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■オープニング本文 雪深いところだった。 正月休み。ひさかたぶりに故郷の雪を踏みしめる。 クッ、キュッ‥‥、足の下で新雪が踏みしめられ、軋んで音を立てた。耳をそばだてると、雪深い中でもよく聞こえるものだ。なお聴覚を研ぎ澄ませれば、埋もれそうなほど降り積もる雪の、その積もり重なる音さえ聞こえる。音というほどはっきりした音ではないが、たしかに積み重なっていくのが、聞こえるのだ。 音を飲み込む雪とはいえ、無音でもない。それが楽しくて、かじかむ手の痛みを感じながらも足取りは軽かった。歩みを阻む雪ではあるが、それも慣れたものである。 一歩踏み外せば、谷へ落ち込む一本道。町の安全な道もよいが、慣れたスリルがなつかしい。ここを走っては母に怒られたものだ、危ないと。 ここからは村が一望できる。あとひと息だ、雪が鬱陶しくてあまりよく見えないが、白く埋もれた村の様子が――。 「‥‥?」 違和感を、感じた。 はらはらと、とかくひっきりなしに降る雪は、遠目の景色を把握させない。けれど。 これだけの雪なのだ、村は白一色に埋もれているはず、なのに。 「茶色?」 どんどん白に覆われていくが、それは家を構成する、木材の色だった。 打ち壊された家の。 「――っ!」 夢中で坂を下った。雪景色の中、蠢く色を見つけた。誰か、無事で‥‥? 「待って、どうなったの? これは‥‥、みんなは‥‥!?」 振り向いた姿に、硬直した。 鬼――。 手に、血塗れた棍棒を握って。 にたりとその口が笑んで、太い犬歯を見たのが――。彼女の最後の記憶だった。 「緊急の調査を受けていただけませんか」 早朝にギルドを訪れた開拓者を、受付嬢が呼び止めた。その隣に立つ男が、ぺこりと頭を下げる。 「雪深い小さな村があるのですが、里帰りしたきり戻らない女性がいるそうです。村へは細い一本道が通っていますが、人一人通るのがやっと。その上雪で足場が不安定と、慣れた村の者でなければ通りたがらないそうです。 逆に言えば、慣れた村の者なら、そこまで忌避する道でもないそうで。女性が里帰りしたのもひどい雪の日だったそうですし、雪だからと足止めを食っているわけでもなさそうだと」 「あの‥‥、仕事ももう始まっているのに、と、職場の方も不思議がっていて。真面目なひとでしたから‥‥、余計に」 男が口を挟んだ。どうやら、彼が依頼主らしい。受付嬢はいたわしげに男を見、けれど開拓者に告げる。 「‥‥戦闘になるとすれば、やりにくい場所ですし‥‥、天候も気温もネックです。状況からして‥‥、希望的観測は述べられません。生存者がいれば幸運です」 「皆さんを危険に晒すことにはなりますが、どうしても‥‥、どうしても、知りたいんです。一刻も早く」 男は奥歯を噛み締め、そして。 「好きだ、と、‥‥伝えそこねたんです‥‥」 呻くように、言った。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
天野 瑞琶(ib2530)
17歳・女・魔
東鬼 護刃(ib3264)
29歳・女・シ
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
龍水仙 凪沙(ib5119)
19歳・女・陰
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
悠・フローズヴィトニル(ib5853)
13歳・女・泰 |
■リプレイ本文 「できる限りのことはするつもりだが」 ウルグ・シュバルツ(ib5700)は、己よりもわずかに低い依頼人の目を見、言葉をかけた。 「良い報せを持ち帰れる保証はない」 小さく息を飲む音。握り締められた、拳。 「だが‥‥」 続いた言葉に瞳が上がる。 「そいつの許に、届けてやりたいものはないか?」 「――っ」 奥歯を、かみ締める。そんな音がして、それきり沈黙が間に落ちる。 ただじっと、ウルグは待った。じっと――、返事を。 「村までの道は踏み固められているものだ‥‥と思ったが」 踏み込めば足が沈み込む。降りしきる雪は、竜哉(ia8037)の通った足跡を、瞬く間に――、本当に、見る間に埋めて消していく。数十分もすれば、かすかな凹凸すら残っているかもあやしい。 (村が無事かどうかの判別材料にはならない、か) 小さな嘆息は、白く凍てついた。 かんじきを使った――竜哉においては自作した――面々にとっては、気は抜けないが、気をつけていれば十分に先を急げる道のりであった。が、モユラ(ib1999)は特別に用意したわけではなく、足が雪に埋没し、一歩ごとに雪の抵抗が強い。すぐに疲れるようなやわな身体ではないが、距離によってはしんどいだろう。 「っわ!」 ずるっ、と足を踏み外しかけ、龍水仙 凪沙(ib5119)は重心を低くしてもちこたえた。 「気をつけたほうがいいよ。足裏全体で歩くとか‥‥」 モユラの注意に、ひょこんとうさぎ頭が頷いた。いかにも暖かそうな見た目の凪沙である。 ググッ、ク、クキュッ‥‥、雪の軋む音。うさぎ足が踏み込むたびに、ばふっ、と雪が舞って白く沈み込む。同じくかんじきを使わなかったため、纏わりつく雪は重い。それはウルグもで、皆に合わせて歩くと体力が削られていく。歩けないわけでは全然ないが、ただひたすらに歩きにくかった。 はらはらはら、ひっきりなしに降りしきる。 (生存者がいたとしても、この気候では‥‥) いや。天野 瑞琶(ib2530)は小さく頭を振った。 (それでも諦めるのは性に合いませんわ、万が一の奇跡を信じて準備していきましょう) ありうるかもしれない希望。だが、やはり状況は厳しい。雪の降り積もるごくかすかな音の中、踏みしめる雪の音や衣擦れの音がことのほか大きく聞こえる。 「状況はかなり悪いケド‥‥希望は捨てたくないね」 モユラの言葉に、何人か頷く。 「特に、この目でキチンと確かめるまではサ」 見もしないうちから諦める――、まっすぐに道の先を見据えるモユラには、そんなことはできないのだろう。 (希望を持たないでいればいいなんて、悲しすぎますよ。 下手な希望は持たない方がいい状況でも‥‥) 悠・フローズヴィトニル(ib5853)も、胸のうちで静かに呟く。空は白い雲で覆われ、白くぼんやりと光を遮り、大気は冷たく凍てついて。大地に積もるひたすらな、白。 開拓者たちのその姿さえ、頭に肩にと雪がとまり、白く霞ませていく。 服に積もったそれを振り払い、悠はまっすぐ前へと進んだ。 妙だ、と眉根を寄せたのは、竜哉が先だった。 「どうして風に鉄の臭いが混じってるんだ‥‥?」 その言葉を受けて、凪沙は人魂を生み出す。式は鳥をかたどり、凪沙の手を離れて空へ。鬱陶しく視界を遮る雪も、吹雪でないだけましだろう。動くものくらいは見つけ出せるはず。 「村への入り口は谷の一本道だけ。敵がいるならば、この道を警戒するだけで来訪者に気づくだろうし」 注意しないとね。瞳に鳥の視界をうつし、凪沙は一瞬だけ瞳を閉じた。 (きっと、誰か生き残っている。きっと‥‥) どうにかして――どこかで、きっと。そう、願った。 一本道の先を警戒するレティシア(ib4475)と、人魂を飛ばした凪沙が問題ない、と判じた上でその先を進む。緩やかな下り坂を慎重に降りた、そこは。 しんっ‥‥。 静寂。降りしきる雪の積もりゆく音が、ほんのかすかに耳に届く。白く雲に覆われた空。雪はどこまでも覆い尽くして。 (あ、これは無理だな‥‥) 感覚的に違和感を掴んだ悠は、きわめて客観的に判断を下した。望みはある――が、それでも。冷静な部分が、その直感を肯定する。冬篭りの静けさでもなく、息をひそめたそれとも違って――。息絶えた、死というものの持つ静寂。それを感じ取る。 不自然な盛り上がりは‥‥、東鬼 護刃(ib3264)は見回すが、これといったものは見つけられない。一本道にあたりをつけ、火遁で焼き払った。すさまじい水蒸気とともに、濡れた地面があらわれる。思わずモユラは提案した。 「‥‥遺体を傷つけない様、雪面スレスレに炎を出したほうが」 「そうじゃな‥‥、気をつけよう」 「じゃあ、あたいは建物の入り口を探すから‥‥。 見つけて、あげなきゃ‥‥この雪の中ほったらかしとか、居た堪れないよ」 白い世界にひときわ鮮やかな赤毛が揺れる。その背中を見送って、護刃はもう一度火遁を放った。 「‥‥」 消えた雪の端に黒い束。髪だ、と判じて雪を除ける。旅装の、娘だった。 「雪に埋もれし想いは凍え、春待たぬまま枯れ行くか‥‥」 雪を払った遺体の上を、また雪が覆って飲み込んでいく。体温を持たない身体は、繊細な雪を溶かさずにその身の上に受け入れ続ける。 「辛い、ものじゃな‥‥」 もう一度軽く雪を払った。すこし離れて呼子の音が響く。 ――鬼がいたようだ。 死した者の仇討ちしか出来ぬ、と。無力を小さく口に乗せ、護刃は外套の裾を翻す。降りしきる雪がその風にあおられて、ふわりと一緒に舞った。 ウルグの放った狼煙銃は、白く降りしきる雪の世界をいくぶんか明るく照らし出した。照明というより信号の意味合いが強いのか、激しい発光とは裏腹に照明効果はあまりよろしくない。もっとも、それは光を遮り乱反射し、視界を埋める雪のせいもある。 その中で、赤黒く染まったそれは異彩を放って駆け出す。新たな獲物だとばかりに、棍棒を握り締めて。 ひゅっ! 迎え撃つ竜哉の手から、苦無が放たれる。鬼の肩を貫通したそれは相手のバランスを崩すことはなかったが、痛みによる一瞬の隙を生む。畳み掛けるように引っ手繰った戸をぶん投げ、鬼の手前に足場を設けた。竜哉の作った足場に、かんじきを解いた悠の足が着地する。同時に放った空気撃。転倒を狙ったが、浅く鬼の皮膚を傷つけるのみ。カウンターで振りかぶった鬼の棍棒を、紙一重で避ける。 「きっちり討伐して差し上げますわ!」 瑞琶の放つホーリーアローが後方から飛来、鬼を貫く。引き継ぐようにレティシアはヴァイオリンの弓を引いた。独特の深みある音色が空気を震わせ、怠惰なる日常を奏でる。やけに陰鬱な曲調が、鬼のやる気を強制的に削いだ。 そんなレティシアはちょうどウルグの風上を陣取っており、雪の影響をかなうかぎり抑えていた。あまり風は強くないが、雨ではなく雪であるのも幸いし、銃の利用に問題は出ていない。丁寧な保管も幸いしている。照準を合わせ、呼吸法で神経を集中させ、――引き金を引き絞った。 打ち抜いたのを見届け、すぐに再装填する。 「雷雲より来たりて、光を供に疾れ!」 畳み掛けるように凪沙は雷閃を放つ。再度攻撃姿勢に入った鬼に。 「その自慢の棍棒、当てられるもんなら当ててみなっ!」 飛ばしたモユラの神経蟲。仕掛けた二匹目が鬼の行動を鈍らせた、直後。 すぅっ。 地面を這う影が、鬼の動きを鈍らせる。 「冥府魔道は東鬼が道じゃ」 おのれの影を操って、護刃は次の攻撃へそなえる。 「喰らい尽くせ、蝮」 忍刀を構え、気合とともに練力を放つ。装甲を抜けて攻撃が通る、――見た目からもうかがえるように、物理攻撃より、そうでないほうが通りやすいようだ。動きを鈍らせた鬼の一撃をなんなくかわし、竜哉は判断する。 「わしの焔が三途の火坑へ案内してやろう」 護刃の火遁が炸裂する。それを追うように、集中砲火が浴びせかけられた。 最後に。 忍刀が深々と鬼に食い込み――。 手応えが消える。 ふわりと大きな姿は瘴気へ戻り、崩れるように大気に消えて。かすかに残った瘴気が白く染めきられた大地に落ちると、それもすぐに消えて――なくなる。 雪がとけるように、と言うにはいささか禍々しいが――。村を襲ったうちのひとつは、嫌になるほどあっけなく消えた。 「予感はしてたケド、さ‥‥正直、ちょっと、悔しいね」 火炎獣が溶かしだした雪の下。姉だろうか、年端もいかない少女を庇っただろう、腕の中から抜け出しかけた子供。大人、老人、赤ん坊――。 襲われたのなら、真っ先に逃げ込むだろう、そう見当をつけて家々のまわりを重点的に溶かしだす。現れたのは、頭にあったとはいえ‥‥、はいそうですかと納得するには、無残な現実だった。 破損を免れた道具を見繕い、その家の者だろうとわかるのであれば、家の近くに穴を掘って埋葬する。冷えた大地を掘り返すには力が要るが、モユラは無言で人数分の穴を掘り返した。 同じく民家を中心に見て回る竜哉。壊れた建物は多く、――虐殺の余興にそれをしただろうことは想像にかたくない。あきらかに雪の重みゆえではない破壊のあとが、そこかしこから出てくる。 不自然な盛り上がりを中心に掘り返した。とはいえ、倒れた人間の厚みはたかが知れている。広範囲を一気に溶かしだせるわけではないから苦労はあるが、それでもその見当はあながち外れていない。なおかつ――嫌な話ではあるが、一人掘り返すと芋づる式に他の犠牲者も近くに見つかった。 「残念ながら村を本格的に調査するには時間も手間も足りませんわね」 小さいとはいえ村ひとつ。瑞琶は雪上に残された痕跡を探して歩く。足跡はすぐに消されてしまうが、凸凹はなんとなく、で見分けがつくこともあった。 雪洞の中もと確認する。が、子供が作ったらしき無人のかまくらが見つかるばかり。 (あまり良い知らせはできそうにないのが心苦しいですわ‥‥) 生き残りの一人。それすらも望めそうにない――探せば探すほど、その現実に近づいていく。 探し回る瑞琶の足跡を、雪はゆっくりと消していった。 (ここ‥‥でしょうか) 一番造りの立派な建物。倒壊していたり、そうでなくても雪に埋もれていたり。厳密な判断をしたわけではないが、中に入れてかつ大き目の家に入るレティシア。村長の家では、と推測してのことだ。 書斎を探すが、書斎の概念があるかも怪しい田舎の村だ。机に目星をつけ、中を探す。探し物は村の地図だった。なんらかの災害等に備えて、避難場所が定められていれば、――あるいは。 (生存者がいるかも‥‥) 一縷の望み。果たして簡易な地図は見つかった――が、肝心の避難場所の指定がない。地図に書き込まなくとも、この程度の村だ。口頭で確認すれば事足りてしまうのだろう。 ただ、それらしきは‥‥蔵だろうか。地図を握り締め、片っ端からあたってみる。最後の、ひとつだった。 開け放たれた蔵の扉に嫌な予感を覚える。息をひそめて暗い中を覗き込んだ。ガタッ、ゴトッ‥‥、ガシャン! 何かを壊すような物音。どすどす、と重い足音がした。人ではない。 見つけたのは、救うべきものではなく――倒すべき、鬼であった。 蔵で見つかった鬼は、ふたたび集まった開拓者の手で屠られた。念のため、ともう一度咆哮を轟かせて様子を見る竜哉。蔵で見つかったのもあわせて、計四体を倒しているが‥‥。どうやら、これで本当に最後だったようだ。 「あとはいないな」 「そうですか‥‥」 食べ物を漁ったあとからして、食い足りなかったのだろう。もっとも、アヤカシが満ち足りることがある、という話は聞かないが。 それきりレティシアは黙り込んだ。言葉もなく棒をとり、そっと雪に差し込んでいく。 凪沙は家々の地下貯蔵庫を探しに戻った。親が子供を逃がして、入り口を隠しているのでは‥‥、そう思ったのだ。 「生きてる。きっと誰か生きてる‥‥だから、見つける!」 祈るような、切実さで。床の板目もくまなく調べる。残った練力もすべてつぎ込み、式をつくって探させた。だが――。 「‥‥そろそろ、時間だ」 竜哉が声をかける。うさぎのやわらかな手の中で、きつく拳を握り締めた。 ふわり。ウルグは冷たくなったその娘に、深緑色の羽織をかける。依頼人が――沈黙の末に託したものだった。 そのなきがらから、悠は髪を束ねる髪紐をほどく。遺体までは難しいが、せめてもの心遣いだった。娘を含む見つかった遺体は、それぞれに土をかぶせて埋葬する。モユラは黙って手をあわせた。ウルグも簡易な墓へ酒を注ぎ、黙祷する。 「‥‥せめて、静かに眠ってくれ」 打ち震えた声が、雪空に飲み込まれながらも鎮魂歌を歌う。大気を振るわせるごとに雪が音を飲み込んでゆき、伸びるような響きは出ない。けれど続けてかの依頼人の心を歌い上げ、空へと紡いだ。飲まれても飲まれても、あとから旋律をつむぐ。 (せめて、安らかに眠れますように) そうして帰路へつく。冷えた夕方の空気の中で、出たり入ったりと落ち着きなく待っていた依頼人を見つけた。 彼は一行の人数が、増えても減ってもいないのを見て――ひどく、複雑そうに。 「ご無事でしたか‥‥」 言葉を捜すも見つからず、迷ったのちにレティシアは黙り込んだ。 「これを‥‥」 悠の差し出した髪紐を、おそるおそる、ひどく大事そうに受け取る。小さく、なにかを呟くのが聞こえた。娘の‥‥名前だろう。 「ありがとう‥‥ございましたっ‥‥」 搾り出すような声に、モユラはそっと口を開く。 「雪が溶けたら‥‥また、あの村に行きましょ。きっと皆、待ってるからさ」 「雪が‥‥とけたら‥‥っ」 口を覆い、顔をうつむける。 何度も、何度も――。 頷いて、口にして、たしかめた。 |