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■オープニング本文 泰国の獣人は猫族(ニャン)と呼ばれている。そう表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。 個性はあるが猫族は総じてせっかちな傾向がある。そして極度に群れるわけではないが、住宅を一個所に集中させてコミュニティを形成してる場合が多い。 一番大きな共同地域は泰国の帝都、朱春一角にある『猫の住処』(ニャンノスミカ)だ。右を見ても左を向いても頭上を仰いでも猫族ばかりと噂されている。 個人的な好き嫌いは別にして猫族は魚を食するのが大好き。特に脂が乗った秋刀魚には目がなかった。 そして、祭りに目が無い奴がいる。 「秋刀魚祭ねー。おもしろい祭があるもんだな」 「適当に略すな。秋刀魚祭じゃなく、『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。要はお月見、月を敬う祭だ。……まぁ、秋刀魚も重要なのは確かだろうがな」 神楽の都の開拓者ギルドにて。 噂される泰の祭を興味深く聞いている酒天童子に、ギルドの係員は苦笑する。 「今年は海のアヤカシが暴れだして、秋刀魚が不漁。奉納する魚にすら事困り、祭の開催すら危ぶまれたらしいが、現地での開拓者の活躍で何とかなったようだ」 「ほほう。てことは、秋刀魚諸々食い放題か」 「食い放題……ではないが……、まぁ、それなりに屋台は出てたりするそうだな。だが一番の見所は、三山送り火だな。朱春近郊で見える三つの山にそれぞれ火で巨大な絵を描きあう。それは大層見所ありだそうだ」 送り火に勝敗は無いが、時に華麗な山には王から褒賞が出る場合もあるので、自然凝ったものを作ろうとする。 作りにも傾向があって、西の劉山は奇想天外、北の曹山は豪華絢爛、東の孫山は質実剛健な図柄が多い。 今年はどんな物になるだろうと、開催の二十五日を猫族のみならず泰の民は楽しみにしている。 「それ以外にも、泰の各地で詳細は違うようで、厳かに月を見る地域もあれば、月餅という菓子を作ってみたり、送り火を模して灯篭を立てて祝う場所もあるそうだ」 詳細は様々。ただ共通するのは、月に秋刀魚を奉ること。それぐらい。 「で。勿論屋台や酒もあると」 「まぁ。そうだが……どこ行く気だ?」 話を聞いた酒天が、ふらりとギルドから出ようとする。 呼び止めはしたが、何を考えているかは大体分かる。 案の定、振り返った酒天がにんまりと笑っていた。 「泰って食いもん上手いんだよなー。味付けも天儀とはずいぶん違うしさ。秋刀魚好きだからって秋刀魚ばかりでもないだろ。麺に酒と楽しんでくるのも悪くは無いな」 言って、軽い足取りで酒天は立ち去っていった。 「まぁ、何だ。個人の自由だしなー」 係員は、頭を掻いて天上を見上げる。 奴が祭りで何をしでかすか。止めた方が良かったかもしれないが、その理由が無い以上、これは不可抗力に違いない。 泰に酒天童子来たる。 精霊門を使えばすぐなのだし、何かとお騒がせの酒天童子を知る者は少なくない。 その噂は瞬く間に泰にも広がり……一部の民を戦慄に追い込む。 「奴は底なしの胃袋で目に付くもの全てを食らい尽くすと聞くぞ!」 「秋刀魚が! 秋刀魚が食われるー!」 「秋刀魚だけじゃねぇ。売り物全てが奴一人の腹に!! くっそ、どうすればいいんだ」 「見つかったら最後だ! 奴が来たらそれとなく追い払うか、速やかに店をたたんで隠れるべし」 「ってどんな顔してるの?」 「知らん、とりあえず角のある奴が来たら警戒すればいいだろ」 誤解があっても、ただす者は無い。 という訳で、何となくぴりぴりとした緊張に包まれる飲食系の屋台や店の店主達。 「かつて天儀で暴れまわったかなりのやり手だって話だな」 「修羅自体、皆が仙人骨を持つような強さを誇る。その頂点に立っていたとはどんな奴だ?」 「だが、噂では弱体化して今はただのチビらしいぞ」 「ふん。それでも何かしら出来はするだろう。ちょっと手合わせ願いたいな」 「それはいい。私も探してみるかな」 野生的な笑みを浮かべるのは泰拳士たち。開拓者であろうと無かろうと、修行に励む彼らにはおもしろい相手に思えた。 精霊門を抜けると景色が一変。 並ぶ建物、漂う気配。天儀とは異なる風景がそこには広がる。 軽く呼吸をすれば、すでに祭りの準備か。魚臭い。 「さて。どこに行ってみるかな」 無責任な噂など露とも知らず、酒天童子は泰儀を歩き出す。 泰にも開拓者はいる。 祭りの為、依頼の為、単なる休養。理由は人それぞれ。出歩くのに制限などない。 ぶらりと祭りで賑わう町村を歩いていると、なんとなく雰囲気がおかしい所にも気付く。 何か恐れているような、期待されているような。妙な熱気。それも祭ゆえか。 特に角のある誰かがいると、その緊張はより高まるようだ。 はてさて。『猫族』とは言っても、天儀の神威、アル=カマルのアヌビスと同じ。猫系が多いというだけで、牛や竜の獣人だっている。 修羅にしても、いい加減目新しい存在とはいえない。 一体、何が気になるのだろうか。 さらには、町を歩く酒天を見つける。そちらは祭り見物だろうと、すぐにも察しがつく。 もっとも、そのまま野放しにしていいのか。奴の事だから、また何かしらの騒動を起こしかねない。 所詮他人事。けれども気付いた以上、騒ぎは最小限にするべきか。 声をかけるのもいいし、やり過ごしてそのまま自分だけで楽しむか。開拓者はしばし悩む。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 八十神 蔵人(ia1422) / 和奏(ia8807) / 明王院 千覚(ib0351) / 无(ib1198) / 巌 技藝(ib8056) / ラグナ・グラウシード(ib8459) |
■リプレイ本文 泰にて行われる、月を崇める猫族の祭り。その名も『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。 月を敬う為に行われる三山の送り火は猫族で無くても見応えがあり、そちら目当てに人も集まる。 「さすがサンマのお祭り。さて、普通のお祭りとは異なる趣向はあるのでしょうか」 原色豊かな泰の町を、和奏(ia8807)は物見遊山で歩き回る。 右も秋刀魚、左も秋刀魚、どこもかしこも秋刀魚だらけ。 出回る屋台から油ののったいい香りがする他、氷でしめた生秋刀魚を売る屋台もある。需要があるから供給している訳で。猫族始め、道行く人がそれを疑問に思わず大漁に購入しては去っていく。 ただ。売り物に秋刀魚が多いという以外に、これといって変わった傾向は無い。さて、他にも何か違いはないかと和奏は辺りを見回してみると。 変わった人を見つけた。 「祭りか、うふふ……楽しみだな!」 うさぎのぬいぐるみを背負った長身筋肉質の男一人。浮かれて弾んでやってくる。 「屋台では何食べようか? なあ、うさみたん」 祭りに浮かれてにやけた顔で、ラグナ・グラウシード(ib8459)はうさぎのぬいぐるみに話しかける。それを周囲は奇妙な目で見ているが気にしない。 そして、その周囲以上に顔色を変えたのが屋台の店主たちだ。 「あ、おじさん。そこの秋刀魚を……」 「今日はもう閉店だよ!」 ラグナは修羅。頭上には二本の角がある。 泰では確かに珍しい種族かもしれない。が、店主はあからさまにその特徴を見て、顔色を変えておののいていた。 そればかりか、屋台を片付けると、急いでその場から走り去ってしまう。 「いや、どう見ても商品残ってたんだが……まぁ、構わんか。じゃあ隣の店へ」 唖然と見送ったラグナ。だが、祭りは始まったばかり。まだまだ楽しむ所はあるさ、とすぐ次の店へ向かうが。 「うっ、持病の癪が!」 「その隣……」 「いかん、お祈りの時間だ!」 「さらにその隣……」 「悪い事言わないから、帰んな。内には無理だ。……ああ、いらっしゃい、さあ何にする?」 次々と店を閉められ、あるいは残念そうに首だけ振られて追い払われ。 どこもかしこも相手にされず、気付けば周囲の明かりも乏しく、ラグナは薄暗い中に佇んでいた。 「わ、私はただ……祭りを楽しみたかっただけなのに……。何か悪いことしたか?」 『ううん、そんな事無いよ。いつもの格好いいラグナさんだよ』 「……ぐすっ、ひっく……えぐ……。うん、そうだね。そうだよね。なのに何故だ……何故なんだ」 のみならず静かに泣き出し、うさぎと喋り出す。もちろんぬいぐるみが返答するはずないので、裏声で対応している。 見かねた通りすがりの老婆が声をかける。 「なんか知らんが、兄ちゃん元気だしな。ほら、祭り土産でも持って帰んねぇ」 「あ……ありがどおー。うさみたん、よかったお」 老婆の優しさに礼を言うと、涙を拭き、ラグナはうさみたんと歩いていこうとした。 途端。 「隙ありぃいいいいい!」 「ふおおおお!?」 消沈したラグナの背後で荒鷹陣を取った老婆が、いきなり背中に旋風脚。遠心力がかかった蹴りは、消沈した心と祭りの場という油断から、ラグナを盛大に飛ばしていた。 「ちっ、不甲斐無い。これが天儀をならした王の実力かね」 「師匠。ダメですよ。相手は角の生えたチビだっていう話じゃないですか。今の人はどう見てもチビじゃないでしょう。人違いです。ああ、本当に申し訳ない」 「ふん。大は小を兼ねるんだよ」 走り寄って来た屈強な泰拳士から説明されて、頬を染めて師匠は去っていく。 「わ……、私が何をしたんだー。うさみたん、答えてくれぇえええ」 飛ばされた先は、秋刀魚の水槽。氷やら秋刀魚を頭からかぶって、ラグナは泣きじゃくる。 濡れたうさぎはもう答えてくれそうに無い。 その様子を見ていた和奏。よくよく辺りを注意してみれば、逃げたり絡まれたりするのはラグナだけではなく、他の修羅や角の生えている獣人も。そして避けている方は、概ね飲食を扱う店に限定されるようだ。 得たり、と和奏は手を打つ。 「つまり……角の生えた特にチビさん相手に、飲食店は逃げ、通りすがりの泰拳士は喧嘩を売る風習があるのですね」 そう納得すると、和奏は特に関わらず。祭りの喧騒へと戻っていった。 ● 月見、とはいえ、人が集まれば厳粛ばかりとはいいきれない。屋台が出て腹が膨れれば、当然気分も陽気になる。 「天儀の祭りは酒天童子がことごとく食い荒らしたせいで、しっちゃかめっちゃかになったというじゃないか」 「なるほど。まぁ、それは確かにそうですが。安須大祭については酒天の大食いのせいではなく周囲の思惑のせい……だけともいえませんかねぇ」 陽気になれば口も回る。无(ib1198)は泰の噂話を集めながら、その一方で曲解して広まった噂については訂正を入れて回る。とはいえ、どこまでどう広まったのか。まるきり事実無根ともいいがたい場合もある。 噂とは案外度し難いものだと、様々な噂を調べながら无は祭りを楽しむ。 その陽気さの中に、さらに歓声が加わった。 そもそもは辻演奏をしている楽師たちがいた。腕は確かで、見事な曲を披露していた彼らの中に、さらに巌 技藝(ib8056)が飛び込み、即興でひとさし舞いだした。長い紫の髪は火に赤く輝き、小麦の肌は夜にさらされる。 泰拳士としての身軽な動きも、巧みな舞の魅了に変えて、しなやかに艶やかに揺らめく姿は通りすがる人の目を引く。 楽師たちも技藝に合わせて演奏を変え、より踊りを魅せるものにする。 高い音と共に技藝は飛ぶと、曲の終わりと同時にぴたりと着地し、礼を取る。周囲の拍手が一際高くなり、技藝にも楽師たちにも賞賛の声を浴びせていた。 (こういう騒ぎなら大歓迎だけどねぇ……) 无はひとしきり拍手を送ると、酒と肴を求めに近くの屋台に向かおうとしたが、 (おや) 技藝の後を付ける妙な動きに気付き。それとなく人魂を飛ばして後をつけ始めた。 技藝が演奏の邪魔をしたとおわびを告げるも、言う前から相手の態度は分かっている。楽師たちは笑顔でむしろ礼を言ってきた。 「祭りで舞うならこれを使ってくれよ」と、祭り用の扇子ももらってしまう。 それを懐に入れて楽師たちとは別れ、また技藝はぶらぶらと歩き出したのだが……。 不意に足を止めた。 「お兄さんたち、ナンパ?」 「あ、いや。つかぬ事を聞くが、あんたは酒天童子……じゃないよな?」 「はあ?!?」 背後に呼びかけると、人込みの中から数名の男たちが出てくる。いずれも同じ胴衣。どこの流派かは知らないが、同じ泰拳士らしい。 奇妙な質問をされて柳眉を顰める技藝に、泰拳士は困り顔で事情を説明する。結果、技藝の顔がますます奇妙なものになる。 「酒天さまを探して腕試しだって? 折角祭りを満喫しに来ている御仁にそんな野暮な事はやめときなよ」 それよりも、と、その態度が一変する。 「代わりと言っちゃなんだけど、修羅との手合わせ希望って事なら、あたいがお相手するよ」 「修羅とは皆仙人骨持ちを持ち合わせるように強いとの事だな。おもしろい、女といえども容赦はしないぞ」 「上等!」 技藝が八尺棍「雷同烈虎」を構えると、相手も拳布を巻いた手を突き出す。 突如始まった試合に、人は足を止める。渋滞しないよう他の仲間が謝ったり、交通整理をしたりと手際よく動く。 構わず。向かい合う二人は何処かから聞こえた祭り太鼓の音を合図に動いた。 技藝は棍を操り巧みな対捌きと足裁きで翻弄する。相手の泰拳士もかつての覇王とやりあおうとするだけあって、腕は確か。 優雅な舞うような技藝と合わせて、見応え十分な試合を展開していたが。 泰拳士が技藝の背後を取った。周囲が「あ」と声を上げたが、後ろをとって油断したのは相手の方だった。 周囲に気をめぐらせていた技藝は即座に対応し、棍を入れる。 「隙あり!」 棍がまともに入り、身体を折った相手に素早く蹴りを入れ……と思いきや、寸手で止める。 勝負はついている。これ以上は必要ない。そう悟ると、二人並んで礼を取り、握手を交わす。 見物客は惜しみなく拍手を送っている。その中から、ここは大丈夫だと判断して无は離れていった。 「参った。まだまだ修行が足らないな」 「あたいも良い経験になったよ。……ところで、良かったらどこか美味しいお店でも紹介しておくれよ」 「ああいいさ。店主らが妙にびびっているが、俺らが口を聞けば大丈夫さ」 すっかり気心も知れ、散らばる見物客と一緒に技藝は祭りに戻って行った。 ● あちらこちらで修羅や獣人がいらぬ噂に翻弄される中、渦中の人物も当然巻き込まれている。 「あら、酒天さん。どうかされましたか? いくら美味しいからといって、お店の方の迷惑になるような食べ方をしたら、折角のお祭りも楽しむ雰囲気じゃなくなっちゃいますよ」 「そうは言っても、開いてる飯屋が少ないんだよな。食える所で食わなくちゃ。という訳で、秋刀魚の餡かけもう五人前と麺三人前な」 送り火の時間までのんびり食べ歩きを楽しんでいた明王院 千覚(ib0351)。人だかりに顔を覗かせると、酒天童子が食事中。 なんとも言い難い噂は、千覚の耳にも入っていたが……、これを見るに噂は的を得ている上に、噂を広めてるのは当人自身の気がしてくる。 噂を知らない、あるいは軽んじた店が目をつけられ、心置きなく堪能されていた。 「折角ですから、色々なお店を少しずついただきましょう。私もご一緒しますから」 やはり問題解決は、他者に目を配るのでなく、彼を抑えるのが一番。 そう確信した千覚は同行を申し出る。 せっかくのお祭り。送り火を見に来た人の笑顔に、楽しそうな声がそこかしこから聞こえる。 ここは是非、店主にも幸せになってもらいたい。 そうは言っても、落ち着くという概念がどこかに抜け落ちている酒天童子。 千覚が少し目を離しただけでも、誰かに絡まれたり絡んだりと全く気が抜けない。 今も、白猫のお面で顔を隠した猫耳の少女から呼び止められ。 「私に勝ったら望みを一つ叶えてあげる。そうね……滞在中の飲み食い代を奢る辺りでどう?」 「乗った! 隙あり!!」 承諾するや否や、酒天が殴りかかる。 その素早さ唐突さ。ちょっと待て、と止める前に猫耳少女は蹴倒されて踏みつけられていた。 面を剥いで柚乃(ia0638)は泣いて訴える。 「ひっどーい。開始も礼儀もあったもんじゃないじゃない」 「なんだお前か。酒をかけての実戦となれば、こうなるのは当然だろ」 「いえ、全然当然じゃありません」 知り合いと分かって足は離したが、悪びれる様子は無く。 千覚は改めて、酒天の癖の悪さにめまいを起こす。 「祭り見物に来たんやけど、面白そうな物見つけたわ。相変わらずやなぁ。……けど、きみは何で酒天に吹っかけたん?」 騒ぎを目にして、ふらふらと八十神 蔵人(ia1422)が寄ってくると、柚乃に声をかけた。 猫耳は獣耳カチューシャ。格好も髪型も泰風にして顔まで隠してしまうと、そこらの泰の民と変わりなくなってしまう。 「一度は手合わせしてみたいと思ったの。同じ巫女同士、現在の力量がどれ程かなーって」 服についた泥を払う柚乃。 その目の前で、蔵人が酒天に向きなおして吹き出す。 「え……お前、巫女なん? マジかいな、性格と能力が完全に乖離してるやん。ひくわー、マジひくわー」 「うるせぇ。何かこういろいろと事情があるんだよ。鍛えりゃどうとでもなるだろ!」 拳を振り回す酒天だが、見え見えの攻撃など当たるはず無く。蔵人の笑いがどこまでも続く。 「やぁ、賑やかだと思えば。日頃が祟っていい噂が立っているようで」 「お元気そうで何より。……角のあるチビ。そういえば、酒天さまを指しているようにも取れますね」 「そこ待て。誰がチビだ!」 騒々しさに顔を出した无と和奏。 无の差し出す酒はちゃっかり受け取りつつ、和奏の一言への訂正も忘れない。 「そうですか。酒天さまが違うと仰るのなら、そんな人知らないで押し通してしまってもよいかと。……無粋を働く方に退場いただくのでしたら、お手伝い致しましょうか?」 「待ちぃ。それにはちょっと考えがあんねん」 やっぱりあっさり納得した和奏。 だが、その申し出には、蔵人がにやりと笑って口をはさんできた。 「……角のある、チビ。おまえさんが酒天童子か」 「誰がチふぐぁむぐぐぐぐ」 「はい。ちょっと黙って」 現れた泰拳士が、酒天を見て確認を取る。相変わらずの反応を見せる酒天を、柚乃は口をふさいで黙らせていた。 そして、話せない酒天に代わり、蔵人が熱弁を振るう。 「いかにもこいつが酒天童子。されど、こやつ今は王時代とは程遠い豆チビ! しかも巫女の癖に前線に出る迷惑極まる殴り巫女という有様!」 あんまりな内容に泰拳士が顔をしかめ、酒天もさらにもがいている。間違ってないから周囲も弁護しにくい。 「こんなのに喧嘩売ったと田舎の両親が知ったら泣くぞ! という訳で祭りらしく酒で勝負や! それとも怖いんか、こんな子供に負けるのが」 あからさまな挑発に、泰拳士は機嫌を損ねた。 「酒天童子は大した酒豪だと聞く。おもしろい。その勝負買ってやろう」 笑う泰拳士に、かかったと密かに親指を立てる蔵人。 かくて、数時間後には酒瓶と一緒に転がる泰拳士たちがあちらこちらで発見される。 「はははは。タダ酒ほど旨い酒は無いわー。ごちそうさまー」 「ま、待て。勝負は……うぐっ」 具合悪そうにしている泰拳士に、千覚は軽く背をさすり、氷霊結で作った氷水を渡す。 これで何人目か。青い顔してうずくまる泰拳士を残し、蔵人は酒天を抱えて走り去る。 「怪我人は確かに減りましたが……これはこれで問題ですねぇ」 暴飲暴食も危険なのでやめましょう。と言いたいが、さて祭りの賑わいにこれは無粋なのだろうか。 「ってーかさー。俺とあいつの勝負に、ちゃっかりおまえさんの代金まで加算ってちょっとずるいんじゃねーの?」 「何言うてんねん。勉強代や思たら安いもんや。それとも、タダ酒止めて真っ向勝負するか?」 「それも面倒くさいしなぁ」 ちゃっかり祭り土産の秋刀魚などもせしめて蔵人は笑う。 なんだかんだ言っても酒を呑めるのがいいのか。酒天も苦笑いでそれに答えた。 「そういえば、お前からもおごりがあったな」 ふと思い出し、柚乃に詰め寄る。 「まだたかるの? 大体、あんな不意打ち無し無し無し。仕切りなおして、それでもし酒天が負けたらチーパオ着てもらうからね」 「なんだそりゃ? まぁいいさ。そうまで言うならやってやろうじゃん」 きょとんとする酒天だが、さすがに悪いと思ったのだろう。あっさりと了承した。 後ろで事情が分かってる他の開拓者たちは、密かに笑っている。 幾ら酒天が鍛えなおしているからといって、まだまだ熟練の開拓者に敵う腕では無い。 それが分かっているから柚乃にも余裕がある。 「でも、まずその前に、観光にいきましょ♪ 折角の祭りに月を楽しまないのももったいないよね」 酒天を引っ張って歩き出す。 赤々と燃えるかがり火。熱気を飛ばす笑い声、陽気な笑顔。 夜空も三日月浮かべ、笑っているようだった。 |