白蛇抄
マスター名:
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/30 20:00



■オープニング本文

 折からの長雨の切れ間である。
 五行、結陣近郊の山間。河の音は増水を呑み込んで、轟々と耳に荒い。
「‥‥う」
 降り残しの雨滴に頬を打たれ、陰陽師の冬良は朦朧とした意識のまま、低く呻く。ひどく打ちつけたらしく、軋むような身体の痛みがかえって現実味を取り戻す役に立った。
 累々たる岩のつらなりを体の下に感じ、虚空に放り出された浮遊感が唐突に思い起こされた――うっすらと記憶に残る、うねる蛇体の白い鱗。ふいうちの尾の一撃とともに、足元が崩れる感覚。
「‥‥ようやくお目覚めか」
 低く押し殺した声に、冬良は慎重に身を起こした。声の主は、思わぬ近さに倒れたまま動けぬようだった。
「光年か‥‥いつにも増して、ひどいなりだな」
 雨に打たれずともみすぼらしい弊衣蓬髪。無精髭に無頼めいて鋭いまなざし。外見はどうにせよ、陰陽の術にて知られる五行の都、結陣にあっても土師光年は才気煥発な陰陽師のひとりであった――冬良にとって、よき競争相手だ。
 いつもなら、「お前こそ、色男がだいなしだ」とでも減らず口を叩き合うところだった。烏帽子に狩衣の折り目正しいよそおいを好む冬良にはそうした格好がじつによく似合い、実際しばしば男と間違われるのだが。
 光年の押し殺した声はどうやら、辺りを慮ってというだけでもないようだ。
「傷を負うたか」
「そうらしい。‥‥この石、どけちゃくれねえか。正直、見るのも怖えんだが」
 崩落したときに石の下敷きになったものらしい。そっとどけた下では、光年の足首は完全に折れていた。
「あぁあ、だから見たくなかったってのに」
 ぼやきながら懐に手をやって顔をしかめる光年に、冬良は自分の陰陽符を投げてやる。己の血に指を浸し、さらさらと書き上げた治癒符を足首に貼りつけ、ようやっと息をついた。
 そもそもこの二人、河の増水に不穏な気配ありとて、結陣より遣わされた陰陽師の一隊に名を連ねていたのだ――自然に起こったことであれそれなりの対策は打たねばならぬし、よもやアヤカシ絡みならば尚の事。何にせよ事前の調査として、一隊は上流へと辿って河を遡り、そうしてこの崖上の岩場で急襲を受けた。悪天にして足場悪く、交戦のすえ、此処に落ちたのだった。
「白大蛇は。他の皆は」
 冬良の問いに、光年はちょいと指を動かして示した。
河むこうの岩の狭間、薄闇に静かに腹を波打たせる、おぼろに白い鱗がのぞく。冬良は思わず息をひそめた。岩陰の死角になって、さいわい、こちらには気付いていないようだった。
「俺らと一緒に結構落ちたからな、死んでてくれるかと思ったんだが、そう甘くはねえって話だ。‥‥井筒は最初にやられちまったし、境と住吉はそこの岩の下。息はあるか?」
 なかった。
 法衣禿頭のおおらかな境、女と見れば口説かずにはおれぬ住吉、振分髪のかわいらしい井筒。みな、気心の知れた道連れであった。住吉の既に色の変わった瞼をそっと指で閉ざしてやる、冬良の噛んだ口唇からは血の気が失せていた。
「暫し待てよ、必ず戻ってくる。‥‥光年、立てるか」
 脇の下に腕を差し入れ、立ち上がらせようとすると、押し殺しきれぬ苦鳴が挙がった――無茶をしやがる、と光年が毒づく。
「無理だ。背負っていったって途中で共倒れだろうが、弔いもできやしねえ――冬良、お前一人で行け」
「莫迦を言うな!」
 高くなりかける声に、冬良はとっさに己の口を押さえた。一度、二度、強いて深く呼吸する。苦虫を噛み潰した表情で、
「‥‥白大蛇はどうする。今は手負いと言っても、いつ動き出すやも知れん。生餌にでもなるつもりか、貴様」
「生餌、ね。アヤカシの手弁当ってのも面白かろうよ?」
 くくっ、と光年は笑みを洩らす。とがった八重歯の不敵な面構えはそうして笑うと、何処か狼めく。
 秀麗なおもてに怒りを宿して言い返そうとする同僚に肩をすくめ、
「俺なら式を飛ばして様子を見れる。‥‥やっこさんもすぐには動くまいし、何、なんとか上手くやるさ。早めに助けを寄越してくれると嬉しいね」
 無頼な言葉とは裏腹、なだめるように濡れとおった狩衣の背を撫ぜる、無骨な指さき。くそ、とごく小声で、冬良は罵る。くそ、くそ。
 罵りながら、ありったけの符の束を取り出して押しつけてやった。ついでにこの束で平手打ちでもくれてやりたいところだが、怪我人相手なので流石に憚られる。烏帽子は何処かへ落としたらしい。それでも髻をきゅっと引き締め、指貫袴の裾を整えた。光年に気障だ気障だと揶揄される、いつもの仕草で。
 岩陰に腰を落ち着けた光年が、掌の符をおぼろに光を放つ蛍の式へと変えて、辺りをうかがう。
「――あっちの、崖の崩れたところがあるだろ。目立たないように影を拾って行け、今ならむこう向いてる。足元に気をつけてな」
 ふん、と冬良はわざわざ鼻を鳴らした。傲然と肩をそびやかし、
「承知の上だ。腕っこきの連中を助っ人に連れてきてやる、貴様こそ、ぶざまな姿を晒すなよ」
 まるでいつもどおりの会話。颯爽と背を向ける冬良と、飄々とはぐらかす光年。振り返らずに付け加えた一言だけが、いつもどおりではなかった。
「‥‥命を惜しめよ。光年」
「お前もな」
 岩の影からひらひらと振られた手を、冬良は見ない。
 遠ざかってゆく気配に、意地を張るだけの気力も尽きてうずくまる光年の姿も。治癒符を使いながらもまるで苦痛を詰めた砂袋のようにぶらさがる己の足首を前方へ投げ出し、ぜいぜいと息をする。痛みの余りに、吐き気までがした。
 龍神の這い跡のように切り立ってくねる崖の下、仰ぐ空は鈍色に垂れ込めた曇天。河を隔てて、岩間にとぐろ巻く白い蛇体。
「さて。‥‥早めに頼むぜ、ほんとに」


■参加者一覧
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
菫(ia5258
20歳・女・サ
絶音(ia5318
15歳・女・シ
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
海月弥生(ia5351
27歳・女・弓
夜魅(ia5378
16歳・女・シ
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
輝血(ia5431
18歳・女・シ


■リプレイ本文

●第一幕・山道・未明
「――橋は、落ちているのだ」
 袖の緒を括り脛巾をつけた姿、早足で一行の前に立ちながら冬良はそう告げた。
 未明。
 いまは雨こそ無いが夜霧がひいやりと頬をなぶり、先に掲げた灯火の光に幾重にも暈をつくる。
「そも、我等の一隊が遣わされたのも要所の吊橋が落ちたとの報せがあったゆえ。滅多なことでは落ちぬものがと近在の村人が不審を訴えてきたのだ。最初からアヤカシへの備えをしておけば‥‥」
 或いはこうはならなかったと、色味のない口唇を噛む。仕方ないですよ、と安達 圭介(ia5082)はつい声を高くした。「誰だって先の事は判りやしません。‥‥それより、いま出来る事をしなければ」
 人のよさげな面立ちに真剣味を湛えた安達の言葉に、冬良は噛んでいた口唇をふっと緩めた。つと白い指を動かし、
「陰陽師身の上知らずというからな。‥‥私に判るのは河岸のこちら側のことだ、増水もしている、備えもなしに渡るのは難しかろう。足元に注意してゆけば遮蔽には不自由せん。だが一長一短、こちらから向こう岸を狙い撃てるかといえばその利点も欠点に化ける――弓術師殿、如何か」
 問われ、海月弥生(ia5351)が肩をすくめる。
「まあ、この暗さだしね。‥‥着く頃には少しは明るくなってることに期待しよっか」
 愛用の理穴弓を手さぐりしつつ、そう答えた。言葉をかわしつつ、誰も歩調を緩めようとはしない。山道はきつい勾配にかかり、ただ歩くだけでも難儀な足元も相俟って、決して楽な道行ではなかった。
 菫(ia5258)がその名そのものの色の瞳をすっと細め、闇を透かし見るふうをした。
「誘き寄せるか」
「頼みたい」
 冬良は短くそう答える。その顔色は、夜の暗さを差し引いても良くはない。脱出行から一両日、人手を集め差配するかたわら、合間にわずかの仮眠で休息を取っただけなのだ。
 どうどうと、河の音が近くなった。
 雨のさなかより止んでいる今の方が、かえって水量は増している様子が音だけで窺い知れる。「‥‥足元に気をつけてくれ」
 沈鬱に声をひそめるのは襲撃の記憶のためだろう、やがて見えてくるのは痛々しい地滑りの痕跡、そのために一段低まったあたり。此処から抜け出、夜を日に継いで駆け抜いてきたのだ。
 そしてそこから漂い出る、幽かな翠色を帯びたひかり。
「!」
 さしのべた冬良の掌に降りて明滅する蛍は、光年の式である。
 生きてはおるようだ、とため息のように呟く――そっと手に蛍をつつみ、つかのま頬に差す安堵の微笑。すぐに表情を引き締め、
「すぐに助けをやる。案内せよ」
 絶音(ia5318)と風鬼(ia5399)のほうを顎で示した。式を通して、声は聞こえている筈だ。やれやれ、と言いたげに、蛍の放つ光がちかちかと瞬く。

●第二幕・崖下・暁闇
 崖下の岩間――
 怪我人使いが荒いことだ、と声には出さずに、土師光年はぼやいた。無精髭の伸びた顎、頬に見える凄惨な窶れ、弛緩した無表情が生来の目つきの悪さに拍車を掛けている。そこらの童ならまず、目を合わせただけでもおそらく、一発で泣く。
 アヤカシから身を隠しつつ一昼夜。その夜も既に深更を過ぎた。
 足首の鈍い痛みに散漫になりがちな意識を堪えて瞼を閉じ、冬良の残した陰陽符から形作った式に精神を集中する――暇と苦痛を紛らしがてら、地形のあらかたは既に把握していた。白大蛇は傷ある腹をとぐろに隠し、いまは動く気色を見せてはいない。
 だが、気付いている。
 血の匂い。生ある人の放つ気配。
 じき動き出し、川を下り、人を喰うだろう。
 ――ま、時間稼ぎにはなった、かね。
 手負いならば尚の事。喰らうならば手近の、弱った者から狙うのが道理だ。流れに乗って下流へ出てしまえば如何にかれらが知らせを急いだとしても間に合わぬかも知れず、かといって光年が人里への被害をあやぶんだかと言われれば、それも違う。少なくとも光年は、違うと答える。要は意地だ。自分が逃がしたくなかっただけだ。同輩を殺した相手を。
 つ、つ、と輝線を残し、蛍は飛ぶ。ややあって、鼓膜を震わせる咆哮――方角からして、此処からやや上流へ登った辺りか。武器の取り回しには不自由しない、そこそこの場所取りだ。
 ずるりと白大蛇が鎌首をもたげ、動き出した。
 やがて呼び戻していた式が形を保ち切れなくなり、光の名残とともに霧散する。と、ほぼ同時に、声が。
「どうも、土師さん、お迎えにあがりました」
「冥土へかい?」
 にやり、と光年が狼めいた笑みを刻んだ。開いた目に映る、白髪と屍じみた肌の色。彼女――風鬼はたちの悪い軽口に、「残念ながら」と、飄々と肩をすくめる。黒髪の愛らしい絶音とともに、シノビであった。音なく気配なく、影のように命を断つもの――
 式に集中していたといえ、その早駆の気配を光年が感じなかったのも道理であろう。
「すみません! 少し我慢して下さい!」
 応、と答え、
「悪いな」
 手近にあったその頭をくしゃくしゃと撫でてやる。素直にちょっとびっくりした顔をする絶音は、おそらくその職にあっては珍しい部類だ。
 足首に添え木を当てられ、地面に布が広げられる。光年は痩躯ながら長身だ。小柄なふたりが運ぶには工夫が要るのである。
「痛いですか? 暴れると落ちますので」
 気を失ってくれると助かりますな。
 この分では当身の一つも当てられるのかと思ったが、べつにそうでもないらしい。ならば単に、この言い様は風鬼の癖だろう。光年は苦笑とともに減らず口を叩く。
「生憎、痛いのは馴れちまった。目ぇ瞑っとくから、冥土へでも何処へでもやってくれ」
「やりませんよ!」
 絶音に叱られた。
 足首を浮かすように固定がされ、ふわりと身体が浮く。
 剣戟の響きが聞こえ、弓鳴りがする。
 霧の白さがわかるほどに辺りは仄明るくなりつつあり、それでも未だ夜は明けやらぬ――暁。

●第三幕・崖下・暁
 波立つ河面に、白い鱗をそなえた頭が覗く。
 咆哮に寄せられ、かの岸から泳ぎ来たったアヤカシ――白大蛇を迎えたのは先ず、死角から放たれた風魔手裏剣。
「不意打ちが得意なのは‥‥君だけじゃないよ‥‥」
 残像のようになびく白い髪、ほんの小柄な、おさない身体つき。彼女の名もまた、白蛇(ia5337)という。雨垂れのように言葉を途切れさせ、また次の死角へと潜んだ。
 しゅう、と牙の間から息を吐き岸へと乗り上げるアヤカシの背後には、夜風めいた早駆で滑り込んできた夜魅(ia5378)。
「因果応報‥‥ですよ」
 因縁に応じ禍果福果は生まれ、以ってその身に報いを奉らん――
 幼い頃より父に仕込まれた体術で刀を振るい、狙うはぬめる腹に見える傷口。巧みに尾の一撃を避けつつも、決め手は見出せぬ。
 その傷が先日、崖の崩れる寸前、すでにアヤカシに刻まれていたものであると、冬良は知っている。
 安達の神楽舞を受け、菫が斬り込んでゆく。馬手に刀、弓手に手斧、二つの違う得物を時によって使い分けるのが彼女の流儀だ。
「悪いがこっちも命がけだ、お命頂戴する‥‥!」
 手斧の刃が薄明にきらめき、白大蛇の首ちかく、鱗の幾枚かが弾け飛ぶ。
 蛇体がのたうち、三角の頭を振りたてて哮り立った。
 鉄爪をかまえ、輝血(ia5431)はつぶやく。「そろそろ、いいかな?」
 年相応に無邪気で爛漫な笑顔が、いっそ不吉な。
 既に負傷者の救出組からは大分、距離を稼いでいた。追い討つように、高みの足場に陣取った海月が矢を放つ。威嚇の意を込めて河辺の砂利に突っ立つ矢はアヤカシの意識を逸らし、河岸から引き離すには充分だった。気息を調え、二の矢をすばやく番え直す。
 山間の霧はようよう、薄れつつあった。
 その消え残る霧のように白い鱗をうねらせ、白大蛇はそればかりが赤い口腔をかっと開いた。そして喉奥から臓腑が覗かんばかりのそこから吐き出される霞――
「く‥‥!?」
 頭を狙って回り込んでいた菫がまともに喰らい、あやうく膝をつきかけて踏みとどまった。くらり、と激しい眩暈。
 民草の畏れゆれ、ときに人身御供を捧げらるる白大蛇とは、まどわしの力をも持つ。
「いかん!」
 冬良が符を投げうち、九字を切った――九文字の呪とともに空に描く指の軌跡が、光芒を放って斬撃と化した。牙がかすめ、足元定まらずによろめく菫のもと、癒しのために安達が駆け寄る。白蛇の放つ手裏剣が更にその牙を牽制し、そして、輝血がアヤカシに肉薄した。
 ぎしぎしとこすれ鳴る鱗の渦。邪気のないままの、感情にも欠けた笑み。そして一瞬の静寂。
 その肢体を蛇体に巻かれ、輝血の笑みは、尚もそのまま。そういえば彼女の名の音もまた、古い言葉で大蛇を指すのではなかったか。ふふ、と息を吹きかけるように笑いかけ、「内側から焼かれると、痛いよ?」
 火遁の炎がその身ごと、アヤカシを押し包んだ。
 耳をつんざく人外の悲鳴とともに、ぼろぼろと炭化してゆく鱗。炎を纏った蛇尾の苦悶の一撃を、夜魅は岩を蹴ってかろうじて避け――高みから、鋭いまなざしで見据える海月の姿が目に入った。
「いっくよ――!」
 朔の月の如く強く強く引き絞られた弓の姿、そこから放たれる、その強弓のわざ。
 それが止めの一撃だった。
 頭蓋を砕き、辺りに散らばる脳漿が、飛散した空中で瘴気の粒子へと化してゆく。
 そして自身が生み出し、未だ消え残る炎の中から皆の総がかりの手で救い出された輝血は、「あは」と笑った――
 焦げた髪に、矢張り年相応の、それでも何処か呆れて照れ笑うような、煤だらけの表情で。

●終幕・河畔・朝
 夜が明ける――
 アヤカシが人を喰らい、災い為すのが天儀の常。
 それでも、よくあることという言葉はやはり、言葉ひとつ。
 こんなことが少しでも起きない世の中にしたいものです、と青髪を朝風になぶらせ、菫はそっと眼を臥せた。
「完全に治るまでは無理しないでくださいね。悪化したら大変ですよ」
 夜魅に淡々と諭され、
「じっと、してて。‥‥僕、包帯、あんまり得意じゃない」
 白蛇に手当てをされる。またぐしぐしとその白髪を撫でていた光年は、「止さんか。困っている」と、冬良にいさめられた。何と言うか要するに、小さい子やなんかの頭を撫でるのはかれの癖なのだ。外面は無頼のくせに。
「うぅ‥‥でも、無事でよかったですよ、ほんとに」巻き込まれ体質を嘆きながら治癒を施す安達相手に、あやういところで事なきを得た輝血は、ちょっと居心地悪げに尻をもじつかせた。
「どうやら冥土には行きそこねましたな」
 かか、と風鬼が笑う。妙齢の割にはどうにも、言動が壮年男性くさい。
 いつでも一生懸命の感のある絶音は、うっかりと岩の欠片につまづいている。シノビにしては少々、夢中になると足元が見えなくなるところがあるらしい。快活に笑いながら彼女を助け起こす海月とともに、崖崩れの下敷きとなっている仲間の遺体を探してくれている最中だ。
「しっかし、ここで死体引き渡されてもどうするか。‥‥お前じゃここから二人分は運べねえだろ、井筒も見つかったら三人分か」
 いたって散文的なことをぬかす怪我人を、冬良はじろりと冷たい目つきでにらんだ。
「好意でしてくれることだ、文句を言うな。何なら里まで降りて人足を雇ってくればよいのだ。‥‥そうだな、貴様も一緒に、後で運んでもらうか。これ以上手間をかけるのも悪いしな」
「うっわ。頼むんじゃなかった」
 戦闘後の、しばらくの小休止。
 長雨はようやく上がったらしい――
 金色に谷間を染める曙光にふたり、疲れた目を細める。
「うそだよ」
 ありがとさん。
 ぽつりと、光年が呟く。「俺ァ矢っ張り、生きてられて嬉しいよ。死んじまったあいつらにゃ悪いけど」
「そうか。私もだ」
 簡潔に、冬良が答える。光年はじつに、妙な顔をした。
「‥‥私が貴様を心配してはおかしいか?」
「――おかしかないが、いや矢っ張り、出来ればそこで鼻で笑ってくれ。心臓に悪い。頼む。‥‥」
 何と言うか、違和感がすさまじい。
 普段減らず口の叩き合いばっかりしているとこうなるという良い例である。
「――うむ!」
 ちょっとばかり頬を染め、えへん、と咳払い。「‥‥まったく貴様は、普段から格好ばかりつけたがるからこんな目に合うのだ。母上大事の子供好きの隠れ勉強家めが、いい気味ではないか、ええ? こんなに胸がすいたのはそうだなあ、貴様が九つのときのお多福風邪以来だ、あれはじつに面白かったぞ。それからなあ‥‥」
 つらつらと昔の弱みばかりを並べられ、げえ、と光年は首をすくめてへんな声を出す。
 じつのところこの二人、いまでこそ職場の同輩だが、物心ついて以来の幼馴染で、要するに腐れ縁なのである。それを言うなら冬良だって八つのときに見舞いでうつされて頬をぷっくり腫らし、大層面白い御面相であったのだ。お互いをからかう話の種ならお互い、尽きぬほどに持っている。
 吹き抜ける朝の風と光が、少しばかり涼しい。
 苦痛と疲労で凝り固まった身体から久方ぶりに、肩の力が抜けていくようだ。さて何処でこのやけに嬉しそうな語りを止めたものか、と悩みながらも、土師光年はくつくつと笑った。