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■オープニング本文 「ふう、市まではまだ大分あるか」 行商人は彼方まで続く街道を一瞥すると、道沿いの木陰に腰を下ろす。 「やれやれ、夏が過ぎたとはいえまだまだ陽射しはこたえるな」 道行く旅人達にとって背もたれと日陰を提供してくれる木はなによりもありがたい。旅装のみならず商売道具まで背負った行商には尚の事だ。 行商人が一息ついていると、突然上のほうで葉がざわめきだした。 「おや、風もないのに‥‥」 彼の思考と‥‥命はそこで途切れた。 「と、街道のほぼ同じ箇所で骸となった旅人が見つかる事例はこれで4件目。行方不明の者を足せばより犠牲者は多いだろう」 開拓者ギルドの受付が資料を読み上げる。 「みつかった死者は何れも木陰で休んでいたところを細く鋭いものでめった刺しにされている。傷口に湿った土や木の葉が付着しているのも共通点だ」 ギルドでは恐らく被害者が倒れていた三本の木、ぶな、樫、柏のいずれかが樹木形態のアヤカシに取って代わられていると見ている。 「死体の発見者が襲われなかったところを見ると、被害者の何らかの行動を引き金に襲い掛かるものと予想される」 もっとも、そうでなくとも攻撃を受ければ動き出すであろう事は容易に想像できるが。 「三本の内のどれかまでは絞り込めていない。ゆえに必要と思えば三本とも切り倒しても構わない。貴重な休憩所を失う旅人達には気の毒ではあるがね」 命の危険と交換には出来ないだろう、というのが受付の言。 「手口からして枝や根を武器にしているようだ。つまりは根の届く範囲は全て奴の射程に収まると覚悟しておいた方がいいだろう」 その頃、問題の街道では‥‥ ズズズッと這いずるような音を発し、木の根が地表を動く。尖らせた先端で付近を動く動物達を狩り、それを木々の枝に百舌の早贄の如く刺していく。 血と腐肉の臭いを放つそれは、やがて訪れる人間を出迎える為のアヤカシ流の飾りつけであろうか‥‥ |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
天宮 涼音(ia0079)
16歳・女・陰
鷹来 雪(ia0736)
21歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
空(ia1704)
33歳・男・砂
凛々子(ia3299)
21歳・女・サ
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●捜 〜樹に扮するアヤカシを暴く〜 それは、遠目にもはっきりとわかる。 「うわ、悪趣味ね‥‥」 と天宮 涼音(ia0079)が言葉を漏らすのも無理は無い。 三本の木の表面が、周囲の大地が、赤黒く染まっている。枝には白骨化したものから未だ血の滴るものまで、大小様々の動物が木の実の如く吊るされていた。風に乗って腐臭と血の臭いが伝わってくる。 「‥‥何という事を‥‥」 「う、ぁ‥‥これ、動物達が何でモノみたいにぶら下がってんのよ‥‥」 白野威 雪(ia0736)と鴇ノ宮 風葉(ia0799)が口々に呻く。嫌悪と‥‥事情を知らぬものであれば恐怖を呼ぶに十分な装いである。 「ずいぶんとまあ物騒なアヤカシやなあ。行商は大変なんやから休む場所は重要なんやで。それをなぁ‥‥」 商家生まれの天津疾也(ia0019)が商人の目線で文句を言いかけ、ふと疑問を挟む。 「しかし、樹木に化けて獲物が近くによってきたら、ぶすりやろ。こないケバいなりしとったら誰も寄り付かへんのとちゃうか?」 「‥‥こいつぁ、擬装だな」 目を閉じ心眼に集中していた空(ia1704)が目を開くと同時に呟く。 「身も蓋もねぇ『アヤカシでござい』と言わんばかりの汚え趣味だと思ったが、なぁ白野威」 近くで瘴索結界を張っていた雪に首を向ける。 「すみません‥‥血溜や動物達が瘴気を発し始めていて、どの木がアヤカシであるかの特定に至れませんでした。他にも、木の周囲の大地全体からも瘴気を感じます」 「そいつは根だな。そいつが、撹乱と索敵をまとめてこなしてるみてぇだ。地面の下でコッソリってのはいい手だが‥‥俺の不可視の蜘蛛糸はごまかせねぇ」 「根‥‥ということはそこさえ踏まねば気取られぬまま接近も可能では?」 凛々子(ia3299)の問いに雪は首を横に振る。 「残念ながら‥‥先程空様が仰った根らしき瘴気は土中を縦横に動き回っているようなのです」 根も攻撃能力を持つと予想される以上、迂闊な攻めは相手の本体が知れぬままなし崩しに戦いになってしまう。 「あによ、もっと簡単にわかんないの?‥‥うー、アタシが退屈じゃない」 悩む彼らを見ながら、風葉が待ちくたびれたとばかりに言う。 「ほな、簡単な確かめ方をしてみよか」 同じように暇をしていた疾也が、おもむろにロングボウを構える。 「撃って、堪えず動いた奴が当たりや」 「動かんなぁ‥‥」 弾が当たって暫し。何の反応も無い木々を見ながらがっくりと言う。 「射手が下手なんじゃない?」 することも無いので座って待っていた赤マント(ia3521)が立ち上がりながら疾也を茶化す。 「アホ抜かせ!吸い込まれるようにガツンといったやろ!」 「的は大きいんだからそりゃ当てるだけなら‥‥」 「待つのを止めた、ということは先程赤マントさんが言っていた手を実行に移す頃合か」 何時の間にか言い合う二人の側まで来ていた紬 柳斎(ia1231)が赤マントに声をかける。 「手?」 「簡単に言えば囮かな?向こうが動いてくれればどれがアヤカシかわかるでしょ?」 無警戒に近づき、木を背に休憩する。犠牲者の行動を再現すれば、何れかの段階で襲い掛かってくるのではないか。 「さて、囮には拙者と赤マントさんが行くとして‥‥」 「はい!アタシもいく!暇だし!」 もの凄い理由で元気良く手を上げる風葉。 「‥‥大丈夫?」 思わず聞く赤マント。急な攻撃へ即応する体術という点で彼女は少々心許ない。が、風葉は平然と 「危なくなったら助けてね」 と言ってのける。柳斎は肩を軽くすくめると答えた。 「来るなといっても聞かぬであろう。万が一には拙者が二人の盾となるさ」 「それじゃ、残りの皆に伝えてこないとね」 「この辺りが、気付かれない限界ってとこかしら?」 涼音が心眼中の空をチラリと見ながら言う。厳密には戦闘態勢で動かず待ち構えられる限界である。 「後は、お三方次第ですね。お気をつけて」 雪は囮の三人にそう声をかけた。 三人は北のぶなから順に近づいていく。 「う〜、わかっててもドキドキする」 わかっているからこそ緊張するともいう。 「風葉、ギクシャクするとバレるよ」 「だ、大丈夫。もうちょっと近づく頃にはちゃんとしてるから!」 至近距離まで近づくと、その凄惨さはより詳細になる。樹液の如く木の表面を流れる血。吊るされた動物達の死骸は刺し痕まみれで原型を留めていないものすらある。 「うわ‥‥」 絶句する風葉。赤マントも 「赤で飾るセンスは良いけど‥‥やり方が醜すぎるよ」 と顔をしかめ、地面から覗く根を力を入れて踏みつける。反応はない。 「しかし確かに木陰と枝葉の揺れる音は心地が良いな。この状況で無ければ旅人たちが憩いの場とするのも頷ける」 柳斎が感心したようにもらす。三人でつついたりと反応を確かめつつ観察していると、しつらえたように血で染まってない箇所がある。 「ここで休んでください、って事かな?」 赤マントはそう言いつつこっそりと背拳の構えを取り、早速腰を下ろす。風と共にざわりと葉がざわめき‥‥ ギィン! 近くの地中より一突きを狙った根を、柳斎が叩き落す。 「いきなり本命!?」 飛び上がって火種を呼ぼうと構えた風葉を柳斎が制す。 「いや‥‥常套の背後からではなく、ばれやすい正面から仕掛けてきた」 「他の木をアヤカシと思わせる為の罠って事?」 「うむ。だが‥‥ひょっとすれば尻尾を掴んだかもしれぬ。先に南端に回ろう」 柏の木につくと、根元を一周見渡し北側でぴたりと止まる。 「やはり、こちら側に血の付かぬ箇所があるか」 ここで赤マントと風葉も気付く。 「そうか!両方とも休憩用の場所が真ん中のあの木に向いてるんだ」 樫の木を睨む。『敵』はどこか、判別はできた。今度はこちらが罠を仕掛ける番だ。 柳斎からの手信号で、待機組は突撃準備に移る。一方で囮は、気付いていない風を装い、樫の木へ近づく。赤マントが腰を下ろすと、葉がざわりと鳴る。 やがて枝の一本が硬質かすると、彼女の後頭部を狙って突き出される! 「残念だけど、僕には背中も、きみの企みも見えてるよ!」 ひらりとマントを翻し枝を受け流す。そこに柳斎が切りつけ、枝を斬り落とす。 「妖木よ、次はその幹、見事真っ二つにしてくれようではないか」 刀から大斧へと持ち替えていた柳斎が不敵に笑う。 「燃えちゃえー!」 風葉の火種。炎上するには至らぬが、火を消す為にアヤカシの周囲への警戒が一寸疎かになる。そして、その火を合図に離れていた仲間たちも一斉に突入してきた。 ●争 〜辺りを覆う根と切り結ぶ〜 「皆様にご加護を‥‥」 雪は神楽を舞い、仲間の力を高める。 「僕の速度に、ついてこれるかな?」 気功掌を撃ち込み、着弾の直後に同じ場所に拳を入れる。赤いマントをひらひらと靡かせ、挑発するのも忘れない。当たりは悪くない、がアヤカシの外皮は樹皮並に硬い。 カッ。炎を纏って放たれた疾也の矢は、アヤカシを抉るように射抜く。矢の通ったあたりにはちろちろと火がついているだろう。確認も程ほどに疾也は次の矢を番える。 柳斎の一振りが大きく幹を抉る。そこに、待ち構えていたかのように空の一突きが入る。 「少し痛ェぞ、歯ァ食いしばれ。ヒヒッ‥‥おっと悪ィ、そもそも歯ァあるのかも分からねぇな」 相手の表情が無くとも、会心の手応えはわかる。ニヤリと笑うと槍を引き抜き、受け流しの構えに入る。 「調子の良い時こそご油断召されるな、ってな」 「いくぞおおおおお!」 咆哮を上げながら凛々子が切り込む。切りは浅いが、アヤカシが咆哮に反応していれば自分を優先して狙ってくるだろう。尤もいざ動いてくるまで窺い知ることは出来ないが。 まずは根か枝か‥‥そう思って地面を注視した凛々子が最初に異変に気付いた。地面のあちこちにに亀裂が入り、一気に広がっていく。 「これは‥‥いかん!皆、逃げろ!」 直後、かすかな浮揚感があり‥‥地面が吹き飛んだ。 「‥‥危なかったわ‥‥」 涼音がもし、もう少し早く符を打つ為に踏み込んでいれば彼女も巻き込まれていただろう。目の前に広がるは根の林、あるいは壁か。地面から一斉に突きあがった根の群れが地表と開拓者達を抉った。おそらく針山地獄とはこのような光景だろう。 横では慌てた表情の雪が、治療の為に前に進み出ようとしている。 「まずは、白野威さんの道を切り拓かないとね。怨念たっぷりの呪殺符を食べさせてあげるわ」 放たれた符が刃の翼を持つ燕へと変化し、根を切り裂いていく。そうして出来た隙間へと雪が滑り込んだ。 「皆、大丈夫!?」 紙一重で避けきった赤マントが声をかける。互いの姿は根が邪魔でみえづらい。 「急所は外しております」 「ちと痛かったが、死ぬには遠いな」 凛々子、空。返事が出来るくらいには無事と言う事だ。柳斎がややあって深刻な声で言う。 「私はかすり傷だ、が‥‥」 側には脇腹を押さえてうずくまる風葉。互いが互いを守ることもままならない先程の攻撃で深手を負っている。自前の神風恩寵も追いつききらない。柳斎は風葉に肩を貸す。 「ここを切り抜け、雪さんか涼音さんの所まで戻れれば治療ができる。頑張れ」 苦痛で顔を歪めながらも頷く。 「皆様、ご無事ですか‥‥!」 根の中へと駆け込んだ雪の向かいから、柳斎と風葉がゆっくりと歩いてくる。 「ひどい怪我‥‥すぐに治療いたします」 雪の呼んだ風の精霊が、風葉の傷口へと向かっていく。 「あ、ありがと‥‥」 完治とは行かないが、喋れる程度には癒えたようだ。 「さ、次はアタシが皆を治しにいくよ!」 先程まで死に掛けていたことを忘れようとするかのように風葉は言った。 (「この根、脆い!殴るならこっちだ!」) 赤マントが気を練ると、気の衣が彼女の全身をさらに赤く染める。そのまま後ろの根を蹴って跳躍し、正面の根に殴りかかる。 「これが、僕の最大の速度だよ!」 普通の樹木であれば根や枝の末端の損失は命を脅かすものではない。しかし全身が等しく瘴気の産物であるアヤカシにとって根や枝への攻撃は腕や脚を殴られるに等しい。 圧倒的速度からの連撃が根を貫き、全ての根が苦痛に悶えるように揺らぐ。 空は槍を構え直し、思案を巡らせる。 (「同じ手でもう一発来るとやべぇな」) また、根の一斉攻撃は来るのか。そう思い咄嗟に心眼を開いた空は危機ではなく勝利の予感を得る。 「へっ、隠そうたって隠しきれるもんじゃねえぞ。おい皆の衆!今地面の下は空っぽだ!すぐに同じ手は使えねぇ!」 林立する根は沈もうとするが、自らが崩した土砂が邪魔になってその速度はゆっくりとしたもの。完全に地中に戻るまでに数十秒は要するだろう。その間に仕留めてしまえば恐るるに足らず。空は炎の槍を突き立てた。 先程の咆哮の効果があったのだろう。アヤカシの枝は凛々子一人を狙ってくる。 「この程度では百年かけても私は殺せんぞ!」 四方から襲いかかる枝を打ち払いながらさらに挑発する。そしてそのまま踏み込み、柳斎が付けた根元の切れ目に渾身の一撃を加える。珠刀がめりこんだ瞬間、木はゆっくりと傾きだす。メリメリと倒れる音に混じって断末魔の悲鳴が聞こえた気がした。 ●休 〜平穏を取り戻した木陰で憩う〜 「ぼっきり逝く時はあっけないもんやなあ」 さらさらと崩れていく根の林の中を歩きながら疾也が言う。残った切り株に向かって、風葉はゆっくりと火種を近づける。 「燃え尽きなさい‥‥アンタの犠牲になった人達が、涅槃で待ってるわ!」 炭となって消えていくアヤカシの下から、『行方不明』扱いであった犠牲者のものであろう白骨が現れる。 「仇、とか、そういうことは、余り言いたくは無いのですが‥‥ごめんなさい、仇は、とりました。あなた達の犠牲が出なくなるよう、精進いたします‥‥」 雪が哀悼の祈りを捧げていると、他の木は普通の木かどうかを確認し『怨念が篭りそう』という理由で呪殺符を置いていた涼音もやってきて手を合わせる。 「仇はとったから、成仏するか符に篭ってね‥‥」 若干不穏当だが彼女なりに真摯な祈りである。 「さあ、終わりましたよ!」 開拓者達は残る二本の木から血を水で洗い流し、吊るされていた動物達の死骸を降ろし、埋葬した。あとは時間が経てばまた旅人達の憩いの木として親しまれるようになるだろう。 凛々子は汗を拭い、残った岩清水を沸かしてお茶を淹れる準備を始める。 「ちょっと、疲れちゃったかな。御茶ー、はーやーくー」 もうすっかり傷の癒えた風葉が脚をばたつかせながらお茶をねだる。 「一緒におはぎもあるよ!じゃんじゃん食べてね!」 おはぎが主食と言い切る赤マントが、どこに隠していたのか皆におはぎを振舞う。木陰で賑やかにお茶会が始まる。 「旅や戦いの疲れを癒すには木陰もよいものであるな‥‥木漏れ日が心地よい。このような場所はなくなって欲しくないものだ」 多くの旅人達がそうしてきたように、柳斎はぶなの木に背中を預ける。 開拓者達を労うように穏やかな葉音が聞こえた。 |