【猫族】猫はいらない
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/20 19:36



■オープニング本文

 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。
 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。
 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。
 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。
 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。
 準備は着々と進んでいたが、秋刀魚に関して巷では不安が広がっていた。


 泰の開拓者ギルドに、海のアヤカシ討伐依頼が並ぶ。
 出動する開拓者たちのおかげか、少しずつ海の治安も戻っていき、魚の流通も増えてきたのだが。
「急げ、すぐに出荷するぞ!」
 祭りは待ってはくれない。とある魚市場では、遅れた分を取り戻すべく、しわ寄せがどっと来ている。
 増えつつあるといってもまだまだ足りない秋刀魚。その秋刀魚を求めてやってくる客は、祭りの準備を進める為に必死だ。
 より安く、より多く。世間話をしながら値段交渉なんぞしていると、それを見つめる別の目がある。
 そいつらは足音も無く忍び寄り、影から影へと動き、ありきたりな風景に溶け込みながら、目指す獲物に近付き……。
「こらー! この泥棒猫が!」
 店主が見つけて怒鳴ったのは、まさしくどこにでもいそうな猫。声に驚きびくりと身を震わせたが、さっと秋刀魚を加えると瞬く間に路地裏に逃げていった。

 そして、開拓者ギルドに依頼人が訪れる。
「漁が不振で残飯も減ってたもんだから、ヤツラ商品にまで手を出してきやがる。うちの界隈じゃまだ流通が戻ってきてるのがうちぐらいなもんで、他の縄張りからも出張してきてそれが元の猫と縄張り争いしてと、一日中うるさくて仕方が無い」
 殺到するお客の対応に大忙しなのに、猫の面倒まで見ていられない。なので放っておくと向こうも図に乗って、どんどんいい魚を狙うようになり、多少追い払ったぐらいでは諦めなくなってきた。
 市場の中をうろつかれるのも衛生的に良くないし、外をうろつくなら可愛いが油断すると縄張り争いで喧嘩を始めたり、お客のもふらさまにもふもふして寝てたりとやりたい放題。
 しょうがないので、誰かが向こうに行ってろと迂闊にまたたびなんぞ与えた所、酔っ払いが大暴れしてそれは大変なことになった。その上、またたびがもらえるとまた増える始末。
 市場以外にも仕事はある。猫ばかりに構っていられない。
「まぁ、もう数日もすれば他の市場もマシになるだろうし、そしたら出張組の猫は元の縄張りに戻って少しはおとなしくなるだろう。だからといって放っといちゃ、うちの居心地良しと判断して居座られかねない。なんで頼むから、うちの商品を守って猫を追い払ってくれねぇか」
 たかが猫。されど猫。猫族にとっても猫は問題だった。


■参加者一覧
山階・澪(ib6137
25歳・女・サ
わがし(ib8020
18歳・男・吟
中書令(ib9408
20歳・男・吟
奈々生(ib9660
13歳・女・サ


■リプレイ本文

 にゃんと鳴く声が聞こえる。みぃみぃと甘える声に、ギャアと威嚇する声も。
 目を向ければそこには猫の姿。目を逸らしてもそこには猫。振り返っても猫。どこを向いても、何かしら猫の姿がある。
「なるほど、確かに猫ばかり。これは市場の方々も大変ですね」
 興味深くこちらを窺っている猫たちを、中書令(ib9408)はひとまず手で追い払う。
 素早く猫は逃げ出すが、少し走ると立ち止まってまたこちらを窺っている。遠くまで逃げようとする気配は無い。
 辺りを探ってみたが、市場では魚を運び売りさばく為の荷物が多い。今は不漁の遅れを取り戻そうと、片付ける間も惜しんで魚を売りさばくのでそうやって重なった空の荷物がまたいい障害物となる。
 その影に隠れながら、猫は忍び寄り、手頃な魚を奪ってまた隙間へと逃げ去ってしまう。
「猫は身軽ですからねぇ。油断すると、どこからでも近付いてくるそうです」
 猫が集まってくる進路を確かめていた山階・澪(ib6137)だが、漁師たちも猫だけに注目していられない。気付けばそばにいて魚を掻っ攫われてしまうという。困ったものだ。
 それでも、一応やつらの寝床というか縄張りの方から来るというのは分かっている。分かっていても、それに対処できるほど暇も無い時期なのだ。
「お祭りが出来て、猫族が来年まで秋刀魚が食べていけるかの瀬戸際だもんねぇ」
 奈々生(ib9660)がどこか殺伐としている漁師村を見て、嘆息つく。
 出自は泰とは違うようだし、白兎であるが、それでも同じ獣人。祭りにかける意気込みや、それを支援する人たちの思いは分かる。
「猫は大好きなんだけど、美味しい食べ物を盗られるのはなっとくがいかないよ。ニャンとして、同朋が悪い事してるみたいで放っておけない……。私、兎だけどっ!」
 ぐっと拳を握って猫たちを睨みつけると、殺気を感じてかばらばらと猫が逃げる。けれど、食事の時間――すなわち市が開始されれば戻ってくる。
「猫……ですか。ではまぁ、罪は有りませんね。手荒な事はしたくありませんが……」
 わがし(ib8020)が静かに周囲を見渡してから、ほんの軽く肩を竦める。
 アヤカシ相手なら遠慮はいらない。見つけ次第叩きのめすだけ。ケモノや獣であれば、時と場合による。
 けれど猫。されど猫。身近にありふれた存在だからこそ情が移りやすく、向こうはそんなの構わず気ままに振舞う。
「なるべくなら穏便に済ませたいですね」
 澪の言葉に、一同はそれとなく頷いていた。


 猫は愛玩動物な反面、どこにでも入り込む厄介者でもある。
 別にこんな機会でなくとも、市井には猫避け対策は山とある。なんなら害獣のように罠をしかけてもいい。
 しかし、今回は人の出入りが激しい商売の邪魔にはならないようにと言い渡されている。商売の邪魔になるから猫を遠ざけて欲しいのに、開拓者が邪魔になっては意味が無い。
「罠や大きな音以外ですと、匂いや光が有効かと思います」
 大掛かりな物はいらない。
 漁師たちの許可をとって、澪は市場の各所に猫避けの仕掛けを施す。
 猫の嫌う柑橘系の果物の汁や酢、木酢などを手頃な所に置いて回る。
 最初は興味本位で近付き、嗅ぐと顔を背けて逃げていた猫たち。けれども、市が始まると運び込まれる魚の臭いが満ち、猫避けの臭いは薄れる。
「ひのふの……。それでも近寄る数は少ないようですね。向こうがうまく行ってるようです」
 近寄る猫を見つけて、澪は手にした鏡でまだ温い太陽光を反射する。光に照らされた猫は眼を細めると、驚いて逃げていく。
 だが、それすらも上手く避けて市場に入り込んだ猫もいる。
 天上から降ってきた猫に気付き、素早くフェンスシールドで防御。弾かれた猫は宙で一回転して地面に降り立った。
 他の猫より体躯が一回り大きく、どうやら知恵も回りそうだ。獣ではなく、ケモノか。
「やりますね。けれど、こちらも負けませんよ」
 構える澪に、猫ケモノはそこをどけと毛を逆立てて唸る。
「確かにここの魚は美味しいですが……。ここは退いて向こうで食べて下さい」
 澪は剣気をぶつける。
 威圧された猫ケモノは力量の差を悟ったか。まさしく尻尾を巻いてすごすごと逃げていく。
 ふぅ、と息をつく間もなく、また別の場所で動いている猫を見つける。鏡を光らせると逃げたが、全く気が抜けない。
 とにかく今は魚の防衛に励む。

 澪に追い払われて逃げ出した猫は、一旦安全な場所まで退却する。
 その途中、鼻を引くつかせると行き先を急に変えた。
 ごろごろと多くの猫が何やら上機嫌で寝転んでいた。中には枝に齧りつき、それを奪おうとした別の猫と喧嘩になったりもしている。
「喧嘩はしないで、少し大人しくしてね」
 怪我をする前に、奈々生は持っていた網を投げて猫を絡め取る。
 撒いたまたたびに猫たちが意識を奪われている間に集め、檻に閉じ込める。
「押してもダメなら引いてみろってね」
 市場に集まる猫を。追い払っていくだけではまた戻ってくるのは必須。ならば戻ってこないよう、端から捕まえてしまえばいいのだ。

 わがしは市場から離れた場所で魚を焼いていた。
「炭火焼、とはまた味がありますね」
 七輪を団扇で仰いで火を熾せば、網の上で煙を上げて魚が美味そう焼きあがる。油の乗った香りが潮風に混じって辺りに広がる。
 腹をすかせた猫たちが気付かぬはず無く。けれど、わがしを警戒して遠巻きに見守るだけ。
 気にせず、わがしは魚を焼き続ける。
 こんがり焼きあがると、適当にほぐして猫たちに差し出す。
 やはり猫たちは寄ってこない。
 離れた場所から様子を見守っていると、ようやく一匹が近寄ってきた。
 一匹が食べ出すと、二匹、三匹と口をつける猫の数が増えだす。皿が足りず、取り合いをする猫もいる。
 そこに琵琶が鳴った。
 突然の音に、猫たちはあからさまに驚く。警戒して顔を上げたが、奏でる中書令は遠く、近寄る気配も無い。すぐにまた食事に勤しみ出した……。
 のだが。
 食べていた猫の頭がこくりと項垂れると、やがて側で丸くなって目を閉じる。あるいは無防備にぱたりと倒れこむ。
 琵琶「青山」で奏でられる曲は、ゆったりと眠りを促している。夜の子守唄だ。
 すっかり熟睡してしまった猫たちを用意していた檻に入れると、そのまま別の場所に運ぶ。
「用は邪魔しないようにすればいいのですから。追い払うより閉じ込めて、商売の時間帯の間だけどこかに入っていてもらう、などの事は可能です」
 琵琶を止めると、中書令も猫運びを手伝う。
 依頼人たちに頼んで、市場から離れ、村からも離れた小屋を教えてもらっている。そこなら万が一住み着いてもご近所迷惑にはならないだろうという事で。
 小屋は二十匹にもなる猫を閉じ込めるには少し手狭だが、仕方無い。
 世話をするにも一箇所にいる方が便利で、奈々生の集めた猫もそこに運ばれている。
「閉じ込めて可哀想だけど、数日だけだから。皆集まったら、もふもふさせてねー」
 睡眠やまたたびでまだへろへろしている猫を少しだけ撫でて、奈々生たちは一旦小屋を離れる。

 何度かこれを繰り返せば、うろつく猫はかなり減った。
「粗方はこれで捕まったと思いますけど、まだ隠れている猫や新たに新参者が来る可能性はありますか」
 超越聴覚で周囲を確認していた中書令。小屋と違う方から聞こえる猫の声も幾つかある。ただ飼い猫も歩いているので、確かめる必要はある。
「焼く魚は漁師さんたちの援助で困りませんけど。それでも寄ってこないなら、こちらも考えがあります」
 言ってわがしは、体にまたたびを撒き付ける!
「これで向こうも出てきます。みなさん、お好きでしょう」
 にっこり笑うわがし。またたびに勘付いたか、小屋の中がニャーニャーうるさい。
「わわわ。捕まえた猫たちが興奮してくるよ。危ないから離れてて」
「分かりました。ではそこいらをこれで見回ってきてみます」
 奈々生に押されて、わがしは軽く告げるとそのまま歩き出す。すぐにどこからともなく一匹の猫が顔を出して、わがしの後をついて歩き出している。


 三日はあっという間だった。
 悪戯者たちは閉じ込めたので、市場の監視というより集めた猫の世話で忙しく過ごす。
「隣の漁場も流通が戻ったそうだ。客が向こうに流れるのは痛いが、これでようやく前のような生活に戻れる。仕事の手も少しは空いて、猫を追い払う暇ぐらいは取り返せそうだ」
 予想通りだと、漁師たちはほっと胸を撫で下ろす。
 もう猫を解放しても構わない、と漁師たちは告げる。
 飛び出した猫もいれば、小屋が気に入ったかまだ横になってる猫もいる。その内どこに拠点を置くかは、彼ら自身が決めるだろう。
「猫たちが自分で海に潜って魚がとれれば、魚市場の商品に手を出す事も無いんでしょうけど」
 澪が嘆息つく。
 市場警備に勤しんだのは、主に朝から昼。要は市場が本稼動している時間だ。
 それ以外の時間は客も少ないので、何とか市場の人たちも猫に気を付ける余裕が出る。余裕があるので追い払われる。
 豊富な魚を狙い、やってくる猫。けれども自力で取ってくれるなら、追い払われも怒られもせずにすごせた筈。
「それはそうですけど。猫は濡れるのを嫌がると聞きますから、難しいでしょう」
 別に泳ぎが得意でも、容易に餌を取れるなら人の側にも群がる。
 海に潜るのと市場に潜入するのとどちらが容易いか。しばしわがしは考え込む。
 猫を解放後、市場に戻ってみれば、さっそく帰ってきた猫がうろついている。
 魚を狙わないなら、鼠を捕ったり鳥を追い払ったりしてくれるので、全くいなくなるのも困るらしい。なかなか面倒な関係だ。
 依頼人に依頼終了を伝えると、「気持ちばかりだが……」と、糠秋刀魚も土産に持たされる。
「いやぁ、本当に助かったよ。猫を閉じ込めるって簡単な事なんで思いつかなかったんだか。いやでも、世話する時間もとれなかったかも……って、あんた、何してるんだ!?」
「よし、逃げよう!!」
 面目しきりに頭を下げる依頼人たち。その言い訳を聞きながら、奈々生はこっそりと商品の魚に自分が用意した魚を加えてみる。
 咎める店主の声を聞き、まさしく脱兎の如くの奈々生は走る。促され、他の開拓者たちも慌しくその場を立ち去る。
「あの……、『くわえ』違いの気がします」
「だね。間違った気もする」
 走りながら、戸惑っている中書令に、奈々生は苦笑する。
 ただ、開拓者たるもの。泥棒になる訳にはいかない。
 猫は銜えて逃げるものだが、兎は加えて逃げてみた。それぐらいは許されるだろう。