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■オープニング本文 秋の冷え込みも厳しくなってきた日、ひとりの青年が開拓者ギルドを訪れた。 波打つ赤毛をひとつに束ねた、痩せて線の細い、隙だらけの物腰をした青年だ。 「ようこそ、開拓者ギルドへ。どのようなご用件でしょうか」 「依頼を‥‥、お願いしたいと思いまして」 柔らかな顔立ち。ふわりと草の香りが漂う。 彼は持参した地図を広げ、説明を始める。その手は肌荒れがひどく、爪には何か、緑色のものが染み付いていた。 青年は河野深喜と名乗った。薬師をしているという。 「薬師仲間にいい蔓葡萄の成る山を教えていただいたのですが、この季節は野生動物がやっきになって冬支度をしていますからね、一人で野山をうろつく気にはならないのです」 「護衛ですね」 「はい。ついでに、送迎も」 きょとんとした受付嬢に、青年は釣り上がり気味の目で笑う。 「龍だの、持っていらっしゃるじゃないですか」 「はあ‥‥。ありますけど、乗れるのですか?」 「無理ですね。でも、たしか二人乗りができたはずでしょう?」 「機動力は大幅に落ちますが」 「すみませんが、どなたかお一人、私を乗せていただけるようにお願いしていただけますか? 正直登山なんて、まるっきり自信がないんです」 だろうな、と受付嬢は思った。女の張り手であっても吹っ飛びそうな青年である。これで開拓者なら見た目を裏切る体力を発揮できるだろうが、一般人であれば見た目どおりであろう。 「わかりました。発着できる場所がその山にはある、と思って構いませんか?」 「開けたところがあるので、大丈夫だと思います。朋友さんには空を飛んでついてきてもらっても構いませんし‥‥、むしろ龍などがいれば、野生動物のほうから逃げて行きそうですし」 青年はそう言って、地図を受付嬢に預けた。 「へー。龍での送迎ねぇ、けっこうチャレンジャーなにーちゃんだな!」 話の内容を聞くなり、黒髪つんつんの少年、真樹はそう言った。その左右にはぱさぱさおかっぱの少女、湯花と、ふわふわ赤毛の少年、鋼天もいる。いつもの賑やかな三人に、受付嬢は説明を続けた。 「たしかに龍は二人乗りも、まあ、できることはできるんです。ただ、その状態でまかり間違って戦闘になったら回避もままなりませんし、そうでなくても移動速度も落ちますし、デメリットが大きいんですよ。ただでさえ空での戦闘なんて気を遣うものなんですから」 だろうな、と真樹は頷いた。はいはーい、と鋼天が手を上げる。 「そのお兄さんって一般人だよね? 護衛ってことは、じゃあそのお兄さんを乗せる龍ごと護衛する‥‥って感じ?」 「そうなると思います」 「で、山に降りても護衛続行、ってことかー。そういえば、護衛依頼とか受けたことなかったね」 「たぶん絶対苦手だよな、俺ら!」 鋼天の言葉に、胸を張る真樹。湯花は頭を抱えた。 「調べたところ、今のところ特に脅威はないのですが‥‥、時々アヤカシの出る地域ですから、少し気をつけてください。特に瘴気の多い土地、ではないので、出たとしても手こずらないとは思うのですが。 どうされます? 皆さんも少しは依頼に慣れてきたでしょうし、戦闘だけではなく護衛も覚えておいて損はないと思うのですが」 「受ける!」 「また空ぁ? なんでこう毎度毎度、空ばっかり‥‥」 「不安だわ。すっごく、すっごく不安だわ‥‥!」 意気揚々と受諾する真樹に引きずられ、結局また三人で依頼を受ける少年たちがいた。 |
■参加者一覧
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ノルティア(ib0983)
10歳・女・騎
九条 炮(ib5409)
12歳・女・砲
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲 |
■リプレイ本文 雲ひとつない秋晴れ。穏やかな陽気が絶好の飛行日和だった。 女とも見まがうような、中性的な面立ちの青年は傍らに駿龍を連れていた。癖ひとつない黒髪の彼は、露羽(ia5413)。その相方は細身の体躯を鱗に包んだ、穏やかな月慧である。 「人数も多いですし、賑やかな護衛の旅になりそうですね。 ですが、気は抜かないで行きましょう。 今回もよろしく頼みますよ、月慧」 露羽の言葉に応えるかのように、月慧は鼻をすりつけた。 「ンフフ。たまには優雅に空の散歩といこうかしらねェ」 セシリア=L=モルゲン(ib5665)は、ジャラールの背中に体重を預ける。ノルティア(ib0983)も、同じくあまりない機会だったようで。 「合戦、以外で。お空‥‥飛ぶの、はじめて。高い方、気持ち良いけど‥‥やっぱ。危ない、からね」 途切れ途切れに、そんな感想をこぼした。 (負傷者の回収や避難等に龍の2人乗りを行う、というのは報告書で見かけた光景の様に思えますが) 九条 炮(ib5409)は自らの相棒、鷲獅鳥のレイダーを伴って集合場所に来ていた。ちらほらと他の面々も集まり始めており、背負い籠を負った薬師も姿を見せる。 (単純に移動手段として行うのは然程見かけない気もしますね) 炮がそう思っている横で、同じく鷲獅鳥のケイトを連れた御調 昴(ib5479)も同じ件に思考をめぐらせる。その視界の端では、すげー鷲獅鳥と駿龍ばっか! とはしゃぐ不安の種たちがいた。 「空での2人乗りは陸でのそれと違い戦闘時に危険が伴いますので、安全を確保しながらやるのが常道。 ならば充分に確保に務めませんと」 「護衛対象の傍を離れず守りに付く者を決め、その周囲に後衛、外側を前衛で固めるのが無難なところかと思うが‥‥」 炮の言葉に、救出こそあれ、護衛の実経験は殆どないというウルグ・シュバルツ(ib5700)。 「護衛である以上は襲ってくる敵は当然退けるべきですけど、積極的にくるのでなければ避けられる戦いは避けたいですよね。 いずれにしても、空での戦いをもっと身につけましょう」 他の者を参考にしつつ勉強させて貰いたい、そう思っていたウルグは、昴の言葉に頷く。 「どうしても穴が発生する以上、接近前に撃墜してしまうのが理想的ではあると思うのだが‥‥。 無闇に行うのは危険だが、先行して様子を探るのも有効か」 そんなことを話し合いながら、個別の対応に話題は移ってゆく。 「えっと、僕は鋼天さんについてみてもいいでしょうか」 「僕?」 昴に名指しされ、鋼天は首をかしげた。 「砂迅騎として戦陣修行中の僕としてもお役にたてるかもしれませんので」 「そっか、じゃあよろしく」 軽く頷いた鋼天に、真樹がにやりと笑みを浮かべた。その真樹に、露羽が声をかける。 「真樹さん、同じシノビ同士よろしくお願いしますね」 にっこり微笑んだ露羽に、つんつん頭はにかりと歯を見せて笑顔を返した。 「こっちこそ。よろしくな、もしかして面倒かけっかもしんねーけど!」 菊池 志郎(ia5584)は眼光の鋭い駿龍、隠逸を連れての参加だった。覚えのある顔に声をかける。 「懐かしいな、お久しぶりです」 「あ、紅葉の人!」 「先生と一緒のにーちゃん!」 「お久しぶりです」 ぱっと顔を輝かせた鋼天。隠逸を覚えていた真樹。常識的に頭を下げた湯花。そんな三人に、志郎は変わらず穏やかな言葉をかけた。 「今日もあの日と同じように、空の色が澄んでいますね。 空を飛ぶのにうってつけで‥‥良い一日にしたいものです」 「おう! 今年は俺らも飛べるぜ!」 真樹の答えに微笑んで、それから志郎は深喜に向き直った。 「さて、今回河野さんには鷲獅鳥に乗って頂くことになるのですが‥‥」 当の深喜はやはり見慣れないのか、まじまじと居並ぶ鷲獅鳥たちを見つめた。 「龍に乗るのでさえそうそうない経験だと思ったのですが‥‥、鷲獅鳥ですか。乗っちゃっていいのでしょうか?」 少し腰が引けているが、それでも目は好奇心にあふれていて、志郎は心配を和らげた。とはいえ空を飛ぶこと自体緊張するだろうからと深喜に触れ、祈る。 「悪いモノを軽減する、お守りのような術ですよ」 淡い光が深喜を包んだ。 「ありがとうございます」 志郎は他にも前衛を担う面々に加護結界を施す。からす(ia6525)が一頭の見事な鷲獅鳥を連れ、深喜に引き合わせた。 「大丈夫。君が敵でない限り彼女は優しい」 鷲獅鳥、彩姫が笑うように鳴いた。からすはそんな彩姫を見て言う。 「民を守るは姫の務め、かな?」 「お世話になります。彩姫さんも、背中に失礼しますがよろしくお願いしますね」 からすが彩姫に接するのを見て、深喜も彩姫に相応の敬意を持って接することにしたようだ。それから、からすは他の龍や鷲獅鳥と挨拶を交わす。触れさせてくれるものには撫で、 「頼んだよ」 そう、願った。 舞い上がった空は、この季節特有の青さをどこまでも広げて彼らを歓迎した。地面に映り込む龍と鷲獅鳥のシルエットは、見る間にその輪郭がぼやけていく。 「すごい」 言葉少なく、深喜は感想を漏らした。肌をなぶる冷たい風、彩姫の鼓動。距離をまるで測れない地上。鮮烈に色づく大地。遠く煌く水を湛えたところ。澄み切った空。 「空に落ちてしまいそうだ」 護衛というより空の散歩という感じだからだろうか。彩姫は機嫌良くぴんと翼を張り、滑るようにして空を飛ぶ。その背でからすから茶をもらい、深喜は誰も飛んでいない方角、できるだけ遠くに視線を投げながら一口含む。 彩姫の後方には、グリコを駆るノルティアがついた。 (乗りなれてなさそうだしなんか心配だな‥‥。お話してると、気がまぎれていいかな) 酔い対策に、とノルティアは口を開く。 「んと‥‥お兄さん、は。蔓葡萄、いうやつで。何、するの?」 「蔓葡萄というのは、根っこから茎から葉っぱまで薬になるんです。とりわけこの季節に採取できる実が優秀で、これをそのまま潰して消炎にしたり、お酒にしたり」 嬉しそうに深喜は語り出す。はじめはノルティアでもわかるような説明をしていたのに、だんだん専門用語が多くなり、しまいにはまるで意味不明の内容になっていった。はたと途中で我に帰り、喋りすぎたと小さく謝罪する。 「ふむ‥‥すごい、ね。職人さん、いうやつかな?」 「そうなるんでしょうかねぇ」 そんな話を聞くともなしに聞きながら、炮は背後に気を払っていた。彼女が集中して後方に気を払ってくれるので、志郎は左右へと意識を尖らせる。 全方向に意識を向けているのは、露羽やセシリアだ。雲ひとつない見晴らしのいい空。上は今のところ除外するが、この状況下で遮蔽物はほぼ地上にある。目視確認と、露羽は超越感覚を織り交ぜて探る。 高度を保つための羽音。はためく衣類。誰かの呼吸音。風を切り裂く音。月慧の鼓動。 それらを耳で拾いながら、近づく目的の山を見据えた。鷲や鷹というにはずいぶん大きな鳥が舞い上がったと思えば、急速にこちらへ向かってくる。 「来ましたよ」 露羽は静かに警告を発した。 「一応、しっかり捕まっておいて」 からすは深喜に注意を促すが、彼は少し困ったような顔をしてそろりと純白の陣羽織の端を掴んだ。彩姫はさらに飛行速度を落とし、じっと待ちの体制に移る。本来有害なモノへは激しく応じる彼女だが、だからといって主の命令を守れないわけでは決してない。それは主への信用、庇護対象の認識、それから、周囲に布陣した護衛を頼りにしている事。鷲獅鳥としての誇り。そういったものが相まってだろう。赤眼にちらちらと敵意を揺らめかせながら、余裕を崩さない。 「怪鳥かしらン。目視‥‥、今のところ八、ねン」 セシリアが言う。それぞれの行動は迅速だった。 まず、昴が攻撃の要となる人へ戦陣「砂狼」を、自分や鋼天には戦陣「十字硬陣」で深喜を守る陣を組んだ。 月慧は真っ先に大きく翼をはためかせ、高低差を活かし重力をも味方につけて敵陣に突っ込んでいく。同時に露羽は手裏剣「鶴」を指で挟み、気を込めて投擲した。 「この鶴の鳴声‥‥そう逃れられはしませんよ?」 鶴の鳴き声にも似た音を立てて風を切り、飛距離を伸ばされた薄刃は鋭く怪鳥の胸を裂く。耳障りな悲鳴が上がった。そんな同胞を振り返りもせずに向かってきた怪鳥に、月慧はすれ違いざま噛み付いた。そのままぶづりと牙を突き立て、顎の力で食い千切る。けれどそれが止めになっていないことに気付いたのか、月慧は顎を振って怪鳥を上方へと放るように離した。折れ曲がった翼をぎしりと広げ、乗り手である露羽の首筋に襲い掛かる。 「これで最後です!」 鞘走らせた勢いを殺さぬまま、刀「血雨」を下から上へと切り上げた。すぱんっ、と小気味よい音を立てて既に痛んでいた胴体が寸断される。あえなく瘴気へ戻りながら、それは消えてゆく。 露羽が降下した直後、真樹は幼馴染に指示を下す。 「湯花、ノルティアといろ! 鋼天、湯花は任せた!」 「僕に何しろっていうのー!?」 「昴さんいんだろーっ! 頼るぜ!」 ぐ、とサムズアップして、真樹は嬉々として露羽の軌跡を追っていった。こちらの射程距離に入るにはまだ少しある。昴は手早く説明した。 「状況・目的に合わせて組む陣を変え、それに適した人を見分けるのが指揮の要でしょうか‥‥その見分けは、戦闘開始時に皆さんが自然にとる立ち位置などから判断したり、あらかじめ打ちあわせたり、ですけど」 「‥‥うーん。とりあえず瘴索結界と加護法と神風恩寵持ってきたけど、どうしたらいいの?」 「回復は手分けしてやりましょう」 志郎の提案に、鋼天は頷いた。 「でも、加護法は? せいぜい二十秒くらいしか効果ないのに、誰にいつかければいいの?」 「加護法‥‥、術への抵抗力を上げるものですから、今回はあまり出番がないかもしれません」 ひたすら物理攻撃オンリーな怪鳥の攻撃を指差す志郎。 「‥‥あはは!」 とりあえず笑ってみる鋼天だった。 長距離射撃の可能なからすは安息流騎射術を用い、ソウルクラッシュに矢を番えた。頭部や翼を狙い定めて矢を放つ。ウルグもまた、カザークショットを用いてロングマスケットを構えた。視界内では露羽と真樹が敵陣を挟み撃ちにしている。彼らを巻き込まぬよう照準を定めて引き金を引き絞る。鼻につく火薬のにおい。すぐに次の弾を込めた。シャリアはじっと、敵が射程圏内に入るのを待っていた。金色の目に敵影が映り込む。そして。 先頭の一羽がその一線を越えた瞬間、シャリアは身につけたビーストクロスボウから矢を放った。それが当たったかどうか確認する間も惜しむように、翼を強くはためかせ、突風と共に衝撃波を送って瘴気へ還す。 殲滅近くまで追い込んだ。そう思ったところで、照準の先にぱらぱらとまた数匹が姿を見せる。 「敵が再出現。気をつけてくれ」 一匹一匹は取るに足らないし、数匹まとめても大したことはない。冷静に対処すれば、深喜のところまで近づけることもないだろう。 シャリアの射程圏内は、セシリアの射程圏内でもある。彼女が召んだのは、巨大な蛇だった。雄大といって差し支えない巨体で鎌首をもたげ、ちろちろと舌を出して獲物を見定める。 「行ってきてねン」 セシリアと蛇の瞳に、同一の怪鳥が映り込む。刹那。 その巨躯が一直線に虚空を突き進み、大口を開けて怪鳥を飲み込んだ。術者の望みを正確にかなえた蛇は、飲み込んだ怪鳥ごと大気にとけるように姿を失った。 普段ならまだしも、こんな状況下では接近戦になる前に片付けたい。志郎は全体を見渡しながら、広げた掌を前方にかざす。そこへ気を集中させ、狙いを定めて気功波を放ち一羽を撃ち落す。それに呼応するかのように、隠逸も翼を強くはためかせ、突風とともに衝撃波を放った。 炮は利き手に構えた宝珠銃「エア・スティーラー」の銃口を、怪鳥のうちもっとも突出してきた一羽に向ける。広がる空とよく似た青い宝珠が風の精霊力を圧縮して輝く。その引き金に指をかけ、一気に引いた。 腕にかかる軽い反動。限界まで圧縮された風の精霊の力が放たれた弾丸をさらに加速させ、違わずに翼を撃ちぬいた。 「炮君ン。二羽、行ったわよォ」 セシリアの言葉にレイダーが大きく翼をはためかせ、首をめぐらせる。 「レイダー、間合いの確保をお願い」 新たな弾を取り出す炮に、相棒は小さく鳴いて了承の意を伝えた。飛び掛ってきた怪鳥の胸を鋭い嘴で貫き、噛み砕くかのように激しく啄む。あえなく瘴気へと還って消え去る一羽。レイダーがそれを相手にしている間に、もう一羽が炮へと襲い掛かった。 弾を込める暇がない。炮は新たな弾ごと、もう片手でグリップを握り込んだ。練力を取り込み、黄色い宝珠が輝く。引き金を引き絞り、至近距離に迫った怪鳥を撃ち抜いた。 悲鳴、そして怪鳥が怯んだその一瞬。宝珠銃「皇帝」ごと握り込んでいた弾を宝珠銃「エア・スティーラー」に手早く込め、追撃をかける。たまらずに距離をとった怪鳥を、レイダーが容赦なく引き裂いた。 近くなりすぎないように、でも、決して離れないように。 最終防衛線を担うノルティアは、身の丈の倍以上もある魔槍を手に深喜らの手前にグリコを滞空させた。 「ノルティア君、湯花君。そっちに少し行ったわよォン!」 平気よねン? と華麗な鞭捌きで怪鳥をいびり倒しながらセシリアが言う。 「ん‥‥おまえたち、の‥‥相手は。こっち」 前に出ることで怪鳥の注意をひき、グリコの爪で先制攻撃して敵意を煽る。横に湯花が並んだ。 「あたしが引き受けるわ。ノルティアのが攻撃力、あるでしょ?」 濡れたように艶やかな槍を一瞥して湯花は言う。 「ん‥‥わかった」 踵で軽く相棒に合図を送り、ひらりとノルティアは舞い上がる。それから上で方向転換、急降下。 そのわずかの間だけ怪鳥を足止めした湯花は、すぐにその場を退く。相棒を巻き込まないよう気を払いつつ、ノルティアは槍を大きく振りかぶり、二羽まとめて薙ぎ払った。 爪でのダメージも蓄積していたのだろう。一羽は耐え切れずに瘴気へと還るが、もう一羽は持ちこたえたようだ。すかさず湯花の炎龍が――ばくり、と。 がじがじがじ。 「ちょっ、スルメじゃないのよ、何かじり続けてんのよー!!」 きょとーんとした顔で観察するノルティア。口の端からはみ出ている怪鳥を、なんとかたたき切ろうと刀を振り回す湯花。 そのころにはあちこちみな片付いて戻ってくる。ふと湯花とノルティアの目が合った。 「えと‥‥ん、と。だ、だいじょ‥‥ぶ?」 とりあえず声をかけておくノルティア。 「若者はこのくらい元気がないとねェ。ンフフ」 セシリアは笑うばかり。まあ、ほっといても怪鳥がくたばるのは時間の問題だ。大したことはない。とはいえ。 乾いた銃声とともに、怪鳥は霧散する。はっとして見上げると、銀色の髪をなびかせた炮が銃をおろしたところだった。 「大丈夫ですか?」 「ありがとう。助かったわ」 ほっとして、ようやく湯花も刀をおさめた。 着陸した場所は、聞いたとおりに一面ススキ野だった。着陸すると、ノルティアはきれいに見えなくなる。からすは頭のてっぺんは出るのだが、目は出ないのでやはりほとんど埋もれているのと同義であった。露羽はそんな仲間のこともはぐれないよう気をつけつつ、護衛を続ける。 ノルティアはまず相棒の隣に槍を置き、刀へと武装を変えた。それから露羽のあとをついて、その頑丈な長靴で地面を踏み均す。ススキの株も乾いた音を立てて潰されていった。炮と昴は地上に降りず、そのまま空域から護衛を続ける。 「私はどうしようかしらン」 セシリアはひとりごち、それからジャラールが小さく唸り声を返す。少しばかり機嫌が悪い。日ごろからあまり充分に構えていなかったのか、あるいはここ最近ハードワークだったのか。ともあれ、ジャラールにはもう少し主とのふれあいが必要らしい。 「じゃあ、私も空に残るわねン」 「探索前に小休止を挟んではどうだろう」 ひ弱な依頼人が気にかかってウルグがそう言う。 「ああ、それは助かります。乗っているだけなのに、妙に緊張してしまって」 日当たりのいいところを見つけ、踏み均したりして場所を作り、休憩してから改めて出発した。 からすは着いてこられるところまで彩姫を連れ、彼女の入れない林間の手前で待機を命じた。志郎も地上に降り、隠逸には空からついてきてもらう。 「何か異変があったら教えてくださいね、先生」 古傷の多い龍は、静かにあたりへ視線をやることで彼の言葉に応えた。 ウルグもシャリアに空中からの同行を頼んだ。単独行動中の相棒達が問題を起こさないか心配をしつつ、深喜に尋ねる。 「蔓葡萄がどんな場所を好むかなどは聞いているか?」 「ええ。深い山奥などの、清浄な場所を好むそうです」 大雑把な回答だったが、山中に分け入れば割合すぐに見つかった。足元の状態を伝えたり草木を切り払ったりして道を作っていたウルグの視界に小さな紫色の実が映る。周辺にはまばらに似たようなものが生い茂っていた。丁寧に二種類の葡萄を分けて摘むのはからすだ。 「良い菓子が作れそう」 菓子作りの得意な少女はそんな感想をこぼす。志郎も蔓葡萄と、そして綺麗に色づいた落ち葉を拾い集めていた。 「この実は何に効く薬になるのでしょう」 薬作りは自分も少しだけ行っている、そう言う志郎に深喜は快く喋る。 「これがまた、幅が広いんですよ。肝臓、肺、心臓、血管。外用では静熱にもなりますし、一概にこれと言い切れない多彩さがあります」 そんな会話を弾ませながら、摘んでいく。だんだん重たくなっていく籠に、蔓葡萄を摘み入れたノルティアは声をかけた。 「ん。荷物とったの‥‥重い、なら。帰り。持ち、ます‥‥? こう見えて、力‥‥は、自信あるけど」 「‥‥だ、大丈夫ですよ」 さすがに深喜も遠慮した。たぶん、ほんのちょっとはあったプライドとかそのへんの関係で。 そんな地上組みの上から、悠々とついてくるのが空中チームだ。主人のいない朋友たちのフォローも兼ねて残った昴。ケイトは獅子のごとき唸り声を上げて獣避けをしていた。その唸り声に驚いて逃げ出した兎を、ぱぱっと狩ってぱぱっと捌くのは。 「冬眠前のこの時期は脂肪を蓄えているので鍋にすると良い味が出ますから」 しっかり戦利品をくるんで、持ち帰る用意を整える炮だった。 だいたいの朋友は大人しくしている。その中で、若干心配なのがシャリアだ。しきりに地上を気にしつつ、他の朋友と一緒にいようとはせずに距離を置きたがっている。おそらく心細いのだろう。そんな空中待機だったが、何時間もしないうちに籠をいっぱいにした一行が戻ってくる。 「シャリア」 採取した山葡萄を差し出すウルグに擦り寄るシャリア。 「どうかな?」 からすもまた、少し取り分けた山葡萄を彩姫に与えた。 ススキの生い茂るところから、空で待つ仲間のところへみな順次飛び立っていく。隊列は行きと変わらなかったが、その途中でさりげなく最後尾に下がった龍がいた。青みを帯びた灰色の鱗をした駿龍。その体躯にはいくつもの古傷が残っているが、まるで弱弱しさは感じられない。悠然と翼を広げ、風を切る。 その背にいた志郎は、集めていた葉をとりだした。こっそりとそれを宙に撒く。 「今年も紅葉がきれいですね、先生。 来年もまた、一緒に舞い散る紅葉の中を飛びましょうね」 ひらひらと鮮やかに色づいた葉が、青空に彩を添えていた。 |