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■オープニング本文 寒風吹きすさぶ天儀の世界。寒い地方ではすでに雪も積もりだしているとか聞く。 冬到来。四季の風景は美しいと思えるが、暮してみるとやはり大変。 「うー、さぶいさぶい」 外套を胸にかき合せて、男は道を急いでいた。 仕事で都まで出てきていた。寒い中、長距離を移動しなければならないのは辛かったが、恋人に都土産を買えたのは良かった。 細工のいい、銀細工のついた簪。彼女の黒髪にはきっと映える。「どこにつけていくの、そんなもの」と呆れつつ、彼女も喜んでくれるだろう。 二人ともいい歳なのだし、そろそろ所帯を持ってもいい。彼女とてそろそろと期待している。 なので、この簪を渡すのをきっかけに、男は結婚を申し出るつもりでいる。 懐に忍ばせていた簪を取り出し、じっと見つめる。これと一緒に渡す言葉ももう考えている。 彼女は喜んでくれるだろうか? きっと喜んでくれる。そして、いい日取りを決めて祝言を挙げて一緒に田畑を耕して……。 その後の生活にまで思考を巡らせ、にまにまと顔を緩ませる男は傍から見て気持ち悪い。だが、幸いな事に通行しているのは彼一人だけ。そのしまりの悪い顔は、誰にも見られていない。 大事な簪だ。大切に布にくるみ、懐にしまおうとしたその時。 突風が吹いた。真正面から来た風に目も開けられない。強く外套がはためき、手をはたいた。 「あ」 拍子にほろりと大事な簪を落としてしまう。 背筋がヒヤリと寒くなる。彼女への贈物であるし、これにかけた値段も相当なもの。なのに、何一つ――ただ髪に飾るという目的すらも遂げぬままに損なったり失ったりしては、心の傷で倒れそうだ。 急いで拾って無事を確かめようとする。しかし、その目の前をさっと黒い物が通り過ぎた。 鴉だ。 間近で見た大きさと遠慮のない飛び込みに、男は思わず仰け反った。そして鴉が通り過ぎた後には、道に落ちている物は無かった。 「ぎゃああああ!」 悲鳴と共に、飛び去った鴉を振り仰ぐ。その足にはしっかり簪が包んでいた布ごとあった。どうやら、光物の簪に目をつけたらしい。 「バカやろう! それはてめぇを飾るもんじゃねぇ!!」 とっさに拾った石を投げつける。 追い込まれた者の意地だろう。男の投石は鴉を掠めた。 驚いた鴉は、獲物を落としてしまう。落ちた先には川があった。ぽちゃんと小さな音が男の耳に届いた。 ● そして、開拓者ギルドに、盛大なくしゃみが鳴り響く。 「この兄ちゃん、大事な簪を落としたといって冷たい川で長い事探してたらしいんよ」 商人風の老人は、隣の男を気の毒そうに見た。たまたま通りかかっただけだが、川で凍えているのを見かねてここまで連れてきたのだという。 連れて来られたその男は、布団に包まり――本当に布団だった――、がたがたと震えている。顔が赤いのは興奮と多分発熱だろう。誰が見ても、要安静だ。 「た、たががっだんでずよー。がのじょによどごんでぼらおうどおもっで、ぐちゅん、どくべつにだのんだじなで。やっどできあがっだのに――へ、べぐっしゅん!」 必死に何かを訴える。一生懸命話すが、鼻詰まりとくしゃみと咳で内容はさっぱり分からない。 代わりに老人が事情を語り、飲み込んだ話を今度はギルドの係員から開拓者たちへと伝えられる。 「要は恋人に渡す簪を川に落としてしまったので、探して欲しいという事らしい。……誰か、頼まれてくれないか」 ぽそりと付け加えられた一言に、開拓者たちは困惑する。 今の季節、川に入って作業など冗談では無い。頑丈なのが開拓者といえ、寒いものは寒いし、風邪をひく時はひく。 「……相棒たちにやらせるか?」 「まぁそれもいいだろう」 ぽつりと呟かれた提案に、ギルドもあっさり承諾した。この時期水に入れというのは酷だろう。 とはいえ、相棒たちもすんなり冷水に入ってくれるかはまた疑問なのだが。 「ううううう。よどじぐおねがいじまず。だいぜずなんべ……へっくしょん!!」 懇願してくる依頼人の目が潤んでいるのは、風邪だけのせいではないはずだ。 |
■参加者一覧
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰 |
■リプレイ本文 鴉に盗られた挙句、川に落ちてしまった簪。 大事な土産を探そうと、冬の水に飛び込んだ依頼者のくしゃみが開拓者ギルドに響く。 「分かった、任せておいて。だから。僕らが戻るまでに温まって、髪や服も整えておいてね! 職員さん、依頼主に温かいお茶とか……」 「あの、お茶よりも卵酒の方が温まると思いましたので……。お口に合わなかったらごめんなさい」 風邪の熱でふらふらしている依頼人を、アルマ・ムリフェイン(ib3629)は宿へと送り出そうとする。 布団でぐるぐる巻きにされてなお、依頼人はかんざし捜しに行きたそうなそぶりを見せる。 体調を考慮して、卵酒を作った乃木亜(ia1245)だが、そのまま酒の力で寝てくれたら、万々歳だ。 「ピィ」 「藍玉にも用意してあるからね。……それで依頼人さん、落とした状況とかんざしの色や形をもう少し詳しくお願いします」 足元で自分にもちょうだいとねだるミヅチに、卵酒を冷ましてやりながら、乃木亜は依頼人に尋ねる。 「ぞれががらず、ぶぇっくしょん、がおどじだどき、ぢょうどじがくになってよくば……。がわのながおどどおぼいばぶぇっくしょん」 「かんざしについては、作った方に聞いた方が早そうですね」 震えながら卵酒を飲んでくしゃみを連発する依頼人を、鈴木 透子(ia5664)は慌てて宥める。 まともな会話はどうも無理そう。とにかく彼に必要なのは安静だ。 手身近にかんざしを手にいれた店を聞き出すと、透子は忍犬の遮那王を連れてそちらから詳細を尋ねに向かう。 捜索場所に関しては、彼をここまで連れてきた老人が覚えていた。そこを中心に探していけばどうにかなるだろう。 「よろじぐおねがいじばずぐぇっしょんっ!」 鼻をすすりながら頭を下げる依頼人に、開拓者たちから同情の目が集まる。 「飛び込んじゃうぐらい、大事な人のなんだよね。……それじゃあ、ね。カフチェ」 にこり、と笑って見上げてくるアルマを、からくりのカフチェは肯定して頷く。深々と仕方ないと言いたげなため息と共に。 ● 川は寒かった。 冬の風がたえず吹きつけ、遮蔽する木のようなものも乏しく身を隠す場所も無い。 河原に立つだけで体温が奪われていきそうだ。 さらさらと流れる川辺に佇むと、藤本あかね(ic0070)は手を水につける。 「こんな中、川に飛び込んだのでは風邪もひくでしょうね。それだけ大事なかんざしだったんでしょうけど……」 大きく身震いをした後、水に触れた手に息を吹きかける。すぐに指先が真っ赤になっていった。 「夏場なら私が飛び込んで潜ってもいいんだけど、辛うじて氷だけは張ってないって言っても大げさじゃない気温だしね……。みなも、お願いできる?」 一際強く吹いた風に凍えそう。さっさと終わらせるに限ると、相棒のミヅチに目を向ける。と、相手は不満たっぷりな目で見返していた。 何でやらなきゃいけないの。どうしてもというなら御褒美をはずんで。 そう言わんばかりの強い視線。 あかねは、その意思と自分の懐具合をはかる。 初鰹……はさすがに時期じゃない。けれども鯛やアワビやアンコウは、新年も近いとあって手に入れるのは難しく無さそう。だが、それらをみなもが満足するだけ購入できるかはさらに別だ。 正直、財布に空っ風が吹く。けれども、他の朋友は協力をものの見事にきっぱりと断ってきた。ここでミヅチにがんばってもらわなければ、自分が体をはらねばならなくなる。 「分かったわ。でもね、ほら。向こうのミヅチだって文句も言わずにがんばっているじゃない。だからここはせめて普段のシシャモとかで我慢してくれないかなぁ?」 不服のみなもににっこり笑って、あかねは乃木亜のミヅチを指差す。 そのミヅチ――藍玉はといえば、 「うまくいったら好きな物をあげるから、光る物を見つけたら持ってきてね?」 と、乃木亜に言われて、渋々と川に入っている。 入るが、水は冷たい。僅かな探索を行うと、藍玉はするりと川から抜け出して乃木亜の元に戻っていく。 「ピィー」 濡れた体を温めるように、嬉しそうに乃木亜にまとわりつく。 もっとも藍玉にしてみれば、単に乃木亜のそばにいられたらそれでいいようだ。 別の意味で入りたがらないミヅチをどこまで理解しているのか。みなもは「ほーら、やっぱり」というような目で見てくる。 「えーっと。ほらでも。主人の為にがんばろうっていうけなげさとかを見習ってがんばってくれないかな」 あかねが何とか必死に交渉を続けると、やがて根負けしたか。しょうがないかと渋々みなもも川に向かう。 「藍玉もね。ちゃんと見つけて来るまで戻ってはダメよ」 待ってるから、と、乃木亜に送り出されて、藍玉も名残惜しげに川に入っていく。 「よし、じゃあ僕たちも行くよ」 アルマは道中に摘んだ草を川に放る。 風に流されて水面に落ちた葉は、そのまま川を流されていく。 流れは緩やか。かんざしの重さを考えれば、早々下流まで流されていくとは思えない。 元気に川へと踏み込もうとする主を、カフチェの赤い瞳が心配げに見つめている。 「アル」 「大丈夫、大丈夫。人手は多い方がいいでしょ」 川の冷たさも気にならないのか。下流の方からアルマは、捜索を始める。 言っても聞きそうに無い。というか、もう濡れている。 他の開拓者たちは、探索は相棒たちに任せて、河原では焚き火をしている。しばらくはそこで様子見をするようだ。 同じく、探索を相棒に任せればいいものを、カフチェのご主人はどうやら足を止める気は無い。 「……では、ご自由に」 「うん」 諦めと呆れと。交じり合った声音で告げると、相手は何の気なしに明るい声で笑っていた。 ● 聞いた場所から、大まかに落ちた位置を推定。そこから誤差も合わせて、大体の範囲を決める。 決めると、乃木亜は上流側に川の端から端まで伸びる糸を張った。 藍玉たちにはその糸を基準に川底を調べてもらう。探して無ければ、糸を下流方向に移し、また探索。 闇雲にさらっても、見落とすだけ。同じ場所を何度も捜索するのも時間の無駄だ。 「ピィ、ピィピィピィー」 「キュ♪」 ほどなくして、水底に潜っていたミヅチたちが喜びの声を上げる。 「見つけたのかしら」 開拓者たちの顔が輝く。火のそばで暖かいとはいえ、いつまでもこの寒空の下に佇むのは御免だ。 藍玉とみなもが嬉しそうに駆け寄ってくる。その口元には光るもの。……二匹共に。 勿論、かんざしは一本きり。壊れた、のでも無い限り川で増えるはずない。 そして、くわえたそれらはぴちぴちと動いていたりする。 「……藍玉。確かに、それは光る物。光る物ではありますけど……」 川で見つけた小魚を、自信たっぷりに見せに来たミヅチに乃木亜は思わず膝をつく。 藍玉にしてみれば、ちゃんと光る物を見つけてきたのにがっかりされて、「何で?」とばかりに首を傾げる。 「で。みなももかぁ……」 困ったように、あかねも自分の相棒を見る。 こちらは「がんばったからもういいだろ?」と、喧嘩でも売ってきそうな目で見てきている。 もう一度頼むと、さて、エサ代は幾らぐらいになるだろう。川で泳いでる分を取り放題で代用出来ないだろうか。 そんな事もちらりと考えつつ、なんとか川に戻ってもらう。 「私たちも、入って探すべきでしょうか」 乃木亜は、アルマを見つめる。 単純に考えれば、手が多い方が探しやすい。 けれど、川の水はアルマとカフチェの腰辺りまである。 水底の石をどかそうと思えば潜る必要もあり、すでにアルマもカフチェも全身濡れている。からくりのカフチェは赤褐色の肌に変化は無く、動作もいつもと全く変わらないが、アルマはそうはいかない。 時間と共に、水と風で唇の色を失ってきている。遠目で見ていても、震えが止まらないのが分かる。 「少し休んではいかがですか?」 「まだ大丈夫」 カフチェが心配してそれとなく焚き火に行くよう勧めるも、アルマはまだまだヤル気。 白い息を吹きかけながら、水の中、葦の茂る方へも懸命に目を凝らしている。 その様子を見ていると、やはり探索は躊躇してしまう。 さらに、水底の石を動かすと溜まった泥が舞い上がり、川が濁ってしまう。アルマも泥を巻き上げないよう、かなり慎重に進んでいる。 しばらくすると、見える程度には澄んでくるが、大勢でしょっちゅう石を上げ下げしていては濁りも広がってしまいかねない。 それもまた、踏み込むのをためらう理由になる。 「陸地に落ちてくれていたら、遮那王の鼻ですぐにでも見つけられましたのに……」 透子が思わず嘆息をつく。 探し物は本来、忍犬が得意とするもの。 かんざし職人に話を聞きに行った際に、使った材料の匂いなども遮那王に嗅がせてもらった。範囲も分かっているのだから、陸地であればさほど苦もなかっただろう。 が、落ちたのは川。呼吸は水呼吸で確保できるし、潜水もそれなり。活動自体には支障は無い。 けれども、どうやら水の流れが匂いを遮っているらしい。出来ない事は無いので探索は続いているが、ぴたりとすぐにという風でも無い。 浅瀬から入り、重い装備で潜りやすくしている。重すぎて溺れないか、透子は人魂の視点で相棒の動きをじっと見ている。 やれるだけやってみる。危険そうならすぐに引き返させる。 そう思いながら水底でずっと鼻をこすりつけている忍犬を見守っている。 (あまり時間をかけすぎると、藍玉は飽きてかねないんですよね) 水音を立てて進むミヅチを、乃木亜は軽くたしなめる。 少し遊び出してもいるようで、それもまた心配だった。 ● 手がかりは乏しく。ただ大まかに川をさらうだけ。 探す方も見守る方も、寒い中、凍えそう。 「余計なものは意外に見つかるんだけどねぇ」 光を見つけて手を伸ばしてみれば、アルマが掴んだのはガラス玉。 陶器の破片や、錆びた装身具やらもちらほらと見つかる。 川の掃除にはなったが、肝心の物は以前見つからない。 時間もどのくらいたったのか。 唐突に、動き出したのは遮那王だった。 水底に沈んだまま、それまでの慎重な動きから、明らかに活発に大胆に動き出す。 その変化は突然とも思え。よもや溺れて暴れだしたのか、と透子を焦らせた。 が、遮那王はしっかりした足取りで水底を進む。ある一箇所を行ったり来たりを繰り返した後に、水底を掻き出す。 「見つけたの!?」 アルマが問いかけ、近寄ろうしたが、辺りの水が舞い上がった泥で茶色に濁る。 どこに遮那王がいるのか。水底の様子がつかめず、歩くのも危険で留まっていると、濁りを潜って遮那王が川から岸へと姿を現した。 その口には光る長い物がある。動いてもいない。 そのまま透子の元に駆け寄ると、遮那王は得意げにそれを渡してくる。 「……。間違いないです。聞いた特徴と同じ、依頼人さんのかんざしでしょう」 銀細工のかんざしは多少泥ついていたが、手入れをすればまた元の輝きを取り戻すに違いない。 「御苦労様。よくやってくれました」 透子が褒めると、遮那王は一つくしゃみをした後、盛大に身を震わせる。 濡れた毛皮から水飛沫が散り、軽い悲鳴が辺りから起こった。 ● 見つかったらまたそれで忙しい。 透子は川の水で即席にお湯を沸かして、アルマや相棒たちには暖まってもらう。 風邪などひかぬよう、乾いた布できっちりと体を拭くと、さらにアルマが用意した熱いお茶を一服。 一息ついてから、依頼人が待つ開拓者ギルドへと戻る。 どきどきしながら、依頼人に見つけた品を渡す。 事前にどんな品か確かめたが、万一という事もある。 風邪はどうやら治まったようで、出た時よりも依頼人はすっきりした顔つきをしている。熱っぽい目で、じっくりとかんざしを見ていたが……。 「間違いないです。ありがとうございます!」 大事な品が戻ってきた、と、依頼人が喜ぶ。 喜びすぎて、風邪がぶり返さないかが心配になるぐらいに大げさな礼を繰り返す。 「今度は、無くさないで下さい」 「はい、勿論です。もう鴉にもとられないよう、しっかりと身につけておきます!」 透子からのお願いにも何度も頷いているが、正直、本当に大丈夫なのか心配になるぐらいの浮かれっぷりだった。 「仕方ないかな。それだけ大事な人への贈り物だったんだから」 寒さ対策で毛布を着込み。丸くなっていたアルマは、静かに微笑む。 そのまま飛び出して村に帰りそうだった依頼人は、「もう少し風邪がよくなるまで待て。途中で倒れられては助けた甲斐が無い」とギルドの入り口で係員と押し問答になっている。 いつ都をたつのか分からない。そこまで面倒見る気も無い。 けれど、いずれは村に戻ってあのかんざしを大切な彼女に渡すのだろう。 そう思うと、アルマの表情も自然なものだが。 「では、こちらも参りましょうか」 そんなアルマを、控えて見ていたカフチェが、荷物をまとめて帰宅を促す。 「……。僕は風邪ひかないってば」 「そうですか」 渋面を作るアルマだが、その顔が赤い。依頼人の熱気に当てられた、だけでもないようだ。 冷たい水に浸っていたのだ。開拓者といえども、体に堪える。が、アルマは周囲に叱られると体調不良は口にしないし、認めない。 認めなくても、見ていて分かる。そして、そんな主の胸の内もさらっと読んで、カフチェは淡々と返事をしながらも、腕のいい薬屋の所在を確認していたりする。 「……。分かってる、ちゃんと分かってるから」 そして、やっぱり主の胸の内を覗き、みなもはじっとあかねの顔を見据えている。 依頼料は受け取ったが、すぐに飛んで行きそう。さて、どうやって出費を抑えるか足りない分を確保するか。あかねの苦労はまだ終わりそうに無い。 |