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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 この世界でアヤカシという存在は、人間の心から生まれたモノ。人間の感情から生まれたアヤカシは、自分を生み出した感情を糧に成長する。はじめは一般人の眼には見えぬ存在であるアヤカシも、多くの感情を得れば実体化し、人間を襲う存在と成る。 アヤカシを生み出す人間の感情とは、愛情、憧れ、憎しみ、恨み、怒りなど、自分自身でも制御できないほどの強い思いだ。ある意味純粋で、ある意味欲望にまみれたアヤカシは、簡単に【忌まわしきもの】とは言えなかった。 しかしアヤカシに感情を強く深く喰われた人間は、空っぽになってしまう。ただの生きた肉人形と化してしまうのだ。 ゆえにアヤカシは、退治される対象になっている。アヤカシの存在を感じ取り、また退治できる能力を持つ者達を、人々は『開拓者』と呼んだ。 ★アヤカシのあなた ふと目が覚めると、『あなた』は自分がアヤカシであることを思い出す。そして近くにいる人ならざるモノは、自分の使い魔であった。 だんだんと頭が回ってくると、腹が鳴る。どうやら空腹のようだ。今日も人間の強い感情を引き出し、喰らうことにしよう。 そこでふと、使い魔から今日の予定について言われる。 アヤカシ仲間である妖志乃から、久々に屋敷に遊びに来ないかと誘われていたのだ。 アヤカシは普段、自分の領域からあまり出ない。狩りに行く時も、近場を選ぶ。 それゆえ行動範囲が狭くなってしまうのが難点であり、天敵である開拓者に見つかる可能性が高かった。 しかし妖志乃は憑依能力を持つアヤカシであった為、開拓者をも操ってしまう。そのおかげで彼女の近くは安全なのだ。 妖志乃は自分だけではなく、他のアヤカシ仲間にも声をかけたようだった。 行くのは良いが、空腹のままでは格好がつかない。妖志乃の屋敷に行く前に、使い魔と共に狩りに行こう。 もしかしたら知り合いのアヤカシと顔を合わせるかもしれないし、開拓者と戦いになるかもしれない。それでもアヤカシにとって、空腹とは何よりも耐え難いもの。 さて、身支度を済ませたら、出掛けることにしよう。 |
■参加者一覧
からす(ia6525)
13歳・女・弓
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
エクレール・カーリム(ib9362)
20歳・女・ジ
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●そのアヤカシ、絶望する人間の前に現れる ぐるる〜っと鳴った腹を手でさすりながら、からす(ia6525)は使い魔の報告を聞いていた。 「……ほうほう、なるほど。手頃な罪人を見つけたのだな。早速行って喰うとするか。待ち合わせの時間に遅れるのは、みっともないしな」 からすはクルッとその場で回ると、カラスに姿を変える。漆黒のカラスの両翼の内側には、赤い呪術の模様が浮かんでいた。 カラスは大きく翼を動かすと、使い魔の案内で罪人の所まで飛んで行く。 目的の罪人は、刃がボロボロになった刀を持ち歩いていた。しかし刀も自分自身も、他人の血で濡れている。 「ちっくしょう……! みんなして、俺をバカにしやがって」 血まみれの四十代ぐらいの男がフラフラと山の中を歩いているのを発見したカラスは、木の枝にとまる。すると鳥の姿をした使い魔達が、カラスに男が罪人になった経緯を話し出した。 あの男は落ちぶれた侍で、しかし原因は男自身にある。元々商人の家に警備として働いていたのだが、商品を転売して金にしたのだ。その金で博打に夢中になり、雇い主にバレてクビになった。女房と子供はあきれ果てて、実家に帰ってしまう。一人残された男には借金しかなく、取立てにきた金貸し達を刀で斬って逃げ出し、この山に来たのだ。 「……ヤレヤレ、呆れるぐらい私の好みだな。コレなら良い味がするだろうし、腹も満ちるだろう」 カラスは再び羽ばたくと、気配を消して男の背後に浮かぶ。しかし夜闇にカラスの黒が溶け込んでおり、男は気付かない。 『いつまでも逃げられると思っているのか? 開拓者や同心達がきみを探して、この山に入って来ているのだぞ?』 男はどこからともなく聞こえてくる声に驚き、歩みを止めた。 「だっ誰だ?」 『罪におびえたまま、殺されるのは嫌だろう? 幸せな気持ちになりながら、眠りたいとは思わないか? その願い、私ならば叶えてやれるぞ。さあ辛い過去を捨てて、楽しい夢を見たいのならば、こう言うといい。そうすれば私との契約は結ばれる』 カラスが耳元で囁いた言葉を、うつろな表情の男は口を開けて声に出す。 「『幸福なのは義務である』」 次の瞬間、カラスの両翼は大きく広がり、男の全身を包み込んだ。黒いオーラがカラスから発し、しばらくすると男は解放された。地面に倒れた男の顔は、満ち足りた幸福そうな表情を浮かべている。 『その罪が、私にとっては一番のご馳走なのだよ。息絶えるその時まで、良き夢を見続けるといい。――覚めぬ意識の中で、な』 しかしそこへ、松明を持った数人の開拓者がやって来た。 カラスはすぐに飛んで、近くの桜の枝にとまる。そして開拓者達に向かって、ニィッと笑って見せた。 『やあ、開拓者達よ。良い月夜だな。夜桜見物をするにはちょうど良く、血にまみれた人間はよりいっそうこの夜を魅力的に見せてくれる。――くくくっ、そう怒るな。地面に倒れている男は、まだ死んではいないよ』 開拓者達が男の脈を調べると、確かにゆっくりだがまだ動いてはいる。それでもカラスに攻撃的な眼差しを向けてきた。 『……ふんっ、私を裁くと言うのか? 私が一体、何の罪をおかしたというのだ? 私はただ罪深き人間の負の感情を喰らい、代わりに覚めることのない幸せな夢の世界へ誘っているだけだ。まあおかした罪を忘れて、楽しい夢の中で生き続けることが本当に幸せかどうかは、私には分からないことだがね。くくくっ』 片翼で嘴を隠して笑いを耐える仕草に、よりいっそう開拓者達の怒りは燃え上がる。 『これでも私は普通に生きている人間のもとには現れないのだぞ? 負の感情を持つ人間の前にしか現れないものだから、最近では一部の人間達の間では有名になっているらしいがな。まっ、私の行動の受け取り方はそれぞれだが、それでも討伐されるのはごめんだな。さて、これから予定があることだし、今宵はここらへんで。……ああ、そうそう。悲しく辛い人生を終わらせたいと思った時には、私の名を呼ぶと良い。その感情を喰らい、楽しい夢の中に招待してやろう』 嘲笑を響かせながら、カラスは使い魔達と共にその場から飛び去った。 妖志乃(iz0265)の屋敷の大広間で、人間の姿になったからすはお茶を飲んでほっとため息をもらす。 「相変わらず、妖志乃が出す茶は美味しいな。特に腹が満ちた後に飲むと、美味さが引き立つ」 「ふふっ、我の憑依能力はただ人間の感情を喰らう為だけにあるのではないからのぉ。こういった物を、手に入れる為に使うこともあるのじゃ。……しかし相変わらず、からす殿の使い魔は多いのぉ」 屋敷の庭には数え切れないほどのからすの使い魔達がいて、妖志乃の従属達がアタフタしている。 「彼らも先程、美味い食事を終えたばかりだからな。少しはしゃいでいるが、気にしないでくれ。……しかし茶が美味い。悪いがこの茶の葉を少し、分けてくれないか?」 からすは人間の感情以外に、何故かお茶を愛するアヤカシであった。 妖志乃はため息を吐きながら、鉄扇を横に振る。 「そう言うと思い、土産として準備しておるので安心せい。今は会話を楽しもうぞ」 ●そのアヤカシ、戦闘経験を積むことに夢中 本名はリューリャ・ドラッケン(ia8037)、アヤカシとしての通り名は人刀と呼ばれしモノは、戦時代に誕生した。 アヤカシ対人間ではなく、人間対人間の戦いが毎日のように行われていた時代、一人の刀工が一本の見事な刀を作った。敵を斬ることにより、戦が早く終わるのならば……という思いから作られた刀は、人間をいくら斬っても刃が欠けることはなく、ずっと美しい姿のままだった。 ある戦で多くの死体の中にいた刀は突然、意志を持つ。すると刀は一人の美しい青年へと姿を変えることができる上に、また人間の負の感情を喰らうことにより、力を強くしていく自分に気付いた。しかし刀の姿ではアヤカシの力を発揮することができるものの、人間の姿ではアヤカシの力は全く使えない。 そのことを知った頃には数名の使い魔がリューリャの元にいたので、彼は使い魔を使って動くことにした。 「人刀様、次の使い手はあの青年でいかがでしょうか?」 「悪くないな、刀姫。近くに開拓者の気配はないな?」 「はい。それにあの青年がいる村は山の中にありますので、何かが起こっても開拓者が駆け付けるまでには時間がかかります」 「なら良い。いつものように、頼む」 「はい」 使い魔の刀姫は、美しい女性の姿になることができる。 刀姫は一本の刀になったリューリャを大事そうに抱えると、ある村に訪れた。 その村には、みすぼらしい姿をした青年がいる。元々裕福な村ではないが、それに輪をかけて青年の姿は酷い。 何故なら青年の家族は昔、厄介な病気を他所から持ち込んだからだ。たまたま家族全員で近くの町へ行った時、当時流行っていた病気に青年以外の家族全員がかかってしまった。それに気付かないまま村へ帰り、家族が発症した時にはすでに遅く、村人にまで病気は広まってしまったのだ。青年の家は普通の農家だった為、薬を買う金はなく、結局青年一人を残して家族は全員亡くなってしまった。 生き残った青年は病気にかかった村人達から薬を買う金を稼ぐ為に働くことを強制されて、ろくに食事も睡眠もとらないままに働かされていたのだ。すでに病気にかかっている者はいないのだが、それでも青年は村人達に『家族の罪はお前が償え』と言われて、ずっと働かされている。 最早誰かや何かを恨む元気はなく、ただ毎日操り人形のように働く青年は今、村人に命じられて木の枝を集めに山の中に入っていた。 そこへ刀姫が姿を見せてにっこり微笑みながら、自分が持っている刀を持ち上げて見せる。 「この刀は神の刀、手にすれば剣の達人になれる力を得ることができるでしょう。その力を使えば、周囲の者達のあなたを見る目は変わりますよ?」 甘言を言いながら、刀姫は青年の手に刀を持たせた。すると柄を掴んだ青年の手から、黒いオーラが噴出する。 「あっ、ああっ……!」 青年の負の感情が、刀へと流れ込む。 オーラの噴出が終わると、青年はぐるんっと目を回して白目をむいた。 「さあ、心の赴くままに動きなさい。人刀様の為に」 青年はフラフラしながらも、刀を強く握り締めたまま村へと戻る。しかし青年には村人の姿が、アヤカシの姿に見えた。なので何の躊躇いもなく、刀で斬り捨てる。その瞬間から村は修羅場と化し、死体が次々と出来ていく。 その光景を山の上から見ている刀姫の口元には、満足気な笑みが浮かんでいた。 青年は村人全てを殺し終えた後、獲物を求めて村を出る。 流行病を青年の家族に移した町の中で、青年は暴れ始めた。騒ぎを聞きつけた開拓者達が現れて、青年と戦いを繰り広げる。 青年の剣術に開拓者達は押されつつあったが、多勢ということもあり、刀は叩き砕かれてしまう。そして青年は意識を失い倒れて、開拓者達に捕まった。 刀姫はこっそりその場へ行くと、地面に散らばる刀の欠片を持ってすぐに去る。 「お腹は満たされましたか? 人刀様」 刀姫の手の中で欠片は徐々に大きくなり、元の一本の刀の姿に戻った。 そして人間の姿になったリューリャは、大きなため息を吐く。 「……思っていた以上に腹は膨れたが、戦闘経験はそれほどでもなかったな。しかし開拓者達が駆け付けたのは、予想以上に早かった。しばらくあの場には近付かないでおこう」 「御意に」 「さて、そろそろ彼女の屋敷に行くか」 「……それでリューリャ殿が体を乗っ取っていた青年は、どうなったのじゃ?」 「さあな。アヤカシに操られていたから、開拓者ギルド預かりになったのかもしれない」 「アヤカシに操られていたとはいえ、それでも青年が手にかけたのは長年恨んできた者達なんじゃな。無差別に斬っておるわけではなかったのか」 「憎く思っている者を斬った方が、使い手のやる気が上がるんだ。負の感情も高まるしな」 意地悪く微笑むリューリャの少し後ろには、無表情の刀姫が座っている。 「刀姫の愛想笑いは、仕事中にしか見れぬのが残念じゃのぉ」 「刀姫は俺の忠実な使い魔だからな。なら今度は俺と組んで、憑依能力を使ってくれるか?」 「面白そうじゃ。考えてみよう」 ●そのアヤカシ、快楽を求める シルフィリア・オーク(ib0350)は使い魔の小鈴が入れてくれた紅茶を飲みながら、憂いの表情でため息をついた。 「なぁんか最近、開拓者の動きが激しいらしいのよねぇ。あまり目立つ行動をして、目をつけられるのは嫌なのよ。面倒だし、戦闘の時には怖い顔をしなきゃいけないからね」 「そう思うのならば、派手な行動は少し控えたら? シルフィリアお姉ちゃん。いっつも思うんだけど、お腹はそこそこ満たされればそれでいいんだよ。なのにお姉ちゃんはお腹いっぱいになるまで喰べようとするし、間を置かずに次の食事の為に動くでしょう? いい加減、開拓者に眼をつけられてもおかしくないと思うよ」 可愛らしい少女の姿をしている小鈴は、自分の主の派手な活躍ぶりに少しうんざりしている。 「アラ、小鈴にそう思われているなんて心外ね。あたいは程よく食事をしているつもりなのに。花街で活躍している人間と仲良くなって、その人間を慕っている人間達から向けられる負の感情をいただいているだけなのよ?」 「……その言い方って、人間らしいね。でもアヤカシらしく言うと、『花街で人気の者を誘惑して、お近づきになる。そして好意をいただくついでに、周囲の者達から与えられる負の感情も喰らっている』――だよね? お姉ちゃんは淫魔のアヤカシだから、魅了した人間の好意も好物だし」 「まあね。あるいは純情な若いコを誘惑するというのもあるわ。人気者ってほとんど遊んでいるコが多いから、たまには純粋なコを味わいたくなるのよ。素朴な味がして、なかなか良いものなんだけどね。今の時代じゃあ、なかなかそういうコに会えないのが寂しいというか悲しいことよね」 「それってお姉ちゃんの淫魔仲間のせいじゃない?」 「あっ! それはあるかも」 人間同士の戦時代が終わると、人間の数はどんどん増えていった。それと同時にアヤカシの数も増えているので、その被害も多くなっている。 シルフィリアのような淫魔のアヤカシは、主に花街を中心に活動していた。その為、獲物がかぶることは少なくはない。 「淫魔のアヤカシが考えることって、みんな同じなのかなぁ?」 小鈴は少し遠い目をしながら、ちょっとだけ悲しい気持ちになる。 そんな使い魔の姿を見て、シルフィリアは両手を腰に当ててムッとした。 「失礼なコね! 小鈴にもちゃんと分け前を与えているのに!」 「それは確かにありがたいんだけど……何かお姉ちゃんの持ってくる人間の感情って、こってりしていて重いんだよね。だからちょっとしか、喰べられないんだよ」 あまり食べると胸焼けを起こしそうになるので、小鈴は少しずつ食べているのだ。 「でもまあ暴食しているわけではないからいいけど、開拓者には気をつけてね? 先月は二体のアヤカシが、花街から追い出されたみたいだし」 「そうねぇ。けれどあたいは例え開拓者と戦うことになっても、余裕で逃げきれる自信があるけど」 「『勝てる自信』じゃないんだね」 再び小鈴は遠い目になる。 だが元々淫魔は戦いに強いアヤカシではない。真正面から戦うことになれば、危うくなるのはシルフィリアの方だ。 「確かにお姉ちゃんは背中に翼を生やして空を飛んだり、影の中に潜り込んで影から出てきたりと、移動手段に長けているからね」 「うふふっ。それにあたいに魅了された人間はメロメロになるから、開拓者から庇ってくれることもあるんだよ?」 「それはとても素晴らしいことだけどね。いつまでも同じ所で食事を繰り返していたら、流石に警戒されちゃうよ?」 「まあ……それもそうね」 ずっと同じ場所にいて、使用する術を全て公開してしまっては、いつか開拓者に対策を立てられてしまうかもしれない。狩場はちょくちょく変えた方が良さそうだ。 「あっ、お姉ちゃん。そろそろ妖志乃様の所へ行かなきゃいけない時間だよ」 「もうそんな時間? ……しょうがないわね。今日はつまみ食いで、お腹を満たすことにするわ。お腹がぐぅぐぅ鳴ったままじゃあ、淫魔のアヤカシとして恥ずかしいからね」 「あまり時間をかけないでね? 遅刻は人間でもアヤカシでも、みっともないものだから」 「……今の感情の味は、ピリッとしたわ」 「ほお。それでどんなつまみ食いをしてきたのじゃ?」 「夜道を一人で歩いていたあたい好みのコに声をかけて、ちょいと魅了したのよ」 そう言いつつ、シルフィリアは自分の唇を指差す。どうやら口付けから、感情をいただいたらしい。 妖志乃の屋敷に到着した途端に小鈴は人見知りになり、シルフィリアの背後に隠れるようになった。 「でも開拓者は困ったものよね。ウチのコを飢えさせるわけにもいかないから、何とかしなきゃいけないわ」 「シルフィリア殿は相変わらず、使い魔が可愛くて仕方ないようじゃのぉ」 「そうね。あたいの自慢の使い魔だから♪」 片目でウインクをしながら、シルフィリアは小鈴の頭を優しく撫でる。 「まあ狩場については、我に少し心当たりがあるのじゃ。力になれると思うぞ?」 「それはありがたいわね。その代わり、あたいが力になれることがあるなら呼んでちょーだい」 ●そのアヤカシ、若い娘を太らせる 太陽は山の向こうに沈み、人間が眠る時間になってから、エクレール・カーリム(ib9362)と使い魔達は動き出す。 火でしか灯りを得られないような田舎町に到着したエクレールの頭には龍の角が、背中には翼、腰には尻尾が生えている。 「今夜も若い娘達に、良い夢を見せてあげるわ。お前達、行っておいで!」 エクレールの使い魔達は一斉に飛んで、それぞれ若い娘がいる家へ向かう。小さい龍の使い魔達は口を開いて家に向かって超音波を放つが、攻撃ではなく催眠の効果がある。超音波を浴びた娘達はうつろな表情で家から出て、エクレールが待つ広場へと歩いていく。 「うふふっ、可愛いコが多い町で良かったわ。さあ、あなた達、私の眼を真っ直ぐに見つめるのよ」 エクレールの赤い両眼に、金色がかかった。 幻視の術にかかった娘達は、自分達が古今東西の甘いお菓子をたくさん食べている夢を、うつろな目を開けたままで見ている。しかし食べた分だけどんどん体は膨らんでいき、やがて現実の娘達は絶望して泣き出す。 「若い娘ほど、絶望が早く実りやすくて助かるわ。ではその感情、いただくわね」 エクレールは大きく息を吐いた後、息を吸い込むように負の感情を吸い込んでいく。 吸い取られた娘達は次々と意識を失い、その場に倒れていった。 「……ふぅ、ごちそうさま。街にいる娘よりも、こういう田舎娘の方が純朴な味がするのよね」 満足そうにゲップをしたエクレールだったが、物陰に隠れている存在に気付いている。 こちらの様子をうかがうようにじっと身を潜めているものの、その特殊な存在感は隠れようもない。 「私の食事は終わったわよ。『待っててくれて、ありがとう』と言うべきかしら?」 エクレールが余裕たっぷりに物陰に向かって笑顔で声をかけると、開拓者達が姿を見せた。 しかし若い娘ばかりの開拓者達を見て、エクレールの眼が狩人のように鋭くなる。 「あら、私好みの若くて可愛い娘ばかりじゃない。せっかく出会えたことだし、体型も私好みにしてあげるわ♪」 エクレールは再び金色がかかった赤眼になると、口を大きく開けて頭痛がする超音波を出す。すると開拓者達がたまらず耳を両手でふさいで顔を伏せた隙に、エクレールは飛んで接近した。 「さあ、美味しい夢の中にイキましょう?」 至近距離から聞こえてきたエクレールの声に驚いた開拓者達が顔を上げると、幻視の術を発動しているエクレールの両眼を見てしまう。 そして先程の娘達と同じように、お菓子を食べながら太っていく夢を見る。しかし先程と違っているのは、夢の中にエクレールがいることだ。 「その姿、とってもステキよ♪ ホラ、鏡で見てみなさい」 エクレールは何もない空間から等身大の鏡を取り出して、開拓者の前に置く。開拓者は鏡に映った自分の太った姿を見て、悲鳴を上げた。 「でもただ太り続けるのはつまらないわよね? だから私と遊びましょう。この鏡の迷宮から出られたらあなたの勝ち、元の姿に戻るわ。でも鏡に映り続けると、太り続けるから気をつけてね」 パチンっとエクレールが指を鳴らすと、ここは鏡の迷路になる。前後左右上下、どこを見ても鏡ばかり。しかしそれでも、開拓者は出口を探して走り出すしかない。 「ホラホラ、早く出ないとそのうち、体が重くて動けなくなっちゃうわよ?」 楽しそうにエクレールは声をかけるが、開拓者が迷路から出られることはない。何故なら、エクレールによって作られた世界だからだ。 そして現実では、エクレールは膨れたお腹を満足げにポンポンと叩いている。 「ふう……。開拓者と言えど、やっぱり女の子ね。味はそこそこ良かったわ」 だがそこで少し慌てた様子の使い魔が一匹寄ってきて、エクレールの耳元で何かを言う。 「えっ、もうそんな時間? ヤダ、妖志乃ちゃんを待たせたら厄介なのよね! みんな、行くわよ!」 そしてエクレールは倒れている娘達や開拓者達に背を向けて、飛び立った。 「淫魔系のアヤカシは、食事に夢中になると周りが見えなくなりやすいのじゃな」 「ゴッメーン、妖志乃ちゃん。お詫びに人間の店で買ってきたきな粉飴をあげるから、許して」 そう言いながらエクレールは、妖志乃の口の中にきな粉飴を入れる。 「……んむ、なかなか美味じゃな。まあ人間の強い感情ほどではないが」 「まぁね。でも開拓者の味もなかなかのものよ? 今度食べてみなさいよ」 「おぬしは美食家なのか悪食なのか、分からぬの」 「雑食でないことは確かね。好みはぽっちゃりした若い娘だから!」 自慢げに胸を張りながら微笑むエクレールを見て、妖志乃は少しうんざりした様子で軽くため息を吐いた。 「まあ止めはせぬが、気をつけるに越したことはないぞ? 最近の開拓者はますます厄介な存在になりつつあるからのぉ」 「あら、ヤダ。妖志乃ちゃんとどっちが厄介かしら?」 「若い娘のデブ専に言われとうないわっ!」 「今更ホントのことを言われても、痛くも痒くもないわよ!」 五十歩百歩の言い合いをはじめた二人の周囲では、エクレールの使い魔達と妖志乃の従属達がオロオロするばかりだった。 ●そのアヤカシ達、決戦 人型のアヤカシであるリィムナ・ピサレット(ib5201)は、使い魔のチェンタロウと共に人間社会に馴染んでいる。 その一方で、狐のアヤカシである雁久良霧依(ib9706)もまた人間の姿になって、使い魔のロンパーブルームと共に人間社会で生きていた。 過ごし方は違うものの、互いに人間と関わりながら生きてきたのだが、その道は完全に分かれている。その結果、二人はアヤカシ仲間であったが、決戦をすることになった。 「霧依さん……じゃなくて、今は鬼璃依さんって名前だったね。相変わらず美女の姿になって、バカな権力者を誑かしているね」 ある夜、霧依の寝所に突然現れたリィムナは開いた窓の枠に腰掛けながら、開口一番に嫌味を言う。庭には轟龍姿のチェンタロウがいて、威嚇するように霧依を睨んでいる。 霧依は今、時の権力者の正室になっていた。立派な住居に住んでおり、リィムナが侵入している寝室も豪華なものだ。 突然の不法侵入者の嫌味に、風呂からあがって来た霧依の顔が一瞬引きつるも、すぐに作り笑みを浮かべる。霧依の後ろに控えている青年姿のロンパーブルームは、黙って主の言葉を待つ。 「リィムナちゃんは相変わらず正体を隠して、素知らぬ顔で人間の味方面をしているそうじゃない。しかもアヤカシの天敵である開拓者の手助けまでしているとか。アヤカシとしてのプライドはどこに捨てたのかしら?」 霧依の反撃に、リィムナはムッとしながら身を乗り出す。 「言ってくれるね。でも残念ながら、あたしは人間の喜びみたいな明るい感情を喰らうことが好きなの。だから人間を喜ばせることをしているだけにすぎないよ。感情は高ぶらせて喰べるのが一番だって、霧依さんだって知っているクセに!」 「ええ、よく知っているわ。でも私は人間の暗く重い負の感情が大好物なの♪ だからおエライさんを誑かして、大勢の人間の絶望を味わうのよ」 「……でもさ、殺すのはやりすぎじゃないの? 人間は生かさず殺さずが鉄則、何度でも感情を喰べられるから良いのに。殺しちゃったら終わりだよね?」 口調は軽いものの、リィムナの両眼には隠しきれない怒りが滲んでいる。 二人のアヤカシは人間の感情を喰らうことが好きではあるが、その方法は正反対と言えるのだ。 一度感情を喰べられた人間は、その後も感情を高ぶらせて喰うことができる。 なのに霧依は殺してしまうのだ。人間を殺せば感情を喰うことはできず、アヤカシは空腹を満たすことができない。アヤカシにとって空腹は何よりの苦痛だと、長年生きている霧依だって知っているはずなのに――。 「……実はさぁ、アヤカシ達の間で霧依さんのことが問題になっててね。美女の姿になってはおエライさんを誑かして、大量の人間を殺す――。そしてその後、開拓者達かアヤカシ達に見つかっては戦闘になって、命からがら逃げ出して、傷が癒えればまた同じことを繰り返しているよね? だからそろそろ終わりにしたいと、思っているんだよ」 「私がいなくなれば、リィムナちゃんのだーい好きな人間の喜びの感情が物凄く高まって、お腹いっぱいに喰べられるから、そう思ったのよね? 随分とアヤカシらしい考えね」 「そうだよ♪ だってあたしはアヤカシだもん。ねー、チェン太」 使い魔を愛称で呼びながらも、リィムナの顔付きはアヤカシらしい恐ろしさがにじみ出てくる。 「でも霧依さんも悪いんだよ? 今の世でも、度々あたしはお願いしたよね? 『人間に恐怖を与えて喰らうのはいいけれど、殺さないでね』って。なのに完全に無視しちゃうんだもの。流石に頭にくるよ」 「ふふっ、そうね。リィムナちゃんには昔っから何度も注意をされては、人間社会から追い出されたわよねぇ」 当時のことを思い出し、霧依は悔しげにギリっと歯噛みをした。霧依の雰囲気が徐々に、アヤカシのものへと変わっていく。 「けれど何度でも戻って来るよね? 学習能力がないのかな?」 「一度味わった旨味がなかなか忘れられなくてね。リィムナちゃんだって同じ理由で、人間社会にいるんでしょう?」 「あたしは人間を生かすタイプだから、同じだと思ってほしくないね。……どうやら今回も残念ながら、話し合いは平行線をたどるだけのようだね。霧依さんのこと、結構気に入っているのに悲しいよ」 「私もよ。リィムナちゃんのこと、可愛い妹のように思っているの」 二人は残念そうに微笑み合うも、互いに威嚇するように強い瘴気を発する。 「チェン太!」 リィムナの命令で、チェンタロウの姿が禍々しいアヤカシの龍へと変わっていく。 「ロン、命令よ。あのうるさい龍を、食べちゃいなさい」 霧依の命令でロンパーブルームは庭に出ると巨大化して、大きく裂けた口からはビッシリと鋭い牙が見える。 チェンタロウとロンパーブルームが上空へ飛びながら戦いを始め、リィムナと霧依の間にも緊張感が満ちた。 霧依は庭に出ると人間の姿から、本来のアヤカシの姿へと変身する。狐の耳を頭に生やして、腰からは九本の狐の尻尾を生やした女アヤカシになった。 「生意気な小娘がっ! そなたを八つ裂きにして死体を人間どもの前に晒せば、更なる絶望が味わえるかもしれぬな!」 「残念だけど、それは叶わぬ夢だよ。だってあたしが『悪い女アヤカシを退治して、人間世界に平和が訪れました』というお話にするから。あたしの領域で好き勝手にやったこと、後悔するといいよ!」 「……というようなことを、もう何千年も繰り返してきたんだよね〜」 「ホントホント。最終決戦って、人間達は大盛り上りするのよね♪」 と、リィムナと霧依はケタケタ笑いながら、お互いの決戦の歴史を妖志乃に語って聞かせている。 ちなみにチェンタロウとロンパーブルームは、屋敷の庭で仲良く遊んでいた。 妖志乃は呆れながらも鉄扇で自分を扇ぎ、風を送る。 「その劇、長年やってて飽きぬのか? たまには違う話にしたらどうじゃ?」 「えー、でも勧善懲悪の話って、人間大好きだよね? 『人間を苦しめていたアヤカシは、英雄によって倒されました』っていうのが、王道で一番良いと思うんだけど」 「そうそう。悪役が勝っちゃあ、それこそお話にならないじゃない。何より人間の感情が高ぶらないと、美味しくいただけないもの」 気が合う二人はどうやら、長年人間の世界で善対悪の決戦を繰り広げていたらしい。 しかしこうやってアヤカシの集まりに来た時には仲良くしているので、決戦は劇だとしか言い様がない。 「それに決戦を派手にやると、人間の感情は最高潮になるんだよ! その時の味といったら、もう他の感情なんて物足りなくなるぐらいに強くて濃くて美味しいんだから!」 「決戦をするまでに人間にはたっぷり恐怖を与えて、感情を喰べるんだけどね。時が経つにつれて負の感情が強く濃くなっていくのが、堪らなく良いのよ〜」 リィムナと霧依は興奮気味に語るものの、普通のアヤカシではまずやらない。 そもそも人間社会で生きることすらアヤカシではまれなことで、なのに二人はその緊張感を楽しみながら過ごしている。そして派手に暴れては、大勢の人間の感情を高ぶらせて喰らっているのだ。 「でも前回の決戦から、結構時間が経っているね。今までは他のアヤカシのようにチョコチョコ食べていたけれど、そろそろまたドッカーン!と喰べたいねーって、霧依さんと話しているんだよ」 「けれど昔と違って、おエライさんには開拓者の影があるのが気がかりなのよ。なので妖志乃、ちょっと協力してくれないかしら?」 「我の憑依能力を頼っておるのか?」 「「そっ♪」」 二人は満面の笑みで、妖志乃に期待の眼差しを向ける。 妖志乃は腕を組んで首を傾げて、少しの間考えた後、唸りながらも意見を出した。 「……我はおぬし達のように人間社会で生きるつもりはないが、まあおエライさんを何とかするぐらいはできよう。その報酬は分かっておろうな? 我はつまらぬ話に興味はないぞ?」 数多く存在するアヤカシの中でも、飛び抜けて好奇心が強い妖志乃は退屈を嫌う。 暗に『面白い事件を起こせ』と言われた二人は背筋に冷たい汗が流れるのを感じながらも、アヤカシのプライドで自信ありげな笑みを浮かべる。 「もっちろん!」 「開拓者もアヤカシも人間も驚くような、話にしてあげる。だから協力は惜しまないでね?」 「よかろう。開拓者もアヤカシも人間も、互いが協力しあってこの世界は存在しておる。我も腹と気分を満たす為には、何でもしようぞ」 |