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■オープニング本文 生成姫の侵攻――そして消滅。 勝利に酔いしれる間も無く、島一つが墜落したと、凶報が開拓者側にもたらされた。 勝ち取った護大も放置は出来ず、占領された里の開放、残存勢力の掃討など。やらねばならないことは山とある。 開拓者ギルドも対応に追われ、寄せられる依頼に開拓者たちもまた集う。 ● そんな殺気だった賑やかさの中、ふらりと開拓者ギルドに酒天童子は顔を出してきた。 「手を貸してくれないか」 「どうした。花見でも開く――なんて雰囲気じゃないな」 忙しさに紛れて軽口を叩きそうになったギルドの係員だが、酒天の態度がややおとなしいのに気付き、改めて職務を果たす態度を取る。 「いや、話としては簡単だ。陽州の城に忍び込んで調べ物がしたい。なんで、警備まいて鍵開けて書物漁りする人手を貸してくれ」 「まてまてまてまてー」 さらりと言われた用件に、係員は慌てて止める。 「陽州? の城?」 「知らんか? 朱里城って本島にある城だ」 「それぐらい知ってる。歴代の『酒天童子』が使用してきたという城だろ?」 かつては陽州の行政もそこで行われていたという。酒天童子封印後は各自治に任された為、今はもう使用されていない。 「何故、そんな所に忍び込む必要ある!?」 不可解に酒天を見る係員だが、そんな態度に出られようとも酒天は気にもせずどかりと椅子に座る。 「つまりだ。何やら護大とかいう塊がアヤカシを大アヤカシに変えてると聞いた。実際、これまでの大アヤカシからは必ず見つかっている代物。あの鬻姫とかいう奴も、邪魔さえなければ恐らく大アヤカシになってたそうじゃないか」 護大が一体何なのかはまだよく分からない。けれど危険な物なのは確かで、今も五行で複数転がったそれらをどうにかしようと、開拓者たちが呼び寄せられている。 下手に放置しておいてはまた大アヤカシを生み出しかねない。それ故に、そこらのアヤカシから狙われる品だ。 そんなのに酒天は興味があるのかといえば、それはちょっと違うらしい。 「つまり他の大アヤカシにしても、過去は単なるアヤカシに過ぎない可能性がある」 「何が言いたいんだ?」 「弓弦童子も元から大アヤカシなんてもんじゃなく、ただのアヤカシだった可能性があるって事だ」 懐かしい名を聞いて、係員は眉をひそめた。 弓弦童子。 よりにもよって遭都に攻め込んできたばかりか、それからも何やら裏で画策をしていた大アヤカシだ。 けれど北面東部の合戦にてこれを撃破し、その凶行に幕を下ろした。 それからもう一年。――まだ一年というべきか。忘れ去るにはまだ早いが、それからもいろんな事がありすぎて懐かしさも覚える。 確かに、奴からも護大は見つかった。それが元から持っていたのか、あるいは後に取り込んだのかは分からないが……。 「それがどうした。どの道、奴は滅びた。単なるアヤカシかはたまた大アヤカシだったかなんて、もはや関係ないだろ」 「まぁな。だが、妙に因縁つけられたこっちとしては、その理由も冥土に持っていかれてどうにもしっくりこない」 子供のように酒天が口を尖らせる。 一方で、何が言いたいのか。ますます係員は困惑の表情を露わにしていく。 「それこそ今更じゃないか? 相手がいなくなり、聞きようもない。狙われる心配はもうないのだから、もういいだろ」 「と思ってたんだが、それで今回の件だ。あの頃は護大とかろくに分からず、大アヤカシが何の用かと思ってたが、もしかすると単なるアヤカシの頃に何か接触していたのかもしれないと思ってな」 酒天が告げる。 「大アヤカシとやりあったなら、さすがに記憶に残る。が、単なる雑魚なら……まぁ、あの頃は今みたいにアヤカシの動きも活発じゃなかったから、事件自体がそんなに多く無かった。とはいえ、全部を覚えているほどこっちも暇じゃなかったし。その中に紛れているかもしれない。当時の記録を調べたら、そこら辺、はっきりするんじゃないかと思うんだ」 「なるほど。確かにそうだな。だが、調べるといっても五百年以上前になるだろう。そんな昔の記録、遭都の図書館でないと残ってないと思うが……」 係員の言葉が途切れる。 遭都の図書館は、神楽の都のように開放されていない。許可が必要だが、果たしてちょっと探し物程度で許可をくれるだろうか。 「いや、俺の封印に絡んで俺や修羅に関わる事項は、朝廷側の改竄が激しい。仮に調べても信頼できるかはなはだ不明だ」 「そうすると神楽の……。いや、あそこは遭都から本を運んだ。記録が怪しいのは同じだな」 酒天の意見を、係員も否定できない。 それで修羅に絡む話の際に、ずいぶんと苦労させられた。 「ああ。それにそもそも俺に関わる話なら地元を探した方が早いだろ。朱里城の書庫になら当時の記録を残してるかもしれない」 言われて、係員もようやく納得する。 弓弦童子や修羅についてはいろいろと調べたが、確かに陽州は手付かずだ。何せ当時は開放されていなかったのだから。 それに反目していた修羅たちの記録を見るほうが、かえって当時の情勢については詳しいかもしれない。 とはいえ。疑問は残る。 ある意味、依頼の理由よりもはるかに不可解な謎が。 「面白そうな話だとは思うが……。なぜ忍び込むんだ? あそこは『酒天童子』の城、すなわちお前さんの城じゃないのか? 朝廷に帝がいるぐらい、居て当たり前の場所だろう。書庫閲覧許可ぐらい簡単に出る――というよりむしろお前さんが許可を出す側だろ」 本来なら口も聞けない、礼を取らねばならない相手のはず――とは係員も思う。目の前の相手にとてもそんな態度は取れそうに無いが。 そんな複雑な心境をどこまで読んだか。うんざりと酒天は顔を背けて、手を振り払う。 「あそこは『王城』。王を辞めた俺がのこのこ出向けるか。下手に顔を出すと、話がややこしくなって調べ物どころじゃなくなる」 辞めたといってもほぼ一方的。 五百年の間帰還を待ち望み、なのに、当の王は復活しても出かけたままふらふらしている。 行政面で、酒天が居る必要はもはや無い。かといって心情もそのまま割り切れるものか。確かにのこのこ顔を出すとややこしくはなりそうだ。 「空き家みたいなところとはいえ、管理者は住んでいるし衛兵もいる。書庫には鍵だってあるだろうな。そういうのに気付かれずになんとか調べたい」 悪びれもせずに告げる酒天に、むしろ係員の方が修羅たちに同情する。 「自宅に忍び込む王様なんぞお前ぐらいだろうな……」 「いやそんな褒めてくれるな」 「褒めてない」 とはいえ、話として特に断る必要も無い。 無駄足になる可能性もあるし、分かった所で今更な話ではある。 そんな話に付き合うかどうかは開拓者次第だ。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
呂宇子(ib9059)
18歳・女・陰 |
■リプレイ本文 「修羅の城かー。依頼で空き巣入るなんてはじめてだから楽しみだぜぃ」 ルオウ(ia2445)が実に端的に依頼を言い表す。 陽州は朱里城。今は使われてないとはいえ王城だ。正面きっても入れてもらえるか分からず。 酒天に頼めば簡単なのだが、当の本人が別の厄介を作り出しかね無い始末。ルオウのようには単純に楽しめない思いが、誰にも少なからずある。 ただ。 「機会があれば見てみたいと思っていたのだ。古い歴史がある建物だ。どのような造りになっているか。装飾等も気になるな。うむ、楽しみである」 ルヴェル・ノール(ib0363)のように、知的好奇心がそれをさらに上回る者もいた。 「朱里城のこととか古い時代の出来事とか、あんまり気にしたことないのよねえ。酒天さまのことだって、小さい頃聞いたおとぎ話や、祭りの演目で知ってる程度だし」 煙管咥えて、何とも複雑な面持ちで呂宇子(ib9059)は郷里を振り返る。 空とはいえ王城。用が無ければ気軽に立ち入る所ではない。そして、王城とはいえ空では、その用が出来る事もなかなか無い。 物心ついた頃には、昔話だけが付き纏う古い建物。そこにあるだけの風景でしかなかった。 「ちゃんと帰ればいいのに、酒天くんたら恥ずかしがりやですの〜」 「帰ったらややこしいだけだろうが。王様でも無いのに」 挨拶で抱きつくケロリーナ(ib2037)の頭を、酒天童子は軽く小突く。 「退位と言っても一方的。それじゃ納得しない連中も結構いるからね」 「何だ、お前も連れ戻そうって口か?」 肩を竦める呂宇子に、酒天が嫌な顔をしている。 「逃亡中の王を捕まえる云々はしないから安心して頂戴な、酒天……さま。――うーん、どうにも、さま付けって慣れないのよね。差し支えなければ、呼び捨てにしても大丈夫かしら?」 「だから、今はもう王様じゃないっつーの」 好きにしな、と、酒天は笑う。 「そういえば王位って……世襲制、ではない? 後継者ってどう決まるの?」 はたと気付いた柚乃(ia0638)が首を傾げる。 「稀に修羅の中でも特に力に秀でて長命な奴が現れる。そいつが『酒天』を継ぐ。俺も先代とは赤の他人だし、歴代遡ってもそうだろうよ」 五百年前に『酒天童子』が封じられてから、今日まで王座が埋まらなかったのは、そういう問題もあったかららしい。 「じゃあ王族とか子孫とかは」 「関係無い。朝廷の帝みたいに、特定の家に生まれただけでなれるもんじゃないな」 むしろ同情めいた口調で、酒天は告げる。 「でも、王政廃止を望むならばきちんと納得が行くよう話し合いをした方がいいんじゃないかな」 「別に廃止したい訳でもないさ。やりたいなら次の奴がやればいい。ただ、今の陽州はずっと民たちだけでやってきたんだ。そこに今更俺がのこのこ出向いて頭についてもしょうがねぇだろうって話」 聞いて納得した風で、それでも消えない問題を柚乃が尋ねれば、悪びれもせず酒天はあっさりと答えた。 ● 酒天がそう言っても、やはり呂宇子が口にしたように納得していない修羅はいる。 長い間ずっと帰還を信じ、留守を守ってきた者などその最たる者ではなかろうか。 酒天から一筆したためてもらった見学許可書を見せた時の管理人たちの表情は、心底同情しうるものであった。 「どうしてお帰りにならないのでしょうねぇ」 がっくりと肩を落とす管理者に、どう言葉をかけてよいのやら。 やはり本人連れてくるべきだったかと、柚乃は内心ため息。 姿絵などで正体がばれぬよう、いっそ女装とかでもと提案したが、きっぱりと断られた。 節分などでは平気で女姿になる割に。基準はやはり祭りか? 柚乃は気を取り直し、先頭で歩く管理者に話しかける。 念の為、ギルドを通じて見学の旨も伝えてある。酒天の一筆も効いたのか。疑いも無く、むしろ、親切に案内までしてくれる。 「管理者の方って代々……五百年の間、守り続けてこられたのでしょうか?」 「いえいえ。各氏族とも協力しあい今日まで来たのです。我らだけで守り続けてきたとは言えません」 こちらの思惑知らず。問いには丁寧に返してくれた。 「あちらの建物は当時から?」 「大方は。残念ながら災害などで崩れた箇所もあり……」 ルヴェルが城の歴史や建物の特徴などを訪ねても、答えられる範囲でと断った上できちんと応対してくれた。 その説明を神妙に聞きながらも、開拓者たちはさりげなく警備状況や侵入できそうな箇所を確認する。 (建物配置はともかく。細かいものはさすがに手が入っているな) 十分に見学しつつ、ルヴェルは内心そう思う。酒天から事前に話を聞いてはいたが、やはり下調べは正解だった。 柚乃は、機会を見ては時の蜃気楼を試みようとするが、演奏が必要となる術。 「申し訳ありませんが、あまり騒がないでいただけますか?」 音を聞きつけられ、やんわりと注意を受ける。 「見てないようで、ちゃんと見てますのねぇ」 ケロリーナも手洗いと言いつつ、随所にムスタシュィルを仕掛ける。 ただでさえ、修羅は志体持ち同等の力を持つ。用心に越した事は無い。 ルオウは、朱里城の周囲をぐるっと歩いてみる。 警備や管理者に顔を覚えられないよう距離を保つ。 「おっちゃーん、城に入ってったみたいだけど、偉い人なんかー?」 「まさか。手入れの相談にきただけさ」 出入りする修羅がいれば、捕まえて聞いてみる。まさか乗り込む泥棒とは思わず、相手は親しげに答えてくれた。 呂宇子も外から人魂を放ち、契約の時計片手に警備の経路や時間帯をなるべく細かく探ろうとする。 人魂からは、どこかのどかに過ごす警備が見えた。王城と言っても空も同然では、仕方が無い。それに、陽州の修羅に忍び込む者がいるとも思えない。 ● 実際の行動は夜になってから。昼間集めた情報を元に、侵入経路を決める。 「急げ。さすがにこんな所見られたら言い訳できねぇ」 まずはルオウが塀を登る。隼人と強力合わせて器用によじ登ると、用意していた縄梯子を後続の為に垂らす。 中に入ってからは、ルヴェルがアクセラレートで機敏に移動し、物陰から様子を見る。 「行ったな。――こっちだ。音をたてないよう」 警備を一組やり過ごすと、他の面子も続く。 「人魂で確認する限り、警備は鼠一匹入れない……なんてきっちりしたものでも無いようね」 周囲の闇に目をこらしながら、呂宇子が囁く。 警備をやり過ごした所なので、次がすぐに来るとは思えない。だが絶対ではないし、行った連中も何らかの理由で戻ってくる可能性だってある。 「見回りもほぼ定期的に、ですの。でも、夜は多少時間を変更する可能性もありますので、そこは注意した方がいいですの」 ケロリーナもアムルリープをいつでも唱えられるよう身構えは忘れない。 幸い、そんな不運は起こらず。昼間に調べた道筋を辿り、順調に書庫までたどり着けた。 書庫の位置もきちんと確認している。閉じられた扉に手をかけると、やはり開かない。 「しっかり鍵付きか。どうする?」 「任せるでござる」 叩き壊しそうな雰囲気の酒天に、霧雁(ib6739)が進み出る。 鍵穴を少し調べた後、破錠術で簡単に開いた。 書庫の中はひたすら暗い。踏み込めば少し埃の匂いもした。 「では、拙者は外で見張りを。何かあれば合図を」 全員が入ったのを確かめてから、霧雁は扉を軽く閉めた。夜の闇の中とはいえ、開けたままも目立つ。 霧雁は暗視と超越聴覚を働かせると、こちらの動きに気付く輩がいないか、夜の中を見極める。 書庫の中は、扉を閉めると暗闇に落とされた。 さすがにそれでは探し物などできない。注意しながらルヴェルはマシャエライトを、呂宇子は夜光虫で明かりを確保する。 改めて確認すると、窓には木戸が閉じられている。多少の明かりなら外に漏れる心配はなさそうだ。 「さて。管理者の話によると記録の類はこの書庫にあるそうだが……」 ルヴェルが辺りを見渡す。並べられた書の数はおびただしい。その中からあるかどうかもわからない記述を探すのはいささか無茶な気もしてきた。 「俺に絡んできた以上、少なくとも五百年は前の話のはずだ。新しそうなのはこの際無視だ」 「その上で、フィフロス使える奴らにある程度絞り込んでもらうしかないか」 「ん。がんばりますの」 酒天の推測にルオウも頷けば、ケロリーナは気合いを入れて答える。 探るのは弓弦童子との因縁。何か関わりが残っているならやはり生きている内だろう。 ケロリーナはフィフロスで弓弦童子に酒天童子の名を元に本を探し、そこからさらに王族とか戦没者で絞り込む。 目当ての物は割りと簡単に見つかった。 「酒天くんが封印された辺りの記述ですの。えーと、『王、和平を為して朝廷より姫を娶る。されど朝廷、婚礼の最中に和議を破りて王を封じる』……。これって」 ざっと目を通し、その内容の不穏さにケロリーナは当人を見る。 酒天の方は、あからさまに「しまった」と苦い顔つきをしている。 「それよりも弓弦童子だろ。関係あるのか?」 不満そうに口を尖らせているが、それ以上は何も言わない。 「みたいだぞ。婚礼の最中に王が封じられる事態が起きた。その界隈でアヤカシらしき目撃情報もあり、それがどうも弓弦童子っぽい」 ルオウが簡単に纏めて読み上げる。琵琶を持つ童のアヤカシが多数の鬼を従えて現れたらしい。 「記録した奴も詳しい事情は分かってないようだ。王が封印され、戦力を欠いた修羅たちに朝廷は兵を挙げ……後の展開は俺達も知ってる通りだ。アヤカシが関係あったのか、単なる物見遊山だったのか、見間違いか。調べようにも封じられてはもう動けない。確かなのは朝廷が修羅を騙したという事だけ――という訳で、実際どうなんだよ」 「あいつがねぇ……。いや、姿はおろか他のアヤカシも見てねぇぞ」 促してみるも、酒天はただ弓弦についてのみ答え、首を傾げている。その他について、語る気はない。 「そうなの? 小さい時見た寸劇だと、和平の最中にアヤカシが乱入してそのどさくさで朝廷に封じられたなんて話はあったけど。まぁ、他にも豪華料理をがっついて腹痛の所を封じられたなんて話とかもね。だから、御飯は腹八分目でやめましょうって教訓付き」 「お前らは一体俺を何だと思ってる!?」 呂宇子の思い出に、酒天は怒鳴る。 いろいろ詰め寄りたい気もするが、今はぐずぐずもしていられない。 それぞれがさらなる情報を探して、書庫を調べていくが、 「あれれー? なんで穂邑さんの絵姿がここに??」 唐突に、ケロリーナが声を上げる。広げている本には、確かに穂邑に似た娘が描かれている。しかし、その紙は乏しい明かりで見ても変色しており、縁がぼろぼろになっている。長い年月を経てきた事を窺わせた。 と思うや、まさに風の如く酒天が動くと、ケロリーナが見ていた本を取り上げる。 「何するんですの!」 「何を見てるんだ、お前は!」 「それは……酒天くんの奥様がどんな人か絵姿とか探してみただけですの!」 「探さんでいい、んなもの!!」 真っ赤になって本を隠す酒天に、ケロリーナが取り返そうと追い回す。 「何を騒いでるでござる。外まで丸聞こえ。見回りに気付かれるでござるよ!」 さすがに霧雁も聞きとがめて、ピンクの猫耳尻尾を逆立て注意に入った。 「つまり、酒天の御相手は穂邑とそっくりと言う訳か」 「それは驚きもしますね」 騒動をよそに呂宇子は納得すると、柚乃も気が抜けたように息を吐く。 ● 騒動を幾つか起こしつつ、調査を進める。 定期的に来る見回りも何回かやり過ごした。向こうは書庫に人がいるとは思っておらず、通り一遍の調べで次の場所へ向かっていく。 離れたのを確認してから、また作業を再開する。 「とりあえず、アヤカシが出たと思しき記述がある物はこれだ。昔は本当にアヤカシが少なかったのだな」 ルヴェルもフィフロスで本を探ると、アヤカシ記述がある物を選り分け、後は他の人たちに細かく調べてもらう。 けれども、取り出す本はそう多くない。昨今のギルドの盛況振りを思えばうらやましい限りだ。 「根本的な問題として、私は弓弦童子について図書館の記録でしか知らないのよね」 ルヴェルが出した本に目を通しながら、呂宇子は頭を掻く。 もっとも記述もそんなに正確では無い。場合によってはアヤカシが出た、賊が出た、の一言終わっている。書かれもしなかった些細な出来事もあるに違いない。 「思えば……可愛らしい御仁でしたよね。アヤカシというのが残念ですが」 柚乃が当時を振り返る。 「身形で見るなら、貴人に側仕えしていた童のようで。それ以外では……やはり琵琶が印象的でしょうか」 「とすると、これなんてそうじゃない」 呂宇子が見つけた記述を示す。 とある地方で鬼たちが人々に襲い掛かったのを、酒天が出向いて討伐した、とあった。その中に楽音を奏す鬼童たちがいた、とも。 「討伐自体は何となく思い出せる気もするが、いたかなぁ?」 「しょうがねぇ。強くても中級か……あるいは下級の混合集団程度だったようだしな」 首を振る酒天。ルオウは記述を読み込んで咎めはしない。 ● 時間の許す限り記述を調べるが、該当する話はあるようでない。 「城に忍び込むとかしでかしたかと思えばそういうのはねぇな。護大に関してはさっぱりだ」 ルオウが根を上げる。 「御身内が不幸になったという話も無いようですの。らしいのは、あの中級だか下級だかの記載だけです」 ケロリーナは本を閉じると、目をしばたかせる。薄暗がりで文字を追ったので、ずいぶんと目が疲れていた。 「討伐して仕留め切れなかったぐらいはありえてもいいが……。それで絡まれてもなぁ」 酒天が眉間に皺を寄せる。 「だが、その討伐記録のアヤカシが弓弦童子だとしたら。下級や中級でも大アヤカシになる可能性がある、と言えないだろうか」 「その手段が護大……ってか?」 本を片付けながら告げるルヴェルに、ルオウが低く唸る。 「それより、そろそろ夜が明ける。どうするんだ?」 霧雁が外を示す。まだ東の空は暗い。けれど、時計で確認した呂宇子もそろそろ潮時であると告げる。 「元通りにして施錠して。その時間も考えるとね。普段使わないとはいえ、人の気配も結構残るし」 並んでいるのは大切な記録だ。陽州だけでなく、他の儀にとっても価値はある。 書庫を元通りに閉ざして、後にする。 朱里城からも脱出してほどなくして、朝日が昇る。 「結局。分かったような分からないような、そんな結果でしたね」 意図しない話は聞いた気もするが。 海に煌く太陽に目を細める柚乃に、しょうがないと酒天が笑う。 「所詮は過去の出来事。当人もいなくなってるんだし、推測でも分かっただけめっけもんだろ」 そもそもは好奇心。得た情報をどう活用するか。それは生きている者が考えればいい。 |