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■オープニング本文 ●百足 朱藩北部に位置する山間地帯に、今日も燦々と日が差している。その光を背中に浴びながら、男達は岩肌を一心に切り崩していた。 その土砂は近くまで引かれた川の中に落とされ、土砂と砂鉄とに選り分けられる。 機械類や日用雑貨を製作することに長けた朱藩の工業集団にとって、その材料となる鉄などの確保は生命線である。 その一助を担っているのが、彼らのような山間に住み、砂鉄を掘り出す製鉄の民だった。 今日も絶好の仕事日和で、皆は体を汗みずくにしながら岩を削り、砂鉄を掘り出していた。 「う、うわああ!」 そんな折、より上流で作業していたと思われる男が、ひどく慌てた様子で川べりを走って下りてきた。 「おうい。何ぞ、あっただか?」 全力で走ってきたからか、問いかけられても応えられず、今にも張り裂けそうなほど上下する胸に手を当て、男は落ち着いて言葉を吐こうとしていた。 「む、むか……」 「向こうがどうしたと?」 男は首を振って否定する。向こうで何かあったわけでは無いのだろうか。 「むか、百足が、でげえ百足が!」 男の言葉を遮るように、大きな瀑布が吹き上がる。人の背より高く舞い上がった飛沫がぱちぱちと皆の体に当たり、それで自然と、彼らの視線は一点に注がれることとなった。 川の中に、ぬうっと大きな影が聳え立っている。きれいに黒光りする背。黄色くうねる腹から伸びる、無数の節足。そして何より、竜や蛇と見紛うほど長い体躯。 百足は音も無く、呆けた様子で眺めている内の一人を、横に開いた顎で挟み、腹の部分を一瞬で噛み砕いた。 男もまた声一つ上げず、上下に分かたれた体は、ぼちゃんと川の中へと沈んでいった。 砂鉄を選り分ける川が赤く染まって、ようやく皆は、今何をすべきなのかを理解した。 川上から下りてきた男と同じく、胸が張り裂けようとも走るべきだと、皆はきちんと分かっていた。 しかしそれを、百足は許さなかった。 川沿いに走る男達の後ろから、猛然と百足が迫る。節足の一つ一つが滑らかに地を蹴り、長い体が這い進む。人の足を上回る速さで。 百足は噛み付くでもなく、ただ単に、男達を押しのけ、踏みつけながら追い抜いていった。 牛車にぶつかるよりもひどい有様で、轢き殺された男達の体が積み重なる。 それを免れた二、三人が逃げてゆくが、百足は既に追う気は無くなったようで、今しがた動かなくなった男達に、するすると近づいていった。 そしてゆっくり、大きな顎を開いて、男達を頭から咀嚼していった。 ●村の危急 「大変じゃあ! 百足が、百足が出おった!」 命からがら逃げ延びた彼らは、急いで村の者達に、山間に現れた大きな百足のことを喚き散らした。 すぐさま村長が村人を集め、急ぎ集会を開き、そこで改めて、百足の顛末を語ることになった。 それを聞き、生存が絶望的な者の家族が、狂乱し、すすり泣き、取り乱してしまい、集会の妨げになるとして、一先ず各々の家へと戻ることになった。 残った者も一様に、ともすれば泣き出してしまいそうな顔をしていた。 「こらあ、ギルドに頼むがよかと」 村長が重々しく切り出し、他は悄然と頷くばかりだった。 「……そったがことをせんと、百足さまはお帰りあそばれるっちゃあ」 話を聞いていた最年長の老人が、場に似合わぬ暢気な調子で切り出した。 「長老さま、何か知っとうと!?」 百足がお帰りあそばれる。それはつまり、百足を退治できるということだ。 期待を込めて皆が長老の周りに集まり、彼は歳を経て億劫になった口をようやく開いた。 「三度唾を吐きて、鏃《やじり》に塗りて、左の目射らんとす。さすれば百足、たちまちに砕けき」 どこか歌う調子で、長老は言う。しかし村長は、そんな歌を聴きたかったわけではなった。 「そっただ歌を歌っとう場合ではなか! 急いでギルドば行って、開拓者の方々を連れてこう!」 村長は自ら数人の若者を伴い、急いで朱藩のギルドへと向かった。この村の危急を救ってくれるであろう、開拓者を連れてくるために。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
江崎・美鈴(ia0838)
17歳・女・泰
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
皇 刹那(ia9789)
19歳・男・弓
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ルティス・ブラウナー(ib2056)
17歳・女・騎
瞳 蒼華(ib2236)
13歳・女・吟
朱月(ib3328)
15歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●村に着けば 嗚咽が、その村には満ちていた。すんすんと鼻を啜り、悲鳴を押し隠す者もいれば、思いの丈を慟して哭す者もいた。 「大百足か。いーわねぇ、部下に出来たら無敵になれそーなのに」 泣女《なきめ》が溢れたような場を気にした風も無く、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は颯爽と進み行く。 「こりゃあ、けっこう堪えるね……」 江崎・美鈴(ia0838)は神妙な面持ちで、村人たちの声に耳を傾けていた。自分の家族がアヤカシに喰われたとなれば、その悲しみは推し量れるものではないだろう。 その頃、村長の家には、他の開拓者たちが作戦を立てるべく話を聞いていた。 「おじいさん。百足さんを倒す歌、ぜひ聞かせてほしいですの」 長老に一際強い声で、瞳 蒼華(ib2236)が語りかける。吟遊詩人としての勘からか、瞳にはどうしても長老の歌を看過することは出来なかった。 「三度唾を吐きて、鏃《やじり》に塗りて、左の目射らんとす。さすれば百足、たちまちに砕けき。ワシのじい様が、そのまたじい様より聞かされたっちゅう歌だき」 長老の口ずさんだフレーズを忘れぬよう、瞳は何度も反芻していた。 「そんな言い伝えがあるなら、昔にも出た事があるのか?」 皇 刹那(ia9789)も歌が気になるのか、長老に聞いてみる。 「いんや。そんただことたあ、聞いとらんなあ」 そうか、と残念そうに漏らし、皇は黙り込んだ。 歌の中にある鏃とは、そのまま矢のことを指すのだろう。それに唾を沢山付けて、百足の左目に刺せばいいのだろうか。 だとすれば、弓術師としての技量が問われることになる。皇はそう感じ、決意を固めて押し黙るほかなかった。 皆が村長の家から出ると、遺族と共に祈る鴇ノ宮と江崎の姿があった。 皆の姿が近づくのを察し、二人は立ち上がった。 「それじゃ、アタシに続きなさい!」 鴇ノ宮が先頭に立ち、彼らは大百足のいる山へと出発した。 「あら、忘れていましたわ」 上品に口を押さえ、ジークリンデ(ib0258)が忘れ物でも取りに行くように村の出口に走り寄ると、突如として道を阻む形で土の壁が競り上がった。 驚く村人を尻目に、壁の横からジークリンデがひょっこり顔を出す。 「では、行ってまいりますね」 そうして彼らは、アヤカシ退治へと出掛けた。 ●百足の山 「大きな百足と一戦交えるのかぁ……。虫はちょっと生理的に……」 朱月(ib3328)が憂鬱そうに呟くと、それに重なるため息が聞こえた。 「巨大な百足……、ですか。ちょっと、ぞっとしますね……」 ルティス・ブラウナー(ib2056)も虫は苦手なようで、あのわしゃわしゃ動く節足や、うねうね進む様子を思い浮かべるだけで、背筋に薄ら寒いものを感じる。 「私も、百足は得意ではありません」 彼らの付和して、メグレズ・ファウンテン(ia9696)が言う。 「しかし、アヤカシならば打ち倒すが、開拓者の生業。私はその盾たらんとするだけです」 控えめながら決然とした口調で、メグレスは自分に言い聞かせるように言った。その覚悟を聞き、ルティスは自分の持つ盾を掲げ見る。 「私も、皆さんを守れるよう、がんばります!」 「防御は任せますよ、メグレスにルティス」 三人が決意を新たにしたころ、岩場の向こうからジークリンデが歩み出てきた。 「罠も仕掛け終わりました。準備は万端ですわよ」 ジークリンデによる罠が仕掛け終われば、囮班の準備は完了である。あとは待ち伏せ班の位置取りが整うのを待ち、そこへ百足をおびき寄せるだけだ。 静かに佇む朱月の耳が、ピンと立って忙しく動き始める。 「どうやら、向こうの準備も整ったみたいだ」 黒狼の獣人にしてシノビである朱月が、聴覚の限りを尽くして周囲を探っている。彼の耳には、待ち伏せ班にいる瞳の『アヤカシの遠吠え』が微かながらに聞こえていた。それが聞こえたということは、待ち伏せの準備が整ったという合図である。 アヤカシにしか聞こえぬ特殊な音域であるため、集中しなければ聞き取れないが、黒狼の獣人ならばそれも可能である。 程なく、がりがりと岩を削るような耳障りな音が、彼ら四人の耳にも聞こえていた。それは最早朱月の耳を借りずとも、こちらに近づいているのが手の取るように分かった。 「あと五秒ほどで、見えてくるよ」 朱月に言われ、皆は固唾を呑み、心の中で覚悟を決めた。 約束の五秒ぴったりに、それは現れた。 岩場の影から平たい頭を迫り出し、頭の甲殻と同じ真っ黒な瞳で、辺りを睨《ね》め回している。 「ウオオオオオッ!」 メグレスが咆哮したと同時に、皆も岩場から飛び出した。 人間の声を聞いた大百足は、嬉しそうに左右の顎を開き、それを彼らに叩きつけた。砂塵が吹き上がる中、それよりさらに高く、朱月がふわりと大百足の頭を飛び越えた。 右手に持った短刀を逆手に握り、大百足の背に着地ざま、甲殻の隙間へ深々と突き入れた。 「よし!」 やはり睨んだ通り、甲殻の隙間は柔い。これならばやりようはある。 大百足との戦いにを感じ取った朱月は、短刀を引き抜いてすぐさま背の甲殻を蹴って飛び降りた。 「鬼さんこちら……ってね」 してやったりと跳ね回る朱月に続いて、他の三人が岩場を走る。あとの四人が待つ高台へと。 雄叫びの代わりに節足で地面を叩き、大百足が馬車のように突っ込んできた。 「させんッ」 他の囮の者たちを庇うように、メグレスは大百足の軌道上に立ちはだかった。 ここで退くわけにはいかない。ここで守らねば、盾を持つ意味が無い。 腕を十字に組んで固め、足を踏ん張る。その盾目掛けて、大百足がぶちかました。 長躯を誇るメグレスが、鞠のように宙へ投げ出された。 地面に叩きつけられる寸前に翻り、メグレスは何とか足で着地する。 大百足の突進は一時でも止めたものの、いちいち突き飛ばされては防御が成り立たない。しかし大百足はまた加速を付けて、こちらを轢き殺そうとしている。 身構えるメグレスの横に、もう一枚の盾が添えられた。 「私も、止めます!」 画然とした言い様で、ルティスがメグレスに寄り添った。 二枚の盾に牙がぶち当たり、二人が弾かれてゆく。だが、高々と投げ出されたわけではない。動きの止まった大百足に、ばね仕掛けの如くメグレスとルティスが飛び掛る。 牙を掻い潜り、その中へ刀と剣を刺し入れ、一気に振り抜けば、大百足の顎はざっくりと引き裂かれる。 痛みを感じるのか、大げさに暴れる大百足の頭が、白光の受けてのけぞってゆく。 「メグレスさん、ルティスさん、こちらです!」 ジークリンデの後に続いて、皆が待ち伏せ班のいる高台を目指す。ここからは彼女の先導がなければ、危険すぎて歩けるものではない。 固まって走る四人へ、懲りずに大百足が迫ってくる。 猛然と突進する大百足の鼻先で、白い塊が爆裂した。溢れ出る吹雪が大百足の背といわず足といわず纏わりつき、音を立てて霜が立っていく。 事前に設置されていたフロストマインの範囲に上手く引き込まれた大百足は、そのまま億劫そうに這いずる。 一瞬、この機に仕掛けるべきか迷った三人に向けて、ジークリンデが強い声で諌める。 「長くは持ちません。早く合流しましょう」 あと少しで待ち伏せ班と合流できる。本格的に仕掛けるのは、そのときにすべきだろう。 氷結に苦しむ大百足を尻目に、四人は高台へと向かった。 ●百足現る 「……聞こえます。アヤカシが、来ています」 アヤカシの咆哮を歌って以後、瞳は瞑目したまま、静かに耳を傾けていた。 何かが蠢く音に、剣戟の音などが混じってきた。既に囮班が交戦しているのだろう。 皇は弓の張りなどを確認しながら、大百足の到来に備えていた。 鏃の尖り具合を確認したところ、ふと長老の歌が過ぎり、じっと見入ってしまう。果たしてこの鏃を嘗め回したところで、大百足を砕く力となり得るのだろうか。 「めちゃくちゃでかいムカデだな。気色悪!」 ようやく現れた大百足を見て、江崎が大声を上げた。確かに巨大な百足が這い回る様など、見ていて気持ちのいいものではないだろう。 そう叫んだのもつかの間、江崎は高台から下の岩場へと飛び降りた。 「とりゃああ!」 その勢いのまま、気を漲らせた拳を大百足の頭に叩きつけた。 「堅いな!」 江崎の拳でも打ち抜けず、頭を蹴って一旦距離を取る。唸りを上げて江崎を追う大百足に、ジークリンデのアークブラストや皇の即射が動きを止める。 「メグレス、ルティス。こっち来て!」 その間に、鴇ノ宮は大百足のぶちかましを正面から受け止めた二人の傷を癒していた。 閃癒によって治った拳を握り、二人は感触を確かめる。 「どう? 行けそう?」 「二人掛かりなら、まだ止められます。ね、メグレスさん」 「はい。問題ありません」 二人は強く頷いた時、鴇ノ宮が突如掌をかざし、彼女らの頭上目掛けて稲妻を打ち放った。 後ろで響く炸裂音に驚いて振り向くと、そこには大百足の尻尾が打ち落とされていた。 「このアタシが全面支援なんて、贅沢が過ぎるんじゃない?」 高飛車そうな薄い笑みを湛え、鴇ノ宮は二人が飛び出していくのを見送った。 「えいッ、えいッ」 大百足の攻撃を受けぬよう、武勇の曲をリュートで奏でながら、瞳は遠巻きから隙を見て焙烙球を投げつける。 体が大きいため、どこに投げても大百足には届いていたが、足止めにしかならず、それは致命傷には程遠かった。 (それでも、がんばるんです!) 効いていないと言うことはない。努めて自分にそう言い聞かせ、瞳は歌の音量をさらに高める。皆の奮迅を讃え、さらなる武運を祈り上げる。 ●鏃に塗りて その戦いは、消耗戦の様相を呈してきた。高台から全体を俯瞰している皇には、それがよく理解できていた。 大百足の耐久力は、その体の通りに膨大なものであるらしく、さんざ甲殻の隙間を斬られ、魔法を打ち込まれようとも、怯む様子を見せない。 (やはり、試さねばならんのか) 覚悟を決め、皇は長老の歌を反芻する。そして徐に、鏃の先を咥え込んだ。 (三度唾を吐きて、鏃《やじり》に塗りて、左の目射らんとす。さすれば百足、たちまちに砕けき) この際、何でもいい。歌であろうと昔話であろうと、乗ってやる。 勝負は一瞬。射るは一矢。鏃から滴る唾が無くならない内に、中《あ》ててみせる。 ジークリンデと鴇ノ宮のアークブラストが一点に集中し、堪らず大百足の顎が上がる。 射角は十全。距離も完璧。あとは己の体を正し、一心を矢に託して放つ。 声も上げず、身も震わせず、皇はただ矢を見送った。それは彼の想像通り、大百足の円らな左の眼へと、吸い込まれていった。 眼に高々と突き立った矢を見て、皇はようやく拳を握り締めた。 「今だ、とどめを!」 泰拳士としての嗅覚で勝機を鋭く嗅ぎ分けた江崎が、大百足の腹の下に潜り込み、強かに突き上げた。 これまで体勢など崩さなかった大百足が、無様な仰向けになり、ごろりとその巨体を岩場に転がした。 とどめとばかりに皆が大百足の腹に乗り、思うが侭、技の限りを放出する。 逆手に握った短刀を、朱月がその刃区まで深く突き刺し、大きく切り抉る。 「焔陰!」 叫び上げたメグレスの刀が炎に巻かれる。それを腹の上に、大上段から叩きつけた。 大百足の体が爆発したように消失し、どたどたと暴れる間に真っ二つに千切れ飛んでしまった。 ジークリンデと鴇ノ宮は示し合わせたように大百足の頭に立ち、ゆっくりとした所作で掌を下へ向けた。 「「アークブラストッ!」」 二重の稲妻が、大百足の頭部を跡形も無く消し飛ばした。 ●百足の跡 頭の失せた百足が動かなくなるまで、たっぷり一刻は待ち続けた。 「それじゃ、このアヤカシに殺された人達の遺品でも、探しに行きましょうか」 鴇ノ宮が威勢良く言い、皆を連れて川の方へと向かった。砂鉄堀りで使われる川には、もしかすれば大百足に食べられてしまった村人の、遺品となるものがあるかもしれない。 大百足の退治の報告もせねばと向かう彼らの耳に、ほろりと優しげな音色が聞こえる。 瞳がイーグルリュートを掻き鳴らし、鎮魂を願う歌が、浩々とした岩の原に沁み込んでゆく。 亡くなった人の魂が、鎮まるように。残された人に、再び笑顔が戻るように。 |