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■オープニング本文 ●偽の月を仰ぐ 武天の夜空に、月が浮かぶ。草木は静まり、獣も眠るなか、ざくざくと土を砕く音がする。見れば男が一人、ひたすら鍬を振り下ろしていた。 新しく畑を耕していたら、すっかり夜半を回っていた。頭上には煌々と満月が照り、土を返したばかりの畑に、ぽつねんと男の姿を浮かび上がらせる。 暗さに慣れた目には、仰ぎ見る月が眩しいほどだ。そこでふと、男は思い至った。今日は、やけに月が大きい。 よほど空気が澄んでいれば、そのように見えるときもあるだろう。男は鍬を引き抜き、畦道を村の方へと歩き始めた。 村長に無理を言って開墾させてもらうことになった土地だが、ごろごろとした石ころが土の中に転がり、ひどい有様だった。新たに作物を植えるには、根の広がりを邪魔する石をなるべく取り除かねばならない。 今日のところでだいたい半分。残り半分から石を除き、ミミズを離す。そうして土の力を育ててから、ようやく作物を植えることができる。 このまま順調にいけば、来年の植え込みには間に合うだろう。疲労とともに確かな手応えを感じている男の足取りは、決して重苦しいものではなかった。 男の行く道は、昼ほどとはいかないまでも明るい。むしろ脇にある森との境界が、目で見てはっきりとわかるほどだ。 ふと、後ろを向く。やはりと言うべきか、月は男の後ろに張り付いている。糸で繋いでいるかのように、ぴたりと同じ距離を保っている。丸い形が眼球を思わせ、こちらを見据えて離さない。 こんなに月を意識するのは、初めてかもしれない。新しいことを始めて舞い上がっているのか。それとも、自分を照らす月が明るすぎるせいか。 少々気味の悪いものを感じた男は、足早に家を目指す。この丘を上りきったら、裾野に彼の住む村が見える。 丘に上がった男は、しかしその視線を裾野へは向けなかった。ただ一心に、夜空の一点に釘付けられていた。 そこには、もう一方の月が、夜空に浮かんでいる。こちらは男の後方に浮かぶものと違い、下弦にたわんでいる。 そう言えば、昨日の月も大きく欠けていた。ならば一日で、こうも見事な満月が拝めるはずがない。 だとすれば、自分が見ていたものは、一体何なのか。 月の光が、間近に迫る。まるで自分一人に狙いを定めたかのように。 たまらず、男は強い光に向かって振り向いた。 そのまばゆい体に反して、開かれた口は、洞穴のように暗く湿っていた。彼の体を包んだのは光ではなく、黒くて獰猛な闇であった。 ●ギルドより 開拓者に依頼を伝えるのが仕事の青年は、ギルドが受け付けた依頼書に目を通して口をあんぐりと開けていた。 「奇怪が常とはいえ、これはまた面妖な‥‥」 月が二つ昇り、一方が襲いかかるなどと言われても、どこかしっくりくるものがない。よしんば相手は空を飛べるらしい、ということしか分からない。 「相手がこちらにきたところを刀でズバッ‥‥といけばいいのですが‥‥」 言うには易いが、行うのは難い。機を見誤れば、やられるのは開拓者である。矢面に出るわけではない青年の口は、いつになく歯切れが悪い。 「とにかく、ご武運をお祈りしています」 いかにも自信なさげに、青年は開拓者を見送った。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
後家鞘 彦六(ib5979)
20歳・男・サ
籠月 ささぐ(ib6020)
12歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●月夜の歩み 下弦の月が浮かぶ夜空。作物が吹かれるままに揺れて、風の通る様を教えてくれる。 「月に化けるアヤカシなあ。そらまた風情はありそうやが雅ではないわな。ほなそのお月見と行こうかいな」 天津疾也(ia0019)は飄々とした口調で言いながら、夜の道を歩いている。かざした刀で月の光を返しながら、その刀身を満足そうに眺めている。 「月は空で浮かんで静かに見るからいいんです。それにわざわざ擬態するのは無粋ですね」 長谷部 円秀(ib4529)は不快さも顕に吐き捨てる。せっかく美しい月を汚すような所業は、彼にとって容認し難いことなのだろう。 「全く、風流じゃない月もあった物ですね‥小さいだけましですけどね」 三笠 三四郎(ia0163)もまたうんざりとした口調で長谷部に同意する。 月を模しているとはいえ、ここらに出没するアヤカシならば、大きさも知れるというもの。恐らく人より僅かに大きいくらいに留まるものだろう。 ならば、幾らでもやりようはある。三笠はそのように考えていた。 「アヤカシが月を騙るのは、月の名がつく技を使う身として見逃せません」 コルリス・フェネストラ(ia9657)まで輪に加わり、アヤカシへの憤懣をぶちまける。その間も、目を闇に慣れさせておくのを忘れない。 遠方より敵を狙い打つ弓術師は、目の良さが攻撃の成否に直接影響する。戦いの夜となれば、こうした心遣いも忘れるわけにはいかない。 「悪い満月クンは成敗だ!」 わざわざ大見得を切って、後家鞘 彦六(ib5979)が叫ぶ。夜だというのに元気がよく、その声を聞いているだけで活力が分け与えられるような気になってしまう。 一方、鷲尾天斗(ia0371)は月を見上げ、些か微妙な表情をしていた。彼もまた月のアヤカシに対して思うところがあるようだった。 「まずは感知するのが肝要ですから、その辺で注意すべきでしょうかね」 早速ヘラルディア(ia0397)は周囲を見渡し、アヤカシの気配を走査する。瘴策結界の発動時に帯びる淡い発光は、隙間なく着付けられた胴衣や帽子によって遮られている。 これならば、こちらのことがアヤカシにばれてしまう心配は無い。 「つきには、もふらさまがいるらしい。こないだ、かいたくしゃのだれかが、いってたよ!」 大きな盾に身を隠しながら、籠月 ささぐ(ib6020)が言う。とはいえ別段、盾に隠れる意図があるわけではない。単に籠月の体が小さく、また盾が大身なだけである。 小さな体に大きな盾を大事そうに抱え、籠月は皆の後を懸命に追いかけていた。 ●偽月が降りる 襲われた村人の足跡を辿って、彼が開墾していたという畑に到着した。そこは半分ほどの土が盛り上がっているものの、もう半分は石が転がり、ここまで歩いてきた道と変わらぬ様子である。 これを一人で草を除け、土を起こすのは、相当に骨の折れる作業だろう。 開墾半ばの畑を眺めながら、籠月と三笠の二人は畦道を歩いている。 「つきが、きれいだねー」 「そうですねー」 二人して飄々と会話をしているが、実のところそうのんびりとした雰囲気ではない。既に彼ら二人の周囲だけ、浮き彫りにされたようにほの明るく照らし出されている。 早くも、アヤカシが現れているらしい。三笠は親指で小さく刀を押し上げ、僅かに刀身を出す。 鏡のように磨きぬかれた刀身が、背後の月をまざまざと映し出している。その姿を見て、迎え撃つ機会を窺う。 籠月もまた心得ているらしく、既に盾を抱え直している。 そんな二人の姿を、他の六人が固唾を呑んで窺っている。防御に優れた二人を囮にし、他の者達が奇襲を掛けるという作戦だ。 コルリスと後家鞘は矢を番え、いつでも放つことが出来るように備えている。それが命中すれば、他の四人が槍や刀で飛び掛り、一気に制圧する心積もりでいる。 六人が見守る中、囮の二人を包む光がにわかに白みを増していく。 やおら光が強まったと思われたそのとき、ぐわりと背後からの気配が強まった。 「くちー!! でかー!!」 籠月は振り向き様、掲げていた盾を思い切り突き出した。 「ゴギャアアア!」 体の半分以上を占めたアヤカシの口に、がっちりと盾がはまり込む。 「せやっ!」 同時して動いていた三笠は、抜刀しながらアヤカシの側面に回りこみ、横に刀を振り抜いた。 口を引き裂かれ、怯み様にアヤカシは盾を吐き出した。その衝撃で、籠月が吹き飛ばされてしまう。 「朧!」 そこへ風を切って迫る、夥しい数の矢。 コルリスと後家鞘によって放たれたそれは、過たずアヤカシの背に突き立った。 「さてッと、やりますかねェ!」 早くも飛び出していた鷲尾が槍を振るう。残像のように白い靄を伴いながら、矢が突き立ったのと同じ場所に穂先を命中させる。 鷲尾と僅かにタイミングをずらし、天津が切迫する。あえて遅れて入ることで波状的に攻撃し、反撃の隙を与えない。 「雷鳴剣!」 天津の喝と共に刀身が紫電を帯び、真上からアヤカシに向かって叩きつけられる。 「グヒャイイイイ!」 斬撃と雷撃を同時に食らい、アヤカシがたまらず呻いている。その間に、ヘラルディアは籠月の元へ駆け寄った。 「癒せ、閃癒」 突き飛ばされて出来た怪我が見る間に治り、籠月に元気が戻っていく。彼はすぐさま飛び出し、自分の体より大きな盾を見せ付けるように掲げた。 「あやかしちゃん、めっ! ひとを、おそうから、ひとに、おそわれちゃうんだよ! ――かいしんなさい!」 大身の盾を鈍器に見立て、飛び上がった勢いのまま痛烈に叩きつけた。 「グギャアアアア!」 丸々としたアヤカシの体が二度三度と地面を跳ね回り、やがてに木の幹にぶち当たると、そのまま動きを止めてしまった。 さて終わったかとばかりに皆が得物を仕舞いこむが、一向にアヤカシが瘴気を化して消え去る気配が無い。 漸う近づいて確かめようとしたとき、やおらアヤカシの体が起き上がった。 「ギヒイイ!」 体の半分を占める口を大きく開き、叫び上げながらアヤカシが浮かび上がる。それはすぐに、刀剣の類ではとても届かない高度に達してしまった。 このままでは取り逃がす。そう感じた三笠は、思い切り息を吸い上げ、それを吐き出した。 「ウオオオオオオ!」 渾身の咆哮。それがアヤカシに届き、上昇する動きが僅かに鈍る。 しかしアヤカシはそのままこちらを向くことなく、また上昇を開始してしまった。 アヤカシの取り逃がし、落ち込む者達を尻目に、まだあきらめていない者達が居た。 咆哮を食らって動きを鈍らせた僅かな間。その間だけで、彼らには十分だった。 狙いを定めるには、十分すぎるほどの時間だ。 「悪は栄えず、正義は侵されず、月は喰らう物に非ず、ただ見下ろす者なり!」 まず放たれたのは、後家鞘の矢であった。その狙いは過たず、アヤカシの口を直撃した。 「朧!」 続いて引き絞られたコルリスの矢が、アヤカシの体を貫いた。 射抜かれたアヤカシは徐々に高度を下げ、ついには落下と称して問題ない速度で地表に迫った。 その落下地点には、既に長谷部が備えていた。赤々とした飛沫を散らす刀を振りかぶり、落ちてくるアヤカシに、なお飛び上がって迫る。 「紅蓮紅葉!」 振りぬかれた刀が、まさにアヤカシを半月に断ち割り、アヤカシの体が瘴気の煙と化して、地表に落ちる前にその質量を無としてしまった。 本物の月の光を逃げるように、瘴気は風に煽られてどこへともなく消えていった。 |