救出せよ
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/13 22:34



■オープニング本文

 とある鍛治屋の一家がいる。
 先祖代々、日用品である刃物を鍛えては売り、刃こぼれした包丁などを買い取ったり直したりしては細々と生計を立てていた。
 腕は悪くも無く。無名に近いが、近隣の村々から包丁や鍬などを売りさばくのに全く困ってもいなかった。
 先日、先代が亡くなり、後を継いだ息子とその嫁、そして一才になろうかという息子の三名のみで暮らしていくには十分。
 家は作業の都合で、村から少し離れた場所にある。なので、度々鍛治屋が近隣の村に出歩いて物を売ったり注文を受けたり、あるいは欲しい人がわざわざ鍛治屋に出向いて頼んだりというのが基本であった。

 その日も、いつも通りに包丁を鍛え、頼まれていた刃こぼれを直して一日を終えた。
 夏の太陽はまだ落ちそうに無いが、たまにはいいだろう。火や炉を使う作業場は暑さが応える。
 ふと蝉の声が途絶えた。
「何だ?」
 そう思うまもなく、鍛冶場に派手な音を上げて何かが放り込まれた。
 それこそ、何だ?だ。驚きながらも目を向けると、それは近くの村に住む馴染みの男だった。
 ただし血塗れで、息も絶え絶えに横たわっている。
「あ、あんた! 一体!」
 助け起こしながら状態を確認する。傷は刃物の他、打撲や何かの爪痕など様々に見えた。意識も無い。助かるかどうかは鍛冶師には判断がつかない。 
 とっさに投げ込まれた入り口を見る。男が勝手に飛び込むはずない。
「キキキ!」
 鍛冶師が見守る前で、小鬼が猿のように跳ねながら次々と鍛冶場に入り込んできた!
「畜生! 何しに来た!」
 手近にあった刃物を振りまわして鍛治師は応戦する。小鬼はさほど強くない。けれど数が多い。素人の振り回す刃物を恐れながら、遠巻きに囲んで襲う機会を窺っているよう。
 傷付いた男を守りながら、ここを脱出する事は出来るだろうか。そんな事を考えていると、
「きゃあああ!」
 悲鳴が家から聞こえた。妻の声だ。泣く声は息子のものだろう。作業場だけでなく、向こうにも現れていたか!
 もう迷いは無かった。鍛治師は小さく詫びて男を捨てると身軽になり、夢中で小鬼たちを包丁で払いながら外に出る。
 家は隣で、間を隔てる物は無い。そのはずだった。
 なのに、外に出た途端、視界を何かが塞いだ。
 それが何かと気づいた時にはもう遅い。そいつは、ひょいと鍛冶師の首根っこを掴むと軽々と持ち上げる。
 猫のようにばたつく鍛冶師の手から包丁をもぎ取ると、ゴミのように鍛冶師を投げ捨てた。危害を加えられず解放されたが、地面に身体を打ち付けて痺れて動けない。
 見上げるほどに大きな鬼だった。人の倍以上はある。鍛冶師の振り回していた包丁を興味深く鬼は繁々と見つめ、試しに自分でも振り回しなどしているが、さながら木の葉で遊んでいるようだ。
 わらわらと作業場からも小鬼が出てくる。その手には、中にあった刃物が並んでいる。だがどれも包丁だとか鎌とか鍬の先などで大きさとしては似たり寄ったり。
 ふん、と鬼は鼻息を荒くすると、小鬼ごと刃物を薙ぎ払った。ふっ飛ばされた小鬼が震えて泣くのを、鬼は腰の太刀を抜いて黙らせる。
 その太刀は錆だらけで刃こぼれも酷い。斬る事はおろか、じきに折れてしまいそうだ。
 鬼は、不満そうに口を尖らせてその刀を見つめながら、それでもまた鞘に戻した。
 それで閃く。
「おい、お前!」
 鍛冶師が呼びかけると、鬼が振り返った。目と目が合う。恐怖で失神しそうになるのを必死で堪えて、鍛治師は取引を持ち出した。
「武器を探しているのか? だったら、俺が作ってやる。お前の身体に見合った物をだ! だから、出来上がるまで俺やここに居る人たちに手を出すな!」
 身振り手振りを交えて、真剣に訴え続ける。鬼はじっと鍛冶師を見ていただけ。しかし、何かを考え込む仕草をした後、先ほど捨てた包丁を拾い上げ、鍛冶師に歩み寄ってくる。
 その包丁で滅多刺しにされるのかと蒼くなった鍛治師の前に、鬼は無遠慮にそれを突き出した。
「ウー! グルルルル」
 歯軋りをしながら、その包丁を伸ばすような仕草をする。襲われると思いこんでいた鍛治師は、何をしているのかとっさに分からなかった。
 むっと苛立つ気配を感じて、ようやく何を相手が言いたいのか理解する。
「分かった。その包丁を大きくしたような奴がいいんだな」
 鍛治師は分かったと繰り返し、大きな包丁を鍛える真似をする。
 鬼の凶悪な顔が喜悦に歪んだ。一声吼えると、家の方からも小鬼が出てきた。全部で三十か。なにやら唸るように鬼が指示をすると、小鬼たちは家や作業場の周辺に散らばる。
 見張り、という訳か。誰かを寄せ付けぬ為の。あるいは彼らが逃げ出さない為の。
(……助かった)
 安堵で眩暈がしそうだが、倒れる訳にはいかない。命永らえはしたが、危機は去っていない。
 逃げるのは難しそうだ。だが、投げ込まれた男にも家族はいる。男が帰らないなら探しに来るかもしれず、その際鬼がうろつくのを見てギルドに知らせてくれるかもしれない。
 賭けのような話だが、可能性は無い訳では無い。
 願わくば、その時彼らに見つからず、新たな被害が出ないように、だ。
「グルルル!」
 早くやれ、と鬼が催促する。頷きながら、男は極力普段どおりに家へと戻る。先ずは妻子の安否が大事だった。


「鍛治屋の一家が鬼どもに捕まっているらしい」
 開拓者ギルドに入った依頼に目を通して、ギルドの係員は開拓者たちを呼び寄せる。
「昨日の夕方、家族がその家に行ったきり帰ってこない。それで迎えに行った所、小鬼たちがその家の周りをうろついてるのを見かけたそうだ」
 小鬼と共にその家の家族が何やら働かされているのも目撃した。依頼人の家族はどうやら怪我をしているようで、開け放った家で寝かされているのが見えた。
 さらには小鬼の数は多い。そして、その小鬼に混じり一際大きな鬼の姿も見えた。
「おそらく獄卒鬼だ。巨大で禍々しい姿を持った鬼のアヤカシ。頭は悪く無く、小賢しい手も普通に使う。小鬼を率いているのもこいつだな」
 何故鍛冶師宅を襲い、そして彼らを生かしているのか。
 憶測であるが、推測するのはたやすい。ようは何か武器を求めに押し込み、鍛冶師に作らせようというのか。
「もっとも、鍛冶師が仕事している風でもなかったそうだ。うまい事だまくらかして助けが来るのを待っているのだろう。だが、三文芝居にいつまでもだまされるような奴でも無い。短慮な奴だ。いつ何をしでかすか分からない」
 それでなくても凶暴な相手。鍛冶師はともかく、その他の人間はいつまで無事か。
 早く救出に向かわねばならない。
「ひとまずは鍛冶師一家と依頼人の家族の救出を最優先に。その上で、鬼たちを倒せるなら頼む」
 鬼は危険だが、取りこぼしてもその時はまた改めて別に討伐隊を組んでもいい。
 とにかく人命救助が第一だった。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
和奏(ia8807
17歳・男・志
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
カルフ(ib9316
23歳・女・魔
風洞 月花(ib9796
17歳・女・武
白木 明紗(ib9802
23歳・女・武


■リプレイ本文

 鍛治屋の家を占拠した鬼の群れ。統率するのは獄卒鬼で、手下の小鬼の数はおよそ三十。
 異変を察知し、救出に向かった開拓者たち。その数は六名。
 家の周囲を取り巻く小鬼は弓ももってうろつきまわり、鍛治場の周辺は見晴らしがいい上に鍛治師の傍らには獄卒鬼が貼りついているときた。
「厄介な状況ね。ま、隠れ里でもいつも厄介なアヤカシばかりだったし、今回もやれる限りをやる、それは変わらないわね」
 白木 明紗(ib9802)の表情は硬いが、それで臆するでも無い。
 修羅の隠れ里であれば、危険な目にも出会う。不利な状況に怯むようでは、歴史の裏で生き延びてなど来れなかった。
「ここいらの鍛治を担ってるだけあって、近隣の村の人たちも親しくしてたみたいですね。家の見取り図、割と簡単に分かりました」
 ついでに安全が確認できるまで周辺集落の人にも気をつけてもらう言っておいたと、記した平面図を揺らしながら和奏(ia8807)は告げる。
 平屋の家は三人で暮らすつつましやかな物。集中する必要なく、頭に入る。
「それでも、立て篭ろうと思えばどうにかなりますか」
 じっくり見つめて、カンタータ(ia0489)は考え込む。
 雨戸を閉めて扉も閉めて。破られる危険もあるが、それでも全方位から無差別に矢ぶすまなんて真似は避けられる。
 助け出すのは鍛治屋の家族だけではない。
 そもそも、村から離れたこの家に鬼がいると気付いたのは、依頼者の家族がこの家に赴いて帰らなかったからだ。
 遠目から見て、まだ生きてはいるらしい。鍛冶師の女房が甲斐甲斐しく介護している。けれど、元気、ともいい難かった。
 もしも、連れ出せないなら篭城するしかない。
 いやその前に、雑魚とはいえ小鬼の群れを避け、乗り込んでいけるか。
「小鬼は数こそ多く、あちこち不規則にうろついているけど。いい加減、見張りに飽きてもいるよう。隙も見つかるでしょうね」
 実際に家に忍び込んで確認してきたライ・ネック(ib5781)が、中の様子を伝える。
 超越聴覚を使い、秘術影舞を使駆使して出来る限りの隠密行動で探っていた。カンタータも人魂を飛ばして探っていたが、こちらは小さな動物。見つかる率が違う。
 秘術影舞は元々長い時間使える術でもなく。鼻の利く小鬼にひやりとする瞬間などもあった。
 けれども、やはり小鬼。多少緊張したが、目視を許さない熟練のシノビを見つけだせる奴らでもなかった。
 獄卒鬼は鍛冶師に夢中だ。正確には鍛冶師の作ろうとしている武器に。
 そちらも少し覗いたが、素人目に見てもとても武器を作ってるとは思えない作業現場だった。時間稼ぎをしているのだろう。
 奥さんや子供、さらには怪我をした顧客とも離れ、鍛治師は鍛冶師なりに戦っている。
 早く助けに来た事を伝えて、安心させてやりたい。
「門前から住居までは突入まで一足飛びで行ける距離。例え見つかっても駆け込んで守りにつく事は出来るでしょう」
「とすると問題は、生垣に面して無い鍛冶場。少し遠いかな。弓を持った小鬼さんも厄介です」
 門から家まで指で示す明紗。
 図面を見ながら、和奏がゆっくりと呟く。
 家の周辺は生垣があり、作業場は家の裏になる。垣根に隠れていければいいが、小鬼が荒らしてしまっている。
「垣根は荒らされてるけど、小鬼から隠れられる箇所も幾つか残ってます。後は機会を見て進んでいけば作業場に外回りで近寄れるはずです」
 人魂で調べたカンタータは、家をぐるりと回る垣根に幾つかバツを付けていく。小鬼が荒らして中から丸見えになるのだ。
 その位置をカルフ(ib9316)をしっかりと頭に叩き込む。
 何せ、獄卒鬼を黙らせねばならない。その為にもある程度近付く必要がある。その時点で見つかれば、家の女房たちはともかく、鍛治師はかなり危険になる。


 作業場で鍛治師は、とりあえず長く大きな鉄の塊を削るふりをしている。
 そんな事で大包丁など出来はしないが、鬼の目はごまかせる。
 その獄卒鬼は鍛冶師に張り付いたまま。食事や小用で席を外そうとしても、恐ろしい顔で仕事を続けろ、早くしろと急かして来る。
 眠る暇も与えられず、緊張もあって鍛冶師はふらふらだった。
 そんな生活を強いる獄卒鬼もまた似た境遇にある。けれど、こちらはまだまだ元気いっぱい。いざとなれば暴れまわるに違いない。
 と思ったが。
 不意に獄卒鬼が眠そうに大欠伸をした。覗く牙に肝を冷やした鍛冶師の前で、獄卒鬼は座り込むと舟を漕ぎ出す。
 アムルリープ。気力も込めた一撃は、垣根の向こうからカルフが放ったもの。
「な、何が……」
「静かに。術で眠らせただけで起こせば起きてしまいます」
 事情が分からず慌てている鍛冶師。小鬼に見つからぬよう作業場に潜り込んだカルフは、鍛冶師を逃げるように外へと誘い出す。
「妻や子がまだ」
「大丈夫。仲間たちが救出に向かっています。ご家族の救助治療、鬼退治は引き受けますので、どうかこの場より避難をお願いします」
 小声で素早く告げる。
 強張った顔で迷っていた鍛冶師だが、獄卒鬼が唸りを上げて身動きし出したのを見て、意を決し外へと飛び出す。
 そのすぐ後ろからカルフが従う。


 形振り構わず逃げ出す鍛冶師を小鬼が見逃さない。一人だけなら、まだしも見知らぬカルフも一緒であり、獄卒鬼が側にいないとなると、異変を感じずにもいられない。
「ギャギャギャギャ!」
 即座に喚きたてる小鬼たち。
 見つかっては仕方が無い。
 元より行動の機会。屋根の上で弓を構える小鬼に向けて、先ず和奏は瞬風波を浴びせる。
 練力により呼び起こされた風の刃は、小鬼を刻む。そのまま屋根から滑り落ちれば動かぬ肉塊となり、瘴気がゆるりと上がり出す。
「斬撃落下はやはり堪えるようです」
 ゆるりと告げながらも、和奏は次の小鬼に刀「鬼神丸」を振るっている。
 風洞 月花(ib9796)と明紗、カンタータは、その機に住居までの距離を一気に走る。
 住居までの行程にいた小鬼は止めようと慌てて構えるが、その矢先に見えぬ刃に切られて次々と倒れていく。
 秘術影舞で姿を消したライが、奔刃術で駆け抜けているのだ。
 その間に、家に飛び込んだ三人は家に飛び込んでいた。
「治療は月花、あなたに任せたわよ」
「分かった。……頼むこいつを癒してやってくれ!」
 天狗駆で軒下まで飛び込んだ明紗はそこで身を翻し、一旦魔槍「ゲイ・ボー」を構えて小鬼たちを牽制する。
 礼儀に構っている暇は無い。土足のまま家に上がらせてもらい、月花は座敷の布団で寝かされている人物へと駆け寄る。かけるのは浄境。傷を癒す。
「客人の家から、ギルドに要請があって助けに来ました。鍛冶場のご主人も無事ですから、落ち着いてこちらの指示に従って下さい」
「は、はい」
 カンタータが鍛冶師の女房に声をかける。
 身を硬くする女性の腕の中、まだ年端もいかない子供が大声で泣き出した。
 可哀想だが、あやしてる暇すら無い。小鬼の攻撃を防ぐべく、カンタータは急いで空いている戸を閉める。
 取り付き入り込もうとする相手には、雷閃。戸だけでは心許無ければ結界呪符「白」も立てて補強する。
 薄い息を繰り返すだけだった男は、大きく息を吸い込むと盛大に咽こんだ。
「す、すまない……。砥ぎを頼もうと思って来る途中……巨大な鬼に捕まり……武器を欲しがってるようだから……ついここにあると……」
「喋らなくていいから。怪我は治せてもすぐ本調子って訳にはいかないだろ?」
 男が震える。恐怖の為か。視線が彷徨い奥さんを見つけると、頭を床にこすり付けんばかりに土下座をしようとする。
 その男を助け起こし、奥さんと一緒に壁際まで下がらせる。
「全くこんな小さな子まで怯えさせるなんて。少しの間、お母さんにしっかりつかまってじっとしてて、ね」
 明紗は子供に笑いかけると、改めて小鬼たちを睨みつける。
「仁王如山、ここを抜くつもりならあたしを倒すことね」
 仁王のような構えを取る明紗。まさしく一歩も動かぬ覚悟で一喝する。小鬼の効果を出すまでには至らない。ただ、その気迫は十分に伝わり、小鬼たちは攻めるのを躊躇している。
 その躊躇の隙も活用し、月花は魔槍「ゲイ・ジャルグ」を振り回す。
 東房に伝わる宝蔵院。その巧みな棒捌きに、小鬼は避けきれずに血飛沫を上げる。
 仲間の危機に、すかさず遠くから矢を射掛ける小鬼。
 次々飛来してくる矢を月花は、巧みに叩き落し……
「って、簡単にはいかないか。……荒童子!!」
 やばいと思って躱した所が、矢の雨が降り注ぐ。
 お返しとばかりに、槍を掲げれば精霊の幻影が小鬼を襲う。
 ただ射程はそれほどない。遠くの敵にはカンタータの雷が飛んでいく。
「とりあえず飛び道具は無しにしましょう。逃げる際にボクらはともかく一般人には危険すぎです」
 碧符「嵐牙ノ空」を構えると、カンタータは結界呪符「白」の陰から狙いをつけていく。


 住居の騒ぎは、当然鍛冶場にも届く。
 不穏当な気配を感じた獄卒鬼は目を覚まし、そしてすぐに鍛冶師が消えたと知る。
「ウガアアア!」
 怒りにかられて辺りの物に当り散らす。すぐに獄卒鬼は鍛冶師の後を追おうと、鍛冶場から飛び出した。
 途端に、猛烈な吹雪が獄卒鬼を襲う。カルフの置き土産だ。
 凍える吹雪で身動きできず、収まる頃にはさらに獄卒鬼は怒りで熱くなっていた。
 一声吼えると、住居の騒動で憂さを晴らすべく、錆だらけの太刀を握り締める。
 その前に、和奏が立ちはだかる。
「奥さんたちを危険にさらせませんし。小鬼さんと違ってしっかり倒しておきたい相手ですからね」
 刀に手をかける。攻撃すると見せかけ、間を外しての抜刀。
 虚をつかれた獄卒鬼は、その筋骨隆々たる肉体に一文字を付けられる。
 けれど、さすがというべきか。深い傷跡にも関わらず、獄卒鬼は大きく武器を振り上げ、一気に振り落とす。
 唸りを上げる錆だらけの刃。切れ味は割るそうだが、叩かれて痛い程度で終わるのか。
 試して見る気も無く、和奏はすかさず逃れて間を空ける。
 睨みを入れる獄卒鬼。けれど、その瞼が重く落ちると、体勢もまた大きく崩れる。
「鍛冶師さんはひとまず安全な所へ連れ出しました。加勢します」
 戻ってきたカルフが、距離を置いてアムルリープを仕掛ける。
 ベイル「翼竜鱗」を持っているとはいえ、肉体に優れた鬼の力量は侮れない。近寄らせないのが一番だ。
 ふらついた獄卒鬼の喉がぱっくりと裂けた。と同時、効果が切れたライが姿を現す。
 走り抜け、構えた忍刀「暁」には血が滴り、落ちた先から瘴気に戻っている。
「これで」
 どうだ、と言いたかった。
 けれども直後、錆びた鉄が振り下ろされる。
 飛び跳ねて躱すと、彼方から小鬼が矢を射かけてくる。
 手裏剣「八握剣」で射抜くと、小鬼はそれだけで瘴気に還っていく。
「さすがに首魁は楽じゃないですね」
「ですが倒せない相手でもなさそうです」
 柳眉を潜めるライに、カイルは冷静に告げる。
 倒れないが、傷は深い。獄卒鬼も肩で息をし始め、苦しそうだ。
「武器を求めるなど不埒な真似を。それで誰を殺めるつもりだったのです」
 カルフはアムルリープを仕掛け続ける。傷のせいかうまくかからないようだし、かかっても痛みで目覚めてしまう。
 それでも睡魔に襲われながら、戦い続けるのも難しい。
 体勢を崩す敵を葬り去るのに、さほどの時間はかからなかった。


 破れかぶれで飛び込んできた小鬼にも、容赦なく明紗は一撃を加える。
 守る者がある以上、負けは無い。
 深々と槍で貫かれた一匹が地に落ちると、辺りに動くアヤカシはいなくなった。
 戦闘の喧騒も消え、怯えた子供がただ泣き叫んでいる。
「ごめんね。怖い思いをさせたね」
 目を合わせて、頭を撫でてやるとそれでようやく大人しくなった。
「よろしかったらこれを。といってもまだ早いかな」 
 ライが甘酒を渡すと、女房は礼を言って受け取る。
 カルフに連れられ、鍛冶師も戻ってくると、互いの無事を喜び合う。
「皆様無事ですね。お怪我は」
 負傷者も、カルフがレ・リカルで癒すと、荒れた家以外はほぼ元通りに落ち着く。
 家族の明るい笑顔。
 怪我をしていた男もふらつく足取りで、家族へ無事を知らせに急いで家路に着いている。
 その表情にほっと胸を撫で下ろしながら、一同は開拓者ギルドに報告に戻った。