妖トンファーの姉弟
マスター名:咬鳴
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/06/02 22:43



■オープニング本文

 ギルド受付は今日も持ち込まれた依頼をぱらぱらとめくる。真面目に仕事‥‥ではなく、瓦版を流し読みする感覚である。
「ああ、仇討ちで妖刀使用か。まあ、珍しい話でもないな」
 妖刀とは、いわく付きの刀剣‥‥ではなく、この場合アヤカシが化けた、或いは瘴気の篭った武器を指す。
 過剰に力を求めるものや、何らかの目的で力が必要な者の前に現れ、様々な形で所有者を誘惑する。そしてやがては所有者の心身を乗っ取り、アヤカシとして顕現する。
「何々、姉弟は両親の仇討ちのため、動いてくれない領主の兵に代わって自分達で悪党を倒す力を求めた‥‥泣かせるねぇ」
 特に、辻斬りと仇討ちに関わってくる事は多い。どちらも、分不相応な力を求めるからだ。
 今回の姉弟も、何らかの経路で妖刀を手にし、首尾よく親の仇を討ったはいいものの、その妖刀に心身を乗っ取られ近隣を騒がす辻斬り状態になっているらしい。
「で、肝心の妖刀はどんな業物かいな‥‥っと」
『尚、姉弟は一対の旋棍(トンファー)の内一本ずつを持っており、これが妖刀であると思われる』
「ちょっと待てぇえええーーーーー!!」
 余りの理不尽な内容に絶叫する。その声に、奥の事務室で誰かが驚いてひっくり返ったのかガタンと派手な音がする。
「妖『刀』どころか刃物ですらねぇ!しかも明らかに使い方が間違ってるだろ!乗っ取るならその辺りちゃんと教育しろよ!」
「先輩、いきなり変な声出さないでくださいよ〜。びっくりするじゃないですか」
 どうやら転んだ音の主らしい、受付の後輩ギルド職員が何事かと覗きに来る。
「いや、アヤカシに常識は通じないのは心得ていたつもりだが、余りに非常識すぎてつい」
「ふんふん、でもほら、叩けば石垣も砕くような超強力なトンファーかもしれませんよ?」
「‥‥なるほど。街に帰ってきて辻斬りになってからの事例は目撃者もいるみたいだしな。どれどれ‥‥」
『尚、攻撃時は旋棍を構えてからの蹴り、若しくは肘鉄、投げ技などを使用することが確認されている』
「‥‥‥‥」
「せ、先輩!落ち着いて!」
「‥‥トンファー関係ねぇーーーっ!!」
 今日一番の絶叫がギルド支部を揺るがせた。

「というわけで色々納得がいかないが、お前達開拓者の仕事は単純至極、このトンファーを破壊して姉弟を呪縛から解き放つこと」
 面白い話だが、と不謹慎な前置きをして受付が言うことには。
 この姉弟が辻斬りに現れた時、思わず名を呼んだ町人達の声に反応し攻撃が緩んだ、襲い掛かった相手が連れていた飼い犬に吼えられて怯えて逃げたといった、姉弟本来の行動を度々取ったことが確認されているらしい。
「何気に珍しいことでな。妖刀に乗っ取られるというのは当人が死んでアヤカシと一体化している場合が殆どだ。生前の本人を擬態するにしても、こういうアヤカシとしての目的にとって為に不利になる所作は真似ないものだ。逆に言うとそうした本来起こらない事態が起きるということは、当人が死んでいる、という前提に狂いが起きていると期待するのも、悪くないと思わないか?」
 いずれにしてもトンファーを集中的に狙って破壊してほしい、と受付は言う。仮に前提が外れていても、本体である武器が壊れれば姉弟は動きを止める。逆に言えば武器が残っている限りは、持ち手はどんな惨状になろうとも動き続けてしまう。
「いくら得物の妖力で強化されているとは言え素人の子供二人、怖い相手じゃない。武器を壊した後、勢い余って姉弟の体まで両断しないことに注意したほうがいい位だ‥‥で、だ。問題はその後」

 この姉弟の処遇に関して、辻斬りの被害者の親族を含め同情的な声が上がっている。近隣で暴れていた悪党を叩きのめしたという点で英雄視する者までいるくらいだ。
 裏を返すと、姉弟が処罰されたり死に至るようなことがあった場合、住民のギルドや領主(事の起こりは悪党の討伐が遅々として行われなかったことにある、と住民達は思っている)に対する心象は一気に悪化する。
「無論ギルドとしても事は穏便に済ませたい。まぁ‥‥実は死んでいましたという場合は不可抗力だが、それでも罵声に晒されるくらいは覚悟してくれ。運良く息があった場合、二人を養子に迎えたいという声もある。その話が上手く纏まるまでが依頼内容だ。宜しくやってくれ」


■参加者一覧
恵皇(ia0150
25歳・男・泰
時任 一真(ia1316
41歳・男・サ
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
赤マント(ia3521
14歳・女・泰
サンダーソニア(ia8612
22歳・女・サ
ナイピリカ・ゼッペロン(ia9962
15歳・女・騎
ミヤト(ib1326
29歳・男・騎
央 由樹(ib2477
25歳・男・シ


■リプレイ本文

 夜闇の中、楓と一松の姉弟が徘徊する。二人が一本ずつ手にするトンファーは、今宵も血に飢えて‥‥
「そこまでじゃ!」
 行く手を塞ぐように姿を現す開拓者達、と犬。
「悪いが犬が苦手なことは聞いておるのでな。ご近所で一番強面の犬をお借りしてきたのじゃ」
 びくりと反応した楓の様子を確かめながら、リードの端を握ったナイピリカ・ゼッペロン(ia9962)が犬を前に出す。
「よーし、行け、ブラ‥‥」
「金剛丸、懸れ!」
 銀雨(ia2691)がちょっと困る呼び方をするのを遮るように犬の名を呼ぶナイピリカ。ヴオン!と低く大きな声で犬が吠える。
 と‥‥楓は子供とは、というより人間とは思えない速度で脱兎の如く逃げ出す。そして一松は開拓者達のほうを向いたまま、まるで磁石が引き合うかの如く、楓に引き摺られるようにして離れていく。
「速っ‥‥あ、赤マント(ia3521)ぉ!」
「任せてよ!」
 速さ、にかけては誰にも譲れない赤マントは、仲間達があんまりな出来事に目を白黒させる間にも、寧ろ嬉々として追跡の体勢に入っていた。
「足止めしてるから、頑張って追いついてね〜」
「俺達はゆっくり‥‥てわけには行かないよなぁ」
 段々遠のいていく彼女の声を聞きながら恵皇(ia0150)達もえっちらおっちらと後を追う。

「追いついた、っと!」
 大きく跳躍して前方に回りこんできた赤マントを見て、姉弟が足を止めたのは偶然にも一軒の廃屋‥‥姉弟と、その両親が暮らしていた家の前。
「トンファー‥‥キィイーック!」
 何故か技名を堂々と名乗り攻撃してくる楓。
「さすがに、そこまで堂々としてるとかわせちゃうよ」
 両足を地に深く下ろした赤マントが、その一撃を避ける。と、後方にそのまま回り込んだ楓と、正面の一松が同時に片腕を振り上げる。
「トンファー‥‥クロス・ボンバー!」
 先程の二人が引き合う力の応用で、高速で前後から腕を叩き付ける!覆面や頭部を奪われかねない荒業だ。もっとも‥‥
「こっちの動きは封じられてるわけじゃないし、簡単に避けれるんだけどね」
 つい、と大きく上半身を逸らすと二本の腕はたやすく空振る。
(「うーん、ただ、二対一だと安全にトンファーだけを狙うって言うのは難しいんだよね」)
 暫くは回避に徹するしかなさそうだ。

「ぜぇ‥‥はぁ‥‥」
「ぼ、僕、もうダメかも‥‥」
「おま、ミヤト(ib1326)、これからやろうが。あー、しんどぉ」
 かく言う央 由樹(ib2477)も息が上がっている。突然の全力疾走というのは開拓者でもやっぱりつらい。
(「金剛丸はちゃんと隠せているんじゃろうな」)
(「銀雨君がどっかに連れてくのは見たよ?」)
 ナイピリカとサンダーソニア(ia8612)が姉弟に気取られないようひそひそと話す。もう一度逃げられたら、さすがに追いすがる気力は無い。
 多勢の到着を見た姉弟が、互いのトンファーを交差させる。
「なんか‥‥光線技が来そうな気がするんだ」
「奇遇だね、僕もそう思う」
 時任 一真(ia1316)とソニアが顔を見合わせた時、まさしく2条の光線が開拓者めがけて放たれる‥‥姉弟の目から。
「ええい、相変わらずトンファーが無意味な!」
 避ける為に分散したとところで、姉弟が挑みかかってくる。開拓者たちも、男性陣は一松、女性陣は楓に対して迎え撃つ。

「こい一松、俺が受け止めてやる!
 仁王立ちする恵皇の腰を一松が掴み、体格差を活かしてするりと背後に回る。そしてそのまま恵皇の脇の下に頭を入れると、一気に引き抜く。そして弧を描くように体をそらし、頭部を地面に叩き付ける!
「トンファー、岩石落しぃ!」
「あ、あれは投極術でいうバックドロップ!!」
 律儀にもトンファーは片手に握っている。が、トンファーがこの技のどこに貢献しているのかは全くかわらない。
「ごふっ‥‥なぁに、ようやく捕まえたぜ」
 全く受けの取れない状態で投げつけられた恵皇だが、そこから体を無理矢理捻り、逆に一松を抑え込みにかかる。
 無理な捻り方をした激痛が恵皇の体に走るが、脂汗を流しながらも笑顔を浮かべて一松のほうを向く。
「一松‥‥お前も姉ちゃんも、必ず助けてやるからな‥‥今だ、皆!俺が抑え込んでいるうちにトンファーを!一松は俺が体で守る!」
「なら俺は、そのまま腕を抑える。後は頼むぞ!」
 一松は唯一自由の利くトンファーを持った右腕で、恵皇の側頭部を殴打しようとする。その腕を掴もうとする一真には、謎の衝撃波が襲い掛かる。
「ドゴォォ!っと効いたよ。でも、この腕は放さないよ」
「二人ともええ根性や。後は俺らの出番や」
「一松くん、もう少し、もう少しで助けてあげるからね。がんばって!」
 由樹とミヤトに滅多打ちにされると、天儀最強と言われるトンファーはぽっきりと折れた。

「トンファー‥‥旋風脚ぅ!!」
 片足を軸にもう片足を回転させる。徐々に体が宙に浮き、振り上げた足が回転する刃のように襲い掛かる。
「やはり、トンファーを持った奴が相手なら、両断剣を使わざるをえない」
 ソニアはひゅんひゅんと鎖分銅を振り回しながら言う‥‥剣?
「我が剣は天地とひとつ!故に剣はなくてもいい」
「誰に向かって話しておるんじゃ?」
 ナイピリカの声を無視して、鎖分銅を楓めがけて放つ。
「両断分銅ーー!‥‥えい」
 ‥‥殆ど力を入れずに。ふわりと飛んでいった鎖分銅は、楓の旋風脚に巻き込まれてものの数秒後には鎖に絡め取られた楓が出来上がっていた。
「ちょ、ちょろいのう‥‥」
「体を封じたくらいで油断できないのがトンファー術。壊すまでは気を抜いちゃだめだよ!」
 その言葉通り、鎖に絡め取られてコロンと転がっている楓が
「トンファー自縄自縛!」
 と叫ぶと、距離を詰めつつあるナイピリカや赤マントにドゴォォォ、と衝撃波が襲ってくる。
「ぬう、さすがトンファー、一筋縄ではいかぬのう」
「トンファーとかもう関係ないって突っ込んだら怒られるかな?」

「はっはっはー!お犬様の到着だぞ!」
 金剛丸を連れた銀雨が突然現れる。皆より遅れた理由は‥‥中々犬が言うことを聞いてくれなかったからである。
 ガウガウと唸る犬と、犬の吼え真似をするソニアの声にたじろぐ楓。
 衝撃波が止まったことを受けてナイピリカが投げつける木刀が楓の手に当たり、ポロリとトンファーが落ちる。と同時に楓は初めから意識が無かったかのようにふっと倒れ付す。
「ぬ?よ、よもや命を絶ってしまったのではあるまいな?」
「大丈夫、息はしてるみたい」
 ソニアが楓の様子を確認する。
「さて、こんな不気味で物騒なものはぶっ壊さないとな」
 何かぴくぴくと蠢いているように見えるトンファーを銀雨が握り折ろうとする。と、へこんだトンファーから伝わる邪気のせいか、銀雨の体が本人の意思と少々異なる行動を取る。
「おお!?面白いぞ、これ。乗っ取ると言うより、ちょっとした考えを悪いほうに拡大解釈して無茶苦茶させる感じかも」
「面白がらないでよ‥‥ちなみに何をしようとした結果、僕に向かって拳を固めてるのかな?」
「肩でもぽんぽんと叩こうとしただけだ。悪いこととか考えてないぞ?」
「なるほどねー。思考を捻じ曲げるのなら、操る相手が生きてないと意味が無いよね」
 尤も、銀雨の精神力に抑えこまれて行動を奪えていない。鍛えていない一般人、しかも生者限定となると妖刀というには余りにも情けない。
「しっかり持っといてよー。破あっ!!」
 赤マントの連撃を浴びると、人騒がせなトンファーはあっけなく砕けた。

「死んでお詫びします!!」
 がばりと起き上がった楓は開口一番そう叫んで、廃屋の壁に頭を打ち付けようとする。
「落ち着かぬかーーっ!!」
 二人が目を覚ましたとき、トンファーに支配されていた時の事を覚えているかどうかをそれとなく聞くにはどうするかと開拓者達は悩んでいたが、杞憂に終わった。この調子を見ると、少なくとも姉のほうは覚えているらしい。
 が、楓がここまで活発な形で死に急ぐとは予想外だった。
「と、とりあえず落ち着こう。ね?」
「いけません!いかなる形であれ、私は自分の罪の報いを受けないと!人をあやめた罪は、この命で!」
 錯乱気味な楓は、どうも悪い方向に思い切りがよくなっているようで、ナイピリカと赤マントにしがみ付かれて身投げを防がれると、簪を抜いて自分の喉を突こうとする。
「それだけは絶対、ダメだよ!」
 ミヤトが、自分の手を盾にして簪を止める。
「楓ちゃんが死んじゃったら、一松くんはどうするの‥‥二人っきりの家族なのに、悲しませちゃ、だめだよ」
「え‥‥あ‥‥ご、ごめんなさい!」
 貫かれたミヤトの手の平から流れる血を見て、我に返る楓。その手の怪我を意に介さず、ミヤトはしっかりと目を見たまま諭す。
「思いつめないで、まずは一松君が目を覚ますのを待ってみちゃどうだい?」
「町の皆に迷惑かけたと思ってるなら、まず面と向かって謝らないとな」
 ここで一真と銀雨が二人の足が町へ向かうよう持ちかける。二人を養子に迎えたいと言っていた町の旦那の家なら二人を落ち着かせてゆっくり話をするにも丁度良い。

「一松君も怪我はないし、しばらく寝かしてあげれば起きてくると思うよ?」
 ソニアがこそっと奥の部屋から出てくる。楓も、お茶を飲んで冷静に話が出来るくらいには落ち着きつつある。
「ま、死ぬいうのは責任取るどころかただの無責任や、止めとき」
 由樹の言葉にこくりと頷く。
「わかりました‥‥せめて、尼になって諸国を巡って‥‥」
「それもあかん。まったく、なんでまだ十そこらでそないに要らん知恵をつけよるかな‥‥他の方法が色々あるやろ。時間がないわけやない、急がずじっくり考えや」
「‥‥」
「立派に償うとは、何も死んだり世を捨てるばかりではないぞ。わからなければ、聞けばよい。ワシは、おぬしより5年も永く生きている『お姉さん』なんじゃからな!」
 ふふん、と(無い)胸を張るナイピリカ。
(「お、お姉さんぶってる‥‥」)
(「しかも、あんまりお姉さんとしての威厳が無い‥‥!」)
「こりゃあ貴様ら!ワシが楓と真面目に話しているのに笑うとは何事じゃ!」
「ぷっ‥‥」
 後ろでクスクスと笑う開拓者達とそれに怒鳴るナイピリカを見て、楓も思わず噴出してしまう。
「‥‥やっと笑ったのう。じゃが、お姉さんの話はまだ終わっておらぬぞ!」

 その頃、奥の間では‥‥
「‥‥姉ちゃん!」
「お、起きたか一松」
 がばっと起き上がった一松が辺りを見回す。どこか家の中で、3人の男達に見守られていることは何となく理解できているようだ。
「姉ちゃんはどこ?おっちゃんたちは?」
「おっちゃん、と言われるとすこぉし傷付くが‥‥おれは恵皇。そっちの正真正銘のおっさんが一真、そこで潤んでるのがミヤト」
「よかった、起きてくれて‥‥一松くん、大丈夫?体とかいたまない?」
 今にも泣き出しそうな顔で一松の手をそっと取るミヤト。
「おいおい二人とも、質問には全部答えてやんなよ。弟君‥‥いや、一松君。お姉さんは、あっちで難しい話をしてる。二人の今後についてとかね」
「‥‥?」
 よくわかっていない表情で首をかしげる。考えてみれば歳からいってもこれくらいが普通の反応だ。彼のほうはトンファーに操られていたときの記憶がなさそうなのは、喜ぶべきことだろう。
「姉ちゃんとこ、いっていい?」
「あ、うん、そうだね。もう起きても大丈夫?」
 ミヤトに頷きながら、のそのそと起き上がる一松。
「う〜む、曖昧な言い回しになるがまあいいか。一松君、お姉ちゃんは今難しいことで困ってる。君がちゃんと助けてやるんだぞ」
「うん、俺、姉ちゃんを手伝う!」
「よし、それじゃ行って来い」
 一真は笑って一松を送り出した。

「姉ちゃん!」
「一松!」
 ひしと抱き合う姉弟。
「よしよし、二人揃ったところで改めてだな」
 指を立てて銀雨が語り始める‥‥昔聞いた僧侶の説教を頑張って思い出しながら。
「本当に償うなら、償いたい相手に直接償えるとこにいないと駄目だ。つまり、この町で出来ることを探さず旅に出るなんて解決にならないってことだ。丁度養子にならないかと上手い話を持ってきてる御仁がいるぞ」
(「ちょっと、まるで旦那が悪徳人買みたいに聞こえるぞ?」)
 あまりといえばあまりな言い草にソニアが銀雨をぐいと引き寄せて耳打ちする。
(「予め色々言ってはみたんだが、どうもしっかりと厳しく当たれそうに無い人みたいなんだよね。なんで、姉さんのほうに一線引いてもらうほうが早いかなぁと思って」)
 そんな会話は多分聞こえていないであろうこの家の主は、姉弟の前に歩み出ると楓が侘びを述べるよりも早く、膝をついて深々と頭を下げた。
「楓、一松‥‥済まん。わしらのせいで、辛い目にあわせてしまって‥‥」
「え‥‥そんな、謝るのは私のほうで‥‥」
「いや、そもそもはわしら町の大人衆の不甲斐なさが招いたこと‥‥頼む、わしら町の者にお主ら二人と暮らす機会を与えてくれ‥‥このままでは、あの世でご両親に顔向けが出来ぬ」
「のう、この家主どのもこう言っておる。町の人達に、おぬしが感じた申し訳なさをずっと抱かせ続けることは本意ではなかろう?」(「ああ、確かにいい人だ。銀雨が言ったように『きつく働かせて罪の意識を薄める』を実践できる人柄じゃないな」)
(「それよりあのナイ胸は何で堂々と出張ってるんだ」)
「ただいま!中は話し纏まってる?もう入れちゃっていいかな?」
 軽く息を切らせて赤マントが足を止める。彼女が町中を走り回ってきたわけは‥‥
「二人とも無事だったって!?」
「町の皆も心配しとったんじゃぞ」
「楓ちゃん達とまた遊べるって聞いたの」
「旦那さんとこが辛かったら、家の子におなりよ」
 姉弟の息災を聞いた近所の人々が集まってきている。中には野次馬根性のものもいるだろうが、殆どの者は善意や好意から姉弟を励まし、その勇気を褒めている。
 彼らの声を聞いて楓の目からぽろぽろと零れる、涙。
「うう、よかった‥‥皆よい人で良かったよぉ‥‥」
 ミヤトがもらい泣きしている。
「じゃ、ボクらの役目はここまでかな?あの元気があれば何でも出来る、しっかりね!」
 ソニアが泣いている楓の背中をぽんと押す。

「おっちゃ‥‥兄ちゃん、姉ちゃん、ありがと!」
 急に泣き出した姉に戸惑っていた一松だが、嬉し泣きだと理解できたのだろう。出て行こうとする開拓者達にお礼を言いに来る。
「おうよ一松、姉ちゃんを守れる様な男になれよ」
「一松君は強い男になれる。姉弟で支えあって頑張るんだよ」
 差し出された手を握り返しながら、恵皇や一真が激励する。この姉弟なら大丈夫、そう思える。
「それじゃあ、元気でな。何かあれば、またお姉さん達を頼ればいいのじゃぞー」
「まだ言ってるのか。じゃあ俺は大姉さんだな!」
「ええい、余計な茶々を入れるでないぞ銀雨ぇ!」