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■オープニング本文 最後の一輪。そんな紅色の薔薇をさした細い花瓶を飾る部屋で、なぜか「親切代表」こと綴と、「乱暴者代表」こと河野忌矢、接点なんてこれっぽっちもなさそうな二人がにらみ合っていた。 たまたま居合わせた佐羽は、ほとほと困り果てて眉尻を下げる。 ミルクティー色のやわらかな髪の女性、綴。普段はその髪とたがわず、ほわほわした優しく親切なお姉さんである。それが今は、きっ、と眉を吊り上げ、瞳にくっきりはっきり意思を灯して目の前の青年を睨んでいた。 波打つ赤毛を束ねた青年、こちらが河野忌矢。険のある顔立ちそのままに、口は悪いわ行動は乱暴だわとまるでガキ大将がそのまま大人になったような人物である。これでも自警団で、一応佐羽も過去彼に助けられた覚えがあった。面倒見はいいような気もするのだが、なにぶん歯に衣着せない物言いが対人関係にヒビ入れそうな人物である。こちらはもともと険しい目をすがめて、綴を見下ろしていた。 あたしにこれをどうしろと。心底佐羽はそう思った。 ことの起こりはしばし前。いつものように自由時間、綴の家を訪れた佐羽はいつものように綴の紅茶を飲み、綴の作ったパイを食べていた。今度はミンスパイ、綴が親戚の家に贈るのに作ったぶんの余り物。 幸せにぱくついていたら、いきなりノックもなしに男が上がりこんできたのだ。 「おい、綴。ちょっといい――あん?」 男。青年、と言うべきか。二十代半ばの顔立ちのきつい青年。顔見知りだった。 「あれ、忌矢さん」 「まあ。イミ君どうしたんですか?」 さして驚いていないところを見ると、こうして忌矢が上がりこんでくるのは毎度のことなのだろうか。というか、綴はやたら親しげな呼び方をしていなかったか。 「あの……お知り合い、ですか?」 「佐羽ちゃんとイミ君こそ」 「俺もいいか。なんでお前らンなに親しげなんだ」 簡単に経緯を説明すると、なんのことはない。綴と忌矢が幼馴染で、佐羽と綴は茶飲み友達。佐羽と忌矢は町民と自警団。全員わかりやすい関係だった。 「幼馴染……、親切代表と乱暴者代表が」 「聞こえてンだよ、このガキ」 「だめですよ、イミ君。女の子にそんな口を。……自警団なんですから、もっとちゃんとしてくれないと」 「お前は俺のお袋かよ」 「どちらかというとわたしがお姉さんですよね」 「年下のくせしやがって……!」 年上なのか。いや、そもそも綴の年齢知らないけど。佐羽は黙って紅茶をすする。冬になったから、とサモワールを出して淹れてもらった紅茶は、これはこれで味わい深い。 「昔っからイミ君はお兄さんというより、弟だったじゃありませんか。それで今度はなんですか? お金は貸しませんけど、昔なじみのよしみですから。多少のことは考慮しますよ」 めずらしいなぁ、と佐羽は思った。綴は基本、とても人当たりがいい。こんなふうに相手の神経逆なでするようなことを、笑いながら言う人間ではない。怒らないかな、と思ったが、これくらいは忌矢も許容範囲内のようだ。がしがしと赤い頭をかきむしってため息ひとつ。 「ったく。ガキん時に女友達なんぞ作るモンじゃねーな、お前外面はもう少しマシだろうに」 「まあ。外面なんて人聞きが悪いですよ。わたしはすこうし、からかえる人間を選んでいるだけです。選ぶのが面倒ですから、昔なじみしか狙いませんが」 意外としたたかな一面もあるらしい。砕けた微笑みがとても親しげで魅力的だ。綴さん黒い……、佐羽はやっぱり黙っていた。沈黙は金である。 「……まあ、それで本題だけどな。菊屋の……」 「イヤです」 みなまで言わせず、ばっさり綴は断った。赤い髪をがきがきかきむしる忌矢。 「……言うと思ったけどな」 「イヤです。なにがなんでもお断りです。あそこの子供、薔薇をめちゃくちゃにむしったんですよ! たとえあの家族の命がかかっていようと、どんな頼みも断固拒否です!」 忌矢がため息をまたひとつ。……意外と綴は根に持つらしい。薔薇に関しては。 「せめて話くらい」 「ぜったいに! イヤですっ!!」 「……お前な。いいかげんその手のわがままはやめろ。ただでさえ頑固者の多い町なんだから」 「頑固者? わたしは頑固者ではありません。基本的に懐の広い人間です。わたしの大事な庭を荒らさなければ!」 「怒っているのはわかっているし、理解してる。ただな、怒ったからって全部をシャットアウトしてどうする。もうガキじゃねえんだ」 「お断りです」 「綴」 ぎろり。そうして睨むと、もともと顔立ちの険しい忌矢は迫力がある。けれど綴はいっこうに意に介すそぶりはない。 そうして冒頭に戻る、というわけだ。 結局しばらく睨みあい、ため息の末に忌矢は帰っていった。 「あ、あの、綴さん……」 「……ごめんなさい、佐羽ちゃん。あら、お茶が冷めちゃっていますね」 そのあとは、何を聞いてもにこにこ笑うだけでろくに答えてくれず。そそくさと暇を告げ、忌矢を追いかけた。 「忌矢さん!」 「ああ? ……ンだよ」 こちらも不機嫌そうだが、不機嫌だと顔にはっきり出ているぶんまだマシだ。 「あ、あのっ。綴さんになんて言いたかったんですか?」 「ンなことトロそうなお前に言ってなんになるってんだ」 「うぐっ。……で、でも、その」 まごつく佐羽に、忌矢はそっぽを向く。しばらくしてから、小さく口早に何かを言った。 「え? あ、あの、今なんて」 「……っ。悪ぃっつったんだよ! お前に当り散らすようなコトじゃねぇのに」 謝るというにはなんて態度のでかい。そう思ったものの、つい笑ってしまった。ぎろりと横目で睨まれるが、もう怖くもなんともない。 「あはは。すみません、なんか素直になれないちっちゃい子みたいで」 びき、と青筋を立てた忌矢だが、ややあってため息とともに流した。 「……話の内容は、菊屋のガキが謝りたいってことだ。でも、庭に近づくだけで綴に追い返されるんだと」 「え」 「頭にでかいタンコブいくつもこさえてたから、まあだいぶ叱られたんだろ。本人も半泣きでよ」 「あの、親御さんと謝りにこないんですか?」 「親がいると許さなきゃいけない気分になるから、基本ウチの町じゃ親子別々に詫び入れるな。納得いってないのに許さなきゃいけないとか、理不尽だろ」 礼儀よりも、おもうぞんぶん腹を立てられる環境のほうが大事らしい。こういうところが奇妙な町だ。 「ま、親のほうも綴に会えないらしいが、そっちは慣れてるから長期戦の構えだな。で、お前なんかいい案あるわけ?」 「いや、あたしはないですけど……。今度みんなでお料理教室しようと思っていたので、ついでに相談してみます」 「他力本願かよ、てめー」 「一人で抱え込んでもしょうがないじゃないですか」 そんなわけで。 なにか面倒くさい相談つきの料理教室、開幕。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
アルウィグィ(ib6646)
21歳・男・ジ |
■リプレイ本文 綴の家に行く前に、マルカ・アルフォレスタ(ib4596)とアルウィグィ(ib6646)は菊屋へ寄ることにした。そこは綴の家がある郊外とは異なり、何本か通りは外れていたが、商店街とでも呼ぶような、商業用の区画のようだった。 たまたま目的が同じになった二人は肩を並べて歩きながら、目的の店舗を探す。 「料理教室だと思ったら、少しおまけがついているみたいですね」 語るともなしに呟いたアルウィグィの言葉に、相槌を打ちながらマルカも思うところを口にした。 「綴様はあまり物事に拘らない方かと思っておりましたが、このような面もおありになるのですね。意外でしたわ……」 普段は大事な薔薇だからといっても、神経質になったりはしないのだが……。 話しつつ歩いて見つけた菊屋は、小さな店舗だった。申し訳程度に飾られた花。陳列された商品は、扇子だ。日常使いに適したものから、舞台で使うような華やかなものまである。看板は菊屋。屋号なのだろう。 子供が店番をしていた。額を赤く腫らしているからもしやと尋ねれば、当人である。 本気で謝罪の意思があるのか。アルウィグィは確認のための問いを投げかけた。 (反省はしてないけど形だけ謝っておこうという様な態度だと、後々拗れるのは目に見えてますし) 謝罪は謝罪以外の何かであってはいけない。 「……いつも薔薇を摘んでるから、ちょっとぐらい荒らしても怒らないって思ったんだ。あんなに怒ると思わなかった」 ごめんなさい。そう言う。子供特有の、限度を知らない行動。悪いとは知っているのに、それをやってしまう微妙な心理。 「あなたも大切な物を壊されるのは嫌でしょう? 自分がされて嫌な事を他人にしてはいけませんよ」 店番の子供は、こくりと頷く。マルカは綴が会ってくれるよう頑張ると約束した。アルウィグィも謝罪の意思をみとめる。 「悪い事をしたと分っているなら良いんです。後は、綴さんの方ですね」 まだ自我の形成しきっていない子供ならまだしも……。 大人はいろいろ、むずかしい。 料理教室。そう聞いてやってきたのは、ルオウ(ia2445)だ。 「俺はサムライのルオウってんだ。よろしくなー」 フライパン片手に現れた少年に、ぱちくりと瞬きして佐羽はにこりと愛想よく笑う。ここしばらくで、開拓者がときどき鍋蓋持ってきたり、お釜を抱えてきたりするものだから慣れたのだ。 「えと、よろしくお願いします、佐羽です」 「よろしくお願いしますね、佐羽ちゃん」 明王院 未楡(ib0349)も一緒にやってきたので、先に二人を案内する。 「今回のお料理会は相談付きなんですね」 「はい。……もー、綴さんが普通すぎて怖くって」 (なんか出来る事あるかなあ?) 気にとめておくルオウ。人間の心理の微妙な機微なぞ、これぞ解決策! などというものはないのだ。あったとしても、ケースバイケースでころころ変わるものである。 家の中に案内されてキッチンにつくと、綴がにこやかに出迎えた。雑談しつつ道具をそろえる間に、残る二人もあらわれた。 「こんにちわ、佐羽様、綴様」 「よろしくお願いします」 少し遅れてやってきたマルカとアルウィグィ。その出現に、ルオウは安心した。 「あー、良かった。男が俺1人だったらどうしようかと思った」 それでも気恥ずかしさは拭えないが、一人だったときのいたたまれなさを思うと……。見たところ女性陣に紛れてしまうアルウィグィでもかまわない。れっきとした男性がいることに意義がある。 「お二人はお料理はされるのですか?」 「簡単なものなら作れるかな」 主に小麦粉を使うのが得意だというアルウィグィ。ミートローフ……。作ったことのあるなし以前に、あんまり見た目も味もぴんとこない。彼の母親が天儀人だったゆえに、なじみが薄いのだ。見た目はジルベリア寄りの、目鼻顔立ちのはっきりした顔立ちだが。 また、居候に食べさせたいというアルウィグィも料理自体は平気だという。 「俺も一応料理は出来ますが、一人暮らしが長かったせいで大雑把で適当なんですよね」 「あっ、わかります。あたしの親友がちょうどそんな感じで」 ゆで卵の準備をしつつ、雑談。 「本当はその子が自分で来たかったみたいですけど、雪塗れで遊んでたせいで熱を出しちゃったんですよね」 「え、えええーっ!? だ、大丈夫なんですか?」 「ゆっくり休めば治ると思いますけど……」 そわそわする佐羽に、まあ、と綴も眉根を寄せた。ここで気を揉んでもしかたがないのだが、気になるものは気になる。しかし、綴は軽く頭を振って意識を切り替えた。 「お大事に、とお伝えください。 ともあれ、お料理で心配なのはマルカちゃんくらいになるのかしら」 必要のないものはきっちり棚にしまってマルカの手に渡らないようにしているが、それでも綴は不安げである。 「今度こそ食べられる物を作りますわ!」 意気込むマルカに、大丈夫かなぁ、とこちらも不安そうな顔をする佐羽。逆に未楡は、まったくめげずにがんばるマルカのサポートにつくことにしたようだ。 また、男性陣も真剣だ。どちらも食べさせたい相手がいるものだから、手抜きができるわけもない。 「では、はじめますけど……、やけどには注意してくださいね」 「……ふんふん。あーしてこーして……」 綴の手順を反芻しながら、ルオウはむにむにとタネをこねた。つまり、ハンバーグをフライパンではなくオーブンで焼き、さらにその中にゆで卵を入れたシロモノである。なんとなーく敷居の高そうなイメージはついてまわるのだが、実はまったく難しくない。 「そういえば、ルオウさんなんでここに?」 「怪我してる間に、心配して見舞いに来てくれた友達にお礼したいなーって。 彼女のほうは生粋のジルベリア育ちの子だから、地元の料理のが喜ぶかと思うんだけど、こういう学べる機会ってそうそうないしなー」 喜んでくれるといいねー、と無邪気に佐羽は応援した。 「だからきっちり覚えていきたいと思ってるんで、講師の姉ちゃん、よろしくなー」 「ええ、お任せください。それにしても……ふふふ、素敵なお友達ですね」 にこにこと嬉しそうに微笑む綴。含みのある言い方である。一般的な女性の典型例として、綴も恋愛面には興味津々だった。そんな気配をルオウの話から感じ取ったのだろう。 アルウィグィもたまねぎのみじん切りをフライパンで炒める。食感をどこまで残すかは個人の好みに依存するが、綴のレシピではあめ色になるまで。とりあえずはその基準で炒めてみた。 佐羽含めた三人は順調だったが、やはりマルカは苦労していた。 落ち着いて、ぎこちないながらも慎重に調理をすすめる。本人が慎重に真剣にやっているので、未楡はほとんどマルカが変なものを入れたりしないように材料に目を光らせることに始終した。 「ええと、これはお塩ですわね……」 「いきなり入れないで、小皿に分量をとってから入れてはどうでしょう?」 たったひとつまみの塩だが、あなどってはいけない。マルカは慎重に小皿に材料をとりわけ、さらに間違ったものが入っていないか確認して、ゆっくりじっくり作業する。 材料をすべて投入して、捏ねる段階になってマルカは口を開いた。作業に問題のない三人は既に成形作業に入っており、ぺたぺたと形を整えているが……焦ったら負けである。 「わたくしの話をした事がありましたでしょうか? わたくしの両親は何者かに殺されました。わたくしはその仇をとる為開拓者になったのです」 ふと遠くなるまなざし。脳裏に蘇る記憶。 「見つけたら問答無用で斬るつもりでした。けどある刀を巡る殺人事件で、殺した方にもそれなりの理由があるのだと知りました」 思い浮かべたのは、ひとつの事件だった。殺人から始まった事件は、けれど理解を導いた。なくしたものは大きすぎたけれど、なくしただけでも、なかった。 「許せるか許せないかは解りません。ですがもし見つけたら、話くらいは聞いてみようと思っております。弁明も聞かず一方的に否定は出来ないと知りましたから」 マルカはそう、微笑みかけた。 「そう……。そうだったの。 あなたはひとつ、世界を知ったのね」 綴はそんな、少し不思議な答え方をした。 問題なく(ある意味無難に)できあがった三人にくらべ、マルカのミートローフは少し焦げ目がついていた。緊張しつつ一口。 うる、と涙ぐむマルカ。味はきつめだし、ちょっと奇妙に硬い気もするが、ちゃんと食べられるレベル。 「うっそぉ……。すご。やったねマルカさん!」 「無事に完成して何よりですわ」 喜ぶ三人。しかし、あまりマルカの激しい料理音痴っぷりをそこまで実感してない綴や、そもそも知らないルオウとアルウィグィにはなんのことやら。なんとなくノリで拍手してみるが。 「何かあったのか?」 「……この前、バニラエッセンスをひと瓶入れてしまったのは記憶に新しいですが……」 バニラエッセンス? 首をかしげるルオウに差し出す綴。一滴指に垂らしてなめてみる。 「にがっ」 甘ったるい香りに反してとてもにがい。なるほど……、アルウィグィも納得した。つまり、そういうことなのだろう。 紅茶で口直しをしながら、ルオウは庭をながめた。薔薇はもう一輪も咲いてはいない。けれどよく手入れされた庭だった。 「綺麗だなぁ」 「大事なものですから」 無言で先をうながすルオウに、ぽつぽつと綴は語る。 「わたしの世界はね、この中なんです」 薔薇で囲われた世界。 「たくさんの時間を過ごしたはずなのに、あまり母のことは覚えていないんです。でも、母がここをとても大事にしていたから。 ここがわたしの世界なんです」 形見であると同時に、綴の人生、綴の生きる意味であり目的、存在理由がここなのだろう。 「一番大切にしているもの……誇りにしているものを、傷つけられるのって本当に辛い事ですものね。 それが、大切な方の形見であれば尚の事……。 気持ちは凄く判りますわ」 未楡は理解を示す。 「でも、相手が真摯にその行いを悔やんで、過ちを謝罪したいと言う申し出すら門前払い……と言うのは流石に大人気ないですし、せめて相手の話を聞いてあげる位はしてあげても良いんじゃないかって思うんです」 綴はその言葉に眉根を寄せた。頭でわかっていても、たまらなく不愉快なのだろう。 「勿論、相手を許す、許さないは別にして……ですよ。 相手の謝罪を聞いて尚納得いかない、私の言いたい事はそう事じゃないって思うなら、その事を伝えなければ相手は同じ過ちを犯すかもしれませんしね」 理にかなっている。けれど、理屈で納得できないゆえに綴は感情的になっていた。 「大切な物を守る為に、相手の理解の程度を確認して、念を押すのも一つの手だと思いますよ」 握り締めた拳が白くなっている。幼少期から一人暮らしをしていたため、綴はしっかり者の部類だろう。しかし、一人暮らしゆえに他人との摩擦の少ない人生だったのもまた事実だった。 「ところで綴さん。鉄は熱い内に叩けと言う言葉を御存知ですか?」 「え? ええ……」 かたくなな綴だったが、アルウィグィの意外な話題転換に、戸惑いつつも答える。 (ずるずると先延ばすより、今の内に気持ちをぶつけておいた方が、子供も学習しますし、綴さん自身も多少は気が晴れるでしょう) アルウィグィはそう思うから、言葉を続けた。 「このまま放って置けば、子供なんて直ぐに自分がした事を忘れてしまいますよ。それでは気は晴れないでしょう?」 がたんっ、と椅子から乱暴に立つ音。 「……っ、主催の途中で失礼かとは存じますが。少し、出かけてまいります!」 ばたばた出かける用意を整えて、あっというまにいなくなってしまう。 しーん、と沈黙がおりた。 「……これでいい、のか?」 「目的は達したと思いますよ。どうでしょう、佐羽さん」 「え。う。……大丈夫……じゃないかなぁ。あとで忌矢さんに聞いてみますね」 お世話になりました、と頭を下げる佐羽。よっぽどアルウィグィの言葉が効果的だったようだが……。結果がまるでわからないので、どこか釈然としない気分だった。 後日。赤毛の青年を見つけて、佐羽は声をかけた。 「あのー、忌矢さん。どうだったんですか?」 「ん? ああ。菊屋のガキが半年綴の家の周りの道路掃除で落ち着いた。やー、助かったぜ。すげーのな、開拓者。マジ何でも屋じゃねーの」 「え、ええと、お礼は伝えておきます……?」 「頼むわ。綴は喧嘩下手だからなー。女って諍い嫌うし、綴はお喋りな割りに溜め込むし……」 「忌矢さんは喧嘩ばっかりしてそー」 「喧嘩なんて自己表現か意思疎通のひとつの手段でしかねぇだろ。それに、人間怒ったときこそ本音がこぼれる。相手の腹探る方法だ」 「……も、もうちょっと穏便でも」 「はっ。 喧嘩してぶつかって、殴り合って痛いメ見て、限界と限度を確認しながら大人になンだよ。お前も譲れないものができれば、まぁちったーわかンじゃねぇの?」 今のところあまり経験のない佐羽は、はぁ、と気のない返事を返した。 |