花織り千秋
マスター名:犬彦
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/11/16 12:05



■オープニング本文

 十重、二十重。
 愛しいあの人を想い、機を織る。彼は必ず帰ってくると信じて。
 だけど、この手はもう動かない。待ち続けた恋しき日々は――二度と戻らない。

 ある街に、美しい反物を織る娘が居た。
 彼女の織る布は繊細で鮮やかな彩りに満ちてており、都での評判も良く高値で取り引きされるほど。
 なかでも季節の花模様が織り込まれた反物は、まるで今しがた蕾が花開いたようだとも評されていた。
 だがある時を境に、彼女の織物はぱたりと出回らなくなる。
 その理由は――
「現在、娘は自宅で酷く塞ぎ込んでおりましてのう‥‥」
 話を始めたのは、娘の父親だと名乗った初老の男性。
 彼はギルドに集まった開拓者達へと、沁々と告げる。
 その娘の名は『桔梗』。彼女には、将来を誓い合った恋人がいた。
 彼は街から街へ荷を運ぶ物資運搬隊の任に就いており、街を空けることが多かった。
 だが恋人が出掛けている間も、桔梗は彼を想いながら機を織り、その帰りを待ち続けていた。
 逢える日は少ないが、僅かでも二人で過ごせる日々が何よりの幸せだったのだ。
 彼女の織物があれほど美しかったのも、そんな幸福の想いが織り込められていたからではないか、と男性は語る。

 しかし、ある日の事。
 突然、恋人の所属する隊の消息が分からなくなってしまった。
 待てど暮らせどその行方は掴めない。それでも彼女は恋人は無事だと信じ、ひたすら機を織り続けた。
 一糸、一紡に、彼が無事に帰って来るようにと願いを込めて。
「ですが無常な事に、やっと届いた報せは隊の全滅を報せるものでした」
 道中に現れたアヤカシに襲われた運搬隊は、街道でひとり残らず殺されていた。
 無論、桔梗の恋人とてそれは同様。
 その上、彼らの死体は瘴気に乗っ取られ、屍人として付近を彷徨っていた事が確認されたという。
 死すだけではなく、その身体までアヤカシの良い様にされているとは。
 無慈悲な事実に衝撃を受けた桔梗は、その日からぱったりと機を織らなくなった。
「ワシは娘がもう織りたくないと言うならば、それも構わぬと考えております」
 悲しげに顔を伏せた男性の表情は暗い。
 今や桔梗は絶望の淵。泣き通しで日々を過ごし、食事さえまともに喉を通らぬ姿を見るのは辛過ぎる。
 彼女にとっても、今の状態のままで良い事などあるはずもない。
「故に、形見の品でもあれば‥‥少しは娘も立ち直れるのではと思うのです」
 男性の口から開拓者達に告げられた依頼は、形見の品の回収。
 そして、死して尚も彷徨い続ける屍達の討伐。
 桔梗の恋人は、彼女が織った布で作られたお守り袋を常に身に付けていた。
 彷徨う者は彼の他にも多数居る。彼を屍人の中から探し出す時は、それが目印となるだろう。
「もうひとつ、不躾な願い出やもしれませぬが‥‥」
 男は形見の品を自宅に直接届けた後に、塞ぎ込む桔梗を何とか励まして欲しいと告げた。
 家族からの言葉は既に掛け尽した。形見と共に、第三者からの言葉があれば何か変わるのではないか。
 藁にも縋る思いで依頼者は切に願う。
 このままでは救われぬ二人に、たとえ僅かだとしても救いを、と――
 


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
紫焔 遊羽(ia1017
21歳・女・巫
天目 飛鳥(ia1211
24歳・男・サ
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
千麻(ia5704
17歳・女・巫


■リプレイ本文

●死して、終わりへ

 それは、生ける屍。
 焦点の定まらぬ虚ろな双眸。大地をゆらりと彷徨い歩く姿からは最早、生は微塵も感じられない。
 それらを動かすのは、ただ人間の血肉を喰らうというアヤカシの本能のみ。
「ふぅ、面倒な事だ」
 街道沿いの荒れ地にて、開拓者のひとり――鷲尾天斗(ia0371)は思いを口にして槍を構えた。
 彼らの目の前へとゆっくりとした足取りで近付くのは、件の屍人達。
「一、二、三、四‥‥五人。間違いない、運搬隊の人達ね」
 向かい来る屍人を数えた千麻(ia5704)も支援が届くぎりぎりの場所で身構え、戦闘準備に入る。
 後方から舞われた神楽舞・攻によって天斗の士気が高められ、彼はすかさず屍人の元へと走り往く。
「さて、さっさと土に還ってもらうか」
 近付き様、屍人の身に御守り袋がない事を確認した天斗は、その脳天目掛け槍の穂先を打ち込む。
 容赦ない一撃で頭蓋の半分を貫かれた屍人は均衡を崩し、荒れ地に倒れ込んだ。
 むぅ、と皇 りょう(ia1673)が眉を顰める。
 それは倒れた屍人への憐みからか、それとも辺りに漂い始めた腐臭からか。
 開拓者達へ襲い掛からんとする屍人の後方、一際目立つ体躯の大屍人が大剣を振り回しながら現れる。
「死して尚弄ばれるか、哀れなものよ‥‥今、楽にしてやろう」
 真剣な面持ちで呟く小野 咬竜(ia0038)は、敵の側面へと回り込み、猛る咆哮で相手の注意を引く。
 その後方には彼をしかと見つめながら、神楽舞「速」を舞う紫焔 遊羽(ia1017)の姿があった。
「頑張ってな、咬竜。ゆぅに出来る、少しのお手伝いや‥‥」
 大屍人が剣を振り上げ、勢いのままの斬撃が咬竜へ向けられる。
 遊羽の舞の力もあり、咬竜はひらりと後方に下がって繰り出された一撃を避けた。
 其処へ、咆哮を聞き付けた屍人が彼の元へと向かって行く。
「誰であろうと、其方には行かせません」
 凛とした口調で、即座に間に割って入ったのは志藤 久遠(ia0597)だ。
 その隙にりょうと咬竜は仲間から自分達の相手を引き離す為、攻撃を入れて大屍人の注意を引いた。
 一瞬後、屍人から振り下ろされた短刀を槍で払い受け、久遠はちらと相手の身体に御守り袋があるかを視認する。
 ――違う、彼ではない。
 目的の人物ではないが、この相手とて元は一人の人間。出来る限り損傷を少なく葬りたいという気持ちは変わらない。
 屍人達を見つめ、天目 飛鳥(ia1211)は唇を噛み締めた。
 飛鳥自身、大事な人を亡くして悲しむという気持ちは未だよく理解出来ない。
 だがそんな人の力になりたい、助けたいと思う心は紛れも無い彼自身の意思だ。故に、全力で武器を振るう。
 飛鳥の攻撃によって屍人の動きが阻害された隙を狙い、御神村 茉織(ia5355)の視線が相手に向けられる。
 その中の一人、黒髪の短髪に小柄な体躯、他の者と比べると若く見える者が居た。
 胸に提げられているのは、色鮮やかな織物で作られた御守り袋。
「成る程、彼が太一殿か」
 年齢は桔梗と同じと聞いていたが、随分と童顔だ。生きてさえ居れば活発そうな少年にも映るのだろう。
 たが彼も、他の者達も今や屍。瘴気に取りつかれた以上、アヤカシでしかない。
 腹や胸には大屍人にやられた大きな傷が残り、何も映さぬ瞳は虚空を仰ぎ見るだけ。
「俺がやったら形見になりそうなものが減っちまうからな。後は頼んだよ」
 彼なりの気遣いなのだろう。天斗は太一の相手を仲間に任せると、すっと横に退いた。
「皆の支援は、あたしが頑張らなくちゃいけないのよ‥‥!」
 ぐっと掌を握った千麻が再び神楽舞を舞い、木葉隠で太一の動きを惑わせていた茉織へと応援を投げ掛けた。
 茉織が印を結ぶと、手の平に生まれた雷が手裏剣となって目標へと向かって行く。
 パチパチと爆ぜるそれは久遠を狙う屍人へと命中。
 二体に囲まれて防戦していた久遠は、其処から一気に屍人を押し返すように槍を振るった。
「このまま、長々戦う訳にも参りません」
 彼女が言うと同時、紅の燐光が槍から溢れ出る。
 久遠を狙う相手に目掛け、飛鳥が精霊の力を乗せた珠刀を振り下ろす。
「これ以上、悲しむ人が生まれぬ様に――」
 受けた衝撃の所為か、屍人の動きが目に見えて鈍くなり、そして動かなくなる。
 飛鳥が呟いた言葉に頷くように、久遠が渾身の平突を放ち――槍から舞い散る紅と共に、屍人が倒れた。

 一方、大屍人を引き離した咬竜達は苦戦を強いられていた。
 武器による攻撃しか行わない相手だが、刀で剣を受けるだけでも重い衝撃が残る。
 腐り落ちた体から漂う腐臭もさることながら、その怪力の相手をするりょうの体力が大幅に削られていく。
「無理、せんでや‥‥?」
 紫色の扇子を広げ、くるりと舞う遊羽から放たれた恩寵の風がりょうの傷を癒す。
 一歩退き、礼を言う彼女の代わり、咬竜が大屍人の攻撃を受けて立つ為に前に出て立ちはだかる。
「何時までもお前の好きにはさせん」
 大振りに振るわれた相手の剣を長巻で受けた咬竜は、その胴体へと狙いを付けて刃を薙いだ。
 確かに一撃は入ったのだが、未だ大屍人の体力低下は見えない。
 其処へ、体勢を立て直したりょうは攻撃照準を惑わせるように回り込み、注意を引く。
「この一撃は、必ず当てて見せる」
 りょうは、ぐるりと自身追うように向けられた視線を掻い潜りながら、得物に精霊力を纏わせて一気に払った。
 脚に向けて放たれた蒼白い光の斬撃は、大屍人の均衡を崩して隙を生む。
 それを狙い、反対方向からも咬竜が脚を狙って一撃を入れた。
 この隙に一気に攻め込んでしまおうと狙う二人だが、すぐに立ち上がった敵が無軌道に剣を振り回した。
 錆びた刃がりょうへ、続いて咬竜へとめり込み、彼らは大きく吹き飛ばされる形となる。
 咄嗟に受け身を取った二人を確認し、ほっと胸を撫で下ろす遊羽。
 然し、怒り狂うような様子を見せる大屍人は更なる攻撃を加えようと近付いてきた。
「駄目や。あの屍人、かなり強いん‥‥っ」
 負けんといてや、と祈るように遊羽が扇を持って舞う。
 風が愛しい相手である咬竜を癒すが、その表情は厳しい。その横で身構えるりょうの額にも冷や汗が浮かんでいた。

 手早く三体の屍人を倒した飛鳥達は、太一を含めた残る二体の屍人を囲む。
 倒れた死体から瘴気の塊が抜け落ちるように溢れたのを横目に、千麻が風の精霊を遣わせて久遠の傷を癒す。
「すまない、恩に着る」
 短く礼を言った久遠が槍を構え直す。
「あと少し、皆でいけば勝てると思うのよ」
 後方から投げ掛けられる千麻からの言葉の応援に、茉織は静かに頷いた。
 出来るだけ早く、この死の鎖から解き放ってやらねばならない。そうでなければ彼らも浮かばれない。
「先ずはあちらの青年から、だな」
 刀に炎を纏わせ、飛鳥が名も判らぬ屍人へと走り向かう。
 彼を補助する形で茉織から水遁の術を放つと、目標の周りに水柱が出現し、屍人の平衡感覚を狂わせた。
 来たる敵を狙っていた屍人が振るう小刀は虚しくも空を切り、飛鳥の身体を掠めるだけに留まる。
「あたしはまだ弱いけど、皆の力になりたいのよ‥‥!」
 千麻が舞う応援は、屍人へ刀を振り下ろそうとする飛鳥へと。
 神楽舞・攻の力が加わった飛鳥の一撃が炸裂し、ぐらりと屍人の体が崩れ落ちて瘴気が消えてゆく。
 軽く瞳を閉じて黙祷した飛鳥は、残る屍人――太一へと目を向けた。
 其処には太一が振り下ろす小刀を受け流す久遠の姿。
「最後は貴方だけ。‥‥参ります」
 久遠が構える槍から再び燐光が零れた。紅葉の如き其れは、屍人としての終わりを告げる標のように舞い落ちる。
 太一を見つめる茉織は、その姿に遣る瀬無い想いを抱えている。
 然し、だからと言って倒さぬ訳にはいかない。神経を集中した茉織の掌から雷が渦巻き、手裏剣が形作られる。
「どうか、安らかに眠ってくれ」
 言葉と共に放たれた雷火、それと同時に久遠が真っ直ぐに突きを放つ。
 小刀を取り落とした太一の屍人はふっと糸が切れたように倒れ、そして――まるで眠りに付くようにその瞳を閉じた。

 屍人を倒し終わったのを機に、天斗が苦戦している様子の大屍人側へと向きを変える。
「さて、まだ仕事は終わっちゃいない。大屍人退治と行くかね」
 未だ懐に踏み込めないで居るりょうと咬竜、その二人を必死に支援し続ける遊羽にも疲れが見え始めていた。
 大屍人が背を向けている事を好機と見た天斗は炎魂縛武を使い、駆け抜けて行く。
 このまま行けば、大屍人に大打撃を与える事が出来る――だが。
 唸り声と共に相手は天斗の方へと振り返り、遠慮のない渾身の打撃を彼へ打ち込む。
「ぐ、しまっ‥‥」
 既に流し斬りの構えに入っていた天斗は避ける事も、受け切る事も出来ずに地面へ倒れ込んだ。
 しかし、其処に生まれた大屍人の隙は大きなものだった。
 すかさず応援に向かう飛鳥の精霊剣、茉織の水遁が怒涛の勢いで放たれる。
「今だ――いざ、我に武神の加護やあらん」
 刀を構えて、一気に距離を詰めるりょう。その背後には疲れを見せながらも健気に舞う遊羽の姿もあった。
 近付いたりょうの刀筋が、大屍人の腐乱した胸元を抉る。
「小野派一刀流――八相」
 隙を逃すまいと、咬竜がその体を両断するように刃を横に薙ぐ。鋭い一閃、光に反射した太刀が煌めく。
 大屍人は戦慄いたかと思うと、文字通り崩れ落ちるように大地に伏した。

 その後、開拓者達はただの死体となった者達の供養を手厚く行った。
「死んでいる人の体を探るというのも、気が引けるのよ‥‥。ごめんなさい。」
 形見になるものを、と探す千麻は心苦しそうに太一の荷に手を伸ばす。
 目に付くのは、既に血に塗れていた衣服や輝きを失った髪だけ。
 だが太一が身に着けていた御守り袋だけは、他と比べて綺麗なままだった。
「襲われても彼はそれだけは必死に守ったのでしょうか。然し、他にも何か‥‥」
 久遠が小さく呟く。ふと、違和感を覚えた彼女は御守り袋の脇に隠れていた小さな包みを拾い上げる。
「これは‥‥?」
 偶然、破れた包みの隙間から見えた物を確認した一同は互いに顔を見合わせた。

●生きて、その先へ

 依頼者の家にやってきた開拓者は、通された部屋で虚ろな瞳の桔梗と対面した。
 りょうだけはやりたい事があると仲間と別れたが、他の者達は部屋に会している。
「‥‥‥‥」
 重い沈黙が流れる中で一番に口を開いたのは茉織だった。
 元より、太一に姿を似せて接しようとした彼だが、背格好も顔立ちも違い過ぎる故に普通に語ろうと決めた。
「太一が最期まで護った物だ。あんたの織ったものなんだろう?」
 茉織はこれだけが綺麗に残っていた事、大切にされていた事を語ると御守り袋を机の上に置いた。
 俯いていた桔梗は僅かに顔を上げて視線を遣るが、瞳はぼんやりとしたままでそれ以上の反応は返ってこない。
 彼女の目尻は泣き腫らした痕が残り、非常に痛々しい。
 千麻が立ち上がり、見つかったもうひとつの包みを桔梗に直接手渡した。
「太一さんは貴女のそんな顔なんて見たくないと思うのよ。きっと、貴女には笑っていて欲しいって思っているのよ」
 続いて飛鳥から、中を見て欲しい、と短く告げられた桔梗は訝しげに包みを開く。
 中には、桔梗の花を模した髪飾りが入っていた。
「その髪飾りは貴女の物ですか?」
 久遠が問うと、桔梗はふるふると首を横に振った。見た事は無い、と。
 それならば、と開拓者達は考えていたひとつの推測を彼女に語り始めた。
 男が持つにはその髪飾りは華美過ぎる。故に、この髪飾りは太一から桔梗へ贈られる物だったのではないか。
「太一殿は任を果たそうと、これを渡す為に力の限り生きようとした筈です」
 その恋人である貴女が泣き続けてはいけない、と。久遠が切々と語り掛ける。
 髪飾りを握り締めた桔梗の瞳は未だ朦朧としていた。弱々しい声が、部屋に響く。
「私はどうすれば‥‥」
 未だ迷う様子の言葉へ天斗がそっけなく、そんな事を聞かれても知るかと返す。
 彼女が傷付くやもしれぬと茉織が止めに入ろうとするが、天斗は更に続けた。
「あんたは今生きてるんだろ。立ち止まっていたって何も良い事は無い。生きているなら、立って歩け」
 立ち上がり、先へ進め。
 言葉は厳しいものだったかもしれない。だが、それ故に説得力のある言葉だ。
「歩みを止めぬ事が死した者に報いる唯一つの道。太一が望んだのは、桔梗が幸せになる世界じゃ」
 桔梗の横に座り、煙管を吹かす咬竜の言葉が誰に言うでもなく紡がれる。
 ま、これは独り言じゃがな、と呟かれた後、彼の傍に座る遊羽が桔梗に声をかけた。
 屍人として彷徨っていた太一は元ある姿に戻った。安らかに休んでいるから安心して欲しい、と。
 魂も浮かばれているに違いないのだと、元気付けるように語る遊羽。
「落ち込むな、とは無理なことやわ。けど桔梗さんの事を皆が心配してるんよ? ゆぅ達もや‥‥」
 少なくとも、此処に居る一同は彼女の事を想って集まったのだ。
 その言葉に桔梗はぼろぼろと涙を零し始めた。それは悲しみだけではなく、嬉しさも入り混じった涙。
 飛鳥はそんな彼女に提案を投げかける。
「貴方の織った布で作った服を太一に着せて、埋葬するのは如何だろうか」
 愛する人へ最後の手向けを。彼が桔梗に髪飾りを贈ったように、桔梗から太一へも。
 顔を上げた桔梗は、はっとして涙を拭いた。その眼には微かな光が灯っている。
「私、織ってみます‥‥太一は、機を織る私が好きだと言ってくれたから」
 未だ桔梗の心は癒えてはいない。
 それでも、開拓者の行いと言葉によって、彼女は前に進む力を手に入れた筈だ。

 後日、太一の墓標の前に立つ影がふたつ。
 それは黙祷する遊羽と、彼女に付き合う咬竜の二人だった。
「ずっと、も永遠もいらん。でもゆぅは今を、咬竜と一緒にいたい‥‥」
 アヤカシによって引き裂かれた二人を想い、遊羽が切なげに呟く。その小さな肩を抱き寄せた咬竜は静かに告げた。
「この命燃ゆる限り、俺は俺をお前に捧げよう。我が妻よ」
 二人は寄り添う。この時しか無い“今”だからこそ、想いは強く輝くはずだから。

 それから、幾許かの日が流れ。
 周辺の街を巡ったりょうが、桔梗に会いに出向いた。
 彼女のやりたい事とは太一が生きた証を集める事。つまり、生前の彼の話を少しでも多く集めて伝える事だった。
 りょうが語る話を聞いた桔梗は、ありがとうと微笑んだ。
 愛する人を失ってから笑う事の少くなった彼女が、僅かでも笑顔を見せたのだ。
 その黒髪には髪飾りが光る。開拓者達によって遺された思い出は、確かに其処で息衝いている。
 そして彼女は開拓者達から貰った言葉を胸に、今日も機を織り続ける。

 この先も生きて、変わらぬ愛しき想いを紡ぎ続ける為に――