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■オープニング本文 今年は春が早いのか。 日差しは暖かくなり、風も温み。野山に緑が広がりだす。 花の季節到来。梅に水仙、季節の野草と見所はたくさんあれど、やはり春来たれば桜だろう。 開拓者ギルドにて。ギルドの係員は、開拓者を前にいつものように依頼の説明をする。 ……いつものように? いや、何かを警戒するように、気を張り詰め周囲に視線を彷徨わせている。もっともそれが何故なのか、聞いてる方には説明が無い。 「毎年、見事な花を咲かせる桜並木がある。今年もじきに満開でな。すでに近隣から花見客も訪れているのだが、厄介な事にこの花見の邪魔をしに、五体の猫又たちが出没するようになったという」 相棒として開拓者にも馴染みが深いケモノだが、そもそもは獰猛で混乱を好み、会話可能だが人間の言う事などなかなか聞かない聞く気も無い種だ。 こいつらがつるみ、花見で騒ぐ客に近付いては、宴の弁当をかっぱらったり、悪戯を仕掛けたりとやりたい放題。時には人を痛めつけてしまうのだから始末が悪い。このままではお花見どころでは無い。 「山の近隣に住む者にとっては、花見客が落とす金が大事な収益にもなる。このままでは客が減り、生活にも支障が出ると依頼があった。なので、この山に赴き、悪戯を繰り返す猫又たちをどうにかしてほしいという話だ。生死不問……というか、ぐだぐだ言い含めて聞くような可愛い猫じゃなし、討伐もやむを得まい。花見をしていると出るので、宴に必要な品や費用は依頼人達が出すとまで言っている」 「ほ、ほぉおお。つまり呑めや食えやは、依頼人持ちって訳だな」 割って入った声に、係員がぎくりと肩を震わせる。 「酒天童子! くそ、どこにいる!」 「どこって……ずっと前で聞いてただろが」 「くっ! 小さくて目に入らなかぐふぁ!!」 「てめぇの目が節穴なだけだろ!」 無礼な係員に飛び蹴りを食らわし。ふんと鼻息を荒くするも、酒天はすぐに表情を明るくする。 「いーじゃん。花見の名所で酒に肴付。適度な運動もあるし、楽しむにはもってこいだな。この依頼、もらうぜ」 とっとと、手続き踏んで依頼に出ようとする。 「待て! てめぇが飲み食いしたら依頼人達が破産するだろ!」 「心配すんな。遠慮ぐらいはしてやらぁ」 「お前の遠慮はあてにならん! ああ畜生、奴の耳にだけは入れたくなかったのに!! 頼む、依頼人たちが破産しないよう、奴をあんまり騒がせるな!」 下手すれば、猫又と同じく面倒かもしれない。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ
徒紫野 獅琅(ic0392)
14歳・男・志
迅脚(ic0399)
14歳・女・泰
七塚 はふり(ic0500)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 「お花に囲まれてお料理とお酒をいただくのが……今回の『お花見』ですね」 「そういうことだ。よろしく頼むな」 依頼の主旨を簡単に纏める和奏(ia8807)に、酒天童子が笑う。 それを柚乃(ia0638)は軽く否定する。 「それもありますけど……。困り者な猫又さんたちを懲らしめるのが依頼人さんたちの希望ですよ」 宴に現れる猫又。彼らの度を越した悪戯に花見客たちは苦しめられ、観光収入を当て込んだ近隣の村も弱ってしまった。 「問題の猫又さんは五……いえ六体ですね」 「やめんかい。何の真似だ」 そっと猫耳カチューシャをつけた柚乃を、酒天が振り払う。 宴の問題児は、何も猫又だけではない。 「宴の邪魔を続けるなら懲らしめないと。悪戯感覚みたいなので、割に合わないと思えば止めるでしょう」 「ただの悪戯で済みますか? どうも未必の殺意があるようですし、反省するようには思えません」 鈴木 透子(ia5664)は軽く告げるも、迅脚(ic0399)はやや懐疑的。 「火をつけられたり、痛めつけられたりされた人もいるようですからね。今は目立つ負傷者は無いようですが、大怪我をする人が出る前に、何とかしなくては」 菊池 志郎(ia5584)としても悩める所だ。 傷つけず取り押さえたい気持ちはある。それは他の開拓者たちも同じだし、できればそれで済ませたい。が、猫又たちが実際どこまでやる気か分からない。 もし、聞く耳持たず暴れるようであれば、その時は……。 その覚悟も抱かねばならない。 「せっかくの花、静かに楽しみたいものだなあ」 徒紫野 獅琅(ic0392)は野山に目を向ける。 春の陽気に当てられ、桜以外も花開き始めている。 鳥の声、温む風。のどかなものだ。 眠くなるような日差しの下、目が覚める喧騒は必要ない。 「楽しそうに猫又を釣る訳ですか。これは面白そうです。宴会もなんとも楽しそうです」 修羅の王であった酒天童子への挨拶を済ませ、改めて多由羅(ic0271)が楽しげに笑う。 「だな。費用も用意も依頼人がしてくれるというし。遠慮なく騒がせて貰おうか」 「ただ飯が食えると聞き参上しました」 酒天童子も大きく頷き、やはり修羅の七塚 はふり(ic0500)もなにやら宴会に意欲を燃やす素振りがある。 「遠慮はして下さい。依頼人だって金持ちじゃないんですから」 一応柚乃はたしなめてみるが、どこまで聞き入れてもらえるか。 特に酒天は安須大祭を引っ掻き回した前科もある。 「これは『静かに』は無理になるかな」 獅琅はさらりと告げる。 ギルドからはあまり騒がせるなとは言われたが、それより大事は猫又。 彼らが起こすかもしれない騒動は二の次だ。 ● 薄紅色の木が立ち並び、花びらが風に舞う。 事態を知ってか知らずか客もそれなりに居り、そこかしこで花を楽しんでいる。 迅脚はまずは猫又対策に動く。猫又の発火に対処できるよう火の始末の準備や、草むらや高い木の上に縄をめぐらせ罠を張る。 「木の上はともかく、草むらは観光客が踏み込まないか? 特に酔客」 「……。危険のない物にはしておきます」 指摘されて、改めて迅脚は周囲を見渡す。 花見客の中には、花より団子――いやそれより酒だと盛り上がる者も多い。浮かれてつい呑みすぎ、千鳥足で桜並木を歩き、陰に隠れて口では言えない惨状になっている情けない者もちらほら。 うっかり縄をひっかけて転ばれても困る。 「あたしは離れた所から様子見させてもらいます。ついでに客の動向にも気を配っておきますよ」 猫又を呼び寄せる為、開拓者たちは宴の準備を始める。 そこには直接参加せず、透子は人込みに紛れて警戒するつもりだ。 「酒天君は宴会で、猫又たちが出たら誘ってください」 「はひゃった。あかしえおけ」 「何でもう食べてるんですか」 「だってお花見だろ」 離れる前に酒天に念を入れておこうとすれば、相手はさっさと弁当を始めている。 「依頼人さんたちが用意した分もありますが、人数が集まりますので御弁当は多めにしました。他もたくさんありますので……どうぞ」 「ありがとうございます」 配る柚乃に和奏は礼を言うと、場所取りの毛氈に座り手を合わせる。 「酒も肴も楽しみにされてると思って、俺も茶巾寿司に鶏の照り焼きを用意したよ」 「要望があれば他にも作りますよー」 料理を並べる志郎。 明るい笑みで簡単に告げる柚乃に、獅琅は尊敬の眼差しを向けている。 「はぁ、うまいものだなぁ」 自炊程度ならできるが、人に振舞える腕前かといえばそうでもない。まして花見の席。美味しい物、特別な物をと望めばなおさらだ。 ただ、その料理は感心している間にも次々と消えうせている。 「食わないならもらうぞ。やっぱり花を見ながらの酒はうまいな」 酒天の傍らには、空になった徳利や瓢箪が転がり、弁当が積まれている。 目線は空に向いてる辺り、一応花も楽しんではいる様子。 「王、食べすぎには気をつけましょうね。遠慮は美徳ですよ」 「王言うな。隠居の身だ」 「それは失礼。ですが、遠慮は美徳ですから。では遠慮を忘れずいただきましょう」 ゆらり、と多由羅が揺らいだ。丁寧にいただきますの挨拶をするや、殺気にも近い気合を込めて、次々と適格に弁当を制覇していく。 「あっという間に食べつくしそうな勢いですねぇ」 単調に食事を続ける和奏。 「ごちそうとは眺めるものでなく、食べるものであります! とはいえ、ギルドからも頼まれましたし、このまま猫又が来ないうちに御開きにしそうなのは不安であります。……ここは一つ、一緒に遊ぶに興じるのがいいと判断します。鞠とか」 負けず劣らずの速さで料理を積み上げていたはふり。料理を少し脇に除けると、他にも持たされた花札や賽子を取り出す。 「蹴球でもするのかよ。ちょっと狭いな。そっちのがいいだろうな」 酒天は簡単に乗ってきた。が、遊びながらは慣れているようで、隙を見つけては料理に酒にと楽しんでもいる。 「料理が無くなって、他の客の所に遊びに行かれてもなぁ。もう少しゆっくり楽しんでもらえるよう、芸事でも披露してもらうか」 「いいですね。俺も伴奏させてもらいます」 妙案を思いついたと獅琅が琵琶を取り出し、志郎も笛の準備にかかる。 「げー。乞われてやるもんでもねぇだろ」 「いいからいいから。俺の知らない曲とかたくさん知ってそうで、楽しみだしな」 嫌そうな顔をする酒天を、獅琅は半ば無理矢理に引きずり出す。 他の面々に否は無い。 万一を考え、場所取りは他の客たちからは離している。騒いだところで、たかが知れている。 酒天は仕方が無いと言いたげに口を尖らせつつも、舞扇を手にする。 では、と獅琅と志郎が曲を奏でようとした途端、 「うわっ!」 「いやー、何!?」 あちこちから悲鳴が上がった。 「いました! 猫達です」 透子が声を上げた。 どうやらここで宴は中断――いや、余興が終わり本番になった。 ● 桜並木の中をひらりと猫達が動く。いや、猫に見えてその尻尾は確かに二本に分かれている。 小ずるそうな眼差しで人を眺めて、彼らが慌てるさまに愉快気に髭を震わせる。 「おい、お前ら。一緒に遊ばねぇか」 酒天が声をかける。途端に、猫又たちの表情が変わる。 「はぁ? 何言ってんの、あんた」 毛むくじゃらの顔だが、耳や尻尾など表現豊か。実に不愉快そうになった。警戒心も露わに、どこか殺気立つ。 「まぁ、そう言わずに。猫又さんたちの御飯も用意してますよ。一緒にどうですか?」 「そこまで言うなら行ってやらなくもないね」 柚乃が自分たちの毛氈へと招く。 ヴィヌ・イシュタルの効果か、猫又たちからひとまず殺気は薄れた。毛氈へとそろりそろりと近付く。 が、警戒心は忘れないようで、開拓者たちからは一定の距離を置き、弁当はちらりと確認するも口を付けようとする気配も無い。 その周囲をはふりと迅脚が、縄で囲い込み、さらに猫又たちの機嫌が悪くなる。 はふりが看板を近くの樹に掲げる。その文字は『猫又成敗なう』。 「何の真似よ」 「この縄から出るとバチが当るんだとよ」 軽く酒天が肩をすくめる。 「ふーん、この縄がねぇ――ぎゃあ!」 猫又が軽く笑ってちょいと縄に足を乗せる。たちまち、その猫又は血反吐を吐く。 「何したのよ!」 「バチがあたったんだろうさ」 仲間意識はあるのか。殺気立つ猫又たちに、そ知らぬ態度で告げる酒天。 正体は透子が放った呪い――黄泉より這い出る者だ。威力は抑えたので、猫又は震えながらも十分息はある。 「どうせ何か技を仕掛けてるんでしょ。何よ、こんなもの!」 猫又が爪を振るった。火を起こした。風を放った。縄の境界もたちまち消えてなくなる。 「あんたたち、なめた真似するならこっちも容赦しないわよ!」 「怒らせたら怖いのはこちらも同じ。大変な目に遭いますよ。だから、素直に悪戯を止めて欲しいんですよ」 牙を剥いて威嚇する猫又たちに、けれど和奏は涼しい顔でお願いする。 怒らせると怖い開拓者なのは事実だ。 「皆が困っています。このまま悪戯を続けるなら、退治しなければなりません」 できればそれは避けたい、と志郎は訴える。 「酷いじゃない。こっちは楽しく遊んでるだけなのに」 「そうそう、どん臭い人間が悪い」 反省のそぶりは全く無く。馬鹿に仕切った笑いで、挑戦的に開拓者たちを見る。 「あなたたちのねぐらを探って根っこから潰すぐらい簡単です。度をすぎた悪戯は容赦しませんよ。笑えるような軽度のいたずらなら見逃してあげますから、それで一緒に宴会を楽しむとか、仲良くはしなくても不可侵条約を結ぶとかしてくれませんか」 「あらそうなの。本当かしら」 迅脚が厳しい口調で、頼み込むも相手はなめたまま。物色するような目つきに変わる。 「おや。やる気ですか? ふふふ、剣士とはまず精神を鍛錬するもの。私に悪戯など笑わせるつもりならなかなか貴方達も愉快……きゃああ! 虫が! 虫が! 服が!」 余裕の多由羅だったが。 近くを飛んでいたミツバチが、急に不規則な軌道を飛んでまとわりついてくる。どうやら猫又に混乱させられたようだ。 払っていると、発火で服に火がつけられ。慌てて消そうとした所を、いつの間にか抜足で忍び寄っていた猫又がそのまま足元にまとわりつき、躓いて転ぶ羽目になる。 「大丈夫かよ」 「大丈夫……ではありません! 許せません、ええ許せませんとも。殺しはしませんが、たっぷりとお灸を据えてやりましょう…!!」 酒天の手を借りたちなおす多由羅が怒りを燃やす。 当の猫又たちはそんな多由羅を腹を抱えて大笑いしていた。本当に反省の気配が無い。 そんな彼らに、頭から水が被せられた。 「ああ、すみません。火を消そうとしてつい手元が狂ってしまいました」 和奏の手には空っぽの水桶。 頭からずぶ濡れにされ、しばし猫又たちは呆然。笑っていたのが嘘のように、身を固めていた。 ふるふると毛を震わせると、一斉に鋭く睨みつけてきた。 「何するのよ!」 「慌ててついうっかり。わざとじゃないですよ?」 「ふん、どうだか!」 猫又が悔しそうに地面を叩いた。途端、地面が盛り上がり、和奏を下から突き上げる。 和奏はうまく躱したが、続けて別の一体が黒い炎塊は避ける間も無くその身を包み込んだ。 元の実力差か、和奏には大した痛手では無い。が、それは彼だからで、一般人相手なら危険な仕打ちだ。 悪戯では済まされない。 「あははは。水を用意してるなら自分にかぶればぁ……ふぎゃん!」 志郎がその鼻先に天狗礫を叩きつける。 「言う事が聞けないなら、痛い目にあわせると告げたはずです」 「生意気!」 猫又たちが動き出す。かなり本気の動きだ。 二匹に分裂した猫又が飛び掛ってきて、同時に爪を振るう。はふりは一歩踏み出すと頂心肘を食らわす。 地面に転がった猫又は一つに戻る。 猫又たちが殺気立つなら、開拓者らも甘い顔のままではいられない。各々武器を手にすると、容赦無しと身構え迎え撃つ。 鎌鼬が飛び、炎が広がり、土が叩きつけられる。 暴れる猫又と開拓者たちの大捕り物。見物客たちもどっと増えた。酒で頭が回らないのか。ふらりと近付きかねない人もいる。 そんな客らに飛び火などしないよう、獅琅は後方に位置取り、仲間を手助けしつつ客たちの安全を図る。 「危ないからもう少し下がっててください。大丈夫すぐに終わりますよ」 驚いてる客たちが必要以上に怯えないように状況を説明する。 ● 手ごわいとはいえ、ただの猫又。鍛えた開拓者ばかりが数の上でも勝れば、敵ではない。 いっそそのまま成敗する事も簡単だった。実際何人かはそのつもりで、力を振るった。 けれど、柚乃の夜の子守唄であっさり無力化されてしまうと、それ以上の手出しも気が退けた。 きっちり縛り上げた上で、透子は傷まで癒す。 「ウニュウウ! ウギュウウウ!」 「怒ってますねぇ。しょうがないですけど」 「でも悪いのはこちらさんですから」 ぐるぐる巻きにされてもがく猫又を、透子と和奏が宥めるように言い聞かせている。 「それでこいつらどうすんだよ」 指差す酒天。 「相棒用にギルドで飼ってくれないかな? 無理ならここでトドメをさすしかないが……」 獅琅の言葉で、猫又たちはぴたりとおとなしくなる。 「ギルドねぇ。嫌がられないか?」 「ダメならもうきっちりトドメをさします」 首を傾げる酒天に、迅脚が自慢の脚で大地を蹴りつける。 その様に猫又たちが震えた。 さすがにもう迂闊には暴れないだろう。だが、その目は恨みがましく怒りに燃えてはいる。 「別に成敗しなくても依頼人たちは構わないのですから。元いた場所へ戻るならそれでもいいですけど……」 志郎が告げると、すがるように猫又たちが見てくる。けれど、その態度もどこまで信用していいのか。 「終わった後はご馳走です。いただきましょうか、王よ」 「おう……とは言えねぇだろ。こいつら転がしたまま、楽しめるか」 頓挫したままの宴。多由羅は残る食事に手をつけるも、酒天は一応猫又たちを気にする。 「では、急ぎギルドに報告してその後ですね」 「全員が行く必要はないでありますし、場所取りも必要であります」 「まて、だったら他の奴が行きゃいいだろ」 よく動いたからと遠慮無しに頬張る迅脚に、さっさと箸をすすめるはふり。 行って帰って来るまでに片付きかねないと酒天が騒ぐ。 (ギルドの気遣いまでは……無理そうです?) 再開した席では、捕まえた猫又をどうするかを議論する風でいて、酒に肴にと盛り上がりだしている。 柚乃は猫又たちを眠らせると、空を見上げる。 桜は、静かに穏やかに風に乗って降り注いでいた。 |