【希儀】嵐の門で待つ
マスター名:からた狐
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/27 18:39



■オープニング本文


 希儀の輪郭が浮かび上がり始めた。
 温暖でからりとした気候、蛇の姿をしたアヤカシと戦う人々の姿、あるいは土地を捨てる人々――そして石灰や大理石を用いた彫刻品、美術品の数々。難破船と共に希儀へ訪れた人々はようやく静かな眠りに付いた。
「問題は、魔神不死鳥と嵐の門だ」
 ギルドの職員たちが地図を見据えた。
 皆、資料を抱えて頬を寄せ合う。
「魔神封印は、現在遺跡深部へ向かって展開中、か」
「……アル=カマルからは、例の物は届いてる?」
「ええ、確かに。アストラ・インタリオ。妙な水晶です。内側から掘られているようで、中を覗くと星空が映るんです」
「飛空船の出港準備も概ね順調ですよ」
 口々にそれぞれの管轄を報告し、大伴はうんうんと小さく頷いていた。
「なるほど、順調じゃな。しかしこう順調であると……」
「いけません、大伴様。それ以上は言わないで下さい。それは『ふらぁぐ』と言うそうで。言霊のようなものだそうですよ」
「ほう。なるほど、験担ぎというわけじゃな」
 大伴が大仰に頷いてみせると、職員たちは顔を見合わせて笑った。ではもう一度確認を――急報が舞い込んだのは、明るい雰囲気の中、彼らが資料を机に積み上げたまさにその時のことだった。


 開拓者ギルドに、酒天童子のはつらつとした声が響く。
「という訳で、魔神戦、いっくぜえええー!」
「行くか! ぼけっ!」
 腕振り上げて気合を入れる酒天を、後ろから思い切りギルドの係員が叩きこむ。
 ……一年ほど前は賓客扱いだったのに、もはや遠慮も何もない。
「魔神『ふぇねくす』は、封印準備が進んでいる。嵐の門を開ける必要な品もアル=カマルから届いたし、後は封印完了まで待つだけだ。余計な事はするな!」
「はぁ? そんな消極的でいいのかよ。封印解けたら出てくるぞ」
「誰かさんみたいにな」
 皮肉を込めて係員は睨みつけるが、相手は分かった上でへらへら笑う。
「大体、今度の魔神は『不死』だ。近寄る相手は火炎で焼き尽くし、自身は傷を受けても炎の中からたちまち蘇るという火の鳥。そんなものにちょっかい出してどうする!」
「傷が入れられるなら、がんばりゃ倒せるだろ。そしたら今後を考える必要もない。それが無理だとしても、必要な記録は残しておけば後世の役に立つってもんじゃないか?
 なんにせよ、相手も見ずにさよならなんざ、弱気にもほどがある」
「そんな甘い奴じゃないだろ」
 鼻で笑っている酒天童子に、係員は頭が痛くなる。どうしてこうも無茶が好きなのか。
「希儀でも何があるか分からんし、下手に死傷者を出して戦力を低下させたくないってのもある。魔神からの影響が出るとは思えないが、下手な手出しが封印失敗に繋がったらどうしようもない。いいから、おとなしく見てろ!!」
「ふーん」
 顔を真っ赤にして怒鳴りつける係員に、白い目を向ける酒天であった。

 ……が。

 酒天がギルドから出て行き、しばらく。
 ギルドの竜舎から、竜番が駆け込んでくる。
「あんのぉ。酒天童子が開拓者引き連れて魔神見物に行っちゃいましたけど、よろしいんでしょうか?」
「あのくそガキ……、いや、くそ爺ぃがーっ!」
 机に爪を立てて係員が呻く。嫌な音がギルド中に響き、百戦錬磨の開拓者すら恐れおののく。
「開拓者たちに緊急連絡だ! 魔神見物に飛び出した馬鹿を連れ戻してこい!!」
 封印の準備は進んでいる。無用なちょっかいはいらない。


 準備を整えて、開拓者たちが酒天たちを追う。連れ戻すにも、恐らく今からでは合流するのは嵐の門の辺り。酒天辺りちょっかい出しているなら、しっかり魔神という厄介極まりない奴を相手にしなければならない。
 全く気が滅入る。
 しかも……

 異変は飛び立ってすぐに気がついた。
「アヤカシがいる?」
 遠く雲に紛れて、異形の影を目ざとく誰かが見つけた。こんな時にと緊張するが、その影は消えたまま。
 その意味を悟ったのは、嵐の門についてから。
 何となく風も強くなってきた。
 先に行った酒天たちはすでに門に飛び込んだのか、まだ追いつけない。門に飛び込めば、さらに天候は悪化するだろう。
 アヤカシたちはそこから近付く気配は無い。だが、数は増えている。
(魔神がいなくなった後、門を突破する気だ)
 その為に、魔神の影響が無い地点で待機している。
 希儀に向かう為に。

「どうする?」
 
 アヤカシを追い払うか。だが、今まで近寄ってこなかった辺り、希儀への突破を優先すると見た。逃げまわられ時間が来れば、それで終わりだ。
 ギルドに行って増援を頼もうにも、戻るまで恐らく間に合わない。
 不死鳥に行った面々に知らせに行く事は可能。恐らく、不死鳥とも接触するだろう。
 今回は、酒天たちを連れ戻す為に出てきたわけで、ある意味これは依頼外になる。魔神がいなくなろうとも、門は当分安定しないので、アヤカシたちとて飛び越えられるのは限られるだろうが……。

「どうする?」
 もう一度、彼らは顔を見合わせる。
 時間は迫っていた。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
皇 りょう(ia1673
24歳・女・志
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ルヴェル・ノール(ib0363
30歳・男・魔
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎


■リプレイ本文

 魔神見物に飛び出していった酒天童子と開拓者たち。
 魔神封印の儀式は完了を待つだけ。余計なちょっかいを出すなとギルドからの声で、場にいた開拓者たちが連れ戻すよう指示される。
「やれやれ……。酒天が無茶をせねば良いが……。何とか無事に帰還させなければな」
 甲龍・ラエルと共に空を駆けながら、ルヴェル・ノール(ib0363)はさらに先を急ぐ。
 進むに連れて、風も強くなり雨もきつくなってきた。転落防止に相棒と自分とは縄で結んであるが、その甲龍が時折風に煽られひやりとする回数も増える。
 門のそばにいけばさらに天候は悪化。飛び込めば暴風雨に襲われ、その上魔神とも接触する危険がある。
「酒天の尻拭い、これで二度目だっけ? あの子、脳味噌筋肉で出来てんじゃないの……?」
 戦闘の可能性を考慮すれば無駄な練力は使えない。
 滑空艇・涼風で巧みに荒れる風を乗りこなしつつ、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は迷惑そうにぼやく。
 反論する者は無い。聞いて怒るのは当人ぐらいだろう。
「見物と言ってたらしいけど、本当に大人しく見物で済ませるのかしらね? ああ、面倒なこと」
「本当だよね。あたしがいない隙になんて面白そうな事を……」
 気を揉むシーラ・シャトールノー(ib5285)とは少々違い、フィン・ファルスト(ib0979)はどこか楽しげに駿龍・バックスを指示している。
「知り合いが同行してるようだから、無茶しそうなら止めてくれてるとは思うけど」
 だが、それは親友もまた危険な場所にいる事に他ならず。
 フェンリエッタ(ib0018)としてはいろいろな心配が重なる。
 各人の思惑もまた様々。とにかく今は、飛び出した酒天たちに追いつくべく相棒たちを急がせていた。

 が……。

 それに気付いたのは誰だったか。
 強い風に流れる雲。時に視界さえも奪うその塊の切れ間に、明らかな異形の姿を見た。
 アヤカシ。向こうもこっちに気付いた素振りを見せ、開拓者たちはただちに戦闘準備で身構える。
 が、襲ってこない。どころか、姿をどこかの雲へと隠してしまった。
 注意しながら先に進み、門へ辿りつく頃に思惑に気付いた。
「相当数が集まっている。こうしている間にもまだ増えてる」
 炎龍・カノーネに身を委ね。人魂を放って様子を見ていたカンタータ(ia0489)が軽く身を震わせる。
「……やつらの進路、やばいよね」
 フィンに答える者無く。だが、それは肯定の沈黙だった。
 アヤカシたちが目指す先は空。その彼方。希儀へと至るこの門だった。
 魔神は通常のアヤカシとは大きく異なる。定住する場所――門や遺跡の中でのみ活動をし、人であろうとアヤカシであろうと見境無く襲ってくる。
 つまり迂闊に門に飛び込めば、奴らですら死を覚悟せねばならない。
 それがこうして集まってきているのは、封印の気配を察したか。守護の無くなった門に奴らは何の用か。
 答えは明白。希儀に渡るつもりだ。
「先に行った人たちは気付いたのかな。急いで知らせて、進路から逃がさないと!」
 フィンの顔色が変わる。大事な友人もいるのだ。もし知らないなら、魔神と暴れた後にやりあえる数ではない。
「全く酒天にも困ったものだな。強敵を前にして血が騒ぐ気持ちは分からなくも無いのだが」
 皇 りょう(ia1673)が頭を抱える。
 かつては王として修羅の頂点にいた人物。むしろ他を諌めるべきだろうと思う。それとも、修羅の気質を端的に現すいい例と見るべきか。
 その迷惑のおかげで、いらぬ事態も抱えねばならなくなった。もっとも気付けた事で多少の対処は出来る。殲滅は難しくても、数は減らせるし希儀に行く際への注意にはなる。
 増長しかねないので口が裂けても当人には言わないが。
「私達を隔てる嵐の門、人の手に負えない力を持つ魔神と封印手段……。誰がそんな仕組みを創ったのかしらね」
 悩むフェンリエッタだが、答えは見つからない。今は考えるよりも、駿龍・キーランヴェルを急がせる。
 けれどもアヤカシをそのまま放置も気になる。少し話し合った後に、何人かが別行動を取る。
「天候……雨。明日も雨。明後日も……。門が開通しても、すぐに安定しないから仕方ないのかもね」
 明後日の天気まで見ていたユリア・ヴァル(ia9996)は、目を開けると鬱陶しそうに周囲を見つめる。
 そうやってあまよみで天候は読めるが、これから起こる事態までは分からない。
「酒天たちも気になるけど、アヤカシも放っておけないわ。何か分からないか、調べてくる」
「分かった。行ってくるよ、ユリア」
 抑えた口調ながらも、ニクス(ib0444)から心配する気配を感じる。
 ユリアとしては近寄ってキスの一つでも送りたいが、門の付近でも雨風はそれなり。下手に竜を近付けて接触すれば危険である。
 精一杯の微笑を恋人に送ると、ユリアは炎龍・エアリアルをアヤカシたちの方へと向ける。
 白銀の竜が離れていくのを見送り、ニクスも駿龍・シックザールに指示。
 どんな結果が待つのか。先に行ったと思われる者たちを追って、彼らは門へと飛び込んだ。


 門の中の暴風雨は予想済み。とはいえ、慣れるものでもない。
「移動は任せます。雨風落雷を凌いで飛んで下さい」
 ざっくりとした指示を出され、駿龍・蝉丸はジト目で主人・鈴木 透子(ia5664)を見る。普段はぼーっとしている相棒だが、同行の開拓者たちの目もあってか、気合いを入れた動きを見せてくれている。
 もっとも。ぼけっとしていたら、風は容赦なく煽ってくる。蝉丸は、前を向いて全力で飛翔に取り掛かる。
「バックスは飛び出さないように。魔神のお供でもいたら大変だからね」
 やや興奮気味な駿龍を、フィンは抑える。突出して狙い撃ちされるのは勘弁して欲しい。
「伏兵の気配は無い。無いが……」
 心眼で周囲を探るニクスの表情が歪むと、シックザールを留める。
 視界も遮る暴風雨。荒れる空に似つかわしくない輝きと熱量が前方にあった。
 はっきりと分かる異常。雨は雲ごと蒸発していき、甲高い鳥の鳴き声が荒ぶ風に乗って近付いてくる。
「要するに、手遅れって事ね」
 気落ちするのは一瞬、シーラは滑空艇・オランジュを反転させた。
 透子が狼煙銃を撃つ。鮮やかな輝きが空に散る。
 気付いたのかどうかは分からない。門の奥から開拓者たちが全力で駆けてくる。
 何から。と考える暇も無く、それは姿を現した。
 眩いばかりの炎の鳥。膨大な熱を発するそれは攻撃の構えを見せていた。
 その時には、先にいた開拓者たち同様、彼らもまた反転して門からの脱出を図っている。魔神の実力は大アヤカシすら上回るという。一瞬の判断が生死を分ける。
 騎獣よりもなお早く、不死鳥は開拓者たちに追いつくと、さらに分断しようと飛び込んでくる。
 飛びまわる灼熱。その鼻先に向けて、風葉が雷を走らせる。
「あんたに知能があるなら、あたしを覚えてなさいよ。あたしは鴇ノ宮カザハ! 世界を征服する、大魔法使いだっ!」
 勢いよく啖呵を切るが、受けて立つようにさらに不死鳥は激しく飛びまわる。
 見物組から攻撃が加わり、不死鳥が高らかに鳴いた。大きく開かれた翼が黄金に輝く。
 巨大な翼をただ一打ち。
 ただそれだけで、生み出された膨大な炎は全周へと広がり、爆風を伴ってすべてを吹き飛ばしていた。
 
 身を焼く熱風に押し出され、開拓者たちは門から転がり出る。
「何というとばっちり。死ぬかと思ったわ」
 半分目を回しているキーランヴェルを宥めると、フェンリエッタはゆっくりとその暗色の体に身を埋めた。
 門から出てしまうと、不死鳥からの攻撃はぴたりと止んだ。今は警戒しているのか門の入り口にその輝きが見える。あの速さなら十分飛んでこれる距離に開拓者はいるが、向こうは必要以上に迫ろうとしない。
 今の内にと、体勢を整える。
「ってか、何か頭数増えてんだけど。気のせいか?」
「気のせい、な訳無いでしょう」
 首を傾げる酒天に、フィンが軽く睨む。
 飛び出した酒天たちを連れ戻すようギルドから依頼されて来た事。そして、その途中で見たアヤカシの群れについて語ると、さすがに見物組の表情も変わった。
「という訳、とりあえずここにいたら拙いって。魔神に襲われるのと同時か直後に巻き込まれたら挽き肉にされちゃうよ!?」
「だからといってあっさり退いたら。封印後にアヤカシたちに道を譲る訳だろ。それも癪だよなぁ」
 酒天の態度は渋い。
 彼についてきた開拓者にしても、不死鳥に対する興味、魔神や門に対する疑問、封印が成功するかの危惧など様々な思惑を抱いている。
 魔神と遭う時点で危険は承知。アヤカシの群れと聞いて、はいそうですか、とあっさり帰る気にはならないようだ。
「せめて安全な見学場所へ退避して欲しいんだけど」
「それはあいつ次第だな」
 困惑するフェンリエッタに、酒天は悪びれもせず不死鳥を指す。
 門から離れすぎると、それでいいのか、不死鳥は再び門の奥へと姿を晦ましてしまう。垂れ込める雲が不死鳥を隠し、異常が起きても見落とす可能性がある。
 不死鳥を視認出来る場所に留め、かつ攻撃されないよう、見物組は慎重に挑発し始めていた。
 近付いたり遠ざかったり、たまに怒られたり。何となく楽しげにも見える。
「まぁ、こんだけの人数がいたら、早々と殺られはしないさ。なぁ?」
 こんな事態なのに――いや、だからこそか――実に楽しげに笑う酒天。
 呼びかけられた風葉は話し合いを人に任せて、その間も周囲を偵察していた。そこに不意に同意を求められ、不愉快を露わにする。
「言っておくけど! 護衛に来た訳じゃないんだから。何があっても助けないわよっ!?」
「上等。他人に構ってられる暇なんてくれるかどうかわからないだろうしな」
 笑いながら、酒天は彼方にいるはずのアヤカシを見、最後に不死鳥を見据える。その目は全く笑ってなかった。
 その様を見ていた風葉も、鼻を鳴らすと涼風を操り、周囲の警戒を続ける。
 酒天のそばには同じ団の部下もいる。彼らがいるなら、そっちは任せて大丈夫だろう。


 門の付近をうろちょろと。目障りな開拓者たちに魔神の苛立ちも募る。
 風に煽られ、近付きすぎようものなら即座に相手は攻撃に転じてくる。苛烈な炎は、時に後方に控える者の所にまで届く。
「きゃあ!」
 火から逃げようとした蝉丸が、風に煽られさらに大きく体勢を崩して透子が放りだされそうになる。
「大丈夫か!?」
「……痛い。痛いです。痛いに決まってます。他の人だってそうに決まってます」
 九字護法陣を使っているとはいえ、魔神の攻撃から無傷なんてありえない。
 重傷など負わぬ内に撤退を。そう告げたいのだが……。
「そうか。じゃあ、無理なようならとっとと帰れよー」
「だからそうじゃなくー」
 酒天からの言葉に、がっくりと透子は肩を落とす。労わってくれてはいるが、透子だけ引き返してもしょうがない。
「やはり理詰めで納得させるのは難しいか」
 半ば予想通り。だが、当たって欲しい予想ではなく、りょうは悩む。
 かといって力尽くも難しい。開拓者同士で戦闘になっても意味は無いし、万一アヤカシや魔神が飛び込んできたら目も当てられない。


「あら」
 アヤカシを追ってエアリアルを飛ばしていたユリアは、門の方からやってきた竜たちに気付く。
「うまくないようね」
「きみもね」
 お互いの表情から、ユリアとニクスは肩を竦め合う。
「少しでもアヤカシが散らせないか試してみるけど、ダメね。近寄ると逃げてしまう」
「布陣のようなものは見当たらないな。カラスの群れにでも突っ込んでいく感じだ」
 様子を話すユリアに、ルヴェルも言葉を足す。懐中時計「ド・マリニー」も使って瘴気の流れには注意しているが、今の所大きな変化を感じない。
 試しにと、シーラが滑空艇・オランジュで突っ込んでみる。弐式加速で一気に速度を上げると、見る間にアヤカシたちの後方に回り、そこから群れの中を突っ切る。いきなりやってきたオレンジの機体に、アヤカシたちは逃げ惑う。反撃したアヤカシもいるが、そこは高機動で上手く躱す。
 そのまま安全圏まで逃げ切る。振り返れば、相手はさらに大きく広く分散し、開拓者たちから微妙な距離を保っている。
 逃げはしない。が、責めてもこない。突然の乱入に殺気だったのが分かるが、自ら退いたり周囲から諭されたりと様々ながら、どれも動こうとはしない。
「確かに。鬼など知恵のあるのが多少の指揮を取っているようだけど、首謀者みたいなのは見当たらないわね」
 その様を見て、シーラは告げる。
 アヤカシたちも封印まで体力を温存する気か。確かに、魔神がおらずとも奴らは自力で嵐の壁を越えねばならない。
 追い回せば無駄な体力を使うのは開拓者も同じ。数はアヤカシが勝る以上、下手に弱ればさすがに向こうも襲ってきかねない。
 立ち去ろうにも封印までは動きそうになく。こう着状態に陥ったのはどちらも同じ。


 魔神の見物で怪我をせぬように、アヤカシたちに妙な動きが無いように。
 それぞれに見張りながらも決定打は打てず、ただ時ばかりが過ぎていった。

 状況の変化は唐突だった。

 魔神の鋭い叫びが彼方まで届く。
「な、何です!?」
 アヤカシを見張っていた開拓者たちも異常を察し、門の入り口へと集まった。
 そこで見た光景。
 侵入者を排除すべく門を守っていた不死鳥が炎に包まれている。
 勿論ふぇねくすは炎の鳥。火に包まれているのは当然。なのだが、それを上回る火勢がふぇねくすを焼き尽くそうとしているのだ。
 それは明らかに奇妙な光景と言えた。
「封印が成功した――か?」
 酒天がはっと声を上げた。
 アヤカシたちは遠くまだ手を出せる距離ではない。ここにいる開拓者たちではあれほどの攻撃は出来ない。不死鳥自身の行動でも無い。
 となれば考えられるのはそれぐらい。時間もそろそろのはず。
 ふぇねくすが炎に消えていく。誰もが危険も忘れて、見入っていたのだが……。

――永きお勤め御苦労様、不死鳥。

「何!?」
 頭に声が飛び込んできた。全身を貫く程に激しい頭痛は、気のせいで片付けられない。

――あなたの役目はもうおしまい。門を守る必要は無い。

 まだ幼い、少女のような声。それが不死鳥へと語りかけている。
 けして開拓者たちにではない。こちらにはまったく関心を寄せていないと感じ取れる。

――さあ……、還ろう……無へ。
 
 魔神のこれまでを労うような口ぶりで。けれど、何の感情も持たず。
 
 燃え盛る炎が勢いをつける。不死鳥は抵抗するも、その動きすら炎に食われて消えていく。
 やがて、炎は膨れ上がると、閃光と共に一気に弾け飛んだ。
 届く衝撃と熱。その一瞬が過ぎ門を見つめれば、もはやそこに門番は無くなっていた。


「今の声は一体……。封印の影響なのでしょうか」
 透子はまだ痛む頭を振る。何となく違うような気もするが、では何か、と言われると答えられる者もいない。
「封印に失敗した訳でもないようだけど。早くギルドに報告に戻った方がいいみたい」
 具合の悪さを残しながらも、シーラは空の彼方を示した。
 そこには、魔神の消失を悟ったか。アヤカシの群れが押し寄せていた。
 懸念されていた魔神の遺物も無事に回収。短剣と羽根。それをどうするかもギルドに相談せねばならない。
 ぐずぐずしている暇は無い。
「徹底抗戦は今回の本文ではないです。退路を確保しますので、なるべく早く帰りましょう」
「確かに戦力的にも全面対決は苦しい。が、『門』にたどり着くまでに数を削っておくべきだろう」
 帰路を促すカンタータに、りょうは身支度を整える。
 どの道、アヤカシたちは門に向かってきている。接触は避けられそうに無い。
「あいつらにはあの声、聞こえたのかしら」
 天狗礫をいつでも取り出せるようにしながら、フィンは首を傾げる。
 開拓者たちは不死鳥と睨み合ったせいもあるが、それ以上にあの声からのダメージがまだ残っている。
 が、アヤカシ側にはそんな素振りは見えない。門へ飛び込むのだと、我先にむしろ勢いついている。
「聞こえて無さそうだな。俺たちだけに聞こえたのか、それとも距離の問題か。……まったくこの世は厄介だらけだな」
 酒天が軽く伸びをすると、風葉が叱り飛ばす。
「ほら、何ぼーっとしてんのよ! あんたも前衛! さっさとあたしを守る!」
「そうだな。行くとするか!」
「前衛って……。酒天さん、大丈夫なの!?」
 笑いながら駿龍で飛び出す酒天に、フェンリエッタも慌ててキーランヴェルに追い掛けさせる。

 口々に喚きながら、アヤカシたちが向かってくる。その中に風葉とユリアがメテオストライクを叩き込む。
「カノーネ、ブレスをお願いしますよー。一度吹ききったら進路をずらして退避ですよ」
 カンタータがさらに追い討ちで、炎龍に指示。自身も氷龍を召喚すると、凍て付く吐息が一直線に道を開く。
「さあ、参るぞ。我らに武神の加護やあらん!!」
 りょうの声と共に、駿龍が荒々しく切り込んでいく。普段は穏やかでも、戦となれば容赦は無いのは相棒とて同じ。
 遠くの内から弓を打ってみるも、天候はまだ悪いまま。風で矢も流されるが、蒼月が距離を詰めると、太刀「阿修羅」を抜く。
 練力を集中して解き放つ。直線に伸びる風の刃は、アヤカシたちを纏めて切り刻む。
 間をおかず、開拓者たちから次々と繰り出される攻撃。弱いアヤカシはそのまま瘴気に還る。命こそ無事なアヤカシも翼など飛行手段に傷を負えば当然落ちるしかない。
「ラエルはああなるなよ」
 手を出せば、当然反撃は来る。近付く小物の処理は甲龍に任せ、ルヴェルは強そうな相手を中心にアークブラストを仕掛ける。
 空を飛ぶのは相棒いてこそ。奴らの二の舞にならないよう、他の開拓者たちの防御も十分に固めた上で、だ。
 フェンリエッタも翼などを狙い、透子は瘴気の霧でアヤカシの抵抗を奪う。
 見物に赴いた開拓者たちも、ここまで見物とはしない。むしろ率先してアヤカシを排除にかかる。
「奴ら、こちらには眼中無しか」
 ニクスは、殿からアヤカシの動きを見ていた。
 反撃に出るアヤカシは確かにいる。が、攻撃され体が傷付いても構わず門に飛び込もうと先に進むアヤカシもまた多かった。
 そんな体では、儀を渡る前に力尽きるだろうに。
 もっとも、敵の心配をしてやる必要はない。
「シックザール、全速離脱だ。ギルドに戻るぞ!」
 駿龍に指示を出し様、ニクスも瞬風波を放つ。
 駿龍はそのままアヤカシの群れを突き抜ける。
 突き抜けてしまうと、開拓者とアヤカシの距離は開くばかり。アヤカシに追いすがっても消耗するばかりだし、アヤカシも開拓者たちを追い回すような事はしない。
 
 そのまま開拓者ギルドへと戻る。
 ギルドの係員は、酒天たちに小言の一つでも言ってやりたい顔をしていた。けれども、封印を見届けた際に聞いた謎の声や、アヤカシたちが門をくぐって儀を出て行った事などを報告し、魔神が残した短剣と羽根を提出すると複雑そうに黙ってしまう。
「魔神封印と門の開放は上手くいったと知らせが来ている。とりあえずはご苦労だった」
 儀を渡る準備も着実に進んでいる。
 不安もいろいろとあるが、希望へつながる道はつながった。