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■オープニング本文 お隠れ遊ばれたること ●現れること 樹間を渡る風に逆らわず、ほろほろと武天のとある道辻に弦楽の音が靡く。 朗々と紡がれる昔語りに、大家の意匠は見る影も無い。さりとて漠然たる郷愁の念は抑え難く、いつしか澎湃と湧き上がるのは、過日の情景ばかりであった。 畑仕事を終えた村人は、林中の何処より届く歌声に粛々と聞き入っていた。 程なくして演奏が途絶え、はたと村人が気を持ち直したとき、草むらから一人の女性が飛び出してきた。 最初に村人は、その人は麦を背負うているのだと思った。しかしよくよく見れば、それは毛髪であった。 麦穂も斯くやという金髪は、その女性が明らかに由来を、遠くジルベリアに持つことを表していた。 なるほど今時は、かの国との交流は盛んになるばかりと聞いてはいた。だが、このような田舎でそれを目にすることは、村人にとって思慮の外であった。 「もし、そこの方……」 その声を聞いてようやく村人は、先ほどの歌声が彼女により生み出されたものだと思い至った。 「加旦《かたん》という人を尋ねてきたのですが、ご存知ありませんか?」 加旦という名は、村人にとって馴染みのものだった。 「村長なら、この先の村にいるよ。俺もそこへ帰るんだ。良ければ案内しよう」 「お手数をお掛けします。よろしくお願いします」 彼女――フィラ・ボルジェバルド(iz0167)はにこりと笑い、深々と礼を拝した。 ●語らうこと 「ワシの話を聞きたいとは。変わったご客人じゃのう」 そう言いつつも加旦は、にこやかに茶をフィラに薦めた。 「この辺りの昔話にお詳しいと聞きましたもので、お尋ねした次第です」 上品に茶を啜り、口を濡らしてからフィラは言う。 「学者さんかえ?」 加旦の問いに、ゆるゆるとフィラは首を振った。 「詩を吟じるのを生業としています」 そうかいと加旦は頷き、「では、何から話そうか」と問うた。 「お任せいたします」 間髪入れず、フィラは答える。毅然と加旦を注視し、落ち着きを払って静かに座している。 「まんずこの近くの山に、恐ろしい神さんが住んでおったとよ。人を取っては食らい、獣さえ貪る、それはそれは荒々しい神さんじゃったそうな。 しかしそれを見かねた山の神さんは、その荒神さんを懲らしめ、とうとう荒神さんはお隠れあそばれてしもうた」 ほうと息をつき、加旦の口が途絶えた。 「終わり、でしょうか?」 「いんや。続くでよ」 やんわり訊ねたフィラに対して、きゅうっとしわがれた頬を引きつらせて見せる。 「じゃが、隠れてしまわれた荒神さんは、姿が見えないことをいいことに、さらに悪さを重ねるようになってしもうた。 事の責を感じた山の神さんは、村に託宣をくださったそうな……」 そこでまた区切り、今度は歌でも諳んじるような調子に変わり、加旦は続けた。 「その御姿、見ゆること能わず。 村人、皆々籠もりて已まん。 灯《あかり》点すべからざること。声上げざること。音立てざること。 さすれば諸々、見ゆること能わず」 押し黙っているように見えたフィラだったが、先程の加旦の言葉を小さく反芻していた。 そして少しだけ息を吐いてから、切り出した。 「村人が、神隠しに逢われたのですね」 「そう聞いておる。しかして託宣の通りにしたことで、荒神さんは村人を見つけられず、何処かへとまたお隠れになられたそうな」 一息ついて茶を啜り、加旦は深く嘆息した。 「ようけ喋ったのう。しんどいわい」 「貴重な昔話をお聞かせいただいて、ありがとうございます」 「こんなんで良かったのけ?」 「はい。とても参考になりました」 「参考とな?」 フィラはもう一度、はい、と頷き、「詩の参考にします。私、吟遊詩人ですから」と嘯いた。 ●遊ばれること そうして二人は夜が更けるまで語らい、フィラは昔話を聞かせてもらうたび、懇ろに礼を言った。 そのとき、何やら近くで地響きが起きたような、くぐもった揺れを二人して感じ取った。 「何事かのう?」 すくと加旦が立とうとしたとき、家の戸が思い切り開け放たれた。 「村長! ご客人! 大変じゃあ!」 すわ何事かと、二人は呼びに来た若者の後に付いて走り出した。 程なくして着いたのは、村のすぐ傍にある林だった。本来鬱蒼としているはずの木々が、何やら強い力で薙ぎ払われたようだった。 強風によって木が倒れることは在り得るが、それにしては局所的で、あまりに無残な砕けけようだった。 「俺達が駆けつけたときには、もうこんなんじゃった」 若者が説明すると、加旦はぐっと顔を顰めた。 「こりゃあ、もしや……」 「荒神さんじゃあ」 加旦の言葉を継ぐように、誰ともなく呟く。そしてそれは輪唱のように広がり、濛々と場に立ち込めてゆく。 「村長!」 その合唱を断ち切るように、何やら喜び勇んでいるのを、押して隠すように、力強い声が鳴り響いた。 「ご客人、如何した?」 フィラは背を正し、加旦と正面から向き合うようにしてから言った。 「この件、私に任せてきただけませんか?」 途端、訝しむ雰囲気が漂うが、そんなことに頓着せずフィラは続ける。 「皆さんは荒神と仰いますが、私、これはアヤカシの仕業と見えてならないのです。ここは、開拓者の方をお呼びするのが良いかと」 己の発言に全く憚ることをせず、毅然と言い放つ。 「しかし、こんな田舎に開拓者の方なんぞが来てくれるだか?」 「ご安心くださいまし。必ず来ますわ」 村人の不安も斟酌する様子もなく、「私も、開拓者ですから」と続けた。 鈴の転がすように済んだ声音に、自信も付与させた上で放たれたそれは、村人が口を噤むのに十分な力を有していた。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
斑鳩(ia1002)
19歳・女・巫
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
音羽 羽風(ib1623)
15歳・男・弓
狸毬(ib3210)
16歳・女・シ
王 娘(ib4017)
13歳・女・泰
高瀬 凛(ib4282)
19歳・女・志
ライア(ib4543)
19歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●鳴子を付けること からん、ころん、からん、ころん。 小気味良い音を立てながら、趙 彩虹(ia8292)が村を練り歩く。荒縄に仕込んだ鉄と木板が、彼女の肩に揺られて鳴る度、音に釣られて子供がわいわいと寄り来る 「やめてー、いたずらしないでよー」 諌めても子供は話を聞かず、縄を引っ張ったり揺らしたりすることに余念が無い。 「あはは、大人気だねー」 一緒に鳴子設置を手伝う狸毬(ib3210)は、その様を見て大いに笑う。こちらはむしろ尻尾を振り振り、自分から子供達を引き寄せてあやしていた。 その様を少し離れて、斑鳩(ia1002)が優しく見守っている。そうして鳴子を取り付けている間も、瘴索結界を緩めず張っていた。 今のところ、引っかかる何かは感じられない。実際、依頼を鑑みるに夜行性と思われるが、油断は禁物である。 高瀬 凛(ib4282)もまた心眼を用い、鳴子を付けつつ林の方を注視していた。 「アヤカシがどこまで考えているか知らんが・・・・・・民草を虐げる者であるならば討つまでだ」 すげなく言い捨て、着々とライア(ib4543)は鳴子を設置していく。その合間に休みがてら、小さな袋を頻りに剣の柄で叩いていた。 聞くに敵となるアヤカシは、人の目には映らないかもしれないという。ならばとライアが考案したのは、白墨を砕いた粉をぶつけて視覚化しようという試みだ。 鳴子に加えて白墨の粉を用意し、彼女らはアヤカシ討伐の準備を整えていた。 ●調べること 「こちらでございます」 甲斐甲斐しくアヤカシの現れたであろう現場に開拓者を連れていったのは、同じ開拓者であるフィラ・ボルジェバルド(iz0167)である。 王 娘(ib4017)は案内された現場で、砕けて倒れた木の傍らに座り、その破断面を指でなぞる。その鋭さに、ちくりと指先が痛む。 これが一度、村人に向けられればひとたまりもない。被害を出さないためにも、村人には事が済むまで託宣の通りにしてもらい、家の中でおとなしくしてもらうのがいいだろうと彼女は考えていた。。 音羽 羽風(ib1623)もまた現場を眺め、フィラや村長と言葉を交わしながら、倒れた木々を観察していた。 その三人から離れたところ、酒々井 統真(ia0893)は一人で林の中にいた。 正確には、アヤカシが倒した木々が元々あった、林と村の際の辺りだった。そこに残る木を見上げたまま、静かに佇んでいる。 彼の頭上高くに、剥き出しになった白木が見える。 それは恐らく、アヤカシの破壊の爪痕だろう。荒々しい破壊痕から想像される体躯は、彼の頭を優に越え、人家に匹敵するものと見て相違ない。 酒々井はきゅうっと、口の端を釣り上げる。 「木をなぎ倒すくらいなら、力自慢だろうが・・・・・・、こっちにも力にはちょいと覚えがああるからな。掴みかかって、力比べといかせてもらう」 欣快らしきものを滲ませながら、酒々井は踵を返して村の方へと歩きだした。 ●待つこと ほろり、ほろりと紡がれる弦楽は、舞い上がる火の粉に似て、風に煽られながら吹き渡る。 フィラが琴弾く音に合わせ、ゆらゆらと何かが蠢いている。時折、松明の光で浮かびあがるのは、斑鳩による神楽舞『武』である。 依頼の完遂を祈り、験を担げとばかりに音を鳴らして踊り回る。他の開拓者も、二人を囲んで囃し立てている。 無論それは、ただただ村人の安眠を妨げるためのものではない。村に伝わる昔語りに則り、殊更に音を鳴らしてアヤカシをおびき寄せ、早々に決着を付ける算段である。 そして神楽舞『武』を以って、精霊の助けを見聞きする者に与える。 その間、何かしらの音を鳴らし、討伐が済むまで村人には灯りを落とし、家に篭もり、音を立てぬように言い含めてある。彼らが巻き込まれる可能性は、出来うる限り低めてある。 フィラの楽と斑鳩の舞は、互いに競い合うように玄妙の度を高めてゆく。 ジルベリアのハープを用いながら、その響きには確かに天儀の風合いを有している。だからこそ斑鳩も、存分に神楽舞を披露することが出来る。 夜半を回っても、まだアヤカシは現れる様子はなく、フィラと斑鳩は次の舞楽に移ろうとしたところ、それとは異なる音を皆が聞き咎めた。 がららん、がららん。けたたましく響いたのは、木板が打ち鳴らされた音である。 先ほどまで神楽を見物していた皆が、一目散に音の方へと駆け出した。開拓者として鍛え抜かれた感覚が、すぐさま戦闘のそれへと切り替わる。 王、酒々井ら秦拳士が籠手を装着し、趙が携えていた棍棒を持ち、高木とライアが刀剣を抜き払う。 さらに狸毬が苦無と忍刀を諸手に持ち、音羽が弓を携える。 「ふっふっふ……狸って意外と夜目が利くんだよー」 皆に先んじて、狸毬が敏捷な体捌きで苦無を投げ放つ。超越感覚によって研ぎ澄まされた聴覚で見当をつけ、アヤカシの居るであろう場所を狙う。 さらに音羽が矢を番え、速射を試みる。苦無と矢が相属し、さながら蛇の如く連なる。 何本かが過ぎ去り、後の何本かが弾かれ、あるいは刺さる。中空に保持された矢、あるいは苦無は、見えざるアヤカシの確かな印である。 瞠目する間もあればこそ、酒々井、王、趙らがまっすぐに飛び出した。 酒々井は諸手を大いに広げ、敢然と立ち向かう。文字通り、力を比べようという覚悟だろう。 闇に向かって突貫した酒々井が何かの壁にぶつかり、不自然なまでに停止する。 「ぬ、ぐぐ……」 頭上を遥か仰ぐであろう巨体が、例え姿は見えずとも、触れている手、体から、ひしひしとその力が伝わってくる。 頑として揺らぎない、巌のような量感である。その崩し難きを知り、なお酒々井は挑まんとして退くことを知らない。 「趙家棍術我流絶招、『虎吼迅雷』!」 そこへ趙の棍が唸りを上げて、アヤカシを打ち付ける。 俊足から繰り出される突撃――百虎箭疾歩から、白き気を纏わせて対象を粉砕する極地虎狼閣へと繋ぐ連環の絶技が、見えざるアヤカシの体を悉く打ちのめす。 また異なる方からは、王の空気撃が炸裂する。 既にこれまでの攻防で、アヤカシの風体はおよそのところ見当は付いている。ならばその体勢を崩し、崩れ落とすことは可能である。 「被害は出させない……ここで止める……!」 さらに追い討ちの骨法起承拳が、アヤカシの体を打ち貫いた。 さしものアヤカシが、漸う体勢を傾ける。その迂闊なことを、酒々井が見逃すことはなかった。 「うおおおッ!」 気合一閃。咆哮と共に酒々井の背中が反り返り、何かを持ち上げる。何か重たいものがゆるゆると大気を揺さぶり、移り行く気配だけが感じられる。 間を置かず、地面を断ち割るような轟音が響き、実際に道の土が捲れ上がった。 姿は見えずとも、その倒れ伏す様が目に浮かぶようである。 機、ここを置いて他に無し。 月明かりと篝火を照り返し、剣と刀が夜闇に踊る。 上段に構えた高木が、大きく跳躍して刀を叩きつける。刀身がずぶりと、透明な何かに沈み込み、次いで勢い良く血が飛沫を上げる。 血は残念ながら透けることなく、滴るそれがアヤカシの頭らしきものを浮かび上がらせる。 村人の安全のためにも、決して逃がすわけにはいかない。ライアはアヤカシへ一気に接近し、避け得ぬ間合いから剣戟をかましてその頭部を砕き割った。 さらに夥しい血が吹き上げる中、アヤカシはその気配を希薄にしていった。 戦闘の間中、止むことのなかった弦楽が、その鳴りを潜めていった。 |