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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 開拓者ギルド。複雑そうな依頼から、珍妙な依頼までが並ぶところ。 「あ、またあった」 湯花はまたしてもひとつの依頼を見つけた。再び合宿のお誘いである。 「都竹さんからの依頼か?」 真樹が幼馴染の視線の先を確認した。 「なんだ、今度は地上戦かー」 「一応空も残ってるってよ」 つつ、と条件をなぞる湯花。に、と真樹の唇に笑みが浮かぶ。黒いつんつん頭と相まって、たいへん悪ガキめいた表情であった。 「うし、俺は空に行く!」 「あたしはどうしようかなぁ。地上を連れ歩ける朋友、いないし。でも直接的な戦闘ももうちょっと慣れたいのよね、前衛だし」 まじめな発言とまじめな表情。その湯花の頭の上で、ちらりと真樹と鋼天がアイコンタクトした。 (俺、今回別行動取りてーな) (僕が湯花ちゃんについてるよ) 真樹にせよ鋼天にせよ頼りがいはぜんぜんないが、一応湯花のことも考えているらしい。 「僕は地上。山歩きも大変そうでやだなぁ。蚊とかいそうだし」 けれど鋼天はやっぱり鋼天だった。いつもどおり文句が多い。 「どのみちえんえん山歩きは大変だし、移動は龍使ったほうが楽そうではあるよなー」 うきうきと真樹は依頼を受けに行った。 「ってわけでー、今度は地上ですね☆」 あいかわらずセンスのズレた都竹は、やたらと派手な垂れ幕を村の入り口の木に結わえつつ言った。もちろん木の上から。 「あいかわらずかっこいいな!」 やっぱり真樹のセンスもズレていた。今度の垂れ幕も『おいでませ開拓者様!』である。ちなみに鋼天は、その派手な垂れ幕に踊る星だのハートだのの柄を見て、かわいー、とか言っている。 (なんであたし、こいつらと幼馴染なんだろう‥‥) 湯花はふと疑問に思った。もちろん、家が近所だったからである。 現実逃避している湯花とは裏腹に、都竹は垂れ幕を結び終え、すたんと地面に降り立つ。それから垂れ幕が曲がっていたりよれていたりしないのを確認して、うん、と満足げに頷いた。 「では、一応説明しますね。 前回倒していただきましたのでー、空はぐんと安全になっています。まだちょっと残っているので、そちらの掃討も必要ですね!」 どこまでも明るい語り口。明るいだけならいいのだが、妙に人を不安にさせる明るさなのである。 「どんぐらいいるんだー?」 「ざっと五十か六十くらいでしょうか☆」 それ、ちょっとって言わない。湯花は心から突っ込みたかった。突っ込まなかったのは、依頼の前に無駄に疲れたくないからである。 「まあ、空のアヤカシはそんなに大変じゃないと思いますよー。見晴らしいいから探しやすいし、身動きもとりやすいですから! 問題は地上、つまり山の中ですね☆」 なぜか嬉しそうな都竹。何が嬉しいのかはさっぱりわからない。とりあえず湯花の不安が募るだけである。 「やっぱりあんまり強くはなさそうですがー、獣型や虫型のアヤカシの見本市と化しています☆」 聞いているほうは、さっぱりまったくぜんぜん嬉しくない話であった。 「空と違って、一度にたくさん出てくるわけじゃありませんねー。多くても十匹くらいでしょうか? あまり耐久力はないみたいで、わたしなら通常攻撃一発で倒せますがー、湯花ちゃんなら何発か必要かもしれません☆」 「なんか腹立つわ‥‥」 「ま、まあまあ。落ち着けって湯花」 「そ、そうだよ。湯花ちゃんはこれから強くなるよ」 非常識二人に窘められ、かえって常識人・湯花は憮然とした。 「あ、もしボス的なアヤカシがいたらですねー、すみやかに撤退をお勧めします。倒しに行ってもいいですがー、あれだけ数いると、たぶん練力諸々が足りません☆」 前回の、敵の密集区域の情報からの推測なのだろう。無理をせず、無事に帰ってくるのも仕事のうちだ。 そう言ってにこやかに都竹は締めくくった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
十 水魚(ib5406)
16歳・女・砲
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 青い空にはためく白い布。見上げるのは神座真紀(ib6579)。 (今度は垂れ幕かいな。次は何になるかこれはこれで楽しみやな♪) なぜかヴァージョンアップした垂れ幕の次を期待する。 「龍に乗って戦った経験は余り無いですし、良い機会ですわ」 やや大きめの体躯をした炎龍、花鳥を伴う十 水魚(ib5406)。周囲と挨拶を交わす。 「砲術師の十水魚ですわ。どうぞよろしくですわ」 「おっす。真樹だ、よろしく」 「ちょ、あんた初対面の人に。あの、あたし湯花です」 「僕鋼天。よろしくお願いします」 「都竹ですよ〜、がんばってくださいね☆」 めいめい思い思いの挨拶。シルフィリア・オーク(ib0350)も挨拶を交わすと、ウィンドの手入れのための道具を最低限、積み込んだ。 「何はさておき、アヤカシに困ってる人たちがいるんなら何とかしなきゃねぇ〜。 ウィンド一緒に頑張ろうね」 伴った駿龍、ウィンドを撫で撫でする。そうしている間に、礼野 真夢紀(ia1144)は前回書いた地図を複写し、それを一人ずつに配布した。 「2班に分かれますから班での状況や撤退時に気付いた事夜纏めて通達した方が良いと思います」 (個体は確かにそう強くないとはいえ、思った以上の数ですね‥‥都竹さんがいうようにこれを束ねる指揮官みたいなのがいるとしたら、かなり手強い相手になっちゃいそうな‥‥) 御調 昴(ib5479)の胸に不安が落ちる。それを察したのか、鋭くケイトは己がパートナーを睨んだ。昴が弱気になると、この気高い生き物は容赦がなくなる。けれど幸い、ケイトが何かする前に彼はそれを振り払った。 (まだ正体も分からない相手に怯える前に、まずは数を減らすことから、ですけど) それから、ケイトにブラッシングをかけようとする昴。威嚇するケイト。もとよりそんなすんなり行くと思ってはいない。きちんとけじめとして諦めずに、と根気よく声をかけた。 「さあ、今回も参りましょうか」 シルベルヴィントのほほをなでるクレア・エルスハイマー(ib6652)。徒歩を選ぶ者はおらず、それぞれの朋友の背に乗って飛び立った。 空は青く、よく晴れていた。できる限り低空を飛行し、ついでに眼下へ目を凝らす真夢紀。アヤカシがいないか注意するが、木々が邪魔ではっきりとはわからない。目視確認は難しそうだ。 「っ!?」 鈴麗の短い悲鳴、がくんと揺れる真夢紀の視界。 乾いた銃声、大きな羽音。全力で姿勢を戻す鈴麗にしっかりとつかまって、素早く周囲に目を走らせた。 まっすぐに銃を構えたまま、ケイトを降下させる昴。彼を避けるよう水魚が援護射撃を撃った。それだけですぐに思考が追いつく。 ――低く飛びすぎて、山にいたアヤカシから攻撃を受けたのだ。 「怪我はないですか」 鈴麗に声をかけると、問題ない、というように小さく鳴き声が返ってきた。不意打ちにびっくりしただけで、鱗ひとつ傷ついてはいない。 一方昴は木々の切れ目から降下する。木の幹に大きすぎる蜘蛛がへばりついていた。手近な一体に銃弾を叩き込む。それはあえなく消えていったが、一体だけではない。残ったものがしゅるりと糸を吐き出した。 ざむっ、と昴に糸が届く刹那、追ってきたシルフィリアの薙刀がそれを薙ぎ払う。真紀が糸の大元、蜘蛛を叩き切った。 「他に反応はありませぬ」 霧咲 水奏(ia9145)が上から声をかけた。鏡弦で確認した結果である。すぐに三人は空へと戻った。 隊列の中ほどを飛んでいたシルフィリア。遠目に羽ばたく敵影を視界の端に捕らえると、ウィンドに合図してすぐに前衛へと回り込む。真っ先に水奏は鏡弦で空域を把握した。目の前の一団以外では、空に反応はない。 「目の前のものを除けば、他にはおりませぬ。地上も同じゆえ、低空飛行も可能でしょう」 「うっしゃ!」 真樹はぐっと高度を取った。真夢紀がフォローにつく。 「あまり皆から離れるのはよくないです」 「こないだ真紀さんがやったやつ、あれ有利そうじゃね?」 それから、同じく高度を取ろうとした湯花を制する。 「おめーは空間把握能力ねーから、ちゃんと後ろからフォローつけてもらえる位置にいろよ!」 「なんですってー!?」 「湯花さん、前や!」 「わ‥‥!」 真紀に言われて飛び来た怪鳥の攻撃を受ける湯花。湯花より一歩前に出て、ヒートアップしたほむらがアヤカシを噛み砕く。その隙に真紀が強打し、新陰流で別の一羽を切り裂いた。 「我解き放つ絶望の息吹!」 後方で味方を巻き込まないよう、どうにか射線を確保したクレアがブリザーストームを放つ。できるだけ多くを巻き込んだ吹雪がおさまると、騎射を使った水魚が弱ったアヤカシを次々に撃ち落とした。ただで落とされてはたまらないとでも思ったのか、数匹が彼女へ襲い掛かる。 「花鳥、任せますわ」 普段あまり接近戦のできない花鳥は、ここぞとばかりに迎撃に移った。鋭い牙を立てて噛み砕く。特に迎撃方法を命じていないためそれは単純で戦略性のない攻撃だったが、弱ったアヤカシ相手には十分だ。胴ごと噛まれてひしゃげた翼のアヤカシを、ぺい、と放って次の獲物に噛み付く。放り出されたものは瞬く間に形を失い、瘴気へ戻って消えていった。 「やはり、地上で戦うのとは、ずいぶんと勝手が違いますわね」 慣れない空戦。それでも、だからこそ積極的に次の獲物に狙いを定めた。 最前衛のシルフィリアは、やってくるアヤカシをウィンドには避けさせ、自らはガードやオーラドライブを駆使して攻撃を受けていた。数が多くて捌き切れないが、そう強い相手ではない。多少後衛に向かっても、わりとどうにでもなる範囲だ。ただ、だからといって安易に素通りさせるつもりもない。 薙刀の柄を握り締め、真横に振り下ろす。感じる手ごたえ。霧散する、鳥に似た異形。 手の届かない敵は気にしない、気にしなくてもいい。仲間は着実にそれを仕留めていく。 「今日だけじゃないしね、無理は禁物だよ」 大きく振り下した薙刀を、真正面から突っ込んできたものへ突き刺した。刃が胴を貫き、勢いづいた身体は刃では止まらず柄まで通り抜けてくる。その身体はシルフィリアの握る拳に触れる瞬間、ふわりと瘴気に戻って消えていった。 真夢紀は真樹と共に上空で高度を保ちつつ、近づいてくるものを鈴麗と迎撃していた。真樹は駿龍の背中から手裏剣を投げている。 だんだん駿龍がやることなくて機嫌を降下させていくのが、真夢紀にははっきりと見て取れた。 「真樹さん、そろそろ――」 「うし。 真夢紀、わりーけどお先するわー」 にか、と笑って駿龍の手綱を取ると、真樹は一直線にアヤカシの群れに突っ込んでいく。 「鈴麗」 彼女の意を汲み、鈴麗は高速移動で追いかける。ずいぶん薄くなったアヤカシの群れに突っ込むついでに、真夢紀は精霊の小刀で手近な一羽を葬った。真樹も同じように忍刀で引き裂く。止めようにも、敵の真っ只中で停止はできずにそのまま群れを突き抜けた。山稜すれすれで思い切り手綱を引き絞り、再度上昇。 「真樹さんにはまだ危ないです。今回は敵が疲弊してましたけど」 駿龍ではなく、乗り手が暴走してどうするのか。問題児はぐ、とサムズアップする。 「だからあっちが弱くなるの待った!」 間違ってはいないが、褒めたら調子に乗るのが目に見えていた。 真夢紀と真樹が敵陣を突き抜けた直後。一部ではあるが敵戦列が崩れた隙をつくように昴は込めた銃弾を撃った。ギャッ、と短い悲鳴と共に姿をなくすアヤカシ。畳み掛けるように水奏が即射で撃ち落す。 「我は射る魔滅の矢!」 クレアがホーリーアローを放つ。呼応するようにシルベルヴィントが火炎を振り撒いた。 無事に空域を制圧し、村へと帰還する。水奏はすぐに昼寝に入ろうとする鋼天をつかまえて、ひとつの質問をした。 「鋼天殿から見た真樹殿、湯花殿の動きの癖を教えて頂きたいと思いまする」 「んー‥‥」 鋼天は考える素振りをしながら真樹に目をやる。 「湯花! お前と俺の龍、どっちが速ぇか競争しようぜ!」 「は!? ちょ、あんたののほうが速いに決まってんでしょ!?」 「うーっし、村一周なー」 「話を聞けーっ!!」 騒がしい二人を鋼天は満足げに見送って、それから水奏に答えた。 「湯花ちゃんは真面目だから、ちゃんと綺麗な教えられた『型』を使うよ。まあ、だから咄嗟の時とかは動き鈍るみたいだけど。戦闘への適正はあんまりないね。 真樹は人の戦法とか見て勝手に盗むから、変な癖がいっぱいあるんだ。戦闘センスは高いけど、ノリやカンで戦ってるとこあるかな。でも飲み込みはすごく速い。 湯花ちゃんより僕のほうが開拓者としては強いだろうし、僕より真樹のほうがすこし強いよ。湯花ちゃんには内緒ね」 「先ほど真樹殿に頼んだのはそのためでしたか」 「うん。あ、でも僕も真樹も、実力隠したりしてないよ。湯花ちゃん鈍いから小細工いらないし」 それから水奏と鋼天は別れた。崑崙に怪我がないのを確認して村の中心辺りに行く。 (此度は村の子らと気侭に遊ばせて差し上げましょうか) 近くにいた子に声をかけると、歓声が上がった。 「触っていいの?」 「噛まない?」 「おっきーい」 子供が好きな崑崙もまた、のんびり尻尾や髭で構ってやる。きゃあきゃあと子供たちははしゃいでいた。 真紀は再び宿の厨房に入り、また来たの、働き者ねぇと感心されつつ夕食の下ごしらえに参加していた。真夢紀は朋友含めた仲間の負傷を確認し、治療して回ってから鈴麗を洗ってあげる。隅々まで丁寧に汚れを落とし、水気を拭ってブラッシングをかけて整えて。 「女の子だもんね〜」 もともと甘えん坊な鈴麗は、真夢紀に構ってもらって嬉しそうに尻尾を振った。 真紀が下ごしらえを済ませてご飯を炊きにかかるころ、空はゆっくり茜色に染まっていく。名残惜しげに崑崙と別れを告げる子供たちを見送ってから、ゆったりと立ち上がる崑崙を洗いにかかる。 「港で過ごす時のようにとは行きませぬが」 それでもしっかり疲れが取れるよう、水奏は湯を用意して洗ってやった。 二日目からは、二班に別れての行動だった。一斑は真夢紀、シルフィリア、水魚、それから真樹だ。担当する山に着くと、適当な山小屋を選んで降下する。ざっと周囲を索敵し、見つけた数匹を葬ってから。 「お疲れ様」 真夢紀は探索中、離れざるを得なかった鈴麗に声をかけた。それから買っておいた干し果物を与える。 「良い子にしてた?」 ぱくり、と真夢紀の手からとって食べ、こくりと頷く鈴鹿。それを見て、真樹は疑問を口にした。 「龍とかどうすんの?」 「わたくしが面倒を見ようと思っていたのですが‥‥」 「え、水魚さんが抜けるとかやめてくれよ。自慢じゃねーけど、俺大した戦力じゃねーぜ?」 まだ真樹の攻撃力は低い。水魚が抜けると火力が足りなくなるのだ。どの道、依頼の最中あまり長時間朋友と主人が離れるのは現実的ではない。空域は制圧済みだし、空に放っておけばいいだろう、というところに落ち着いた。 肝心の索敵であるが、こちらは難航した。探索用のスキルを持っていないので、ひたすら歩き回る他ない。獣道が多いので、シルフィリアが目印のリボンを結びつけていなければ堂々巡りに突入するところであった。地図上にメモを残して探索済みの箇所を記録していく。 奇襲に備えて先頭を歩くシルフィリア。後衛二人を間に挟み、真樹は殿を買って出た。山小屋を中心に徐々に探索範囲を広げていく。 がさがさがさっ、といった音と共に、シルフィリアの横から二匹の大きな百足が現れた。咄嗟にガードで受けるシルフィリア。前衛に飛び出す真樹。 百足であれば有毒だろうと判断し、真夢紀が精霊砲で一匹を撃ち抜く。耐久力は高めのようだが、それでも精霊砲の火力の前には些細な問題だったようだ。その一匹が消える。銃口をもう一匹に向け、水魚は引き金を引いた。銃声、それから甲羅を破って着弾。真樹の手裏剣は、当たったものの浅い。 「数が多くて、息切れしてしまいそうですわ」 再び弾を装填して、水魚は呟きつつも銃口を向けた。 幾度かの戦いを終えて、少しの休憩時間。それはそう長くない時間だったが、シルフィリアはウィンドにブラッシングをかけてやる。 「お疲れ様。少しの間だけど、休んでおくれ」 鱗についた汚れを落とし、労る。また、シルフィリア自身も休憩を取るのを忘れない。傷の手当をすると、真夢紀が閃癒をかけて癒す。それから持ってきた食べ物を分け合って取り、身体を休める。周囲の警戒をしつつ水魚もゆっくりと休んだ。 二班は、一斑が探索する山とは別の山の担当だ。まず、特に密集していない周辺の山地を巡ってアヤカシを討伐する。初めは地上に降りて歩き回っていたが、範囲が広すぎて非効率的であった。結局朋友で空から探索、鏡弦で索敵して降下、殲滅といった手段を取ることとなる。それが終わるとまだ時間も余力も残っていたため、三つの山のうちひとつを攻略にかかった。こちらの班でも朋友は上空を気ままに飛ぶに任せている。探索については同じく水奏が担当。小屋を拠点に掃討していく。すこし開けた場所を見つけて、真紀は咆哮で空気を振るわせた。 クレアがストーンウォールで左右を塞ぎ、アヤカシの攻撃進路を限定する。昴は装填し、引き金に指をかけた。 「来たよ!」 瘴索結界の反応から鋼天が警告する。一瞬後に狼に似たアヤカシが飛び出してきた。銃声を響かせて先頭の一匹の眉間を撃ち抜く。倒れ伏した仲間を乗り越えて、あとからあとから現れた。長巻を構えて真紀が前衛で食い止める。隣に湯花が並んだ。 「戦うときは、相手の一点だけやなく、遠くの山見る感じで相手の姿全体を視界に捉えるんや。その方が動きの起こりを捉えやすいねん」 「は、はい」 不器用ながらも意識して周囲を見るよう気をつける湯花。基本的に目の前のことにしか意識が向かないので、その動きはおぼつかない。水奏はそんな前衛二人の頭越しに矢を放つ。手前のアヤカシでなく、後方で隙を伺っているようなのを優先して撃破していった。 途中で左側のストーンウォールが破られる。瞬時に破軍と単動作を発動、躊躇わずに立て続けに二発の弾丸を放つ昴。 「きゃ‥‥!」 「湯花ちゃん! うわっ」 突発的な事態に弱い湯花が腕に噛み付かれて怯み、慌てた鋼天が周辺への警戒をないがしろにして一匹の狼に接近を許した。 「我は築く冥界の城壁!」 クレアが呪文を紡いだ。鋼天の前に石の壁が現れる。その間に湯花に愛束花を投げる鋼天。昴が優先して湯花の周囲の敵から撃ち抜いた。 「大丈夫ですか」 「う、はい。がんばります!」 昴の言葉に湯花は頷く。 「ああ、ヒヤッとした」 鋼天は瘴索結界を展開していたのだから、ストーンウォールへの攻撃は気づくべきだった。だが、湯花以上に前線に馴染みのない彼は何が必要な情報なのかいまいちわかっていないらしい。 「もう一息でございまするよ」 引き絞った弓から矢を放ち、また一匹を倒した水奏が声をかける。 「ほむら!」 隙を縫ってほむらを呼び、その背に飛び乗る真紀。潰されてはたまらないと一旦アヤカシが退いた。その隙に湯花たちも順次朋友を呼んでその背に乗り込む。 ほむらを駆って敵に肉薄していく真紀。 「これで終わりですね」 昴が引き金を引き絞った。 一通り掃討して山小屋に戻り、暫しの休憩を取る。真夢紀が持たせてくれた甘刀の欠片を口に放り込む一同。真紀は舌の上でその欠片を転がしつつ、味噌汁を作る。お握りを配り、緑茶を淹れて。 「よし、完成や」 味噌汁の味を見て頷き、借りてきたお椀によそう。シルベルヴィントのところにいたクレアが戻ってきて、皆で軽食を囲んだ。 三日目で三つの山を攻略した一行は、二班が合流して谷底へ向けて進軍した。今まで以上に敵は多く、若干強くなっている。それでも、あらかたの敵を倒したあと。 「‥‥あのさ、もしかしてすこし開けたトコ見つけて、‥‥開けたトコなけりゃちょっと木を切り倒して作ってさ。真紀さんが咆哮やってアヤカシ集めて、僕らは最初から上空にいて一方的に狙撃したら楽だったんじゃない?」 ほとんど敵を倒し終えてから、疲れの増す台詞を口走る鋼天。真樹がすんごい嫌そうな顔をした。 「こ、これで‥‥終わりかな‥‥?」 息を切らせて湯花が言う。水奏が鏡弦で再び確認した。 「まだおりまする。少なくとも‥‥五匹」 「僕の出番ないねー」 あはは、と鋼天は笑った。鏡弦の射程範囲を考えれば、瘴索結界は狭い。 ただ、ひとつ。忘れていたことがあるとすれば――、鏡弦は、必ずしもアヤカシのすべてを見つけ出せるわけではない、ということだ。 場合によっては、抵抗されてしまう。 「湯花さん!」 鋭く真紀の声が飛んだ。え、と湯花の目が戸惑いに揺れる。 誰よりも速く動いたのは、シルフィリアであった。ガードを発動させて湯花の前に身体を滑り込ませる。その身体を衝撃刃が切り裂いた。 「シルフィリアさん!!」 愛束花をかけようとする鋼天を制止して真夢紀が閃癒をかける。 「鋼天さんはまず瘴索結界を」 「あ、うん!」 そのわずかなタイムラグに、茂みから飛んできた黒いものに水魚が噛み付かれる。蛇だ。 「平気かいな」 強打と新陰流で水魚に噛み付いたそれを振り払い、真紀が尋ねる。 「毒、ですわね」 「解毒します、ちょっと待ってください」 真夢紀が閃癒をかけつつ言う。昴が頭をもたげた蛇に弾丸を撃ち込むと、それは瘴気に戻って消えた。瘴索結界を張った鋼天が、悲鳴に近い声を上げる。 「術の範囲内に十二匹! だめ、囲まれてるよ」 「十二‥‥」 それは少なくとも、水奏の鏡弦に抵抗できる程度に強い、ということだ。じり、と背中合わせで全方位を警戒する。 「撤退したほうがいいと思いますわ」 ストーンウォールを作り出し、クレアが提案した。異論が出ない――というか、こうなったら突破するか上空に逃げるかの二択だ。 「遠距離攻撃できる人から飛び立ってや!」 「上から援護します!」 飛び掛ってきた黒蛇や、飛び来る衝撃刃の中で朋友を呼び、乗り込む。真夢紀や昴、水奏、水魚、クレア、それからいるとかえって状況が混乱する三人衆を順次飛び立たせた。 そして、先に発った皆が上から黒蛇たちを牽制する。その隙に居残ったシルフィリア、真紀が空へと発った。昴と水奏が黒蛇たちに牽制攻撃を続けているが、黒蛇たちも衝撃刃を飛ばしてくる。飛距離は十メートル、だろうか。真紀たちに閃癒をかけるべきか、と判断しかけ、真夢紀はすぐさま別の術に切り替えた。同じく気づいたクレアと水魚が、僅差のタイミングで攻撃を仕掛ける。 やけに巨大な黒い影が、真っ赤な口を開いて真紀とシルフィリアに迫っていたのだ。大きすぎる黒い蛇、それが地面から二人を喰らおうと身体を伸ばしてきたのだ。その頭に精霊砲、単動作から続けて強弾撃、そしてホーリーアローが放たれる。強弾撃にはあまり反応を返さなかったが、精霊砲やホーリーアローは痛がるそぶりを見せた。 なにはともあれ――とりあえず、撤収だ。 「充実しすぎて、なかなかに辛い合宿でしたわね」 水魚がぽつり、零した。 |