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■オープニング本文 きゃあきゃあと、女たちのはしゃぐ声。 荷物を広げた行商のおやじを囲み、村の女たちはかしましい。もちろんその中には、村の女である流和と佐羽も混じっていた。 「もふらさまの毛糸はどうかね」 「きれいねー」 「真っ赤だ、ねぇ佐羽、これどうよ。編み物得意じゃない」 「もう二月ですよ、おばさん」 「これは何?」 「チョコレートというお菓子ですよ。この時期はどうも品薄でなかなか確保ができないんですがね、いい伝手がありまして。入用でしたらもう少し準備できますよ」 チョコレート。 その言葉に、女たちはしんと静かになった。 ――主に若い世代が。 「‥‥食べれるの?」 まだまだ子供っぽさの抜け切らない流和は、女心もなんのその。食欲のほうに傾倒している。 「製菓用ですからねぇ、そのままは‥‥」 「じゃあ、調理するんですね。どうするのかな、これ」 佐羽は珍しい食べ物のほうに興味津々だった。 「溶かして固めるのが一般的だそうですがねぇ」 「ね、ねえ流和、佐羽。 あんたたち、開拓者で仲いい人いたよねぇ?」 「え。うん‥‥」 女たちは子供二人に詰め寄る。真剣だった。目が。 「チョコレートのおいしい調理方法、教えてもらおうよ!」 かくて。 にわか料理教室が、開催されるに至った。 |
■参加者一覧 / 玖堂 柚李葉(ia0859) / 玖堂 羽郁(ia0862) / 酒々井 統真(ia0893) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 皇 りょう(ia1673) / 明王院 未楡(ib0349) / ティア・ユスティース(ib0353) / アッシュ・クライン(ib0456) / マーリカ・メリ(ib3099) / 悠月 澪玲(ib4245) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / 八十島・千景(ib5000) / にる(ib6144) |
■リプレイ本文 「逆チョコも有だよな♪ 美味しい生トリュフを作るぜ!」 やる気満々の玖堂 羽郁(ia0862)の横には、ほわっと微笑む佐伯 柚李葉(ia0859)がたたずむ。 「ご一緒できて嬉しいな。 沢山教えてね?」 「もちろん、任せとけって」 「あ、でも全部は‥‥私がちゃんと作りたいから」 自分の作ったものを渡したい、と、柚李葉はけなげな願いを告げた。 「すまんねぇ、お嬢さん。既成の菓子は扱ってないんですよ」 行商人がすまなそうに謝る。 「いえ、ないものはしかたがありませんから」 しかたがない、と微笑むティア・ユスティース(ib0353)。 「どうしたんですか?」 「材料が足りなかったんです。クッキーを使いたかったのですが」 ああ‥‥、と佐羽は頷いた。材料はあるが加工品はなかった。菓子屋ではないので、しかたがないといえばしかたがない。 「オーブンもないから。‥‥そういえば、なにを予定されていたんですか?」 「クラッシュクッキーのチョコレートを。砕いたクッキーにチョコレートを絡めて冷やすものです。 ナッツ類を多めに使って代用するのがよさそうですね‥‥」 「それもそれでおいしそうな気がするなぁ」 そんなことを言っているところに、なぜだかお釜を持ってきたのは、礼野 真夢紀(ia1144)と明王院 未楡(ib0349)だった。女性二人のかかえるお釜。シュールである。 「‥‥ど、どうしたの? 真夢紀ちゃん、未楡さんまで」 あぜんとする流和に、いつものように真夢紀は答えた。 「ご飯釜で作るチョコケーキですよ」 さもあたりまえのように告げ――沈黙する村の女たち。そして佐羽。 「え、えええええ!?」 「ご飯釜で作れちゃうのかい!?」 「うっそぉー!? けーきってあれでしょ、高価ぁーくて甘ぁーくてふわっとするあれでしょー!?」 「油を必ず入れれば、ふんわり仕上がりますし」 キャー、とはしゃぐ女たち。これは後日、村で空前絶後のケーキブームが巻き起こりそうな勢いである。 「‥‥あ、でも、お釜くらいいくらでもあるんだから‥‥、そんな重たいのを抱えてこなくても」 「そんなに重くないですよ?」 流和の突っ込みをさらちといなし、真夢紀はお釜を抱えなおした。 「押し固められた餡子のように見えなくもないな。どのような味がするのか‥‥」 材料をそれぞれで分けているところで、皇 りょう(ia1673)はじゅるりと褐色の物体を見つめた。目が獲物を狙う目になっている。 が、幸いにもりょうは自力で現実に帰ってきた。料理の修業に来たりょう。自分の子供のお菓子くらいは‥‥、という理由のようだ。 「ただ、私は材料を斬るのは得意なのだが」 「は?」 普通の単語なのに、なんだか妙に物騒に聞こえた――、佐羽は聞き返したが、逆にりょうには不思議な顔をされる。 「あ、ううん、なんでもないです」 「そうか?」 「はい。あ、それで、切るのはよくてもなにがだめなんですか?」 それがな、と、たすきを掛けつつ答えるりょう。 「肝心の味付けや火加減がな‥‥こう、「良い塩梅」という感覚がつかめぬのだ」 え、それってもしかしていちばん大事なとこじゃ‥‥? 一気に不安になる佐羽たち。真夢紀なんかはちょっと考え、 「つまり、味付けや火加減だけ気をつけていれば問題ないってことですかね」 さくさく対策を練る。おそらく参加者のうち一番年下だろう真夢紀は、しかしものすごくしっかりしていた。当のりょうは最後にきゅっ、と鉢巻を結んで準備万端。 「講師の方々には御迷惑をお掛けすると思うが、どうか宜しくお願い致す」 真夢紀ちゃんがついてれば大丈夫かも、と無責任に年下の女の子に丸投げした佐羽は、そういえば、とマルカ・アルフォレスタ(ib4596)を振り返る。 「マルカさんはお料理できるの?」 わりとよく会うのだが、マルカの料理している姿を見たことがないのだ。手伝った姿さえ見ていない。同じくわりとよく会う真夢紀は、しょっちゅう何かかにか作っている。‥‥まあもっとも、流和と佐羽がいれば、必然的に食べ物が出てくるのだが。 マルカはなにげないその問いに、頬を上気させ。 「わたくしの淹れたお茶を飲んだ兄が三日寝込んで以来、ほとんどありませんわ‥‥」 「‥‥えっ?」 照れたような恥ずかしがるような、愛らしい反応と裏腹に、告げられた内容はひとつもかわいげがなかった。いや、口調はあいかわらずなのだが――。物騒にもほどがある。 「お茶‥‥悪くなってたの?」 念のため、佐羽は確認した。 「え? いえ‥‥、そんなことはないと思うのですが‥‥」 じいやがいる家だと聞いているので、たしかに悪くなっているお茶がマルカの手の届く範囲に置かれているわけはないだろう。佐羽は着物の袖をまくった。鳥肌が立っている。 (マルカさんがいじった食材は、ぜったいに食べないようにしよう) 心に誓う佐羽だった。 抹茶はなかったが、黄粉は村にあった。羽郁は材料を確認し、温めた生クリームに刻んだチョコレートを入れ、手早く混ぜ溶かしていく。てきぱきと作業をする。手と同時に口も動かして、ぱっぱと講師をこなしていった。 「生クリームは絶対に沸騰させんなよ、チョコを混ぜるときは空気を入れないように」 無駄のない動きだ。柚李葉はその横顔を見つめた。面倒見がいいから、受講生の様子をきちんと見ている。そして、そうしながらも手を動かしていた。 (‥‥羽郁は何、作るのかな) 本当に手際がいい、と、魅入りそうになる。 青い髪のかかる横顔に、その手に、羽郁という存在に。 「全部溶けきったらあら熱を取る。ここまではいいか?」 「なかなかチョコレートが溶けないんだけど‥‥」 「そしたら湯煎にかける。あとは?」 特に難しい手順でもなく、目立った問題は出てこない。唯一、マルカががしゃーん! と何かをひっくり返していたが、羽郁が見に行く前にアッシュが片付けを手伝い始めている。問題なし。 自分のチョコレートがすっかり溶けきったのを見て、よし、と恋人の元へ戻った。 「もう、いいの‥‥?」 「ま、俺のはあら熱取ってるだけだしな♪」 じゃあ、と差し出された器。ふわりと白い生クリームが泡立てられ、空気を含んで膨らんでいる。器に入ったままの泡立て器を真上に引き出して、ツノのたち具合を見た。ツノは、へろんと垂れてしまう。 「もっとしっかり泡立てていいぜ。見ててやるから」 「はい。お願い‥‥」 かしゃかしゃと生クリームを泡立てる。その柚李葉の手に自分の手を添え、羽郁は簡単にレクチャーした。 「こう持って、こう、器は斜めに立てた状態で。同じ方向に同じ速度で泡立てるのがコツだな」 「こう‥‥?」 「ん、そんな感じだ」 教わったことを、柚李葉は丁寧に守って真似た。 「刻んだチョコは、まずバターと湯煎で溶かしてください。必ず湯煎ですよ〜。直火じゃ溶けませんし、焦げますから」 てきぱき説明して、真夢紀自身も作業にとりかかっていく。女たちのほかに、佐羽とりょうも真夢紀のところにいた。 刻む作業がなかなかどうして難儀なので、それだけで重労働である。 「おろし金ですり下ろしたらどうなんだろうねぇ?」 だんだん疲れてきたおばさんが言い出す。やめたほうがいいですよ、と真夢紀はとめた。 「おろし金の隙間にチョコがめり込んで、とれなくなって大変だと思います」 「こちらは終わったからな、手伝いが必要なら手を貸そう」 自己申告の通り、切るのは早いりょうが申し出る。一気に村の女たちに引っ張りだこにされるりょう。それを見て佐羽は、 「アッシュさーん」 ちゃっかりアッシュ・クライン(ib0456)を呼び寄せた。過去の経験則から、困ったらアッシュを呼んでも構わない、と思っているらしい。どんどん遠慮のなくなっていく佐羽である。 「どうした」 「悪いんですけど、刻んでもらえないですか? たくさん刻んでもらえると、ケーキだけじゃなくて他のも平行して作れそうですし」 「それくらいなら構わんが‥‥、本格的な作業はしないぞ」 「そっちは任せてください」 佐羽は包丁をアッシュに託し、並行作業の準備をはじめた。 簡単な料理しかできない、という酒々井 統真(ia0893)は、単純に溶かして固めるものを選んだ。 「型はこれですか」 八十島・千景(ib5000)が材料の中から、鉄の型を取り上げる。 「いや、それは‥‥」 さすがにハートは恥ずかしい、と、統真は遠慮した。 「普通に木枠で四角でも作るよ」 準備を進めていると、やおら山姥包丁を構えたふしぎが声高に宣言する。 「千景、統真、とびきり美味しいの作るから、楽しみにしてるんだぞっ」 ちゃんと食べられるチョコを作るんだからなっ! と意気込む天河 ふしぎ(ia1037)。 「ま、補助はしますよ」 洋菓子ははじめてでも、料理に不自由するわけではない千景。普通にやれば普通にできるので、ばりばり初心者な二人のサポートも兼ねる予定だった。 「‥‥千景のチョコも楽しみだよ」 「絶品は期待しないでくださいね」 言いながらも、まずはとそれぞれチョコレートを刻みにかかる。とはいえそこは開拓者、若干手つきが怪しいふしぎとか、慎重にやりすぎて刻むどころか削るようにチョコレートに包丁を当てる統真も、さほど時間をかけずに作業する。 料理を始めるきっかけに、とチョコレートを刻むふしぎ。天真爛漫で細かいことは気にしなさそうなわりに、作業自体は丁寧である。というのも、 (‥‥大切な人に渡すチョコ、美味しいって言って貰いたいもん) とても真剣に取り組んでいた。同じく統真も、女性向けに、と甘みを強くする。 「意外と大丈夫なものですねぇ」 友人二人は、存外なんとかなっている。ちなみに千景は、チョコレートについての話を聞き、一度とっかかってしまえば飲み込むのは早かった。手つきはすぐに慣れたものとなり、チョコレートに入れるナッツ類を砕く作業に移る。なんとかチョコレート刻みを終えたふしぎも、 「あ、これ楽しい!」 ガツガツと砕く。 「そのへんにしてくださいね。粉末にしたら食感が出せませんから」 「はーい」 時間はゆっくりと過ぎていった。 ティアは多めに用意したナッツ類を砕き、それから多少あったドライフルーツも切って混ぜておく。 「チョコを溶かすのは他のレシピと同じ。刻んで湯煎で溶かします」 「これならあたしもできそう〜」 喜んでチョコレートを刻み、ナッツ類を砕く流和。 「本当はここでクッキーも砕いて入れますので、機会があったら準備して作ってみてくださいね。 チョコが多過ぎるとクッキーチップ入りのチョコに。逆にチョコが少な過ぎると、クッキーやナッツが上手くまとまらないので加減がちょっと難しいですけど‥‥」 さっそく流和は、 「あ。まとまらない」 言われたそばからやっていた。あわててチョコレートを刻み出す。それを見てティアは、 「上手く作れると歯応えの良い、美味しいお茶菓子になりますよ」 小さく微笑んだ。 未楡が教えるのは、チョコプリンだった。 「ソース‥‥みたらしのタレみたいなものですが‥‥焦げ易いので注意して下さいね」 「あっ」 言われたそばから焦げ臭い臭いを漂わせる佐羽。あれもこれもと手を出したおかげで、作業がおろそかになった結果だろう。同じくチョコプリンにチャレンジしていたマーリカ・メリ(ib3099)も、 「わっ‥‥あ、あああ〜」 いろいろ気がそぞろだったおかげで、うっかり。しかたがないですね、と未楡は苦笑をこぼした。村の女たちのうちでも、何人か焦げ付かせてしまっている。 「落ち着いてゆっくりと。もう一度やってみてくださいね」 「はい!」 「今度こそ!」 再チャレンジするのを見守って、できたのを見届けると次の行程へ。 「お鍋で温めた牛乳に、チョコを溶かし、卵と砂糖を溶き、良く泡立て器で混ぜます」 あとは器に入れてふたをして、蒸すだけですよ、と未楡は教えた。 「おいしい贈りものできたらいいな」 未楡の話を聞きながら、ほわ、と妄そ――想像をふくらませるマーリカ。これを武器に素敵な人を見つける、と、乙女らしい理由での参加。‥‥しているのだが。 (騎士さんに身体張って護ってもらうのって素敵。巫女さんが優しく包んでくれるのもいいなぁ。たまぁに人妖みたいにつれない甘えん坊になったりしたら、もう、ハグハグしちゃう) 乙女は完全に暴走していた。 恋に恋する、といった状態だろうか。収拾がついていないのだけはたしかである。うっかり鍋を焦がす程度には暴走していた。しかし、そんなマーリカの横で悠月 澪玲(ib4245)はマイペースに。 「‥‥ちょっとだけ‥‥」 ぺろり、と指先に絡めたチョコレートを舐め取る。独特の甘さとかすかな苦味。舌に残る濃厚な味。 「甘くて美味しい‥‥♪」 その濃密さに頬をゆるめ、夢見心地で材料を混ぜているマーリカに差し出す。 「マーリカも舐めてみる‥‥?」 おいしいものを、大事な友達に。はっとマーリカも現実に戻ってきて、澪玲の器に手を伸ばす。 「じゃあちょっとだけ。いただきまーす」 ぺろ、と舐め取り、その甘さに自然と口角が上がった。 「うーん、おいしいっ! 澪玲はチョコでコーティング?」 「ん‥‥」 なぜか。 そう、本当になぜなのか。澪玲の目の前には焼き鳥が用意されているのだが、幸か不幸か、脳内の恋人候補に夢中なマーリカは気づかない。 「がんばって作ろうねー」 コクリ、と頷く澪玲。マーリカも自分の作業に戻った。きちんと材料を量って、手順を守って投入する。澪玲はまわりを見回した。佐羽は真剣にケーキの材料を混ぜているし、流和はつまみ食いをティアに見とがめられていた。 「流和さん、材料、なくなってしまいますから」 「え、えーと‥‥えへっ」 若干真剣じゃない面子もいるが、大多数は真剣である。 「私も兄様の為に‥‥頑張る」 ここでチョコレートの中に、例の焼き鳥を串から外し――投入した。 ひきっ、と、向かいで作業していた女が引きつる。澪玲に悪意はなかった。そして悪意がないのと同じ分だけ、迷いもためらいもなにひとつなかった。あるのはただひたすら、純然な兄への好意のみである。 ちなみに、なぜ焼き鳥なのか。これは本人に聞かない限りは謎だろうが、佐羽が見ていたら思い出したかもしれない。そういえばお祭りでも、焼き鳥に直進していったよね、と――。 「‥‥楽しみ‥‥」 あとは冷やして固めるだけ。まんべんなくコーティングされて中身の見えない、一見でこぼこしているだけのチョコレートが‥‥、生まれようとしていた。 「隠し味に、お醤油と味噌だっ!」 なんだかんだとさっきまでは、きちんと作っていたふしぎ。しかし、つい出た欲が発揮された‥‥らしく。 「え?」 ものすごく遠慮したい単語が聞こえた気がして、寒気と共に振り向く佐羽。ふしぎの抱えるあの壷は、あれ、たしかお味噌‥‥? しかし、ふしぎの横で作業していた千景が涼しい顔をしているものだから、まさかなぁ、と自分のプリンに向き直る。その隣で。 「きゃあ!」 ずてーんっ! と盛大にコケたマルカが、ボウルの中身をぶちまけた。あいかわらず、マルカの激しい調理は続行中である。 「大丈夫ですか?」 チョコレートをもろに被ったマルカを、そっとふきんで拭う未楡。講師役が一段落したので、激しすぎるマルカのサポートに回ってきてくれたのだ。 「だ、大丈夫ですわ‥‥。チョコレートは‥‥」 ぶちまけたそれに、一瞬落ち込んで。 「もう一度! 材料はまだありますでしょうか?」 「ええ、大丈夫ですよ」 「が、‥‥がんばるね、マルカさん‥‥」 いろいろ激しいマルカのお菓子作りに、引きつる佐羽。未楡はさすが、まったく動じない。 「はい」 わずかに頬を上気させ、マルカははにかんだ笑みを浮かべた。 「今年はわたくしの作った物を待っていてくださるお方がいますから‥‥」 幸せいっぱいの微笑みに――つい。 (‥‥生きてるといいね、恋人さん‥‥) 縁起の悪いことこの上ないが、佐羽は黙って見知らぬ誰かに黙祷をささげた。 どんっ、と何度か釜を落として空気を抜く真夢紀。 「あとはご飯と同じ要領で炊くだけです」 「おー!」 なんとなくノリで拍手する佐羽。 「また火加減か‥‥。頑張らねばならんな」 意気込むりょう。 「まゆが見てますから。ご飯が炊けない人、いますか?」 「いないよー。村の女でご飯炊きできないの、流和ちゃんくらいだもん」 できないわけではないのだろうが、いつも佐羽がやってしまうのでやらない。流和は男手に数えられているからだろう。 「まあ、それなら安心です。では炊きましょうか」 さすがに釜の数も竈の数も足りないので、女たちは自宅に戻って炊くことにした。ケーキチームが散っていった隣では、未楡が蒸し器に器を並べていくところである。 「できたら持ってきてくださいね」 蓋をして、火にかけてあとは待つだけ。その間に使ったものを片付けていく。と。 「マーリカ‥‥材料が1個余ってる‥‥」 澪玲が差し出したのはなんと――。卵。 「‥‥なんに入れるんだったっけ?」 卵が入っていないプリン。それはプリンじゃない。ただのチョコドリンクである。 「入れ忘れ‥‥? じゃあこのまま‥‥食べちゃえばいい、よ」 「せ、せめてゆで卵に」 急遽ゆで卵を作る二人であった。 羽郁はあら熱のとれたものを、容器に流し込んでいった。天板などの気の利いたものがないため容器はばらばらだが、ようは冷やせればいいのだ。トリュフに容器は関係ないのは幸いである。 「よし、じゃあ氷霊結を頼むぜ!」 「私のほうにもお願いします。じき蒸し上がりますから」 羽郁と未楡の要請に、柚李葉と真夢紀が手を止めて、用意された水に氷霊結をかける。 「今日は、氷を使いますが‥‥普段は井戸水で冷やして置くと良いですよ」 プリンチームに未楡はアドバイスし、盛りつけに使う生クリームを泡立てる。 「生クリームは砂糖を入れると泡立ちやすいので、はじめに砂糖を入れます。ただ一回に入れるのではなくて、二、三回に分けて入れてくださいね」 柚李葉もしっかり泡だった生クリームに、溶かしたチョコレートと寒天をそっと加えた。 (ふわふわ美味しいお菓子になります様に) たった一人の人のために、願いを込めて優しく混ぜる。それから作った氷でそれを冷やした。 冷えて固まったチョコレートを取り出す。完成、だ。 「いつもありがとう」 悪気のまったくないふしぎは、作ったチョコレートを千景に贈った。統真にも渡す予定だが、本人がまだ黙々と作業中なので千景に先に、というわけだ。 「‥‥さぁ食べて食べて」 味はどうかな、喜んでくれるかな――、期待と不安が入り交ざった視線が、千景に注がれる。ふしぎのチョコレートに込めた心はどこまでも純粋だった。 が、しかし。 入った材料がそんなに純粋じゃないのを、千景はばっちり見ていた。 「じゃあこれ捨てますね」 ふしぎの視線もなんのその。統真への分も取り上げて、遠慮なく捨てに行く。 「え‥‥ええー!?」 その横で、統真は慎重にチョコレートを型から外していた。冷えて固まるとかすかに縮むのがチョコレートだが、だからといっていつもいつもきれいに型から外れるわけでもない。丁寧に作業する中でも、端っこが欠けたりなんだりしてしまう。 その中から一番きれいなものをとりわけた。誰かに贈るのだろう。そして、それ以外のものをまとめて千景に持っていく。 「ん、なんだかんだでいい機会だった、ありがとうな」 誘ってくれてありがとう、と、統真の手が千景の頭を撫でた。 「僕のは受け取ってくれないのに‥‥!」 「安全性が違いますから」 「‥‥何を作ったんだ‥‥」 「酒々井さんは見ていなかったんですね」 みその匂いがぷんぷんしていたのだが、真剣に挑戦していた統真は気づかなかったようだ。千景が阻止しなかったら、もしかしてみそとしょうゆの被害に直面していたかもしれない‥‥。 「あの方は喜んでくださいますかしら‥‥?」 マルカも、見た目はともかく――味はわからない――心のこもったトリュフをなんとか完成させた。マルカ自身がやけにぼろぼろになっているが、とにもかくにもできたことはできたのである。生クリームの鍋が空を踊ったり、チョコレートを刻んでいるのにまな板が跳ねたり、アクロバティックな調理であったが、めげずに最後までやりきったのだった。 未楡も、氷で冷やしたプリンに生クリームを盛りつける。ふわりと白い生クリームがプリンの上に乗り、さらにソースをかけて‥‥完成、だ。 「皆さんもできましたか?」 「プリンじゃないのが‥‥」 あきらかに固まっていない、液体のそれを差し出すマーリカ。 「あらあら‥‥」 それを見て、未楡は小さく微笑んだ。 「卵を入れ忘れてしまったんですね。でも、これもこれでおいしく飲めますから、落ち込むことはありませんよ」 豪快な失敗ではあったが、問題はない。未楡はやんわり慰める。 柚李葉は繊細なお菓子を作りあげていた。最後にみかんの実を飾り、完成である。そして、できるなりまっすぐに羽郁へと持って行った。 「羽郁、これ、食べてくれますか?」 「もちろん。俺のために作ってくれたんだろ?」 ゆるり、と柚李葉は微笑みをとろけるほどに柔らかにした。 「羽郁のも食べさせて? きっと美味しくて胸がほわってすると思うの」 お菓子と同じくらい、――もしかするとそれ以上に。甘く柔らかな言葉が、羽郁の耳を打った。 「それじゃあ、お茶にしましょうか」 手際よく準備をするティア。はじめてのハーブティーの香りに、嬉々として佐羽が手伝った。ちなみに、頼まれたわけではなく勝手に手を出しているだけである。佐羽に紅茶の類を淹れた経験がないため、興味津々だった。 「じゃあ、まずカップを温めて」 「はい!」 あいにく場所が場所なので湯飲みくらいしかないが、佐羽は嬉々として温めた。その間にアッシュが、佐羽のケーキやティアのチョコレートを運んでくる。 「茶葉によって蒸らす時間が違いますから、今は私がやりますね。次にできるように見ていてください」 「はいっ」 そうしてお茶会の準備を整える。 「じゃあいただきまーす」 いそいそとハーブティーを一口ふくみ、ふわっと佐羽は微笑んだ。 「これがチョコレートというやつか」 「らしいです。あ、ケーキ切り分けますね!」 包丁を入れる佐羽。アッシュはその横で、クラッシュクッキーをぱくり。 「‥‥あまり甘すぎるのよりは少し苦味が残ってた方が好みかな」 「男の人はそうなのかなぁ。ちょっと苦めのも作った方がよかったですね。あ、りょうさんも上手にできました?」 「うむ。真夢紀殿が指導してくださったからな」 「危ないときだけ見ていれば済むので、たいしたことはなかったですよ」 ケーキチームは穏便に済んだようである。 「よかったですね」 にこりと微笑む未楡。ちなみにプリンチームと言えば。 マーリカは、しょっぱい気持ちになりながらもホットチョコを飲んでいた。ホットチョコ自体は列記として存在する飲み物だが‥‥、どじを踏んだ結果だと思うと、ほろりとせつない気分になる。 隣の澪玲は冷えて固まった焼き鳥チョコをじっと見つめ、 「兄様‥‥喜んでくれるかな‥‥」 大事な人を思い浮かべてつぶやいた。 「上手にできました?」 そっとかなしい涙を拭いつつ、マーリカはたずねる。コクリ、と頷く澪玲。それから。 「あ‥‥マーリカにもあげる、ね‥‥」 澪玲はお裾分けをした。見た目はすこし不格好に見えるが、愛情のこもった――焼き鳥チョコを。 「いいの?」 「うん‥‥」 ありがとう、と受け取ってぱくりと食べた。結果。 「‥‥何やってるんですか?」 その場に突っ伏したマーリカに、佐羽が不審そうに首をかしげた。 そしてケーキを半分握りしめ、もっきゅもっきゅと頬を膨らませ、リスと化した流和。その食いっぷりに――食べ方ではなく量に――共感した人物、ひとり。 「――お品書きの上から下までを一通り頼んで驚かれた事はあられるか?」 「む、ごくん。 できないよ!」 意外な返事が返ってきた。おや、と思えば悔しげに、流和はかたく拳を握る。 「そんなお金ないもん‥‥!」 りょうは震えるその肩を、ぽむ、と叩いてなぐさめる。 ――というか、共感しているあたりでりょうは、たぶんお品書き制覇をしたことがあるのだろう。それも一度や二度ではなく。 流和に胃袋仲間が増えた瞬間だった。 みんなが帰る段階になって、アッシュは流和に声をかけた。 「この先大変だろうが、お前ならきっと乗り越えていけるだろう。しっかりな」 「うん、がんばります!」 ばいばーい、と手を振る流和たちに見送られ、甘い香りを纏った開拓者たちは帰路についた。 |