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■オープニング本文 ●赤い花 その日、武天の外れにある村は、珍しく活気に溢れていた。 今日はめでたい祭りの日。皆は早々に仕事を切り上げ、甲斐甲斐しく宴の準備を進めている。 子供は元気に広場を走り回り、大人は飾り立てやら何やらと、忙しく入り乱れている。 「では村長、入って参ります」 「おう。大事な行事だからな。頼んだぞ」 村の若衆が連れ立って山に入るのを、村長以下村人たちが見送っていく。 これから彼らは、祭りにおいて重要なものを取りに行く。この村の近くの山では、真っ赤な花が咲くシダが自生している。その燃えるような可憐な花が咲くことを記念して、村ではシダの花を採って祝うのだ。 一年に一度行なわれるこの行事を幾度も経験している年配の村人は、シダが多く自生している場所も分かっていたので、山道を苦も無く登っていた。 あと少し登れば、鬱蒼と茂るシダの上にばら撒かれた赤い花の群れを見ることが出来る。 あの風景は、幾度見ようとも飽きが来ない。一年という期間を置いているのも良いのだろうが、何よりあの深く苦々しい緑の葉の上に乗る、燃え果ててしまいそうに鮮やかな紅の陰影が、目に焼きついて離れない。 早く、早くあれを見たい。そう思えば、険しい山の道行きなど苦にはならない。 それほどまでに人を魅了するシダの赤い花は、だからこそ恐ろしい言い伝えが存在する。 曰く、シダの赤い花の美しさには人だけでなく、人ならざる怪物も魅了される。花に魅入られた怪物は、その花を独り占めするために、大声を上げて近づくものを威嚇し、それでも来るものを取って食らうのだと言う。 だが生憎、もう十数年もシダの花を採りに行っている村人だったが、そんな怪物なんぞにはとんとお目にかかったことがない。 その美しさに恐れを抱き、そのような考えを生み出したのだろう。確かにあの岩場にひっそりと、それでいてびっしりと繁茂する様は、何者かが守り隠してきたのではないかと思っても仕方の無いことだろう。 「そろそろ着くぞ。あと少しだ」 他の村人が山道に嫌気が差していたところを励まし、シダが自生する岩場を指で示す。 一年前と同じく、鮮烈なほどに赤い花が、そこに佇んでいた。まるでここだけ時間が止まってしまったかのように、それは密やかに咲き誇っている。 あとは皆で手分けして花を摘み、村に戻れば仕事は終わりだ。 かごを開き、一つの花を摘み取ったとき、彼らの耳元で劈くような音声が鳴り響いた。 最初は鴉か何かが樹上で泣いているのかと思ったが、よもやその程度の音量ではない。腹を底から揺さぶり、不安を掻き立てて溢れ出してしまいそうな、心の平衡が支障をきたしそうな声だ。 一様に花を摘む手を止め、どこともなく視線を泳がせる。しかしその声の主は一向に姿を見せない。 「も、もう十分だな。早く帰ろう」 覚束ない手で最後の花を摘んだとき、村人の体がするりと持ち上げられた。 「へ?」 持ち上げられた当人も、他の皆も、呆気に取られたまま、赤い花弁がばらりとはだける。 それはまるで口のように、村人の体を包み込んでしまった。 一瞬の出来事に声も上げあれず、身じろぎ一つ出来ず、村人たちはシダの原にしゃがみ込みながら、人一人が立ち上がった花に飲み込まれる様を、呆けながら眺めていた。 シダの葉が複雑に絡み合い、まるで人の体のように立ち上がっている。しかしその頭に当たる部分には、巨大な赤の花が据えられている。 「イギイイイイイッ!」 花弁の中央から放たれた劈きを受けて、ようやく村人たちは、自分たちの置かれた状況を理解した。 花を入れたかごを振り払い、険しい山道を脇目も振らずに下っていった。背後から聞こえる嘶きに背中を撫ぜられながら、形振り構わない下山だった。 ●シダの怪物 「何やら急ぎの用だそうです。早めに出していただかないと困るんですがねえ」 軽く額に手を当てながら、開拓者ギルドで受付を務める青年は呟いた。 「祭りに必要な花を採って来る。しかしそこにはアヤカシがいると、そういうことだそうです」 言葉で言えば呆気ないのだが、事はそれほど簡単ではない。既に村人を一人食らっている、凶暴なアヤカシである。 「場所は分かっていますから、十分な準備で迎え撃てますね。しかし何が起こるか分かりませんから、用心してください」 青年からの労いを受け、開拓者たちは村へ向かってみることにした。 |
■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
和奏(ia8807)
17歳・男・志
国乃木 めい(ib0352)
80歳・女・巫
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
央 由樹(ib2477)
25歳・男・シ
レビィ・JS(ib2821)
22歳・女・泰
月見里 神楽(ib3178)
12歳・女・泰
鬼灯 刹那(ib4289)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●花咲く時 村に満ちていた喧騒から離れ、開拓者の一団は、さっそくアヤカシが出没したと言うシダの花畑へと向かうことにした。 成人の男でも難儀するであろう険しい山道を、篠田 紅雪(ia0704)はさも軽々と、あまつさえ煙草なんぞを吹かしながら登攀していた。 「おや、お主らも来ていたのか……」 言い差し目線を向けると、そこには彼女の知己である成田 光紀(ib1846)が、同じく煙草を燻らせての登山を満喫していた。 その後に続くのは、同じく知り合いの央 由樹(ib2477)だった。こちらは身軽な忍び装束。何となれば成田を追い越していけそうなほどに足腰は軽いが、急ぐ道ではないことを弁えている。 「シダに花が咲くとは、寡聞にして存じ上げませんでした。一体どんな花なのでしょうか?」 誰とも無く呟いたのは、和奏(ia8807)。これよりげに恐ろしきアヤカシ退治だというのに構えたところなく、飄々と世間話に興じていた。 かといってその腰に佩く刀が紛い物であるはずもなく、まさに鞘の中へ収まる刃の如く、アヤカシへの闘争心を押し忍んでいる。 無論、それは大なり小なり、他の者にも言えるだろう。 「綺麗な花だったら、少し貰っていこうかしら」 鬼灯 刹那(ib4289)が期待を膨らませながらに言うと、月見里 神楽(ib3178)も思いは同じだったらしく、猫のように滑らかな身のこなしで近づいてきた。 「どうやら赤い花らしいですよー。楽しみです。早く見たいですー」 ころころと楽しそうに首を揺すり、月見里は隊の先頭を歩き始めた。 レビィ・JS(ib2821)は思案げに月見里の言葉を反芻した。 「赤い花。私も、師匠にあげる分を取っとこうかな……」 皆が花を貰っていく算段をつけているので、レビィもそうすることにした。とはいっても、それほど多くは要らない。自分の世話になった師匠ただ一人に届けられれば、事は足りる。 皆に遅れて歩く老女、国乃木 めい(ib0352)は、他の若い開拓者に無理をして付いていこうとせず、遅くも早くもない足で着実に登っていた。 見れば水筒の他に、何やら綿を敷き詰めた籠らしきものを携えている。どうやらこれなる籠に摘んだ花を入れて水を差し、傷みの少ないうちに村へ届けようという思慮らしい。 アヤカシも退治せねばならないが、そればかりではなく、村の祭りに大切な花への細やかな配慮は、なるほど年の功と言える。 「ここより先は、一本道となっております。それでは、ご武運を」 適当なところまで案内してくれた村人が引き返していく。開拓者ではない彼らを、アヤカシが現れると分かっている場所の近くに控えさせておくのは、いかにも拙い。 そのため、案内が必要ないであろう地点まで導いてもらい、そこから先は危険なため引き返してもらった。 道はここまで至ってようやく傾斜を緩め、山というよりは森林と称すべき様相である。黒々とした葉を透かす木漏れ日が、人の手の入らない剥き出しの自然をちらちらと浮かび上がらせる。 「おや、あの辺りでしょうかね?」 最後尾を歩いていた国乃木がのんびりと指差した先には、人目どころか山の獣、さらには他の木々さえも憚るようにひっそりと、清水に塗れた岩場に繁茂するシダの群れが見えた。 漸うそこに辿りついた彼らは、一様に言葉を失った様子でしばらく佇んでいた。 「これは……すごいね。言葉が浮かばないよ」 元も子もないレビィの言い様だが、誰一人として彼女に反証する口を持たなかった。 ぬらぬらと、てかてかと、湿り気を湛えて岩にしがみつくシダは、まるで緑色の粘液をそこにぶちまけたような瑞々しさを有している。 今にも葉が蕩け、滴る水と共に流れ出してしまいそうだ。 その儚い緑の上には、ぎらりときつい紅の斑点が浮かんでいる。それは同時に、葉にも劣らぬ瑞々しさがあり、罷り間違ってここら辺の岩に刃を突き立てれば、同じような色が洩れ出てくれそうな錯覚を催す。 葉の緑が目にも鮮やかなら、花の赤は、目に毒と言うべきだろう。蠱惑的に視線を誘い、濃密な赤色で釘付けにする。 なるほどこの美しい花を見つけては、欣喜雀躍するのも無理はない。そして只この花のためだけに祝い事を催すのも、人として自然な感性と言える。 「さすがに、此処で火を用いるわけにはいくまいな」 さらりと軽口を吐き、まずは一歩。篠田が花畑に足を入れる。濡れる岩場に足を取られぬよう、そしてシダをなるべく傷つけぬよう、慎重に歩を進める。 「お待ちなさいな。少し探りますので」 先に向かおうとする篠田を嗜め、国乃木が先頭に向かう。その体は木漏れ日の中にあって、一層淡い光を放っている。 『瘴策結界』を発動しているのだろう。そのまま国乃木は岩場の外縁をなぞるように、ゆっくりと歩を進めていく。 広範囲の策敵を行えるのが国乃木だけとあっては、戦いの先手を取れるかは彼女に掛かっている。 そうして八人はぐるぐると、岩場を回って練り歩くことにした。 一先ず花畑の美しさを思考の外に置き、自身の周囲に気を配る。この花畑に、人を食らうアヤカシがいる。そう思えばこそ、張り詰めた行軍を続ける。 先頭を歩く国乃木が、ぴたりと歩を止める。その瞬間、一同の間に緊張が走り抜ける。 国乃木の体の発光は未だ止まない。正にこの瞬間、アヤカシが放つ僅かな瘴気を探っているのだろう。 国乃木が音もなく、するりと指を差した。皆は釣られて、その先を見据える。 皆の視線の先には、少しばかり育ちの良いだけの、何の変哲も無いシダの赤い花が咲き誇っていた。 そう。何ら不可思議なところの無いただの赤い花が、血の滑りを宿した花の群れにあって、不自然に浮かび上がる。凡庸であるが故に、非凡の中でむしろ目を引く。 最早疑う余地は無い。他の赤い花の持つ毒々しい魅力を有さないものこそ、この花畑においての異物。 すなわち、アヤカシ。 兵の常として拙速を尊び、各々が得意の構えを取る。この先手に最大戦力を叩き込み、反撃の余地も与えずに撃滅する。 まずは遠距離からの攻防を旨とする成田が、その手に持った笏の先で式を顕す。 たちまち生み出された蜻蛉たちは、成田の下知を受けて一際大きな花へと殺到した。擲箭よろしく飛びかかった蜻蛉たちが、炸薬の如き明滅と爆音を上げて花を攻める。 数え十匹は突貫したところで、思惑の通りだろうか。満開を誇っていた花弁がさらに捲れ上がり、シダの葉が寄り集まって盛り上がる。 「イギイイイイアアアアアアッッッ!」 震える花弁が、金物を矢鱈に打ち鳴らすような音響を吐き散らす。もはや凡庸な花の一つではない。毒のように惑わすことはせずとも、それは人を裂きて食らう怪物である。 「やかましいな。これは堪らん」 もう仕事は終わったとばかりに笏を仕舞い、耳を塞ぎながら呟いた。その周りには、策敵に専念していた国乃木以外見当たらない。 後の六人は既に、シダの怪物を取り囲んでいた。 「……さて。どこが急所なんやろな……っと」 口は長閑に、しかし手は疾く。霞むほどの手捌きでクナイを抜き放ち、とりあえず急所とおぼしき頭のような赤い花弁に集中して打剣する。 一つ、二つ、三つと、立て続けに刺さるクナイが、アヤカシを大きく仰け反らせる。 その間にレビィと月見里の秦拳士二人は、目まぐるしい交錯を維持しながらアヤカシの脚を言わず腹と言わず、拳や蹴りを見舞っていく。 高速での移動を可能とする瞬脚の技術をこれほどの近間で、それも二人同時に運用されては、さしものアヤカシとて容易に捕えられるものではない。 面白いように拳打の雨を食らい、動きを鈍らせたアヤカシに、優しげですらある木漏れ日をぎらりと照り返す白刃が向けられる。 「これは草刈鎌じゃないのだけど」 あまつさえくすりと笑みを漏らし、鬼灯はくるりと鎌を弄ぶ。彼女の手を中心に周回を描く曲刃が、その間隔を徐々に狭め、円弧を如実に顕してゆく。 間違っても他の花を刈らぬように高く掲げ、もはや巨大な円刃へと姿を変えた鎌が、鬼灯と共にアヤカシへ近づく。 二人の秦拳士がへ猛然と進み入る。高速で旋転する刃を持ちながら、鬼灯に何ら配慮らしきものは見られない。もしくはしているのかもしれないが、あるいは――。 この程度の仕儀、申し合わせる必要も無し。そう断じたのだろうか。 交錯する二つの影を縫って、旋回する鎌がアヤカシを斬りつける。否、削ぎ飛ばす。接触した箇所の、肉に当たるであろうシダの葉をごっそりと削いで切断している。 たちどころに両の脚に当たる部分を失ったアヤカシが倒れるも、器用に腕だけで身を立てる。 而して、その赤い花弁が、太刀打ちにはもってこいの位置まで低まっている。 彼我に差は無し。さすれば急所は目の前。 眼前に――顔も定かならぬ相手だが――和奏。背後に篠田。互いに抜き払った刀を上段、あるいは下段に置き、アヤカシを挟んで向かい合っている。 和奏の担ぎ面。篠田の脇構え。何れも重心を前に置き、一足にて太刀を振るう用意は万全である。 「イギッ……」 僅かながら花弁が震え、耳に痛い音響が発せられる刹那、二人は申し合わせたように間合いを詰める。 元より一足一刀の間。花を震わせ、音が届くより以前に、既に斬撃は放たれている。 上段からの斬り下ろしと、下段からの斬り上げが、アヤカシの胸部で絶妙に交差する。 二条の袈裟懸けが綾を紡ぎ、ぞぶりと緑の粘液がアヤカシから漏れ出る。 文字通り四散の有様で、シダを模した怪物が撒き散らされた。 ●花摘みの時 アヤカシの残骸が瘴気となって大気に溶けるのを確認し、開拓者たちは残心を済ませて得物をしまいこんだ。 最後に国乃木が策敵を行い、さらなるアヤカシ到来の危険が無いことを確認した。 そうなれば、やることは一つである。 「それじゃ、お花を摘みましょう!」 「そうしよ、そうしよ!」 花摘みを楽しみしていた月見里とレビィは、我先にと籠を抱いて赤い花畑に向かった。 「あなたは摘まないのかしら?」 自分の少しは摘んでおこうとした鬼灯が、赤い花に背を向けて歩く篠田を呼び止めた。 「ああ。任せる」 篠田はそう言ったきり、岩場に腰を据えて傍観の体を決め込んだ。確かにあの二人の張り切りようは、他の者の分まで摘んでしまいそうな勢いである。 あの楽しげな輪に入るよりは、眺めているほうがよいのだという、彼女なりの配慮だろう。 その隣に、成田がふわりと腰を下ろす。 「おや、帰らないのかい?」 冗談めかした篠田の言い様に、成田は肩を竦める。 「花を届けるまでが依頼だろう。ならば、荷物持ちくらいはさせてもらうさ」 帰るのは、それからでいい。言って成田は、眩しそうに細めた目を、赤い花畑に向け直した。 「ははっ。これは、間近で見ればなおのこと赤いですね」 シダの花を珍しがっていた和奏も、国乃木や鬼灯まで加わり、 「なるべく大きくて立派な花……のほうがええんかいな?」 いまいち要領の分からない央も交え、花摘みは宴もたけなわとなっていた。 |