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■オープニング本文 ●ある日の希儀 「未知の調査、情報の入手、結果の推測、そして断定。面白いね」 希儀に関する情報は今まで天儀等に無かった様な代物も含まれており、知的探究心を擽るものが多かった。 学者風の魔術師は宿営地にて資料の整理や解析に従事していた。 「神殿の方では大層な奴を見つけたんだろ?」 「神霊なる存在の様だが……一度お目に掛かりたいかな」 「やれやれ、物好きな奴だぜ」 肩を竦めたサムライの男は休憩がてらに此処を訪れたらしい。 「アヤカシとの具体的な接敵報告もあがりはじめたな」 「不在が証明された訳じゃあねーからな」 事実、そういった気配が有る事は間違いない。ケモノや妖精の存在は認められている。寧ろ、アヤカシが居ない方が不気味なのだ。 「今度の調査の結果か」 そう言うと、サムライの男は答えを待たずに自身の仕事場へと戻っていく。 「北部、南部の開拓。中央方面にも人員が割かれているし……」 学者風の魔術師は大きく溜息を吐いて、報告書の端を揃えて脇に積んだ。 椅子から立ち上がり、仲間に声を掛けて休憩に行く事にしたのだ。 本日も晴天なり。風は乾燥し、少し強めである。 「まぁ、面白くなりそうな事だけは確かかな」 ● 探索していた森で、開拓者たちは蛇アヤカシと遭遇する。 刀を振り、術を飛ばし。たちまちの内に退治した。 希儀に人の姿は見当たらない。いた痕跡はあるが、もはや生活している風はどこにも無い。埋もれた文明は自然が蔓延り、動物が闊歩してケモノがのさばる。 アヤカシもまたいないと思われたが、調査が進むに連れて遭遇したという報告が増えてきた。上級と思しきアヤカシも確認され、油断できない。 一体、希儀とはどういうところなのか。 瘴気と化して散っていく蛇アヤカシを、嫌な気持ちで開拓者たちは見届ける。 「ん?」 なにやら視線を感じた。 振り返ると、一匹の猿がいた。開拓者と目が合うと、びくっと震えて木の陰に隠れる。 ただの猿でもなさそうだ。どうやらケモノに見えるが、敵意は感じない。放置してもよさそうと判断し、探索再開を急ぐ。 「……何やってるんだ、あいつ」 ふと気付けば。何やら猿が木の棒を振り回して踊っている。向こうもこちらの敵意がないのを悟ってか、逃げもしないし、むしろ積極的に近付いている。 手を振ったり、飛んでみたりとせわしないが……。 「なんか俺らの真似っぽい」 気付いた開拓者が苦笑する。文字通りの猿真似は滑稽やら微妙やら。 踊っていた猿は、動きを止めるとすっかり消えてしまった蛇アヤカシをじっと見つめる。何度かそれを繰り返しては「なんか違うぞ」とでも言いたげに立ちすくんで空を見上げる。 不意に、猿の目が開拓者らの武器に向けられる。 「やらんぞ」 物欲しそうな意思を感じて、手でしっしと追い払う。 こちらの意思がどこまで通じたかは分からない。物欲しげな視線は相変わらずで隙あらば取ってやろうみたいな動きも見せるが、必要以上には近付いてこない。 先のアヤカシ退治を見ていたなら、力の差は十分分かっているはず。 うっとうしいと思いながらも、開拓者たちは暇では無い。猿には構わず、ここからどう探索していくかを話し合おうと改めて顔を付き合わせた時だった。 「ウキャキャキャーーー!!」 猿がいきなり騒ぎ出した。 「うるさいぞ! 猿!」 追い払おうとすると、向こうから少し離れた。離れた上で、地面を飛び跳ね何か手招く仕草をする。 「ついてきて欲しいようですけど……」 首をかしげながらもついていくと、その通り、猿は開拓者が追ってくるのを待ってまた移動する。 行く当てもひとまずない。猿の案内で移動することしばし。 森の雰囲気が変わった。 「ぶどう園……?」 荒れた森の中。けれどもぶどうの木がそこかしこに目立つ。 石垣の塀らしきものもあるし、土に埋もれている石敷きの通路。よくよく目を凝らせば、どうやら石造りの小屋らしい物もある。 けれど、人工物はどれも崩れ、かろうじて形が分かる程度。植えられたぶどうは半ば野生化し、手入れも無く飲み込んだ森と一体化している。そろそろ時期も終わろうという頃だが、たわわな房がそこかしこに目に付く。 放棄されて久しいのはすぐに分かる。勿論人の姿は無い。探っても何か見つかるか期待出来ない荒れっぷりだ。 案内を止めた猿は、ふいとそっぽを向くと手近なぶどうの木に登り、房をもぎ取って抱える。さらに木の天辺へと上がると、そこから地上の開拓者たちをじっと見下ろしながら、ぶどうをむさぼりだす。 「見入りなさそうだな。発見は発見でありがたいが、こんな所に連れてきてどうしようってんだ」 猿の意図が読めなかった開拓者たちだが。 「多分……、戦って欲しいんでしょうね……」 よくよく周囲を見れば、そこかしこに骨が転がっている。人にも似た頭蓋骨だが、犬歯や大きさからして、どうも猿の仲間らしい。 枝振りのいい木には鋭い爪痕。絡む金の毛、ただよう獣臭。 何よりも。 森の木々の間から、巨大なケモノが悠然と迫ってきていた。 身の丈は人をはるかに越す。太い四肢に、肉食の牙。特徴的なたてがみを持つ獅子――ライオン。 眼光鋭く、狙うは開拓者たち。 「上です!!」 警告と同時に、開拓者たちは飛びのいた。 先ほどまで立っていた場所に、新手のライオンが降り立つ。木の上から襲い掛かってきたのだ。 こちらはたてがみを持たない。雌のライオンか。 気付けば、周囲をライオンたちに囲まれている。一撃を外され、さらに殺気だった気配を見せる。 「ウキャキャキャ」 「ウキー」 「キャキャキャキャ!!」 そして木の上。いつの間にやら、猿の数が増えている。 ライオンが登れない木の高みから、応援しているのか罵倒しているのか。各々ぶどうをむさぼり奇声を上げて、地上を見下ろす。 「つまり、どういう事かなー?」 「ぶどうが食べたいけど、ライオンの縄張りで襲われるから何とかしてほしいって所でしょうね――」 あるいはライオンの目をそらせる為のいけにえ代わりか。 いずれにせよ、ライオンは木の上にいる猿よりも開拓者に狙いをつけている。 なんとか切り抜けないと、ケモノの胃袋に納まり、ぶどうの木の肥やしになるだけか。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
グリムバルド(ib0608)
18歳・男・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
白葉(ic0065)
15歳・女・サ
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓
ルーガ・スレイアー(ic0161)
28歳・女・サ |
■リプレイ本文 頭上で猿が喜んでいる。いつの間にか増えた仲間と共に、抱えた葡萄を頬張りながら高みの見物。 目の前にいるのはライオンたち。殺気と共に飢えた眼差しをこちらに向け、一同を包囲している。 「やれやれ……巻き込まれたか。よく頭が回るもんだ」 猿たちを仰ぎ見て、劫光(ia9510)は肩を竦めた。ライオンたちの注意を惹かぬように、それとなく後方支援を得意とする仲間を背に庇う。 「お猿さん達にうまく乗せられてしまいました……」 がっくり来ている柊沢 霞澄(ia0067)。悪意があるのか無いのか、そもそもそんな感情は持ち合わせてないのか。頭上の猿たちからは検討もつかない。 ともあれ、今の問題はサルたちでは無い。ライオンたちだ。 ゆっくりと篠崎早矢(ic0072)は弓「弦月」に矢を番える。 「話が通用する相手ではないな」 近くの木に目を向ける。枝振りのいい木は充分体重を支えてくれそうだ。 じわじわ、と範囲を狭めるライオンたちに、開拓者たちも、自然、円になって集まる形になる。 「縄張りに踏み込んだのはこちらですから、当然の反応でしょう」 けれど、と、柚乃(ia0638)は柳眉を潜める。 「かつては人がいた場所です。共存できればと思いますが……」 「無駄な殺生はしたくない、な?」 微妙な顔つきで、ルーガ・スレイアー(ic0161)は仲間の同意を求める。 「かつて、いても今は放置されてますからね。空き地をどう使おうがケモノたちの勝手。――とはいえ、食べられる訳にも行きませんし、撃退しないとね」 「俺ら以外の奴等を襲わないとも限らねぇからなぁ……」 静かに構える長谷部 円秀(ib4529)に、グリムバルド(ib0608)も気乗りしないながらも武器を向ける。 とはいえ、胸中は似たり寄ったり。ライオンはライオンの生活を送っていただけ。敵でもないのに戦うのはためらわれた。 白葉(ic0065)はただじっと相手を見据える。必要以上に口は開かない。敵を前に飛び出したい衝動にかられ、それを押さえるのに集中していたせいもある。 「逃げるならそれでよし、か。ならば――顕現せよ、白の龍!」 劫光が大龍符を使った。たちまち、巨大な龍が現れ、手近な一体に襲い掛かる!! ……実際の所、それだけだ。巨大な龍は幻。牙を剥き、爪を浴びせようとも、何ら危害を与えられない見た目だけの術。 けれど、それをライオンたちが分かる訳ない。突如出てきた龍に、大きく体を震わせ吠えて後退した。 逃げるまではいかない。距離を置き、しとめられるか測っている。闘志は欠けたが、消えてはいない。 術の効果が消えても、ライオンたちは迷ったまま。 彼らなりに考えた末は――やはり獲物が欲しいか。 ライオンが飛び掛ろうとしたのと同時に、白葉は前面に飛び出した。 樹皮のような柄を堅く握り締め、襲い掛かってきた前足に、霊斧「カムド」で打ち払う。 ぎゃん、と鳴いて身を退いたところへ、ルーガが剣気を叩きつける。威圧され、相手が怯んだその一瞬に、長巻「松家興重」を振るった。 恨めしげな声を上げて、一体はまた身を退いた。だが、それで怒ったか、他のライオンたちも本格的に仕掛けてくる。 「残念だな。ケモノとしては優秀ではない」 あるいは、それだけの力は自負しているのか。 ともあれ、ルーガはため息をつきながらも、ライオンたちへと迫り、切りつける。 頭上で何かが音を立てて動き、枝が揺れて葉が落ちた。ふと目がそっちに移った隙に、ライオンがとびかかってきた。そのライオンに矢が刺さった。 木の上に早矢がいた。上から視界を確保し、ライオンたちの動きを見渡している。術師たちには近付きすぎないよう、狙い定めて追い払う。 柚乃が黒猫白猫を奏でる。 精霊鈴輪でシャンシャンと。賑やかな曲調で開拓者たちの動きを軽やかにしたかと思えば、一転今度はライオンたちの為に気が滅入るようなやる気削がれる曲調に変わる。怠惰なる日常である。 さらに霞澄が音にあわせて神楽舞「縛」を舞えば、さらにケモノは動きを鈍らせた。 より見やすくなった動きを見定め、グリムバルドはベイル「ウルフブランド」を構える。描かれているのは、金色の吼え猛る狼。その狼に、ライオンがかじりつく。 大きく開いた口には、鋭い牙。その口元めがけて、グリムバルドは自分から盾を叩きつけた。 食えたものでは無い。オウガバトルを使って自身を高めながらも、手加減はしているので死にはしないが、その分、痛みで苦しむ事になる。 痛みから大きく仰け反った巨体の横を、円秀がすり抜けていく。 他のライオンたちには早矢が矢で牽制。あるいは、柚乃が夜の子守唄で眠りへと誘う。 「向こうより強いということを示せば!」 狙うは、群れの中でただ一頭きりの雄。向かってくると思ってなかったか、やや驚いているそいつへ劫光が呪縛符を投げつけた。 式が絡んで動きを阻む。振りほどこうと身をよじるその鼻面めがけて、円秀は神布「武林」で固めた拳を使って思い切りぶん殴っていた。 「ギャン!」 猫のような悲鳴を上げて、ライオンは飛びのいた。 鼻は急所の一つだ。猛獣でも、そこを攻撃されるのは痛い。 「もう一つダメ押しを」 霞澄が笑って、焙烙玉を投げた。 ライオンたちの真ん中へと投げ込まれたそれは、火と鉄菱を撒き散らし、大きく土をえぐった。 響く轟音は眠ったライオンも起こし、聞きなれぬ物音にケモノたちは慌てて敵――つまりは開拓者たちと距離を置いた。 恨めしそうにみてくる目を、一同は、気を抜かず睨み返す。 間を置いて睨み合う事しばし。けれど、もう痛い目にあいたくないのか、じりじりとライオンはさらに後ろに下がると開ける。やがて十分な距離を開けると、雄ライオンはくるりと体を反転させてゆっくりと去っていた。 雄が消えれば、雌たちも戦意が削げたか。遠くにいるものから従い、順番にその場を去っていく。 「……仕留めますか?」 その背を見ながら、白葉は他の開拓者たちに尋ねる。 背中を向け、逃げる相手を狩るのは容易い。力の強いケモノは逃がせば後の災いになる可能性はある。 けれども、答えは聞かずとも分かる。 「ケモノに関しては縄張りに入ってきたものを排除するのは確かですし、その点は私たちも悪かったところ。この場所は良いですし、使わせてもらいたい。そのあたり同意できれば……まぁ、一緒に使わせて欲しいなと」 さすがに円秀も、何が何でもという気は無い。ライオンたちの処遇については、おおむね皆同じ。 白葉も頷くと、斧を収めた。 「あちらも逃げたようですね」 見上げる柚乃の目線の先には何も無かった。 ただ木々が枝葉を揺らすだけ、猿たちは騒動の最中に姿を晦ましたとみる。 「依頼料を期待した訳ではないけど……はた迷惑な」 どこかに隠れてないかと早矢は目をこらすが、すでに気配も無い。残念そうに弓から矢を放す。 番えていた矢で一体何をするつもりだったか。 そんなの言わずとも皆分かる。がっかりと武器を収めたのは彼女だけではなかった。 ● ケモノたちが去ったなら、廃園の調査を行うだけだ。もっとも、ぶどうはとっくに野生化。見つけた石造りの小屋も窓や戸を始め、壁も一部崩れ落ちている。踏み込めば埃が舞い、小動物や得体の知れない虫たちが影へと逃げた。 アヤカシやケモノが潜伏してないか。緊張と共に踏み込むが、その心配は無かった。 「あいかわらず、希儀の瘴気は薄いようですね」 柚乃が懐中時計「ド・マリニー」を取り出す。アヤカシの目撃も少ない希儀は、瘴気もまた薄いらしい。 一体何が起きているのか。人がいない事といい、希儀はどうもこれまでの儀と勝手が違う。 手がかり求めて、もあって散策してみるが、これといった発見は無かった。 どうやらぶどう園はワイン用に栽培されていたらしく、その為の桶や樽も幾つか見つけた。もっとも、そのどれも破損が激しい。 「水では無い液体は入ってはいるようだが……飲むか?」 「冗談。人に勧める前にまず自分でしょう」 樽は触れると手が汚れた。虫が食ったらしき穴から中を覗き、劫光は円秀に勧めてみたが案の定断られる。 飲めるならありがたいことだ。希儀探索では年代物のワインも見つかっており、万商店に並ぶやたちどころに売れた。 なので期待もしていたが、これは飲んだらある意味勇者だろう。 あいにく劫光はそんな者になる気は無い。 「ぶどうは悪くないな。そんなに甘くはないけど」 「酒用なのか、野生化したからなのか……。食べるには物足りない味ですね」 崩れた小屋を見渡しながら、ルーガはぶどうを食いちぎる。こちらは猿が食べていたので、問題ないだろう。 自分もと一粒二粒口に運んだ霞澄は、不思議そうに口元に手を当てる。 「小屋もぶどう園も、再生しようと思えば出来そうだが……。時間も金も労力も相当必要だろうな」 グリムバルドがうんざりと総括する。施設の傷みもさることながら、ケモノたちの問題もある。猿もライオンも、いずれはまた来るだろう。 ライオンは塀を工夫すれば防げるかもしれない。こういう場所で厄介なのは、むしろ猿だ。 ともあれ、それは今悩む事でもない。ここをどうするのか。朽ちるに任せて放置するのか、新たに別の場所に植樹して再生を目指すのかは、もう少し希儀全体を調べてからだ。 他にめぼしい物は見つからず。 こういう場所もあるという報告が出来た事が、猿からの報酬かもしれない。 |