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■オープニング本文 ● 人の移動もさることながら、物資の移動もまた少なからず‥‥ 緑茂の里で起きている大事は、いまだその規模を大きく、成長させようとしている。 老若男女、人が集まる都と言えど、その影響から漏れることはできない。むしろ、人が多く集まっているはずの場所だからこそ、その移動がもたらす影響は徐々に‥‥確実に現れはじめていた。 ● 例えば店に並ぶ品々。特に、戦いに必要な物資を取り扱う店で在庫が少なくなっているのだ。 武器はまだいい。それを必要とするのは兵や開拓者といった、戦う術を見につけた者達であったから。これから戦いに出るからと、得物を新しく買い求めるよりも、使い慣れた得物を使うほうが彼らにとっても活躍の場を得やすいと言うものだ。武具を扱う店が忙しくなるのは、戦いに出た者達が都に戻り、破損や遺失のために修理や新調を始める頃となるだろう。 傷薬などの薬物の類は、確かに売り上げが伸びている。だがそれは大きな怪我を治すための手当ての品や薬に限ったことだ。普段どおりの生活のうえで必要な、かすり傷に塗るような軟膏の類は十分な在庫がある。都で生活を営む者達に影響が出るほどではない。 結局、都で一番に影響が見られるのは食料で、特に陣中食においてそれが顕著だ。軍を持つ組織であれば、それなりに備蓄は用意されているのが普通であるし、それを糧として今の戦いは進められているはずだ。補給のために現地へと向かう者達、現地で保護を必要としている者達の食料も、そこから補填されているはずである。 だが、この戦いの終わりはまだ見出されていない。これからもまだ長く戦いが続くことも有り得るし、活路が見出されることにより、突然終結することも考えられる。長く続くようであれば、備蓄が底を尽きてしまう可能性は高くなり、また戦況も悪くなるだろう。早く終わるようであっても、これまでに消費した食料を補填する分が必要になるだろう。 「うちの倉庫に保管していた在庫も、残り少なくなっておりましてねぇ」 稼ぎ時とも言えるこの時期、不謹慎ではありますが、商人としての腕がなりますね。口元を広げた扇で隠しながら、受付係に依頼を持ち込んだのは、恰幅のよい年配の男。 「それで、干飯を作る手伝いですか」 今は隠された、にやけた口元を見ていないふりを押し通しつつ、受付係が書面に概要を連ねていく。 依頼人について、特別悪い評判は聞いたこともないと記憶を探ったところで、心のうちで安堵の息を吐く。おおかた、稼ぐことに生きがいを感じる、根っからの商人気質なのだろうと結論付けた。 「開拓者達に全ての作業を任せるのですか? それともどなたか店の方も一緒に作業に携わるのですか?」 「数名、店の者をつけましょう。生憎それくらいしか手の空いている者がおりませんでねぇ」 他の者達には、買い取り先を確保させるため、方々を回らせているのですよと依頼人。 (「まだできてもいないうちから、そこまで先の準備をしているのか‥‥」) 思ったものの顔には出さず、作り笑いとともに受付係が締めくくった。 「わかりました、開拓者達にもそのように伝えておきますね」 |
■参加者一覧
万木・朱璃(ia0029)
23歳・女・巫
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
京極堂(ia0758)
33歳・男・泰
瑪瑙 嘉里(ia1703)
24歳・女・サ
風鬼(ia5399)
23歳・女・シ
早乙女梓馬(ia5627)
21歳・男・弓
千見寺 葎(ia5851)
20歳・女・シ
かえで(ia7493)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ● からりと晴れた青空に、白い雲はかかっていない。雨も少ない時期ともなれば、日の光が強く照っていようともじわりと汗が吹き出るほどの暑さにもならない。うまい具合に乾いた空気は、彼らが成すべき作業にとって絶好の日和である証だ。 作業の進み具合は順調で、うまくすれば必要な分よりも多い干飯の完成が見込めそうである。天気に恵まれたこともあるだろうが、作業にかかる者達の工夫が大きな理由となっているのだった。 干飯作りへと手伝いを申し出た開拓者の人数は8人。炊事に類する作業である分、やはり女性が多い。依頼主である店のほうから案内も兼ねてやってきた店子も、三人のうち二人が女性だ。作業場である休耕地へと向かう間、一行の中でもはっきりと男性だとわかる数名は、すれ違う者達から見て浮いて見えたかもしれない。 ● 「予想はしていましたが‥‥流石にすごい量でしたね」 たすきがけで動きやすさを重視した格好となり、米の入った俵を乗せた手押し車を操るのは瑪瑙 嘉里(ia1703)。その顔に浮かべる微笑は、彼女にしては珍しく呆れたような意味合いを含んでいた。これから商品へと作り変える米の量に圧倒されていないところが、さすが開拓者と言うべきだろう。確かに一見だけならば細腕に見えるものの、体力に自信があるようで危なげのない足取りである。さらに絶えない微笑を愛しさのこもったものへと変えて隣を歩む連れ合いを見る様子から考えるに、彼が共にあるということも彼女の支えとなっているようである。 「嘉里、うちも運ぶでー」 言葉にすると同時に別の手押し車に米俵、笊や水瓶を積み上げて、嫁と速度をあわせ並んだのは京極堂(ia0758)。嘉里と過ごしたい気持ちと、これは仕事であるという責任感を一度に満たす手段として、なるべく彼女と共同の作業に取り掛かれるように考えたらしい。他愛もない冗談を言うなど細やかな気配りは常に忘れない。そうした合間に見せる嘉里の笑んだ顔を見るのが、京極堂にとっても幸せな時間だ。 休耕地の端にあたる場所に小屋はあった。農業用水を引き込むための水路はめぐらせてあるのだが、今は休耕地であるため水の流れは板を使ってせき止められているらしい。また、小屋から井戸までは少しばかり歩かなくてはならない距離があった。その区間の水の移動や米の移動について、最低限となるように開拓者たちが選んだ手段が、今のこの二人の行動に現れている。 米を運ぶのは、米の洗浄と研ぎを井戸のそばで行うためだ。炊飯時とは違い、際限なく水が必要な作業のために、何度も水瓶を往復させるのは無駄が多すぎるというのが理由だった。 「次の米と笊、お持ちしました」 「せっかく炊くんやし、美味しく炊かな!」 井戸のそばで作業を進めている仲間達に彼ら夫婦も加わる、水をいっぱいに満たした水瓶と多くの洗浄済みの米が山になったところで、小屋へと戻るつもりなのだった。 ● 照る陽を跳ね返し輝く金の髪の持ち主のうちの一人、名を万木・朱璃(ia0029)というのだが、これがまた大きな笊が似合っていた。大量の米が入った笊に、井戸からくみ上げたばかりの水をジャバジャバと流しかけていく。こうすることで、自然と米同士が擦りあって糠が取れてくるのだそうだ。 「あくまである程度、ですからちゃんと研ぐ必要がありますけどねー」 こうして、一度に大量の米を洗う手段を提案した彼女は普段飯処を営んでいるとのことで、なるほど手際は開拓者達の中でも一番だと言える。手で研ぐ米の量には限界があるし、その量と回数を考えれば、こうして一度に糠を取り除けるのは効率的で、それまで地道に研いでいたらしい店子にはしきりに感心されていた。 こうして洗われた米は、ヘラルディア(ia0397)達の手により研がれていく。ヘラルディアもまた朱璃と同じ色彩を持つ女性だったが、体格の差も影響しているだろうか、落ち着いた雰囲気に感じられる。話す際も控えめだと言うこともあるだろうが、丁寧に米を研ぐ今現在、思いは別の場所にあるせいだ。 (「遠い北の地ではアヤカシと、わたくし達と同じ開拓者達がぶつかっている最中でしょうが‥‥」) それを支える糧として、根元を支える仕事だと思えばこそ、研ぐ手にも祈りがこもった。 「干飯を作る作業は初めて見るな」 洗浄、そして研ぐための水‥‥その必要量は簡単に言葉で表せられない。際限なく必要になる水を汲みだすために樽と縄を操り続けるのは早乙女梓馬(ia5627)。調理の経験が未熟なこともあり、店子へ手ほどきを願い出たところ、説明よりもまずは一見すべきとの助言を得たようだ。作業の上で特に説明が難しい米研ぎを見る名目で井戸へとやってきたのだが、担当している仲間達の手助けにもなるからと水汲み係へと回ることにした。 なにせ、たったいま研ぎだした糠を洗い流すために、新しく水を汲みなおさなければならないほど、水の使用速度がはやいのだ。その度に腰を上げ下げするといった姿勢の変化も疲労がたまりやすい原因となっている事を察した梓馬としては、ただ見ているだけと言うのは性にあわなかった。水汲みは米研ぎ以上に単調な作業であることもあり、じっくりと手の動きを見ることができるのが幸いだ。 ● 小屋のほうでは、かえで(ia7493)が竈にはりついて火の番をしている。これまでも、干飯を作る作業場として使われている小屋だと店子から説明があったとおり、小屋の炊事場にあたる空間には、竈が多く設えられている。そのため、少ない人数で番をするには竈の前を行ったりきたりしなければならないのだが、かえでが身軽な動きで絶え間なく動き回れるおかげで、竈は全て快調に運用されていた。 「はーじめちょろちょろ、なかぱっぱー☆ もうそろそろ、次の米が来るころかなぁ?」 自分の母親とも言える年の店子に教わった言葉を歌うように口ずさみながら、水だけが満たされた鍋の蓋を開け様子を見る。もうすぐその水も沸きそうな頃合だ。沸かした湯なら研いだばかりの米も美味しく炊けるという湯炊き、これも朱璃の提案によるものだった。 炊きあがり、十分に蒸らした米で満たされた釜へ、待ってましたとばかりに水瓶の水をぶちまけたのは風鬼(ia5399)である。 「効率化は、効率的に効率化できるところで効率化したほうが効率的ですからなあ」 謎かけのように言葉をもてあそぶ様子からただの悪戯のようにも見えるが、これはれっきとした効率的な行動だ。炊きあがった米は一度水にさらし滑りをとらなければならないのがひとつ。釜から飯をはがしやすくすることで無駄なく飯粒を取り出し釜を洗いやすくし、すぐに次の炊飯へともっていけるのがひとつ。そうした二つの理由を纏めた結果がこの行動だ。多めに水を入れ、中の米を余さず浚えたことを手を入れて確認してから、全てを大きな笊へ流し水気を切った。 ● 小屋の物置場に置いてあった蓆を広げ、四隅を石や杭で固定させていく、それを下敷きとして天日干を行うと店子が説明をしていた。はじめに炊きあがった米が到着する前、蓆を全て敷き終えた頃を見計らい、千見寺 葎(ia5851)は共に作業をしていた店子に声をかけた。 「その、鳥避けに‥‥目玉模様か、無地の団扇。ご用意願えませんか?」 今後も使用することを考え依頼主である店側に申し出ることにしたようで、ギルドで店子達と顔合わせをした後、葎はすぐにその旨を伝えていたのだ。すぐに店の方にも連絡がいったようで、葎が休憩をとるころにはいくつかの無地の扇子と道具が届けられていた。 それを手にとり、葎は早速目玉模様を描きこんでいった。 目の細かい笊には、水をきった飯が満たされている。そこから少しずつ目の粗い笊に飯を移し、ふるうような動きで蓆へと撒き広げていく。 提案した本人と言うこともあり、手早く米を広げる風鬼を真似て、慣れない手つきで葎も米を広げている。 (「シノビ、そして大人の開拓者の人‥‥」) 風鬼もまだ年若い方に入るはずだが、葎にとっては十分に目上であるため、大人と分類されている。作業を真似るため以外の、何か別の意味合いを含んだ視線を感じたのか、風鬼は外套の下に隠れた口元をニヤリと歪めた。 「扇げば湿気を含んだ空気が入れ替わるので乾く速度は上がるかもしれませんな」 「――え‥‥っ?」 物思いにふけり呆けそうになっていた葎は、突然かけられた言葉に驚きを隠さない、面白そうに目を細めた風鬼は振り返りもせずに続ける。 「ただし、効率のよい手間の掛けかたではないですな」 そこまで言ってからはじめて真顔で葎の方へと振り返り。米が少し重なってしまっているところを指摘してから作業を再開する。 「あ‥‥」 慌てたように手で飯を広げなおす気配のあとに、改めて気を配りながら米撒きを再開する音。自分が笊をふる音も重なって、少しだけ風鬼は昔を振り返っていた。 (「手間が必要なことも世の中にありますけどなあ‥‥もっとも、私には関係ないですな」) 例えば、これから歩むべき道。定まらないうちは何でもやってみればいい。染まらぬ透明なうちならば、選べる可能性はいくらでもある。 ● いつまでも全員が同じように、同じ作業だけをしているわけにはいかない。休耕地の広さには限りがあるのだ。二日目ともなると、交代で十分な休憩を取る余裕もできていた。 「こうして広く場所を占めている飯が、後の兵糧として皆様を支えることになるのですね」 一面に広がる天日干しの光景を見回したヘラルディア。 「こういう時にこそ、一通りの家事を身につけた身の上が役に立てます」 巡回を交代するためにやってきた梓馬を振り返り、初めての炊事の感想を視線で問いかける。 「戦うだけが能ではないという事がよくわかった。何気なく食べていたものは多くの手間隙が掛かっていたのだな」 十分に皆の手つきを見聞してから米研ぎに臨んだ梓馬だったが、慣れた者達の動きとは比べるべくもなく。どんどんと炊きあがっていく飯の量を見て、早々に飯を撒く側へと退散していた。そちらの方が力が必要な仕事だったということもあるのだが。 「文字通り米粒一つ干飯にするのだって、これだけ時間がかかっているのだからな‥‥知らなかった事が我ながら恥ずかしい、そして感心する」 「特に兵糧などは腹を満たせるだけでなく、満足した事による気持ちの張りを維持させるのにも必要ですもの。この干飯作りだって、北の地で戦う皆様と同じ志あってこそですわ」 巡回の続きをお願い致しますと深くお辞儀をしてから、ヘラルディアは休憩へと小屋に向かっていった。 粗方、休耕地で干せる量の米を研ぎ終わった朱璃も、かえでの手伝いにと竈の番へとやってきた。 「話し相手が増えたっ。何を話そうかなぁ‥‥」 それまでは店子のうちの一人と二人、会話する余裕もほとんどない状態で作業に没頭していたかえでは、人が増えたことで余裕が生まれたことが何よりも嬉しいらしい。世話になっている家族に新しく弟妹分がやってきたときを思い出した朱璃である。 「えーっと、アヤカシは退治しないといけないっていう漠然とした、でも当たり前のことだけど‥‥どうやって、そう思って開拓者になったのか、とか?」 首をかしげながら言葉にする様子は可愛らしい。体は大人のそれになっているが、まだ少年から抜け出しきれてもいないのだろう。何かを求めるような瞳をどこかで見たことがあるような気がして、朱璃は真面目に考えることにする。 「今作っている干飯、出来ればこの全ての干飯が全ての人にいきわたってほしいですが‥‥やはり犠牲者も出てしまうのでしょうね。‥‥そう考えると少し寂しいです、皆が美味しく食べられて元気が出るように作ってるんです。それを邪魔するアヤカシは退治されるべきですよ」 「朱璃の一番は、ご飯なの?」 「勿論です」 そこは何があっても妥協しないとばかりに即答だ。 「‥‥しかし、これだけ大量のご飯を炊いていると大きな戦闘中だというのに普段の店を経営しているような感覚に陥りますねぇ。さぁ次の分を炊きますよー!」 面食らったかえでに笑みを向けて作業再開を促せば、それまでの空気は霧散した。 炊事場に竈が多くあることと、物置場の広さが一般家屋よりも多くとられていること以外は、小屋に特別かわったところもない。一日農作業をする合間の休憩場としても使われていた経緯があり、過ごし易い様にと畳敷きの空間も存在している。 「戦闘ばっかりやと疲れるさかい、たまにはこういうんもえぇやろ♪」 休憩する順も嫁と同じになった京極堂は、早速と畳に寝転がる。勿論頭は嘉里の膝枕の上だ。竈の火の番をする仲間が同じ小屋の中に居るのだが、そちらは竈にばかり気をとられているため、夫婦の様子にまではさして注意を払っていない。それを確認したところで、照れかくしなのか控えめな嘉里の手が京極堂の髪を梳き撫でる。 「戦も、そしてアヤカシも嫌いです‥‥嫌いであるが故にこうして開拓者になって、それらに関わっている自分が不思議‥‥というか‥‥」 「でも、だからこそこうして一緒に居られるんやし」 髪を流れる手の感触が気持ちよいようで、目を閉じたまま京極堂が囁く様に返す。 「‥‥はい」 (「貴方という大切な人も増えて‥‥幸せを、守れるようになりたいです」) 言葉にするのは気恥ずかしいと思えばこそ、頬が朱に染まった。 ● 見晴らしがよい休耕地であるとはいえ、風向きの関係だろうか、場所によって乾燥しきる速度も差異があるようだ。十分に乾燥し、完成とみなされた干飯はすぐに回収され、タイミングを合わせて炊きあげた米を新しく、空いた場所へ撒く。 見回りは絶え間なく交代で続けられていたおかげで、鳥や鼠による甚大な被害もなかったようである。特に葎の目玉模様案は店子を通して依頼人にも伝わったようで、目玉模様を描いた旗を何本か立て、常時鳥への警戒を強化できるといった改善も見られた。逆に鼠に関しては地道に視線をめぐらせるしかなかったが、旗のおかげで鼠への警戒に意識を向けやすくなったことで、十分に労力の軽減に貢献したようだった。 依頼最終日、小屋には出来上がったばかりの干飯が山と積まれ、また休耕地にも天日干真っ只中の米がいくらか広げられていた。店子によれば、売買に必要な量に達しているだろうとの事。 「わずかばかりではありますが、出来上がったばかりの品をどうぞ、お持ちください」 報酬と共に、皆で作り上げた干飯の包みを渡される。見た目こそ買ってきたものと同じではあるが、自分達で作ったという達成感が何よりの味付けとなっていることだろう。 |