは依頼であちこちに移動することが多い為に、なかなか開拓者ギルド以外で顔を合わすことはない。 「でもリューリャさんの随身姿、俺達しか見られないというのもある意味、贅沢かもしれないな。街の娘達が見たら、きっと大騒ぎになっていただろう」 「利高さん、からかいは止めてくれ。この衣装、見た目は良いが、少々動きづらいんだ」 洋服を着ることに慣れているリューリャにとって、随身の衣装は少し不便を感じるらしい。 「そういえば、リューリャさんの相棒はどこにいるんですか? 確か鶴祗さんをお連れになったんですよね」 美島に問いかけられて、リューリャは屋敷を指差す。 「ああ、広間に飾られている立派な雛人形を夢中になって見ている。せっかくだから、お雛様の格好をしてもらった。俺が言うのもなんだけど、可愛いよ」 天妖の鶴祗はお雛様の衣装を喜び、また雛人形を見た途端に眼を輝かせて見入ってしまったらしい。 雛人形にあまりに夢中になって、声をかけても生返事しか返してこないので、リューリャは一人で庭を見ることにしたのだ。 ふと疑問を思った京司が、リューリャに尋ねる。 「そういえばリューリャさんは今回、裏方をするって聞いたんだけど、いいんですか?」 「ああ。雛祭りは女性が主役だしな。こういう依頼では裏方をした方が、俺には合うんだ。まあ今回は、鶴祗の為に参加したというのもあるしな。今までいろいろと苦労させてきたし、こういう依頼に参加することによって、楽しんでもらいたいんだ。何もしないで、鶴祗に不満を爆発させられると、恐ろしい目に合うからな。主に俺が」 「じゃあせっかくだし、騎士らしく鶴祗を紳士的に接してやったらどうだ? きっともっと喜ぶぞ」 芳野の提案を聞いて、うむ……とリューリャは腕を組んで考えた。 「ではスキルの士道を使って、座敷にエスコートしよう。たまにはご機嫌を取らないと、な」 「リューリャさんほどの美青年にそんなことをしてもらったら、きっと他の女性達は失神してしまうな」 利高がニヤニヤ笑いながら言うと、リューリャは苦く笑う。 「だがそれも、同業者には通じないと思うが……。何せ意志の強い女性が多いからね」 「いえいえ。リューリャさんほどの方ならスキルなど使わずとも、女性達を虜にすることなど簡単でしょう」 「……それは美島さんには言われたくないが」 見た目と本年齢が合わない美島は、女性受けがかなり良い。依頼人の中には、美島目当てで開拓者ギルドに訪れる者がいるぐらいだ。 「さて、それじゃあ早速鶴祗の所へ行こうかな。雛人形を見過ぎて、穴があいては困るからね」 宴会が行われるお座敷に、開拓者二人とその相棒二人がふすまを開けて中に入って来る。 「やれやれ……。和服を着るのに、手間取ってしまったのぉ。見た目は良いのじゃが、洋服よりも着るのが難しいのが和服の難点じゃ」 『お姉ちゃま……じゃなくてっ! 姉様の随身姿、とても立派で格好いいわ!』 「ふふっ、ありがとうなのじゃ。カチューシャも、お内裏様の姿が良く似合っておるぞ。お互い、今日は男装じゃ」 随身の格好をしたリンスガルト・ギーベリ(ib5184)と、相棒で人妖のカチューシャはお内裏様の姿になっていた。 続いてリィムナ・ピサレット(ib5201)と、相棒で上級人妖のエイルアードがお座敷に入って来る。 「エイル、あたしの三人官女姿はどお?」 『とっ……とても可愛らしいですっ……!』 「ありがと♪ エイルのお雛様姿も、とっても可愛いよ!」 『うっ嬉しいような、情けないような……』 同じ人妖のカチューシャは七歳ほどの少女の姿をしているが、エイルアードは元々七歳ぐらいの少年の姿をしていた。 つまりエイルアードは女装をさせられている為、その表情は少々情けないものになっている。 『僕って、よく女装させられますよね……。今回はお内裏様は高望みだとしても、五人囃子ぐらいにはなれると思ったんですが……』 そう言いながら、エイルアードはどんどん俯いていく。 そんなエイルアードの肩をカチューシャは後ろから掴んで、背を伸ばさせる。 『エイル、顔を伏せたらせっかくのお雛様のかんばせが見えないじゃない。今日ここにいる全員は、雛人形なんだから。変装や仮装の一種だと思って、シャキッとしなさい!』 『わっ分かっているよ! ただまだ慣れないから、恥ずかしいだけなんだ……』 『それじゃあわたしの側にいなさい。お内裏様の後ろにお雛様が隠れていても、照れているだけだと思われるから』 『うっうん……』 言われるままにエイルアードはカチューシャの背後に回り、隠れるように身を縮こませた。 微笑ましい二人の様子をずっと近くで見ていたリンスガルトは笑みを浮かべるも、リィムナは少しだけ複雑さがまじった笑顔になる。 「何とも可愛らしい光景じゃのぉ」 「そっそうだね。(……カチューシャは完全に、姉さん女房タイプだね)」 そこへ着替え終えた女性受付職員達が、ぞろぞろとお座敷に入って来た。 「みなさん、先に来ていたんですね。衣装がとてもお似合いですよ。リンスガルトさんは異国の衣装で、苦労したでしょう? でもとても素敵ですよ」 「野衣の三人官女姿も美しいのじゃ! 知的な汝には、良く似合っておるぞ」 リンスガルトは普段とはまた違った魅力を見せる野衣を見て、顔を赤くして興奮した。 『雛奈殿のお雛様姿も愛らしいわ。エイルよりも似合うわよ』 「ありがと、カチューシャ。あなたのお内裏様姿も、格好良いし可愛いわよ♪ でもわたしは名前に<雛>の文字があるから、お雛様に推薦されちゃったのよ。結構、安易でしょう?」 雛奈の言葉を聞いて、カチューシャは何とも言えない顔付きになる。 「京歌さんも三人官女なんだね! 何だかカッコイイよ!」 「リィムナさんの三人官女姿は可愛いわ。でもあたしみたいな凛々しい三人官女がいても、たまには良いでしょう?」 確かに背筋がピンっと伸びて、そこら辺にいる男よりもサッパリした性格の京歌の立ち姿はとても凛々しかった。 『鈴奈さんも三人官女……なんですね。良く似合っていますよ』 「うふふっ、エイルアードくんもお雛様姿が良く似合っているわよ♪」 鈴奈はいたずらっぽく、エイルアードに笑いかける。 褒められても素直に喜べないエイルアードは、何とも言えずに顔を背けてしまう。 やがて宴会がはじまる時間になり、男性受付職員達もお座敷にやって来た。 そして最後にスキルの士道を発動したリューリャにエスコートされながら鶴祗も訪れて、全員がお座敷にそろった。 ○はじまった宴会 受付職員達はあらかじめ用意された、雛祭りにちなんだ食べ物と飲み物を配っていく。 お菓子は菱餅・雛あられ・引千切、ご飯ものは鯛や蛤の料理と吸い物、それにちらし寿司、飲み物は白酒が用意されていた。 全員が美味しい食事を堪能して、場の空気があたたまったところで、そろそろ見せ物でも行おうとなる。 そこで鶴祗が歌うことを特技としていることから、舞台に上がって歌ってほしいとの声があがった。 「鶴祗、雛祭りに関する歌を聞かせてくれないか?」 リューリャにも頼まれて、鶴祗は舞台に上がる。そして美しくも可愛らしい声で、歌い始めた。 お座敷にいる者達は、その歌声にうっとりと聞き惚れる。 鶴祗が雛祭りにちなんだ歌を次々と歌うのを聞き入っていたリューリャだが、白酒をそそぎに来た野衣にふと問い掛けた。 「そういえば、雛人形は三月三日を過ぎても片付けないと婚期が遅れるという話だけど、本当なのかな? 期間が過ぎたら、さっさと片付ける真面目さが大事とかいう意味か?」 「それもあるでしょうが、春の次は梅雨の季節が訪れます。雛人形を出しっぱなしにしていると、梅雨のせいで虫食いやカビの被害が出るから、というのもあるらしいですよ」 せっかくの雛人形が虫食いやカビの被害を受けて、見ていられない姿になるのを想像したリューリャは深く頷いた。 「……なるほど。確かにそれじゃあ早く片付けた方が良いな」 数曲の歌を歌い終えた鶴祗はペコッと頭を下げて、リューリャの隣に戻って来る。 すると今度は、リンスガルトが立ち上がった。 「鶴祗の歌声、見事なものじゃった。続いて妾が、良い剣舞を見せようぞ!」 『姉様、頑張ってね!』 カチューシャの声援に、手を振って応えたリンスガルトは舞台に上がる。 そして腰に差していた剣をゆっくりと引き抜くと、剣舞をはじめる。やがてスキルの五神天驚絶破繚嵐拳を発動して、リンスガルトの体は黄金色の光に包まれていく。すると動きはどんどん早くなり、リンスガルトは剣を口に咥えると後方倒立回転跳びを舞台の上で何度も繰り返す。 「きゃーっ! リンスちゃん、ステキ!」 『姉様、カッコイイ!』 リンスガルトを慕うリィムナとカチューシャが、歓声を上げる。 気分を良くしたリンスガルトは二ヤっと笑うと、スキルの瞬脚を使って走り出す。景色を見る為に庭に面した戸が開け放たれた所から、外に出た。そして紅白の梅の花が咲き乱れる中、地面を蹴って飛び上がり、スキルの神龍煌気(M)を発動させてその拳を天に向かって突き出す。すると黄金色の闘気がリンスガルトの残像となって宙に浮いて、静かに消え去った。 リンスガルトは空中で一回転すると、無事に着地する。 「ふう……。泰拳士のスキルを存分に使った見せ物は、どうじゃった? 」 「リンスちゃん、サイコー!」 『さすが私のお姉ちゃま! 素晴らしかったわ!』 『ふっ二人の声も、スゴイよ……』 リィムナとカチューシャは興奮しまくりだが、近くにいるエイルアードは二人の声の大きさに、耳鳴りを感じて両手で耳を塞いでしまう。 お座敷に戻って来たリンスガルトは、鈴奈から冷たい緑茶をもらって一気に飲み干す。その後、リィムナに意味ありげな視線を向ける。 「妾の見せ物は、これでおしまいじゃ。リィムナ、汝も見せ物を考えてきたのじゃろう? 今度は汝の番じゃ」 「うふふっ♪ 親友で恋人のリンスちゃんからのご指名じゃあ、断るわけにもいかないね。あたしはお座敷の舞台を使った見せ物をするよ」 そう言ってリィムナは立ち上がり、舞台に向かう。 「受付職員の皆さん、楽器の演奏をお願いね♪」 リィムナに声をかけられて、受付職員達は隣の部屋に置いていた和楽器を手に持って舞台に上がる。 「へぇ。あの人達、和楽器を演奏するのか。意外な一面を、今日はじめて知った」 「妾もはじめて知ったのぉ。……リィムナはいつ、知ったのじゃ?」 見せ物の準備をしている受付職員達を見ながら、リューリャとリンスガルトは眼を丸くしながら呟いた。 野衣は横笛、雛奈は篳篥、京司は小鼓、京歌は笙、芳野は大鼓、鈴奈は羯鼓、利高は太鼓を演奏するようで、唯一何も持たない美島は謡役のようだ。 そして準備が整うと、リィムナは演奏者達の前に出る。 演奏と歌は静かにはじまり、リィムナは曲に合わせて舞う。踊りが得意で身軽なリィムナはしかし、スキルを発動させることによって舞台に変化を起こす。無限ノ鏡像(M)にて三人の分身を作り、舞台上にリィムナが三人いるように見せたのだ。 すると三人官女が揃ったように見えて、見物人達は一瞬驚いたものの、すぐにスキルによるものだと理解する。 (これぞ真の三人官女の舞! ……まあ流石に既婚者を意味するお歯黒と眉なしはできないけれど、まだ未婚者だからいいよね) 七人の楽器の演奏と、美島の歌声に合わせてリィムナは舞う。普段は明るくはしゃいでいるが、舞っている姿は静かで優雅さがにじみ出る。 やがて一曲終えた後、リィムナは一人に戻ってペコリと頭を下げた。 「どうだった? ちゃんと三人官女の舞に見えたかな?」 『リィムナ、ご立派でしたっ……!』 リンスガルトよりも先に、エイルアードがリィムナに駆け寄って両手をギュッと握り締める。その顔は赤く、眼はキラキラと輝いていた。どうやらリィムナの舞に、感動したようだ。 「アハハ、ありがと。でもまだ見せ物はあるんだよ。衣装を替えてくるから、エイルはここでリンスちゃん達と待ってて。着替えは野衣さんと鈴奈さんに、手伝ってもらうことになっているから」 『分かりました』 野衣と鈴奈を引き連れて、リィムナはお座敷から出て行く。 他の受付職員達は楽器を舞台に残して、おりて来た。 リューリャと鶴祗は受付職員達に湯呑を渡して、冷たい梅茶をそそいでいく。 「お疲れ様、とても良い演奏だったよ。失礼だが、まさかあなた達が和楽器を演奏できるとは思わなかった。いつからやっていたんだ?」 湯呑にそそがれた梅茶をじっと見ながら、雛奈は思い起こす。 「……ん〜っと。野衣さんと鈴ちゃん、それにわたしは小さい頃から習っていたわね。親に言われたからやっていたけど、趣味程度よ」 「オレと京歌も、親に勧められて習わされた方だな」 「でも京司兄さんもあたしも、あんまり夢中になれなかったのよね。まあ長くは続けていたから、そこそこの演奏はできるわけ」 「俺は趣味だな。開拓者を辞めた後は時間ができたから、何か趣味を持とうと思ってはじめたんだ」 元開拓者の芳野の言葉を聞いて、利高も同じだと言うように頷いた。 「俺も趣味として、はじめたんだよ。心身共に疲れる仕事をしているから、太鼓でもやれば気分が良くなると思って」 「それは芳野さんとは、ちょっと事情が違う気がするが……」 思わずリューリャは呟き、鶴祗も同意するように頭を縦に振る。 利高は何故だか厄介な依頼を受けることが多い為に、不満を解消する術として太鼓をはじめたことは悪くはないのだが……。 何にも言えなくなってしまったリューリャと鶴祗を見て、慌てて話題を変えようとリンスガルトは美島に顔を向ける。 「美島の歌声も凄かったのぉ。どこぞで習っておったのか?」 リンスガルトの問いかけに、美島はにっこり微笑んで見せた。 「いえ。誰かに習ったわけではないですよ」 「それにしては随分と、色気と艶のある歌声じゃった……。まあリィムナを引き立てるのに、役に立ったがのぉ」 「それはそれは。光栄の至りでございます」 美島が恭しく頭を下げると、リンスガルトは悪い気はしないようで胸を張って鼻を鳴らす。 すると五人囃子の姿になったリィムナが、野衣と鈴奈を後ろに引き連れながらお座敷に戻って来た。 「お待たせ! 今度は五人囃子の見せ物をするよ!」 リィムナが声を上げると、受付職員達は小鼓、大鼓、太鼓以外の楽器を舞台から下ろす。 「笛は新しいのを使うね。今度はあたし一人の舞台だよ」 再びスキルの無限ノ鏡像(M)を発動して、今度は五人の分身を作る。四人は楽器を演奏して、一人は謡役だ。 リィムナは雛祭りに関した曲を楽器や歌声で一生懸命に奏でるも、その姿を見つめるリンスガルトは微笑みを浮かべつつもほんの少しだけ、苦しさをにじみ出していた。 一曲を終えるとリィムナは再び一人に戻って、廊下に続くふすまへ向かう。 「悪いけど、また衣装を替えてくるね」 「ああ、妾も着替えるのじゃった。カチュよ、エイルと共にこの部屋で待っていておくれ」 『分かったわ』 『あっ、……はい』 エイルアードは何か言いたそうな顔をするものの、彼の肩をカチューシャが強く掴んで止めた為に、口を閉じた。 リンスガルトはリィムナの手を掴み、廊下に出る。数メートル歩き、お座敷から距離を取ったところでリンスガルトは顔だけ振り返り、リィムナを軽く睨む。 「……随分と疲れるスキルを連発したものじゃな」 「えへへ。でもスキルのレ・リカルで回復しているから、大丈夫だよ」 だがリィムナの表情は笑みを浮かべているものの、顔色は悪い。 「エイルも心配しておったぞ? ……あまり無茶はしてくれるな」 「あたしはみんなに楽しんでほしかったんだけど……。大切な人達に心配はかけたくないから、今後は控えるよ」 「ああ、そうしておくれ」 しばらくして、お雛様の姿になったリィムナとリンスガルトがお座敷に戻って来た。 するとカチューシャはリンスガルトの姿を見て、うっとりする。 『お雛様になった姉様、可愛くてとても良いわ! お内裏様である私の隣に座る?』 「ありがたい誘いじゃが、そこはエイルの指定席であろう? 妾はリィムナの隣に座ることにするのじゃ」 リンスガルトとリィムナは、互いに微笑み合いながら座った。 『それじゃあどちらかが、お内裏様の格好をした方が良かったのでは……?』 エイルアードが首を傾げながら尋ねるも、二人は笑みを崩さない。 「あたし達はこれで良いんだよ♪ ねっ、リンスちゃん」 「そうじゃの」 リンスガルトはお雛様が持つ檜扇を広げると、リィムナに顔を近付ける。そして二人の相棒の目の前で、しかし檜扇で隠しながら口付けを交わした。 「鶴祗、今度は受付職員の方々の演奏で、歌を歌ってくれないか?」 リューリャのその一言で、再び鶴祗と八人の受付職員達は舞台に上がる。美島は笛の演奏もできるらしく、今度は楽器の演奏者になった。 こうして春のあたたかさの中、梅の香りに包まれて、雛祭りは楽しく和やかに続いた――。 【終わり】 |