朱の川
マスター名:茨木汀
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/21 19:33



■オープニング本文

 暑い日が続いていた。
 子供たちの一番の遊びは、近所の川、という季節である。
 岩の上からのダイブ、張り出した木の枝に縄を絡めて川の中へ飛び込み。水のかけあい、潜水で足の引っ張り合い。
 水の深いところは濃い緑色をして、太陽の下だというのに不気味に深く深く見える。
 そんな深い緑色の中、岩の上で少年がひとり、怖気づいてしゃがみ込んでいた。
「ほら、来いよ。気持ちいいから」
「……ひとりで入れる。あっち行って、にーちゃん」
 むっつりと不機嫌そうに追い払われて、兄は苦笑して他の子供たちと遊び始めた。
 上がる歓声、散る水しぶき。
「いだっ」
 一人の子供が声を上げた。
「どうし――」
「いだ、いだあああああああっ!!」
 川が朱に染まる。
「逃げろ、アヤカシだ!」
 少年の兄が声を張り上げた。が――。
 遅かった。
 瞬く間に悲鳴は連鎖し、子供たちの間をびちびちと魚が飛び跳ね、あっというまに誰もいなくなった。
「にい、ちゃ……?」
 ただひとり、岩の上に取り残された少年を除いて。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
雲母坂 優羽華(ia0792
19歳・女・巫
景倉 恭冶(ia6030
20歳・男・サ
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鷺那(ib3479
28歳・男・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟


■リプレイ本文

 かんかんと照りつける太陽。じゃりっ、と踏みつけた川石が音を立てる。その石さえ、素肌で触れていれば低温火傷を起こしそうなくらいに熱されている。そんな中にもかかわらず、一組の夫婦はそこを動かない――動け、ない。
 ひたすらに残った息子のそばを離れない二人。どうにか安心させようと口を開き――、景倉 恭冶(ia6030)は、言葉を紡がずに唇を閉ざした。どうにか安心させてやりたい、と願いつつも、どんな言葉をかけたらいいのか‥‥わからなかったのだ。
 そんな中、真っ先に響いたのは、風雅 哲心(ia0135)の声だった。
「お前の兄さんや友達の敵は必ず取ってやる。だからもう少しの辛抱だ、そこを動くんじゃないぞ」
「俺達が来たからにゃあどうやってでも助けるからなぁ!」
 恭治も少年へ声をかける。目を凝らすと、小さな拳がきつく握り締められていた。小刻みに全身が震えている。彼の様子に、アルマ・ムリフェイン(ib3629)は大事なリュートを抱え上げた。その弦を巧みにかき鳴らし、武勇の曲と騎士の魂を奏で上げる。
 ――武勇の曲で勇気を、騎士の魂を奏で折れない心を。
 それは志体を持たない子供には、かからない魔法。承知の上でアルマは紡ぐ。魔法ではないかもしれない。――けれど、音楽は‥‥心に届くと。
「僕達はキミを助けるために頑張るから。‥‥一緒にもうちょっと、頑張ってくれる?」
 耳慣れない楽の音に、少年はほんのわずか、顔を上げた。
 それを見届け、アルマは少年の両親に大まかな作戦を伝える。不安と切望で揺れる眼差しが、彼を見つめた。
「必ず助けるから。‥‥見守ってくれますか?」
「よろしく‥‥、お願い、致します」
 言葉少なに、彼らは深々と頭を下げた。

 水際で進められる準備。心眼で水中を探った哲心は、つい沈黙する。
 十や二十、というかわいげのある数ではない。悠長に数えるなんて絶対無理だ、と思えるくらいにやたらといる。普通の魚が紛れている可能性も考慮したが、たぶん、いてもとっくにアヤカシのお腹の中だろう。子供たちが瞬く間に食べられた――その報告を鑑みるに。
 これは討伐より救出を優先したほうがいいかもしれない。視線を移せば、ストーンウォールを生み出した朽葉・生(ib2229)と、彼女と一緒にそれを倒しにかかる恭治がいた。すこし離れたところで、アルマが怪の遠吠えで群れを引きつけ彼らの作業をサポートする。
「くっ‥‥!」
 歯を食いしばってストーンウォールを押す二人。橋代わりにするつもりだが、なかなかどうして倒れない。何度目かの挑戦で――ぐら、とそれが傾いだ。倒れるストーンウォールにつられ、二人も一緒に。
 水柱が上がった。
「やっと倒れたか‥‥、けっこう重いんやな、これ」
 浅瀬からすぐに岸へと戻った二人だが、うっかりストーンウォールと水中にダイブして、頭から水浸し。直後に貪魚がどわどわどわっ、と浅瀬に群れた。間一髪。
「‥‥これ、さすがに‥‥。厳しいな」
 哲心の言葉に、生も苦笑を返す。ストーンウォールは石。つまり沈む。それゆえ、深いところでは八枚くらいは積み重ねなければ、橋として成り立たない。それだけの枚数を、水中に落ちずに積めるものなのか。実行するには課題が多い。いろいろと実験して、ストーンウォールの性質を把握する必要もあるだろう。
 面白いアイディアだったが、もう少し煮詰めないと実用するのは難しそうだった。

 囮作戦の準備として、雲母坂 優羽華(ia0792)と鷺那(ib3479)が神楽舞「防」を舞う。ゆったりとした舞にあわせ、優羽華の黒い髪が揺れた。鷺那の靴が川砂利を静かに踏みしめ、おちついた足運びで舞に安定感を生み出す。
 静かなそれが終わると共に、囮役は浅瀬に踏み出した。もう一度アルマが怪の遠吠えで敵を集める。
「貪魚どすか‥‥えらいこっちゃなぁ。早う助けたらなあきまへんな。
 それにしても、こんなとこにまでアヤカシがおるやなんて、ほんまに難儀やわぁ」
 彼らの背を見つめ、嘆息しつつの優羽華。
 どこにでも出てくるアヤカシ。倒しても倒しても、瘴気があればどんどん生まれ、年がら年中腹すかせ――、長い長いいたちごっこ。アヤカシとの戦いが終わる気配は、今のところない。
 そのいたちごっこの中に巻き込まれた少年を、鷺那は視界の端に映す。口もきかずに、拳を握り締めて水面をじっと見つめる、青ざめた顔。
(一人気丈に頑張る君へ、一つ勇気を届けようか。
 助ける前、後共に、彼には辛い現実だろうね‥‥)
 どわどわどわっ、と囮役へ群がる貪魚の群れを見て、鷺那はいっとき、意識を少年から切り離す。
 透き通った浅瀬の水だが――川底が見えなくなっていた。
「まさに数の暴力ってか。だが、雷撃の牙を甘く見るんじゃねぇぞ!」
 哲心が足に噛み付くアヤカシへ、雷鳴剣を放つ。狙った一体はそれを受けて、あえなく霧散した。同時に。
 ぴりっ、と、わずかな痺れを感じた。
「‥‥?」
 不可解に思いつつ、ザッ、と刃を振り払う。
 そばにいた数匹がまともに食らい、姿をたもてず消えてゆく。
 再び放った雷鳴剣。
 それは水面に触れると、急速に勢いを失うようだった。消えるわけではない。浅瀬ゆえにわかりづらいが、おそらく射程も威力も本来のものには劣るだろう。標的以外は水に触れていたとしても、わずかにぴりりと感じる程度。周囲への被害はない。効果は落ちるが使える、といったところか。
「巻き込むのは無理か‥‥!」
 ちまちまとこの群れをしらみつぶし――。
 気の遠くなる現実に、ひたすら黙々と戦い続けるのは、篠田 紅雪(ia0704)だ。
 孤立しない程度に仲間との距離を取り、足元に群がる貪魚を根気よく切りつける。時々すぃっと刃をかわされても、神楽舞の効果が切れて足を噛まれても、休まず怯まず躊躇わず、着々と敵を片付けていく。
「大丈夫どすかぇ?」
「感謝を」
 神楽舞「防」をかけなおし、傷を癒した優羽華へ静かに謝辞を述べる。
 その刹那。
 ぱしゃん、と水音を立てて貪魚が跳ね、優羽華へと――
 ざんっ!
 払い抜けで断ち切られ、それは黒い塊になり、空気中にとけて消える。ほんのわずか、残りが川面へ落ちた。
「おおきに」
「いや」
 ほんの短い言葉だけで、すぐに紅雪はアヤカシ処理へと戻る。優羽華もすぐさま次に神楽舞の効果が切れたものへ、舞を舞った。
「こりゃ骨だな‥‥!」
 二刀を一気に振り払い、恭治も浅瀬で水しぶきを上げる。まともに入った何匹かが、同時に消え去った。
 がじがじと足を噛まれるものの、神楽舞「防」の効果と――、響く騎士の魂が恭治を守る。深みに行かなかったのも幸いだ。相手は水棲、時々飛び跳ねるものの、飛距離もなければかわすにも困らない。ほぼ足元だけ注意していればいい。
 時折ぴりっと感じるが、支障のない範囲内だ。オールオーケー。
 ただし――。
「ジリ貧やね‥‥!」
 ざっくざっくと倒しまくる。しかし神楽舞の効果は永久ではない。優羽華と鷺那が三人へ、ほぼひっきりなしにかけ続ける。かけてもかけても効果は切れる。切れた合間に貪魚に噛まれ、じわり、じわりと積もるダメージ。閃癒も恋慈手も追いつかない。
 恭治は成田 光紀(ib1846)を見る。戦闘に加わらず、じっとタイミングをうかがう光紀。しかし、このままでは光紀が動くための好機を作れない。
「下がってください!!」
 鋭い一声に、囮の三人は飛び退った。直後にはしる真夏の吹雪。
 生のかかげたルーナワンドから、生まれた吹雪が川面に吹き付ける。白い視界が晴れたとき、そこには。
 かきん、と凍る川面。うっかり巻き込まれた貪魚が、そのままうぞうぞ氷漬け。思わず沈黙する面々。放った生にも想定外。さわさわと風が吹き、さらさらと川はせせらぎ、すいー、と板状に凍ったそれは流れ――。
「残りも凍らせてくれ! あとは仕留める!」
 真っ先にわれに返った恭治が、すばやく指示を飛ばす。
 ふたたびブリザーストームを放つ生。凍る川面がまた流れる。流れた先に待ち構えた囮班が、氷漬けの貪魚を片っ端から掻っ捌く。半端に一部だけ凍っているものも多く、尻尾だけ氷からはみ出てびちびちいっているが――。まあ、倒してしまえば同じだろう。
 流れ作業になりかけたときだった。
 凍らせた水面の下から、残った群れが生へと向かう!
 金の瞳がそれを捉えた。同時にその喉から、水面を揺るがす咆哮が迸る。
「‥‥っ」
 大部分は生を離れ、大挙をなして紅雪へ向かう。
「鷺那はん、任せやす!」
「もちろん」
 残った貪魚を凍らせた生へ、鷺那が恋慈手をかける。優羽華は舞った。
 アルマもすかさず弦をかき鳴らす。
(間に合って――!)
 残った練力を振り絞っての騎士の魂が響き渡り。
 紅雪へなだれかかる貪魚。先駆のものが彼の皮膚に歯を立てる。哲心が、襲い来るそれに桔梗を放ち迎え撃つ。
「ったく。わちゃわちゃわちゃわちゃと‥‥うざってぇ魚共やね。とりあえず黙ってろ!!」
 恭治が横からその群れをなぎ払った。そのとき。
 目が合った。そう、紅雪は思った。
 貪魚にたかられた中で、よく気付けたものだった。
 今の今まで沈黙を守っていた光紀。彼は紅雪から視線を外すと、小魚型の人魂で水中を確認し、ためらわず川中へと進む。
「俺はシノビではないのだがな、まあ搦め手も必要だろう」
 浅瀬を過ぎ深みを通り、途中で数匹、残った貪魚と一戦交え、もとより少ない体力をすり減らし。
 地味におそろしく危ない綱渡りで、いっそ森側から行ったほうが安全な気もする。
 飛び掛ってきた貪魚めがけて霊魂砲を放ち、幾度か叩き込んで倒し、囮側を見やり。
「面倒な‥‥向うの方が面白そうだな」
 治癒符で傷を癒しつつ、首まで水につかり、岩へとりつく。ぐい、と自分の身体を引き上げるように岩へとのぼると、すぐそばでひ、と息を呑む音。
 足が痛い。
 見れば、がっぷり噛み付く貪魚。
「またか」
 霊魂砲で叩き落す。キャッチアンドリリース。ちょっと違う。
 青い顔で見上げる少年。このまま背負って帰りたいが――。
 二、三匹とはいえ、周囲に戻り来た貪魚。体力も練力も限界近い。無理をすることもなかろう。
「まあ、もう少々待ちたまえ」
 こくり、と、少年は頷いた。狭い岩の上、濡れた光紀の衣の端を握り締めて。

 光紀が岩へたどり着く頃、紅雪たちもひと段落ついていた。
 あのあと。
 間一髪、優羽華の神楽舞が間に合った。たかられた紅雪と彼を支えた哲心、恭治は、川中でなんとか踏みとどまる。ものすごく幸運だった、と言わざるをえない。アルマが川に飛び込んで助けようかと思う程度には危なかった。
 それからは生が盛大にブリザーストームを連発し、今度こそ流れ作業へ突入した。動けない上に頑丈でもないアヤカシの群れなど、おそるに足らない。
 あらかた片付け終わり、バックアップに奔走した優羽華も力を使い果たし、鷺那もだいぶ消耗して――。
 哲心は心眼を使う。反応は――自分たちのものだけ。
 光紀もそれに気付いたのだろう。少年を背負い、ざぶり、ざぶりと戻り来る。真っ先に恭治がかけつけ、光紀から少年を受け取る。治癒符があってもぎりぎり、今なお足やら腕から血の流れる光紀を気遣ってのことだったが、恭治の背中に移っても、少年は握り締めた衣を放さなかった。自身も傷だらけの恭治は、光紀と歩幅を合わせて進む。
 光紀はそんな少年の顔を見た。ふむ――。
「余り面白そうな顔はしとらんな。無理もない、俺も余り面白くはなかったからな」
 ぴくりと小さな拳が震えた。その光紀の言葉の本意を――水に濡れて不快だとか、アヤカシが邪魔くさかったとか、ややずれた感想を――、彼が理解したかどうかはわからない。それでも、それは放されなかった。
 ざぶ、ざぶ。歩くにつれて水位が下がり、べったり肌に衣がまとわりつく。水面が膝の下にまで下がったときだった。
 ばしゃばしゃと、乱れた足運びだとわかる音。
「坊!!」
「かーちゃ‥‥!」
 かけよる両親。光紀の衣が揺れた。少年がようやく、手を放したのだ。彼をひょいと背からおろし、わたす恭治。かたく抱き合う彼らを、岸へとうながす。静かになった川とはいえ、アヤカシが大挙していたそこはくつろぐ場所には好ましくないだろう。
 彼らが岸へと上がるまで、哲心は周囲を警戒する。心眼でなにもいないのを確認したとはいえ、完璧でないこともあるゆえだろう。慎重に周囲に気を配るそれは、幸いにも杞憂に終わった。
 他の面々も、ひとり、ふたりと集まってくる。
 しっかりと抱き合った親子に笑みを浮かべ、鷺那はそっと恋慈手をかける。
 足や腕の、細かい傷が消えた。そして誘われるように、少年は眠りつく。いや、気絶したのかもしれない。今の今までパニックにも陥らず、ひたすら耐え忍んだ彼は、もう、体力も精神力も限界だったのだろう。
「墓標を‥‥立てなければね」
 その言葉に、両親ははっとした。息子を心配するあまり、今までまったくほかの事を考える余裕がなかったのだろう。
「そう‥‥ですね。皆と‥‥相談しなければなりませんが」
 では花だね、との鷺那の言葉に、アルマが乗った。
「川に流すのがいいかもね。手伝うよ」
「ああ、ほんならうちも」
 怪我をしていない三人が、川辺の草花を摘み始める。役者に妙齢の女性、そして色白の少年。絵になる光景だった。それを見た母親が、ふと笑んだ。ほろり、と涙がこぼれる。
「よく頑張りましたね」
 生が冷やしていた甘酒と岩清水を差し出す。必死に頷き溢れる涙を流す妻の肩を抱き、夫は甘酒を受け取った。ひんやりしたそれに目を見開き、そして笑みをこぼす。
「ありがとうございます。――ほら、お飲み。よぅく冷やしてくださったよ」
 母親の落ち着く頃には、溢れんばかりの花を抱えた三人が戻ってきた。そのあでやかな夏の花々を、分け合って川へ投げる。
 忌まわしく朱に染まった川は、とうにその朱を押し流し、そしてまた花々をも運び去る。
 それを見届け、アルマは両親へと向き直った。深々と、頭を下げる。
「‥‥悔しい。
 お兄ちゃん達の事。
 その場に居なかったとか、仕方がないと言えることだけど。
 ――それでも」
「‥‥顔を上げてください、開拓者さん」
 男の低い声がかけられる。
「ありがとうございます。
 これで、やっと――。
 私たちは、あの子の死を‥‥悲しめる」
 今ようやく、彼らは嘆くことができる。この事件を過去にして、それを悼むことができる。
 あとは――。彼ら次第だ。