武天 美術品調査
マスター名:からた狐
シナリオ形態: イベント
EX :危険
難易度: 易しい
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/18 21:49



■オープニング本文

 それは秋も近くなってきた頃の出来事。

 武天の海岸に、不明の飛空船が一隻流れ着いた。
 一体いつのものなのやら。巨大な木製の船体は酷く老朽化し損傷が激しい。塗装も剥げ落ち、一部に黄色の着色が残る程度。
 詳しいことを聞こうにも、乗組員は、皆、白骨化しているありさまだった。
「いつのものって……こりゃ百年か二百年かそれぐらいはたっているぞ」
「天儀の船じゃなさそうだなぁ。泰っぽくもなし……。ジルベリアかアル=カマルで難破したか?」
「そんな時代に飛空船なんて持ってたか?」
「さあ? だが、アーマーに砂上船の国だ。あってもおかしくないだろ」
 ものめずらしそうに囲む近隣からの野次馬を整理しながら、武天の役人たちも首を傾げる。


 そして武天を通じ、開拓者ギルドに連絡が入る。
「この不明の難破船には、どういう訳か多数の美術品が詰め込まれていた」
「空賊船か? 盗んだ品を持って無茶な闘争中に、何らかの事故を起こしたとか」
「……の、可能性もありと見て調査はしているが。まぁ、何かさっぱりだ。で、これを見てくれ」
 珍しく。開拓者ギルドから呼ばれて酒天童子が顔を出していた。
 茶まで出されているのをうさんくさそうにしているが、ひとまずおとなしく係員からの話を聞いている。
 差し出されたのは白い石の欠片。元は大きな板状だったらしく、人工的に削れた平らさで一面に文字が彫られている。文字は二種類あり、一つは天儀の文字に似てはいる。
「何だこれ。またすっげぇ古臭い字が彫られてるなぁ。……こっちのはどこの文字だ?」
「分からん。ジルベリアかアル=カマルの地方言語か古語じゃないかとか言われてるが、両国に問い合わせても不明のままだ。その他の可能性もあるが……まぁ、それを考えるにしてもまずはこっちだ。読めるか?」
 二種の内、天儀の文字に似た方を指差す。
「読めるっつーか、削れてる字も多いぞ。えーと、『大樹……を抑える。瘴気を飲みて枝葉を広げ』? こっちは『六神立ちてこれに挑む』か?」
「そうか。やはり昔の事は年寄りに聞くのが一番だな」
「爺ぃ扱いすんなっ! 俺だって一応教えられただけで、こんな文字使ってなかったからな!」
 実際年寄りではあるが、それとこれとは別とばかりに吠える酒天。
 何てことをしていたら。
 その後ろから忍び寄った開拓者たちが、唐突に酒天の両腕をつかまえる。 
「何だ?」
「いやぁ。古語だとは分かるが古すぎて読める者がいないらしい。図書館で古語辞書はあるが元数少ない上に貸し出し禁止で、許可されても他の解読班に取られて回ってこない。そこで、お前さんなら読めるんじゃないかと現地から頼まれてな」
「冗談! 古さにカビが生えた朝廷のヤツラにでも聞きゃいいだろ!」
「もちろんそちらにもお願いしているが、中央の腰の重さはお前さんも知っての通りだろ」
「だからって、こんな頭の痛い話は勘弁……って離せコラー!!」
 抗議の叫びは誰も聞き入れてくれず。強制的に酒天は精霊門へと連行される。


「翻訳要員は確保した……が。問題は多々山積みというより、こっちが本題だ」
 酒天に敬礼をして見送っていた係員が、まじめな顔で今度は開拓者たちを呼び集める。
「船内で保管されていた品は順次運び出している所だ。その中でも、この美術品は特に大事な物だったのか、保管されていた船室には衝撃を和らげる為か、壁は柔らかい材木を使用、布まで敷き詰めて扉も密閉性の高いものが使われていた」
 彫像や素焼きの壷など、主に壊れ物が詰まっていたのも配慮の一端と思われる。
 しかし、航海中に何が起きたか。その配慮も無駄になるほどの衝撃を受け、美術品は損壊。破片は大小関わらず交じり合った状態なのだという。
「大まかにこんなもんという推測はつくのだが、それでもどこで作られたのかもさっぱりわからん。辺境の名の知れない芸術品を大量奪取という考えもできるが……推測は推測だな」
 一体どこで誰が何の目的で作ったのか。
 目にした事の無い品々に、謎は深まるばかりだという。
 武天では、見つかった難破船本体の調査や、転がっていた白骨死体に日誌や日用品なども含め、かなり大掛かりに調べているらしい。
 案外、そっちから簡単に手がかりが出るかもしれない。
 かといって、こっちに手がかりが無いとも限らない。面倒だからと、放置するわけにもいかないようだ。
「とにかく破損も汚れも酷いんで、修復しようにも手が足りない状態だ。暇な奴、手伝いにいってくれ」
 壊れた破片。拾い集めて断面見ながら合いそうな部分を繕って推測して……。
 確かに、ひたすら手のかかる作業だが。
 もし完成させられれば、この謎の船が何なのか、よりはっきりするだろう。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 阿弥香(ia0851) / 八十神 蔵人(ia1422) / 海月弥生(ia5351) / ペケ(ia5365) / アーニャ・ベルマン(ia5465) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / ルヴェル・ノール(ib0363) / フィン・ファルスト(ib0979) / 琉宇(ib1119) / 无(ib1198) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / ケロリーナ(ib2037


■リプレイ本文

 武天の海岸に転がる飛空船。
 一体どこの誰のものなのか。手がかり求めてそこから見つかった美術品を調べるも、肝心の物件は破損が酷い。
 修復の人手を借りる為、開拓者ギルドに依頼が出されたが。
「地味っつーか、何気に関連依頼が多いよなー、この難破船。まーた厄介なネタが出てきそうで嫌な予感しかねーが」
 村雨 紫狼(ia9073)が、遠いどこかを見つめる。
 壊れた美術品を組み立てるだけの作業と聞かされはしたが、船への調査や周辺警備やら、呼ばれた開拓者の数は結構なものだ。
「所属不明の謎の船だからな。難破した理由も分からない。アヤカシが絡んでるとかだったらヤバイだろ」
 答える酒天童子だが、態度は不満そのもの。何せ拉致同然に連れてこられたのだから、機嫌よくいる方がおかしいか。
 その連れてこられた原因が、美術品の中にある石碑。二種類の文字が刻まれているらしいが、一つは読めない。
 もう一つは天儀で大昔使われていた文字で、それを読める為に強制的に呼ばれてしまった。
「そういえばうんと年上相手。……これからは『酒天おじいちゃん』て呼ぶね?」
 ふと思い出して、柚乃(ia0638)が告げる。途端に嫌そうな顔で黙ってしまった酒天だが、
「…………。ま、いいさ。勝手にしろ、隠居爺ぃには変わりねぇからな」
 さんざん考えた挙句に了承する。顔は嫌がったままだったが。
「もう、我がままなんだからー」
「やめんか」
 柚乃の手が酒天の頬を引っ張る。
「つーか、酒天の知ってる文字なら、陽州とかにも辞書あるんちゃう? 資料流出とか無さそうやし、図書館や朝廷と違って酒天が頼めば貸してくれるやろ」
「そもそもいつ頃使われてた文字ですの?」
 砕けて発見された石碑が、元々どの程度なのかは分からない。
 しかし、文字数は結構あるらしい。さてそれを酒天一人に頼ってよいのかと、八十神 蔵人(ia1422)は首をかしげている。
 ケロリーナ(ib2037)も、疑問をぶつける。
 どさくさで酒天を抱きしめるが、いい加減酒くさい。ふてくされて相当飲んでいるらしい。
 けれどもその程度の報酬じゃまだ足りないとばかりに、酒天は彼用に用意された酒杯を仰いでいる。
「天儀暦以前なのは確かだ。遺跡でもたまに見かけたりするよな。俺は朝廷絡みでくっそ古い文献を漁る時もあったから、覚えさせられただけ。日常で使う事は、まぁ無かったな。一応陽州にも問い合わせるが、本土に用が無いならかえって不要な代物だろうしな」
 散々飲んでる気配はあれど、受け答えはハッキリしている。
 酔いつぶれて読めません、という事態にはならなさそうだ。
 本人には悪いが、辞書がなかなか回ってこないのなら解読要員がいるのは心強い。
「難事には間違いないので、あちらこちらに問い合わせするのも当たり前と。天儀文字の方は解読できる都合がついたけど、問題はもう一つの文字ね」
 笑う海月弥生(ia5351)だが、すぐに別の問題に突き当たる。
「ジルベリアかアル=カマルのかも分からない文字か……気になるなぁ」
 フィン・ファルスト(ib0979)の瞳が好奇心にうずく。
「古語とは言っても、ジルベリアかアル=カマルの文字だったらそんなに種類は無いはず。ということは単語の目録や文字一覧も作れると思うんだけど」
 琉宇(ib1119)が告げると、酒天は軽く肩をすくめている。
「本当にどちらかの儀の文字だったらな。似てるってだけで、てんで別物の可能性もあるって話だ」
「それって、もしかしたら新しい儀の存在を指してるの!?」
 ふと漏らした一言に。期待を持って飛びついたのは柚乃だけではない。
 所属不明の船。どこから来たのか分からないのなら、どこでもない場所から来た可能性も存在する。
「とりあえず、現在知られている儀以外に渡航したという伝承や記録は見当たらないですね。第一次第二次開拓計画の時や、公式以外に未知の儀目指して旅立つ冒険家がいてもおかしくないでしょうが、嵐の壁を突破できない事にはどうしようも無いですし、帰ってこなければ結局同じですけど」
 可能性を考慮して无(ib1198)は記録を調べていたが、手がかりは特に無い。
 儀の周囲には嵐の壁があり、外と隔たりを作っている。けれども、最高の機体に培った乗員の経験と何よりも重要な運をつかんでいれば、乱気流の中も突破できるかもしれない。
 だが。そうまでして潜り抜けても、立ちはだかるのは魔戦獣だ。過去の開拓計画でも、いったいどれだけの船が奴らに沈められたか。壁を抜けるのはそうたやすい事ではない。
「空賊……じゃない?」
 阿弥香(ia0851)が複雑な表情で言葉をしぼり出す。
 空賊には思うところがある。なので、空賊船と聞いたからこそこの依頼に来たのだが、それが違うとなるとやや肩透かしに感じてしまう。
「可能性だけでいえば、どれもあるらしいぜ。それを調べる為に組み立てくれって訳だ」
「そして、出来たら解読してくれるって訳ね。のほほほ、よろしくねせんせー」
「うるせーやい。だったら早く作業しやがれ」
「はいはい」
 ふてくされている酒天の肩を、おもしろそうにフィンが叩く。
「この件って、何となく深い事情が見えそうなのよね。次の儀につながる証拠とかだったら本当にどうしようかしら」
 弥生もどこか楽しげに作業に向かいだす。


 砕けた美術品は、混ざり合って発見された。これ以上破損しないよう、一つ一つ丁寧に並べられている。
「作業前に確認だけど。これ、発見された地点毎に管理されているわよね?」
「勿論だ。ここにあるのは特に重要だったのか、部屋の造りからして違っていたしな。別に扱っている」
 弥生がたずねると、作業員が当然と頷く。
 それでも、破片の量はかなり多い。和奏(ia8807)が手近な破片を試しに手を取ると、断面はいびつな形を見せている。
「念入りに壊しているようですが、誰がやったのでしょう? 意味があるのかな?」
「分からん。壁や天井にも傷があったのを見るに、事故で壊れた可能性が高い。それ程の事態が、あの船に起きた訳だ」
 阿弥香が顔を曇らせる。
 空賊の子として、空や船にはそれなりに詳しい。積荷がここまで砕けるほどの事態となると、ちょっと揺れた程度ではすまない。
「白骨死体があったと聞いたけど、そっちは何か持っていなかったのか?」
「日誌の類はあったそうだが、それは別に調査中だ。有用な情報があればいずれ報告があるだろう」
 船にもまだ日用品など残っているそうだし、そちらの調査も進めているとか。
 本当に大掛かりに調査しているようだ。
「しかし、ここの破片を組み立てるだけでも大変だな。先ずは文字中心の碑文、像も平面的な物と立体的な物に分けられるか?」
「文字はよく分からないけど、絵ならなんとかなるかな。素焼きなのもそれぐらいか」
 无が手近な大理石を分類し始めると、阿弥香は素焼きを拾いはじめる。
「壊れた物を元に戻す魔法があるといいんですけどねぇ。まずは同じ色の破片を。似た模様を纏めて、接合口が合致する物を探す、という手順ですね。手の足りない所をお手伝いします」
 無い魔法に固執する気は無く。ゆっくりと、和奏も手伝いを開始する。


 大理石かそうでないか。何かの像かそうでないか。文字があるかそうでないか……。
 破片の分類と平行して、修復も開始された。
 人手が集まったのはやはり石碑。何が書かれているかは、非常に気になる様子。
「角が欠けたりしても、形が変わるしね。ヒビの残った破片もあるし、取り扱うのも気を使うわ」
 分類された破片をくっつけて見やすいように、フィンは刷毛や布巾で綺麗に塵ほこりを除去していく。
 ただ。そういう細かい作業は苦手らしく、うっかり力を込めないよう、かえって妙な所に力を入れている。大変そうだ。
「大理石は遠近感、立体感を捉えにくいからな。手がかりとっかかりを考えるなら、文字の書かれている面だろうし、一部が平らな破片だけを分別するのも手か」
 竜哉(ia8037)は破片断面に紙粘土を当てて型を取ると、それを手がかりに合う破片を探す。
 大きな破片でも繋がる破片も大きいとは限らないし、粉砕されて消えている可能性もある。根気のいる作業だが、少しずつでも進めればいずれ形になる。
 大きな破片であれば、纏まった文字が読める。
「アル=カマル。ジルベリア。確かに似てはいますが――」
 旅商として、諸国を巡ってきたモハメド・アルハムディ(ib1210)。おかげで地方でのみ使われている文字も多少は知っている。それでも、このような文字は記憶に無い。
(確かに、私の知らぬ文字だな。興味深い)
 黙々と無言で作業を進めながらも、ルヴェル・ノール(ib0363)も観察には余念が無い。
 傾向としては、アル=カマルよりジルベリアの方がまだ近いか。
「仮にどことも対応しない独自の言語だとしても、完成すれば書き写せる。複製を作ればより大勢で手分けする事も、誰でも図書館に持ち込んで調べる事だって出来るよ」
 期待を込めて琉宇は作業を進める。


 石碑の次に人が集まったのは、石像修復。
 レリーフもかなり掘り込まれており、砕けた部品は彫像と似たところが多い。ただ大きさが違う。その手がかりを元に分類された物をさらに選り分ける。
「俺は、まぁ、その手の解読とかには興味ねーんで〜。彫刻もデカいフィギュアだと思えば、等身大フィギュアの補修と同じDA☆ 純粋に過去の造形師の仕事っぷりも見たいのさ。いい仕事してますね〜」
 女性の手と思しき破片を拾い上げ、紫狼はしげしげと見つめる。
 比較的まともな部分から推測するに、彫像は人と同じかそれ以上の大きさ。
 彫像の手と、自身の手と比べてみれば、男女の違いはあれどほとんど代わらぬ出来栄え。極めて精緻な作りは感心するばかり。
「これらから、さらに特徴ごとに大まかに仕分ける必要があるな。指なんかも男女の太さの違いもあるし、動物はいわずもがな」
「了解。とりあえず……これはモロに男性像のパーツですね」
 選り分けた破片から、ペケ(ia5365)がさらに見当をつけて並べなおす。同じ人型でも男性と女性では如実に違う。さらに、像はどういうわけか素肌が露呈している。
 女性像はそれでも布を纏っているが、男性に至っては筋肉など露骨にむき出しだ。
 照れもせず、順当に仕分けるペケに、見ている周囲の方が頭を抱えている。
「アーニー、私は信仰上裸像を好ましく思えませんが……。これらの製作者は全く逆の意見なのですね」
「そうだな。しかし、これだけ動きをつけると重心とるのは難しいぜ。小さな部品は砕けやすいしな。……だから壊れたのかもしれんね」
 げんなりと彫像の欠片を見つめるモハメドに、紫狼はどこまでも陽気に笑う。
「けれどもそのお陰で、欠けた箇所を体の動きから推測しやすいですよ。筋肉の隆起でどういうポーズをしていたのかも分かります。肩から無くなっていると指先までは難しいですけどね」
 その時は残った塗料や模様から判別するだけと、アーニャ・ベルマン(ia5465)も楽しげにしている。
「問題は、はめ込み式になっている可能性ですね。そうすると復元も難しくなりそう」
 アーニャは断面を注意深く確認する。


 残りのレリーフや皿や壷などへの人手はそれなり。
「パーツを組み立てたり、細かい作業は嫌いじゃないから」
 自身の指より細い指と思しき破片を拾い上げて、柚乃は慎重に選び繋げていく。
「似たような絵……。似たような絵……。うーん、どれも似たような顔に見えるなぁ」
 並んだ破片を前に、阿弥香は悩む。
 精巧に作られた彫像群とは対照的に、絵は極めてデザイン的だ。線と面と器の曲線が綺麗に出ているが、色も赤と黒が中心でいささか分かりづらい。
 ああでもない、こうでもないと、各所各人、顔をつき合わせて意見の交換にも余念が無い。
「はーい、皆さまご苦労さん。いったん休憩にせぇへんかー……って、聞こえてはる?」
 現地には来たものの、修復作業には携わらず、おさんどんに徹した蔵人が呼びかける。
「食べなきゃダメですかぁ。正直寝るのも惜しいくらいです」
「それでは、幕の内弁当を用意しましたの。好きな時に食べていただいていいですよー」
 渋々と作業場から離れるアーニャに、はい、とケロリーナが用意した弁当を手渡す。
「集中力を持続させる為にも、甘味は必需品なのですっ!」
 柚乃が用意したのは手作りのマドレーヌ。それもリキュール入り。
「酔わないか?」
「酒気は飛ばしましたよ。当然です」
 酒入りと聞いて、心配する酒天だが、自身は平気で手を出している。その癖、柚乃の返事を聞くや微妙な顔つきになっていた。
「酒が欲しいんやったら、作業の後や。参加者集めて宴会やるぞー。た・だ・し、サボった奴は酒抜きなー」
「おう、皆頑張れよー」
「主にお前さんや!」
 蔵人の呼びかけに、暢気に応える酒天。
「そうは言っても、翻訳しろといわれて原文ねーし」
 叱られても悪びれもせず。手伝う気はやはり無い様子。
「だったら、私に古語を教えて下さいなー。酒天くんいなくてもどうにかなるよう、知識は深めておきたいですの」
 ケロリーナの申し出に、物好きなと言いたげな目線を送っている。
「別に全部完成しなくても読める部分もあるでしょ。前後の文脈が分かった方がこちらもやりやすいよね」
「めんどくさー」
「ちょっとずつでもいいから。お願い」
 酒天の心の底から吐き出す本心に、フィンは軽く睨みを入れ、弥生は頭を下げて拝み倒す。


 食べてるときは賑やかでも、作業に戻れば真剣そのもの。
 小さな欠片さえ見落とさないよう、丁寧に汚れもとって仕上げていく。
 散々断片を読まされ、疲れきった酒天が床に転がる。それに構わず、大まかに出来上がった石碑に竜哉は見入る。
「……。これは、もしかすると何かの神話か歴史か?」
「どうやらそうみたいだな」
 あいにく欠けた文字も多く、難解な言い回しで意味が取りづらい箇所も多々ある。酒天の知識が及ばぬ部分や、何か別の言葉を無理矢理作って当て込んだ箇所など、解読も一筋縄ではいかない
「最初に混沌があって、やがて天地が浮かび上がった。地は神々の治める所となり、人が栄えた。けれど、一柱の神が暴れ出して天地を荒れさせたので、大樹を持ってこれを封じた。大樹は瘴気を吸って成長し、周囲のアヤカシをも静めた。世界は平和になり、六柱の神がこれを治めた。だがこの平和も終わりを告げ、大樹が瘴気を吐き出すようになり、アヤカシが暴れるようになった。苦難の時代を生き、例え矢がつき、剣が折れようと我らは神々と共に戦いぬく――とまぁ、最後は宣言文みたいだな」
 長い文章を短く纏めて酒天は話すが、表情は浮かない。
「これは天儀の歴史なのか?」
 竜哉が唇を噛む。知らない事が多すぎる。陽州も修羅もこれまで知らず、他の儀もかつては知らなかった。
 知らない事を知らないままにする。それはとても怖い事だ。だからこそ、謎を埋める為にこの依頼を請け負ったのだ。
 だが。それはどうだろう、とルヴェルはそれまで黙っていた唇をようやく開いた。
「天儀のだとすると、天儀の古語部分だけでいいはずだ。読めないこちらの文字も飾りじゃないなら、その地元で使われていたものではないだろうか。もしかすると、この文字と天儀古語で同じ物が書かれているのかもしれない」
 重々しく告げられた言葉に、酒天も同意する。
「そうだな。地方でいろいろ御伽噺も違うがな。ただ六とか妙に具体的な数とか出してくるし、この大樹で経化遁径霊素とか辺華沌形戻棲は、同じ物の名前のようだ。当て字で字自体に意味ねぇみたいだが、そんな名前はとんと聞いた事が無い」
 それに、と出来上がった彫像を見る。
「これを見るに、奴ら、ほとんど布で纏う程度の格好、あるいは裸でも大丈夫なんだろうな。天儀の服じゃないのは確実だ。――絹なのか綿麻なのか毛織なのかわからねぇけど、ジルベリアでそんな格好でいたら風邪ではすまないだろうし、アル=カマルだと火傷するだろ」
「まぁ、そもそも人間かどうか分かりませんけどね。アヤカシっぽくはないですから、もしかすると精霊の像なのかも。」
 肩を竦めてアーニャが彫像群を見る。
 大まかに組み上げられた彫像は、人の姿をした物も多いが、中には両腕が翼になっている女や小さな翼を持って弓矢を構える子供なども混じっている。
 武装した姿はジルベリアに近いか。けれど確かに冬服らしき格好は見当たらない。聞く所に寄れば、見つかった白骨死体の衣装も似たようなものだったらしい。
「絵は今一進まなかったけど。飛空船に直接関わりそうなのは見当たらなかったよ。ただ――蛇を踏んだり槍や剣で攻撃しているみたいな絵が妙に目に付いたような」
 阿弥香も疲れたように息を吐く。
「レリーフなどは何かの場面みたいなんですよね。そう思って彫像と見比べると、この梟――かな? を連れた女性など共通点はあるんですよ」
 壷の一つを手にとってアーニャが嬉しそうに告げる。
 まだ欠けた箇所のあるその壷は、蛇らしきものに槍を突き立てる女性が描かれている。彫像でも、肩に乗せた鳥に、兜と変わった胸甲鎧を身に着け、槍と手盾を手にした女性がいる。細部こそ違えるが、表現したかった物は同じと見える。

 興味はつきないものの、残念ながら今回は時間切れ。
 ここまで分かった事を一旦纏めて上に報告するとかで、作業は中断となった。
「とにかく大体の事はできたんだし、後は武天でも朝廷にでも任せりゃいいだろ。他の調査とあわせて何か分かりゃ、またお呼びがかかるさ」
 ようやく解放されたと、喜ぶのは酒天ぐらい。
「ま、ええわ。これで終わるとは思われへんしな。約束通り宴会しようや。折角海のそばまで来て海の幸食べへんのは勿体無いで。そんで、今後への活力にしてや」
 蔵人が調達してきた魚を調理にかかる。
 慰労会の間も、それぞれ意見が飛び交い、議論が深まる。
 難破船は一体何をもたらしたか。それはやがて分かるだろう。これで終わりとは、誰も考えていなかった。