|
■オープニング本文 ●激戦の後 血と泥に塗れた兵たちが疲れた身体を引きずり、次々と合戦場から戻ってくる。 「此度の戦は、厳しいものであった」 雲間から覗く青空を仰ぎ、立花伊織が呟いた。 大アヤカシと呼ばれる脅威に人は勝利を収めたが、代償は大きい。 秋を前に野山は荒れて田畑は潰れ、村々も被害を受けた。避難した民は疲弊し、アヤカシも全てが消えた訳ではない。 「再び民が平穏な暮らしを取り戻すまで、勝利したと言えぬ」 伊織は素直に喜べず、唇を噛んだ。 「今後の復興のためにも、今しばしギルドの、開拓者の力を貸して頂きたい」 随分と頼もしさを増した面立ちで若き立花家当主が問えば、控えていた大伴定家は快く首肯した。 「まだしばらくは、休む暇もなさそうじゃのう」 凱旋した開拓者たちが上げる鬨の声を聞きながら、好々爺は白い髭を撫ぜた。 ●流れた先 宇城橋防衛――。それは先の戦いにおいて、数多くの粘泥を中心としたアヤカシとの戦いであった。 濁流となった宇城川を渡るためアヤカシ側は橋を攻略せんと押し迫り、開拓者たちは通すまいと抗った。 最終的に橋は守りきったが、それは敵の殲滅とイコールではない。 残党というのは、どんな戦場でもだいたい発生するしろものだ。 「つまり残党狩りの依頼ですね。この残党というのが――」 依頼の説明をしていた受付嬢は、つつ、と宇城川を指でなぞる。細く華奢な指に、形のよい艶やかな爪。それは宇城川を離れ、何も書き込まれていない場所で止まった。 「粘泥系のアヤカシです。この近辺で確認されました。先の戦いで、宇城橋からアヤカシを落としたりもしましたからね。おそらく川に落ちたアヤカシが岸に這い上がったのでしょう」 そうでなくとも橋を巡って大軍がぶつかり合えば、多少何かが落ちるのは自然なことだ。そうしてどんぶらこ、どんぶらこと――実際のところは濁流なので、川の中できりもみにされつつ――流れていったアヤカシがいる。 「このアヤカシの討伐が依頼です」 「被害は?」 聞いていたうちの一人が聞き返した。受付嬢は首を振る。 「ありません。宇城端防衛でアヤカシを川に落とした、という報告を頂いていましたから、すぐにギルドで行方を調査したのです。 近隣の住人はみな避難していますし、別に急を要するわけではないのですが――。見失っても困りますし、避難者の方々も安全なところに戻ってきて頂きたいですし。 お願いできるでしょうか」 |
■参加者一覧
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
谷 松之助(ia7271)
10歳・男・志
レイラン(ia9966)
17歳・女・騎
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫
ミノル・ユスティース(ib0354)
15歳・男・魔
ルー(ib4431)
19歳・女・志
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 よく晴れた日だった。日当たりのいい林の外は、少し汗ばむくらいの陽気。 そんな中、シーラ・シャトールノー(ib5285)はまず林の外側に野営の拠点を見繕った。ほどよく視界が効き、周辺警戒に適した場所を選ぶと天幕をはじめとした余計な荷物を置いていく。 比較的川に近い上に遮蔽物がないため、普通であれば野営の拠点とするにはあまり向かないが‥‥、林の中は危険が過ぎるし、強風でもなければ雨の気配もない。人もいないので荷を盗まれる心配も必要がなかった。今回はこれ以上の場所はないだろう。 飲食物や寝袋を用意していたミノル・ユスティース(ib0354)や国乃木 めい(ib0352)も、不要なものはそこにまとめて置いておくことにした。 「あのとき、橋になった群れの欠片も交じっているのかしらね?」 林を眺め、シーラは言う。宇城橋防衛戦で、敵の取った奇襲のことだろう。 (あの時はとにかく凌ぐので精いっぱいだったにしても、瘴海を倒した今、開拓者の戦いでアヤカシが広範囲に広がったのなら開拓者が収拾しないといけないと思う。 厄介な相手が多いけど、だからこそ確実に仕留めよう) ルー(ib4431)も、先の戦いに思うところがあるのだろう。決意を胸に林へ向かう。 昼間だというのに、薄暗い林。腐葉土のにおい、足下の頼りない感触。 「‥‥ここがその場所、か」 琥龍 蒼羅(ib0214)は小さく呟いた。中へと踏み込めば、腐葉土とぬかるんだ地面に足がめり込む。 (足場の悪さも聞いていた通り、だな。 敵よりもこの地形が強敵か) 頼りない足場に蒼羅はそう思う。事実、下草はあるわ薄暗くてじめついているわ、粘泥は喜んでも人間的にはあまり歓迎したい環境ではない。 「そういえば、合戦当時は空の方に行っていたし「瘴海」は一度見たきりで、本格的な粘泥の相手はこれが初めてだな」 谷 松之助(ia7271)は先の戦いを振り返り、その事実に行き当たった。あれだけうごうごといる粘泥だが、さすがに空飛ぶ粘泥はいない。それっぽいところで瘴水鯨がいるが、あれは次元の違う相手のような気もする。 「強酸性粘に備えて木刀を用意したが‥‥。 気は引き締めないとな」 手にした武器を確認し、松之助は言葉の通り、気を引き締めた。 「後始末、が終わるまで‥‥民にとっての合戦は終わらないんだよね、兄様」 レイラン(ia9966)はここにはいない兄へと向けて呟いた。 「一人でも多くの命を守るためにも、見落とすことなく討伐しないといけませんね」 弦を張った弓を肩にかけ、めいも油断なく周囲に気を配って踏み込む。 「戦とは言え、婿の民人達に迷惑をかけてしまっているのでは何とも申し訳ないですからね 微力ながら、私も皆さんと一緒にアヤカシ達をしっかり討伐しないと」 ミノルも依頼達成に向け、意識を整える。 (要所要所では蒼羅が心眼を使ってくれる予定になっているけど、効果は一瞬だし、乱用すればすぐに練力が尽きる。なるべくそれに頼らないで敵に気付けるようにしないといけないか) そう思ったルーは手ごろな枝が落ちていないかと地面を探し、ちょっとばかり曲がった枝を見つけた。ほどよく長めだが、まっすぐ持っているつもりでも気を抜くと手の中でくるんと回ってしまう。とはいえ、別に不都合はない。枝を切り落とすのは気の引けていたルーだから、そのくらいの妥協は構わなかった。シーラは木々を見回し、手ごろな枝を切り落とした。細かい枝葉を削ぎ落とし、長さを調整して即席の杖を作る。各人それぞれに棒や杖を手にして足場を確かめながらの進行となった。泥の中に、腐葉土の下に、粘泥がいないともかぎらない。明確な形を持たない敵への警戒であった。 そんな中でレイランは捕まえてきたザリガニを紐で昆の先にくくりつける。 「民が早く普通の生活を営めるように、頑張るよっ!」 ぶらーん、と糸一本でぶら下げられたザリガニが、逃れようとじたじたもがいていた。 めいが瘴索結界を展開している間はそう気を張る必要はなかったが、練力に限界があるためえんえんと使い続けるわけにもいかない。ゆえに瘴索結界のない間は、細心の注意を払って進むこととなる。道を杖でつつき、水溜りをつつき、頭上の木々を警戒し、必要以上に視界が悪いときは蒼羅が心眼で確認し、じめじめした場所を重点的に探す――。 想像以上に地味で遅々とした作業となった。滝月 玲(ia1409)も特に日当たりの悪そうなところを心眼で確認するが、全体的に日当たりが悪いので的を絞りにくい。厄介だった。 「まさか、上から降ってこないよな‥‥?」 松之助が空をあおぐ。木漏れ日もないことはないが、全体的にどこまでも薄暗い。粘泥に木登りの趣味はないだろうが、やつらは目に付く生き物を端から取り込んで消化する。鳥とか虫とかを食べに木の上にいないとも限らない。光の差し込まない場所ならなおさらだ。 ぶらーん、とザリガニを吊るしたまま、ぬかるんだ道の上にかざすレイラン。特に反応はない。つまり、いないのだろう。そのぬかるみを通過しようとしたとき。 「あっ」 じたじたもがき続けていた元気なザリガニは、ついに緩んだ糸からぼちゃんと落ちた。慌てて回収しようとするが、また捕まってたまるかとばかりに茂みの中に逃げ込んでしまう。 「逃げられたの‥‥」 「気を落とさないでください」 しゅん、としょげたレイランを、めいがそっと励ました。 「いました。前方、茂みの中。二体、ですね」 めいが指差して方向を示す。蒼羅が心眼で確認した。確かに茂みの中に反応がある。だいたい二十歩向こう、だろうか。 心眼の結果をもとに蒼羅は銃弾を叩き込んだ。さらにその軌跡を追いかけ、ルーが引き金を引く。下草が邪魔でろくに敵影を視認できない。 「きます!」 めいの警告。直後、鋭く本体から伸びてきた粘泥の触手を、松之助は鍋の蓋で防いだ。緑色のそれは、腐食液をまとっている。 「木材はあまり影響を受けない、か」 たいして損害を受けない鍋の蓋。調理道具(?)のくせに優秀である。単に木材だから、なのだろうけれども。 その隙に、レイランが茂みに飛び込んだ。触手が伸びているなら本体を割り出すのはたやすい。 物理攻撃は通りにくい。とはいえ、できることは攻撃のみともかぎらない。 薄暗い林。かすかに差し込む木漏れ日に赤毛を翻して。 (ボクが有効打を与えられないなら、他の人に頼めば良いんだもの) 茂みの奥の本体。目を細めてその姿をとらえる。鋼色のオーラを纏い、ガッ! と力任せに地面と粘泥の間に昆をつき立て、てこの原理で押し上げた。 とはいえ相手も物理的なものへの耐性が強く、弾き飛ばす、とまではいかない。ただ、茂みの奥から本体を皆の視界に晒すくらいには動かせた。 (ボクはボクのできることをやるの) 仲間の射線を遮らないよう、そしてもう一体から不意打ちを受けないように距離をとる。予想にたがわず、風が渦巻きウィンドカッターが炸裂した。 木刀を手にしたシーラと、触手を押し返して攻勢に出た松之助が追撃をかける。めいは弓を射て援護した。肉薄すると同時に、横へ薙ぎ払うように切りつけるシーラ。瑠璃色の輝きを帯びた木刀「安雲」を、松之助が突き立てた。 緑色をしていた姿が黒ずみ、空気にとけて消える。それを視界の端に確認して、レイランはもう一体の攻撃を身を捻ってかわす。追い討ちをかけるように触手が刃のように斬りつけてきた。 大きく後ろに飛びのいて避ける。直後、銃声が響き本体へ弾が撃ち込まれた。利き手に宝珠銃「皇帝」を構えたルーが銃口を強酸性粘泥に向けている。触手を辿って本体の居場所にあたりをつけ、半分以上あてずっぽうで放った銃弾だった。粘泥の注意がルーに反れる。ルーが作り出した隙を逃さず、レイランは再び昆で粘泥を押し上げた。 蒼羅が栄光の手に、精霊力による雷電を帯びさせる。 「切り裂け‥‥、雷刃」 雷の刃が深々と粘泥を切り裂いた。畳み掛けるように、玲が炎を纏った霊刀「カミナギ」を振りかぶる。 木刀というには切れ味がありすぎる「カミナギ」は、粘泥を焼きながら切り捨てた。 その後も十数匹を倒すと日が完全に落ちてしまう前に探索拠点へと戻り、それぞれ野営の準備を始めた。ミノルはストーンウォールを立てる。それを倒そうと手を突き――。 倒れない。 「ちょっといいか?」 玲がかわって手を突き、力を込める。一度で、とはいかなかったが、何度か繰り返すうちに絶妙な加減で体重を乗せることができ、大きな音を立てて倒れた。 「少なくとも、それなりに体力がないと難しいかも」 「みたいですね‥‥」 開拓者である以上絶対に倒せないことはないだろうが、体力のある人間のほうが倒しやすいのだろう。ともあれその上に天幕を張る。地面に粘泥が入り込んでいました、というおそろしい展開を阻止するのが目的だった。 「気を張ってばかりでは持ちませんからね‥‥暖かな食事でも食べて、鋭気を養ってくださいね」 柔和な笑みと共に、めいが味噌汁で仲間をねぎらう。優しい味の味噌汁と、場所柄ゆえに簡素な食事を胃におさめ、見張りを立てて交代で睡眠をとることにした。 「ゲリラ戦は消耗戦でもあるからね、メリハリつけてぐっすり‥‥」 玲は見張りを終えると、疲れを癒すためにしっかりと眠りの体制に入る。林から少し離れた場所にしたのが幸いだったのか、この日は朝になるまで誰もが退屈に火の番をするだけで済んだ。 翌日も爽快感にあふれる快晴であったが、残念ながら林の中はあいかわらずじめじめと陰気くさいままであった。とんっ、と倒木の上に立ち、周囲を見回すレイラン。霧が出てきた‥‥、そう感じる。玲が懐から撒菱を取り出した。滑らかな表面がじわり、と腐食していく。シーラのキュイラスや、その他金属のものも一様に表面にざらつきが発生し、じわりじわりと蝕まれていた。 瘴索結界を展開するめい。 「反応がありません。おそらく範囲外にいるのだと‥‥」 すかさず松之助が心眼で探った。 「いた。あちらだな」 松之助が先頭に立ち、皆を誘導して進む。下草のあまりない木立の間から、やや遠目に赤く跳ねる物体を見つけた。目視で二、いや、五。さらにどろどろと動きの鈍い強酸性粘泥が二、普通の粘泥が六。発動しっぱなしのめいの瘴索結界に引っかかる距離で、足をとめた。まだあちらはこちら側の接近に気づいていない。 ミノルが精霊の小刀を出す。これまた錆が浮き始めていたが、もうしばらくは持つだろう。範囲を定めてブリザーストームを放つ。 視界が白く塗り変わる。湿度が高く肌寒いくらいの場所だったが、晩夏を通り越して真冬の雪景色到来であった。 すぐに粘泥たちに気づかれたが、奇襲したためにこちらのほうが早い。 「撃ち抜く‥‥」 銃口を強酸性粘泥に向け、白梅香を放った。その銃弾を追いかけるように、炎魂縛武で炎を纏った木刀を手に肉薄する玲。動きが鈍っているうちに、と手近な赤粘水に斬りつけた。厚みのある皮膜が破れ、粘水が飛び出す。 すぐさま盾を掲げて皮膚への接触を防ぐ。触れたら冗談じゃなく痛い類のものだ。返す刀で止めを刺し、すぐにまた別の固体へ斬りかかる。 接近戦をするにはおそろしい相手ではあるが、物理攻撃が比較的通りやすいのも赤粘水の特徴であった。飛び掛ってくるのを盾で押し返し、弾き飛ばす。味方の攻撃範囲外に出てしまった赤粘水を、こんどはレイランが弾き戻していた。赤粘水は殴り飛ばしがいがあると言えよう。どろどろしていないので、球技でもしている気分になれるかもしれない。 「右端、赤粘水を狙うわ。皮膜の破れに注意して」 宣言してルーが銃弾を打ち込む。松之助もまた、前線で赤粘水の駆逐に動いていた。粘水を被らないよう立ち回りながら、瑠璃色の輝きを纏う木刀で切りつけていく。 ブリザーストームを食ったとはいえ動きが素早いせいで、赤粘水を先に相手にしないと前線が崩壊するおそれがある、というのが一番の理由だろう。武器や防具にとっては強酸性粘泥を叩いておいたほうがあとあと楽だが、後衛のところまで敵に踏み込まれるのは遠慮願いたい。自然と優先順位を定めていない面々は赤粘水の対応に移るが、盾を自認するシーラは前衛に出ては行かなかった。普通の粘泥が前衛を抜けて来ており、こちらの防衛にかかりきりになったためである。 「しばらく持ちますか」 「なんとか、ね」 ミノルの言葉に応えるシーラ。蛇剣で攻撃をさばき、足止めする。めいが弓で援護をするが、数が数なので分が悪い。妙な特殊能力はないので、やたらしぶといだけの敵、と思えるのは幸いだ。 ミノルはストーンウォールで進路を狭め、シーラの援護とする。それから玲が相手取る強酸性粘泥にウィンドカッターを放った。ブリザーストームは味方を巻き込むので、射線が確保できないと使うに使えないのだ。 (やっぱり、あまり通らないわね) シーラは粘泥を斬りつけながら、腐食霧でとうとう使い物にならなくなった蛇剣を地面に投げ捨てた。二本目の蛇剣を抜き放ち、頬をかすめた触手を切って捨てる。ダメージは通りにくいが、通らないわけではない。地味に攻撃を積み重ねていく。 ひたすらに回数を重ねて、そして。 (これで‥‥!) 真横に切り裂いた。形を保ったのは一瞬、すぐに瘴気となって消えた。 「長丁場になりそうだから、なるべく練力は使わないように済ませたいけど‥‥」 シーラの負担を考えると、そうも言っていられない。赤粘水を倒したルーは弾に練力を込め、粘泥の一体を打ち抜いた。高速で回転し、螺旋状に貫く弾丸でサポートする。 前衛もまた、松之助が切り伏せた赤粘水が最後となった。残すは強酸性粘泥が一体。 「これで終わりか」 「一応、ここにいたのはね」 松之助の問いに応えつつ、玲は鋭い呼気と共に木刀を奔らせた。纏った炎が軌跡を描く。風が渦巻き炎を煽りながら、ウィンドカッターとなって強酸性粘泥を切り裂いた。抗うように触手が松之助に伸びる。地面を蹴った。肩口をかすめる触手。けれど、決定的なダメージには決してなりえない。 瑠璃色の輝きを閃かせ、深々と強酸性粘泥の身体に沈み込ませた。――あと一息。 「切り裂け‥‥、雷刃」 雷電がその身体を切り裂く。 それはやはり、瘴気へと戻って消えていった。 残りの粘泥は、全員でかかればあっけないものだった。そうしてその場を乗り切ると、傷の手当をして探索に戻る。そのあとも一匹、二匹は見つけて討ち取ったが、念入りに二度林の中を歩き回ってもそれ以上の敵はいなかった。 依頼の完遂。けれどレイランは手放しで喜ぶ気にはなれなかった。 「アヤカシとの合戦でこれだもの、内乱とか、本当に悲惨だったの‥‥」 そう、小さく呟いた。 |