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■オープニング本文 ●新たな大地 大樹ヘカトンケイレスが消滅し、主要なアヤカシの多くを討ち果たした希儀――明向。かつての宿営地として建設されたその名は、やがて、隣接する都市の名として通ずるようになっていった。 希儀には精霊門も開かれ、大型輸送船の定期航路開通も決定。 「入植予定の方はこちらで身分改めを願います」 ギルド職員が木のメガホンを手に大声を張り上げる。希儀は無人の大地が広がっているとあって、天儀各国はおろか、アル=カマルやジルベリア、泰からも入植者を受け容れることとした。無論、土地は非常に安価であるか、魔の森に追われた家庭など、対象者の状況によっては一銭も徴収されない。 明向周辺は人口も急増し、俄かに活気付き始めた。 ● 探索途中で発見された都市や畑はかなりある。百年以上の時を経て当然無傷なままでもないが、手を入れれば何とかなりそうな場所もある。そういう場所を中心に居住可能にまで修復できれば、天儀からの移民が住む予定となっている。 だが、そんな都市の中で少々変わった街がある。 『ケンタウリア』 海を臨むかなり大きな都市は、見つかった地図からそう呼ばれ、そのまま今に至る。 大きな都市というのは、大都市とも少し違う。いや、街の広さや随所に見られる機能の高さ、かつていたであろう人の数を思えば大都市と呼んでもいいかもしれない。 が、そんな都市は他にもある。ケンタウリアにだけは他に無い特徴が幾つかあるのだ。 まず気付くのは、とにかく道幅がどこも広くて平らになっている。坂道も緩やかにならされており、僅かな段差も無い。大八車でもひこうって時にはものすごく楽だが、ただ歩くだけなら例えば階段を作っておけばすぐに上がれそうな急な坂でも、なだらかな坂道が作られ結局回り道になっている。 家は、他街と同じく、概ね石造りで天儀や泰よりもジルベリアに似た雰囲気を感じる間取り。しかし、扉や出入口が何故か大きく作られている。窓の位置も高め。天井も高い。 ほとんどが平屋作り。二階建てもあるにはある。が、上手いこと坂を利用した作りになっていたりで、やっぱり階段は少ない。 部屋も大きめに作られている。なので一軒も何となく大きく感じる。 道も広いし、家も大きめ。……そんな大きな都市だ。 希儀の最西端までは行ったが、調査はまだまだ終わらない。改めてケンタウリアに戻った開拓者たち調査隊は、この街から受ける奇妙さに、今は首を傾げるしかない。 「移動は楽でいいが……何なんだ?」 「階段という発想が無かったとか?」 「他の街にはありますよ。出かけなかったのでしょうか?」 意見は出るが答えは出ず。 「それにこの壁画……なんだろうな?」 壁や調度品の装飾に、変わった生き物が使われている。 上半身は人間のようだが、下半身はどうも四足の獣のように思える。何かのまじないか? ともあれ、分かったことだけでもまとめておくかとテーブルに紙を広げる。そのテーブルにしても、何となく高くて使いづらい。 「棚とかもなんとなく高いんだよなぁ。椅子でも無いかなぁ」 「巨人でも住んでたのでしょうか?」 「にしては、残された小物は俺たちと大して変わらない大きさに思えるが……」 そんなちょっとした差も何かあるのか。とりあえずギルドへの報告メモとして書きとめ、ではさらに探索をと、丸めた所で、そのメモがひょいと取られた。 てっきり仲間の誰かと思いきや。見慣れぬ山羊がそこにいた。――妖精・山羊珠だ。 「メー。美味しそうな紙発見メー」 「何!? 返せ、バカ!」 「おっと、そうはいかないメー」 喜ぶ山羊珠から報告メモを奪い返そうとしたが、するりと逃げられる。 まぁ、所詮はメモ程度。盗られたのは頭にくるが、また書けばいいかとそっちは諦め、探索に戻ろうとした。 が……。 よちよちと隣の屋根に上った山羊珠が、とんでもない事を言い出した。 「宣誓! 我々山羊珠はここに山羊珠王国を建国し、自由気ままないい感じの土地にするメー」 「はぁ?」 薮から棒に、いきなりの宣言。聞いてる方は眉根をしかめるが、言ってる方は至極本気だ。 「人間たちは出ていくメー! 山羊珠たちは静かに暮すメー!」 「でも、すべての紙は山羊珠のもの! 紙は置いていくメー」 あちこちから山羊珠たちが集まってくる。数としては十体を越す程度だが、それらが一斉に騒ぐ騒ぐ。 元々は目撃例も少ないおとなしい妖精だったはず。 けれども、妖精・提灯南瓜の悪戯に巻き込まれて追い出されて以来、どうも嫌な物は騒げば出て行くと妙な学習をした様子。 危害を加えるまではしてこない。とはいえ、このままではケンタウリア調査中や入植後もずっと付き纏って騒がれそうだ。それはうるさい。 天儀を追い出され、安住の地が欲しいのは分かるが、彼らの態度を見る限り、人と一緒にやっていく気は無さそうでもある。 どうしたものかと悩んでいると、別方面から「待った」がかかった。 「待つもふ! 自由気ままな暮らしとは何事もふ!!」 怒りの声をあげたのは、もふらたち。だが、連れてきた覚えは無い。 どうやら天儀から船で運んでもらった野良のもふらたちのようだ。その数も十体程度。 大きさも色も様々なもふらたちは、きっ、と屋根の上の山羊珠を睨みつける。 「ごろごろぐだぐだ生活はもふらたちが一番もふ!」 「ここはもふらの王国にするもふ! そして、もふらのもふらによるもふらの為の国を作るもふ!」 「具体的にはなんとなくごろごろして過ごすもふ! 通行する者はもふたちの御世話をするもふ!」 こちらもなにやら野望がある様子。 ……具体的といいつつ、全く具体的でない上、それは天儀での彼らの生活と何が違うのだろう。 もっとも、もふらが主となると今まで以上に働いてくれなさそう。ちょっと迷惑かもしれない。 「お前ら、勝手なことを!」 怒鳴りつけると、山羊珠ももふらもてんでに逃げていった。……いや、散らばった先で何かする気だろうか。 「べー、だメー。ここは山羊珠の王国メー。決めたメー」 「もふ! もふら国にするもふ! 楽園にするもふ!!」 何するか分からない。何もしないかもしれない。 しかし、何かしでかして勝手にいじくり倒されては、調査の妨げになる!! 「本当に待て! 動くな! 何も触るな!!」 「メー。嫌ならさっさと出て行くメー」 「もふー。王国なら国旗が必要もふ。そこらの布で作るもふ」 逃げる山羊珠、暴れるもふら。あっちこっちへばらばらに走る彼らを、追いかける一部の開拓者たち。 「……。今気付いたが、階段が無いのは追いかけっこに楽だな」 「なるほど……。住民は、追いかけっこが好きで階段を無くしたのかも」 「んな訳ねーだろ」 騒動を横目にしながらも、邪魔が入らない間に残った人員は調査を進める。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 玉櫛・静音(ia0872) / 玉櫛 狭霧(ia0932) / 八十神 蔵人(ia1422) / 海月弥生(ia5351) / からす(ia6525) / ルヴェル・ノール(ib0363) / 燕 一華(ib0718) / フィン・ファルスト(ib0979) / 呂宇子(ib9059) / 朱宇子(ib9060) / 音羽屋 烏水(ib9423) / スチール(ic0202) |
■リプレイ本文 探索の果てに、発見された都市――ケンタウリア。 希儀全土の捜索がひとまず落ち着いた頃、開拓者たちは他とは違う風情を見せるこの街の探索へと再度赴いてきたのはいいが。 「メー! ここは山羊珠の王国にするメー」 「もふ! そんな邪悪は許さない! すべてはもふらの為にあり!!」 ……何故か山羊珠ともふらが独立宣言をしていた。 「飛んで火にいる夏の虫! じゃないか……、結構暖かいけど」 妖精精霊各十体。口々に勝手なこといいながら、もこもこと動くさまにフィン・ファルスト(ib0979)は心惹かれて、目を輝かせる。 希儀の季節はよく分からない。少なくとも天儀より今は暖かい。雪の心配はなさそうだ。 「もふもふ王国……。いいかも」 「でも入植準備も進んでここもその一角。暴力は振るってこないようだけど、このまま騒がれ続けると煩がられるのは間違いないわね」 もふらたちの定住に興味を示すのは、柚乃(ia0638)だけでもない。 けれども、海月弥生(ia5351)の言うように、ずっと彼らのペースで騒がれては、まともな生活など送れようか? まして、このケンタウリアには少なからず謎がある。それを解明する前に荒らされてはたまらない。 「ここは山羊珠の王国メー。決めたメー」 「もふら国にするもふ! 楽園にするもふ!!」 そう言って、町中に散り散りになる彼らを放ってはおけない。 ● 「何が出てくるか楽しみだが、急がないとまずそうだな」 散った山羊珠たちやもふらたちは、そこかしこで悪戯を繰り出している。 そっちは追いかけていった開拓者に任せて、残りの開拓者で急ぎ調査を行う。 羅喉丸(ia0347)は地図が見つかったという大きな屋敷を調査する。隠し扉が無いか壁を叩くが、特に無い。 「とはいえ、なにやら立派な壁画などは飾られていた様子。取り壊したのか、持ち出したのか。してみると、残されているのは価値の無いガラクタ風情のものかもしれない」 壁が何やら日焼けし色変わりをしたり、床にも何かを置いていたような痕跡はかろうじて見て取れる。 それらを測定し、記録した後に玉櫛 狭霧(ia0932)は飾られている壁画などに目を向ける。そこには、上半身が人で下半身が四肢の獣のような変わった絵が飾られていた。 「そういや、難破船の美術品には肉体美を主張したような作品が多かったんだっけ?」 狭霧の問いに、羅喉丸が頷く。 「女性は布で隠してはいたが、男性だともろ裸だそうだ」 精巧に作られた像は、希儀の文化をまた伝えていた。 中には動物が入り混じった像や絵もあった。が、それらはアヤカシと思われたし、実際、希儀を跋扈していた蛇のアヤカシが多く見られた。 ならば、この壁画もアヤカシかと言えば、違う。アヤカシ退治のような陰鬱な構図では無いし、こうして家に飾る以上、気分を阻害しないものであるはずだ。 「それはきっと妖精メー」 ん? と、顔をあげると、やや高めの窓に山羊珠が胸を張っていた。 「知っているのか?」 「全く知らないメー。でも、ここは山羊珠の土地にしたから、前にいたのも山羊珠と同じ妖精に違いないメー。だから、さっさと出て行くメー」 窓枠越えて入ってくると、無茶苦茶な理論を言い立てて、騒ぎ出す。 狭霧の一歩後に控えて、屋敷の観察を行っていた玉櫛・静音(ia0872)が、ふと息を吐くと懐から紙を何枚か出す。 「ほーら、おいでー」 「メ? 献上品か? 苦しうないメー」 ひらひらと笑顔で――その笑顔が妙にどす黒いのを見て狭霧など顔を引きつらせたが――、紙を振る静音にためらい無く山羊珠は近寄った。 その山羊珠に、即座に呪縛符。 「騙されたメー。ずるいメー」 「何を言っているのですか。貴重な観察対象を荒らそうなんて、そっちの方が駄目です」 式に手足をとられてもがく山羊珠に、静音は、めっ、と注意をする。 部屋に鼠が駆け回る。 そこにもふらが入ってきた。鼠には気にせず、部屋の片隅に置かれていたテーブルに注目した。正確にはそこに無造作に置かれていた布に。 「もふー。素敵な布発見もふー。いただくもふー」 テーブルには小さな壷が幾つか置かれている。すでに壊れかけとはいえ、それも貴重な希儀の品。引っ掛けて落とせば跡形すらなくなってしまう。 部屋の片隅にいた鼠が消えたことにもふらは気付かないまま、それを引っ張ろうとしたが。 「はーい、ちょいとお待ちなさいな」 入ってきたのは双子の修羅・呂宇子(ib9059)と朱宇子(ib9060)。 先の鼠は呂宇子の人魂。事情はすでに承知と、問答無用で呪縛符を放つ。 「何するもふ!」 「ごめんなさい。でも、その布じゃなくて、こっちの手拭いじゃダメですか」 「大きい布の方がかっこいいもふ」 縛り上げられ気分を害したもふらに、朱宇子が菓子を差し出しながら交渉。その隙に、呂宇子は布をとりわけ、壷も安全な場所へと移す。 手にした布は、図柄が織り込まれていた。広げてみれば、どうやら下半身は四足の馬に見える。上半身は人のそれで、弓を引いている。 「四本足もふ。もふたちと一緒もふ。だから、ここはもふたちが住むべきもふ!」 「はいはい。でも、この街って元々、私達のものでも、山羊珠さんやもふらさまのものでもありませんし。新しく来た同士で、共存できたらいいのに」 「別にいいもふ。でも、もふたちの街だからもふたちが一番いい感じに住むもふ!」 朱宇子の申し出に、もふらはごろごろと転がって答える。 用はだらだら出来たら、それでいいのだ。 「――仮に半人半獣が実在するなら、椅子や階段が無かったり、建物が全体的に大きいのも納得だわ」 「そんな人がいたなら、狩りとか全部自分で行ったのかな? 食料庫とか武器庫とか調べられれば……」 姉の言い分に、妹も考えを述べる。 「それらしき痕跡は見つけてある。郊外の畑などな。けれども、見る限りそっちは他の街と大差無い様子。道具も普通に人が使うような作りが多いよう。……もっとも、鍬の柄が妙に長い程度の違いはやはりありましたが」 沸いた声に目を向ければ、ルヴェル・ノール(ib0363)が入ってきた。 もふらには目もくれず、部屋を見渡すと、呂宇子の持っていた布や壷に目をつける。 「見る限り、石碑石像の様式は船にあったものと同じく、精緻でよく出来ている。とすると、この半人半獣も酔狂で作り出したとは考え難い。食糧の確保などで他の街との交流記録でも残っていれば何か分かるかもしれないが……」 部屋を丹念に探すが、そういった類は見当たらない様子。 ふと呂宇子が思いつく。 「アヤカシや精霊・妖精の類で無いなら、遺骨とか残ってないのかしら」 「なるほど、死体でも見つかればこの半人半獣の謎も解けそうですが……。ここの住人は何処に……。骨が残るとして墓は作るか海が近いなら水葬か」 ルヴェルも頷く。 ひとまずここの家にはそれ以上めぼしい物は無く。調査結果を記憶すると、ルヴェルは外に出ようとする。 「もふー。その布はもふのもふー。国旗にするもふふふふふ!?」 不満を訴えるもふらが、強引に奪おうと布に近付く。 視界の隅で動きを捉えたルヴェルは、そのままほとんど動かずアイヴィーバインドでもふらを拘束。 布を丁寧に巻き取ると、そのまま次の場所に向かっていった。もふらには目もくれない。 「ずーるーいーもふー。横取りしたもふー」 「はいはい。手拭いも繋ぎ合わせると大きくなりますし、あの布より染めたりしやすいですよ?」 びーびーと鳴くもふらを朱宇子が宥める。 ● 散った山羊珠ともふらを追い、燕 一華(ib0718)は心眼で目を凝らし、音羽屋 烏水(ib9423)は超越聴覚で耳を澄ます。 「隠れても無駄ですよ。そちらの建物にいる二体。お菓子はいかがですか? 紙もありますよ」 「メーメー、もふもふ。あちらの方から聞こえてくるのじゃ」 場所は広いとはいえ、いる者は限られる。開拓者の所在さえ把握していれば、あとの余分な気配は精霊か妖精かどちらかになる。 その指示を元に開拓者たちは確実に居場所を捕らえる。 「今後どうするかは他の面々にも聞かねばなるまいが……。その前に。穏便に事を済ます気はないか?」 「メー! 騒ぎを大きくするのは人間たちメー。メーたちはあくまで静かに暮らすメー」 「もふ! ここはごろごろするにはいい所もふ。気に入ったもふ」 スチール(ic0202)が訴えるも、山羊珠ももふらもそっぽを向く。 応じる気は無いと見る。 「しょうがないなぁ。……貴様らここを使うのは分相応だと言っている」 だったらと、相手を挑発する。すぐに相手はのってきた。 「メメ!? そんな事は無いメー。ふさわしくないのは人間たちメー」 「もふもふ。酷い事言うなら怒るもふ」 攻撃力は上がるが、元よりどちらも戦闘に向いた種族では無い。防御力が低下して近づいた所を一気に捕まえようとスチールは構えるが……。 「つっかまえた〜♪」 「メーーー!」 「えへへへへ。ふわふわしてるー。気持ちいいー」 スチールを睨み付けていた山羊珠。その横から、フィンが飛びつきがっちりと捕獲。 驚いた山羊珠がもがくも、フィンは実に幸せそうな顔のまま離す気配無い。 「ねぇ、もふらさま。世話をされたいなら、威嚇するよりも仲良くした方が一番よね」 「もふ? 確かにそうもふ」 やはりどさくさに紛れて、もふらに抱きつくように撫でながら、弥生ももふらを説得する。 そのまま妖精たちをどこかに連れて行く。 「手が足りてるならこちらは調査に力を入れさせてもらうか」 スチールはそこまでは付き合わない。 気になっている事はある。ここの住人と馬の関係がどうなっているか。その痕跡を求めてスチールは調査に向かった。 ● もふらを捕まえるのはたやすかった。というか、勝手に集まっていた。 八十神 蔵人(ia1422)は、村の中央辺りにある大きな家を勝手に拝借。家の作りからすると、民家ではなく会議所か何かだったのかもしれない。 そこで、皆の腹を満たすべく、盛大に焼肉の準備に取りかかっていた。 立ち上る煙、滴る油、肉の焼ける匂いが漂えば、もふらが見過ごすはずは無い! 「ほれ。意外と旨いもんやろ、このマトン。もう働けない年寄りやから邪魔やって安く売ってくれてなぁ」 「御苦労様もふー」 「美味しくいただくもふー」 蔵人が生で丸ごと仕入れた肉にも物怖じせず。 もふらたちは器用に両手を合わせて祈ると、後はじっと焼肉を待っている。 「あ、いい匂いがしてると思ったら、やっぱりもふらさまたちはこっちですか。山羊珠たちは今集めてますから、もう少し待ってください」 顔を出した柚乃がもふらにお菓子を差し出す。 しばらくすると、暴れる山羊珠や夜の子守唄で眠らされた山羊珠たちが運び込まれてくる。 「ここはどこメー? 無理矢理連れてくるなんて酷いメー」 「まぁまぁ。ここはじっくりと話し合おうではございませんか?」 口々に騒ぐ山羊珠たちを、口笛交えながら烏水が宥める。 「わしは騒動をよく知らぬが、あまり騒ぎを大きくしては天儀の時のように追い出されるやもしれん。それはわしらも本意でない。 そうならぬよう、今一度、一緒に手伝いした褒美に皆が好きな紙や菓子を貰えるよう、楽しんでみんかのっ。 怒られるよりも、人を幸せ笑顔として、お礼貰った方が嬉しかろう?」 「メー。追い出すのはメーたちメー」 「メーたちは幸せと微笑を運ぶ愛らしい妖精メー」 怒ったり威張ったり。何かと忙しいものの、それでも一応山羊珠は聞く体制に入る。 お近付きにどうぞと各自が用意した紙を差し出せば、それはすんなりと受け取る。 「こっちの紙は甘いメー。こっちの紙は辛いメー」 「辛い方は書類用だから食べないで!」 「メ? スパイシーで美味しいメー。塩味も最高メー」 「こっちの甘い方がいいメー。それは頭がくらくらしてくるメー」 「メーは、自然素材が一番メー。味付けなんていらないメ!」 「そんなに美味しいもふ?」 「もふらさまは……食べなくていいと思うな?」 いろんな紙を味見できて山羊珠たちは満足した様子。 もふらも興味を持って口を出すほど。 「それでや。お前等も町に住むなら人間と上手くやってかなあかんで? 開拓の為にしっかり働いてや。やんちゃが過ぎたりさぼる様なら……」 「もふもふ。ここはもふたちの国もふ。もふらを大切にしないとバチがあるもふ」 「山羊珠王国メー。山羊珠以外は出てくメー」 しみじみと蔵人が告げるも、もふらたちは関係ないとばかりにはねつける。 もともと天儀ではもふらは人と一緒にいた。今いるもふらは怠けてわがままを言っているが、そこはおだてれば何とかなる。 となれば、真の問題は山羊珠だ。彼らはどうにも考えを改めてくれないと、今後の活動に支障がでかねない。 「ここはケモノの森も隔たっているので、大好きな紙も遠出をしないと手に入らなくなっちゃいますっ。それだったら、紙を運んできてくれる人と一緒に暮らした方が楽しくないですかっ? それにボクは山羊珠さんのものまねも好きですからっ」 「メーだ。山羊珠は静かに暮らすメー。人間はいらないメー。ご馳走は時々でも構わないメー」 一華が屈託の無い笑顔を向けるも、山羊珠たちはへの字口であらぬ方を見る。 「でも、この希儀でもアヤカシが徘徊するようになったけど……戦えるの?」 柚乃が首を傾げる。 大アヤカシは倒したし、瘴気にまみれていたヘカトンケイレスも消滅した。が、残党はまだどこかに残っている可能性がある。 「それは人間にがんばってもらうもふ」 「もふらさまはそれでいいけど、山羊珠は?」 「……メー。それはちょっと困るかもメー」 柚乃に指摘されて、ようやく気付いたか。山羊珠たちは本気で困惑している。 「だったら、君達に丁度よさげな島があったがどうだろう。大体こんな一々広くて高い所、住みにくくないか?」 食事に顔を出していた狭霧が、簡単な地面に地図を書く。 勧めるのは地中海にある小さな島で、すでに調査は済み。山羊珠が入っても、まぁ、困りはしないだろう。 山羊珠たちは真剣に聞いている。どうやら移動してくれる気になったようだ。 「あ、ところでもふらて羊に似てるよな?」 「似てないもふ。もふは食べられないもふ」 蔵人がふと告げると、もふらはごろんとその場に転がった。 ● お腹がいっぱいになると、山羊珠は早々と小島を目指して旅立った。 もふらたちは相変わらずごろごろしている。 邪魔者がいなくなり、調査が進むと、開拓者たちは調べた事を纏めあげる。 「崩れた箇所は自然に朽ちた所も多いけど、何か故意に破壊された感じの箇所もあるわ。攻め込まれて別の場所に移動したんじゃないかしら」 呂宇子の意見に意を唱える者はない。 何が攻め込んできたか。 それは決まっている。当時の脅威はおそらく一つだけだ。 「もっとも戦いがあったにしては破損が少ないですっ。恐らくアヤカシが攻めたものの、その時にはほとんどの人が撤退していたのでしょうっ。修繕すれば、十分入居可能と思いますっ」 「厨房や家具、ベッド……。持ち出したかで物も少なくなっておるが、小道具の類は人とあまり変わらんかったようじゃのぉ。背丈がやたら必要以外は」 山羊珠たちを説得した後、街を見回った一華と烏水。 それにしても、とフィンは首を傾げる。 「道幅の広さ……。車輪のついてる物でどこでも行けるようにしてたのかな。それとも単に階段の使えない人が住んでただけ?」 それについては、と、スチールは自身が調べた事を告げる。 「馬のひづめ跡と人間の生活跡がバラバラではないか調べたので、床には割と注目した。が、車を頻繁に使ってる痕跡も無かったな。 馬かあるいはその類自体はいたようで、飼育設備はあった。家の中が広いのも、乗り入れていたと考えればある程度は合点がいく」 その意見に、からす(ia6525)はむしろ合点がいったという風に大きく頷く。 「つまり。ここの住人は、階段を必要としない生活にならざるを得なかったのだ。馬と共に生活する遊牧民のように。 椅子がないのも、必要がなかったのだろう」 「にしては、家に馬自体の生活していた痕跡はあまり無いという問題も出るが」 それにも分かっているとからすは告げる。 「人と馬は同じように動き回ったが、馬自身がいたわけでは無い。つまり、壁画の生物。彼等が住んでいたと考えるのが妥当だろう。彼等はこの地を駆けて暮らしていたのだ。ここは、人馬の国『ケンタウリア』と言う訳だ」 「半人半獣なぁ……。精霊か、肢体の一部が獣化した獣人か?」 狭霧が見つかった住人の絵姿に目を向ける。 からすは少しだけ考える。 「精霊が街を築くなら天儀でも見られよう。神威たちと似たような種族がいた、と考える方がいい。 ……もっとも、ここで生きて彼らと会う事は恐らく無いだろうな」 特徴を捉えたその半人半獣は実に躍動感に溢れ生き生きとしている。 けれど、実際にその姿を見ることは無い。ただ過去を想像し、思いを馳せるだけ……。 |