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■オープニング本文 それは、佐羽がごく普通に夕食の買出しに出ていたときのことだった。 カンカンカンカン! 甲高い警鐘が鳴る。ざわり、夕方の大通りがざわつき、みな一斉にてんでばらばら、走り出す。 「え? ‥‥え、ええ!?」 うっかり取り残され、しばらくののちにはたと気づいた。そうだ、あれは確か、この町に住む上でおじさんから聞いた注意事項――。 『そうそう、ここは時々アヤカシが出るから気をつけろよー。 俺たちはここ、小野屋の蔵が避難先。まずここに逃げ込むこと。警鐘鳴るからな。遠いとこにいるとか、状況次第じゃ他んとこ行け』 覚えてはいたし、アヤカシ騒動は初めてではない。初めてではないが、この町で避難するのは初めてだった。 『この町の人間は慣れてるから、避難はすげー早い。もたもたしてると誰もいない町に取り残されるぞ』 ひるる。風が吹く。 たらり、汗が流れた。 「こ、これって‥‥、あたし、もたもたしてたってことかな‥‥」 慌てて左右を見渡す。誰もいない。たしか小野屋の蔵はずっと向こう。このあたりに別の避難所があったはずだが‥‥、生憎詳細な地理はまだ把握しきっていないのだ。 (と、とにかく‥‥、小野屋の蔵に向かいながら、近い避難所あったらそっちにって感じで!) 佐羽は駆け出した。いくつか近道もあるはずだが、迷っては元も子もない。慣れた通りだけ選んで走っていると。 「ひゃあ!?」 横から飛び出してきた小さな影に、心臓が凍りつく。その影はいくつかあって、そして、影のほうもびっくりしたのか、こてんと気絶していた。 「‥‥って! ポン母さん! なんでここに!?」 思わず突っ込む佐羽。ポン母さんと一緒に、四匹のちび‥‥、いや、かなり大きくなった子だぬきもいた。みな一様に気絶していて、もちろん佐羽の疑問に答えてはくれない。気絶していなくても無理だが。 (そっか。たぬきって臆病だから‥‥。びっくりして気絶しちゃったんだ) このまま放置も気が引けるな、なんて平和ボケしまくったことを考えていたとき。 ぬっ、とポン母さんたちが出てきた道から顔を出す、大きな影。 「ひえ‥‥」 それは――。そう。たとえるなら、巨大な卵だった。その巨大さは佐羽の身長よりちょっとでかい、といった具合で、色がやけに毒々しい。紫の地に蛍光グリーンの水玉模様。相対すると全力で馬鹿にされている気はするが、間違いなくアヤカシだろう。それはごろん、と身を震わせる(?)と、ごろごろごろっ! と佐羽めがけて転がってきた。 「っきゃ‥‥」 思わず目を閉じる佐羽。が、次の瞬思いっきり突き飛ばされて尻餅をつく。買ったじゃがいもが地面に落ちて転がった。 「いったー‥‥」 「馬鹿、なにぼさっとしてやがる! よそ者か!?」 「し、新参者です!」 怒鳴られて思わず怒鳴り返す佐羽。そこにいたのは、抜き身の刀を手にした青年だった。卵にぶつかる直前、佐羽を突き飛ばしたのだろう。卵は近所の民家の壁をぶち抜いて、向こうの通りに出てしまったようである。 「とっとと逃げろ!」 「あのっ、でもたぬき‥‥、ああっ、いない!?」 気絶していたたぬきーずは、いつのまに復活したのか、忽然と姿を消していた。 「いいから行くぞ!」 問答無用とばかりに腕を掴まれ、ぐいぐい引っ張られる。がんばって走るのだが――。この男、足が速い。 「ちょっ、も、む、無理‥‥」 「足遅っ! ‥‥しゃあねえ、乗れ」 屈む青年に負ぶさる佐羽。すぐまた走り出す青年。 「あ、のっ。自警団、の、方‥‥?」 「そーだよ! 染否に住むならできるだけ自力で逃げてくれ! 俺らはアヤカシと真っ向勝負なんてできねぇんだぞ!」 「す、みませ‥‥」 「ちっ。向こうにもいやがった‥‥!」 通りの奥から、ドピンクの卵がごろごろと転がってくる。路地は狭い、逃げ道はなかった。 「どうす‥‥きゃああああ!」 「喋るな舌噛むっ!」 問答無用でぼろ屋の壁に体当たりをかけ、中へ突っ込む青年。行動にも驚いたが、破れてしまう壁にも驚いた。そのくらいぼろかったのだろうが、破片でほっぺたが切れて痛い。 「い、いいんですか!?」 「しゃあねぇだろ!」 ぼろい長屋を通過し、そこには――。 「ま、またいた! またいましたよ!」 「見りゃわかるわ! うるせーガキだな黙ってろ!」 「ひ、ひどっ!?」 そんなこんなでなんとか逃げて、梯子をみつけて屋根に上って――。 「つ、疲れたな‥‥」 息を整える青年に、慌てて佐羽は頭を下げた。 「あ、あの、助けていただいて‥‥」 「あー、いい。仕事だからな。 しっかし、このままだとこの家、壊されそうだなー」 がん、ごんっ! と下の方から響く振動。家を壊して上にいる二人を食べよう、という魂胆なのだろう。知能は低いのか、柱を優先して壊しているわけではないのが幸いだ。青年だけなら隣家へ飛び移るのだが、佐羽には難しい距離なのである。ぼろ屋なのがなお怖い。 「い、いつまでもつかな‥‥」 不安になった佐羽の視界に、屋根の上で震える影。 「ん?」 いち、に、さん、し、ご。 たぬきーず、再び。 「どっから出てきた、そのたぬき‥‥」 「こ、ここに逃げてきちゃったの? えええー」 卵も怖いが人間も怖いようで、佐羽たちを警戒してびくびくしている。どごんがごんと揺れるたび、こてこてこてん、と気絶する。 「まあ、いいか。とっくにギルドに連絡入れてるし‥‥。祈って待つかね」 しかたない、と、青年は居直った。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
橘 天花(ia1196)
15歳・女・巫
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
カチェ・ロール(ib6605)
11歳・女・砂
玖雀(ib6816)
29歳・男・シ |
■リプレイ本文 開拓者ギルド。今日もひっきりなしに人が出入りする中、ひとりの女の子が墨も乾いていない依頼を前に声を上げた。 「染否!? 佐和さんいる所!」 礼野 真夢紀(ia1144)だ。夕食を詰めた重箱をしっかり抱え、依頼を受けてすぐさま染否に向かう。 同じく染否、ということで驚いたのはマルカ・アルフォレスタ(ib4596)と橘 天花(ia1196)だった。 「佐羽様の事が心配ですわ。無事だとよろしいのですが」 「染否の街にアヤカシがそんなに沢山?」 すぐさま真夢紀のあとに続く。 「あらあら‥‥佐羽さんや町の方々は無事でしょうか? 何はともあれ、急がないと‥‥」 明王院 未楡(ib0349)も心配顔だ。道すがら簡単に打ち合わせ、避難誘導とアヤカシの誘導・迎撃の班に分かれる。 「まゆは足遅いし長さも無いですし、攻撃術持ってきてますから」 真夢紀は迎撃担当。後衛から同じく迎撃を担うのはカチェ・ロール(ib6605)だ。 銃は危ないから使っちゃダメ、そう言われていたという彼女が手にするのは、魔槍砲「連昴」だ。倍、とは言わないがカチェの身長よりだいぶ長い。改良型のそれであれば、気をつければ使えるだろう、と踏んだのだ。はじめて依頼を受けてからずいぶん経つ。カチェももう駆け出しを卒業し、立派に開拓者として依頼をこなす日々だ。 「格好良く使いこなせるようになる為にも、カチェは頑張ります」 人員が揃って移動する途中、真夢紀は玖雀(ib6816)に佐羽の説明をしていた。 「十二、三くらいの年頃で、髪は茶色。癖毛がくるくるって感じの人ですの。基本のんびりした人ですからちょっと心配なんですよ」 普通の容姿で衣服も平凡なため、顔を知らないとわかりにくいが一応、だ。 「卵形の‥‥出来損いっぽいですが、数がいるのが面倒ですね」 三笠 三四郎(ia0163)が依頼内容を確認する。硬いのも少し面倒だ。 「とにかく、アヤカシやっつけちゃえばいいんだよね〜」 プレシア・ベルティーニ(ib3541)は極論して言った。そうして町に入る。避難誘導が主な天花が逃走中の子供を送り届けると、蔵の中には見知った顔がいた。 「あ、おでん屋のご主人さん。お久し振りです。わたくし達がアヤカシを倒すまでもう暫く避難を‥‥」 「あー、ワリ、佐羽そのへんにいなかったか?」 「え?」 天花は思わず聞き返した。 「佐羽ちゃんがいないんですか!?」 「まぁ、別の蔵にいるかもしれねぇが‥‥。あいつ、しっかりしてるようでトロいからなぁ‥‥」 少し気になる、と言うおじさん。 「分かりました。他にも逃げ遅れた方がいるかもしれませんし、救出を最優先に急ぎます。心配なさらず待っていて下さい!」 「気をつけろよ」 ひらりと手を振るおじさんに背を向けて、天花は町内へ駆け出した。 ほとんど避難は完了している。その情報に偽りはなかった。 迅速且つ的確で冷静。避難は、ごく一部を除いてきれいに終了していた。打剣で黙苦無を投げた玖雀が卵と子供の間に割り込む。プレシアが斬撃符を飛ばした。彼らが迎撃している間に、天花は尋ねた。 「お二人の避難場所はどこでしょう?」 「一番近いのは突き当りを左にずっと進んだ先かな」 保護した少年の指差す先。瘴索結界「念」の端に引っかかる気配。 「そっちもアヤカシがいますから、こっちから行ってください。道は大丈夫ですか?」 「平気」 こくりと頷き、ありがと、と言い置いて迷わず路地に消えていく。同時に玖雀の黙苦無が卵を砕いた。 「本当に慣れているんだな」 走っていった少年を視界の端で確認し、玖雀は再び屋根から屋根へと飛び移る。 逃げ遅れたのはたまたま居た場所が悪くてアヤカシに囲まれたとか、そういう間の悪かった人間ばかりだ。それすら塀や屋根の上に逃げたりと、だいたい元気に逃げ回っていた。逃げられないような赤子や老人は真っ先に避難させたようで、見当たりもしない。 拍子抜けするほど強かなことだが、慣れるくらいアヤカシが出現するのだから、彼らにとって『避難』は必須技能のようだ。 声を上げて逃げ遅れを捜す天花。プレシアも人魂を空に飛ばす。 「つ〜ば〜めよ〜」 ひろがった視覚で見回す。動く影を見つけた。すこし遠くて人相まではわからないが、子供と大人だ。 「屋根の上に誰か逃げてる〜! わ〜、卵も二ついて危ないかも〜」 プレシアの言葉に急ぎ向かう三人。途中で殲滅班とも合流し、たどり着く。 「佐羽ちゃんは‥‥屋根の上、ですか? ポン母さん達も一緒!?」 さすが名付け親。屋根の色と同化しかかってる毛玉を見分けて驚く天花だった。地上には卵がいる。 「おお〜、でっかい卵だ〜!! ‥‥あれ、食べれるかな〜」 よだれがだーっ、とプレシアの口から流れた。 「倒しても残ってたら、玉子焼き、いっぱい出来るよね♪」 「おいおい、腹が減ってても卵やたぬき‥‥食うなよ?」 サラリと真顔で言う玖雀。たぬきはともかく、卵はきれいさっぱり消滅するはずなので心配は要らないだろう。たぬきはともかく。 「卵を割ったら、中からがおーとか、無いですよね?」 ぽつ、と懸念を口にするカチェ。 「まぁ、佐羽様!」 「あ‥‥みんな!」 ほっとしたように佐羽が表情を和らげ手を振る。 「わたくし達がアヤカシに対処するのでその間に避難なすって下さい」 「うん、気をつけてね」 プレシアがしゃがんでぐぐぐっ、と溜めるような仕草をする。 「んんんん〜〜、でっかいはんぺん!!」 ばっと大の字に伸びた。動きにあわせて、ぼろぼろの壁の側から結界呪符「白」が出現し、天井に当たるとぴたりと生成が止まって壁代わりになる。それを四方に施して崩壊を防いだ。 結界呪符「白」に卵が体当たりをかける。ぎくりと佐羽の肩が跳ねた。 「芸術的センスのかけらもない卵さん達ですわね。わたくしの大切なお友達を怖い目にあわせた事、後悔していただきますわ」 穏やかな笑顔。でも目が笑ってない。ぜんぜんこれっぽっちも笑ってない。マルカは騎士の誓約で能力を底上げした。 咆哮を轟かせた三四郎。それに反応し、ドピンクの卵とイエローとブラックの縞模様卵が転がってくる。 「広場等、開けた場所に誘導していただけますか?」 「わかりました」 未楡の提案に頷いて、卵を引きつれ走る三四郎。移動速度は存外速い。三四郎が追いつかれることはないが、一般人なら簡単に追いつかれかねないだろう。 無骨な大剣を構えたマルカと薙刀を携えた未楡が、ざっと足音を立てて振り返る。立ち止まった二人の手前で三四郎もくるりと身を捻って連れ込んだ卵に向き直り、両手の不動明王剣でそれぞれに弐連撃を叩き込む。卵は勢いを殺しきれずにそのまま突進し、それに合わせてマルカが剣の切っ先でポイントアタックを叩き込んだ。ドピンクの外郭にヒビが入るが、猛スピードで突っ込んできた卵である。 「っ‥‥!」 凄まじい衝撃が刀身から柄、手に伝わり、取り落としそうになるのを寸でのところでこらえた。ざざざっ、と地面とブーツが激しく摩擦を起こし、押し負けて膝をついた。生まれた致命的なその隙を埋めるように、カチェの魔槍砲、その銃口のない先端に生まれた炎が叩き込まれる。一点集中。マルカと同じにそれを心がけたカチェも、穴の穿たれたそこに攻撃をかけた。 「アヤカシじゃなければ、卵焼きにできるのに」 食べる気はないが、ぽつりとこぼすカチェ。すぐに体勢を立て直したマルカが、剣の切っ先を地表すれすれに低く構えた。 自分の身体を中心軸にし、回転しつつ肉薄する。その遠心力を乗せて、入ったヒビにグレイヴソードでオーラを纏った刀身を叩きつけた。 亀裂が奔り、ぱんっ、と外郭が砕け散る。中から一瞬どす黒い瘴気が現れ、けれどすぐに薄れて消えた。砕けたドピンクの殻も残らず消えている。 未楡もまた、三四郎が攻撃した直後に縞模様へスマッシュを叩き込んだ。薙刀で上段から打ち払いをかける。攻撃の衝撃を受けてすら止まらない卵の突進。横に飛び退き、通り過ぎる卵を薙ぎ払う。そこに真夢紀が精霊砲を打ち込んだ。 一瞬で瘴気に還り、消える縞模様。 (‥‥に、しても‥‥) きれいに消え去った卵のいた場所を見て、真夢紀は思った。 (最近の依頼って合戦があったとはいえ‥‥戦闘系依頼では回復するより精霊砲や白霊弾撃ってる方が多いような‥‥) よく考えなくとも巫女の真夢紀だが‥‥、あいにくと敵がガッチガチの物理だと、必然性から攻撃担当に回らざるをえないパターンが多い。 攻撃は最大の防御なり。怪我する前に倒してしまえ。 それもある意味、支援・回復の巫女のひとつの手段かもしれなかった。なんかちょっと違うような気はしても。 五人が卵を叩きのめしたころ、静かになったぼろ屋の上から佐羽がそろそろと降りるところだった。たぬきーずはおろおろと屋根の縁を歩き回り、佐羽が梯子を降りると一目散に梯子を下る。が、先頭の一匹が足を踏み外してごろん、と地面に落っこちた。その上に二匹目、三匹目が避け損ねて着地し、四匹目と五匹目はちゃっかり踏み越えてたったかたー、と逃げ出す。 すぐに二匹目と三匹目も逃げ出し、残ったのは踏み潰されたときにか落っこちたときにか、気絶した一匹目。 「大丈夫でしょうか、ポン太」 心配した天花が覗き込む。ポン太の両脇に手を差し入れ、ひょいと玖雀が持ち上げた。ぶらーん、と重力に従って尻尾が垂れる。見たところ外傷はないし息もあった。大丈夫だろう。 そう判断して降ろそうとしたとき、ぱちりとポン太と目の会う玖雀。その瞬間。 こて。 気絶した。 奇妙な沈黙が流れる。玖雀はポン太を小脇に抱え、空いた片手で眉間を押さえた。 「‥‥すまん」 いろいろ、複雑だった。 たぬきを強制移動させるために安全なところを捜して歩く。途中、討伐班やそちらに合流していたプレシアと出くわした。 「ご無事でよかったですわ」 マルカは途中まで同行していた佐羽に声をかける。 「えへへ。来てくれて嬉しいな、ありがとう、マルカさん。みんなも」 のんきな佐羽に、くっついて来ていた忌矢がため息をこぼした。ともあれ佐羽は避難所に行き、忌矢は仕事だから、と自警団のもとへといなくなる。それからは一般人に出遭うこともなく、殲滅に比重が傾いた。 「かまちゃん、さくっとやっちゃえ〜♪」 斬撃符で出したカマイタチのような式が、赤いハートの乱舞する黒い卵へ斬りかかる。鋭い音を立てて表面にヒビが奔った。間髪入れずに三四郎がスマッシュで叩きのめす。ヒビが奔り砕け散るのを視界の端に確認し、身を捻って背後に迫った水玉模様の側面を蹴りつけた。 独特の形が災いして、バランス崩して他の卵に突っ込む水玉模様。たいしたダメージがあったとは思えないが、ノーダメージでもなさそうだ。未楡がまた別の市松模様を薙刀の石突で力いっぱい払い、水玉模様に突っ込ませる。起き上がろうとした水玉模様がまたしてもバランスを崩した。けれどいつまでものんきに転がっているわけもなく、縦に起き上がれないとなれば横倒しになったまま転がってくる。 「火薬をここに詰めて‥‥出来ました」 少し離れてリロードを完了したカチェ。魔槍砲の銃身を抱えるようにして構え、その転がってきたものに打ち込む。炎が卵の外郭を焼き、プレシアの斬撃符が切り裂いた。 念入りに撃ち漏らしを確認する三四郎。 「立ち位置に注意して丁寧に戦えば囲まれても苦戦はしませんが‥‥」 何か奥の手があるのでは‥‥、そう心配していたが、今回の卵は悪趣味で硬いだけ、のようだ。卵を引き連れて走ったときの感触では、移動速度がはやい。ついでにその大きさから圧迫感があり、一般人であれば卵のそばをすり抜けて逃げよう、とは思えないだろう。佐羽を見た感じではどうにものんびりし過ぎているきらいがあるから、逃げ遅れるのはああいったタイプか、でなければ玖雀たちが避難させた間の悪かった人々くらいか。 既に十七を倒した。この時点で何も出てこないのだから、他に能力はないと思ってよさそうだ。天花もしっかり敵の有無を確認して周り、最期には討伐完了ですね、と宣言した。 薄闇に包まれた染否の町に、殲滅の報せを聞いた町人たちが戻ってきた。慣れとはおそろしいもので、彼らは実にさらりと日常に回帰する。被害箇所を役人が調べ、まあ軽微なほうですかね、と呟くのが唯一非日常に近い風景だろうか。カチェは早速役人風の男に声をかける。 「カチェにお手伝いできる事なら、何でも言って下さい」 「いいのかい? じゃあ‥‥」 「お疲れ様! ありがとう、助かったよー」 「佐羽ちゃんもたぬきーずも、無事で何よりだね〜☆」 カチェと入れ違いになってしまったが、佐羽が彼らを見つけて走ってきた。そして玖雀の抱えたままのたぬきを見下ろす。逃がすタイミングを失っていたのだ。 「ポン太ですね」 天花が言った。たぶん模様とかで見分けているのだろうけど、佐羽にはどれも同じに見える。マルカも驚いた。 「あの時のたぬきさんですか!」 ついでにたぬき小屋の改築に思考を飛ばす。 「たぬき肉は臭うがちゃんと処理して食うと美味いんだよな」 サラリ、玖雀が涼しい顔で言ってのける。 「なんで食べちゃう方向に話が行くんですか!?」 かわいいのに。名付け親は食べるのに反対だ。 「いや、もちろん冗談だぜ? ‥‥多分、な」 ふふ、と笑う玖雀。ちなみに真夢紀は、 「お腹空いたねー、あ、お夕飯‥‥」 しっかり抱えていた重箱の存在を思い出す。佐羽が小さく噴出した。 「お弁当抱えて戦ってたの? 真夢紀ちゃんは回復とかだから、大丈夫かもしれないけど」 実は精霊砲をどかどか撃っていた、なんて知らない佐羽はのんきに笑い話として片付けた。 「まあ、特に動きませんからね」 どっちにしろ大立ち回りをするわけでもないので、真夢紀も訂正しない。食べます? とお弁当を持ち上げる真夢紀に、ぜひ、と頷く佐羽。 「まゆちゃんのお弁当だけだと、ちょっと足りないと思いますから‥‥、月見そばでも作りましょう」 未楡の申し出に、佐羽はわーい、と諸手を挙げて歓迎した。 「あ、じゃあちょっと狭いけど、うちの台所使ってください! あと‥‥おじさんの分も作ってくれると嬉しいなぁ、とか」 「構いませんよ」 真夢紀たちの話がまとまる。 「あうう〜、運動したから、おなか、へった‥‥お腹減ったの〜」 盛大に腹の虫を鳴らすプレシア。玖雀がそれを見下ろして。 「何か食いに連れて行ってやるか」 「‥‥ふえ? わ〜い♪」 未楡に一言断り、玖雀はプレシアと連れ立って染否の町に繰り出す。 場所は変わって、もう真っ暗な町外れ。 「たぬきさん、もふもふしてて可愛いです」 「ポン母さん達、元気でいて下さいね☆」 和むカチェと、見守る天花はポン太が帰り着き、五匹に戻ったたぬきーずを見守った。 |